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クォン・デ―もう一人のラストエンペラー (角川文庫) / レビュー総評点:16
『クォン・デ―もう一人のラストエンペラー 』で画像検索
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ASIN:4043625049 / 売上順位:255863
角川書店(2007-07)
森 達也
¥ 620(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
16
森達也『クォン・デ―もう一人のラスト・エンペラー』角川文庫 ベトナムの王子は、東京の片隅で、誰にも知られず息絶えた。ぼくの全く知らなかった歴史物語が、この本では語られてます。ひどく面白い本です。これまでの森さんの作品とは少し雰囲気が違うけど、ところどころで強く感じられる森さんの息遣いは、やはり森さんのものです。ただの歴史書でもなく、小説でもなく。それにしても、とぼくはつくづく思う(森さん風)、国家とはなんなのか、国家独立という夢は家族よりも重いものなのか、国家と国家のあいだで翻弄される人々のなんと多いことか。王とはなにか。ひとびとの希望とはなにか。どれほど多くの物語が、歴史のなかで消えていったのか、と。 時間が行ったり来たり。最後に森さんの思惑ががっつりと覆されるのが、またおもしろい。たんなる学者だったらこんな風には書けない。 森さんには、こういう仕事も期待してしまう。がんばって下さい。(いつてん / 2007-08-15)
明治日本には、中国はじめアジアから多くの改革家・革命家がきたけれど、日露戦争の後、「アジア解放」という日本のスローガンは変質してゆき、次第に日本に裏切られてゆく。というのが、超紋切り型日本とアジアの歴史です。この本も、ベトナムの皇族の一人が改革を夢見て日本に来て、そして裏切られるケースを扱っています。日本人は誰も彼のことを知らない。 しかし、面白いのは、小説仕立てのストーリーの後、それを覆すような現地取材のルポ。ベトナムの英雄だろうという思い込みは覆され、主人公の意外な姿が浮かび上がります。さすが「A」「A2」のドキュメンタリー作家。たんにアジア主義批判で終わらない。映像から文字へ移っても、納得できるまで現実に寄り添って考える姿勢は健在です。 「〜だろう」という思い込みを排して、アジア主義をしつこく考え、現地体験を重視する。著者の姿勢はジャーナリストとして健全です。もちろん、明治にあった可能性が失われてゆくという構成は、司馬遼太郎の「健全な国家=明治」と同じであり、それは容易にナショナリズムに利用されてしまうといううらみは残りますが。でも、「しつこく考える」著者と一緒に頭がよくなる気がするいい本です。(文字読み / 2007-08-15)
私たちは実に自分たちの近代史に対して無知ではないかと感じた。 自衛隊のエライさんが子供じみた歴史観をひけらかすことが、 実のところは彼が批判した自虐的歴史観と本質的にはいっしょでは ないかと思う。 筆者である森達也の視点は必ずしもパースペクティヴではないかも 知れない。しかし、真実に近寄ろうとする姿勢に対して敬意をはら いたい。日露戦争のラッキーパンチ的勝利から太平洋戦争敗戦まで 一体日本人は何をしていたのだろう。どうしてベトナムの革命家と 王子を失意のままにしてしまったのだろう。 ただ事実としてクォンデは日本で思いを遂げずに死んでいったのだ。 我々はそのことただひとつを忘れることは許されないと感じた。 是非ともこの本を手にして読んでいただきたい。どう感じるかはあ なた次第でも、僕らはクォンデのことを知らなければならない。 それが現在を生き続ける日本人としての務めであるのではないか。(rainandfine / 2008-12-25)
私は、この王子のことを知らない。ベトナムへの興味があり、その興味は韓国の近代史への興味とリンクしており、だから手にとってみた本だった。 19世紀、フランスの植民地とされていたヴェトナムが、ヨーロッパからの独立を探る他のアジアが憧れたように日本に憧れ、東遊運動が起きる。 革命家ファン・ボイ・チャウは独立の旗印として王族の若き王子クォン・デと接触し、中国人に扮して王子と共に日本に密航する。 近代史の大小のエピソードを盛り込みながらつづられる本書は、もちろん、研究書ではない。著者は、著者自身の主観がまじえられていることを否定していない。 著者がドキュメントの手法で再構成した、クォン・デという人物を巡る物語だ。だから、執筆のメイキングである取材の様子まで書くことができ、著者自身の体験を通して現在まで物語が引き継がれる。 45年間。漂泊の末に死んでいった一人の人物の、王族として生まれながらも無力な凡人の、その存在の軽さが読後に苦い。 歴史はあざなえる縄のようだ。禍福いりみだれて、大きな流れに誰もが飲み込まれる。善悪こみあって、一面的に断じることなど、誰にもできはしない。そんな当たり前のことの再確認ができたように思った。(香桑 / 2009-11-27)
ベトナム独立の使命を担い来日し、日本でその生涯を終えた悲運の皇子クォン・デの生涯の話。 クォン・デ自身は祖国ベトナムでは「存在しなかった。語ってはいけない人物」として扱われているという。 私はクォンデ王子を見ると何故か容姿だけでなく、亡命生活の長さ、国家独立を訴えつつも侵略国の圧力を撥ね退けられなかった様は何処かダライラマにも似ていると思う。 ただ、森氏の文体は中々面白いが、日本を「アジア侵略を狙った国」として描いているので、諸所辻褄の合わない所がある。 フランスがベトナムを侵略した際は、ベトナム人に対して人権を与えず主だった自活を防いで資産を持たないよう(資産を持てば義勇団が作れると思う)経済活動までを抑圧した。 ベトナムも韓国と同じように中国に抑圧された国で、中国時代〜フランス植民地時代〜ベトナム戦争と悲惨な歴史を送った来た国だ。 だが、日本の台湾・朝鮮における統治は欧州列強国の人権抑圧的な植民地支配ではなかった。日本は教育・治安維持・街作り等を普及させ、当時としては出来る限りの人権を与えたのだ。 それが証拠に、日本に学ぼうとアジアの様々な国の欧州植民地支配からのがれる為の志を持った革命家達が日本に押し寄せたのだ。 そして読み進めるにつけ、クォンデの優柔不断さ、品のよさと鷹揚さがあだになり革命が上手くいかず、日本の政治結社玄洋社がクォンデを助けても、ベトナムの志士がクォンデをかくまって命からがらの危機をすりぬけでも流されるまま生きる様にいら立ちを感じずにはいられない。森氏は日本はベトナムを見捨てた様な書き方をしているが、日本とてナポレオン三世(五稜郭の戦いはフランスがからんでいた。映画ラスト・サムライ参照)やドイツのビスマルク辺りに下手すれば侵略されかねない危機があったのだ。 この本で唯一誉める点は、インドの中村屋のボーズの話を読む手間が省けた事とテレビ局の裏側が知れたことだろう。 本当の意味でベトナムを地獄に陥れたのは米国支援として参加した韓国軍であり、彼らの蛮行は米国人でも驚くほどであり、現在ベトナム人女性と韓国兵との間に生まれた子らは差別に苦しんでいると言う。 しかし、韓国はこの件に関してベトナムに謝罪すらしていない。参考文献・嫌韓流・反日撃退妄言マニュアル・桜井誠著 p198(猫のきみまろ爺さんの読書感想文 / 2009-06-24)
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