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No.1-1 ▼
内在神への道 / レビュー総評点:-1170
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ASIN:4903821269 / 売上順位:3951
ナチュラルスピリット(2008-03-07)伊勢 白山道 ¥ 1,890(中古:¥ 300)
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ただそれだけで。
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「感謝する」ということはとても大切ですね。 ただそれだけでよいのではないでしょうか? わたしは伊勢志摩出身者ですので、 伊勢神宮や伊雑宮には近いこともあり よく参拝させて頂いております。 そしてこの本を読む以前に 昔から伊雑宮が重要な役割を担っている事も知っておりました。 そして、祖父が幼少時の頃、海へ素潜りに行った際 たった一度だけ、神殿のような遺跡を発見したと聞いたことがあります。 不思議な話ですね。 まあそんな事はどうでもいい話ですが…。 昔から、伊勢人は老いも若きも伊勢神宮への信仰は厚く 若い方でも拝礼の基本的な作法「二拝二拍手一拝」で、 毎月参拝する人が多いです。 ですから、伊勢白山道さんが伊勢神宮や伊雑宮に訪れた際に、 作法がしっかりした若い人たちを見て、 「もしかして伊勢白山道の読者かな?」と思ったそうですが、 それは、ちょっと恥ずかしい勘違いだと思います。 とにかく、「感謝」する気持ちは素晴らしいですが、 ややもすると、信者が熱狂的に宗教にのめり込むような ブログの妙な雰囲気はいかがなものかと思います。 そして、 伊勢白山道さんの、たまに垣間見える威圧的で自尊心がお強そうな人柄は 私には残念ながら、頭でも心でも受付けませんでした。 (マメ / 2008-10-31)
障がい者の前世・・・神を語る以前の問題です
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”生まれつき両腕両脚が無いという障がいを持って生まれた乙武さんは、前世では中国の清朝王朝に仕えた宦官で両手両足を切断するなどの残酷な刑の執行指示に多数関わった為、この時に発生した因縁の消化と、新たな自己の成長の為に、障がいの個性を持つ事を自ら選択して生まれた”と著者は言っています。
「前世は、知らない方が良いと書きましたが、乙武さんの場合は、今生を強く明るく、生きて居られるので、前世を知っても問題が無いと判断しました。明るく今を生きる彼が、もし、紫禁城に行けば、どのような印象を持つかは、興味があります。」(本書 p262〜p263) この部分を読んで、この本全体の信憑性を強く疑わざるを得ませんでした。 著者は乙武さんご本人にご面識がおありなのでしょうか。そして許可を得て掲載されているのでしょうか。 前世は知らない方が良いとおっしゃりながら、どういうご判断で乙武さんだけは大丈夫とおっしゃるのでしょうか。 著者は、授かったお子様が障がい児だったお母様に対し、「あなたのお子さんは前世の因縁で障がい児になった、その因縁を消化する為に自ら選んで障がいも持って生まれて来たんですよ」と面と向かってもおっしゃるのでしょうか? 真に神の言葉を聞くことができる方が、はたしてこのような事を実名入りで出版されるものでしょうか。 「前世」を人々に説明する為に乙武さんの実名を出し、しかも真実を確認をするすべもない、著者が霊視したというマイナスな過去を暴露する必要など全くない筈です。 有名人だから何を言っても構わないなどという事は決してありません。 神を語る為に人を傷つける権利など何人にもありません。 確かに良い事も言っておられますが、こうした誤った認識が入り込んでいる事に 充分な注意を払う必要があるように思います。 読者のみなさまの冷静なご判断を祈るばかりです。(fukutaro / 2009-05-06)
2ちゃんねるの頃から早一年、オカルト掲示板と著者のブログをずっと観察してきました。
あたかも一人の人間の中に、天使と悪魔、正神と邪鬼が同居しているような、類い稀な人物によるこの本は、かの鈴木大拙翁がその著書『日本的霊性』で提起した、「仏教発祥の国・インドではなく、仏・儒・道教が入り乱れての法論の国・中国でもなく、何故日本でアジアの霊性が開花したのか?」という問いに真っ向から応えています。 何故、日本の「大地」なのでしょうか?・・・著者は次のように断言します。東経136度46分を中心とする東西幅100kmの「伊勢ー白山ライン」こそが、地球と人類の進化を見守り続けてきた宇宙の根源存在からの至高の光が降り注ぐ地域であり、そこからの作用とこの年末年始に新たな黒点活動周期に入った太陽からの電磁波により、昨年の冬至以降、今年の節分あたりから、人類は不退転の変容のプロセスに突入した、と。 この荒唐無稽さにもかかわらず、数多の霊言集・スピリチュアル系書物にあるような、自称「霊能者」らの詩的空想の産物とも、特定の集団の利益を代表する立場から書かれたものとも、この本は明らかに異なる読み物です。この著者に初めて接する読者は、「当たり前のことへの感謝」という、何の変哲もないメッセージに繰り返し触れていく中で、「この本を読む前の自分」にはもう二度と戻れなくなった自分自身に、少し戸惑いを覚えることになるかもしれません。 2ちゃんねるでのオリジナル発言、ブログでの過去記事・コメントを知る者としては、この本に収録された内容の中に、若干の変更とトーン・ダウンを認めます。しかし、ほとんど改竄されることなくもたらされた「別世界からのメッセージ」として、これは恐らく、18世紀の北欧の霊覚者エマニュエル・スウェーデンボルグによる一連の著作に匹敵するもの、といえるでしょう。 この本は、これからの日本と世界の精神性の行方を追う上で、決して無視することが出来ない必読の書、1つの「啓示」です。 (星4つにしたのは、多数の内容の重複箇所など、出版社・編集者の明らかな手抜きと、日本の外の世界の事象も扱っているわりには、その説得力に欠けるショボイ構成のためです。) (迷える山羊 / 2008-03-07)
伊勢白山道と名乗る霊能者が書いているブログを、書籍として編集されたもの。
内容は霊能者の言われることなので、「へー、そうなんだー・・・?」的な内容。 信じるか否定するしかないものですが、興味本位で読むならそこそこ面白いでしょう。 霊能者が書くものなので、やはり霊界のことがほとんどです。読者受けを狙った、 有名人を霊視して見えるものとかを書かれていますが、「それで?」という感想です。 著者の十八番は、「生かしていただき、ありがとうございます」というフレーズ。 でも、自分の中に存在する「内在神」を目覚めさせようと言われるわりには、 このフレーズ、まるで自分以外の何かに感謝を捧げているようで、なんか変ですよね。(笑) 文体から伺える著者の人柄ですが、自信家みたいです。広い心や深い愛、勇気を与える 慈悲のような精神はあまり感じません。むしろ、批判精神が旺盛で、有料ヒーラーなど クソミソに批判してます。命をすり減らすから早死にするとか、クライアントも死ぬ なんて書いてありますが、こんなこと書いていいんでしょうか??? かたや、病院の医療は全肯定です。理由はご自分の知っている医者が立派だからだそうです。 なんだか幼い子供が言っているような気がするのは、私だけでしょうか? 例えば、臼井レイキの創始者の臼井甕男(うすいかみお)氏は61歳まで生きられましたし、 その直弟子の林忠次郎氏も61歳まで。林氏の直弟子の高田ハワヨ氏は80歳、 同じく直弟子の山口千代子氏は60年以上レイキヒーリングに携わられ、82歳まで 生きられています。ヒーラーにもクライアントにも災いのあるものにしては、 全世界で臼井レイキヒーラーは600万人いるほど普及してます。変な話です。 さらに、イギリスではヒーリングは医療の一処方として扱われ、もちろん、医療保険の 対象となっています。この場合、著者さんは医療と捉えるのでしょうか? それとも命をすりへらすヒーリングと捉えるのでしょうか? まったく変な話です。 どうも著者は浅薄な知識で思いつくままつらつら書いてるだけ、という感じがしました。 (アマサン / 2009-07-05)
うーん
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感謝想起と先祖供養・・・そして内在神。
感謝する事の大切さの理由を求めるにはいい本なのかもしれません。 ただ、“生き残る為”に感謝する、先祖供養をする・・・というのは 著者の否定している「我良し」であります。 初読時には目からうろこ・・・のように思いましたが、冷静に考えるとこのような矛盾点、内容の希薄さが多くあります。 個人の創作読み物としては、まあまあという感じですが、 著者が「神からのメッセージ」と神を間接的に語っている以上、読み手がそう認識しない場合の怖さ。 そしてこれを鵜呑みにしてしまうことに危険性を感じます。(線香供養など・・・です。) 表面上は伝統を重んじ、正当を標榜していますが、その実は・・・。 新興宗教ですね。 もちろん新興宗教の出版がNGではありません。 ただ、日常に深く浸透した神道の姿をまとい、 その宗教性を薄めていることから、 宗教から遠い人にも“自己啓発書の類”として手に取りやすく工夫されているように思います。 つまり、読者の宗教への防御本能、アレルギー性を排除し、そのお手軽さも加わって 「生きる意味を喪失」し“頼るモノ”を求める人々のココロにダイレクトに訴えかけてくるものがあります。 感謝する・・・先祖を大切に・・・ 恐らく、誰もが否定しないこれらの話から、だんだんと教義性を帯びた話に変化していくように思います。 罠とまでは言いませんが・・・。 これは新興宗教(組織化されていないネット宗教)の聖典と思ったほうがいいでしょう。 その認識で購入される事をお勧めします。 また、購入前に著者のブログのコメント欄をごらん頂き、判断されるのがいいと思います。 生きる理由、意味を忘れてしまった現代人が、 それを与えてくれる(と思われる)美辞麗句を傾聴している様を素晴らしいと思われるか、憐れと思われるか。 是非購入前にご訪問を。 (Shamrock / 2008-10-31)
インチキな“霊視”なんか止めなさい。
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著者はこの本の中で、「松井秀樹はエジプトのファラオの生まれ変わり」「北野武の前世は中国の皇帝」などと、大勢の有名人の霊視をしています。浅田真央ちゃんや乙武さんに関する霊視もありました。
読者の気を引くためにこういう有名人の話を書いたのでしょうが、程度が低すぎます。至高の存在である神が、そんなくだらない霊視などさせるとは思えません。テレビなどでよく見かける安っぽい自称霊能者と何ら変わらないではありませんか。 そもそもこの著者、霊視能力など全くありません。ブログで福岡の小学生殺人事件を「純粋な快楽殺人」と自信たっぷりに断じて(実際は、障害児の育児と自らの病に悩んだ母親の犯行でした)、大恥をかき、グダグダと見苦しい言い訳をしていましたから。 この著書でも「伊勢の磯部町の人々の祖先はムー大陸にいた」という霊視を披露しています。しかし「ムー大陸」などというものは実在しなかったことは、現在では海洋調査でも文献調査でも明らかになっています(「ムー大陸」でネット検索すると、いくらでも情報が出てきます。自称英国軍人によるホラ話にすぎなかったのです)。なかったものをどうやって「霊視(笑)」できたのでしょうかねw? いい加減、出来もしない「霊視(笑)」などやめて、先祖供養と伊勢神宮信仰の大切さだけを地道に説くようにすべきです。その方がよほど、良心的な読者の支持を得られますよ。(しらかばばやし / 2008-09-23)
読めば読むほど疑問が増える(゚ω゚?)
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なぜ、ブログで人気があるのか不思議です。
著名人を勝手に霊視してジャッジし、霊格の高い方がすることとは思えません。 とても素晴らしい事も書かれているのに非常に残念です。 これから、アセンションを妨げようとする存在たちに取り憑かれた霊能者が増えてくるらしいのですが、そういう人たちはもっともらしい事を言うようです。 その中にわずかな嘘を織り交ぜて罠にはめようとしてるらしいです。 わずかな嘘を見抜くのはそれぞれ一人一人が気づくしかないのです。 どうか騙されないで。 追伸: 行き過ぎた先祖供養はかえって先祖の浄化を妨げます。 感謝する事は大事ですが…。 (はづき / 2009-07-08)
混在しているように思います
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先祖供養をするということ、「生かしていただいていることの感謝をすること」というのは
とても必要なことだと思います。 私もこの本をきっかけに先祖供養は毎日させていただいています。 いいことも書いてあるのですが・・ 私はヒーリングの仕事をしています。 確かに、依存させて商売として儲けるようなやり方をしている人もいますが、 あくまでも私や私の周囲のヒーラーたちは自己と対峙し起こるできごと、またクライアントの方々と向き合いながらやっています。それを一くくりにされるのはどうかと思いますし、著者もエネルギーを感じておられてスピリチュアルな世界のことをご存知ならそのようなことは言えないと思います。本物をご存じない?のでしょうか。 この方は本当に力のある方とは私には思えません。 私から見ても霊視に関してはグダグダですし、 素人さんが読むとそれなりに「すごいなぁ」と思われるかもしれませんが、 惹き付けるだけのもので、それ以上のことはないように思います。 過去世などはそれぞれの感じ方やタイミング、見方がありますので、 それらがまったくのでたらめではないでしょう。 ただ、それらを差し引いてもいかがなものかと思いました。 おそらく高次のエネルギーとはつながっておられないと思います。 ご自分の役割を越えてしまったこと、勘違いされていることが残念です。 著者こそご自身の浄化、そして謙虚に生きられることが必要ではないでしょうか。 これは言い過ぎかもしれませんが、2チャンネルからが発端とは言え、 顔を出しているわけでも本名でもないし、ある種、無責任な書き逃げにも感じました。 ごめんなさい、私の感想です。 私は自分に必要な情報は取り入れて、内容の取捨選択をしています。 都合がいいかもしませんが。いいことも書いてあるので本当に残念です。 (アンドロメーダ / 2008-12-20)
正直、本質的な意味ではあまり役に立たないと感じた。
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トランスパーソナル心理学を少しでも囓ったことのある人には、本著のタイトル「内在神への道」の内在神とは、超越性のことだなとすぐピンと来るだろう。
なるほど、著者は至高体験などの神秘体験にも通じているし、内容を拝見すると、神秘的なこと、宗教的な文化における祓い清めなどにも詳しい。 先祖供養のテクニック等は一般人の常識の範囲内で使えるし、よく研究していると実に感心する。 また、いくつもの新興宗教やスピリチュアリズム、宗教家や神秘家などにも理解があるし、著者自ら直接関わって学んできた分野も多いはずだ。 ただ、超越性を、現実的な領域に発展させるときのアプローチの仕方が少々まずいように思う。むしろ大いに問題有りだ。 特に、ヒーリングを職業としている人を「魔道」におちると表し、そして様々なヒーリング法(レイキやバッチのレメディ等)や宗教家たちへの意見が、批評の域を超えて脅しになっているのだが・・・。 超越性(悟り/真我の顕現)を研究し実践する上では、一道に専念することも大事だが、ひとつの分野だけでなく他の分野も含めて広く比較検討して「俯瞰する」視点が、妄信や狂信を防ぐためにとても必要だと思う。わたし個人は、その上で、自分の信念に合ったものを選びたいと考えている。 その意味では、どんなヒーリングや宗教、思想でも判断材料としての価値があるし、ましてや「地獄に堕ちるぞ」的な論調で排斥する姿勢には、常識的に首を傾げてしまう。 著者は本著の内容への依存を要所要所で注意しているが、よくよく丹念に論調をたどっていくと、依存を防ぐために他の霊的な分野を学ぶことを、それらが魔道に墜ちる道である等と断言することで、結果として妨害するようになっている。 そういう論理破綻が、本著も著者のブログ記事にもとても多いことは、念頭に置いておく必要がある。 あと注意したいところは、著者は自分自身には霊的、スピリチュアル的な「上位者」であるかのような権威をつけているところだ。 霊能者は、とかくこの手のパフォーマンスを犯しやすい。 これらのことを踏まえて冷静に判断してみると、カルトの初期洗脳状態にとても近いことがわかる。自我の確立しきっていない未熟な人間ほど、コロリと参ってしまうだろう。 わたしの周りのヒーラーや宗教家たちも、本書の内容に混乱させられて「何を信じていいのかわからなくなった」とパニック状態で訴えてくる人々の対応に追われている。これは深刻な問題ではないか。 これで「内在神」の顕現ができるものなのだろうか? とまた常識的に考えて疑問が湧く。 実際にはとても難しいし、できるとしたら、それはとても苛酷な道になるだろうなとは思う。 結論として、本気で「内在性(超越性)の顕現」を求めている人は、本著では駄目だ。 マクドナルド・M・ベインの「心身の神癒」、「ヒマラヤ聖者の生活探求」、谷口雅春の「生命の實相」、サネヤ・ロウマンの「スピリチュアル・グロース」や「ライトボディの目覚め」のほうが絶対にいい。いい比較検討の材料になる。 その後でなら、本著を読んでもいい。最初に読まなくて良かったとしみじみわかるはずだ。 人気ブログの書籍化ということで、批判的なレビューは少ないようだが、こういう見方をする人間もいるのだというのは他者の参考になるだろう。(さくらえ / 2008-09-20)
実践力のある内容です。
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霊界や霊について書かれてある本はたくさんありますが、
これは、先祖供養を切り口にして書かれた内容です。 強い霊感を持ち、40年以上にわたり、 現実界と霊界を同時に生きてきた作者の語り口には臨場感があります。 「生かして頂いてありがとう御座います」の言霊と 3本の線香供養を実践することにより、 恐らく何か感じるものがあるでしょう。 私は迷える先祖がたくさんいることがわかり厳しかったですね(笑)。 (メディッサ / 2008-05-01)
雰囲気だけの素人だまし
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なんというかな、よくこんな適当なことばかり書けるものだ。
この著者はこう自己PRする: 「昭和3?年の4月8日午前11時11分に母体の産道から意識を有したままの状態で誕生する。幾多の過去生、神界、その他の次元での記憶を保持したままでいる」 神界にいたというなら、この人物は神界から降りた「神仙」「謫仙」ということになる。即ち、真正神仙の神である。江戸以降の異界往来者らの見聞に従うなら、聖キリストよりも上位の境界におわしたということになる。ハッタリにもほどがある。 古神道や神仙道の方面をそれなりにやった方ならお分かりのように、雰囲気だけもっともらしい素人だまし。 この本の中で近い将来のことを含めて霊視の話をしているが、ブログの方でもよく外れているから、実はそんな能力も玄理の知識もないようだ。 いつの世にもあるカリスマとか教祖になりたい人の“伝説づくり”にしか見えないのだが、語り口が強いと信じ込んでしまうかな。 こういうストーリーテラーの意識に乗って良いとか悪いとか考えはじめること、それが洗脳。 本は、神道・仏教にせよ心霊関係にせよ、書いてある内容をよく確かめることだと思いますよ。 (六根清浄)(海辺の仙人 / 2009-04-21)
人気の理由がわからない
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ブログ大人気! だそうですが、本もブログも特に目新しいところなし。それに他人を『霊視』して勝手にいいの悪いの判断下してる時点で人格を疑う。(とうぬき / 2009-02-13)
全てよそからの引用で一貫性がなく、お勧めできません。プログのプロフィールに「人類を覚醒させる道を探求してます」とありますが、どこか傲慢でしょう。「人類が覚醒に至る道」じゃないでしょうか。
ちなみにこの方に霊能力を与えているのは、白毛九尾の伏見稲荷です。またの名は滅裂滅私滅魂天妄鬼。正神界の存在ではありません。(えびゾー / 2009-08-14)
著者の「神はひとりひとりの内にある」という主張には反対ではない。
感謝の気持ちを持つのも、実践しやすく、良く生きる為のひとつのやり方。 だが、「宗教は要らなくなる」という言葉と、著者の態度?が一致していない気がする。 スピリチュアルな世界観は確立されておらず、いろいろな説が出ても出来るのは批評だけで、否定はできないと思う。 守護霊などの言葉も日本で使われているだけで世界的には認められていない。 発した言葉は波紋を広げ、回り回って自分に返ってくる。重い責任を伴うのだ。 本書を読んで、ひとつの考え方だと思うだけなら良いのだが… 融和より他者を否定してはばからない著者の姿勢にいささか不安を感じる。 皆さん、いろいろな説を参考にして、自分なりの考えを持って下さい。そしてそれを決して他人に強制はしないで下さい。 ひとつの説としては私も共感する所もあり、また疑問に思う所もあった。(胡蝶の夢 / 2008-11-08)
すべてを手放し「自由」の旅へ
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2チャンネル時代から著者の言動に注目していました。すべての宗教的しがらみから自由なそのスタンスは驚異的でもありました。驚異的であればあるほど、反発も強いものでした。著者の見たヴィジョンがすべてだと思う必要はもちろんありません。でも、そこには一つの揺るぎのないメッセージがこめられています。「今、この時を生きているのは素晴らしいことであり、かけがいのないことであることを知って欲しい」と。ややもすれば抽象的なスローガンに堕してしまうようなメッセージを著者は一人一人に突きつけます。「生かして頂いて有難うございます」という言葉を自然に口にすることが出来るかどうか。自分が生きるという大前提に関して、「感謝」できるかどうか。「生きる」という一人一人の重い現実の意味を、突き詰めて問う問いになっています。ブログをそのまま本にしようとした試みですから、完成度としてはアラが目立ちますが、著者の思いは充分に込められている本になったと思いました。次作を心より期待します。
(かく / 2008-03-11) レビュー数 42 [残りも全部見る][amazonでレビューを書く] 平均点:3.5 |
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