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ウェブ人間論 (新潮新書) / レビュー総評点:42
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ASIN:4106101939 / 売上順位:108626
新潮社(2006-12-14)梅田 望夫 ¥ 714(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
42
本書を通じて、次のようなWebの課題の存在を感じることができる。
A.社会不満のガス抜き装置としてのWeb、B.匿名問題、C.エコー効果、 D.グーグル八部リスク、E.著作権問題(但し書籍のみ)、その他。 基本的な構図は、平野氏が課題を投げかけ、梅田氏がいなすというもの。 平野氏は、AやBについて本質を突いているのだが、梅田氏がいなした後、 追及していないのが残念だ。 対談形式ゆえの予定調和が働いてしまっているのか、年上の梅田氏を 立てているのか...。 前述の課題は本来根が深いが、さらりと読んでしまうと梅田氏のいなしが この本の回答に見えてしまう。 例えばAの論旨を取り上げてみる。 1.Webは、抑圧された社会において発言しにくい「体制批判や個人攻撃、 その他様々な主張」を可能とするため、個人は不満解消できる。 2.ブログなどで批判を受けても体制側はビクともしない。逆に、Webが 捌け口となり、個人の不満は霧消され、体制改革の行動には至らなくなる。 3.一方、個人に対してのWeb上での攻撃はいわば暴力として表れる。 つまりwebは、権力・体制に対しては体制維持をもたらす不満解消サブシス テムとして働き、その一方、個人に対しては圧倒的暴力をもたらす増幅器 として働く。 更にこれに輪をかけるのが、匿名問題であり、エコー効果(似た意見の人が 集まり、盛り上がってしまう現象。サンスティーン著の本が詳しい。)だ。 これら課題に、事業者そしてユーザーである市民自身が蓋をすると、結果的 に国の統制を招くため、真剣に市民はWebの善悪両面を考える必要がある。 梅田氏はWebの負の側面についての深い議論をかわす。基本的なスタンスは 自己解決だ。課題の存在を知るという点では良書だが、楽観的意見を鵜呑みに させてしまいかねない危うさも本書は併せ持つ。 Web関連の権威である梅田氏にはイノベーティブな部分だけでなく、適切な 運用のための市民への啓蒙を今後期待したい。(On the water / 2007-03-13)
一言で言ってしまえばウェブ進化論を読めば十分、ということです。この本において、ウェブ進化論の著者、梅田さんの話に新鮮味がありません。かなり進化論と重複しています。ウェブ進化論を読んでいて、納得できない部分やおかしいなと思う部分、共感できる部分がありますよね?読書している時はそんなツッコミを絶えずしていると思うんですが、そのツッコミを平野さんがしている感じ。そしてそのツッコミに対する梅田さんの答えがウェブ進化論と重複していることばかりだから、正直おもしろくない。深みがない。人間論→進化論みたいな感じで深めていくならいいかも。進化論→人間論では買って無駄したと思うはずです。立ち読みがベスト。(ゾンアマ太郎 / 2007-02-20)
進化論ですっかりロングテール信者となった私にとって待望の続編でした。
いろいろ感想はあるのですが、やはり印象的なのは梅田氏の言葉に対する 際立ったセンスです。 グーグル、アップル、アマゾンの経営思想などは、これまでにも星の数ほど 語られていながら、キャッチーな言葉でそれを切り取ってみせる梅田氏の 手腕で、初めて知るような新鮮な驚きを与えてくれます。 今、思い返しても言葉の専門家であるところの平野氏のコメントは、なかなか 思い出せないのですが、梅田さんの言葉だけはいくつも心に残っています。 文中でも語られますが、紙媒体という形が最後まで残るための「壁を超える力」 というものが、まさに本書で実証されています。 一つの証左として、将棋の第一人者羽生名人の「高速道路」「インプットの質」 などがありますが、これは羽生氏の口を借りた梅田氏のコピーそのものだと思います。 羽生氏が斯界のトップに立っているこの10年以上、少なくとも将棋以外の社会に 浸透していくような語録は記憶にないわけで、やはり聞き手が引き出している と言わざるを得ないでしょう。 私は梅田氏のシリコンバレーでのポジションや「はてな」の将来は全く分かりませんが、 これからも流行語を生み出し、ベストセラーを連発していくことだけは間違いがない ような気がします。(ninjaninja / 2007-01-06)
私にとっては、梅田望夫さんの「ウェブ進化論」よりこちらのほうが数段面白かった。
二人の対談は、今年、「新潮」に二月に渡って連載されたものです。その連載を読んでこの対談の完全版がでないかと期待していた私にはこの本は待望の書でした。そして期待に違わぬ内容です。 二人の対談を読んでいて感じたことは、これはよくできた二人芝居の脚本ではないかということでした。そこに書かれているのは二人の会話文だけだけれど、行間から彼らのそのときの表情や身振り手振りが浮かびあがってくるような気がしました。 P169の「ネットで居場所が見つかる」での梅田さんのコメント: 「リアルの現状を改善する方向へ努力しなさい」というテーゼより「今の環境が悪いんだったら、他の合う環境を探して、そちらへ移れ」という方が時代にあった哲学のような気がしています。 ネットのおかげで友達付き合いにかんしてはこれが可能になりました。しかし、実際の生活というものを考えると(日本の労働環境はますます悪くなっていて)、梅田さんほど多くの人達の現状は恵まれてはいません。「他の合う環境」のほうが、自分を受け入れてくれるかという問題もあるし。いいアイデアなのだし、トライしてみる価値はあるけれど(私もいろいろトライはしているけれど)、なかなかすぐ成功というわけにはいきません。 海外に飛び出せる実力とタイミング(年齢も含めて)を持っている人は別として、「リアルの現状を改善する方向へ努力しなさい」というテーゼはまだまだ重いものがあります。 梅田さんの「やはり壁を超えられる人は、本をたくさん読んでいる人ではないでしょうか」というコメントに、本好きの私はいいことを言ってくれると感激しました。 余談:インターネットのことを知りたいのなら、インターネット勃興前夜に書かれた、ダン・シモンズのSF小説の金字塔「ハイペリオン」二部作もお勧めです。(ADELANTE / 2006-12-24)
『ウェブ進化論』の梅田望夫氏と『日蝕』の平野啓一郎がインターネットの今と未来を語った対談集。
はてなダイアリーの狙い、ネット時代の人脈活用、検索に引っかからない語=空いているスペース、情報がフローするネット時代の本のメリット、グーグル社員のスターウォーズ好きなど、興味深い話が読めて満足。そのほとんどが梅田氏の発言で、平野氏の意見は当たり前すぎて素通りしてしまう。 この分野で圧倒的なデータを持つ梅田氏に対して、平野氏は30歳以下の世代の感覚をぶつけ、その正誤を確かめているような印象を受けた。 自分と同じ志向性をもった人が集まりやすい「島宇宙」についてはそこまで実感がわかなかったが、頭の中の記憶(教養)と外部記憶(調べられる情報)のすみわけがインターネットの検索、とりわけ検索の精度向上で変わりつつあるというところに深く共感。 私自身、頭は使っているのに記憶力だけ減退している気がするのはネットのせいか(年のせいかも)。覚えてなくてもネットで調べられるという油断はある。 (おの / 2006-12-25)
ジャンルが違う世界で活躍するお二人ですが、本書で為されているのは、相手を打ち負かそうという、所謂「論争」とは違って、ネット社会が確立されつつある今、将来的に社会はこうあるべきでしょう、ということでの、熱き「お話会」です。
平野氏は総じて大人し目ですが、「ネットで十万字哲学を読むのと、哲学書の原書を読むのとでは、充実感が違う」というような、作家らしいことを(正確な引用ではない)時折仰っていましたが、私もそう思います。例えば、作家の大西巨人氏は、現在自身のHPを創設し、自作の小説を無料公開されていますが、やはり、氏の作品を手に取って、ページを直に捲りながら読むのと、インターネットで目をチカチカさせながら読むのとでは、正直のところ、充実感も、理解度も、全く持って違いました。 これから紙自体が無くなっていくかもしれない時代に、文学を真実に愛する作家という職業人は、大いなる危機や憂鬱を感じて当然なことでしょう。ただ、それでも、インターネットで得られる玉石混淆の「情報」と、学問を通じて血肉に染みて得られる「知識」とでは、それぞれの価値においては雲泥の差がある、と信じたいと思います。 また、梅田氏は、「社会変化は不可避との前提で、個は如何にサバイバルすべきか」というテーゼを掲げていますが、その裏を返せば、ネット社会を「サバイバル」とするなら、ブログであったりMIXIであったり、一見表層的に「仲良し」っぽく見せているコミュニケーションも、総て自分が生き延びていくための手段であるという訳で、何というか、パブリックに自分を顕示していくには、多かれ少なかれ打算が含まれる訳で、このネット社会で他者と真に分かち合うというのは、なかなか困難であり、我々は虚無の只中を生きていかざるを得ないのだと思いました。(Confesion Del Viento / 2007-05-22)
平野さんの暗く力強い考え方はとっても好きです。これといって新しい話はありませんでしたので、さらっと読み終わってしまいました。前回の梅田本に比べれば軽い。(しもむ / 2007-02-14)
ウェブは、人間にとって単なる道具である。
人間論という表題にすること自体に違和感がある。 そのため、議論も激論になっていない。 「ウェブ人間論」は可能か? というような仮説をたて、反証を説いていくというような構図にすれば面白かったかもしれない。 題材を上手に料理する編集者の登場を待つ。(kaizen / 2009-09-21)
「社会変化は不可避との前提で、個は如何にサバイバルすべきか」を志向する梅田望夫氏。
一方「この社会変化をより善い方向にするために個は何ができるか、何をすべきか」を志 向する平野啓一郎氏。違いは明白である。 しかも、志向性だけでなく、ITリテラシーに関しても、梅田氏に一日之長が感じられる。 また、前著「ウェブ進化論」で示されたグーグル礼賛に対し、読者から示された懸念に対し ても、補足説明を試みている。 すなわち、「あちら側」での情報の「開示性」「散在性」および「自動秩序形成」などの キーワード、あるいは直接見聞したエピソードを交えて懸念の払拭を試みている。 確かに前著で感じた「グーグル主義」に対する私の違和感は大幅に少なくなった。 梅田氏の言う「不特定多数無限大への信頼性」の有無が分かれ目になるのであろう。 結局、Webの「あちら側」と「こちら側」とのどちらに比重を置くかで差異は明確になるが、 それぞれの組み合わせによって、多様な生き方が選択できるというのが結論ということだろ うか。いずれにしろ梅田氏は、キリスト教における聖ヨハネ、あるいはユダヤ教のモーゼの ような、いわば「Web教の使徒」あるいは「Web教の預言者」ではあるまいかという印象を持 った。 (フクロウ探検隊 / 2007-07-30) この本を読もうと思っている方は、前身の「ウェブ進化論」を読まれた方が多いのではないかと思います。 私もその一人です。 前作を読んだときには、インターネットの可能性やグーグルの凄さに頭をガツンとやられたような気分でした。 今回の作品は、作家の平野啓一郎氏との対話を掲載する形式です。 平野氏は、人間社会学的な考え方をとても重要視される方で、 インターネットが人間に及ぼす危険性や、リアルな世界をちゃんと見据えた上でのインターネットの位置付けを語ります。 前作では、梅田望夫氏のポジティブな考え方が爆発していましたが、 それを平野氏が冷静に捉え、そうではない可能性を論理的に指摘しているので、 インターネットに対する過度な期待を少し抑えてもらった気分です。 インターネットの可能性を、人間臭い一面から改めて考えさせてくれる本です。 前作にしびれてしまった人は、ぜひご一読を。(watanabe8760 / 2007-06-02)
私のようにweb2.0の世界に足を踏み入れたことのない人におすすめしたい本です。
mixiのようなSNSや、blogというネット上の新しい公共空間がまだまだ苦手という人は意外と多いのではないでしょうか。私もその一人です。いや、”でした。”になろうとしているかもしれません。 本書では、すでに「ウェブ人間」最前線の梅田さんと作家の平野さんによって、「ウェブの世界に生きることは人に何をもたらすのか」が、対談形式で語られています。基本的には、その行為の善悪批評よりも、オプティミズムの視点で語られているので読みやすいです。 本書を読むことで、web2.0の世界に足を踏み入れることへの抵抗感はずいぶん緩和されると思います。寧ろ、一度もレビューなど書こうと思わなかった私に「書いてみようかな」と思わせた本です。 できれば、本書よりも先に『ウェブ進化論』(ちくま新書)を読まれることをおすすめします。(しんぺー / 2007-03-26)
衝撃的なほどに面白かった、『ウェブ進化論』の続編と思って読むと、
とんだ肩透かしになってしまいます。 “進化”の様子がいまひとつイメージできない旧世代向けに、 ちょっと説明を加えようとした“副読本”といった趣きです。 残念ながら、対談で期待するリズム感もほとんどなく、 正直、読んでいて退屈な部分が多かったです。 「この二人の対談なら、面白いはず・・・」 と、期待値が高かったせいかもしれませんが。(きょうパパ / 2007-02-25)
数年前には検索エンジンの重要さがあまり認識されていなかった(換言すれば、わからなかった)ことと同様に、本書で梅田氏も言うようにウェブをめるぐ将来の展開がどうなるかはわからない。
結局のところ、本書を読んでもその未来は「わからない」から隔靴掻痒的なもどかしさや欲求不満を覚える(もっとも、そもそもそれがわかるはずもないのだが)。 梅田氏がグーグルに対してずいぶん楽天的な考えをもっているところも気がかりだ。本書が「対談」ではなく、佐々木俊尚氏も参加した「鼎談」であったなら、あるいは議論がもっと深まったのかもしれない。(ロベルト・キャパ / 2007-02-17)
「ウェブ進化論」の梅田望夫さんと、小説家の平野啓一郎さんの、ウェブをテーマにした対談。
「社会がよりよき方向に向かうために、個は何が出来るか、何をすべきか」 と考える平野さんと、 「社会変化とは否応もなく巨大であるゆえ、変化は不可避との前提で、個はいかにサバイバルすべきか」 と考える梅田さん。 さらに平野さんは、 ウェブの世界でいろんな欲求が充足されてしまうと、リアルな社会をより良い方向へ変化させようと思う人がいなくなるのではないか、 と心配しているようである。 一方梅田さんは、 その辺のことにはある程度楽観している感じがする。 私に関しては、まだ今のところは楽観でいいのではないかと思う。 私は、ネットに長くつながるようになってから、以前よりもものを考えるようになったと思うし、 本を読む量も増えた。 昔は、選挙というものにはほぼ絶対に行かなかったが、ネットをやるようになったここ数年は、だいたい行く。 選挙の大切さが、なぜかネットをやってわかった気がするのだな。 それから、 平野さんはウェブの世界をいまだに「仮装現実」と考えているような気がするが、 梅田さんは、ウェブの世界も含めて現実、と捕らえているように思う。 この考えかたは、梅田さんのほうが新しい感じがするので好きだった。 「仮想現実」みたいな話は、例えば、マトリックスとか攻殻機動隊とか、そういうので散々扱われたテーマだから、ちょっと飽きたし。 もしかして「仮想現実」という言葉は、既に死後になりつつあるんじゃないだろうかとも思う。 それにしても、何かと考えたくなるテーマが満載の本だと思う。(もり / 2006-12-26)
あくまで「人間論」ですね。ウェブそのものに関する対談ではないようです。
若き小説家である平野啓一郎氏が、持てる知識を総動員して、これでもかと抽象的な人間論を展開する。 「こういう懸念はないか」 「こうあるべきではないのか」 「ここを譲ってはならないのではないか」と。 「ウェブ進化論」で私たちをぶったまげさせ、ウェブの最先端を知り尽くすエンジニア梅田望夫氏は「難しいことをいう人だなあ」と平野氏を少々持てあましつつ、 「でも現実はすでにここまで行ってるんだ」 「大きな流れは、少なくとも今はこの方向に向かっている」 「それを前提に、これからを探ろうじゃないか」 とリアリストに徹する。 人間論そのものに興味がある人には面白いでしょう。しかし私のように、ウェブの側からこの本に興味を持った人間には、正直よく分かりませんでした。(あぶはち / 2006-12-24) レビュー数 53 [残りも全部見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.0 |
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