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カラマーゾフの兄弟 5 エピローグ別巻 (5) (光文社古典新訳文庫) / レビュー総評点:95
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ASIN:4334751334 / 売上順位:10116
光文社(2007-07-12)ドストエフスキー/翻訳:亀山 郁夫 ¥ 660(中古:¥ 315)
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レビュー総評点:
95
この新訳カラマーゾフの兄弟が刊行せれ始めて約1年ようやく最終巻がでた。結果的に4巻+エピローグ1巻の5巻構成になったが、個人的にはエピローグを分けこのような形にしたのは正解だと思う。また、この5巻の約半分を占める解説もこの小説を理解する上でとても参考になるし、再読するにあたってまた別の視点に立って読み進めてく上で有用であると思う。(ro / 2007-08-18)
エピローグだけ別巻にしたいという翻訳者の希望で
一冊の半分以上が解説になっています。 亀山氏の翻訳に違和感を感じた読者の方々もいたようですが、 今までそんなに気になりませんでしたが、この5巻に対しては 違和感を感じました。 「そんな訳でいいのかな?」と・・・でもまあ英語以外の外国語が できない私にとっては、仕方がないかなと感じました。 解説も今ひとつ。特にドストエフスキーの翻訳家で有名な 江川卓さんの考えに批判的なのが、気になりました。 別に人を批難しなくとも、自分は自分でいいのでは ないかと・・・。少し亀山さんに反感を持った私です。 (mitsugi / 2009-03-03)
ああ読み終わってしまった!
という寂しさが、読了の満足感を凌ぐ傑作。 異例のベストセラーということで、新聞各紙でも採り上げられたが、 饒舌なドストエフスキーの魅力を、テンポよく、その結果(おそらく) 巧みに引き出した名訳の文体と、本書を含む全5冊の巻立ての構成のうまさが 光文社判「カラマーゾフ」の魅力のすべてである。 そして、特にこの別巻について言えば、小説の「エピローグ」部分は、 総ページの5分の1以下だが、1〜4各巻に付されてきた、 すこぶる工夫を凝らした解題の総決算もいうべき長文の解題と、 「カラマーゾフ」創造との結びつきを意識した刺激的なドストエフスキー略伝が 掲載されており、小説読後の余韻を高めてくれる。 学生時代、『罪と罰』を読んだあと、同じ新潮文庫で挑戦したものの挫折。 遥かな時間を隔てて向き合った本書の、なんと面白いこと。 登場する人物像、事件の、あまりにも現代に通じる点も驚異だが、 小説とは主題以上に、語り口が持ち味なんだということを、 改めて思い知らされた次第。 それにしても、本書は書かれるはずだった全体の「第一」の部分だという。 いったいどんな展開が、この後にあったのでしょうか! 他のレビューの方で、 「サイドストーリーとも言えるアリョーシャと子供たちとのエピソード」 に惹かれる趣旨のコメントがありました。 それも納得ですが、本書の訳者の「解題」を読めば、それもまた、 書かれなかった“第二の小説”の伏線だったようです。 そんな謎というか、「未完」であることも含めて、本書は偉大な作品。 (bias / 2007-08-22)
古典としては近年異例のベストセラーとなった亀山訳『カラマーゾフの兄弟』。私は新潮文庫版を愛読していたのでそちらの訳文に慣れてしまったが、こちらの亀山訳は確かに平易で簡潔。各登場人物の台詞も、古典翻訳モノでありがちな「実際の日常会話ではほとんど使われることのないであろう文語的表現」は一切出てこず、それがために流れるような文章だ。読みやすさ、という点ではこちらが上。ただし、表現の適度な重厚さ、原文が持っているニュアンスまで出来る限り忠実に再現するために選び抜かれた訳語、その彫心鏤骨さという点では、新潮文庫の原卓夫訳も決して劣らないことを是非主張しておかねばならない(ただ、原訳は少し読点が多すぎ、読書のリズムが損なわれがちな嫌いはある。他の翻訳作品にも見られる特徴なので、これは訳者の癖であろう)。
なんと言っても、この亀山版は各巻の解題・作品解説が素晴らしく、それらが凝縮されたこの「エピローグ別巻」はこれだけでも買う価値がある。ドストエフスキー研究をライフワークとされている氏の作品読解は、流石に半可通では及び難いレベルにまで達している。もちろん翻訳物におまけ程度で付いている解題群など比較にならない。個人的にはこの亀山氏の解説も、作品を十分に読み込み、独自の作品解釈を構築してから読んだ方がよいとは思うが。というか、自分でその域に達してからでないと、他者の解釈も本当には味わえないもの。「カラマーゾフ」を読み込んだ者ほど、氏の解説には唸るであろう。(モリブンドゥス / 2007-09-29)
この3週間、カラマーゾフの世界にドップリ浸らせて貰った。
そして、まずは読了出来た事を率直に喜びたい。 また、本書の様にとても読みやすい新訳が出たのは非常に意義のある事であり ドストエフスキーがこんなに読みやすくて良いのだろうかと思ったくらいである。 しかし期待が大きすぎた事もあるかも知れないのだが(世界最高の小説と言われていたりして) 正直言って物語自体はそれ程関心しなかった。特に父殺しのエピソードについては、ミーチャを有罪にする為にやや不自然かと思われる部分もあった。自分はむしろサイドストーリーとも言えるアリョーシャと子供たちとのエピソードの方が良かった。 もちろん本書は単に物語だけでなく、神の存在をめぐる議論などドストエフスキーの思想がギッシリ満載されており、特に大審問官の章は再度読み直して理解を深めたいと思う。(都筑まもる / 2007-08-19)
この5の解題がなければ、私はカラマーゾフの兄弟を読んだことにはならなかったかもしれない!と感じます。
まァ、この解題すらちゃんと理解できたのかは疑問ですが、だいたい読んだかな、8割方は楽しんだかな、という気分になれました。ありがたいことです。 とにかくすごい小説なんですね。というか、ドストエフスキーが壮絶。描かれている人間の感情、観念の幅の広さに圧倒されました。 完結してないことが惜しいです。 (marpsjournal / 2007-10-20)
作品が感動的に終わるエピローグのあと、本書の大部分は亀山氏によるドストエフスキーに関する解説や本書内容に関する説明などが書かれている。
亀山氏によるバフチン理論に関しては専門的に勉強した人々によって少々非難が巻き起こっているのではあるが、単純な一読者としてこの解説を読むことは、カラマーゾフの兄弟を読む上でなかなかに興味深いものであった。 高潔でありながらも、けだものでもあったドミートリー・カラマーゾフほか、やたらに二重性のある人物たちをドストエフスキーが創造し、克明に描けたのはなぜなのかが、この解説によるドストエフスキ−の人となりから、多少理解できた気がする。(ぱぱり / 2007-08-27)
すぐれた訳者が必ずしもすぐれた解説者であるとは限らない。本書解題におけるバフチンのポリフォニーへの言及は全くの出鱈目。
本書では「登場人物の多様性による視点の相対化」というくらいの意味ですがポリフォニーとはそのような意味ではありません。 亀山の知ったか振りは、本当にバフチンを読んでいるのかさえ怪しい程で、ただお茶を濁すだけで殆ど何も説明していない。 そればかりかバフチンがポリフォニーの「非常に際立った対話」として詳しく考察している箇所(『詩学』p534-539)を事もあろうに 「ポリフォニーの原理にさからうセリフ」(『本書』p281)等と頓珍漢なことを(しかもなぜか自慢げに)書くトホホな始末。 何も知らないと思って読者を馬鹿にしているとしか思えない。 参考 「イワンの言葉と悪魔の応答とを差異づけているのは、内容ではなく、ただその調子、ただそのアクセントだけである。 しかしそうしたアクセントの移行は、イワンの言葉と悪魔の応答の最終的な意味の全体を変化させている」(『詩学』p454-455) 「悪魔はイワンの内的対話の中に、愚弄嘲笑と絶望的な断罪のアクセントを持ち込む」。悪魔は「イワンのアクセントを悪意的に誇張し、 歪めてしまう」。「アリョーシャもまたイワンの内的対話の中に他者のアクセントを持ち込むが、しかしその方向性は正反対」の「愛と和解 の調子を持ち込む」。悪魔とアリョーシャは「双方とも同じようにイワンの言葉を反復しながらも、その言葉にまったく正反対のアクセント を付与」する。「対話において衝突し、論争しているのは」絡み合った「闘争する声たち、内部で分裂した声たちのポリフォニー」である。 (同p537-538、p522から再構成) キーワード アクセントの移動(変化)/言葉の対話的分裂/意識の対話的分裂/言葉の他者性/私的言語の否定 多声=対話=複声/対話と対話の対話/対話の未完結性=永遠性 『ドストエフスキーの詩学』ミハイル・バフチン(ちくま学芸文庫)特に「ドストエフスキーの対話」p527-562参照。(Maulwurf / 2008-05-31)
大長編のエピローグ、わずか60ページほどだが、高揚感にあふれ、ポジティブな力がわいてくるようなエンディングで大満足。ここまで読んでよかったという充実感に満たされた。その後のドストエフスキーの生涯についての記述も興味深く読んだ。ただ、約半分を占める解題は興味深いが、また別の作品として出版されてもよかったのではないか。小説は小説でかたまりとして完結したほうが、続いて読んでしまって、読後の感激に理性の分析が入ってちょっともったいないかもしれない。(だん / 2008-11-20)
最終巻は、冒頭にエピローグの章があるものの、殆どが著者による解説である。本作に対する理解を深めるため、まずはドストエフスキーの生涯を説明し、本作の解説へと移っている。
これまで本作の解説というと、表面のストーリーとその背後に流れる神の存在を巡るテーマについて論じられてきたが、著者はそれだけではないだろうと主張している。それは自伝の要素である。 著者は「自伝の締めくくりとして、カラマーゾフの兄弟全体を構想していたといっても過言ではない」と述べている。 私は、この解説を読んで、改めて本作品の構成力に圧倒された次第である。 19世紀の作品とはいえ、今は昔、現在の知識では理解できない時代背景や当時の常識が散りばめられている。ましてや外国の作品であればなおさらである。自分で一字一句理解しようと無理をせず、水先案内人に従って読書を楽しむのも悪くない。 (どろがめ / 2008-10-11)
エピローグはすぐ終わり、
あとの100ページ程がドストエフスキーの生涯。 そのあとの170ページ程がカラマーゾフの兄弟論となっている。 いままで新潮社の訳の違和感から抜け出せず、カラマーゾフの兄弟をなかなか読み切ることができなかったが、この亀山訳は読みやすく、これからの定番になるだろう。 ドストエフスキーは永遠に人類に読み継がれる偉大な作家だ。(「数学ましーん」 / 2007-09-03)
5巻まで読み終えるのに優に3ヶ月を要した。人間の善悪の本質、キリスト教と無神教、高貴な心と醜悪な感情、重層に繰り広げられる壮大なドラマである。150年経っても、人間の本質はさほど変わらないということを思い返された。
→気に入った表現をいくつか 子供時代の、両親といっしょに暮らした時代の思い出ほど、その後の一生にとって大切で、力強くて、健全で、有益なものはない どうか人生を恐れないで!なにか良いことや正しいことをしたとき、人生って本当に素晴らしいって、思えるんです! 新約聖書と旧約聖書、とくにドストエフスキーに強い興味を覚えさせたのは、神のむごたらしい試練を受け、信仰を失わないヨブの話 極端に内気で人付き合いの苦手な若いころのドストエフスキー 政治犯容疑のドストエフスキーは、4年間、シベリアの流刑地で人生の奈落を経験 罪と罰 世界文学史上に燦然たる光を放つ小説 農奴解放後のロシア社会を襲った混乱 ロシアが国家としての推進力を失い、崩壊の道を辿りつつあるという、ナショナリストとしての漠とした絶望感(Saint Francesco / 2008-08-03)
ま、「エピローグ」という言葉からも予想される通り、この第5巻での『カラ兄』本文の残りはごく僅か、366ページ中なんと63ページまでしかない。残りの部分は訳者による「ドストエフスキーの生涯」「年譜」「解題」「あとがき」である。つまり本文は解説の5分の1しかない、ってこと。
訳者の意向により、このエピローグだけで一分冊にしたかったらしいけど、営業的にはどうなんでしょ?なんか、訳者が自分のカラ兄解説書まで買わせる「抱き合わせ商法」にも感じられる。 で、本編「エピローグ」ですが、やはり大幅なストーリーの展開は無く、最後のアリョーシャの子供たちに対する歯の浮くような「お説教」の後、唐突な「カラマーゾフ万歳!」って、どうよ?冤罪で流刑になっちゃったミーチャはどうなんのよ?脱走計画は?まだ、全然話終わってないでしょうってば! ま、元々作者前書きの部分で本作は物語の前半部、つまり続きがありますよ〜、って断ってんだから仕方ないかも知れないが、じゃ世間はもっと「カラ兄は未完の作」って事を周知徹底して欲しいよ。 「ドストエフスキーの生涯」は読みやすい文章で分りやすかった。「解題」の方は思い入れたっぷりに書いているのは分るが、ここまでやると贔屓の引き倒しでしょう、って気がしてきた。むしろこれだけ歴史的、伝記的、文化的考証が必要な原作はもはや現代の一般読者が読むにはそぐわないとの感を強くした。 全巻通読後の最終結論=ドストエフスキー代表作は『罪と罰』で決まり、『カラ兄』通読必要無し!(ビン・ラーディン / 2008-10-06)
あのスリット・タンのお姉ちゃん作家・金谷ひとみが愛人に唆されて「上巻読むのに4ヶ月、一気に3日で中・下巻」というペースで読んだのは新潮文庫版カラマーゾフ。この亀山版なら愛人の愛撫もそこそこに受け流し「1部と2部にまる1日、後も一気に全部で3日」というくらいで読んでしまえそう。圧倒的なスピード感、かっての古典訳本につきものの何箇所にも振られている注釈のルビ、これが一切ないので、読める、読める。
ロシア人特有の名前の呼称は、愛称が出てきたり、これがまたしょっちゅう変化したり、父姓が絡んだりやたらややこしい。亀山はこれを簡素化してしまった。これだけでも、21世紀日本の翻訳革命。だからドスケビッチ・オナゴスキーなんて名前が出てこない。それにしてもこのカラマーゾフって小説、なんて面白いんだらう。私にとっては2回目のカラマーゾフだけど、みんなシャベルしゃべる!おしゃべりなロシア人、父親のフョードル、ミーチャ、ホフラコーワ婦人、小悪魔たち、みんなロシア版吉本新喜劇の役者になれる。そして、最後にみんな元気に「カラマーゾフ、万歳!」ってんだからもう2007年最大の話題書はこれに決まり!(ヒデボン / 2007-09-03)
コーリャは個人的に好きになれない。すこし背伸びをしているような気がする。学問を究めないのに、高尚なことを言うのは良くない。
彼に対して、アリョーシャは全然偉ぶらない人物で好感が持てる。影でいろんなことを良く勉強しているのだろう。 私はコーリャのような知ったかぶりをする人間にはならずに、アリョーシャのように高度な知識を備えつつ、かつ慎み深い人間になりたいと思った。(k-um / 2007-10-05) レビュー数 19 [残りも全部見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.0 |
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