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クラウド化する世界 / レビュー総評点:87
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ASIN:4798116211 / 売上順位:3685
翔泳社(2008-10-10)ニコラス・G・カー/翻訳:村上 彩 ¥ 2,100(中古:¥ 1,230)
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レビュー総評点:
87
この本はグーグルを中心にクラウド化の現状を幅広い目配りで書いた本。最新知識を専門家でない人間が手に入れるには、いまのところ、ベストだと思う。著者はハーバードビジネスレビューにいたころIT投資は意味が無くなると預言して物議を醸したが、それから3年たって、その預言は真実みを帯びてきた。著者はITの現状をかつての電力産業と重ね合わせる。電力産業も初期は各企業ごと、工場レベルで発電機を備えたが、規模の効果により大電力発電所を建設する方がずっとコストが安くなって、いまでは自前の発電所など思いもよらない。
同じように各企業ごとにIT投資を行い、巨大サーバーを構えて、クライアントには重いMSのプログラムをインストールして大金をかけているが、そのような日常業務にブラウザを介してグーグルの提供するデータベースエリアとアプリケーションを使うことによってコストは劇的に低下する。このようなことはアマゾンが一部の機能を外部に提供することでも一般化しつつある。クラウドとは雲のことでインターネットの向こうにある様々なサービスに、これまで自前で持っていたコンピュータやアプリの役割を代替させることだ。こうなるとネットは閲覧のためではなく事務作業の「場」に変わる。そのためには複数のサイトを開いても絶対にフリーズしない頑丈なブラウザが必要である。グーグルの開発している「クローム」は、まさにそのためのブラウザとして開発された。劇的に変化しつつあるITの現状を、幅広く公平な視点で、簡潔にわかりやすくまとめていることに注目したい。 (朱徳栄 / 2008-10-13)
二十世紀初頭に起こった電力産業の発展になぞらえ、100年後の現代、ITが出現させようとしている新しい社会(=クラウド化)について論考したものである。著者のニコラス・カーは「ITにお金を使うのは、もうおやめなさい ハーバード・ビジネススクール・プレス (Harvard business school press)」で著名なジャーナリストだ。
電力が普及することで得たものも大きかったが予期せずして失ったものも数多い。たとえば、洗濯機や冷蔵庫、掃除機によって主婦の家事労働は楽になったが、逆に男や隣近所が家事を手伝う習慣がなくなり、主婦の労働は孤立化してしまった、と著者はいう。ひとり一部屋に電球が普及し、居間のろうそくを家族で囲んで語らう夜がなくなったのも予期せぬ電化の影響だ。また安く大量の電力がなければモータリゼーションもおこらず、地球温暖化もなかっただろう。しかし、電力の普及期にこれらを予測できたものはいなかった。 同じように、安価で大量のITが「空気」のように手に入ることで、私たちはまた予期せぬ何かを失おうとしている、と著者は警鐘を鳴らす。すでに富の偏り、テロリズムの助長、プライバシー喪失、国家秩序の動揺などが見られるという。 もはやネットのない世界は考えられない。しかし社会のネット化は、電力がそうであったように、それまでの社会秩序に破壊的なインパクトを与える可能性がある。本書の原題はThe Big Switch。今私たちはとてつもなく大きな転換点にきているのかもしれない。(丁三 / 2009-02-06)
アナロジーの妙とでも言うべきだろうか。情報ネットワークの進歩と普及を、電力ネットワークのそれと類比させながら、いまのネットワーク社会がどのあたりまできているのか、今後どのようなことが起こり得るのかを読み解いている。現代人は電力の圧倒的な影響下にありながら、その存在が直接意識されることはほとんどなくなった。しかし、当然ながらこれは電気技術の進歩とビジネス化の努力が手を組み、長い時間をかけて実現してきたものだ。それは結果として経済や産業のあり方だけでなく、世間一般の価値観や生活様式までをも大きく変えてしまった。
そうした電力技術の改良と普及の歴史だけでも十分に読み応えがあるが、本書の本題はそこではない。これに情報ネットワークの歴史を照らし合わせてみると、現在は電力普及における「企業の私設発電所の縮小」の段階、すなわち「企業の独自IT投資の縮小」の局面にあるというのだ。歴史は繰り返すという教訓と、電力ネットワークとは異なる情報ネットワーク独自の特性から想像される社会の未来像は不穏当だ。そこでは、富と権力は再び集約へと回帰し、知性は公共化され、イデオロギーは増幅され、果ては身体が捨象されるのだという。 この種の話題では、妄信的な楽観論と情緒的な悲観論がかしがましいが、本書の結論は、悲観論としてはかなり手堅い例証を踏まえているように思える。いずれにせよ、そうした有象無象の論評をよそに、情報ネットワークもまた、電気と同じくらいに新鮮さを失う時代が来るだろう。その頃、何が情報ネットワークのアナロジーとして語られているのか。私はそれを見ることができないのが、残念でならない。(しらま / 2009-03-14)
日本語のタイトルをみるとクラウド・コンピューティングの本だと誤解してしまうが,原題は “The Big Switch ― Rewriting the World, from Edison to Google” である.つまり,実際は Google, YouTube など,インターネット上での無償サービスを電力供給サービスと対比し,その可能性や危険を論じている.しかし,第 2 部のタイトルは “Living in the Cloud” であり,これらのインターネット・サービスのほうがいわゆるクラウド・コンピューティングよりもその名にふさわしく,未来をさししめしているのかもしれない.
(Kana / 2009-03-31)
【本】クラウド化する世界
・著者の主要な命題としては以下。 「第一部: 電力のユーティリティ化は幾つかのキーとなるテクノロジーがそろった後急速に実現し、 企業規模の拡大、労働の非熟練化、賃金の底上げ、ホワイトカラーの出現、 消費主義の拡大など広範囲に変化を及ぼした。 コンピューティング能力のユーティリティ化についても同様であり、 今まさにキーテクノロジーがそろった。 新旧の企業はこのユーティリティ化の流れに乗ろうとし、 今後急速にこれが実現されていくだろうと予測される。 第二部: World Wide Computer(インターネットで相互接続されたコンピュータ群)は 規定のプラットフォームになり、商業的利用が進むにしたがって 企業と労働者、文化や社会にも様々な影響を及ぼす。 また、インターネットは潜在的な不安定性、危険性をはらんでいるし、 政府、官僚、事業者などの統制管理ツールとしての側面を持っている。 そして、少し先の未来、World Wide Computerに人間が接続され、 我々とコンピュータの関係も変化すると考えられる。」 ・総合所感 World Wide Computer(インターネットによって相互接続されたコンピュータ全体) によってもたらされる経済、文化、企業、労働者などへの影響を示している。 目新しい未来予測や、こうすべきという指南はないが、 クラウドコンピューティング実現とその影響に関する俯瞰的理解にはもっとも適している本。 他のWeb2.0やインターネット関連の本に比べると若干Negativeな印象を受けるが これも他の本があまりにユートピアン的に語りすぎているからだろう。 企業や個人に起きていることの詳細やビジネスに特化した論考をしているわけではない。 あくまで現状を俯瞰理解をするのに非常に役にたつ。 流し読みが最適かと思います。 ちなみにクラウドコンピューティングという言葉は使われていません。 World Wide Computingが近い言葉として用いられています。 マイブログ http://justcause.24.dtiblog.com/(接続する準備完了 / 2008-11-02)
クラウドという時代の流れを学びたくて購入通読。
読んでみると、企業側からみたときのクラウド、エンドユーザー側から見たクラウドをそれぞれ説明してくれていて、これからクラウド化が進むことにより社会がどのように変わる可能性があるかを説明してくれている。おもしろかったのは、電力とクラウド化の流れを対比させて考えている点だ。企業は電量と同様に設備投資、固定費を削減するために、Asp,SaaSなどのサービスの利用は避けられないと定義している。そうなった場合会社が利益を、個人が自らの存在価値を見出す手法についても説明してくれている。今後の社会の在り方を考えさせられる書籍になっていると思います。 非常に有用だった。クラウド化がどこからきて、どこに進むのかを考えたい人にはお勧めの書籍だ。(sickboy / 2009-05-26)
大著である。本書に盛り込んだ知見、引用、発言は膨大である。
原題は、The BIG SWITCH。世界の経済構造、人類の生活、知能までを も劇的に変革する大潮流をみごとに描いた大作です。 著者は、鉄道、電力の歴史を丹念になぞり、その盛衰の本質を ネットワークであるととらえる。電気の時代の勝者は、偉大なる エジソンであったが、しかし、真の勝者は、電送グリッドの将来性 を見抜き巨大なインフラに育てたインサルという男であった。 今日、机上のPC、データセンターのコンピューティング設備を超えて、 すでに、あらゆるシーンで不可避の巨大な変革である、クラウド化を 丹念に、仔細に事実を拾い集めて描き出す、衝撃の書です。 それは、いかに出現してきたのか?いかに急速に発展しているのか? その本質は何なのか?旧モデルと新世代モデルとのせめぎあいの果て に、人類への大きな影響は何がやってくるのか?それをくまなく解き明かし ます。 さらに、著者カーは、それをワールドコンピュータ、「1つの機械」 (ワン・マシン)と呼び、そのおぞましくも、すばらしい来るべき 未来をも丹念に書き表します。すなわち、人間がクラウドを便利に使う その果てには、巨大な神、地球を覆う「完全なる知能」(グーグル創業者 による)の完了を目指すがごとく、世界中のユーザが、せっせと、クラウド に情報、智慧、経験など、この世のあらゆるコトを毎秒インプットして成長 させ、完全なる神、iGodを加速化させている、と述べます。 General Purpose Technologyたる、電力との比喩をたくみにもちいつつ、 ノイマン型知能をはるかに超えようとする、技術と人類の世代交代を ダイナミック、かつ、情緒的に描いた、秀作です。(佐倉ごるふ / 2008-10-17)
日本のクラウド本(※)は、
・巨大なデータセンターが出現した「技術的背景」 ・「規模の経済」による圧倒的なコストの優位性 ・IT業界のビジネスがどれだけ変わるか? ・ユーザはどれだけ安く使えるか? ・社内に残すべきシステムは何か? といったIT業界の技術的・経済的な側面に着目しているのですが、 本書の場合は、上記に加えて、 ・消費者にどういう影響を与えるのか? ・(IT業界に限らず)労働者にどういう影響を与えるのか? ・社会はどう変わりつつあるのか? といった社会的な側面についての考察が豊富です。 おおざっぱに言うと、 消費者には、 ・ポジティブな影響が多いのですが、 ある種類の労働者には、 ・破壊的な悪影響を及ぼしつつあること、 一部の起業家(デジタルエリート)に ・富が集中してしまう仕組み・構図 が良くわかります。 本書では、クラウドの発展を、 電力システムの発展(水力・蒸気→自家発電→発電所発電)と比較して、 多くの類似点を指摘して、 同じような歴史を歩むであろうことを示唆しています。 水力・蒸気から自家発電に置き換わって、 最終的に中央発電所から 電力が供給されるようになるまでの出来事を 時系列で整理してみたのですが、 2つのことがわかりました。 1つは、最初に「技術面」で革新的な進歩があること。 もう1つは、圧倒的に効果的な機能や 低価格の製品・サービスであったとしても、 既存設備への投資が大きいと、 置き換えは、なかなか進まないことです。 51ページに記載されているように、 中央発電所は、1902年には、自家発電に対して、10分の1以下という 圧倒的な低コストを実現しているにも関わらず、 40%まで普及するのに5年、80%になるまでは30年かかっています。 ということは、、、 クラウドは、 「持たざる企業」にとっては、現時点で既に 良い選択肢であることは間違いありませんが、 Google AppsやSalesForce.comが提供するような SaaSアプリケーションを「既も持っている企業」では、 すぐには置き換わらないのはもちろん、 少なくとも減価償却が終わる5年以内はありえないでしょうし、 現在のようにハードウェアのスペックが高くて、 ソフトウェアも成熟化してきている状況を考えると、 10年はこのまま行くのではないかと思いました。 (※)日本のクラウド本 「クラウド・ビジネス入門」(林雅之、2009、創元社) 「クラウドの衝撃」(城田真琴、2009、東洋経済)(かつ / 2009-03-26)
インターネットという大きな力がコンピューティングに対する考え方を変える本
本の構成は、第一部がGPT(General Purpose Tech.)が及ぼしてきた影響、 第2部がインターネットというGPTがコンピューティングに及ぼす影響を 述べています。 この本でも述べているのですがGPTとは、電気のように今までの仕組みを 大きく変える一般的なテクノロジーです。最近ではデジタルカメラという技術が それまでのフィルムカメラを駆逐したり、プリクラを駆逐したりしていますが そのような基本的なテクノロジーです。 インターネットというGPTがITの多くの要素についてパラダイム転換を 引き起こすことは必至であり、コンピューティングに対して 起こりつつあること、もしくは起ころうとしていることについて述べています。 GPTという概念はイノベーション論をかじっている私に取っては目新しい 内容ではなく、第一部の内容は斜め読みができました。 インターネットがGPTであることは間違いないと思われますが、それが コンピューティングの世界に影響を及ぼし、クラウド化まで進んでしまう というこの論旨は、飛躍していると取るか、Googleの例などで妥当性があると 取るかで意見が分かれるのではと思います。 どちらにしてもパラダイムシフトは起きつつあると考えるのが妥当と思われる 現在、この本を手にとって、読んでおくのは良いことだと思います。(親カッパ / 2009-03-22)
クラウドコンピューティングの現状について書かれた本。
さまざまな視点から考察がされており,クラウドを取り巻く現状を理解するには最適の一冊である。 IT業界にかかわる仕事をしている人にはどなたにも一読をお薦めする。 本書は二部構成からなる。 第一部はクラウド化する様子を過去に電力が工場ごとに小さな発電機を備えて使用していた状態から外部の大きな発電所からの送電を利用するようになった様子をなぞりながら詳述している。 第二部はクラウド化が進行中であるインターネットの現状について述べられている。インターネットの発展により弱体化した活字業界, 同じ嗜好の人間と容易に閉じたコミュニティを形成できるために生じるコミュニティの断片化,少人数で巨大な利益を上げることが可能になったために起きた富の格差など現在起きている様々な現象が分析されている。 非常にさまざまな角度から現在のクラウド化の状況を取り上げており,考えてもみなかった知見が得られることが多い作品である。(tigerbird / 2008-12-29)
コンセントをつなげば電気が使えるように、インターネットにつなげば必要なサービスを使えるようになる世界がやってくる。
そのメリットばかりでなく、デメリットもきちんと示してくれ、いつ、どこまで実現してどこまで浸透するのかはおいておいても、技術革新、変革に対する目配りの大切さを再認識。お勧めです。 (ケニー / 2008-11-29)
池田信夫blog推薦図書。
いまやテレビのニュースでも、クラウドコンピューテイングを取り上げるようになったが、その意味と現状と将来展望を綴った書。ただし、ただのサラリーマンが読むには難解。 著者は黎明期の電力供給の歴史を例えに上げて、「それくらいの大変革が起きようとしている」と警告を発している。 本書の内容があまり理解できなかった私は、滅び行く人類なのか?考えさせられた。(mikeexpo / 2008-12-06)
本書の第二部の扉に「我々は道具を創り しかして道具が我々を創る」というジョンMカルキンという方の言葉が引用されている。カルキンとは19世紀の美術評論家であることを今調べたところだ。
本書は突き詰めると この言葉に集約されている。 インターネットという新しい「道具」は恐ろしいほどの速さで僕らの生活に入ってきた。もはや インターネットがない仕事や遊び、つまり「生活」は考えられなくなっている。 僕らはインターネットは「使うものだ」と盲信しているが 本書を読んでいるうちに そんな生易しいものではない点を次第に感じ始めて いささか戦慄する思いがした。 本書の最終章では人間とコンピューターが物理的に接続される可能性が指摘されている。確かに かつて機械が人間の筋力を物理的に補強し 凌駕した。それと同じく コンピューターが人間の頭脳を物理的に補強し 凌駕する可能性は十分あろう。 但し そうなった時に 果たして人間はどうなっているのかという点が見えないし 正直 いささかグロテスクな気がするのだ。インターネットという道具によって創られる人間のイメージがどうしてもわかない。 かつてある人が「新しい技術には毒があり それをどうやって解毒するのかが人間の知恵だ」という趣旨の話を書いていたのを読んだ。 インターネットという新しい技術に毒がある事は インターネットが普及して10年以上たった今なお 賛否両論があることを見ても確かだ。 あとは人間がインターネットの毒を解毒するすべを持っているのかどうかだ。僕の狭い知見の範囲では 解毒剤は出来ていない。というか そもそも「どんな毒があるのか」も特定されていない。毒の中身が分からずして 解毒剤など作りようもない。 インターネットがパンドラの箱ではなかったと後世言われることを祈る思いだ。それほど本書を読んでいて ある種の恐怖感すら覚えたからだ。それを感じただけでも 本当に本書を読む機会を得て良かったと思っている。 (くにたち蟄居日記 / 2009-01-28)
インターネットが普及し始めてから約10年が経過し,いよいよ世界にインターネット技術が浸透してきたという昨今。しかし,著者はその技術の進化を理想主義的な視点からではなく,過去の歴史的な事柄を踏まえて,極めて冷静に分析している。そして,その分析は確かに正しいと思われる。
まず最初に,現在のインターネット技術の普及は,20世紀初頭の電気の普及に似ているという著者の指摘は,なるほどと思った。電気が普及し始めた頃,当時の人々は,電気を使えば何でもできるというある種の理想主義的な発想を持っていた。そして,電気は確かに今までできなかったことを可能にはしたが,「何でもできる」というまでにはいかなかった。現在,インターネットがあれば何でも出来るという幻想を抱いている多くの人々に対して,著者は「そんなことはない」と異論を投げかけている。また,インターネットの普及は利便性の向上に繋がると同時に,私たちは今まで以上に監視された社会で生きていくことになると警鐘を鳴らしている。私たちがインターネットで何かを検索したり,あるいはブログに日記を書いたりすることで,第三者がその人物を特定し,プライベートな情報を意図も簡単に開示できてしまうことを問題視している。そして,コンピューターを使って利便性を得ようとしている人々が,実はコンピューターに使われ,自分自身の生活をコントロールされていると述べ,今後それが益々ひどくなるだろうと述べている。つまり,著者の考えでは,インターネットは決して良いことばかりでなく,人間の人間としての生活を変化させ,場合によっては悪い方向へすら誘う可能性があるのだと極めて冷静に分析しているのである。 私は,著者の述べていることは正しいと考える。しかし,残念ながら,その上で著者の意見に同意できない。なぜならば,著者の意見はあまりにも冷静すぎるからである。確かに,現在インターネットという革命が起き,人々は理想主義的な発想に踊っている。梅田望夫の「ウェブ進化論」をはじめとする多くの著書は,これからインターネットで世界が大きく変わることを喧伝している。そして,未来に対する多くの夢を語っている。確かにそれらの夢の多くは,夢でしかないかもしれない。実現されないかもしれない。しかし,私はそれでも良いと思っている。なぜなら,今は「夢を語る時期」だからだ。インターネットの革命により何が起こるかわからないという期待と不安は確かにある。しかし,その可能性を信じて,大いに夢を語ることの何がいけないのだろうか。私自身は,梅田望夫氏が述べているような明るい未来を信じたい。たとえ,そうならなくても。そう考えることで,生きるモチベーションが格段に高まる。この本の著者が述べていることは,真逆で,とても懐疑的である。例えるならば,試合で優勝したチームに対して,「次は勝つかどうかわからない」と冷水を投げかけているようなものだ。一緒に勝利の美酒に酔おうとはせず,それを傍観している。そのように感じる。 少なくとも私はこの本を読むのに疲れたし,読み終わってモチベーションが下がった。著者の述べていることは冷静で正しく,学ぶことも多かった。しかし,著者のような考えでは,インターネットは怖いものとなり,使えないものとなり,最終的に私の生きるモチベーションは下がる。間違っていても良いから,夢見る少年のような心を私は持ち続けたいと考える。(長谷川 純一 / 2008-10-26)
まず、コンピュータ発達の歴史をユーティリティー化した電気の歴史から説き起こす展開は秀逸である。電気とコンピュータの比喩自体は著者が発案したものではないが、インターネットが規模の経済を活かして発展していく過程がこれまでの類書とは比較にならないくらいすんなり理解できた。技術畑の人はそうでもないかもしれないが、自分のような文系出身の人間には技術に偏りすぎると発展の歴史がよく見えなくなってしまう。ただユーティリティコンピューティングの特質というものはこれからの情報社会を考える上で押さえておかなければならないものであろう。集中か分散か。比喩に使われた電力の世界ではインターネットの技術を用いたスマートグリッドが注目されているのはある種の皮肉にも感じる。
バラ色の未来を期待させ、次第に現実の厳しさに戻していく中盤以降も一気に読み通すことが出来た。この辺りは技術的な話も多くなり少しわかりにくいところもあったが、インターネットというものの特質や行く先について見識を深めることが出来る。ユーティリティーコンピューティングの先にはどのような世界が待っているのか。インターネットは元々支配の道具であったことや、いまや人間がコンピュータを働かせるのではなく、コンピュータが人間を働かせるような時代になってきたことは大きな示唆を与える。ユーティリティコンピューティングが電気や空気のような当たり前の存在になり、これまでにない局面を開きつつあるといえるだろう。人間がインターネットと融合される世界。良い世界変わる世界かはわからない。わかっていることはそれが当然のこととなり良いも悪いもない時代が来ることだけである。(糸音 / 2010-01-12) レビュー数 28 [残りも全部見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.5 |
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