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No.1-1
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虚数 (文学の冒険シリーズ) / レビュー総評点:40
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ASIN:4336035938 / 売上順位:132992
国書刊行会(1998-02)
翻訳:西 成彦/翻訳:長谷見 一雄/翻訳:沼野 充義/原著:Stanislaw Lem/スタニスワフ レム
¥ 2,520(中古:¥ 962)
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レビュー総評点:
40
ポーランドで「虚数」として出版された「架空の書物の序文集」と、後年別に記された「GOLEM XIV」を併せて収録している。両者のリンクとしては、「虚数」の中の一編「ヴェストランド・エクステロペディア」にGOLEMに関する記述があり、またそれ以上に、知性と肉体に関する考察という点で通底している。 序文集「虚数」は、後半の「GOLEM XIV」への程よいイントロダクションになっている。「虚数」の各編は、様々な衒学的脱線であふれかえっているが、そのすべてにおいて、知性と肉体について言及している。そこから立ち上がってくる問いは、知性は、人間の肉体という仕様に依存する概念なのか、ということだ。肉体、というか人間という物理的存在に拘泥した「ネクロビア」への序文を嚆矢として、その後に展開されるのは、言語を学んだ微生物、機械による文学、コンピュータによる未来予測を編纂した未来百科事典といった、人間以外の知性を題材とした弾けとんだ話だ。 そして、人間が造りだした、人間以上の知性を持つコンピュータ「GOLEM XIV」による人間への講義録の形式を取る「GOLEM XIV」。この中で、GOLEMは、人間について語り、自己について語り、知性について語る。その全貌は到底把握しきれないが、根本にあるアイディアの手触り、手応えは圧倒的。 以下、ぼくの個人的解釈になるが、「知性」は、この地球上では「ヒト」という生物種に至って創発されたが、より一般的な「知性」の在りようは、ヒトの生物学的構造や遺伝情報に拘束されるものではない、というのが本書の中核にある主張である。ヒトが持っている生物学的デザインは、高い知性を持つために最適化されたものではなく、より現実的な、生き抜き、殖えるために最適化されてきている。そこに運良く知性が宿り、現在の程度まで到達したが、人間の到達しうる知性は、ヒトの生物学的デザインにどうしようもなく縛られている、というわけだ。そして、人間が造りあげた計算機であるGOLEMは、そのデザインのくびきを断ち切った次世代の知性であり、人間が到達し得ない、理解の及ばないところにまで達している。 これは絶望的であり、なおかつ心揺さぶられる言明である。ぼくは、基本的にはまったくそのとおりだと思う。その上で、人間がもがき回る、人間の知性が探り当てられる知識もまた、事実上無限であり得ると信じられるからだ。限られたハードウェアの上で、エネルギー吸収的に営まれるぼく自身の知性が、いかほどのものを紡ぎだせるのか、落胆よりもむしろ勇気づけられた。どの程度のものであれ、自分にはどうやら知性と呼べるものが備わっていることに感謝したいし、そのポテンシャルをフルに引き出してみたいと思う。 レム亡きいま、知性に関する思索を文字通り「空前絶後」の完成度で示した本書に及ぶものはおろか、類似する文学作品すら、今後産まれる望みはないように思える。(Y. Naito / 2006-11-26)
ユダヤ系が多いことで知られるポーランドのクラコフ出身の著者もユダヤ系であり、その作品のすごさから、読み始めると、あなたの時間は彼の世界での存在となります。この作品「虚数」は諸説の序文のありかたについて書いた序文集のような一見おかしな作品ですが、あまりに実験的な内容は日本語訳が出るのにかなりの年月がかかったというのもうなずける。脳への刺激促進剤的な本です。( / )
こういう本を読むと、言葉の無力さを痛感しますね。レムの思想が高尚過ぎて言葉が追い付かないという意味ではありません。まったく逆。こんな無意味な言葉の羅列、最良の場合でも入り組んだ比喩に過ぎない文章が思想として受け取られるという現実に愕然とします。つまり読み手がレムという人の本心を文章を通して知ることがまるで出来ていないということです。 中に実在する思想家たちの名前が出てきますが、レムが彼らの思想内容を大雑把にさえ把握できていないのは明らかで、科学的な記述もありますが、ほとんど中学生レベルのお粗末な理解から書いているようです。踏み込んだ内容についてはまるで触れられていない。 フィクションだから、小説だからそこまできっちり書く必要はない、というのはこの場合間違いです。なぜなら、現にレムの博識ぶりや哲学的万能ぶりに感心してしまう人がたくさんいるわけではありませんか。 作中で触れられている思想に、もし正面から向き合って、万人に分かるように書いたなら、おそらくレムのあさはかさに読者はあきれるでしょう。 単純に、ファースとして楽しんでもらいたいというなら、それとわかるように書かなければいけません。ありもしない知識や教養があるふりをしてはいけない。もっとも、レムはまさにそう見せたかったのでしょう。それがこの本の核心です。だから読者はこの晦渋な文章からレムの尊大で傲慢な心を読み取るべきなのです。 『無敵』や『ソラリス』は優れた作品だと思っていたので、ブライアン・オールディスが彼の小説を無価値だと評していたのは意外でした。今思えば、オールディスはかれのほかの作品も読んでいたのかもしれません。そしてレムの本質に気づいていたのかもしれない。私はここに至ってオールディスに賛成したくなりました。(ghostfinder / 2009-09-16)
レビュー数 3
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平均点:3.5
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No.1-2
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柔かい月 (河出文庫) / レビュー総評点:3
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ASIN:4309462324 / 売上順位:53996
河出書房新社(2003-09)
原著:Italo Calvino/イタロ カルヴィーノ/翻訳:脇 功
¥ 893(中古:¥ 398)
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レビュー総評点:
3
復刊前はプレミア価格で取引されていた幻の名作。 まずイタロ・カルヴィーノはイタリアの前衛作家であり、イタリアの教科書にも 掲載されるなど国民的な作家です。 カルヴィーノの特徴として前衛的な小説、そして「柔らかい月」に 見られる科学的な仮説を小説によって立ててみる、いわば思考実験的な 試みの作品があります。 本編の最初の小説は月が宇宙の彼方から飛んできて、地球の重力に 引き寄せられて、そのまま地球の軌道に収まったというお話。 おそらくカルヴィーノほど博識な人物は小説ばかり読んでいなくて、 科学にも興味を寄せていたと思います。 そして定型的な小説のパターンは19世紀までにやり尽くされたと感じていて、 どこか一般の小説にひねりを加えた前衛小説を常に生産したいという衝動に 駆られていたと思います。 個人的には常にこの事を意識してカルヴィーノを読みます。(フジキセキ / 2008-06-17)
個人的には,第三部がおすすめ。「ティ・ゼロ」は,こちらに向かって突進してくるライオンに放った弓が宙にある瞬間における過去・未来の様々な可能性を論理的に説明しようとするおよそ小説らしからぬ奇妙な話である。「追跡」は交通渋滞に巻き込まれた私と追跡者との相互の位置関係を考察した話であるが,現実が論理の中に埋没したおもしろさが楽しめる。「夜の運転者」は,日常でもよくある話である。相手の状況を把握できないまま,ハイウェイを行きつ戻りつする様は,滑稽ながらも不気味さが漂っている。「モンテ・クリスト伯爵」は,脱獄を試みる男が方向感覚を失いあらゆる方向に穴を穿つお話。いずれの話も完全に理解するのは相当に骨がおれると思う。まあ,邪道かもしれないが,何となくわかったような雰囲気を味わいながら楽しめばよいのではないのかな。(たぬきさま / 2005-05-23)
レビュー数 2
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平均点:4.0
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No.1-3
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薔薇の名前〈上〉 / レビュー総評点:117
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ASIN:4488013511 / 売上順位:6960
東京創元社(1990-02)
ウンベルト エーコ/翻訳:河島 英昭
¥ 2,415(中古:¥ 285)
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レビュー総評点:
117
本作品の舞台は中世イタリア。欧州最大規模の蔵書を誇る辺境の修道院。宗教会議の会場となるその修道院で修道士が変死体で発見される。 修道院院長は元異端審問官のウィリアムにその調査を依頼、ウィリアムが弟子のアドソを連れてこの修道院に姿を現すところから話は始まる。 第2、第3の事件が起こり、修道院は混乱。開催された宗教会議も決裂となるなか、ウィリアムは調査をすすめ真相に迫る・・。というのが大筋。 迷信渦巻く中世において、理性的に科学に基づいて捜査をすすめるウィリアムの知性と師に質問を重ねる弟子アドソの姿が印象的。 ミステリーや歴史ものというよりも、私は著者のエーコが現代社会に対する警句を発している評論のような印象を受けた。 作品のなかでは信仰や学問をテーマに印象的な師弟間のやりとりが交わされる。 「唯一の過ちを考え出すのではなく、たくさんの過ちを想像するのだよ。どの過ちの奴隷にもならないために」 「純粋というものはいつでもわたしに恐怖を覚えさせる」 「純粋さのなかでも何が、とりわけ、あなたに恐怖を抱かせるのですか?」 「性急な点だ」 「恐れたほうがよいぞ、アドソよ、預言者たちや真実のために死のうとする者たちを。なぜなら彼らこそは、往々にして、多くの人びとを自分たちの死の道連れにし、ときには自分たちよりも先に死なせ、場合によっては自分たちの身代わりにして、破滅へ至らしめるからだ。」 「真理に対する不健全な情熱からわたしたちを自由にさせる方法を学ぶこと、それこそが唯一の真理だからだ。」 ウィリアムのこれらのセリフこそエーコのメッセージそのものであると思える。 思いが純粋で、切実であるほどに、生じる「性急さ」や「不寛容さ」こそ、エーコ(=ウィリアム)が警告する「不健全な情熱」であり、この事件の真犯人であると思えた。 善意や正義の持つ両面性、自由に生き、考えることの難しさについて深く考えさせられる作品です。 (柴犬太郎 / 2008-07-05)
大学1年の頃、夢中になって読んだ1冊です。 英文学を専攻していましたので、そういう面でも興味を持って読みました。以来、この十年間に、様々な研究書が出され、翻訳上の問題なども取り沙汰されましたが、そういうものを度外視しても、本当に面白かったです。先を読みたいけれど、読み終わりたくない、いつまでもこの世界に浸っていたい、そんな読書体験をしたことを、今でも鮮やかに思い出します。特に知的な部分で様々な刺激を受けました。 様々なミステリーを読んで来ましたが、マイ・ベストはコレです。(Yukine / 2002-12-05)
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この小説にはとてもたくさんの鍵やメッセージが織り込まれているので,読む人によって印象に残ったことがてんでんばらばらになるのではないでしょうか。作者は「仕掛ける」けれど、どう読むかは全て読者におまかせ、みたいな。非常に面白いです。なにしろメインテーマが何かについてさえ、人によって意見が分かれると思います。私なりに「これだ」と思うというメインテーマはありますが、本書が推理小説として書かれている以上、それは人には言えないのです。各人が読んで見つけてのお楽しみ。それが正解とは限らず、同じ人が何年か後に読んだときまた違った見方ができそうなのも魅力です。( / 2003-11-24)
本書は、記号論などで著名なエーコが小説を書いたと言うことで有名な作品です。でも、そういうことに関係なく、これは素晴らしい推理小説です。読んでみるとすぐにわかるのですが、これはアーサー・コナン・ドイル卿のシャーロック・ホームズのパスティッシュなんです。西暦1327年のベネディクト会の修道院を舞台に設定にし、事件の鍵に写本が使われています。修道院で起こった修道僧の殺人事件の謎を解くために、院長は偶然滞在中のバスカービルのウィリアムに犯人探しを依頼します。バスカービルというだけで、シャーロック・ホームズファンならば、バスカバービルの犬を思い出しますね。ウィリアムを始め、すべての登場人物は、それぞれ印象的な性格の人物で、だれもが過去に何かを持っているという!感じです。また、当時の修道院や村の様子、フランシスコ会との確執、宗教裁判の話題が巧みにからめているのも面白いです。本当に、この小説のどこをとっても、引き込まれてしまい、読み出したら止められません。第一級のエンターテイメント小説です。(おひるねおさる / 2000-12-15)
レビュー数 34
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平均点:4.5
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No.1-4
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天の声・枯草熱 (スタニスワフ・レム コレクション) / レビュー総評点:18
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ASIN:4336045038 / 売上順位:110814
国書刊行会(2005-10)
翻訳:深見 弾/翻訳:沼野 充義/翻訳:吉上 昭三/原著:Stanislaw Lem/スタニスワフ レム
¥ 2,940(中古:¥ 2,000)
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レビュー総評点:
18
長らく絶版だった「天の声」と「枯草熱」が手にはいるようになりました。どちらもSFファン、そしてミステリファン必読の書です。従来の訳そのままかと思ったら(深見さんも吉上さんも亡くなっていますので)、著作権継承者の了解を得た上で、沼野さんがブラッシュアップをしているとのことです。本棚の奥からサンリオ文庫を取り出して、読み比べるのが楽しみです。それにしても、このシリーズ。6冊で完結にしないで、第2シリーズ以降を展開して欲しいですね。( / )
「天の声」は宇宙の知的生命体とのファースト・コンタクトを扱いながら、実際にそこに描かれているのは研究所内の人間関係や疑心暗鬼など、人間自身が悩み続けて止まない「人間が持つ認識能力の限界」です。SFを通して人間をとことん追い詰めていくレムの鋭い筆致には、いつものことながら快感すら覚えます。権力を振りかざしながら自然科学の世界へ強引に割り込んでくる人間に対するレムの軽蔑と憎悪にも深く共感せずにはいられません。 (Krokodil Gena / 2009-07-12)
レムが死んだ。84歳。死因・日時は不明。 3月28日に助手が「クラクフの病院で死亡」 と発表。 本作のうち、枯草熱を22歳の時に、サンリオSF文庫で 読んだが、天の声については、24歳の時、同文庫で 購入したものの、仕事が忙しくなってしまって、読まず仕舞い。 その後、引越しのごたごたで文庫本2冊を紛失してしまう。 (31歳くらいのとき。) 「枯草熱」については、「事件」が起きるとは 如何言う事か、そして「事象」とは何か、 「偶然とは、必然とは、そして『偶然と必然の 本質』とは?」、を巡る冒険譚である。 主人公はアメリカ人の、元宇宙飛行士だが、 このアメリカ人が、謎を追ってヨーロッパ各地を 旅して回る姿は、古代ギリシャのユリシーズや その他の英雄の神話的冒険旅行を、彷彿とさせる。 (主人公は、1人で行動しているが、もし、 チームを組んでの冒険なら、ジョジョみたいに なったか、と言うと、そうはならない。 明確な「敵」が存在しないからである。) 最近脳科学で「蓋然性」について 取り上げられ始めているらしいが、 こういう時代に、読んで見ると、 面白い作品と思われる。 なお、「天の声」については、最初の 方だけ、読んだが、乱数表と「完全なる無秩序」 の話は、今でも記憶に残っているし、 興味深いので仕事が一段落したら、 国書刊行会版を読む心算である。 また、レムの死については、 故人を偲ぶが、合掌はしない。(grayfalcon / 2006-03-29)
「ソラリス」や「完全な真空」や「虚数」などでレムのファンになったひとは読むに値しない書物である。要するにレムの作品群にあって二番煎じにすぎない。ちんたらと升目を埋めているだけのだらだらとした描写。訳者は悪くはないものの、うまくもない日本語で、レムの魅力を半減しているようだ。とにかくがっかりさせられた2作品である。(そいと / 2007-03-14)
レビュー数 4
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平均点:4.0
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No.1-5
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バベットの晩餐会 (ちくま文庫) / レビュー総評点:80
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ASIN:4480026010 / 売上順位:77174
筑摩書房(1992-02)
原著:Isak Dienesen/イサク ディーネセン/翻訳:桝田 啓介
¥ 714(中古:¥ 76)
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レビュー総評点:
80
「バベットの晩餐会」は、ここ数年で読んだ中ででいちばん心に残っている小説だ。良い作品は読み終わって、何ヶ月経っても何年経っても、感動が色あせないばかりか、折りに触れてよみがえり、また新しい発見や考えの端緒を与えてくれる。この作品もそうで、読み終わったときは、なんともいえず後味の良い印象が残ったのを覚えている。たぶん童話のように平易な文章のために、美しい物語だと、その時はそれで終わったが、読み終わって何年も経った今、何かのきっかけで思い出し、この作品のテーマの奥深さに思い至ったのだった。 それは、芸術の意味、ということ。 バベットは富くじで手にした大金で、そのお金があれば一生安泰に暮らせるほどの大金で、彼女の愛する姉妹と姉妹の親しい人たちのための一度きりの晩餐会を開くことに決める。 かつて、王侯貴族の料理人だったバベットの芸術的な料理の才能の全てが注がれた料理は、彼らを幸せにした。一晩の夢のように幸せな時。この作品は教えてくれる。芸術とはこのようにして人々に奉仕するものなのだ、と。そして、本当に幸せなことは、バベットの料理、その芸術が、初めてそれにふさわしい主人に出会えたこと。このように幸せな出会いがいかに稀有なものであるか。それがこの作品の世界をこんなにも幸せに喜びに満ちたものにしている。芸術にふさわしい主人は、この姉妹のような人々。働き続ける善良な人々。芸術に関して知識を持っている人、芸術のパトロンになれる力を持っている人はたくさんいるが、芸術が真に奉仕するべき相手はそれではなく、芸術のことを何も知らなくてもそれによって幸せになれる人、その喜びに値する人のことなのだ。 だから、たった一晩だけなんて、と嘆くことは何もない。一瞬が永遠の意味を持つこともあるのだから。 映画化作品も原作の世界を忠実に表現しているので、DVDが現在発売されていないのがとても残念です。 (まんごー / 2006-11-09)
作者は男性名ですが、本当は女性で別名でも作品を発表しています。 「バベットの晩餐会」は映画を見てから読んだので、文章量の少なさが意外に感じましたが、この少なさで映画を凌駕する深さと広がりと味わいを持っていることに驚きました。「エーレンガード」は、国をひっくり返すほどのスキャンダルを毅然と守り抜く乙女の物語で、禁欲的な恋愛模様も楽しみの一つです。。 どちらのヒロインも力強い美しさを持っていて、解説で田中優子さんが書かれているように「女神の降り立つ物語」だと思います。(愛生睦美 / 2000-11-17)
個人的には、20世紀最大の物語作家と呼ばれるディーネセンのベスト。ほとんど短篇・中篇しか書いていない著者がこのように呼ばれるのも、その物語の不思議な広がりと深さを考えれば当然と納得できる。貴族や枢機卿、オペラの歌姫や神を畏れる人々が登場する彼女の物語世界は、それだけ見るとまるでロマンティックなゴシック小説のようだが、実はまったく違う。エレガントで強靭きわまる知性が紡ぎ出す物語はどんな既成のフォーマットにも則っておらず、その背後には深く逆説的な形而上学が感じられる。この作品は円熟期のもので、その筆致にも穏やかな余裕が感じられ、独特のストーリー展開から簡潔で香り高い文章まで、本当にどこをとっても見事な芸術品だ。モーツアルトのドン・ジョバンニや聖書からの引用が運命的な物語と響き合い、まか不思議な芸術と愛の物語がシンフォニーのように展開する。敬虔で質素な老姉妹の食卓に奇跡のように最高のフランス料理が現れるシーンは、美食文学というものがあるとすれば文句なくその最高峰ではないだろうか。空虚な心を持て余した将軍が、やがて「この美しい世界には不可能なことなど何一つない」と悟る結末の心に染み入るような素晴らしさ。私はこの短い物語を何度読み返したか分からないが、読み返す度に感動が深くなっていく。映画も良いので、是非観て下さい。(uno / 2002-07-28)
映画「バベットの晩餐会」に触発されて読んだ作品です。 ところが、驚いたことに、この作品が短編であり、非常に簡潔に書かれていることです。 しかし、その短い文章に奥深い情景がものの見事に描き出されます。 まさに、作家の「力」でしょう。 この本は、デンマーク語版(カレン・ブリクセン名義)からの翻訳だそうで、英語版(イサク・ディーネセン名義)とは、後半の文章の量が相当違うと言うことです。 確かに、前半の淡々とした短い文章に比べ、後半一気に描写が詳細となり、クライマックスの話の盛り上がりは相当なものです。 その意味では、デンマーク語版こそが作品の完成形であり、バベットの「芸術としての」晩餐会が、食卓についた人々を幸せの極致に至らしめた最高の表現なのでしょう。 一緒に収められている「エーレンガート」は、国家の存亡の危機にあって、「女傑」とも言える侍女エーレンガートが、最高の機知を発揮する物語です。 こちらも映像が目に浮かぶような素晴らしい文章なのですが、残念ながら私の北方神話やギリシア・ローマ神話などに対する知識が覚束なく、作者の意図を十分に汲み止められなかった恨みがあります。 この本を読んで、更にこの作者の作品が読みたくて堪らなくなりました。 (ringmoo / 2010-02-06)
デンマーク出身の著者の、後年映画化された代表作と遺作の二編を収録。 両編とも、作者の思想が匂う作品だ。 とはいえ、どちらもあっさりと料理されており、しつこさや押しつけがましさはない。 ただ、「なぜそんな言動をするのか」がわからず、唐突さを感じる向きはあるかもしれない。 まあ、出てくる料理が美味いのならば、素材は料理人のチョイスに任せようではないか。 たとえ醜い亀が使われようとも。 個人的には興味のないラインだが、本書はジェンダー論で扱うことも可能だろう。 私の場合は、陶酔とともにその前に跪くことができる、美しい英雄的存在との出会いの場面が印象的な作品であった。 『クリスマス・キャロル』の温かさを期待して読み始めた身には、これは嬉しい期待外れであった。 (sorath / 2009-07-26)
レビュー数 5
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平均点:5.0
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No.1-6
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O嬢の物語 (河出文庫) / レビュー総評点:188
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ASIN:4309461050 / 売上順位:54399
河出書房新社(1992-06)
著:澁澤 龍彦/ポーリーヌ・レアージュ
¥ 588(中古:¥ 91)
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レビュー総評点:
188
読んでよかった…
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30年ほど前になるか、「エマニエル夫人」に始まるフランス風ソフトポルノ映画が大流行した時代があった。 「O嬢の物語」も映画化された。 中学生だった私はモデルから転身したという美貌の女優の映画ポスターに通学路で遭遇したが、見ちゃだめかも…と下を向いて通り過ぎたものだ。 以来、この作品にサディスティックなポルノ小説というイメージを私は長く持っていた。 しかし渋澤龍彦の翻訳はいかに?と、読み始めて肝を潰した。 この文学の完成度の高さたるや、読み終わってしばし呆然としてしまった。 ファッションカメラマンである Oは、ある晩恋人にパリ郊外の館に連れて行かれる。 その館では男たちが自分の恋人をサディスティックな性の奴隷・人形に改造するべく教育を施していた。 O も抗うことなく、その教育を受け容れる。 恋人を愛していたからだ。 使われる道具、装う衣装のディテールまで事細かに表され、貴族趣味たっぷりの描写は真に迫っている。 性的なシーンに品格すら感じる。 性の奴隷となったO嬢に不思議な崇高さを感じるのは私だけではないはずだ。 登場人物中、イニシャルだけなのはO嬢だけであるし、性的な行為の中でさえ彼女のエクスタシーの描写は全くない。 完全に彼女の人間性は抹殺されているように見えるが、実はO嬢自身がそれを望んだのだ。 気高く崇高な性の奴隷と成り上がっていく?様子が美しく端整な描写で表現されていく。 サディスティックな性の行為のひとつひとつが、まるで厳粛な儀式であるようだ。 この不思議な感動は何だろう。 いやはや本当に読んで良かった…(rose-quartz / 2005-08-14)
伝説的な一冊ですが、実はそれほどエッチな訳ではありません。そう言うのを期待して読むとがっかりするかもしれません。しかし、そこに書かれている内容は、異常なまでのエネルギーをもって引っ張られます。自由を手放し、誰かの所有物(奴隷)になっていく快感と幸福は、はたから見れば異常であり不思議に思えるが、彼女の告白を読む限り、決して蔑むべきものではなく、むしろ恋愛を越えた深い愛を感じます。ご注意ください!この本は強力な魔力をもっている本です。人によっては魔法にかかってしまう場合があります。(藤原ぱるる / 2003-09-08)
最近、この翻訳作業の大半が、故矢川澄子氏の手になるものという事実が判明した。すばらしい訳文である。著者が誰かということもずっと謎に包まれていたが、その問題も解決した今、改めてこの書の真の価値が問われる時代が来ていると思う。(愛のレッスン / 2008-02-11)
無題。
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一読して日本人には描けないタブ-の美しさを感じた。 渋沢龍彦の翻訳はさすがの出来で、西洋小説の構築を全く以って壊していない。むしろ、私たちに仏蘭西小説の普遍的な美しさを目前に展開させてくれる。 今、騒がれている芥川賞の作者と比べようもできない倒錯の世界が完璧に描かれ、現実感と幻想とを織り交ぜ、毒という甘美な福音をもたらしてくれる真実の小説である。(きつべえ。 / 2004-06-24)
金字塔
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澁澤龍彦の訳書を読み漁っているうちに行き着きました。 澁澤によるサドの訳書が好きだったのですが、こちらの方が格段にレベルは高いと思いま した。 SMどうこうというよりも、性の奴隷としてどこまでも堕ちてゆくかにみえる主人公が、 最終的にプライドやセックスといった、通常の価値基準を超越してしまう、という展開に 感動させられます。 ラストシーンは主人公の荘厳で気高い様が見事に描き出されていて、流石は澁澤といった ところでしょうか。必読の一冊。(taKa / 2005-07-01)
レビュー数 16
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平均点:4.5
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No.1-7
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きみにしか聞こえない―CALLING YOU (角川スニーカー文庫) / レビュー総評点:96
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ASIN:4044253021 / 売上順位:79445
角川書店(2001-05)
イラスト:羽住 都/乙一
¥ 500(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
96
私は2番目の”傷”という話が好きです。 無垢な人間、私にとって無垢な部分は一体どれほどものもか 改めて考えさせられました。 そして乙一氏の独特の描き方には惹きこまれている自分がいました。 とても気持ちの良い作品だと思います。(theapest / 2003-05-15)
切なかった。
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少女の空想から始まった、同じ思いを抱える少年との出会い・・・。 クラスに馴染めなくて、いつも寂しい思いをしていた主人公が、 頭の中に思い描いたケータイによって、ある少年に出会う。その少年も 同じように頭の中にケータイを思い描いていたと言う。 今まで誰にも話さなかった想いや、お互いの事を訊いたりしながら、 次第にふたりは仲良くなっていく。 「・・・・気にしていたほどのニキビではないね・・・・」のセリフに 泣かされました。乙一さんの描写はとてもいい。展開も好きです。 ありそうで、ない、そんな世界を見せてくれます。 読んだあとに残る、気持ちはとても優しいです。ぜひ、読んでみてください。(にょにょ / 2002-08-19)
文章に凹凸がなく難なく飲み込む事が出来る。其れなのに深い味わいが有る。静寂から始まり、次第に胸がざわつき始める。このまま終ってしまうのだろうか、と思っていた私の不安を最後の最後で乙一は拭い去ってくれました。最後には必ず希望が見える。光が見える。読んだあとのあの余韻が、なんともいえません。其処には自分が自分に伝えたかった言葉にならない思いが有る。主人公ばかりか、自分までも救われていました。そんな作品です。( / )
普通の現代小説だと思って読み始めたら、良い意味で裏切られました。現実世界がベースなんだけれど、そこにファンタジーが織りまぜてある。そのファンタジーの度合いも、「こういうことなら本当にあるかも」と思わせるもので、主人公と同化してはらはらしながら読み進めることができました。 人生観を変えたりとかそういう効能はないけれど、お話としてよくできている。設定の奇抜さでひきこまれます。(north / 2003-11-24)
「Callinng You」「傷−KIZ/KIDS−」「華歌」の三作の短編が収められています。 三編とも、世の中から疎外された人たちを描いており、「死」を背中に背負ったような雰囲気もあり、全体的に暗いトーンの作品群です。 でも、その「闇」の中に一条の「光」を見出すような、そんなほっとさせる読後感を持てる作品でもあります。 今度、映画化される「Callinng You」は、この中でも特に幻想的でファンタスティックな作品で、ミステリーぽい感じも最も強く、面白く読むことが出来ました。頭の中の携帯電話という発想も面白いと思いました。(ringmoo / 2007-05-03)
レビュー数 39
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平均点:4.5
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No.1-8
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はてしない物語 / レビュー総評点:285
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ASIN:4001109816 / 売上順位:1980
岩波書店(1982-06-07)
原著:Michael Ende/翻訳:上田 真而子/ミヒャエル・エンデ/翻訳:佐藤 真理子
¥ 3,003(中古:¥ 938)
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レビュー総評点:
285
いちばん好きな本
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わたしが中学一年生のときに読んだ本だ。いままで多くの本を読んできたが、この本がいちばん好きだ。この本には読書する楽しさがいっぱいつまっている。ぜひ文庫本のほうではなく、豪華装丁本で読むことをおすすめする。なぜなら、この本の装丁自体に秘密があるのだ。内容は、バスチアン少年が本の世界に入り込んでしまう冒険物語だ。読書をすすめるうちに、いつのまにか自分がバスチアン少年と一体化してしまう不思議な感じがあじわえる。とくに中盤は山場で、物語のとんでもない展開にくぎづけになってしまう。ジャンルとしてはファンタジーに入るのかもしれないが、たんなるファンタジーにとどまらない奥深い内容になっている。著者のミヒャエルエンデ氏の書く話は、現実の問題をファンタジーのかたちで指摘している場合が多い。かといってお説教くさいわけでもないのだ。しかも本のなかに謎がちりばめられているので、読み返すたびに新たな発見がある。バスチアンとともに冒険したあの時間は、十五年たった今でもわたしのたいせつな思い出である。この本は大人が読んでもおもしろいし、子供が読めば読書好きになることうけあいである。ぜひ皆さんに読んでいただきたい本である。( / 2005-01-05)
永遠の本
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原作であるこの本と、映画ネバーエンディングストーリーは どちらが、有名なんだろう 私は、映画を知るよりも先に原作に出会ったので こちらを先に知った人です。 この本を手に持つと結構な重さと厚さで 当時私にとって、こんな分厚い本は手に取ったことはない 初めて読む長編物でした。 そんな子がこれを読んでどう思ったか 本に引き込まれるという事を始めて知り 次へ次へと読み進みながら、これを読み終えるのは嫌だ と思ったのを今でもはっきり憶えています。 映画とは、全くの別物です。 漂う雰囲気が違います。 本が好きになるきっかけの本でした。 けれど、「はてしない物語」が基準になったために しばらく私は、何を読んでも物足りませんでしたけど 本自体が、もう話の中のものなんですから、 こんな計算されつくされた物語、 そう本気で思わせるこの内容、また訳者の力量 文庫本もでているようですが、 はじめそれを見たとき、なんてことを!と思いました。 この本は、この装丁なのでこの本なのです(ころな / 2005-05-28)
触れたい本。
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映画「ネバーエンディングストーリー」の原作、と紹介するのが余りにも勿体ない傑作。 自分が読んでいる物語の中に入れたら?登場人物と実際に話すことができたら?そんな夢は子供の頃、本を読めば一度は抱いたはず。 「物語に入り込む」という夢が叶った主人公、バスチアン・バルタザール・ブックスは、一読者から、物語の世界の運命を握る存在となり、長い長い冒険をすることになる。そこには危険もあり、失望もあり、人が夢や希望を持ち続けることの難しさと素晴らしさと意味を我々に語りかけてくる。 上下本の文庫本も出ているが、是非この1冊本を手に取ってほしい。原作者をして、「世界で最も美しい私の本」といわしめた装丁で、この物語に触れて欲しい。赤いシルクの表紙に型押しされたオーリン、映画ではアウリン、尻尾を噛み合う2匹の蛇)。章ごとの区切りの凝った飾り文字。物語のアルカイックな雰囲気にピッタリの挿絵。基本的に、本は読めればいいのだが、この作品だけは、形にこだわりたくなる。それほどこの単行本の装丁はすばらしい。 そういう意味では、ある程度文字が読めるようになった子供に、是非触れさせたい本だ。中身を最初から読まなくてもいい。ただ、この重く、美しい本を手に取るだけでいい。それだけで、映画の中でバスチアンが、いつになっても読み続けることをやめられなかった気持ちがわかるだろう。その気持ちが、本を読むことにとっては一番大事だと思う。(pfs7 / 2003-01-15)
小学生のころに図書館から借りて読んで以来、一番好きな作品です。 何度も読み返していますが、読む側の環境や心境が変わるたびに 新しい発見や感動があります。 本の中の世界への憧れと同時に、バスチアンの成長していく姿が それぞれのエピソードを通して伝わってきます。 とても頁数が多いのに読み終えてしまうのが寂しい、でも 読まずにはいられません。 登場人物の心理描写やその世界観は、ファンタジーでありながら 信じられないほどにリアルです。 「モモ」も含め、エンデは素晴らしい作家です。 映画はとても有名ですが、原作を読んだことのある方には あまり会ったことがありません。 この作品に出会えた私はラッキーでしょう。 年齢を問わず、たくさんの方に読んでほしいです。
(ミミホン / 2006-09-16)
大きくて、重たくて、幼いわたしは、抱えるようにして、この本を読みました。 薄暗くて、人気のない図書館で、息をひそめて。 こどものころに還りたいと思ったことはないけれど、この本をはじめて読んだあの時には、戻りたい。 基本的に文庫派のわたしですが、この本だけは、文庫ではだめです。 たいせつなともだちの出産祝いに、贈りました。 あの子が大きくなったら、読んで欲しいから。 そしてなにより。 自分の子供が生まれたなら、子供時代に、この本に、出会わせてあげたい。(gblily / 2006-01-16)
レビュー数 76
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平均点:5.0
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No.1-9
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モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語 (岩波少年少女の本 37) / レビュー総評点:192
『モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語 』で画像検索
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ASIN:4001106876 / 売上順位:2504
岩波書店(1976-09)
原著:Michael Ende/翻訳:大島 かおり/ミヒャエル・エンデ
¥ 1,785(中古:¥ 266)
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レビュー総評点:
192
モモと同じくらいの年に初めて読んでから10年以上。 読むたびに心に響くメッセージが増えていきます。 読めば新しいメッセージをもらえることがわかっているので、 何かに迷ったとき、必ずこの本を開きます。 最近私がもらったメッセージは・・・ 『本当にそうしたいのなら、待つこともできなくてはいけないね』 というマイスター・ホラの言葉です。 私の中でずっと大切にしているメッセージはベッポのこの言葉。 『一度に全部のことを考えてはいかん、次の一歩のことだけを考えるんだ。 すると楽しくなってくる。楽しければうまくはかどる。これが大事なんだ』 「モモ」は私の宝物です。(あやちょこ。 / 2004-03-31)
良い本は、読み手の力量と心の置き所に合わせ姿を変 える。この本もそんな一冊です。 この本での中心となる「時間」。 それは私にとって「お金」に置き換えられました。 「お金」のために働いていた時期がありました。 目標が「お金を貯める」ことだったんです。 お金が貯めることが目標で、そのお金を何にするかな ど考えていなかった。 いざ、貯まってみると、それをどうにも出来ない自分 がいることに呆れてしまった。そんな1年程前の私を 思い出します。 本当の自分がどこにあるのか。 本当の私の目的が何なのか。 本当の私の人生とは何なのか。 もっと、早くこの本に出合えていればよかった。 少なくとも、10年くらい前に読んでいればよかった。 でも、今読めてよかった。 これからの自分をじっくり考えることが出来る。 皆さんがこの本を読んだら、この本はどんな姿を見せ るのでしょうね。楽しみです。(日本一小さい歴史書店 / 2004-07-28)
貧しいが、のほほんとした温かい生活を送っている村人たちのところに、効率こそ大事だとささやきながら、無駄なことをどんどんやめさせようとする灰色の男たち、時間ドロボウがやってくる。 おっとりしたモモが、そんな時間ドロボウから奪われた時間を取り返して村人の生活を元通りにするために立ち上がるといったストーリー。 70年代に書かれた本であるが、時間に追われる現代人と資本主義の行く末を暗示するかのような世界観が描かれている。本当に大切なもの、幸せってなんなのか、そもそも無駄なことってなんなのか、 立ち止まってじっくりとそういうことを考えるべきときに感じるものがある本。 しかし、ミヒャエル・エンデがすごいのはもう一段上のレベルの概念、『時間とは意識である』ということを子供に語りかけるような言葉で説明しているところだと思う。 時間の国に住むマイスター・ホラがモモに語った言葉では、こうなっている。 「人間はじぶんの時間をどうするかは、じぶんできめなくてはならないからだよ。・・・・・時計というのはね、人間ひとりひとりの胸のなかにあるものを、きわめて不完全ながらもまねてかたどったものなのだ。・・・・人間には時間を感じとるために心というものがある。そして、もしその心が時間を感じ取らないようなときには、その時間はないもおなじだ。」
1・・2・・3・・という秒の単位は、あくまで物理的な計算を成り立たせるための原理原則として作られているもの。それを空間的に表現したものが時計である。 しかし、過去に起こったことを過去の記憶として整理し、今をとらえ、未来を想像することができるのは人間の意識がそのようになっているから。 逆に言えば、妄想の世界に生きている人、精神的に狂ってしまって、過去や現実、妄想の区別がつかない人には時間という概念が存在しないと言ってもいい。 実際、自分が体験として起こったことと、想像で考えたことって、意識の中では同じように存在しているはずだし、10年前の経験であっても鮮明なものは鮮明な記憶として存在しつづけ、1週間前の経験でも意識から消えているものは存在しないに等しいし、感じ方によっては10年前の経験よりも古い出来事に感じるかもしれない。 「時間とは意識だ」 という前提で『モモ』をもう一度振り返ってみると、 ・効率的な時間のすごし方 = 効率的な意識の持ち方 ・無駄な時間のすごし方 = 無駄な意識の持ち方 ・タイムマネジメント = 意識・心マネジメント というように言い換えることもできるのではないだろうか? つまり、 食事時間を節約するためにファーストフードで10分で食事を終えることは、 一見すると時間を節約しているように思えるのだが、 その10分が心・意識に残らない10分ならば存在しないのと同じ。 (体にエネルギーが注がれている点では意味があるが、意識のレベルでは無意味。) そういう時間のすごし方で30歳年を重ねたとしたら、 物理時間は節約できたかもしれないが、 意識のレベルでは何も残っていない。 しかし、食事に30分かけたとしても、記憶に残る食事を経験できたのであれば、それは意識を大事にできたということであり、つまりは時間を大事にしたということである。 意識があるからこそ、動物ではなく人間だといえるのではないか。だとすれば、心や意識を大事にして生きるって、もっとも人間らしく生きることの本質なのではないか、と思うのである。 経済活動、生命活動を行う上で忘れてはならないものだと思う。(GTL / 2009-03-15)
不思議な時間
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忙しくしていなければ、不安になってしまう全ての人に読んでもらいたい お話です。社会人になって当たり前のように感じてしまっている考えを 一度この物語を読んで、自分は何の為に日々忙しいんだろう?と素直にみつめ直すきっかけになると思います。僕は子供の時、この話に出会えなかったけど今の自分のタイミングにぴったりだったので是非大人の人に読んでもらいたいと思います。(きょらむん / 2001-11-15)
素晴らしいファンタジーです。大人もも子どももそれぞれの視点で楽しんで、感じることができるでしょう。 いつの間にか現れた女の子モモは、みすぼらしいけどみんなをいつの間にか温かくしてくれる不思議な力を持っています。そんな彼女のことが邪魔で仕方ない人たちがいるとは!「時間泥棒」=時間銀行の営業マンです。温かい人のつながりは、時間節約の大敵だったのです。 スピード化、効率化が叫ばれる現在、それこそ余暇までいかに早く、いかに合理的に時間を使うかばかり考えてしまいますが、本当の豊かさ、家族や仲間との大切な時間を失えば、何のために効率化しているのか、本末転倒になってしまうでしょう。 「灰色の男たち」は一方的に盗んでいくだけではなく、私たち自身が契約をしてしまっている面もあるのです。ひとりひとりが、本当に価値のあるものは何か、いつも考えることが、彼らと戦うことだと思います。 映画化されており、エンデ自身が脚本に参加しているだけあって、原作の雰囲気を再現しておりお薦め。冒頭でちらっと出演もしています。(Tack / 2004-02-02)
レビュー数 90
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平均点:5.0
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No.1-10
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タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫 SF 262) / レビュー総評点:50
『タイタンの妖女 』で画像検索
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ASIN:4150102627 / 売上順位:72088
早川書房(1977-10)
カート・ヴォネガット・ジュニア/翻訳:浅倉 久志
-(中古:¥ 403)
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レビュー総評点:
50
タイトルは安っぽいSF小説みたいだが、これはSFという形式を借りた哲学書であり宗教書である。ここには人類の 愚かしさや、人生の皮肉、哀しみ、そして、それでもなお生き続けることの意味、目的、すばらしさ、 といったものがベースのテーマとして流れている。 体裁は荒唐無稽のファンタジーSFであり、読者は、作者の奔放な想像力(空想力?)の中で主人公と一緒に 小突き回されることになる。 そして読み終えた時に残るのは、何とも表現の難しい寂寥感であり哀しさであり、あたたかさだ。 村上春樹の文体に影響を与えたと言われるカート・ヴォネガット・ジュニアが本人が一番好きな作品に挙げた 本作だが、本作はまた世間から非常な誤解を受け作者の不遇時代に一役買ってしまうという皮肉もあった。(大仏ブックス / 2005-07-04)
泣けた・・・
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偶然の一致かはたまた予定調和か・・・。深遠な近未来の世界に迷い込んで、その奇妙さに戸惑いつつも、ぐんぐん読み進んでしまった。宇宙空間へトリップしたい人、人間の悲しさ・素晴らしさを味わいたい人、その他諸々の人にぜひお勧めしたい。バクモンの太田氏には、紹介してもらったことを感謝したい。(holly / 2005-06-20)
約50年前に発表された本作は20世紀小説の大傑作。大富豪コンスタント氏が宇宙のさすらい人となり、太陽系の星を転々とし、最後に家族3人がタイタンに安住するが、そのタイタン到着までの悠久の人類史が遥かな宇宙旅行途中に円盤の故障でそこに不時着したトラルファマドール星人に部品を届けるべく同星人による干渉を受けた結果だった、という壮大かつ荒唐無稽な寓話。しかし、波乱万丈の生涯を余儀なくされたコンスタント夫人は、「だれにとってもいちばん不幸なことがあるとしたら、それはだれにもなにごとにも利用されないことである」という箴言を残す。ヴォネガットの哲学を示す何たる名セリフであることか。本書は、タイタンが舞台になって以降の切なくも美しく、作者の優しさを感じさせる終盤が圧倒的に素晴らしいが、そこに至るまでの展開にも、異星からの攻撃を受けて初めて一致団結する地球人の姿や徹底的に無関心な教会という架空の宗教に込められた現代社会への皮肉、時空を超えた存在という概念や人の人に対する博愛の象徴としての消防車賛歌といった後の彼の作品で繰り返されるモチーフが含まれている。感動の終盤では自身の生誕地という理由以外に何故著者がインディアナ州インディアナポリスにこだわるかもわかる。 ヴォネガットらしさは本作で開花した。以後、「母なる夜」、「猫のゆりかご」、「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」、「スローターハウス5」と秀作が続く。私の青春の愛読書だったが、20世紀米国小説の金字塔たる不滅の作品群だと今も確信する。なお、翻訳云々を指摘しているレビューもあるが、私は読みにくさを昔も今も感じなかったことを付言する。 それでは、単時点的な意味において、さようなら。(ともぱぱ / 2007-10-02)
SF界の革命児
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アシモフなどの古典SFを読んでSFだと思ってる方、一度この作品を読んでみて下さい。目からウロコがボロボロ落ちます。いったいこれはギャグなのか、マジなのか、壮大な宇宙観の中に展開される異様な出来事の数々。。。カート・ヴォネガット・ジュニアは天才なのかそれともただの気狂いなのか?。。。 時間等曲率漏斗の中に自家用ロケットで飛び込んでしまった男。残された夫人はある一人の男を呼び寄せる。不思議な現象で現れる消えた男からの予言。火星から水星へ、そこからまた地球へ、そしてさらに土星の衛星タイタンへ、なんのための旅なのか。一体どんな意味があるのか。。。 読み終えて思わずニヤニヤ笑っている自分に気がつくでしょう。(MYAN / 2000-11-05)
難しいです・・・でも
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今になってこの本が注目されているのは 爆笑問題の太田氏がTV番組などで絶賛 してるからです。本好きの彼への信頼は (特にリベラルな人たちに)根強いようです。 新堂冬樹も彼が書評で絶賛しかなり一般の 人にも知られるようになりました。 自身の事務所名の由来にもなってるそうです。 セカチューしか読まないような方にはとても 最後まで読みきれるとは思えませんが、時間と 心の余裕のある方にはお薦めです。(ろーちゃん / 2005-06-09)
レビュー数 44
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平均点:4.0
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No.1-11
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制作 (上) (岩波文庫) / レビュー総評点:10
『制作 』で画像検索
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ASIN:4003254554 / 売上順位:289050
岩波書店(1999-09)
翻訳:清水 正和/エミール・ゾラ
-(中古:¥ 1,603)
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レビュー総評点:
10
「居酒屋」「ナナ」でお馴染みの十九世紀のフランスの文豪、エミール・ゾラと近代絵画の祖と呼ばれるポール・セザンヌとが幼馴染で田舎の中学校では同級生だったとは・・・初耳であった。この小説はタイトル「制作」でも解る通り、当時のパリ市内の一角にたむろしていた、小説家、画家、建築家、彫刻家達いわゆる芸術家たちの青春期を描いた作品である。 主人公クロードは画家である。先に出てきた小説家志望のサンドースの近くにアトリエ付きのアパートを借りて絵の仕事にうちこむ。後に恋女房になるクリスティーヌとの、劇的な出会い。いくら描いても、落選してしまう、問題の「サロン展」の様子。幸い、皇帝の計らいで「落選展」に出品したものの大衆より「外光派」等と揶揄される始末。。。これはゾラ(小説ではサンドース)の自伝風物語になっているが、十九世紀に興った「芸術革命」の様子がつぶさに解る、素晴らしい作品である。(はけの道 / 2004-06-16)
レビュー数 1
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平均点:5.0
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No.1-12
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ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫) / レビュー総評点:120
『ドリアン・グレイの肖像 』で画像検索
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ASIN:4102081011 / 売上順位:16332
新潮社(1962-04)
翻訳:福田 恒存/原著:Oscar Wilde/オスカー ワイルド
¥ 620(中古:¥ 77)
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レビュー総評点:
120
随所に箴言のような深い洞察力に基づいたヘンリー卿の言葉が表れるのですがそのどれもが極めて興味深く、一度読んだら忘れられません。煙草と葉巻に関する見解を述べたりするのですが、お陰で自分までその世界に少しはまってしまいました。恐るべしヘンリー卿、いやオスカーワイルド!( / 2005-08-21)
怪奇な小説
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美しい青年ドリアン・グレイは画家バジルに肖像画を描いてもらう。肖像画は きれいなまま固定されるが、自分は老いて醜くなっていく・・・そのことを 悟ったドリアンは、絵のほうが変化して自分は変わらずにいられたら!と 願う。 それが叶ってしまう。バジルの友ヘンリー卿の快楽主義などに感化され、 恋人を捨て、人を殺し・・・堕落していくドリアン。しかしその罪は、全て 変化する肖像画が受け持ってくれるのである。いつまでも若く美しく 罪など犯さぬ人間に見えるドリアンの行く末は・・・? 怪奇的なストーリーと奥の深さで文学研究対象としても興味深い一冊。(romarin / 2002-12-17)
一体人の所業の善悪は、その人物の顔に表れるものなのだろうか。自分の身代わりとして悪事と年を重ね醜く変化する肖像画を持ってしまったばかりに、純粋無垢な心を持った美しき青年が、いとも感嘆に醜悪に堕ちていく様は先に読み進むのを躊躇した。 一番の呪わしいものはドリアン・グレイか、その完璧な肖像を描きドリアンを崇拝するが故に忌まわしい願いをかけさせてしまったバジル・ホールウォードか、ドリアンに吹き込んだヘンリー卿か。一番の被害者はなどと考えながら読んでいるとその答えを出すことが、自分の中の善悪と華麗で美しいものたちへの偏見に満ちた感情を目のあたりにされそうで怖い。 最初の1ページから、装飾おびただしい描写に少々辟易した。ドリアンが没頭するイギリスや古今東西(日本のものもあり)美術・芸術・人物に対する執着を延々と描写しているのには、あんまり理解できないこともあり、飽きてしまったがこの作品の背景に必要だと最後には納得。ほとんど会話だけで占められ、人物描写が極端に少ない場面でも不思議と登場人物たちは無表情に陥らない。ヘンリー卿が自分で言うような逆説に満ちた解釈を聴くドリアンの、風に揺れる金髪とひそめた眉が浮かんでくように、文章に色彩が感じられて華やかな反面、凄惨な場面では血の色が生々しい。 冒頭の書き出しにげんなりして飛ばし読みを始めた私の行動と感情を、初版発行の昭和37年解説者佐伯彰一氏に、見事に言い当てられ、実にありきたりな読者である自分に赤面。バジル・ホールウォード氏の「画家の序文」、『すべて芸術はまったく無用である』と述べたオスカー・ワイルド自身の「序文」、「解説」が、本文に負けず興味深い。(ゴン狐 / 2005-10-17)
美(醜)に関する徹底した探求、文章の可憐さ、迫力、洞察力の鋭さ、 そして内容がミステリアスで非常に人間の願望をくすぐる上手さ。 ワイルドという人間の魅力がつまっているお薦めの一冊。 美しい青年につきものの野心とか、 美しいものに魅了され支配されてしまった人間の愚かさとか、 無垢な青年の心に感化を与え、快感を感じる知識人と貪欲さとか、 三者三様の人間の性が読み手の心を興奮させてくれます。 読書、いや言語が快楽であることを感じさせる秀作です。( / 2003-10-20)
まず、最初に、この本のカバーの後ろに書いてある作品紹介を絶対読んではいけません。作品の結末まで全部書いてます(アマゾンの商品説明にも同じ内容が書いてます)。またこの本の“解説”にも小説の結末がしっかり書いてあります。この小説は、サスペンスもので、結末が分かってしまっては興味が薄れてしまいます。ブックカバーで推理小説の犯人を教えているようなもので、出版社には、猛省を促します。この小説は、当時、内容が、快楽至上主義であるとか同性愛を思わせるとかの理由で保守的な論評からは徹底的に糾弾されたとのことである。しかし、主人公は反面教師的に描かれており、その快楽を求める行動は決して肯定されていない。その一方で、ドリアンの友人であるヘンリー卿には、鋭い保守層への批判が込められた警句を発せさせている。ワイルド本人はこの小説はモラルを描いたものである、と語っていたようであり、コナン・ドイルやイェーツらは、早くから、この作品を高く評価していたということである。ドリアンの肖像画が、本人の良心として、常に登場しており、決して快楽なり芸術を、モラルや良心の上に置いた小説ではない。良心との葛藤を描いた素晴らしい作品である。(荒野の狼 / 2007-01-08)
レビュー数 16
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平均点:4.5
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No.1-13
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ワット / レビュー総評点:20
『ワット』で画像検索
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ASIN:4560047316 / 売上順位:428036
白水社(2001-10)
翻訳:高橋 康也/サミュエル ベケット/原著:Samuel Beckett
-(中古:¥ 4,194)
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レビュー総評点:
20
「象徴の意図されざるところに象徴を見るものに禍いあれ」という謎の呪詛で終わるこの本は、おそらく現代小説の最高傑作だろう。とはいえ、傑作だからスリルや感動を与えてくれるというわけでもない。正直にいって、おもしろくはない。ジョン・ケージの音楽が音階とは無縁であるように、ベケットの「ワット」は感情の起伏とは無縁だ。 ベケットはわざとつまらない些事にこだわっているようにも見える。どこまでごだわって見せるか、それが勝負どころなのだ。また、ベケットは決して何かを断言したりはしない。作者が作中人物について確たることを言えるはずがないからだ。トルストイやバルザックたちが完璧な小説を書くことのできた、そんな牧歌的な時代は終わった。作者が偉そうに(あたかも神のように)注釈をくわえることなど、ベケットにはあまりにおこがましくてできそうにない。 その代わり、不確かなことは不確かだと猫出する率直さくらいは持っている。あっちへふらり、こっちへふらり。ああでもなく、こうでもない。恐ろしいほど回りくどく、恐ろしいほど退屈だ。その結果、「ワット」という、読者からのどんな共感や意味づけからも自由な、奇跡としか言いようのない、美しい本が今私たちの手の中に残った。この小説に果敢にも挑む、辛抱強き読者がひとりでも多くあらんことを! (金子書店 / 2001-12-26)
徹頭徹尾合理的な叙述を展開することで、かえって狂気とユーモアを誘います。読んでいてクツクツと笑いがこみ上げてくるような本です。はっきりいってイカれてますが、日本の小説のように暗さがないところが印象的でした。明るいからこそ絶望的なのかもしれませんが。順列組み合わせによる文章があほらしいほど続く、とってもキュートな本です。 ベケットの小説のなかで一番読みやすい本でもありました。(サークルフラット / 2004-02-15)
一時期ベケットの小説や戯曲を漁っていたのですが、この本が一番面白く 感じました。順列組み合わせによる無意味な文章の羅列が今まで経験した ことのない笑いを誘います。イカれてる部分もありますが漱石みたいな暗さ がないです。明るいからこそ破滅的なのか・・・! 違うと思う。 徹頭徹尾理詰めで展開される世界。 チェス 合理世界の果て。 読みやすさもベケットの小説のなかでは一番でした。(サークルフラット / 2004-02-15)
レビュー数 3
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平均点:5.0
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No.1-14
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夜の果てへの旅〈上〉 (中公文庫) / レビュー総評点:107
『夜の果てへの旅〈上〉 』で画像検索
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ASIN:4122043042 / 売上順位:56465
中央公論新社(2003-12)
翻訳:生田 耕作/セリーヌ/原著:Louis‐Ferdinand C´eline
¥ 880(中古:¥ 750)
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レビュー総評点:
107
絶望の果てには奇妙な快楽が潜んでいる。 それに気づいている人は少なくないのだが、 それを追求するだけの勇気と機会と才能を持った人は極僅かしかいない。 セリーヌは、幸か不幸か、その全てに恵まれていた。 この『夜の果てへの旅』には特に気に入った一節があるのでここで紹介したいと思う。 セリーヌを手に取るほどの人ならきっと共感してくれるだろう。 「完全な敗北とは、要するに、忘れ去ること、とりわけ自分をくたばらせたものを 忘れ去ること、人間どもがどこまで意地悪か最後まで気づかずにあの世へ去っちまうことだ。 棺桶に片足を突っ込んだ時には、じたばたしてみたところで始まらない、 だけど水に流すのもいけない、何もかも逐一報告することだ、人間どもの中に 見つけ出した悪辣きわまる一面を。でなくちゃ死んでも死に切れるものじゃない。 それが果たせれば、一生は無駄じゃなかったというものだ」(ランダロンダ / 2007-09-20)
たぶん人間には超えてしまったら戻れない「一線」みたいなのがあって、その向こうがおそらく「果て」なのだと思う。 文章中に時折出てくる「果て」のフレーズはどれも、深い森の奥から聞こえてくる嘆きのようにじわりと重く響く。 主人公とその友ロバンソンは、生涯かけてその一線の淵をさまよい歩く。 人生という夜の中、一箇所にとどまれない放浪者が、果てを見すえつつ旅をしている。 一線を越えるか超えないかの話といい、アフリカという舞台といい、なんだかコンラッドの「闇の奥」を思い出すところがある。 戦争を否定し、偽善を否定し、友も家族も愛も嘘だとはねつける。 ある意味、正直で潔癖なのだろう。 だけど否定ばかりのその先には、いったい何が残るのか。 わかるけど共感したくはないなと思う自分は、精神的に健康なのか、それとも偽善に毒されているのか。 あるべき姿、希望はこの本にはない。 だからこそ、ある意味では普遍的だといえるのかもしれない。 印象として、夕闇に沈む光景のような本。 後ろには町の光があるのに、自分は光のない道の先ばかりを見てしまう。 その姿は虚しく、そして物悲しい。(ビイハヴ / 2007-08-22)
退屈とは無縁。
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この本のイントロダクションと表紙を眺めると、「いやぁ、コイツは相当にヤバそうだなぁ」と思われるかもしれませんが、実はそうでもなくって、非情に文体も物語の構造も分かり易く、恐いとか辛いというよりは、カッコいいという印象の方がずっと強い作品でした。上下巻合わせて約800ページの長篇ですが、飽きないし、疲れないし(文字を読むという意味では)、ストーリーを見失わないし、素晴らしい出来だと思います。 この物語は100%自伝的に書かれているのですが、セリーヌは自らの失態・カルマ・堕落の数々を余すことなく暴露します。いやむしろ、誇大に自らの汚さ、人間の汚さを着色している節さえあり、もちろんそれは悪者になりたいというような子供臭い目的でそうされたものではなく、それが彼にとってのリアリティーであったのであろうと読み手に共感を感じさせる、かなり異質タイプの作品だと思います。不思議と、あまり気分のいい話を聞かされているわけではないのに、読んでいてどっと落ち込むような気にはならず、むしろその人間臭さに手を叩きたくなるような体の物なのです。 まるでフランスのアングラ映画的ストーリーで、例えば日本で言うなら若かりし頃の大島渚タイプの映画監督などがこぞって映画化しそうな美しさで、とくにラストの車中での発砲の場面などは古典的な文学スタイルとは一線を慨しています。この作品を読むと、国内外の幾人かの作家がここからかなり影響を受けていることが見て取れます。公式に公の場で語り継がれるような名作とは対極にありながら、その存在感は決して今後数十年では色褪せないと確信させられます。(★くん / 2005-03-04)
10代の終わりに読んだとき、一字一句から溢れ出る叫び声に煽られ、わけもわからず茫然とした記憶があります。 今、たっぷりと年くって読み返すと、育ちのいいとても真面目な青年から流れ出た一篇の詩のように思えます。事実、どの頁でもいいのですが、その一区画を切り取り、句点毎に改行して読んでみますと、詩そのものです。第一次大戦に参戦したランボーのようでもあり、あるいは、挿話毎に小まめに標題をつけていけば、ボードレールのパリの憂鬱となります。 ここに詩とは、言葉の音楽です。本書から、偽悪的臭いを拭い去れば、聞こえてくるのは快適なリズムであり、転調による不意打ちです。本書が真性の文学たる由縁です。 なお、翻訳が大変優れているように感じます。多分、打てば響く関係にあるのでしょう。随分な財産を残して頂きました。感謝いたします。 (アバ / 2010-01-20)
俗語・罵倒が大量に導入されておりますが、それをスピード感を失わせずに文章に封じ込めるのは、 並々ならぬ繊細な神経の持ち主であったことの裏返しでしょう。 上下巻読みとおしましたが、分量的に下巻は冗長に感じてしまいますが、 (そのくらい上巻のラストの駅での別れの描写は美しいのですが。) この美しい作品を日本に知らしめた生田耕作先生にあらためて、感謝せねばなりません。(verfallen / 2009-10-20)
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平均点:5.0
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No.1-15
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肉体の悪魔 (新潮文庫) / レビュー総評点:23
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ASIN:4102094024 / 売上順位:32868
新潮社(1954-12)
ラディゲ/翻訳:新庄 嘉章
¥ 420(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
23
恋愛の始まりから終焉までの心理を克明に綴るが、比較に挙げられるコンスタンの『アドルフ』より数段おもしろい。恋愛心理にとどまらず、人生の考察として普遍性を保っている。文章は箴言の連なりに近く、知らなかった真実をいくつも知らされる感がある。同時収録の「ペリカン家の人々」はまた違ったすがすがしい魅力で、そのまま上演してみたい小品である。この鬼才の生涯の短さをつくづく残念に思う。(桜井あきら / 2001-06-02)
とても好きな小説です。 まずこれを書いたラディゲの年齢に驚愕です。非常に老成しています。 恋愛心理を冷静に解剖していく筆さばきはすばらしい。 フランス文学の美しい流れの中に位置する作品なのではないでしょうか。 その冷徹さの中に、なんともいえぬロマンと切なさを、私は感じました。 若い男の残酷さと純粋さ。恋の結末の哀れさが、なんとも言えませんでした。 題名をちょっと扇情的に感じる方もいるかもしれませんが、 緻密に織り上げられた美しい織物のような品のよい小説です。 (夜半の月 / 2005-12-29)
ラディゲは16〜18歳の時期にこの作品を書き上げ、20歳で夭折した。作者は「偽りの自伝」という言葉を使ってこの小説がフィクションであることを主張しているが、やはり自伝的色合いは濃いようである。 また、その若さが文壇でセンセーショナルに扱われることを指して“美しい日の夕べにその日の暁を語る力強い魅力を非難はしないが、夜になるのを待たずに暁を語る興味も決して小さくはない”と語っている。 戦時下という状況を思えば、やみくもな愛に走る心理も想像できるが、その幼い愛はあまりにも痛々しい。 精神性と肉欲が渾然一体となり、手綱を握っていたつもりがいつしか彼(主人公)自身が引きづられて行く。 さらに、嫉妬や保身が絡み合い、物語は迷走する。 しかし、一見平凡な恋物語も、例えば時代であったり、年齢といった条件が違えば別の幸福な物語や笑い話のひとつになっていたかもしれない。 その小さな条件という歯車がピッタリと合ってしまったことが最大の悲劇であり、それを寸分の破綻もなく描ききることができたのは、やはりそれが“夜を待たずに語られた”からではないだろうか。(Justin / 2005-12-29)
三島由紀夫が自身の著作「盗賊」について「自分はラディゲを目指したが、そ の無惨な結果がここにある」と述べていたが、わざわざ彼(三島)の言を待つ までもなく、“人の心”の何万色ものキモを寸分違わず把握し、それをいとも 簡単に、且つ簡潔に表現する様は、まさに“天才”の為せる技。 本書のストーリー自体は、個人的な思い入れを除けば特筆すべきものは無いが、 兎にも角にも、透明・鋭利な氷の様な表現力、文体に恐れおののくのみである。(nostalghia / 2007-03-17)
読み終えた今、なぜこの小説を16、17の若さで書けたのか不思議でなりません。 作者の執筆時と同じ年代のお話なのに、こうも冷静に思春期を見つめられるその落ち着きが信じられなかったです。 けれど、現役だったからこそ、新鮮で妙に生々しい青春を「肉体の悪魔」で表現できたのだとも思いました。 ツルゲーネフの「はつ恋」が純な恋だとすると、こちらは少し昼ドラチックな感じです。 本当に、ラディゲの生涯は惜しいと思いました。 もし、晩年にもう一度青春小説を書いてくれていたら、現役とは違った、回想の中での青春小説を読めたのに、と。(ayano / 2006-05-12)
レビュー数 11
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平均点:4.0
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No.1-16
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ラピスラズリ / レビュー総評点:74
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ASIN:4336045224 / 売上順位:9817
国書刊行会(2003-10)
山尾 悠子
¥ 2,940(中古:¥ 2,478)
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レビュー総評点:
74
待望の新作。
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硬質の作品世界で多くの幻想文学ファンを魅了する 著者の放つ最新連作長編。 3枚の絵から広がる小世界の解体に至るまでの過程を 筆者ならではの文章で描かれていきます。 今、読んでいるとき、違う場、違う時間を感じさせてくれる 作家がどれだけいるのだろうか。 <この世ならぬ場>の美的定位に、この作家は成功している。(sugiyama_atusi / 2003-10-14)
真の幻想小説。二百五十ページと短いものの、この装丁と内容のすごさから、2800円もなんのその、という感じである。 どういう想像力をしているんだ、と思わず呻ってしまうほどの強烈な幻想性を発揮させた連作短編。その真髄は本書を読んでくれ、としか言いようがないが、まったくもって凡百の小説とはレベルが違いすぎる一品である。 この会話のセンス、計算されつくされた神様視点、そしてそして、この文章。何をどうこねくりまわしたらこんな美しい文章が生み出されるのでしょうか。(するめいか / 2007-01-06)
連作という形式の魅力が真に発揮された傑作。 後半の「トビアス」、ラストの「青金石」で物語は信じがたいほどの高みに昇華します。この水位の変化には、目を瞠りました。 これほどのことを、言葉がなしうることができる。「小説」というものの可能性、「山尾悠子」という作家の技にひれ伏すばかりでした。 本屋で、他のクズみたいな本の隣りに置いてほしくない、というのと、 背表紙が固くて、読んでる最中開きにくい、というのだけが問題です。 あとはべタボメしかできません。(chino108 / 2005-06-07)
レビュー数 3
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平均点:5.0
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No.1-17
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シャルビューク夫人の肖像 / レビュー総評点:34
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ASIN:4270001348 / 売上順位:387320
ランダムハウス講談社(2006-07-20)
翻訳:田中一江/ジェフリー・フォード
-(中古:¥ 315)
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レビュー総評点:
34
あまり翻訳物の小説を読まないのですが、美しい装幀につられ読みました。面白かったです。 魔術や狂気、幻想といった言葉がまだ残る19世紀末のニューヨークが舞台。屏風越しに語りかけてくる夫人の話から肖像画を描くという依頼を請け負った画家に降り掛る狂気を描いていきます。 屏風の向こうの夫人はどんな人物なのか、どんな過去を持つ人物なのか。それを追いながら物語がまわります。主人公が混沌の中に引き込まれていくように、読んでいる自分もぐいぐいと物語の中に引き込まれていきます。物語に力があります。 そしてフィナーレへ。謎の霧は晴れて行くのですが、ご都合主義でもなく、時代が持つちょっとした狂気を残したまま物語は終わります。そのエンディングもとても好ましく感じました。 シャーロックホームズのドラマのような香りを醸し出すような作品でした。(moritats55 / 2006-09-25)
思わせぶりなジャケットが気になって、手にとってみると、あの山尾悠子訳で話題になった『白い果実』と同じ著者でしたー!! 舞台は19世紀末のニューヨーク。主人公の売れっ子肖像画家ピアンボは奇妙な依頼を受ける。依頼主はシャルビューク夫人。初めての訪問の折、「われわれはなぜ屏風越しに話しているのか教えていただけませんか?」と問う画家に、「あなたに顔をお見せするわけにはいかないからですわ」と夫人はのたまう。夫人の顔を見ることなく、屏風の向こうから夫人が語る過去の物語と声だけで肖像画を描き、見事成し遂げれば、法外な報酬を約束する。この難題を挑戦と受け止めたピアンボは、まんまと罠にはまり込み……おっとっと、というお話。 画家の野望と破滅といえば、やはり実在の画家が散りばめられたバルザックの短篇「知られざる傑作」(映画「美しき諍い女」の原作!)が有名ですが、本書の語り口はかなり幻想的。とはいえ、『白い果実』に比べると、時代背景や事実とおぼしきことも散りばめられ、物語の作りのおもしろさという点では、「50%増量」って感じ。作者の語りの中に、謎の貴婦人の語りが重層的に響きはじめると、もうたいへん。読者はピアンボと同様、まんまと罠にはまります。ジャケットと端整なたたずまいの装幀を裏切らない、本好きにはたまらない一冊でした。 (LOVE★ASH / 2006-07-21)
シャルビューク夫人の語る物語を軸にストーリーが展開されるが、幻想小説初心者の自分にはホラ話か真実かわからない与太話の続く前半は読むのがきつかったが、後半になるとがぜん面白くなった。 といっても、前半部分なしではこの小説の面白味は失せる。前半のぐだぐだした部分を我慢して乗り越えたものだけが読後の喜びを味わえる。読み始めたら躊躇わずに一気に読んでしまおう。(kise / 2007-02-24)
これはすごい! 雰囲気のある装丁に、思わずジャケ買いだったが、 久しぶりに読んで得したと思える作品だ。 天才画家が「姿を見ずに肖像画を描く」という奇怪な依頼に翻弄され、虜になっていく話。その着想自体はミステリだが、夫人の語る嘘か本当か分からない物語は幻想的で、妖しい世界観を見事に醸し出している。 『香水』が好きな人には絶対にお薦めする。 今年の、いや、数年来のベスト作品だ。これぞ小説の醍醐味! (はる / 2006-07-24)
いい小説だ。読み終えるのが惜しいと思わせる本に出会ったのは久々だ。 入手したときにすぐに読むべきだった。 というのも、年を越してしまったので、年末のアンケートにこの作品を入れることができなかった。かえすがえすも残念。 一応、合理的な「落ち」は用意されているが、やはりこれは幻想文学として読むべきでしょう。 映画にしたら、面白いだろうなあ。監督は大変だろうけれど。 (むじな丸 / 2007-03-07)
レビュー数 11
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平均点:4.5
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