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日本人はなぜ環境問題にだまされるのか (PHP新書) / レビュー総評点:36
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ASIN:4569705383 / 売上順位:65053
PHP研究所(2008-11-15)武田 邦彦 ¥ 735(中古:¥ 42)
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レビュー総評点:
36
第一章で、著者は世に喧伝されている「二酸化炭素の増加が地球温暖化を産んだ」ということについて、CO2と温暖化は因果関係が認められない、ということを証明していく。
第二章では、温暖化がむしろ生物や人間にとって暮らしやすい環境を現出することや、インフルエンザの減少等のメリットを説く。 そして、驚くべきことに、京都議定書の裏には霞ヶ関と産業界との間の「京都議定書に基づくCO2削減を強制することはないから批准に賛成して欲しい」という「密約」と、国民だけに削減義務を求める「裏切り」があったことを明記している。 また、1990年当時のCO2排出量にして得をするのは、EUとロシアと、批准しなかった米国と離脱したカナダであり、損をするのは省エネ社会を90年までに構築していた日本とこれから発展を期する発展途上国であることも述べられている。 もし、CO2と温暖化に著者がいうように殆ど因果関係がないのであれば、我が国が「低炭素化社会」というスローガンを掲げているのは、誰のためなのか、少なくとも日本の国民のためではないだろうということになる。 国民は誰も偽りの目的のためにコントロールされることを望まない。 武田氏等の温暖化懐疑派へは東北大学明日香壽川氏等が反論している。 だけど、はっきりしていることが一つある。 京都の世界環境会議で「地球は温暖化するのでCO2を出さないように原発を建設しなければいけない」といっていた通産省天下り関係者と電力会社は、70年代のオイルショックのときに「地球は寒冷化するので石油を確保し、原発を建設しなければいけない」と声高に主張した人間と同じだと言うことだ。エネルギー利権に群がる亡者どもが世界の失笑を受けたことだ。 また、電気自動車はクリーンだ、という者が多く現れてきた。 特に充電式電池の場合、その電気はどこから供給され、どんな物質が放出され、どんな廃棄物が出るのか、彼らはわかっているのだろうか。 京都の会議のような大雑把な論争には思い込みだけでなく、嘘と偽善がある。 それが良識ある人の実感ではないのか。 著者が「CO2と温暖化は無関係」といいながら、地震大国の柔らかい海辺に立つ、危険きわまりない、そして石油を大量消費する原発推進者でないことを祈る。(涌太郎 / 2009-02-01)
環境に良いという言葉が「免罪符」となりつつある昨今、この本がでた意義は大きいです。「環境に良い」というキャッチコピーで露骨に営利を追求する企業のなんと多いことか…。行政も行政で、的外れな環境対策が多く、やはりここにも営利が絡んでいるのは事実でしょう。温暖化に対しても、今大多数に受け入れられている意見を無批判に信じるのはとても危険です。
…しかし、です。では、「常識」や「権威」に敵対する者は必ずしも正しいのでしょうか?注意深くこの本を読んで下さい。所々に論理の飛躍がないでしょうか?「レジ袋は抵コストだ→だからレジ袋の節約は環境に悪い」「未来には新しい技術ができるはず→エネルギー節約の必要はない」etc…これらは本当に論理的主張でしょうか?或いは理系の方はこの本のデータの挙げ方に着目して下さい。このデータは本当に著者の主張を裏付けているでしょうか?著者は実は環境の専門家でなく、文系の方なので、たまたまデータの挙げ方が甘かったのかも知れません。しかし、こういったデータだけで自分の楽観論を押し付け、数々の専門家がだした結論を「ウソ」で片付けるのは無理があるでしょう。 (ハクム / 2009-02-22)
この本を読むまでもCO2環境論の不透明な部分を指摘する声はあった。でも私は完全に洗脳されていた。
この本を読んで少し周囲が見えてきた気がする。 怖いのは、日本の中枢が情報統制を本格的に行っている可能性があるということで、そのこと国民はを頭の片隅に置く必要が絶対にある、ということを教えてくれる。(やしぴ / 2008-12-11)
本論は、環境問題を声高に訴えて保全活動を行うこと、盲目的にエコを信仰する人々への警鐘となっていると思う。
環境保全を訴え、経済利益を半強制的に授受するものたちが根拠とするデータ等に、疑問をぶつける形で論展開が行われる。 実際、私は内容全てを信用するわけでもないし、じゃあエコ活動なんてどうでもいいや! なんていう無責任さを支持するわけでもない。 しかし、環境保護の根拠に問題点があるっていうなら、お前は地球がどうなってもいいのか!! なんていう極端な二元論をぶつけられても、私は困る。 真の問題点は、環境を守るという大義名分のもとで、不必要な利権が確立されているのかもしれないことだ。 この問題点を無視するならば、環境保全を行う影で本当に無駄な経済負担を許容するに等しい。 人間の行う経済活動が、本質的にエコなんていうものとは矛盾するものなんだから、声高に企業がエコを訴えはじめた時点で危機感を受けるはずだ。 エコが活動ではなくトレンドに成り下がっている事実は危惧すべき。(ton / 2009-01-14)
この本は活字が大きく、易しく科学的な説明がなされています。要点は
○温暖化はホントなのか。炭酸ガスは空気中で0.04%しかない、これが2倍になっても気温上昇への寄与度は小さい。太陽の活動や水蒸気や微小水滴の影響の方がよほど大きい。 ○NHKや朝日などの客観性に欠ける報道で多くの市民は温暖化論が脳に刷り込まれてゆく。 ○心やさしく、真面目で、気配りがあって外交下手な日本は炭酸ガス規制を過剰に押し付けやすいカモ そういえば、内分泌かく乱化学物質への過剰な反応、またダイオキシンは猛毒だけどウクライナの大統領ユーシェンコはこれを飲まされて、すごくハンサムな顔があばた面にはなったものの死ななかったし、アルツハイマーの原因はアルミニウムイオンとか言われたこともあったなぁ。 最後の「おわりに」の次のような趣旨は同感です。 特に、現在の知識で物事を判断するのは仕方ないけどそれがずっと続くという前提で判断しては間違える。科学の知識は30年たつとずいぶん変わる。(光が丘 / 2008-12-13)
「二酸化炭素の増加は温暖化に繋がる」という「常識」を見事に覆してくれる本です。
森林はCO2を吸収しない。温暖化は歓迎すべき現象である。京都議定書の履行は日本だけが馬鹿を見る。欧州では環境問題を政治問題と捉えている。などなど。 このようなことがらを、わかりやすい図やグラフを用いて説明しています。化学、生物学、地学、物理学だけでなく、歴史、政治、経済、人類学など多岐に渡る分野を総合した解説が繰り広げられます。結局のところ、経済学でいう「合成の誤謬」という各論は正しくても、それだけで全体(地球環境)を説明することは出来ないことを明らかにしてくれます。(vatmideo / 2008-11-23) 環境問題は様々な事が言われています。環境を考えてマイバックを持って 買い物に行くこと。北極の氷が溶けてホッキョクグマが減少していること。 毎日のように氷山が溶けて崩れてしまっていること。本当にいろいろな事が 報道されています。 環境問題を考えるには、一方的な考え方だけではなく、武田さんの本も是非 読んでみてください。 「環境問題を何故考える必要があるのか」少なくても明るい未来のために どうしたらいいかを考えさせてくれる一冊です。 少なくてもゴアさんの考え方と、武田さんの考え方、両方を読んで見てください。(河岸宏和 / 2008-11-29)
この人の本、一通り読みましたが、一貫しているのは研究者など権威を批判・侮蔑し、自分こそが世界を見通している偉い人物といいたいのかなと感じます
彼の指摘している、批判している事項は非常に議論の余地があるもので、その点を喚起する意味は大きいでしょう。しかし、一方で、この著者は環境問題に関しての見識が浅はかであることも事実だと思います。 指摘の京都議定書は、確かに日本が最も苦しむ国際条約であり、1990年という1年値を基準年にすることは暴論だと思います。また、ホットエアというなんちゃって排出権を兆円単位でロシアやハンガリー、ウクライナへ税金で散財することもナンセンスだと思います。たとえば1990〜2000年の平均値を基準年にするなど、日本政府などはやるべきことがありました。 しかし、環境に関係する学者のひとりである武田邦彦氏が、これに非を唱えていた、あるいは人生をかけて、これを阻止しようとしていたのか?そのような事実は聞いたことがありません。はたして彼は当時何をしていたのでしょう。いまごろ、この点を得意げに批判してもなんの意味もないでしょう。 また、「温暖化は願ってもない変化」とし温暖化を進めるべきだという点も、あまりにも環境科学をないがしろにしていないでしょうか? もともと地球温暖化というのは日本でよくつかわれる言葉で、普通世界的にな気候変動(クライメートチェンジ)というのが普通で、そもそも、世界的な科学機関で、武田氏がいつも批判するIPCCも正式名称は気候変動に関する政府間パネル (Intergovernmental Panel on Climate Change)だったりもします。 つまり温暖化とか寒冷化ということ自体が根本的な論点ではなく、急激な気候変動(地球的あるいは局所的)が問題で、特に深刻なのは、生態系(主に植物)が追随できないほどの気候変動がおきると大変で、「急激な」温暖化では、植物は適地を求めて北上あるいは山の上に行こうとしますが移動速度を超えれば絶滅の可能性とか、仮にシベリアやカナダが農業に適するだろうと言っていますが、その代りアメリカと中国の大穀倉地帯が激減する可能性や、シベリア、カナダに肥沃な土壌がすぐ生まれ、農業に十分な水があるのか、ここまで詰めていなければ、あまりに無責任な発言になります。既に農業生産量は、土地の広さではなく、水であるとも言われています(アメリカの穀倉地帯の衛星写真を見てみてください) また京都議定書の密約(産業界はCO2を下げなくてもいい)も、かつてCDM(発展途上 での温室効果ガス削減事業)にかかわったのですが、産業界もノーペナルティでは無かったですよ。ただ、CDMが国内削減より安いのでみんな海外産排出権に走ったのは事実ですが。 しかし、なぜここまで武田氏は、批判ばかりするのでしょうか。批判はとても安易なことです。批判ではなく、世の中の流れを変えて良い方向にしようとすることはしないのでしょうか? 僕は批判より先にやるべきことをやってから、大きな口を叩きたいと思っている者なので、武田氏のスタイルは好きになれません。 ただ、ひとつだけ共感できる点は、省エネが進むとCO2とエネルギー消費が増大し、結果として減らない。これは間違いなく、実際に家庭用エネルギー消費などではそれがでています。 100Wの25インチブラウン管テレビを、200Wの42インチ「ブラウン管より省エネな」液晶テレビにしたり、10年前の半分の消費電力のエアコンを居間1か所から全部屋に設置、結局減りませんね。あるいは環境のトヨタ(本当に環境なのかは疑問ですが)がプリウスを売るのは、ガソリン消費量=CO2排出量制約のなかで、いかにたくさんの台数の車を売るための帰結とも思えなくないです。省エネではなく、抜本的なエネルギー消費や生活スタイルのシフトが求められていると思います ・・・って長く書きましたが、かなり気持ちを落ち着けて書きましたよ!(カリブの海賊 / 2009-03-30)
CO2と温暖化の関連について、小生は100%の確信を持って影響があるとは思っていない。ただ、資源枯渇化の観点で省エネには賛成だ。
で、本書に取り掛かると、作者が自尊しているほど科学的な内容ではない。最初の1/3は上手にかけているのだけれど、残りがいかんせん論理だっていない。 例えば、「温暖化の予想は今の技術が変わらないまま時間が経過したという前提がある」というが、その前提が科学発展の動機付けだと思うのだ。 そして、「日本人はなぜ環境問題にだまされるのか」という問いに本文が答えていないのである。 あまり真剣には読まないほうがいいだろう。(ジャンボマサ / 2009-05-17)
専門の科学教育を受けていなくても、知識や情報があんまり無くても、「地球温暖化問題」については、ある一定のレベルまでは誰でも正しい推論が可能です。その筋道を、みんなが誤らないことが大切です。
1)地球温暖化で、本当に人類にとって地球は住み難くなるのか? 2)仮にそうだとして、本当に地球は温暖化しているのか? 3)仮にそうだとして、本当に人為的に排出された二酸化炭素が主原因なのか? 4)仮にそうだとして、有効なレベルまで、本当に人為的に二酸化炭素の排出量を規制できるのか? 上記の4つがすべてクリアされて、初めて、国家間の利害関係等を超越した、地球規模の対策が立てられるのです。 しかしそもそも、入り口の1)にしてからが、様々な異論が渦巻いています。 本書で言えば、第2章が、その疑問に関して論評しています。 2)3)の問題に関しては、第1章を読むと参考になります。 また、3)4)に関連して、いわゆる「京都議定書」なるものがいかに多くの矛盾と問題を抱えているか、もしご存じない方がいらっしゃったら、第3章をお読みになると良いでしょう。 さらに、いつの間にか「二酸化炭素」が、ダイオキシンや水銀みたいな「環境の悪玉」を担わされつつある現況については、第4章を是非読んでみて欲しいです。 しかし、現段階で一番大切なこと、武田先生が本書で訴えたいことは、「夢」「希望」あるいは「無謀」といった人間の強い心が未来を切り開いていくんだ、とポジティブな姿勢で人生に臨む、ということだとおもいます。 あれもダメこれもダメ、ではなんの解決にもなりません。(柴風 / 2009-02-09)
内容的には、『偽善エコロジー』や『環境問題はなぜうそがまかり通るのか』といった既刊の書物と同じような内容である。
書き出しのところで、「二酸化炭素は重い気体である…」という記述で「はっ」とした。なぜ、重い気体が上空高くに層をなすのか? 確かにおかしい。 安易に「環境保護活動は無意味だ」と言ってしまうのは大変危険であるが、わたしたちは本当のところをもっと知らなければならないと思う。(aaa0042 / 2008-11-25)
「エコロジー幻想」「環境にやさしい生活をするためにリサイクルしてはいけない」など環境問題や環境保全活動に関する問題点・矛盾点を挙げた著書を多く出版している武田邦彦氏が次の主張を行っている。
1. 人間活動に由来する温室効果ガスが原因で地球温暖化は起こっていないか、起こっていてもその程度は小さい 2. 地球温暖化による被害は深刻ではない 3. 環境問題にを誇大報道する日本のマスコミの姿勢は問題である 4. 国民に正確に情報を伝えない日本政府の姿勢は問題である 著者の地球温暖化の科学的な議論は、主張としては面白いが、著者の主張に都合のよいデータと解釈のみを用い、過度に単純化された議論という印象が残る。例えば、著者は第1章でCO2濃度と地球の温度の関係を否定している。著者はこの2つの量の線形な関係を前提としているようだが、地球のシステムは複雑で、いつも線形な変化が起こるわけではない。複雑なフィードバックループの結果、非線形の変化が起こる可能性の方が高いのではないか。かなり複雑なモデルを使って説明しなければならず、この2つのデータのみで因果関係を語るのは非常に難しい。 第4章では気温の上昇に伴い海水の蒸発量が増え、その潜熱で気温の上昇が抑制されるという「負のフィードバック」を説明しているが、これ以外に「海温が上昇すると藻の活動が弱まり藻によるCO2の吸収が減る」「温暖化が進むと永久凍土中のメタンが大気に放出される」など温暖化が進むとますます温暖化が加速する「正のフィードバック」はたくさんある。他の正のフィードバックについては記述がなく、水蒸気中の水分の潜熱による冷却効果は他の正のフィードバックの効果を弱めるほど強いのかに関しても記述はない。実際は水蒸気潜熱のみによって気温が下がるほど地球のシステムは単純ではないのではないか。 マスコミの姿勢に関しては、もし記述が本当であれば著者に同意する。日本政府の姿勢に関しては、主張を支持するデータも強いとは言えず、その可能性もあるが、ただ1つの解釈の域を超えてないのではないか。 最終章と「おわりに」では未来のモデリングを否定し、代わりに夢や希望の重要性を強調しているが、明るい未来を真剣に考える人たちが問題に立ち向かい、知見を総動員して、明るい未来を実現するための戦略を練るためにモデリングなどの手法を使っているのではないか。夢とか希望といったきれいな言葉のみを強調する著者の主張には大きな矛盾を感じる。「明るい未来のために大いにCO2を出そうではありませんか。」には絶句。(Udom Rod / 2009-08-21)
●「なぜ――だまされるのか」という本書タイトルの答えは、「日本人には批判的態度が欠落しているから」である。だから、ハウツー式のつもりで本書に手を出した読者は痛い目に遭わなくてはならない。ところが、「二酸化炭素と温暖化に関係がないなんて知りませんでした」などと自分の無批判的態度に相変わらず気づかない読者が多いのは残念である。(おばぼたる / 2010-03-13)
分からないものは分からない
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> 小学生に「温暖化によって南極の氷が解けて海水面が上がり、太平洋に浮かぶツバルという島が沈没している」と教え、
> 子どもたちが青ざめていたと報道されました。しかし、温暖化で南極の氷が解けているというのは真っ赤なウソ。 > ツバルが沈むほど海水面が上がっているというのも同じくウソです。 > そんなウソをいたいけな小学生に教えて怯えさせているのですから、日本の大人たちはいったい何を考えているのでしょうか。 ⇒「ツバルはなすすべもなく地盤沈下の影響を受けていると思われます(『偽善エコロジー』)」 > 本書で取り組んでいる温暖化は、まさに「科学が創造した環境破壊」で、 > しかも「100年後」のことです。だれも100年後は生きていないので、 > おそらく検証が不可能な長い期間を置いて報告しているのだと、つい勘ぐってしまいます。・・・ > 私が温暖化に懐疑的なのは、科学が創造する環境問題の「予想される時期」が、だんだん遠い将来に設定されていることです。 結論を先取りする善魔(ファシズム)・・・ 予防原則。 水蒸気よりも圧倒的に少ないCO2を主ターゲットとする理由が分からない。 > 明るい未来のために、大いにCO2を出そうではありませんか。私は、真剣にそう思うのです。(沈思黙考 / 2009-06-29) レビュー数 14 [amazonでレビューを書く] 平均点:4.0 |
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