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レビュー総評点:
24
奇抜なタイトルとは正反対に、至って真面目な本。 bullshit(牛の糞、へりくつ)という単語の概念を規定することに全てのページが費やされている。 例もまた至って真面目、言葉遣いも難解なので、浮ついた気持ちで手にとると痛い目にあう。 世間が、あるいは自分でも時々使っているウンコな議論が、嘘や騙しとどう違うのか、その根拠と特徴を知りたい、思考の冒険をしようという人には面白い本。(ushinabe1980 / 2006-07-16)
民主党のニセメール問題やそのあおりでポシャった4点セットの国会論議、あるいは企業不祥事のお詫び会見、それを取り上げるマスコミ言説...どれもこれもがウンコ議論で、この本非常にタイムリーである。いや、この文章が執筆されたのは30年前らしいし、世事だけではなく職場周りにも犬の糞のごとく転がっているところをみると、著者の言うようにウンコ議論は“現代文化の顕著な特徴”なのだろう。 山形浩生が(ほぼ本文と同じボリュームの)訳者解説で触れている通り、著者のウンコ議論についての評価は“一応留保されている”。まぁ悪いっちゃ悪いけど必要悪ってとこも無きにしも非ずだし、場合によっては“使いよう”もある、ってことだろう。但し、明らかに問題なのは、ウンコがウンコだとわからなくなることだ。ウンコ議論は、個人が組織の一員としての立場を持ったときに芽生えるものだと思うんだけど、国会やスタジオや会議室や飲み屋でしゃべってる奴らの言葉がウンコかどうか、自分が今しゃべってることがウンコかどうか、それがわからなくなったら終わりである。ウンコをウンコだとわかってさえいれば、まだ“使いよう”はある。 この本、訳の上手さもあるのだろうが、「道徳哲学」って難解さはまったく無く、センスのある文章で、読み物としてなかなか楽しい。お奨めの読み方は通勤電車でカバーをかけずに読むこと。周りのギョッとした反応が楽しめるし、ウンコ議論の存在を啓蒙する手っ取り早い手段でもある。(盥アットマーク / 2006-04-03)
おそらく元は今で言うところのブログに書き込む感覚で書いたのだと思う。「嘘をつくこと」と、「議論の揚げ足取り」あるいは「屁理屈」と一緒にするなということを言いたかったのか。 実際のところは、訳者がストレスをためまくって、たまたま同じ主張をする人に出会って、彼を隠れ蓑にし、訳者解説をしたかったのだろう。訳者解説が半分以上を占める本なんて普通じゃ考えられないからね。読むべきところは、本文よりも訳者解説! (nobu2002 / 2006-09-19)
黒、黄土、白の三色による構成は、かの有名な絵描き、ブリューゲルの作品(1)から引用された、いかれたキャラクターとの兼ね合いによって実現している。だが、なぜこのキャラなのか。ヤツは、口で巧みにスプーンを操り、おそらくはそれを漏斗さながらに活用してスープを飲むであろう。しかしヤツが、液体以外の食事をするのか定かではない。ヤツは、ウンコと関係あるのであろうか。その穴が、口でもあり、尻でもあるように見えること。この疑問は、ヤツの身体によって宙づりにされ続ける謎である。 それにもまして、その絵の周辺には、もっとも斬新なウンコ議論がひしめき合っている。 タイトルが一番大きい、なるほどである。次に大きいもの、山形浩生。なるほど。その次は、ハリー・G・フランクファート。ふむ、その次は、訳/解説。あたかも、フランクファートが訳者のようであるが、無論、訳者は山形大先生である。普通、著者と訳者は対等に扱われる。あるいは海外では、訳者が陰の人物となることが多い。ここに見られる反転は、ブリューゲルのキャラクターが反転されているという事実からも、ある意図を感じさせる。それは明白な主張であり、図像化された以上、無意識とは言い切れないのだ。 本文では、ウンコ議論の核心が、微妙な神妙さをもって語られる。 (以下、多少のネタばれがあるのでご注意ください。) ー聞き手が知ってはならぬのは、その人物の意図が真実をつたえることでもなければそれを隠す事でもない、ということである。(p45) この本は、表紙を含め、からだ全体でウンコ議論を体現している。 それは、ほかならぬ山形浩生大先生の手腕によって、自然とウンコ化したといえよう。 面白いうえに無駄な知識欲を満たしてくれる、素敵な本。ごちそうさま。 (1)Bruegel, 'Dulle Griet'(Mad Meg)(mu---- / 2009-11-14)
小さな薄い本で文字も大きいのですぐ読める。ウンコな議論風に書かれた、ウンコな議論批判の書。30年前に書かれたこの論文を今読んでも面白いのは、様々な場面で繰り広げられている空虚なPolitically Correctな議論(例えば、「美しい国」云々)に対する批判になっているからではないだろうか。 思ったとおり笑える本だったのだが、あともう一歩という印象。本書が扱っているのは「ウンコな議論の本質は何か」であって、「何故人はウンコな議論をするのか」ではない。だからここがスタート地点なのだと思う。本当に面白いのはここから先。 訳者による(本文と同じくらいの長さの)解説も面白い(むしろ解説の方が面白い…)。このタイトルと訳者の名前を見てニヤリとできる方向け。訳者のおふざけモードが全開なので、真面目な人は怒っちゃうかもしれない。(萩原 湖太郎 / 2007-01-29)
後書きで山形氏が見透かしているように「ウンコな議論」というあまりにもあまりなタイトルに魅かれてしまう人多数ではないでしょうか。 しかし、中身はタイトルとは裏腹にとっても真面目。まあ、要は無意味な言葉遊戯を止めよということなんですけれど、無意味な言葉遊戯を丁寧に定義していくさまは哲学とはまさに使う言葉の定義が総てということを端的に教えてくれます。おそらく真面目な論考の体裁はとっていますが主眼はポモに対する痛烈な皮肉なので定義したからそれが何?という以降の発展性はない(この点も後書きで処方箋ではないと記されている)。 皮肉を哲学に昇華する筋道を辿る(結論よりも思考の過程)ことに面白さがあります。まあ、本当に短いのでまさに暇なときのお供にという一冊の範疇は超えていないと思いますが。あーこれまた後書きでそれこそ無意味な寄り道をぐだぐだつけて分量膨らまして体裁を整える無意味さを指摘されていますが。(遊鬱 / 2006-01-23)
原題は、On Bullshit。山形浩生が訳している。 世にはびこるくそったれな議論について、哲学者が評論している。というより、大半は山形の訳者解説で占められているが。 これはアメリカ社会をネタに書かれているものだが、むしろ現代の日本の状況の方が当てはまるのではないか。特に政治家の発言など、議論のかけらもない。でも国民は支持しているのだから大半の人にとってはウンコではないのだろう。 (hamachobi / 2009-07-16)
ウンコな議論が嘘よりましとかそうじゃないとか、一応まな板にはのっかっているのですが、私はやっぱすごく意味があるのではないかと思っています。 解説では、おそらくわざとウンコな議論満載の解説を長く載せてあり、読み終わって虚しくなりました。なぜならやっぱりウンコな議論の中をウンコな議論でもってやりきっていくしかない感じがしたからです。 ウンコな議論の効用をまともに書く方が今後、すぐに出てくれればいいのですが、おそらく出ないでしょう。残念です。(尻顔足太郎 / 2007-10-21)
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平均点:3.5
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