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環境問題はなぜウソがまかり通るのか2 (Yosensha Paperbacks) / レビュー総評点:627
『環境問題はなぜウソがまかり通るのか2 』で画像検索
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ASIN:4862481825 / 売上順位:23626
洋泉社(2007-09-12)
武田 邦彦
¥ 1,000(中古:¥ 36)
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レビュー総評点:
627

論点の整理
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本書の論点を整理して見ました。ご参考にどうぞ。 1 過去の環境問題 ・1940年〜1970年半ばまでは、気温が低下し続け、寒冷化が問題とされていた。 この期間、二酸化炭素は増え続けている。なぜ、二酸化炭素が増えているのに寒冷化が 進んだのかは、明らかでない。 ・1980年代〜1990年代は「オゾン層の破壊」が問題とされていた。 今は、温度が低くなるとオゾン層が減るという説が有力になり、「オゾンホール」の 報道はすっかり影を潜めた。 =>過去の環境問題は誤りだった。 2.現在・将来の環境問題 IPCC=地球温暖化に関する政府間パネルによると ・1906年〜2005年で地球の気温は0.74度上昇した。 今後100年で2.8度の上昇を予想。(平均シナリオ) ・1961年〜2003年まで約40年で海面水位は7センチ上昇した。 今後30年では約11センチの上昇を予想。 =>過剰な悲観論は不要。 3.報道の問題 ・メディアは誇張的姿勢が強すぎる。 ・権威ある報道機関が、100年間で気温は6.4度上昇し、30年間で海面水位が 59センチ上昇という、極端なシナリオに基づくものを予想値として報道している。 ・南極の氷が解ける映像は南極の一部を撮ったにすぎない。 ・道路やスーパー、小学校が水浸しになる環境問題PRのCMがあったが、全く根拠がない。 ・ツバルの水没、ハリケーン・カトリーナは、地球温暖化との関連性は立証されていない =>メディアの偏った報道が環境問題への誤解を生んでいる。 4.リサイクルの問題 ・ペットボトルを焼却することは何の問題もない。 ペットボトルのリサイクルはかえってエネルギーを無駄に使っているだけ。 ・ゴミは焼却する方が良い。 ダイオキシンの毒性は今まで考えられていたより低く、危険なほどにはでない。 =>現在のリサイクルは、問題の解決の方向とは逆に向かっている。 本著は、環境問題への疑問提示が、うまく論理展開されていないため、一読して怪しい印象 を受ける。 重要な指摘事項は極めて多いが、残念ながら傑作とはなっていない。 著者の次作を大いに期待したい。 (至高の豚 / 2007-12-14)
マスコミの情報に流されやすい日本人に警鐘を鳴らす
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第1章第1節から衝撃だ。 温室効果ガス排出量削減のための京都議定書は、EUが使ったトリックにより、基準年を1990年とすることでドイツとイギリスは1997年の会議の時点ですでに目標を達成済みで何の障害もなく批准、アメリカはそのことに加えて発展途上国が対象外という議定書の不公平を見抜いて批准せず、日本だけが1997年比で19%という達成不可能な約束をしてしまうという言わば不平等条約であったこと。そしてそれをまったく説明してこなかった政治家とマスコミ。 ロシアが批准したことで議定書が発行したことをマスコミはこぞって歓迎したが、全く喜ぶべきことではなかったのだ。 危機が叫ばれている地球温暖化の問題自体も、じつは環境問題ではなく作られた政治的問題なのではないかということ、ペットボトルのリサイクルは石油から作ったペットボトルをたったの1回余計に使いたいがために、石油から作るときの何倍ものエネルギー(要は石油)を使って再びペットボトルにして貴重な石油を浪費してしまっている、など我々の頭の中の常識・思い込みを気持ち良くぶち壊してくれる。 物事の本質を見抜くことができずに杜撰な政策を推し進める日本政府の分析能力のなさにも大きな失望感を感じさせられた。(本格派 / 2007-11-22)
環境対策も利権撲滅も大事
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私は科学者ではないので、 巷でよく云われる環境問題のデータと 著者が掲げるデータのどちらが正しいのか 残念ながら確認する術を持たない。 しかし公的な研究資金を、エコ推進派に すべてつぎ込んでしまうのではなく、 推進派に8割、反対派に2割出し バランスをとっていけばよいのではないか、 という対談での意見は利権撲滅などに 非常に効果があるように感じた。 環境対策はもちろん大事である。 しかしそれを隠れ蓑に反対意見を封殺し 利権をむさぼる勢力があることだけは確かであろうから。(アジアの息吹 / 2007-11-06)
早くもツーですか。
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前著に続く本だが、色々と論争を巻き起こしているようだ。罵り合いでなく、健全な論争となるのなら、ある意味著者の意図は達成されていると言って良いだろう。 重要な点は、誰と誰のどちらが正しいとか、賛成・反対とか、どこのデータや説明が不足とか言う点ではないだろう。それは二の次である。「唯一の正しい事実」を誰も示していないからだ。例えば、著者が良く引き合いに出すペットボトルリサイクルについて言えば、関係者が、ペットボトルリサイクルの資源の使用実態やリサイクルPETの再資源化状況に関して、上手く行っていようがいまいが正直なデータと計算条件を説明すれば済んでしまう話である。もし原理的に破綻しているなら、推し進めるのは無謀だから、早いうちに修正した方が良い。現在は成り立たないのなら、一時中止しても良い。原油価格や人件費、流通量、技術、回収システムなど、条件次第ならそれを示せば良い。もちろん、上手く行っているのなら堂々とそれを示せば良い。 温暖化に関しては「気候変動やその結果起こることについては現在はまだ良く分かっていない」というところだろう。このこととは別に、倫理的な意味でも資源やエネルギーの節約は重要である。企業等は、組織体の維持や飯を食う心配が目の前にあるが、それに束縛されない国・公共機関・研究者は、「本当に資源・エネルギーの総量を減らしつつ、こころの豊かさを達成する社会の設計」という研究・検討テーマに、そろそろ心から没頭すべきと思えるのだが。また、経済活動やグローバリズムに捉われ過ぎずにしかも食って行く、という意味では、もっともっと農漁業が振興されてしかるべきと思う。 本当のところ日本においては、50〜100年スパンの温暖化よりも、20〜40年スパンの一部資源の枯渇よりも、政治や経済や学問や産業技術が空洞化してガクッと来ることの方が、私には実感として怖いと思うのだが。(環境太郎 / 2008-01-07)
評価すべきは勇気
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他のレビューや反論を見て、それを含めた感想です。 何よりも評価すべきは勇気です。 環境問題、環境問題と聞かされ続けてきた我々は、何が「環境」で、どういった過程が「問題」なのかを、いつの間にか「環境問題」「地球温暖化」という単語によって科学的根拠や論理を二の次に、思考停止(脳死)していたように思います。洗脳と言ってもいいかもしれません
本著に記載された論理的事実もさることながら、評価すべきは、一度「思考停止」してしまった環境問題から、再び「考える」機会を与えてくれたこと。 そして何よりも、その機会を提供するために、国家・報道レベル、大衆の常識という「反論」を恐れず、調査結果と持論を展開したことです。 重箱の隅をつつく様なレビューや心ない反論も少数ながらありますが、匿名だから出来るのではないでしょうか。 議論が起これば「リサイクル率などの数値・情報の真偽」が議題になっていますが、武田教授の言いたい事、それは情報がまず先に民に下りてくる真に日本人たる民主主義と、子孫のために環境を守りたい、その一心だと感じます。 未来のために、そのための議論をしましょう!!(太郎!太郎! / 2007-11-14)
レビュー数 62
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平均点:4.0
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No.1-2
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環境問題のウソ (ちくまプリマー新書) / レビュー総評点:-42
『環境問題のウソ 』で画像検索
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ASIN:4480687300 / 売上順位:4361
筑摩書房(2006-02)
池田 清彦
¥ 798(中古:¥ 36)
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レビュー総評点:
-42
今必要な事は何か
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「持続的な発展」「現在の日本の環境政策」の一貫性のなさ、本質にいかに遠ざかっているのかを痛感する書です。 環境問題というのは広くて深い問題なのですから、様々なアプローチがあります。 (法、化学、政治、社会学などから広告論まで) 当然この書1冊で満足して、意見に賛同あるいは批判するのではなく、多くの書に触れて自分の意見を確立すべきです。 と断り書きが必要なくらい、偏っているとは思います。 「行き過ぎ(と著者が感じる)環境懸念活動への批判」「日本政府の愚策(本質からずれていることが見受けられる)への批判」が主な内容です。 低い評価が多い中、この評価であるのは 「人間の集合体である社会の、生活に大きく影響を及ぼす『自然環境』なのであるから 多くの議論があるのは当然であるから、そのうちの一つを知る」 という上で読むならばよいということです。 くどいようですが念のため。 盲目的に賛成したり、批判するのには使用しないほうがよいと思います。(お花。 / 2007-07-08)
ネタ本の劣化コピー
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著者自身があとがきで書いているように、この本の前半は著者の専門分野ではなく、そのネタの多くはネタ本からのコピーだ。それだけならいいのだが、所々に著者自身の問題のあるオリジナルな主張を織り交ぜてくる。例えば、「820年分のダイオキシンを摂取しなければ、半致死量には届かないということだ。普通の生活をしている限り、ダイオキシンで死ぬことはあり得ない。」(p56)など。もちろんこれは明らかに間違っている。 大した問題ではないのに「問題だ問題だ」と騒ぎ立てるのは問題だが、逆もまた然り。多少なりとも問題があるのに「なんの問題もない」と騒ぎ立てるのもやはり問題なのだ。 この本の内容全てが間違っているわけではないが、懐疑論に興味がある方はむしろネタ本の方を読むことをお勧めする。(hechiko / 2006-02-27)
疑うと言っても・・・
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「環境問題」って,まじめに考えるとかなり憂鬱で解決のためにはさまざまな我慢が要求されるので,そうした問題がウソならいいのに! と願っている人たちにとって,エライ先生が「ウソだよ」と断定的に囁いてくれる本書は甘美な誘惑なんだと思いました. ただし,世間の常識を信じないようにするのは良いのですが,では,池田センセイが本書の中であまり根拠なく断定している事柄を丸ごと信じて絶賛するのはどうでしょうか・・・? W大のセンセイという権威を取り払って,本書の内容がどこまでしっかりした根拠に基づいているのかを相対化して読むくらいのことをするとおもしろいかと.(ネット上で有名な「詭弁の特徴15条」に本書の内容がどこまで該当するかをチェックするという読み方も興味深いです.何事も疑うように説く池田センセイならそういう読み方も許してくださるでしょう)(水辺の住人 / 2006-03-05)
地球温暖化・ダイオキシン・外来種・自然保護の4つのトピックから世間で広がっているような環境問題に関する知見は妥当であるかどうかを論じている。 地球温暖化などはもはや定説といってもよい話である。疑いを差し挟むことも許されない雰囲気もなくはない。 しかし、実際の所はどうなのであろうか。今わかることは過去の温度の変動だけである。実験する事も不可能であるし、計算することも現在の科学的知見では不可能に近い。詰まるところ、本当に人為的な原因で地球温暖化が進んでいるかは確かめることはできないと主張している。まあ、逆に言えば人為的な原因という説が当たっている可能性もあるのであるが。 個人的に強く賛成できる部分は京都議定書なんかに金を使うくらいなら途上国のインフラ整備を進めようという主張である。京都議定書はあくまでも政治の話であって、科学の話ではない。 ダイオキシンもあるよりはない方がいい。しかし、ここまで巨費を投じる必要があるのか。外来種と自然保護も同様に費用対効果と自然と人為の関係のバランスを論じている。 本書に上げられる主張やデータの扱いには少しく疑問があることは事実である。著者が世間の常識を疑うように我々もこの著者の主張が妥当でであるかを疑う必要がある(それが科学的な態度というものだ)。 私として著者と同調できる点は環境問題は「正義」であって「本当」であるかどうかとは別問題という所である。 現在の環境問題は政治問題である。主張の背後にある意図を読み取らねばならない。そんなことを改めて実感した。 (糸音 / 2006-05-20)
自然科学者の著書には思えない。
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例えば,東京には最近台風は来なくなったと切り捨てられる異常気象問題は,今時,気象サイトでデータがとれるので検証すれば,発生地点の変化や,上陸地での台風統計見ても,全く根拠なし。彼の記憶の中心が70年代の東京にあるようだが,海面温度のパターンが変わることで発生地点がずれて行けば,どんなに台風が増えても東京には上陸しなくなる。 昆虫マニアのパワーに依存した種の保全施策は一見ユニークだが,残念ながら,乱獲は多くの種で絶滅の主原因だ。繁殖業者として危ない人たちも参入する。ネット・オークション全盛の時代,商品を作り出すため,繁殖集団を充実させようと野生の遺伝子プール確保に手を出すものもでるだろう。 種間雑種問題と人種間の混血問題を一緒にするという,今更ながらの話についても,「仔が出来るなら同種」なんて乱暴な前提もだが,人や物資の流通の結果,在来の環境に適合した遺伝子が薄くなり消滅リスクが上がることなどが問題だということを書かない。ナチスの民族浄化的屁理屈でいけば,人間の手で遭遇させたら次世代が出来るような近縁種の移入は,一種の同化政策的凶行では? 種や保全生態の問題を人種政策のアナロジーで語るのは確信犯である。 また,グリーンランドが中世期には緑の島だったという話,中世の温暖化終了後以降厚さ3kmもの氷河が形成されるのか。年代測定すると,底の方は最も古くても中世期以降の氷河が全域に分布しているのか調べて書いたら? 中世期でも入植可能だった地域は南部のごく一部で,入植者をアイスランドから引き連れていこうとした島の発見者が,入植者を集めるのに苦労したアイスランドのイメージ戦略の失敗から,どっかの「地上の楽園」と同様,付けた名前だという説もある。 机上の論理では歯が立たないフィールドに立って,悩みながらもデータ取って解析している人とは全て無縁の池田節。陥りやすいネタを披瀝してくれた部分で星一つ。(猫王 / 2007-05-30)
レビュー数 41
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平均点:3.5
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メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 (光文社新書) / レビュー総評点:224
『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 』で画像検索
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ASIN:4334033989 / 売上順位:8566
光文社(2007-04-17)
松永 和紀
¥ 777(中古:¥ 256)
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レビュー総評点:
224
本当に危険なものは何?
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食品添加物,農薬,「化学物質」,環境ホルモンなどなど, メディアには次々と危険なものがあらわれては,話題として消費され, 漠然とした不安感と風評を残して取り上げられなくなります。 本書はなにが本当に危険なのか,なにが現代人の半ば病となった「自然・昔崇拝」の風評なのかを示し,安易な扇動的記事の源を解き明かす好著です。 本書の安全と危険の判断は,全て科学的な論拠を伴う一次情報に当たってのことなので, 信頼度は高いと感じました。 レビュアーも一様理系で,農学系なのですが,「これは知らなかった,メディアに踊らされていたなぁ」と言うところが沢山ありました。 科学報道の危険性のところで,とても興味深かったのは,新聞が 「××が○○に危険性を認めた」 と報道して実際に○○に危険性が無かった場合,誤報にはならないという所です。 ××が認めたという事は,事実だからということなのです。 (それで通れば,ジャーナリズムはいらないと思ってしまいますがね) 丹念にその後をたどれる様な取材姿勢が持てるようになるとすばらしいとは思いますが, 現実問題難しいのでしょう。 暮らしの恐怖心を煽るものに科学が落ちないように,著者の活躍を期待しています。(kokodokodoko / 2007-05-10)
一般の人たちがメディア(新聞・テレビ・雑誌)に躍らせれて嘘を(本当かどうか分からないことを本当と)信じさせられていたことを暴いている。私が不満に思っていることを代弁している所など痛快だが、現在進行中の科学的話題と科学ではないオカルトものを同列に論じている点や、非科学的であることを批判するのに非科学的方法で非難したり感情的な表現が多いのが残念である。ハンムラビ法典を地で行く様な感じですっきりしないが、一方からだけの情報を修正するにはよいだろう。 筆者は最後に十カ条で真偽を見抜く方法を伝授しているが。科学者も科学論文の評価を誤ることもしばしばなのに、一般人に高度な知識と科学的洞察力を要求するのは無理だと私は思う。 問題の政治的解決が必要だと私は思う。メディアの暴走は報道の自由を盾に容易にはなくならないと思われる。筆者は、外国では行政機関が怪しい報道に対してコメントを発表していると書いてあるが、その政治的話題はさらりと流している。でも本質は政治であると私は思います。 脱線しますが、最後のホームページの紹介が本書で最も有用な情報でした。(関英夫 / 2009-01-31)
読む価値の大いにある良本
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特に最近話題の、食品添加物であるとか、中国の農薬残留ほうれん草、あるある問題等、近年の食品業界などで何が起こっているのかを知りたい人、さらにはメディアや企業に人々がどれだけ踊らされているのかを実例に沿って知りたい人にも勧めたい一冊。 ある一種の視点として読む価値が十分にある一冊であろうと思う。分りやすく、そして話題にも富んだ内容なので、さっと読めて面白い。それでいてタイトルの通り、単なるニセ科学や食品添加物にまつわるいわゆる"暴露本"で終わりではなく、筆者のメディアへの批判/我々への忠告も含まれており、内容が非常に濃い。いささかありがちな話しであるが、我々がメディアの情報操作といっても過言ではないような報道の仕方にどれだけ踊らされているのか、実例をもって紹介されている。 また、レイチェルカーソンの沈黙の春を素晴らしいから読みなさいと言われて読んだ人、なんでも無農薬/オーガニック製品が好きな人にも是非目を通してもらいたい良著である。(seit / 2007-05-04)
意外な側面が
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DDT問題、PCB問題、環境ホルモン問題、化学物質過敏症問題、 オーガニック食品、マイナスイオンなど、結構一時はやってそして 廃れていったようなマスコミ扇動記事に関して、かなり詳細にその 問題点を提示しています。目から鱗かも。 最後のフリーの科学ライターの懐具合など、なるほどと思いました。 「○○が危険」という記事が楽に書ける理由もです。 巻末に参考文献リストがあれば星5つでした。(即天去私 / 2007-04-21)
納豆ダイエットや白インゲンダイエット騒動の裏側や天然=安全、化学物質=危険 ではないことがわかりやすく解説されています。 旬のバイオエタノールに関する問題やトランス脂肪酸規制のお国事情が とても興味深かったです。 巷に氾濫するトンデモ&ニセ科学をなぜ科学者たちは反論、否定しないのか、 いつも疑問に思っていました。 この本を読んで謎が解けました。(summary / 2007-05-02)
レビュー数 46
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平均点:4.5
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No.1-4
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世間のウソ (新潮新書) / レビュー総評点:-98
『世間のウソ 』で画像検索
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ASIN:4106100991 / 売上順位:199419
新潮社(2005-01)
日垣 隆
¥ 714(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
-98
紙幅に制限のある新書であるためでしょうが、各章のテーマが深みのないまま小さくまとまっている気がします。 例えば、実体がないにもかかわらず「民事不介入」という言葉を警察が伝家の宝刀のごとく振り回して、多くの犯罪を見て見ぬふりをしてきたというお話。 「民事不介入っていうのがあるんです」と警察官が口にするのを私も耳にしたことがありますので、この「世間のウソ」はなかなか興味深いお話だと思います。ですが本書のようにわずか3頁程度の扱いでは十分に語り尽くせているとは言えません。 また児童虐待を取り上げた箇所で、「母親が実の子を殺す率が父親の五倍も多い」と書いています。しかしその理由についてはなんら触れられていません。 私が思うにこれは、一般的に母親のほうが子供と接している時間が父親よりも長いからで、その結果として母親による虐待死の件数が多くなるだけではないでしょうか。本書はそうした分析もないまま「子殺しは『母』が多い」と書いて意味もなく放り出しているようにしか見えません。 さらに「人身売買」を扱った章では、中国人女児が人身売買の対象になっているという新聞記事から、これは一人っ子政策下で生まれた二番目以降の子供が裕福な外国人夫婦の元で育つようにという親心がもとになっているのではないかと著者は推理しています。しかしそれはあくまで推理でしかありません。著者自身が中国の人身売買の現場に足を運んで取材したわけではありません。 この推理はおそらくそれほど外れてはいないのかもしれませんが、だからといって親心を汲んでこの人身売買は決して一方的に非難されるべきことではないかのように筆を進めている点には疑問が残りました。売買の対象となる子供の視点が欠けているように感じるからです。 取り上げるテーマを半分にしてそれぞれをもっと掘り下げたなら、さらに興味深い読み物になったことでしょう。(yukkiebeer / 2005-03-10)
「民事不介入の原則は戦後の日本には存在していない」には驚きました。てっきり条文化されているものだと思っていました。「アテネ五輪の会場はガラガラだった」というのにもびっくりです。柔道の会場がガラガラだったというのは、オリンピックに全く興味のない私にも想像はついていました。だって、日本以外にどこの国が興味あるのですかね。それを会場が一杯のように映すテレビのマジック。「学校の部活廃止論」もなるほどと思いました。昨今の運動系の部活などには、問題が多いですね。(岡山洋一 / 2006-03-04)
この本は多方面に渡って事実を検証している、と思ったのですが、かなり的外れな事も書かれているように思いました。 例えば、「オリンピックのマラソン選手の選考会は間違っている」とか「アメリカのイラク進行の根拠となった大量破壊兵器はどうなった」など、今更いわれなくてもみんな知っているような事の検証とか、「冊子小包の値段のおかしさ」などの末端の細かすぎる事の検証とか、読んでいて興味のそそられない事も多々あった。 しかし、「鳥インフルエンザの報道」・「小六同級生殺人事件」についての事実の検証は、報道機関や各省庁の過剰な反応ぶりの異常さや、事件の対応のあり方について、今まで当たり前と思われている常識の異常さを、見事に言い当てていると思います。 一読してみれば、1つか2つは納得できる事があると思います。(かいくん2 / 2005-05-29)
今後に期待
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氏の初期の作品に見られるような、深みのある見識と綿密な資料調査によって、数々の常識が打ち破られていくのであろうことを期待して本著を読みました。しかし、宝くじのウソなど、多数の本で既に語られていることの焼き直しに過ぎず、新たな発見がちりばめられている訳ではありませんでした。最近の氏の作品は残念ながら、徐々に粗製乱造気味になっており本著はその典型だと感じます。原点に立ち返って骨太の正論に基づく良書を書かれることを期待致します。( / 2005-05-26)
ジャーナリスト日垣隆氏の著書で評判になっていたので読んでみましたが、各所に出てくる下品なたとえ話には辟易とさせられました。 世間にはいろいろな嘘があると言うことで、様々な切り口から嘘が語られていて面白く読み進めたのですが、途中から底の浅さが見え始め、最後には何がホントやらウソやら分からなくなってしまいました。 これはページ数の少ない文書で、多くの話題を取り上げたということもあるかも知れませんが、 多くの分野にさも精通しているような感覚で筆者が書いているからではないでしょうか。 実際にはウソを見抜いて暴くことは、その分野に精通してなければなりませんから、この本は少しボロが出てしまっています。著者の力量不足か取材力の甘さが見て取れました。 この本で取り上げられた「ウソ」の中には、あまり科学的な検証もなく、筆者の思いだけでウソと断定されているものもかなりあるように思います。この本は眉毛に唾をつけて読むのが良いでしょう。(fumikuma / 2005-05-04)
レビュー数 45
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平均点:3.5
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No.1-5
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偽装国家―日本を覆う利権談合共産主義 (扶桑社新書) / レビュー総評点:235
『偽装国家―日本を覆う利権談合共産主義 』で画像検索
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ASIN:4594053084 / 売上順位:104337
扶桑社(2007-02)
勝谷 誠彦
¥ 714(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
235
ファイティングポーズ
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最初は社会に対する不満たらたらの本かと思いました。 しかし読み進んでいくうちに、自分自身が不快・不正と感じていながら見て見ぬ振りをしていることが多いことが痛感されるようになりました。嫌だと思ったことに対し、鈍感になっているのです。 そんな風に感じながら読んでいて、終わり近くの「ファイティングポーズを放棄した日本人」の項で、しっかりと自分自身の問題であることが指摘されます。 凛として生きることが難しい世の中=日本を読み解く一冊でした。(vatmideo / 2007-03-04)
平易な内容でわかりやすい
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テレビで見かけることの多いコラムニスト勝谷誠彦氏が、 「利権談合共産主義」をキーワードに、日本を覆う様々な問題を解説する。 以前ブログ(今はメルマガ)を読んでいた人にとっては馴染みのある内容だろう。 すなわち、倫理がなくなった(底が抜けたと表現される)この国のあちこちで、 自らの既得権益を守るために日々色んな意味での談合が行われている。 これは単に建設関係だけではなく、 学校と教育委員会の関係もそうだと言えるし、 それらを指摘するべき新聞からして記者クラブという仲良し談合クラブに安住している。 かくして、善良なる人々が知らぬ間に談合が行われ、 同じ穴の狢である大マスコミ(新聞・テレビ)はこれを報道しない。 例えば、アパの耐震強度問題は イーホームズの藤田社長が既に前年の記者会見の場で明らかにしていたが、 大マスコミはスルー(無視)した。 真実は武部自民党幹事長(当時)の言葉 「悪者探しに終始すると、マンション業界つぶれますよ」にあるようだ。 だから姉歯で終わりにしたかったという筋書き。それに大マスコミも加担した。 これが「利権談合共産主義」のはびこる日本という「偽装国家」の正体であるらしい。 これではまじめにやっている人間がやる気をなくすわけだ。 象徴的に、今期限りで知事の職を辞することを発表した片山鳥取県知事の言葉が引用される。 「一生懸命やってもなかなか理解されないということになると、モチベーションは下がります」 そんな世の中であってはいけないのだが、 それを変えることができるかどうかは、政治家でもジャーナリズムでもなく、 私たち次第であるということに読者は気づくだろう。(dejima2001 / 2007-03-09)
ラジオや雑誌、テレビ等で活躍するコラムニストの著者。 政治から教育からマスコミからあらゆる分野まで、著者独特の観察眼で、 難しいことをわかりやすくツッコミ(この表現が適切かどうかはわからないですが)を入れています。 読み易くテンポの良い文章はさすがです。 難解なことを難解に語るのは誰でもできますが、難解なことを平易な言葉で語るというが著者の凄いところ。 個人的には最後の片山知事の言葉が非常に重く突き刺さりました。 ☆ひとつ減点分は「築地をどり」など勝谷氏独特の言い回しが 初めての方にはわかりにくいと思うので脚注があっても良いかもしれません。 いずれにしても、個性の強い著者を好きな方も嫌いな方も、読んで損のない一冊です。(桜川流末 / 2007-03-16)
小泉安部政権の、改革偽装。 高校の、履修単位偽装。 三菱自動車の、リコール偽装。 不二家の、期限偽装。 パロマ湯沸かし器の、修理偽装。 政治家の、経歴偽装。 マンションの、耐震偽装。 そのほか建造物の、強度偽装。 アメリカ産牛肉の、安全偽装。 自衛隊の、軍隊偽装。 などなどなど。 今の世の中偽装だらけである。 この本を読むと、それがわかる。 それで、読んでて腹が立ってくる。 偽装だらけの世の中と、だまされ続けることに対して何にもできない、自分自身に。(もり / 2007-04-29)
著者は、タウンミーティングのヤラセ質問、背後の広告代理店、 耐震強度偽装、更に食肉偽装等、利権を守るための偽装の数々 を糾弾します。利権談合は、国民一人ひとりが、強い意志を持っ てが不正戦い、排除する覚悟を持たない限り排除できないのだ と痛感しました。ところでTV司会者の、みのもんた氏は、副業で 水道メータのニッコク社の社長を務め、同社は水道メーター業界 の談合に関与し、公正取引委員会から排除勧告を受けていたの です。談合発覚後も、同社の社長もTV出演も続いています。責 任を取るという言葉はご自身には、適応外のようです。談合は悪 と言うみの氏は是非責任の所在を明らかにすべきだと思います。(according to the conservative / 2007-03-11)
レビュー数 33
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平均点:3.5
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No.1-6
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環境問題はなぜウソがまかり通るのか (Yosensha Paperbacks) / レビュー総評点:576
『環境問題はなぜウソがまかり通るのか 』で画像検索
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ASIN:4862481221 / 売上順位:7069
洋泉社(2007-02)
武田 邦彦
¥ 1,000(中古:¥ 37)
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レビュー総評点:
576

一読の価値はあり
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■突っ込みどころはあるものの、「思考停止」からの脱却ができる 統計データの出所、収集時期、論理の展開など、「?」という点は 一部(特に後半に行くにしたがって)散見されるものの、おおむね、 自分自身が”環境問題”について「思考停止」していたことを 痛感しました。 怪しいなとは思っていたものの、このようにまとめられると、 報道や公報を鵜呑みにしている自分が恥ずかしくなりました。 特にペットボトルに関するくだりは必読だと思います。 ■中学生くらいで習っている理科って忘れてるものだなぁ 北極の氷のくだりで「アルキメデスの法則」を言及されていますが、 こんなの習ったのをすっかり忘れていました^^; きっと自分も含めて多くの文系人間がそうだから、温暖化 → 氷が溶ける → 水位が上がると思ってしまうのだと思います。 でも不思議なのは、南極大陸の氷が溶けていないというのに、ツバルなどが 水浸しになってしまっているのはなぜなのか?このあたりへの言及がないと 論理が完全ではないと感じました。 ■最終章は「環境」について語っているのか? この本に期待していることは、一般的な「環境破壊」や「環境問題」のウソを 暴くことである。 しかし最終章は、日本と諸外国との犯罪発生率や、日本、アメリカ、中国の 高校生の意識調査からみる日本の道徳問題などと取り上げている。 しかも、犯罪発生率については、1994年の数字で殺人と窃盗を総計して、 10万人あたりの発生率が低いとしている。その比較として”この10年間で 治安が悪くなったか?”という統計については、いつ調査したかを明らかに していない。 このあたりが星が一つ減ってしまった原因である。 (くまごろう / 2008-01-06)
年賀はがき再生紙偽装事件に思う …日本製紙狙い撃ちの真相とは
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再生紙でできた年賀はがきにおける古紙使用率が規定を下回っていた、 つまり、再生紙はほとんど使用されていなかったとする問題で、 当初偽装を指摘された日本製紙以外にも、王子製紙、北越製紙など他の有力各社も古紙配合率を偽っていたことが明るみになった。 日本製紙側は「要求される品質をクリアすることができなかった」ためという 表向きの理由を弁明した。 しかし、日本製紙は昨年「古紙配合100%製品廃止」を業界に先駆けて発表した会社であり、 そのホームページには 「古紙100%配合紙は全く配合していない紙に比べ、製造工程で化石燃料由来のCO2排出量が増加するケースがあり、再生紙が地球温暖化に与える影響が大きくなっています」 というきちんとした理由を示している。 つまり、今回の問題も、政府や郵政公社が要求する古紙配合率基準で その品質を確保するためには 化石燃料をより一層多く使うことになる(コストもかかる)うえに 昨今の原油高騰によって採算が厳しくなっていたという現実があろう。 今回、日本製紙が偽装問題のターゲットとされたのは やhり例の「古紙配合100%製品廃止」の宣言とその愚を明るみにしたことで 当局よりにらまれていたとしか思えない。 この『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』のなかにも 古紙リサイクルとペットボトルリサイクルの問題点が指摘されており、 今回の偽装問題を考えるうえで役に立つ。 つまり、何が何でもリサイクルすれば環境にやさしいという考えは 完全に間違っているということだ。 「この服はペットボトルリサイクルによる原料を使っています」という 但し書きにしても、どこまで信用できるか非常に疑わしい。 なぜなら、ペットボトル自体さまざまな触媒を使って、多様な厚さ、質のペットボトルが つくられており、劣化もする。下位利用以外ではなかなか用途がないのが現実だ。 本書を読んで「エントロピー増大の法則」などの理を知り、 過大な循環社会幻想を支える「永久機関」的な発想を改めなければならないと気づいた。 (喜納甚五郎 / 2008-01-18)
報道を鵜呑みにしない姿勢が重要
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以前この本の著者である武田邦彦先生の話を聴く機会があった。 そこで本を是非読みたいとおもった。 現在、環境に気を使ったいるということがそれだけでステータスになったりする風潮がある。 それはそれで、悪いことではないが、マスコミに安易に踊らされて、へんてこりんな情報に 惑わされていることも多い。 この本ではその疑問について書いてある。 例えば、 ペットボトルをリサイクルすることで資源を7倍も使っている。 (もともとペットボトルは複数回の使用に耐えられないものでそもそもリサイクルに向かない)
紙の生産が発展途上国の森林破壊につながっているわけではない。 ということを科学者らしくデータを基に検証している。 意図的に操作された情報を鵜呑みにすることがいかに危険なことか、本書で警告している。 (taizo16 / 2008-01-19)
環境問題の嘘はどこから始まったのでしょうか。
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中国で環境問題が深刻そうに見えます。 日本は風下の国で、食物がたくさん中国から来るので、座して待っているわけにはいきません。 中国からの食料品で、いろいろな報道もありますが、科学的な情報がなかなか伝わってきません。 日本の歴史の中でも、人体に有害なものは排出していませんといった会社が、有害なものを排出していたということはよくあったのではないでしょうか。有害なものは出していないという嘘はなぜ止まらないのでしょうか。 森永砒素ミルク事件の当時の赤ちゃんだったので、同級生に被害者の人たちがいました。自分も森永のミルクで育ったので、一度か2度は砒素ミルクを飲んでいたかもしれません。 嘘を暴き立てる人も、相手の嘘を見破るために、さまざまな嘘を並べて、相手の動揺を引き出し、本当の事を言わせる戦術に出ているのかもしれません。 大事なのは嘘か本当かではなく、自分達は何がしたいのかということをもっと明確に出せるようにすることではないでしょうか。 例えば、食品会社であれば、人の命を支えたいとか、人間の健康に貢献したいというような目標を掲げるのであれば、おかしなことはしないはずです。 食品に興味がなくて、利益しか見ない人が経営者になったら、上から下まで嘘で固められた会社になっているかもしれません。 環境によいという謳い文句の商品や、環境のための施策も、その人が何のためにやろうとしているかを考えていけば、嘘がまかり通らない世の中にできるかもしれません。 「買ってはいけない」と「買ってはいけないを買ってはいけない」というような、水掛け論に陥らない道を、読んだ人が考えるきっかけになればよいかもしれません。 社会問題に本当はたくさんあります。自分の立場だけが本当で、それ以外の立場は嘘だという人の言っていることは、別の立場の人にとっては、嘘でしかないことがあります。 特定の会社の間違いを指摘するだけで、事故の真因の追究を妨げるような言動は、真因の追究をして再発して欲しくない人にとっては、嘘をついているように思われることがあるかもしれません。 科学的な情報にもとづいた議論をするのではだめなのでしょうか。 嘘かどうかを議論するのは、水掛け論になるか、立場の違いを非難しているだけにならないでしょうか? ps. データを示す際に、原因と結果が逆に示すこともしばしばあるように思われます。 どちらが原因で、どちらが結果かを科学的に解明できていないことがあるのではないでしょうか?(kaizen / 2008-04-21)
さらに加速する、日本の政策不況。その原点。
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環境問題は、昨今問題化している日本の「政策不況」とでも言い得る状況の原点だったのですね。 みなさんご存知の通り、貸金業法改正で消費者金融業者には上場会社ですら破綻に瀕するところが出現、建築基準法改正で新築住宅着工は激減、、、、関連業者達はどうやって生きていけばいいというのか?そして、金融商品取引法改正では「貯蓄から投資へ」というお国の施策までも捻じ曲げてしまう投資商品販売の低迷を読んでいる。 そういった、行政エラーないし政策不況とでも解釈できる状況の原点が、実は環境問題では多々あるようだということが、本書を通じて理解できる。(mikeexpo / 2007-12-08)
レビュー数 142
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平均点:4.0
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No.1-7
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官僚とメディア (角川oneテーマ21 A 62) / レビュー総評点:139
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ASIN:4047100897 / 売上順位:81245
アスキー(2007-04-10)
魚住 昭
¥ 720(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
139
国家権力とメディアの持ちつ持たれつの構造を具体的な事例を挙げて紹介している。そう言えば、NHKの番組改編と朝日新聞の誤報疑惑は結局解決されたのだろうか?太平洋戦争当時の元参謀が著者に向かってこう言ったそうだ。「あなた方は我々の戦争責任を言うけれど、新聞の責任はどうなんだ。あのとき新聞の論調は我々が弱腰になることを許さなかった。我々だって新聞にたたかれたくないから強気に出る。すると新聞はさらに強気になって戦争を煽る。その繰り返しで戦争に突き進んだんだ。」本書を読むとこのような権力とメディアの関係が現在でも何ら変わっていないことに気づかされる。著者は、メディアは経営者や株主や広告主のものではなく、無数の読者のものであるはずだと書いているが、これを実現させるための具体的な提言を著者に期待したい。(PIVO / 2007-04-22)
本書を読むと、現在のメディアを巡る問題状況−いやメディア自身だけに留まらず、それが関わる森羅万象を巡る問題状況と言ったほうがより適切か−が一つの揺ぎ無い構造の上に成立していることをいやが上にも痛感させられる。 メディアが文字通り「媒介者」でしかない以上、その入力を掌握するもの=公権力がいかようにも動かすことができるというのは、あまりにも自明な、そして磐石な構図である。逆にそのような構図にも関わらずメディアが反権力であるという妄想が許された時代が牧歌的であったという気さえするほどだ。記者個人の姿勢はともかく、総体としてのメディアは権力と一体である。哀しいかな、代議士の世襲を批判しようにも、今や政治記者の身分が三代に渡って世襲されるご時世なのだ。 言論統制といえば今だに北朝鮮を例に挙げることが多いが、かの国のように公然と「言論統制する事」を行うような仕組みは、メディアへの入力としての「情報」は統制できても、言論の基盤となる人々の意識を制御することはできない。比較してわが国は言論の自由がタテマエとなっているために、情報を統制することが意識=言論を制御することに直結する。 何でも言えるはずのメディアが黙っているということは、そこに何か言うべき事実が存在しないと見なされる。少なくとも国民はそう見るように馴らされている。 魚住氏は元記者であり、かつての同僚たちの一片の良心に期待しているようだが、その点については少々異論がある。記者個人個人の努力や力量よりも、むしろ、大企業の広告と公的機関の発表情報に牛耳られたメディア空間で、高額所得を保障された記者が記事を書く、というこの構造の抱える欺瞞を多くの人々が認識することからしか、突破口は開けないのではないか。(もなか / 2007-05-31)
去る4月25日、地元紙『北海道新聞』において、「検証・拓銀破たん10年」なる興味深い特集記事が掲載されていた。それは1997年11月に経営破綻した拓銀(北海道拓殖銀行)に関する証言で、破綻の前年までの2年間、旧大蔵省銀行局長を務めていた西村吉正氏(現早大大学院教授)へのインタビュー記事であった。その中で氏は、拓銀破綻は想定外だったとし、拓銀を巡る報道の「無責任さ」を嘆き、次のように述べるのだ―時代の空気と無関係に行政運営が行われることはあり得ません。それは非常に大事な要素、いや、すべてと言っていいほどの影響を持つものです、と…。 「空気」といえば故・山本七平氏の『空気の研究』を彷彿とさせるが、上述したような「時代の空気」を醸成、支配しているのがマスメディアであり、当然、この「空気」による犠牲者はひとり拓銀だけではあるまい。本書でも指摘しているが、直近では、耐震偽装疑惑やライブドア・村上ファンドなどに関する「事件」も、ある意味では「空気」による犠牲者かもしれないのだ。さらに深刻なのは、近年、国土交通省や検察等の司法機関が「空気」捏造の「共謀共同正犯」、否、「主犯」格となってきている事実であり、著者も己自身の記者経験を踏まえつつ、当書で警鐘を鳴らす。 本書では、メディアと権力との「共犯関係」「癒着構造」を具体的な事例を挙げて告発している。その近因は何と言っても、メディア側の「客観報道主義」という名の「無責任主義」であり、もっとも悪質なのは、新聞記者どもが記者クラブ制度に安住し、戦前にもみられたように権力の「情報提供者」「情報幕僚」として振る舞っている、という実態だ。「昔陸軍、今検察」と称されるごとく、特に、特捜検察などは今や「ブレーキの壊れた車のように暴走し始めている」(本文)始末で、最高裁を含めた「司法の腐敗」を糾明、弾劾するようなメディアは、もうこの日本には存在しないのだ。 (仮面ライター / 2007-04-28)
タイトルから期待される通りの内容で、剛胆な筆力を感じさせられた。 「官僚とメディア」の癒着についてはこれまでも書籍や雑誌などで目にすることがあったし、日頃目にするメディアの報道を見ているとうすうすは感じるものの、では、それがどのような仕組みなのかはわかっていなかった。 本書では、実にわかりやすく論理が通されている。わかりやすいのは、これが特別な事柄ではなく、社会生活、とくに会社勤めをしている多くの人々にとって、似たような構造を感じるからだ。 最終章の最高裁のくだりは、かなりげんなりさせられる(笑)。新聞社を巻き込んだ裁判員制度普及にまつわるPR活動(の名を借りた税金のしぼりあげの構図)は、わかりやすく、しかし、それらに関わる人々の無意識さ加減がよくわからない。 おそらく一番の問題は、本書で取り上げられている癒着構造を担う人々が、心のなかに「私は悪い思いをもってない」という不思議な信仰があることだ。一般の良識人(?)の弱いところは、そういう人間が社会いることに目をつぶろうとする。こちらも「私は悪い思いをもってない」という心があるからだ。そして遠く遡れば、あの戦争に加担した多くの人々も、いろいろな立場で「私は悪い思いをもってない」………。私もそういう部分をもってないとはいえないだろう、という痛みもある。 筆者の力強い取材力と、大胆かつ抑制のきいた筆致は、信頼するにたる人だと思った。 しかし、読み終わって、正直気分はよくない。 人間と社会に関する勉強にはなったと考えたい。 社会にはこういう人々もいる、そのなかでできる限り目を開いて暮らしていこう、ということを思ったしだいである。 (小山裕一郎 / 2007-08-08)
魚住が「現代」に取材メモを発表したNHK放送改変問題のほか、耐震偽装マンション問題、村上・ライブドア事件をテーマに、公権力の行使とメディアの捕らえ方という複眼から見た。魚住は、これらの現状から、メディアは公権力に「操られて」意に沿う報道を行っていると指摘する。新聞情報の7,8割が官庁情報という体たらくでは… また、最後に裁判員制度の記事と広告を巧妙に織り交ぜたPR活動の実態を暴露する。これが実にいやらしい。まず最高裁と共催で裁判員制度のシンポジウムを開催すると一般記事で書き、シンポを開き、後日行うシンポ詳報の下に裁判所出稿の裁判員制度の記事下広告が入るというもの。詳報も一般記事だから、裁判員制度を正しいものと思ってしまうが、実は裁判員制度は半分以上の国民が反対しているという意味で議論が割れている問題だ。広告、記事が一体になって裁判員制度の普及に努めるのはどうなんだということだが最もだ。(ちなみに同様の手法は原子力発電でも使われているらしい) 国もメディアも正義を果たせない中、一体誰が正義を背負っていくべきなのか、やはりメディアなのだろうが、道はかなり遠そうだ。(革命人士 / 2007-04-25)
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平均点:4.5
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