わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫) と、その同時購入商品を検索しました。

読み込み中・・・
No.1-1 ▼
わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫) / レビュー総評点:152
|
ASIN:4151200517 / 売上順位:3017
早川書房(2008-08-22)翻訳:土屋政雄/カズオ・イシグロ ¥ 840(中古:¥ 298)
これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:
152
この本の前に日本のかなり有名なベストセラー作家のものを読んでました。が、<わたしを離さないで>を読み始めたトタン(トタンですよ)あまりの違いにグラグラしてしまった。圧倒的な創造、構成、描写。 ヘールシャムそして施設を取り巻く風景が<よみがえった>感を抱いてしまった。 SFちっくな設定はまったく気にならないどころか何故か当たり前のように頭にはいってくるから不思議だ。 読み始めてから閉じることができず終盤を前に致し方なく倒れるように寝てしまい翌日通勤の電車で読み終えた。落涙しそうになったが懸命にこらえた。胸の中央に集まってくる感情、感動。 素晴らしい翻訳をされた翻訳者に感謝。 久しぶりに文学の喜びを享受した。(ぴかちゅう / 2009-04-01)
単行本が出版された時から、気になっていたのですが、本の重さとたぶん内容も重いのではないかと考えて、手が出ませんでした。今回、文庫になったので、いつか読むつもりで購入しました。実際、読み始めは頭の中に、様々な疑問と「もしかしたら?」という恐ろしい予測が渦巻いて一章ずつ辛抱して読み進めるのがやっとでした。第一部の後半、「やはりそういうことだったのか」ということが分かってからは、次の展開が知りたくてどんどん読みすすんでいきました。
第三部に入ってから読了までは、読むことを止められず、悲しいとか感動したとかそういった感情の動きが一切なかったにも関わらず、自分の眼から涙があふれて頬をつたっていくという初めての経験をしました。読み終わった後、もう一度、苦労して読んでいた第一部を読むと、そこには結末を知ったからこそわかる精緻な表現があり、作者の構成力に感嘆しました。 柴田元幸さんの解説に「作家が想像力のなかにとことん沈潜したその徹底ぶりによって、これまでのどの作品をも超えた鬼気迫る凄味と、逆説的な普遍性をこの小説は獲得している」とありますが、そのとおりだと思います。「この世に生を受けることの意味」と「おそらく罪悪感から生じるであろう中途半端な正義、あるいは理想主義の、残酷」を深く深く考えさせられた作品でした。 (ほのぼのえみさん / 2008-12-08)
非常に抑制された静かな語りですね。語り手キャシーの豊かで温かい感性が、幼い頃のヘールシャムでの生活から、その後の日々を生き生きと語っています。人と人との交流がとてもリアルで、穏やかです。その日常の中に、ちらりちらりと謎めいたものが示されますが、決してあざとすぎることもなく、自然にひきこまれていきました。
このキャシーの豊かな感性そのものも、作品の中核に繋がるものなのだなと気づかされました。作中での「感性豊かな絵画作品」と同様のポジションなのではないでしょうか。 非常に特殊な設定の物語ですが、ここに描かれている「抑圧するもの」「利用されるもの」「差別的感情」「死生観」などなどは、普遍性を持っていると思います。 (ミシシッピかずみ / 2008-12-13)
どこかミステリアスに描かれていて、読むに連れてこの小説の中の世界が段々と見えてくるようになっています。
それは私達の住む世界と異なる世界ですが、同時にその世界は私達の世界に重ねられるべきものであり、登場人物達は私達と同じ側面を持つのだと思います。形式はSF的でありながらも、彼らの姿は何よりも現実感を持って訴えかけられるものがありました。 これは登場人物達が、(極端に言えば私達と同じように)限られていて、抜け出せない現実があり、でもその中に何かを見出し、また受け入れようとしているからこそではないでしょうか。 彼らは決して諦めているのではなく、投げ出しているのでもなく、たしかに生きています。自分ではどうにもならないその運命、その社会と平行して自分の生を紡ごうとしているのが感じられます。 そしてこの小説を支えるひとつに文章の良さあると思います。描写や洞察力が素晴らしいのです。 誠実に抑制の効いたそれは、この登場人物達を表すのにぴったりと重なります。 そうして描かれるエピソード群は細密でリアルな人間の営みであり、社会の光景ともいえるでしょう。(もしかしたら現実でも意識出来ないくらいに)人間の息づかいのひとつひとつまでが伝わってきます。 そしてやはりラストシーンにかけての姿は本当に、本当に痛切なるもので、まさに胸がいっぱいになり言葉を失ってしまいました。やりきれない哀しみとまた苦しみを抱かずにはいられません。もうたまらなくなってしまいます。大袈裟ではなく、読み終わってもずっと何かヒリヒリしたまま、何も出来ないでいたほどでした。 今思い出しても、自分が何かを感じてるのがよくわかります。凄く「残る」作品だと思います。 (ファミリーアフェア / 2008-12-17)
生命倫理
|||
ネタバレ必須!読んでない人は読まないで!
この小説内の「提供者」というのは、健常者に臓器を提供するためだけに生まれてきたクローン人間たちのことである。つまり、我々「本当」の人間のために臓器提供を目的として生まれてきたクローンの人々の物語。この小説が恐ろしいのは、設定はSF的内容であるにもかかわらず、今我々が生きる現実は、それ自体を凌駕しようとしていることである。カズオ・イシグロは、ディテイルを書き込まず、淡々とした文体を駆使し、読者の想像力にある程度任せることで、その恐怖を増幅させる。たとえば セックスしても子供を妊娠しないという「提供者」の設定のように所々に覗く、「提供者」の不可解さが怖い。「本当」の人間が「提供者」を操作しているんじゃないか?と…。 「提供者」たちの置かれる状況は、言ってみれば映画「ブレードランナー」のレプリカントたちと同じ状況なのだけど、こちらの「提供者」たちは、「反乱」を起こそうとはしない。むしろ、その境遇を受け入れている。にもかかわらず生きる証を探そうともがく「提供者」たちは、我々となにも変わらない心を持っている。ゆえに切ない。 中身はまったく違うけど、村上龍の「半島を出よ」と同じ、今、読まなければいけない小説。現在読むことによってその衝撃を味わうことが出来ると思う。土屋政雄氏の翻訳は、非常にこなれていて翻訳調の文体と言う感じがない。とにかく考えさせられる小説。この小説が突きつける問題は非常に重い。必読。 (ひらたいら69 / 2009-06-06)
通常小説とはフィクションとは言うものの、その一つ一つの部分はリアルに基づいて構成される。
登場人物の職業(ステータス)もその一つだ。たとえば作家やフリーター、学生など現実に存在する職種、かつ作者自らの経験や 取材に基づいているため、そこにはかなりのリアリティがあり、読者は場面を思い浮かべ、登場人物に感情移入しやすくなる。 しかしこのフィクションはそのような類の読者の共感を拒んでいる。 というのも、「介護人」という職業は現実には存在しないからだ。 では「介護人」とは何か? この物語は言ってみれば簡単だ。 臓器提供のために作られたクローン人間が、自分たちなりに己の運命を考え、 それを受け入れながら我々と変わらない青春を謳歌していた。という話。 そして介護人とは、どうやら自分より先に提供者になった者の世話をするという仕事のようだ。 もちろん存在しない介護人経験者に取材するわけにもいかず、このような完全なるフィクションが 一人の人間の頭の中で生まれたということは、まさに奇跡としか言いようがないだろう。 いきなり「クローン人間」など出てきて、しかも出版社も早川書房だから一体どこのSFだ? と驚かれたかもしれないが、英国きっての作家だけあってテーマは非常に「文学的」になっている。 この小説のキーワードは「運命」と「奉仕」だと思う。 どうせ抗っても抗いきれずどうしようもない運命なのだから、受け入れた上で他人のために生きようじゃないか、 という現代の都会人に欠けたものをこのようなカタチで提示しているようでもある。 そういう意味で、共感しにくいはずの登場人物のはずがごく自然に共感でき、繰り広げられるリアリティに圧倒される。 カズオ・イシグロ独特の静かで抑制の効いた文体でどこかミステリアスな雰囲気をかもしながら、 物語は現代から過去の出来事を想起し、自然に現代に戻りまた昔を思い出すという、これも作者が得意とする構成により進んでいく。 文庫版には訳者あとがきも付いており、いかに丁寧に訳し上げられたかが分かる。 こころの表面的な共感や感動ではなくて、たましいの奥深いところを掴まれて震わされる傑作です。(おかちもん / 2009-03-12)
読み進むにつれて、ふいに伝わってくる暗く嫌な予感。描かれる若者たちの真の姿が分かった時に襲ってくる、ガーンと鈍器で殴られたかのような衝撃。読み終わってしばらくしても、死体でも見てしまったような、嫌悪を伴う不思議な感覚が離れませんでした。
何となく予感していたけれど、よくもこんな場所に連れてきて、こんなものを見せてくれたな、と著者を呪いたくなったぐらいです。笑) 小説の特殊なプロットから言うと、なるほど様式には、SF、ミステリーの要素はありますが、その特殊なプロット=世の中を眺める窓枠、が覗かせてくれるのは、「わたし」や「あなた」も含めた、ごくごく普通の人間の生命そのものの意味ともいうべき、根源的、普遍的な主題です。なので、この小説をSFに限らず何かのジャンルに分類して語ることは、余りふさわしくないかもしれません。(もし、そのせいで読むチャンスを逃す人がいるならば。) 「日の名残り」も彼の傑作には違いありませんが、自分にとってはこの作品の方が衝撃であり、大切な作品になりました。¥800円になって、しかも軽くなったのなら、お買い求めにならない理由はありません。(profane1968 / 2008-10-01)
’06年、「週刊文春ミステリーベスト10」海外部門第9位、「このミステリーがすごい!」海外編第10位にランクイン。
『日の名残り』という’89年発表の作品で、英国最大の文学賞であるブッカー賞に輝いた現代文学の巨匠、カズオ・イシグロの第六長編である。ミステリー作家というより、純文学畑の作家だ。 主人公は、キャシー・Hと紹介される31才の女性である。彼女は<提供者>と呼ばれる人々に対する介護をしながら、ヘーシャルムという田舎の寄宿舎で、同じ時間を共有した仲間たちとの過去を回想する。 彼らがなぜそんな場所にいたのかがこの小説のひとつの大きな謎である。その謎が明らかにされてゆく過程が、「週刊文春」や「このミス」など、多くのミステリーファンに支持されたのだろうが、決してロジカルな推理があるわけでもないし、アクロバティックな叙述トリックがあるわけでもない。ただ、淡々と語られていくキャシー・Hの一人称があるだけである。しかし、そこには静謐ではあるが謎をはらんだ展開のなか、種明かしが少しずつ織り込まれてゆき、そして物語は「奇怪」、「異形」ともいうべきその恐るべき全体像を読者の前に現してゆくのだ。 本書はカズオ・イシグロの手によらなければ、果たして、すぐれた美しい一人称青春文学として評価されただろうか。私は、哀しみに満ちた物語を読んだという感想と共に、ホラー小説を読んだあとのような余韻が残って仕方がなかった。 (Wakaba-Mark / 2008-08-29)
読みながらぞわぞわと恐怖感を感じました。
キャシーが過去を懐古する形で物語が進みます。 「介護人っていったいなんなの?」という疑問は キャシーの言葉から少しずつ想像できます。 想像すればするほど、「怖い」です。 不勉強なので実際に知りませんでしたし、 前提条件からして私には理解できない世界です。 そういう特殊な環境下でも、ごく普通に生活し、考え、育ったキャシーたち。 読み進むにつれ、切なくて悲しくなります。 何よりも、その「運命」を受け入れている彼らが怖いと思いました。 そんなの絶対におかしい、と思う私がいました。 迷信でも根拠が無くても、信じたくなるキャシーの気持ちが痛かった。 物語の終わりを知ってから読むとまた違うんでしょうか。 試してみたいと思っています。 (なずなっくす / 2008-09-14)
あえて抑揚を廃した文体は、かえって登場人物たちの過酷な運命を浮き彫りにしています。
登場人物たちは、生半可なメロドラマを演じているようですが、この苛烈な不条理をフレームにすると、とたんに物語に緊張感が走ります。 この小説は、臓器提供やクローン人間といった「大きな」問題に対して、仰々しく倫理的な問題提起を行うものではありません。むしろ、恋愛や自分の運命に対する関心といった「小さな」問題に焦点を当てることで、「大きな」問題を自分のものとして考える契機を与えるものです。ミリ秒単位の繊細な感情の揺らぎが、精緻な文体で描かれている―「大きな」対岸に渡るための想像力という架け橋としては、驚嘆すべきものだと思います。少なくとも、日本の現代作家で、ここまでの描写ができるものはいないのではないでしょうか。 そういう意味で、この本は一読の価値があると思います。 (8hours_a_day / 2010-01-20)
本書は主人公であるキャシー・Hの淡々とした独白形式で進行する。
前半は主に「ヘールシャム」という施設が舞台となる。 毎週のように行われる健康診断、交換会、販売会という行事から、明らかに通常の学校とは異質である。 また、冒頭から「提供者」「介護人」「保護官」など、本書のキーワードとなる単語が、何の説明も無しに用いられるが、読み進めるうちにそれらの意味は次第に明らかになる。 それも、主人公達が自分たちの残酷な運命を解き明かすという形をとる。 彼らは恋愛もセックスもするが、そこに輝かしい未来が無いことを悟っている。 そんな主人公達を象徴する、最も切なく印象的な台詞はトミーが放つ。 「必死でしがみついてるんだけど、結局、流れが強すぎて、かなわん。最後は手を離して、別々に流される」 倫理とか正義とか、そんなものは抜きにして、トミーが言う強い流れに身を任せるしか無い主人公達の言葉に、じっと耳を澄まして読んではいかがだろうか。 最後に、この物語が虚構であると誰もが願いたいだろうが、虚構であるという保証は、どこにも無い。 少なくとも、私はそれを知らない。(Z? / 2010-01-11)
世界設定が廃屋のクモの巣を払うみたいに、少しずつあきらかになっていく。腕にからんだり、なかなか払われなくてもどかしいが、先が気になる。その世界観に合わせるように、主人公は周囲の人間の気持ちを察知したり、自分の気持ちを検討したり、人間らしいまどろっこしさを持っていて、それが文章に詳細に表現されている。後半にあきらかになる事実と人間らしさがなんともいえない気持ちにさせる。(ホームズ / 2009-08-30)
過去?現在?
|
カズオイシグロの作品は独特の雰囲気を備えていてどの作品にもそれが貫かれているのが固定ファンを“離さない”理由のひとつだと思う。今回も裏切られることはなかった。崩壊寸前にまで追い込まれるアイデンティと知らないうちに持っている差別意識やエゴ。また新作を待ち続ける長い日々が!!(TeD / 2009-01-24)
この物語の特異な輪郭が見えて来たとき、
つき合う価値があるかなという不安がアタマをよぎった。 作者の勝手な空想につき合わされ、 ぐるぐる引き回されて、最後は元の場所、というような。 活字好きな僕は別にそれでもよかった、本が読めれば。 でも読んだあと何も残らない というような読書体験はできれば避けたい。 果たしてそれは杞憂だった。 特異な設定の主人公と共に遠くまで旅をした。 その主人公の切実さに共感した。 自分自身の切実さに通じていると錯覚(?)すらさせられた 不安を燃料にした車に揺られ、うとうとと夢を見ながらずいぶん遠くまで来た。 多分ノーフォークあたりまで・・・。 今、本を閉じ、車は僕を乗せずに行ってしまった。 でも、今も、同じ車に乗っているような感覚が拭えない。 少し遠くまで来すぎたみたいだ。 一人の帰り道は長くて寂しいものになりそうだ。(タック / 2008-10-12)
『タイム』誌の「オールタイムベスト100」(1923-2005年発表の作品が対象)に選ばれ、柴田元幸氏によれば彼の「最高傑作」ということなのだが、私としてはどうしてもうまく小説の中に入り込めなかった。翻訳の大家の判断を前にして言うのは気が引けるが、とても正直に言うと、駄作ではないが、決していい作品でも成功した作品でもないと思う。
物語は1990年台のイギリスを舞台に、臓器提供のために生み出されたクローン人間(彼らは「提供者」と呼ばれ、提供者になる前は彼らの世話をする「介護者」を経験する)によって展開される。主人公で語り手のキャシーと、ルーシー、トミーは世間から隔離された施設ヘールシャムで育てられ、やがて介護者として外の世界に巣立っていく。キャシーは介護者として優秀で、ルーシーの介護者をし、彼女が臓器提供で世を去る(「使命を終える」)と、トミーの介護者となる。この段階で、二人は愛し合っていたことを確認し(その愛はルーシーがトミーの相手だったためそれまで実現していなかった)、提供を猶予される期間を申請しようと責任者と思しき「マダム」を訪ねるのだが、すべては根も葉もない噂であり、提供者は決められたとおりに「使命を終える」以外にないことをヘールシャムの責任者エミリ先生から伝えられる。トミーもやがて使命を終え、キャシーも介護者生活を終え、提供者となる。――とても大雑把に要約するとこんな物語である。 小説の第1部と第2部はヘールシャムとそこをでて介護者となるまでのコテージ時代に当てらているが、生理的に不愉快だったのが、その語りの文体と、生徒の一挙手一投足や噂をめぐる学園ドラマ調の物語展開である。「ルースががっかりして帰途に着くことなど誰も望んでいません。あの瞬間、これで安全だと誰もが思いました。そして、すべてがあそこで終わっていれば、確かにわたしたちは安全だったのです」とか、「このときは目をつぶりました。先輩たちに混じっている場で忘れた振りをするのは、百歩譲って、よしとしましょう。でも、わたしたち二人だけのとき、しかも真面目な話し合いの最中にやられたのでは、さすがに我慢できませんでした」といった文体とレトリックと内容。これは一体何なのか? イシグロ自身の文体と、訳者の文体(訳文自体はとても読みやすいのだが)の共同責任といったところだろうが、安手のおとぎ話を読まされているようで寒気がしてきた。 本書の内容は、遺伝子工学と臓器移植の問題を背景にしている。政府はクローン人間の製造とその臓器提供を法制化しており、すべては合法、キャシーたちは「提供者」としての運命を甘受して死んでいくしかない。気になるのは、この小説では、臓器移植やクローン人間の倫理的な問題が扱われているようで、じつはまったく扱われていないということである。すべては所与としてあり、描かれているのは、それを甘受する何人かの人間の姿だけだ。「抵抗」や「反乱」の可能性はない。そして、避けがたく過酷な運命を前にした人間の姿ほど人を容易に感動させるものはない。その意味で、本書はきわめて安易であるともに、本質的な問題はすべて避けられてしまっている。 たとえば、生殖機能を持たないクローン人間を安定して作る技術があれば、今日話題になっているような再生医療が可能になっている可能性はかなり考えられる。またこれほど大々的な臓器移植が行われているからには免疫の操作に関する飛躍的な技術革新があるはずだが、そうした免疫技術は当然癌治療に新しい道を開くはずで、その場合、倫理的に言ってもきわめて問題のある本書のような政策が行われるのか、きわめて疑問といわざるえない。結局、本書はできの悪いSFといった趣きがあり、「本当らしさ」の設定が正確に行われていないのである。 言いかえるなら、本書における臓器移植やクローン人間は結局「意匠」にすぎない。戦争のような避けがたい運命における人間の運命といったものでも、同じ物語を語ることができてしまうだろう(彼らはいわば出征する兵士である)。そうした個別的な経験の質のようなものを捉え損ねているところが、本書の最大の欠点であり、それは、本書が臓器移植がクローン人間の問題についてきちんと突っ込んで描いていないことに起因しているように思われる。しかし、優れた小説とは、何物にも変えがたい(と思わせる)リアリティを読者に伝えられなければならないもののはずである。(silvalibrorum / 2009-01-04) レビュー数 16 [残りも全部見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.5 この商品をリストに入れている人:
僕の好きな海外小説パート2 石黒一雄 カズオ・イシグロの文庫 僕の本棚 ちちんぷいぷい 本屋さんのコーナーで紹介された本 H20.11.6〜 鑑賞日記10 マイベスト・小説(翻訳)#2 |
同時購入商品を以下に表示します


これを買った人はこれも買ったよ![