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セクシーな数学-ゲーデルから芸術・科学まで- / レビュー総評点:17
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ASIN:4000062727 / 売上順位:235630
岩波書店(2003-07-30)グレゴリー・J・チャイティン/翻訳:黒川 利明 ¥ 2,625(中古:¥ 1,600)
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レビュー総評点:
17
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ゲーデルの後継者チャイティン
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1931年に発表されたゲーデルの「不完全性定理」は、数学の公理的推論には限界がある、つまりいかなる公理系に対しても、それに含まれる一連の公理だけでは証明も否定も出来ない(=決定不可能な)命題が存在するという大定理を証明したもので、当時の数学界に衝撃を与えただけでなく、今日の論理学や数学、哲学にも大きな影響を持ち続けている。
自然数論の中にさえ、今日の数学で用いられている公理だけでは決定することのできない命題が存在するという、驚嘆すべき事実をゲーデルは示したのだが、そのような命題も新たな公理を追加することによって証明できるようになるという可能性は全く否定されていない(もちろんその新たな公理系に対してもまた、「不完全性定理」により、新たな決定不可能命題が存在するのであるが)。 しかしこの本の著者(述者)チャイティンは、いかなる公理系によっても証明も反証も出来ない、つまり「絶対的に証明不可能な命題」が自然数論の中に存在するという、さらに驚愕する事実を証明している。本著作では、講演や様々な人物によるインタビューを通して、チャイティン自身の理論の創造にいたる経緯や、「数学と芸術の共通性」を見出す彼の数学に対する思い入れが表明されている。一般向けということで、「絶対的に証明不可能な命題」の専門的な証明は含まれてはいないが、それがどのようなものであるかについて、かなりイメージをつかむことの出る彼自身の概説が含まれている。 一切の数学的推論の力の及ばぬ領域にある命題を彼は数学的構造を持たない「既約数学的事実」(それ以上基本的な数学的記述に還元することのできない事実)と呼び、それを証明する唯一の方法は、それ自身を一つの公理として受け入れることだけであるという。そのような命題が実際に存在し得る、数学の驚くべき深遠な世界を垣間見る興奮を味わわせてくれる著書である。 (tetsu_m / 2007-08-12)
寡聞にしてチャイティン氏のことは知りませんでした。なんとなくタイトルに惹かれて手にとってみました。
数学に代表される理論科学でのランダム性と、コンピュータなど実学におけるランダム性の捉えかた方の違いを、学問の性質の違いを前提にして、現実的な方程式の取り扱を模索している--など、おもしろいと思える記述はありました。 しかし、翻訳ということもあり、飽きてしまいました。講演やインタビューが主となっているせいかもしれません。チャイティン氏のしっかりした著作を読んでみようと思いました。(浦戸 / 2004-02-15)
数学者の数学に関する本ではない
数学者を数学者たらしめるその存在を知るための本 「数学は音楽みたいなものですよ。」 グレゴリーだけが聞ける音楽、誰もが聞けるわけではない音楽 数学を音楽として捉えるられるからこそ、数学に対しセクシーなんて敬称が浮かぶんだと思う 数学者としての誇りと満足がこの本の中に詰まっていて 顔はタイプじゃなかったんですが、読後グレゴリーがセクシーに見えてしまいました(naonao-703 / 2004-08-01) 特に印象に残った所は、人工知能(AI)の可能性についてで、著者はロジャー・ペンローズ の「皇帝の新しい心」にある彼の人工知能のに関する議論には「まったく賛成できない」とし ている。我々は気づいていないが、AIはもう半分出来上がっているのではないか、もし、そ れが十分知的になれば、フランケンシュタインのように働くのではないか、大惨事でしょうね とも語っている。この部分は、映画「ターミネーター」を思い出した。他にも、科学は通常、 人が考えているよりも芸術やファッションのように流行や衰退があり、科学理論を構築するに は、はじめにその美しいアイデアを空想しなければならず、学校で科学をする方法を教えるの は無駄であるという。この本は、数学や哲学について自分独自の考えを持っている人にとって は、興味深く読み進めていける本です。 (Y.K. / 2009-03-22) レビュー数 5 [amazonでレビューを書く] 平均点:4.0 |
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