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私塾のすすめ ─ここから創造が生まれる (ちくま新書) / レビュー総評点:45
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ASIN:4480064257 / 売上順位:33881
筑摩書房(2008-05-08)齋藤孝 梅田望夫 ¥ 714(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
45
私塾が作れないでいます。
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webを利用した教育には、いろいろ取り組んできました。
BBSでのSIG、教育用WEB、MIXIでの設計工学系の教育コーナ。 底辺の底上げにも、優秀な人を集めることにも成功していません。 著者らが成功しているとすれば、それは2人の個人の能力であって、 やり方や方法ではないのかもしれません。 あるいは、やり方や方法の中で、能力が伸びていくのかもしれません。 まだその領域に達していないので、素直に同感できないでいます。 ごめんなさい。(kaizen / 2009-09-17)
前作『ウェブ時代をゆく』で示された、学びの場としてのウェブ空間の可能性について、お二人の様々なエピソードを交えての対談なのですが、両氏の立ち位置の違い-教育者(齋藤さん)と啓蒙家(梅田さん)の違いが垣間見えます。
齋藤さんは全体を底上げする事に、梅田さんは少数の精鋭(エリート・選良、というよりは鍛え抜かれた者というニュアンスが近いかも)に期待をかけている。 でも、お互いの意見を否定するのではなく、受け入れる余裕があります。 それを可能にしているのは、若者への多少の焦燥感と大いなる期待、そして自分達の様々な働き掛けが少しでも若者・社会全体をプラスの方向へ導くことになる、という自信。これらが両氏に共通しているからではないでしょうか。 お二人の説くが如く進むことはたやすい訳はありません。ですが、道に迷っている人に一つの道標となる一冊・ポンッと背中を押してくれる、そんな本です。(まさやん / 2008-05-22)
一人は教育、一人はITにおいて、現在の立場を築いた二人の対談を3回分、活字に起こしたものであり、掛け合いが興味深い。ライフスタイル等はそれぞれに特徴があるが、深いところでは共通した考え方を持っておられるようだ。この書籍のタイトルにもなっている「私塾」がその一つである。二人ともロールモデルという憧れの人物があって、私淑し、それを目指してきた。現代では、ブログなりネットを通じて「私塾」のような志向性を同じくする者の集まりができるという。以下、心に残った所です。
・高速道路(学習環境が整ってレベルアップがはやい)とけものみち(動物的カン) ・ネットで喝采、賞賛を受けてモチベーションを上げる。不愉快な意見は1割程度。 ・会社では寒中水泳とおもって3年、5年、10年どっぷり浸かった方が得るものが多い。 ・暗黙知が共有できると幸福を感じる。 ・何かをやると決めたら何かをキッパリ切り捨てろ。 誰もやったことがない事をやろうとしている人はいいこと言うと思いました。二人のロールモデルと座右の書がそれぞれに紹介されています。「ゲーテとの対話」と「ツァラトゥストラ」は今後読んでみたいと思いました。(シュー / 2008-06-01)
今にときめく二人の対談集である。奇しくも同じ年に生まれた二人の相似と相異が微妙に出ている点が読んでいて勉強になった。
「相異」について。 斎藤はネットに関して積極的ではないとはっきりと発言している。梅田が ある種「ネットの伝道師」であるのとは対照的だ。このネットへの違和感を明言する点に 今回の斎藤の戦略があると言えるのではないかと思う。 考えてみると 柔道の中興の祖である嘉納を尊敬する人にあげ 日本の古典を音読することを主張する斎藤だ。106頁で斎藤が「わざと鈍い刀を使いながら生きていく」と言っているのは 徒然草の「よい工は少し鈍き刀を使う」を踏まえたひと言だと思う。斎藤にとっては ネットとは「切れすぎる刀」なのかもしれない。 「相似」について 上記で「相違」をあげたが それはある意味では「道具」の話であり その「道具」でやろとしている「目的」に関しては よく似ている。 両者ともに 「教育のあり方」という点に徹底的にこだわっている点が見て取れる。斎藤自身は 教育を全面に出して活躍しているわけだが 梅田は第一義的には「教育」を専門としているわけではない。但し 梅田の「教育者」としての資質が 彼をここまで引き上げていることも確かだ。 僕は梅田を「伝道師」と呼んだ。彼の資質は「陽気なアジテーター」であるというのが僕の基本的な理解だ。アジテートとするには アジテートする内容が必要だが それ以上にアジテートすることへの資質が必要だ。梅田は「内容」も当然ながら そのアジテートする資質に恵まれている。アジテートとは一種の「教育」であることは間違いない。 このように相似と相違を楽しんでいるうちに あっというまに読了してしまった。(くにたち蟄居日記 / 2008-06-07)
良書。
世の中の学ぶための条件が改善された今、本人の学ぶモチベー ションの強弱で格差が広がるようになった。 そんななか、人を伸ばすにはどうしたらいいか、という議論。 梅田氏、斉藤氏ともに人を伸ばすことへの関心がとても高い。 (ただし梅田氏はトップを伸ばすことに関心がつよく、 斉藤氏は全体の底上げに関心が強い。この人間性の違いが最 後まで面白い) このふたりが、斉藤氏や梅田氏のような思いを持った個人(塾主)と、 それを支持する参加者(塾生)を基盤にした教育の枠組みが今後の 鍵ではないか、という話をする。 読んで思ったのは、どこまでも個人主義で、自分から生き抜こうと 思わないと相手にしないという梅田氏の思想と、 社会そのものを動かして底上げしようとする斉藤氏の思想の違いが どこかくるのか。 斉藤氏は自ら文部科学大臣になりたい、というほど国家的な教育視 点を持ち、梅田氏は教育というよりはアドバイスに近く、できるこ と・やりたいことを効率的に行うあたりビジネス的な感覚。 社会に対する責任のスケールの違いを感じた。 (梅田氏はきっとそんな責任はとりたくないというだろう。斉藤氏 は責任云々ではなく、そういう社会を作るのがワクワクするのだと いうだろう。) ぼくとしては、人を育てる本質からすると、斉藤氏の視点が自分に は欠けていると勉強になった。(ケニー / 2009-06-12)
どんなに熱中できることがあっても、その楽しみを共有
してくれる仲間や競争相手がいなければ辛い。私塾のす すめとは、同じ価値を共有し、一緒に働きたいと思う人 がネットによって近い存在になったからこそできるもの であろう。そのような志向性を共有した私塾の可能性に ついて述べている。そしてその私塾のリーダー的存在で ある、二人の考え方が後に続く。 本書の最後で、興味深い記述があった。両氏とも20代 から30代にかけて「どう生きるべきか」について、非 常につきつめたと述べている。彼らに共通するところは、 このような不器用さを奥に秘めた、人間的な強さであろう。 (nori / 2008-06-10)
本書は「声に出して読みたい日本語」の斎藤孝氏と「ウェブ進化論」の梅田望夫氏の対談書です。
「私塾のすすめ」と銘打ってはいるものの読者に対して言葉をストレートに投げかけているわけではなく、彼らの「人生論」のようなものの中から読者が何かを見出すタイプの本だと感じました。 両氏の著書は未読ですが、非常に解り易く読み易い表現に終始しているのでその点で好感が持てました。 もっとも印象に残ったのは「ロールモデルを持つ」という考え方です。 ロールモデルとは簡単に言えば「人生のお手本」みたいなもので、例えばそれは福沢諭吉やナポレオンなどの歴史的に著名な先人であったり、身近な親や先生であったり「あこがれ」の対象になり得るような人と位置づけています。 その「あこがれ」があればそこから何かやってみようという気持ちが生まれるという考え方には共感しました。 思えば子供の頃はそういう「尊敬の対象」のようなものが常にあったものですが、大人になるとそんな想いを抱くことなど忘れてしまっていました。 漠然とした大きなテーマで語られる「二人の人生論」的な本書ですが、人によってはそこから色々なことを学ぶことが出来ると思います。 (弘樹 / 2008-05-11)
文字通り時代を切り開いている二人の対談。
テーマは学ぶということ。 現在における日本の雰囲気・空気などを踏まえて問題提起と解決策を示している。 幕末時代の「私塾」を模倣して、 今の時代に合致したものができないだろうか。 お二人の熱い気持ちが良く伝わってくる。 小難しい教育論は専門家に任せて、 より身近なテーマとして考えさせられる一冊だ。(ニャンゴロ / 2008-05-25)
ロールモデル(行動の規範となるお手本)をただ眺めて浪費して
満足するだけではなく、ちゃんと自分の行動に影響を与えるように、 きっちり消費させる循環を提唱する。 継続は力なり。ではあるが、闇雲に手を出したり、流行っているから、 みんながやっているからと、錯覚のレールに乗ってしまう危険性を指摘。(ウェブ担当 / 2009-04-18)
自分はITのもたらす未来像に興味がある。梅田さんはひたすらウエッブの世界の未来像をポジティブに捉える、そして若者にその明るい未来の伝道者として語りかけてきている。彼がよく言う「けもの道」へ導くために。
多元で多様な人間の存在が世界を創っているわけだから、梅田さん的明るいIT社会を多くの人が期待しているし、自分も実現可能だと良いなとは思う。しかし、果たして現状より貧困が少なくなり富の分配が加速し持続可能な経済がITによりもたらされるのか(ITだけとは言わないが)? 最近、梅田さんは対談本新書を連発しているが、今回も対談者の齋藤さんの言説の方に惹かれるわけである。齋藤さんの「自分探しの違和感」「藩を超える私塾社会」「あこがれと習熟」などなど。梅田さんの「志向性の共同体(ネットで広がりうる)」「ネットが脳と人間関係を増幅する等々。やはり梅田さんのこんな立ち居地はどこに起源があるのか非常にいつも不思議だったのですが、内田樹さんの「街場の現代思想」を読んで腑に落ちたわけです。梅田さんは生まれながらにして「文化資本」をお持ちなんです。そしてそれに気付かず(気付くのは成り上がり文化貴族)育って来たわけです。そう庶民からみるとある種ねたみを感じるような生活を通して確固たる生き方を獲得されてきたわけです。これは梅田さん自身に問題があるわけでもなく、素晴らしい才能の一つなんですね。 いずれにせよ、齋藤さんにせよ、梅田さんにせよ半端じゃない勤勉さをもって現在に至っているわけですから、読者はそれを認識せずに、直ぐに自分探しだといって我慢もせず会社を辞めて「けもの道」に進んではいけないのです。そしてシリコンバレーはグローバルと言う文脈のなかの実はローカルな思想でもあることを知っておかないとネットが全ては解決することが出来ないと言う事を後から知る事になってしまいますから。 確か内田樹さんも養老先生との対談で廃藩置県をもじって廃県置藩による藩校の復活を話しておりましたね。(dream4ever / 2008-07-06)
「声に出して読みたい日本語」の斎藤孝さんと
「ウェブ進化論」の梅田望夫さんの対談が一冊の本になった感じです。 ふたりは同い年でありそれぞれ全く逆の道(教育とIT)の最先端を行くような感じですが底辺にある部分は恐ろしく似ていて「同志」と言う言葉がピッタリです 内容は 第1章 志向性の共同体 第2章 「あこがれ」と「習熟」 第3章 「ノー」と言われたくない日本人 第4章 幸福の条件 と進みますが その前後に はじめに――志をデザインする(齋藤孝) コラム梅田望夫「私のロールモデル」 コラム斎藤孝「私のロールモデル」 コラム梅田望夫「私の座右の書」 コラム斎藤孝「私の座右の書」 おわりに――私塾による戦い(梅田望夫) が挟まっているため2人の心と言葉のキャッチボールが展開されているようにも思えます。 非常に現代的な本と言えるし求めれば何でも手に入る時代に突入しているのがこの本で改めて実感します その「何か」を求められない人には生き辛い時代にも感じられるしそれも含めて情報による格差が仕事でも何でも広がっているんだな・・・とこの最近のニュースや風潮をリアルに感じてしまいます。 この私塾と言う価値観・・・実際にブログ運営をしている人には感覚的に理解しやすいと思いますし何か自分の追及する分野を見つけたのならばこれからの時代は大学に行って専攻するのも間違いではないのだけれど ブログをはじめネットの世界で同志を探して私塾を作り出す・・・そんな新世紀を感じます 底辺を広げる齋藤さんと上を伸ばす梅田さん逆のアプローチのようで芯の部分はお互いに共感しあえる存在。読んでいるとつくづく「似た者同士」だしこの2人に限って言えば「似た者同志」って表現が相応しいです(とよぴ〜 / 2008-07-06)
梅田望夫の対談集の第3弾。あんまり期待していなかったんだけど、ものすごく熱い本で、読んでいて、こちらの胸まで熱くなり、勇気づけられる本だった。
彼らよりちょっと若い自分だが、彼らに比べるといかに自分が学んでこなかったかが分かる。 これからでも遅くない。幸いにして今の仕事は好きなので、もっと極めてみよう。ただ、誰かに私淑するって難しいなぁ。今、誰かに憧れるなんてできるかしら? (hamachobi / 2009-08-02)
○読み始めたきっかけ
以前、梅田氏の「ウェブ進化論」、「ウェブ時代をゆく」がおも しろかったので、その流れで購入をしました。齋藤氏も三色ボール ペンや音読、体術などのキーワードで知ってはいました。 ○心に残る言葉 P.24 自分の求めるスタイルの傾向を自ら知るために、学生には自分 が好きなスタイルの「あこがれる人物」を三人あげてもらうことにし ています。(中略)三人選んでもらうと、その三人の組み合わせの中 に、選んだ学生さん当人の個性が浮かび上がります。 私は誰だろうかと思いました。ライフスタイルとしては、村上春樹・ 橘玲は確実に影響を受けたと思います。後一人は、日本の歴史上の人 物かもしれません。 p.52 リーダーの役割は、チーム内の良い「空気」を作り出すこと。 私は、オフィス家具メーカーに勤めており、常にオフィス環境の向 上を通じて、職場のいい「空気」を生み出したいと考えています。オ フィス家具や内装で事務所の雰囲気は良くなると思っています。 p.130 営業は数を当たる。そうすれば、見込み客が生まれる。 p.132 僕は基本的に、物事というのは、だいたいのことはうまくいか ないという世界観を持って生きていますね。 ・・・うまくいかないと最初から思っていれば、ノーと言われてもダ メージが少ないから、新しいことにもチャレンジができる。 やらないことを決めて、自分の好きなこと「朝からすぐに取りかか れること」に集中をする。 (くりぴょん / 2008-12-06)
齋藤孝と梅田望夫の対談をまとめた本。私は梅田氏の著作は全部読んでいるので,その一貫として本書を購入した。はじめは,梅田氏の視点から齋藤氏の意見を,古めかしいものだとやや批判的な目で見ていた。梅田氏も内心はそう感じていたかもしれない。インターネットやブログという21世紀の技術を使わずに日本を変えようとしている「無謀さ」に私は冷ややかな目で齋藤氏を見ていた。実際に二人の意見には,相違点が多く,この対談自体に意味があったのかという疑問さえ抱いた。
しかし,読み進んでいるうちに,二人は共通の認識があることに気づき始める。それは,齋藤氏も梅田氏も現在の日本にある「どんよりとした閉塞感」を何とか打破したいという情熱を人一倍持っているという点である。常識といわれる固定観念,事なかれ主義,出る杭は打つという発想,それらが今の日本人には無意識のうちに擦り込まれているのだ。無意識だからこそ,なおさらやっかいで,問題なのである。彼らはそれに気づき,現在の日本を憂えているのである。そして,自分たちが日本を変えなければならないという希望と夢に満ちている。そして,梅田氏が齋藤氏に対する認識を改めたとき,読者である私も齋藤氏の志というものを理解できた気がする。彼らはまったく別々の分野で活躍しているが,実は目指している究極的なものは同じであるのだ。彼らは明治維新のときのような新たな文明開化を望んでいる。人々が自分らしい人生を歩むための道しるべを示していてくれているのだ。 私個人としては,梅田氏の思想に共感するので,齋藤氏のやや押しつけがましい発想には抵抗があるが,齋藤氏のようなエネルギッシュな人を慕う人もいるだろう。とにかく,今私たちがなすべきことは,彼らのような道しるべを師とし,学び,現在の閉塞しきった日本を変える一助にならなければならないということではないだろうか。(長谷川 純一 / 2008-06-22)
新進気鋭の教育者とビジネスコンサルタントの対談。ロールモデルの考え方から始まり、教育論、日本人観、幸福論と議論が展開する。閉塞感のある日本の現状を打破するために、明治時代の私塾的な啓蒙の輪を広げる必要性、そしてそれがウエブなりの新しい技術を通じて可能となるとの両者の共通の思いが至るところに散りばめられており、大変啓蒙的である。若い世代にもお勧めの書。(INNOVATE / 2008-06-16)
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