リスト:リチャード・ドーキンス 〜神としてのDNA を表示しています。(全 8 件)

読み込み中・・・
No.1-1
▼
延長された表現型―自然淘汰の単位としての遺伝子 / レビュー総評点:25
『延長された表現型―自然淘汰の単位としての遺伝子』で画像検索
|
ASIN:4314004851 / 売上順位:129507
紀伊國屋書店(1987-07)
著:リチャード・ドーキンス/著:遠藤 彰/日高 敏隆/著:遠藤 知二
¥ 3,675(中古:¥ 1,250)
|
レビュー総評点:
25
本書はドーキンスの著作の中でも群を抜いて難しい。他の著作と同じ感覚で読み始めると、その専門性の高さに面食らってしまいます。数学モデルこそ使われていませんが、内容は専門書レベルと言っていいと思います。著者自身まえがきで断っている通り、 「…おもに想定している読者は、…進化生物学者、動物行動学者や社会生物学者、生態学者、…哲学者や人文科学者であり、…これら全学問分野の大学院生や学生たちを含んでいる。…読者が進化生物学とその学術用語についての専門的知識をもっていることを前提にしている。(p5)」 私は大学教養レベルの生物学は一応こなしていたし、「利己的な遺伝子」も読んでいたけど、初めて本書を読んだときには何が書いてあるのかほとんど理解できず、途中で放棄してしまいました。後に進化生物学関連の書籍を読み漁り、再度チャレンジしてようやく読み通すことができました。 内容は最初の10章分(約360ページ)が言わば“前置き”で、「利己的な遺伝子」に寄せられた批判に対する反論のため、より詳細で高度な議論を展開している、といったところ。残りの4章分(約130ページ)が主題となる「延長された表現型」に関する議論で、要は遺伝子の表現型というものはその“個体”には限定されず、その外部へも拡張されうるということです。 「利己的な遺伝子」の第二版以降には、この「延長された表現型」のエッセンス部分が新たな章として追加収録されているので、そちらを読んでおけば一般読者としては十分でしょう。学者でもない者があえて本書に手を出す必要はないと思います。もちろん読めばとても勉強になるし、他の進化生物学関連の本を読むときに、辞書的に参照するという使い方もあると思います。しかし、とにかく難しいということだけ…。ちなみに訳は悪くありません。 (ali-shara / 2008-04-27)
神はいない!と最近断言された著者、そういう結論に導かれる道筋の一端が既にこの著者初期の著作の中に現れている、とも思いながら読ませて頂きました。 かなり専門的な内容もあり、生物学の教科書を時々確認しながら読みました。生物個体とは、遺伝子DNAが次世代に引き継がれ生き延びるための”機械”にすぎない、という「利己的な遺伝子」の考え方の上に、そのDNAから”延長された”表現型として、生物個体があり、様々な振る舞いがある、という主張が様々な例を引きながら述べられています。本書の一番最初に出てくる「ネッカーキューブ」の如く、生物に対して、遺伝子に対して、様々な見方があるものだ、と関心させられます。 中盤で、自然淘汰、という言葉に対して「適応度」という言葉がいかに様々な意味に捉えられるか、が述べられていますが、私にはこの言葉、1990年代に出た「複雑系」「複雑系と自己組織化」理論を連想し、生物個体、遺伝子など、この複雑系そのものだな、と考えたりいたしました。 そして最終的な結論「生物体を再発見する」で刺激的な主張が続きます。例えば著者独特の主張”発現している生物個体のためではなく、遺伝子自身のため、遺伝子の分子配列のため、に進化している”(308ページ)とか”多くの細胞からなる体は一個の細胞からなる繁殖子を生産するための機械である”(492ページ)という主張は本当に刺激的です。賛否両論あると思いますが、私にはとても重い問いかけに感じられました。生命観、ひいては”私とは何か”という哲学的問題を内在させているように想うのです。(富士川河口にて。 / 2008-05-24)
利己的な遺伝子は、細胞・成体メカニズムを通して、本能によって自然界に影響を与え、 かつ各生命によって影響を受けた自然界から、また影響を受けながら自然淘汰によって進化している、という内容の書籍。 ネオ・ダーウィニズムを批判するひとがよく使う「偏狭な遺伝子決定論」ではありません。 ちゃんと自然環境との相互作用を展開しています。 遺伝子⇒成体⇒行動⇒環境⇒行動⇒淘汰⇒遺伝子というサイクルが見事に描き出されています。 ネオ・ダーウィニストの必読書であると共に、環境論者の必読書でもあります。「利己的な遺伝子」よりもドキドキワクワクします。 本書が入手しづらい状況であるのは、非常に残念に思います。 (“脳と生命の科学を経営に活かす” / 2005-12-20)
あたしは文系人間だけれども、数式のない科学の本を読むのが、(特に生物学!)好き。ドーキンスの著作は当然(?)「利己的な遺伝子」ではまってしまった。本書も「利己的な遺伝子」に負けないぐらい知的スリリングに満ちていると思うなあ。「ブランド・ウォッチ・メイカー」のように理詰めで説得するという内容ではなく、好感が持てた。 ただし、生物学の世界をちゃんと心得ていないと読みにくいのではないか? 巻末に用語解説のようなものがあるので、通読するといっても常に用語解説を見ながら、読み進めていった。なのであまり気軽に読めるという代物ではないんじゃない? まあ別の見方をすれば、ベストセラー狙いじゃなく、ドーキンスの生物学に対する真摯な姿勢が読み取れる。( / )
レビュー数 4
[amazonでレビューを書く]
平均点:4.0
|
No.1-2
▼
利己的な遺伝子 <増補新装版> / レビュー総評点:74
『利己的な遺伝子 <増補新装版>』で画像検索
|
ASIN:4314010037 / 売上順位:3647
紀伊國屋書店(2006-05-01)
翻訳:垂水 雄二/翻訳:羽田 節子/リチャード・ドーキンス/翻訳:岸 由二/翻訳:日高 敏隆
¥ 2,940(中古:¥ 2,199)
|
レビュー総評点:
74
ダーウィン進化論の核心である自然淘汰の原理を、淘汰の単位は遺伝子であるという観点から、 具体的な生物行動を例にあげて徹底的に考察した渾身の大作である。 初版30周年を記念して出版された増補新装版であり巻末の補注が多く分厚い。 作者は、生物個体とは利己的な遺伝子に操作された「生存機械」であると言い切る。 その視点から、これでもかというほど具体的な生態例をとりあげ、 数式を使わずに利己的遺伝子論の有効性を丁寧に立証していく。 後半あたりになると少し込み入った話になるが、根気良く読んでいけば十分理解は出来る。 長いので集中力を維持するのが大変だがあせらずじっくり読むしかない。 ただ、原文が元々そういう性格なのか、訳に所々まずいところが見られ読みづらさを覚えた。 追加された章については、 12章は「囚人のジレンマ」を例に簡単なゲーム理論の紹介があり興味深い。 13章は同じ著者による「延長された表現型」の要約で、利己的遺伝子論の拡張部分である。 なお、「natural selection」の訳を「淘汰」としている点がまずいとの指摘があるが、 この点については訳者はあとがきで、「自然淘汰の過程で生き残る」という意味で使ったと 注意を促している。つまり、「Aが淘汰される」とは「Aが淘汰の結果の生き残る」という意味である。(柿の種 / 2007-03-08)
30年経っても色あせない科学書は大変珍しい。本書の出版と同時に「科学者はどのようにして私たちの考え方を変えたか?」というドーキンスをテーマにした26人の科学者によるエッセイ集が出版されたが、そのことからも本書の影響力の大きさが伺える。 本書はしばしば時代遅れだ、古すぎるなどと批判される。確かに本書を読んだだけで進化生物学を理解したと考えるのは間違っているが、本書が時代遅れだという批判も同じくらい間違っている。というのも、本書が紹介している自然選択のメカニズム、種の保存論の誤り、血縁選択、互恵的利他主義、ESSと言った概念は現代的な進化生物学の中核をなしているためだ。現代的な理論物理学を学ぶにはニュートン力学の理解を避けて通れない。ニュートン力学が時代遅れだ(から学ぶ必要はない)などという批判が馬鹿げているのと同じように、進化生物学でそれらの概念が生き続けている限り、本書も素晴らしい入門書、概説書として生き続けるはずだ。 また本書は科学書であるだけでない。著者にはそのつもりはないかも知れないが、結果として哲学的な問いかけも行っている。生物の存在や進化に究極的な意図や目的はないこと、種の保存のためという論理はかなり大きく誤っていること、家族をいとおしいと思ったり手助けをしたくなる感情は当たり前なことではなくて、説明が必要な(そして説明されている)自然現象だと言うことなどだ。非生物学者の読者にとっても、決して答えが見つからないだろうと思われがちな深遠な疑問や、疑問にすら感じないような当たり前のことを、論理的に深く考えるきっかけを与えてくれるだろう。(いとみみず / 2008-11-04)
本書において人の進化は、 gene(遺伝子)とmeme(文化)という2つの自己複製子の相互作用によって起きたと既に提唱しています。 また、geneだけの進化が30億年続いた後、memeが人という種にとって重要な自己複製子となったことから geneが「年代的」に先にあると言っています。 更に、geneは組み替えやエラーなどの突然変異と、そのときの「環境」による淘汰の結果、現在に至っていると言っています。 本書初版が世に出たあと、衝撃的なタイトルにより様々な批判がなされました。 社会科学系全般と、神の存在を否定したくない自然科学系からの批判がこれに相当します。 自然の驚異を理解したくない人、自然を管理できると信じている人、自分の職が無くなる心配をした人が批判しています。 本書を熟読すれば、それらの批判のほとんどが的外れだといえます。 その後、遺伝子と環境との相互作用は、 生物学者のスチュアート・カウフマン、物理学者のマレイ・ゲルマンらによって展開されている複雑系理論により補強されています。 また遺伝子と文化との相互作用は、 脳科学者のアントニオ・ダマシオ、ジョセフ・ルドゥーらによって、脳機能の発達形成と情報処理との関係で補強されています。 社会科学と自然科学の一部では、未だに根拠の薄い反駁を行っていますが、 ドーキンスの理論にまともに太刀打ちできるものはありません。 特に社会科学は進化理論を踏まえなければ、まともな問題解決はできません。 進化理論の基本は本書にあります。 30周年記念ということでもありますので、 この機会に手にとって熟読されることをお薦めします。(“脳と生命の科学を経営に活かす” / 2006-05-08)
文系にも
|||||||||||||||||||||||||||
身近な例を挙げて遺伝子の性質を説明してくれているので、たいへんわかりやすいです。 生物の知識がない方でも大丈夫。 30年経っても内容が古びていないのは、普遍的な話が綴られているから。 この本の内容を友人に話したところ、生物にまったく興味がない人も興味を持ってくれました。 文系にもお勧めできる一冊です。(真心 / 2006-11-08)
確かドーキンスだと思うが、別のところで 「進化論は誰でもちょっと努力すれば理解できるくらいシンプルだが、理解したことを他の誰かに話さずにいられない程度には難しい」 と言っていた。なるほどその通り、本書はすらすらと読めるほど簡単ではなく、 かみ砕いて理解しようとすれば何ヶ月もかかるが、そうしたくなるだけの面白さを持っている。 本書が述べていることは、進化論全般ではなく、 「自然淘汰が働く実質的な実体は種や個体ではなく遺伝子であること」と 「個体が利他的に振る舞っても、実はそれは表面的なもので、実質的に自分自身に利益があるのだ(利己的なのだ)」ということ。 進化論の概要を知らなくても読める程度にやさしく書かれてはいるが、さきに概説書などで進化論の概要を知っておく方が読みやすいだろう。 で、ハチの話。自然淘汰で説明できるというのは実は説明になっていない。 現生の生物は全て自然淘汰を受けて残っているわけだから。 なぜハチが(自分自身では子供を作らず、母の手助けに全人生を費やすかという) きわめて強い利他性を発揮するかという問題には個別の解説が必要だ。 生物が持つ一つ一つの性質にはそうやって個別の説明が必要なのだ。 それを簡単に述べたのが本書の10章。 つまり、自分で子供を作るより母にもっと産ませる方が (働きバチの中の遺伝子としては)より都合が良いのだ、と言うこと。 母の手伝いは利他的ではなく純利己的な行動なのだ。 人間の娘が母の家事の手伝いをしてお小遣いをもらう、のようなことよりももっと直接的に自己の利益になるのである。 そして同じように群れを作るハチでも、それぞれの生殖習慣によって働きバチの振る舞いが若干異なること、 また群れの中で(繁殖的な)主導権を握っているのは女王蜂ではなく実は働きバチなのだと言うことも明らかにしている。 利己的と言う言葉は大変誤解しやすく、読んでいても混乱することがある。 しかし他に適当な言葉はないし、しっかりと意味をつかむことが出来、理解できたときの喜びは何事にも代え難い。(げるやん / 2007-05-17)
レビュー数 17
[残りも全部見る][amazonでレビューを書く]
平均点:4.5
|
No.1-3
▼
ブラインド・ウォッチメイカー―自然淘汰は偶然か?〈上〉 / レビュー総評点:224
『ブラインド・ウォッチメイカー―自然淘汰は偶然か?〈上〉』で画像検索
|
ASIN:4152078111 / 売上順位:307289
早川書房(1993-10)
翻訳:中嶋 康裕/リチャード・ドーキンス/翻訳:疋田 努/原著:Richard Dawkins/翻訳:遠藤 彰/翻訳:遠藤 知二
-(中古:¥ 389)
|
レビュー総評点:
224
説得される快感
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
名著「ブラインド・ウォッチメイカー」の改題新装版。 生物の持つ複雑で見事な適応を説明できる唯一の理論が自然淘汰説だけであることを実に解りやすく、実に丁寧に、実に説得力を持って示す手腕にはただただ舌を巻く。 なんとなく「自然淘汰って間違ってるんじゃないの?」と思っている人もこれを読めばたちまち熱狂的なネオ・ダーウィニストに転向するだろう(私がそうであった様に)。 神による創造や根強い人気を誇るラマルキズムを正面から粉砕し、それらが実際問題として間違っているだけでなく、そもそも論理的にありえないことを指摘したくだりは美文とあいまって圧巻。 旧版の帯には「ダーウィン進化論の理論的到達点」、ある本のコメントには「説得される快感を味わわせてくれる」とあったがこれらの言葉に嘘はない。(のづち / 2004-05-06)
ドーキンスは前著「利己的な遺伝子」と「延長された表現型」で、“個体”中心の進化観から“遺伝子”中心の進化観へのパラダイムシフトを提案してきました。しかしこれらの著書では読者が前提としてダーウィン進化論を受け入れていることが想定されているようで、門外漢にはよく理解されなかったのではないかと思います。 そこで、一般読者を対象に「ダーウィン進化論」そのものを解説する、という趣旨で書かれたのが本書です。生物の複雑な適応的デザインの進化はダーウィン的な累積淘汰でしか説明できないことを、圧倒的な説得力をもって解説していきます。原書出版から20年を経ても、今なお色あせない最高級のダーウィン進化論の入門書でしょう。とはいっても簡単ではないところがドーキンス流。相手が一般読者だからといって議論のレベルを落とすようなことはしません。 本書の魅力的な部分を挙げれば、なぜ進化論が理解されないのか?という疑問に答えているところです。人間の認知能力もまた進化の産物である以上、せいぜい(人間の寿命である)数十年というタイムスケールでおこる事象までしか直観的な理解が及ばない。だから生物進化という数百万年規模で起こる事象については、直観的に「起こりそうもない」と判断してしまうのだ、という議論です。(同様の主題は後の著書「虹の解体」でも展開されています。)また、創造論者に対する対決姿勢を鮮明に打ち出したのも本書が最初であること。グールドとの論争が、ダーウィン主義の枠組み内での建設的な議論であったことも良くわかる、などドーキンスファンにとっては歴史的な価値も高い名著です。 先日国立科学博物館の「ダーウィン展」を見に行ったところ、物販コーナーに本書がグールドの著作と並んで平積みにされており、思わず微笑んでしまいました。以前にも読んでいましたが、改めて読み返してみてその価値を再確認したところです。
(ali-shara / 2008-05-24)
突然変異と自然選択(natural selection) だけで進化が起きること、つまり進化とはBlind watch maker(盲目で無目的な時計職人)なのだと説明するダーウィン進化論への入門。自然選択を累積淘汰(cumulative selection)という切り口で説明し、巷によくある反ダーウィン論に真っ向から反論。最も面白いのが、猿にタイプライターを叩かせてシェイクスピアの作品が生まれるのか?という典型的な反ダーウィン論に対して、それは莫大な時間のレンジで累積淘汰が進めば起きうるのだとバッサリ説明するところ。 本書はダーウィン進化論への入門書ではあるが、内容が簡単で簡潔だというわけでもない(やや冗長な部分もある)。じっくりダーウィン進化論を理解したい読書向け。(鈴木純一 / 2009-06-09)
さすがDawkins
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ダーウィンの進化論に対してしばしばなされる批判として次のようなものがあります。猿に適当にタイプライターを叩かせて、それが偶然シェイクスピアの詩になるにはどれくらいの時間がかかるだろうか。その可能性はとてつもなく低いものなので、莫大な時間がかかるだろう。そのようにして考えると、自然淘汰では、たった46億年という時間では、人間のような恐ろしく複雑なものができあがるはずはない。進化というプロセスには、人間を作り出そうという(神の)意図があったのではないか、というのがそれです。Dawkinsはこの本の中で、cumulative selectionという概念を用いて、盲目の(blind)職人でも、腕時計(watch)のような構造物を作り出す(make)ことがある、という議論を展開しています。その議論の説得力と、読者を最後まで飽きさせない面白さには、「さすがDawkins」と思わざるを得ませんでした。(エウレカ / 2003-04-05)
生きものの体は、特にヒトの身体は、信じられないほどよくできている。ではなぜ、このように創られることが可能なのか?――この問いは、知的生命である我々人類全てが抱いているべきものである。理系とか文系とかは関係ない。一例として、ドーキンスは眼の構造を説明しているが、それだけでも複雑すぎるほどだ。分子が集まって自己複製するようになると、40億年後にはこのようにコンピューターを扱う動物に進化するのだろうか? ダーウィニズムは、筆者も述べているとおり、数十年のスパンでしか想像できない脳を持つ我々には、最初は受け入れ難いものである。ましてや、宗教の影響を受けている人は嫌悪する理論だろう。しかし、ドーキンスの説得は信頼できるものである。それは、彼が科学的精神に即しているからだ。先入観を排除し、客観的事実を積み重ねる姿勢、これが科学的精神である。 しかも、DNAの発見と研究は、ダーウィニズムを強固にしたのだろう。全ての種族の遺伝子は共通の言語で書かれているとわかったからだ。繁殖と突然変異と自然淘汰を何億年も繰り返せば、生物の姿は予想もできないほど変化する。この驚異を、宗教を信じられなくなった我々の思想の基盤とすべきではないか。本書は、その可能性を感じさせてくれる名作である。(景欧ボーイ / 2009-07-26)
レビュー数 12
[amazonでレビューを書く]
平均点:4.5
|
No.1-4
▼
遺伝子の川 (サイエンス・マスターズ) / レビュー総評点:60
『遺伝子の川 』で画像検索
|
ASIN:4794206720 / 売上順位:181448
草思社(1995-11)
翻訳:垂水 雄二/リチャード・ドーキンス/原著:Richard Dawkins
¥ 1,890(中古:¥ 153)
|
レビュー総評点:
60
ドーキンスは、センセーションを巻き起こした著作「利己的な遺伝子」では、多くの動植物の目に見える事例をもちいて、たたみかけるように生命の本質が遺伝子の増殖/継続にあることを読者に納得させてくれました。 今回は、そのおさらいからスタートし、他の学説との対比を明らかにし、最後には生命の行く末までうらなっています。最終章のメッセージは圧巻です。「生命を生む出す」爆発が、臨界点の階段を登って様を一気に語ってくれます。第1臨界点「自己複製子臨界点」を超えることで始まった地球上の生命が、単細胞、多細胞、組織、神経形成、集団形成・・・と進化を遂げ、今や第9臨界点「電波臨界点」の上で宇宙空間に情報を発信しているというイメージは鮮烈でした。 しかし、その先の第1!0臨界点以降の話で、なぜかとても寂しい気持ちにさせられました。そうやって限りなく爆発していく様が生の実感からかけ離れすぎているからでしょう。私が実感を持てる臨界点の段差は前後数段しかないようです。その数段を別の角度で表現してくれると思われるドーキンスの他の著作も読み進んで行く予定です。(jimmy / 2003-07-22)
遺伝子に興味を持ってる人もそうでない人も、この本を読めば、まるでSF小説のような遺伝子の世界へ惹きつけられる事まちがいなし。私も、もうわくわくして早く早く次のページへと思ってしまったくらいです。 これを読んで、もっと深くドーキンスの遺伝子の世界を覗きたいと思った人には、前作の「利己的な遺伝子」もおすすめです。壮大なスケールで理論的に展開される遺伝子の話は目からうろこの1冊で、私はこの本を読んで人生観が変わったといってもいいくらいです。( / )
ドーキンスの進化理論をわかりやすくコンパクトに解説しています。 深く理解するためには、 「利己的な遺伝子」「延長された表現型」「盲目の時計職人」を読んだほうがいいのですが、 興味があっても時間のない方にはお薦めの本だといえます。 入門書として楽しみながら読まれるのがいいと思います。(“脳と生命の科学を経営に活かす” / 2006-03-03)
レビュー数 3
[amazonでレビューを書く]
平均点:5.0
|
No.1-5
▼
虹の解体―いかにして科学は驚異への扉を開いたか / レビュー総評点:-22
『虹の解体―いかにして科学は驚異への扉を開いたか』で画像検索
|
ASIN:4152083417 / 売上順位:160824
早川書房(2001-03)
翻訳:福岡 伸一/リチャード ドーキンス/原著:Richard Dawkins
¥ 2,310(中古:¥ 996)
|
レビュー総評点:
-22
凄い本です。 こういう本を読まなきゃいけないね。 ただ、もの凄い小さなフォントでしかも430ページというボリューム(汗) 都合二ヶ月ほどかけて読みました。 普段、科学とかにあまり縁がないので、ここに書かれていることはすべて新鮮。 全編、トリビアの泉状態だな。 タイトルにある虹の話なんかも。 そっかぁ、虹というのはなんだか単にロマンチックなものとして認識していたけれど。 水滴や粒子、光の屈折だとか・・ホントに科学的に解体していくとむしろ詩的になってくるから不思議。 オカルト的な話や星座占いの類に関してもメスを入れている。 ここに書かれているような情報を持ちながら、さらに事故責任で楽しむ事が良いかも。 (ka-min / 2005-12-06)
どの本でも期待を裏切ることがないドーキンスの待望の書籍が翻訳された。本書では、真理の美しさを歌いあげている。 世の中では、科学の名をかたった偽物が蔓延している。 しかし、我々が受ける義務教育では、そのような偽物を識別できるだけの常識が身に付かない。教養の無い大人に囲まれていては、真理を理解する喜びより、発見する楽しさも経験できない。正しいことよりも楽なことを望むので、占いに関心を持ち、嘘でも心に気持ちのいい表現を信じてしまう。本書は、そのようなごまかしを具体的に指摘して、真理というものの奥深さと面白さを解き明かしてくれる。本書ではBBCが非科学的な番組を放映している問題を指摘しているが、日本でも似たような状況だ。公共放送でも空飛ぶ円盤を取り上げたり、民法では非科学的な番組のスポンサーに大電機企業がついていたりする。日本語では神秘やロマンという表現で、自然の興味深い仕組みを表すことが多いが、やめてほしいものだ。嘘はどのように着飾っても、嘘でしかない。 本書を多くの人たちが読むことで、真理に近づける喜びを感じることができる人が増えていくことを願う。 本書の訳者あとがきにはがっかりする。訳者は、本書の良さをまだ十分理解できていないのでは無かろうか。(おひるねおさる / 2001-05-28)
ドーキンス一流の芸が光ってます。優雅な論理展開で読ませます。 でも、論理的であること、科学的であることは訓練が必要で、訓練できていない人は絶対この本読まない。逆に、訓練できている人にはいわずもがなな内容も多いのだけれど、読ませる芸はさすが。( / )
科学関連のエッセイです。 占星術がいかにデタラメかを述べる文章がよかったです。 -------------------------------------------------------------------- 占星術師の仕事は、ほとんど訓練や技術を必要としない。 だから、そのあたりの暇をもてあました若い記者に回されることになる。 一九九四年一〇月六日の《ガーディアン》紙で、 ジャーナリストのジャン・モワールは次のように述べた。 「ジャーナリストとして初めてやった仕事は、くだらない女性誌に星占いを書くことでした。 あの作業は決まって新入社員がやらされます。 つまらなくて簡単で、当時の私みたいなケツの青いやつにもできる仕事なんですよ」(p171) --------------------------------------------------------------------(lionfan / 2005-02-13)
本書は、ニュートンが陽の光をプリズムで7色に分光したとき、今日の科学の基礎が開かれた一方で、当時の詩人は、虹の持つ詩情を破壊したと非難した。本書は、科学が虹を解体しようが自然の驚異や美くしさが損なわれることはなく、むしろその自然の背景に潜む精巧さや素晴らしさがより理解できることにつながると主張した本である。実際、そのとおりだと思う。この点は、完全に筆者に同意する。 加えて、オカルト・エセ科学・迷信・超常現象などの社会に及ぼす悪影響を徹底的に批判し、科学の果たすべき役割を主張している。生じる確率とその期待値を計算すれば、神秘的な偶然もありうることと考えられるし、ガイア仮説もエコロジカルテロリストのでたらめだと主張できる。前作「利己的な遺伝子」・「盲目の時計職人」と違って、生物進化論に限定された話題でなく、広く科学技術全般に話題が広がっている点が、筆者の博識と天才文章化力をまざまざと見せつけられる。 一般的に、日本人は宗教・信仰と科学に対して全く対立せずに生活することができる。時には精神論・神頼みやジンクス・運命的な感覚を持つこともあれば、論理的・科学的に判断し行動することもできる。その上で、礼節や規律を重んじ、社会生活の上でも躾や美徳も身につけて行動できる。こういった、非科学的なことを排除する風土が日本には存在することそのものを素晴らしいと感じることができる本である。 読み切るのに時間はかかりますが、とても良い本です。(ねぼすけ2004 / 2009-05-22)
レビュー数 5
[amazonでレビューを書く]
平均点:4.0
|
No.1-6
▼
悪魔に仕える牧師 / レビュー総評点:152
『悪魔に仕える牧師』で画像検索
|
ASIN:4152085657 / 売上順位:49991
早川書房(2004-04-23)
翻訳:垂水 雄二/リチャード・ドーキンス
¥ 2,520(中古:¥ 1,100)
|
レビュー総評点:
152
良い意味でファン向けの1冊
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
32本のエッセイを収録しているが、その殆どが初の邦訳であるのが嬉しい。 前作「虹の解体」で反オカルトに乗り出したドーキンスだが、今作ではさらに歩を進めて明確な反宗教的姿勢を打ち出している。 また、政治的な発言や私的な交遊についての言及が多く、これまでになくドーキンスの人柄や素顔が前面に出ている。 ただし、各エッセイはそれぞれ個別の問題について述べているため、巧みに関連付けられて配置されているとはいえ、これまでの著作の様なテーマの一貫性には欠ける印象がある。 ドーキンスの他の著作を未読の人が読んでも面白いことは間違いないが、本当にこの本を楽しみたければまず他の本から読むことを強くお薦めする。特に「盲目の時計職人」と「利己的な遺伝子」は必読である。それらは必ずあなたを魅了するだろう。その上で本書を読めば「あのドーキンスはこの問題についてどう考えているのか?」という新たな視座を手に入れることができ、より深く楽しむことが出来ると思う。そういう意味ではこの本はすでにドーキンスの魅力に取り憑かれたファン向けの本であると感じた。 なお、収録されたエッセイは25年の間に様々なメディア上で発表されたものが中心だが、惜しくも収録できなかったものも多数あるとのことで、反響しだいでは続刊も期待できそう。進化や科学について扱った極上のエッセイ集として、終生良きライバルであった故スティーヴン・ジェイ・グールドのエッセイ・シリーズに替わって刊行し続けてほしい。(のづち / 2004-05-06)
ドーキンスの著作はどれもそうなのですが、 本書でも科学と真剣に向き合うことの重要性を訴えています。 また似非科学に対する警鐘も鳴らしています。 自然科学を扱う学者の中には、 神の存在を証明するために科学を利用する人たちや、 人が他の生命と異なり、特殊な存在であることを証明するために、科学を利用する人たちや、 自分の主張を正当化するために、都合のいいところだけ科学を利用する人たちが、 結構います。 また、社会科学(経済学、社会学、心理学、教育学など)を扱う学者の多くは、 自然科学を無視していたり、自然科学に無知だったりします。 科学とは真実を手にする為の人類の壮大な挑戦の歴史であり、 これからもそうでなければなりません。 科学と名のつく学問を扱う人はドーキンスを見習うべきですし、 科学者としてのプライドを持つべきです。 ドーキンスと同じスタンスで科学と真剣に向き合っている以下の人たちの書籍もお薦めです。 ・ダニエル・デネット(哲学者) ・スティーブン・ピンカー(進化心理学者) ・ハワード・ガードナー(認知心理学者) ・アントニオ・ダマシオ(脳科学者) ・マット・リドレー(サイエンスライター) (“脳と生命の科学を経営に活かす” / 2006-01-22)
大半の本は、「面白くて一気に読んでしまう」か「面白くないので途中でやめてしまう」にわかれるのでしょうが、本書は「面白いのだけど、重荷とも感じられて、簡単に読み進められない」ものでした。結局、半年近くかかったことになります。 エッセイと聞くと「軽妙な表現」と対で使われることが目立ちますが、ドーキンスのエッセイは彼の日常の生身の表現なのでしょうか。正確だけど簡易ではなく、偏向を戒めますが主張は明確であり、合理的証拠を尊びつつ感性にも訴えようとする文章の連なりに圧倒されてしまいます。一般読者向けに書かれた本(例えば「利己的な遺伝子」)も決して平易な表現とは思えませんが、かなりの推敲を加え理解を引き出すための努力がなされたものだのではないかと感じます。 私も、若い頃に科学者になるのを夢見ていたころがありました。ある程度、科学的なものの見方をできているのではないかというわずかな自負はありましたが、たとえば宗教に対する考え方や、代替医療と呼ばれる領域に対する態度に確かな自信を持っているわけではないことに気づかされました。 単に、特定分野の科学の専門家としてだけでなく、科学的な立場とはどういうことなのかを積極的に広めようとされる意欲は尊敬します。訳者あとがきで紹介されている、ドーキンスが推進している「ブライト運動」のことも勉強したいと思います。(jimmy / 2005-09-11)
ある分野で研究を長年続けていると、重箱をつつくようになりがちです。実験のこまかい方法や結果に難癖をつけてしまう。そういう自分に疑問を感じたときに、読む本ですね。 「人間の心にはふたつの病気がある」と本に書かれています。 なにだと思います? それは: 「世代をこえて復讐心を伝えていく衝動」 「人々を個人としてみるのでなく、集団としてレッテルをはる傾向」なのだそうです。こういう広い科学的な視点を、いたるところで発見できます。 翻訳にはひとつリクエスト。すばらしい翻訳でしたが、原文から少し離れて、もうすこしわかりやすい表現にしていただきたいです。(hawaiijoho / 2005-08-09)
ドーキンスが研究していること、というよりもドーキンスが学問、真理、人間に対してどのようなスタンスを貫いているかが記された本。ポストモダンや似非科学、宗教を、真理を軽んじている、あるいは見損なっているものとして激しく糾弾する姿勢は科学者の模範として尊敬できます。 でも本書の一番の読みどころは(個人的には)今は亡き論敵グールドやひたむきな研究者としての生を全うしたハミルトンへ捧げられた哀悼の辞でしょう。とても美しい言葉で綴られた、感動的な文章です。 学術的なものではなくてエッセイ集ですので読みやすいかとも思います。(マクシ / 2005-05-24)
レビュー数 10
[amazonでレビューを書く]
平均点:4.5
|
No.1-7
▼
祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上 / レビュー総評点:26
『祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上』で画像検索
|
ASIN:4093562113 / 売上順位:185196
小学館(2006-08-31)
翻訳:垂水 雄二/リチャード・ドーキンス
¥ 3,360(中古:¥ 2,699)
|
レビュー総評点:
26
進化生物学の「大御所」ドーキンス先生が満を持して送る地球生命30数億年の歴史の本です。通常の古きものから新しいものへ物語るという方法とは逆に、本書は現代のホモ・サピエンスを起点にしてご先祖へと系統樹を遡っていくというスタイルをとります。そしてチョーサの「カンタベリー物語」に倣って、進化の分岐点で共通祖先とそこに合流してくる生物達にまつわる40以上の物語を語ってゆくという趣向なのです。 さすが「利己的な遺伝子」で名を上げた著者だけあって、それらの物語からは単に生物を紹介するというだけではなく、一貫して「遺伝子から見た進化」という観点が伺えます。例えば、冒頭でヒトの起源について触れられている部分。いまやミトコンドリア・イブ仮説などでアフリカ単一起源説が定説になった感がありますが、著者はミトコンドリアDNA以外の遺伝子の系統研究から、多地域起源も矛盾なく成立する可能性を示唆しています。 この他にも、ビーバーのダム湖が個体の身体や行動から「延長された表現型」である話、遺伝子の相同から種の遠近を知りより正確な系統樹を復元してゆく手法について書誌学者が古文書を復刻してゆく方法と共通している話などがあり、著者のかつての著作や他の進化生物学者の本に親しんだ方なら思い当たる節が多々あって、さながら現代進化生物学の最新知見を“巡礼”していっているような気分にになれるでしょう。とはいえ、この手の本が初めてという方々でも十分楽しめる内容になっており、敷居の低さは保障できます。 上巻ではホモ・サピエンスから始まり、両生類が合流してくる時代までを扱います。 (射手座 / 2006-10-23)
単なる生命の歴史についての記述ではありません。 ドーキンスのこれまでの著書を踏まえたうえで、生命進化の軌跡を綴っています。 また、ジョン・メイナード・スミス、スティーブン・ジェイ・グールド、スチュアート・カウフマン、ダニエル・デネット、スティーブン・ピンカーらの、 生命進化に関連した主要な学者らによる知見も取り込んだ豊富な内容になっています。 更に、当然といえば当然なのですが、地質学、化学、物理学など生命に深く関連する領域からも知見を得て展開していますので、 説得力が高いものになっています。 生命進化に興味のある方であれば得るものが多い本だと思います。 あと、巷に溢れている似非生物学や、反証されてなお巷で生き残っている古い生物学についてもクギをさしていることも価値ありです。 なお、全編を通して創造論者への批判がちりばめられていますが、 これは未だにそのような論争が続いており、手を焼いている証なのだと思います。 更に、下巻後半で進化論を社会において作為的に利用することへの批判をしていますが、 ドーキンス曰く、ウルトラ・ダーウィニストだからこそこのような批判をするのだといっています。 残念なのは、 原書ではカラーになっている挿絵がモノクロであること、日本語訳が日本語としてこなれてないことです。 原書を読むことができる方には、原書で読まれることをお薦めします。 (“脳と生命の科学を経営に活かす” / 2007-02-06)
これは、現在から過去へ向かう巡礼の旅である。系統樹を逆向きに辿りながら、合流してくる地球上の仲間たちに各自の物語を語ってもらうという形をとっている。我々は、自分自身に近い生き物ほど詳しく知りたいと思うし、実際に良く知っているので、生命史を語るのにこれに勝る方法はないと思えてくる。過去への巡礼の旅は、次第に曖昧模糊とした困難なものになってくる。ついに、最も謎に満ちた「生命の起源」の瞬間に到達したとき、はるばる旅をしてきたという感慨にとらわれることであろう。 分子生物学的な見方に慣れてしまうと、いくつかのモデル生物について知ることで、生物を理解した気になってしまう。一方、博物学的な「いきもののはなし」は、往々にして、雑多なトリビア的知識の寄せ集めで終わってしまう。本書の素晴らしいところは、様々な、いや、地球上の全ての生物について語っていながら、全体が一つのテーマによって貫かれているところである。そのテーマとは、言うまでもなく<進化>である。これだけ数多くの、具体的な最新の話題を盛り込みながら、全体として一つの物語にまとめ上げてしまうドーキンスの筆力には圧倒させられる。本書を通読してみれば、誰もが、生物多様性に対する驚嘆の念を抱かずにはいられないだろう。 最近のゲノムデータの蓄積によって、哺乳類の目の分岐順序など、形態では決して分からなかった物語を語ることができるようになってきた。ただし、ドーキンス自身も述べているように、いくつかの分岐の順序は極めて不確かである。実際、本書の出版後の研究により、現在ではランデブー23(ナメクジウオ)と24(ホヤ類)の順序が入れ替わることがほぼコンセンサスになっている。 初版第1刷にはいくつか誤訳があるので注意。また、日本語版の欠点は、高くて重いことである。こんなに分厚い紙を使う必要があったのだろうか?(Yoshi / 2007-02-14)
テーマは進化を理解するため、とはっきりしているのですが、そのための内容が多岐にわっており、充実しまくっています。 理解が浅い、あるいは知らない用語を調べながら、2度じっくりと読み返しました。 「○○の物語」として随所に挿入してある話題は、進化理解に必要なテーマが一つずつ、一つの種を軸に取り上げてあります。その一つ一つがたいへん興味深く、少しでも深く理解したいという焦燥感に駆られました。調べながら2度読み返したのも理解への強い欲求が生じたからでしょう。著者の思惑にまんまとのせられたのかもしれません。 この本を読むことで進化への興味が一段と増したのは間違いありません。 今後も手元に置き、何度も読み返して自分の知識として吸収したい。そんな気持ちにしてくれた本でした。(MMA / 2008-04-30)
倒叙の歴史は書きにくい
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
倒叙推理小説は一時はやったが廃れた.歴史を倒叙法で書くのも,だんだん不明瞭になるしゴールがぼやけるので効果的でない.この本(上下2巻をまとめて扱う)もその点で不安だったが不安は的中した.それに,古生物学的に見ても,植物抜きでは自然界は存在できないはずで,なぜそこまで人間にこだわるのかよく判らない(人類の歴史は今でも急激に発達中で,本も出ている).Knollの名著 生命 最初の30億年 も,ゴールに Ediacara 動物群がいたから書けたのではないか.これに著者と同じく FRS (王立協会会員)の Fortey の 生命40億年全史 があればこの本は殆ど必要ない.しかも現生の種がないと何も言えない著者の方法は,必ずしも納得できるものではない.少なくとも,これは古生物学とは無縁の方法でしかない.なお,原本を買って見たらフルカラーの美しい本だった.折角カラー印刷用の厚手の紙に白黒印刷をやってのけた出版社の見識を疑う. (ymatsui4 / 2006-09-05)
レビュー数 10
[amazonでレビューを書く]
平均点:4.5
|
No.1-8
▼
祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 下 / レビュー総評点:30
『祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 下』で画像検索
|
ASIN:4093562121 / 売上順位:190767
小学館(2006-08-31)
翻訳:垂水 雄二/リチャード・ドーキンス
¥ 3,360(中古:¥ 10,080)
|
レビュー総評点:
30
ドーキンスはいうまでもなく、ヒトが単なる自然界の一構成員でしかないと言うことを前提にして、しかし、われわれにとって興味深い性質が、過去のどの点で分岐した生物群と関係が深いのかを語りながら、生命の起源への旅をする。 ちょっと恥ずかしい話ではあるが、私はこれまでの分子生物学的な知識から、漠然とカバとイルカはイヌ・ネコぐらいの大きさの共通祖先を持つのかと思っていたが、この本に明らかなようにおそらくそれは哺乳類の原型といっていいような形のトガリズミだったはずだ。 専門の生物学者でなければ、だれにでも分類学上の、あるいは日進月歩である分子生物学上の最新の知見を常にキャッチアップできるわけではない。この本はドーキンスの美しく理解しやすい文章で、生物学の中でも、われわれ一般人が興味を引くような進化の歴史を概説してくれる。ぜひとも科学の常識として読まれるべきである。(蔵研也 / 2006-09-26)
数多くの論戦を戦ってきたドーキンス。本巻でもそこかしこにその戦跡を見ることができます。 例えば、社会的・人間的関係を破壊する人種差別を憎む余り「人種的差異に遺伝的意味はない」と断ずる生物学者ルォンティンを、却って真実に至る道を塞ぐとして批判(バッタの物語)。また、カンブリア紀「爆発」から主張される断続平衡説(故グールド他)を、自然選択の漸進的・累進的性格をないがしろにする点で聖書に生物学的意義を見出す創造論に似るとして退けています(カギムシの物語)。 特に、ルォンティン批判に続けて、著者は文化的な性淘汰が遺伝学的には瑣末だが皮膚の色など外見的特徴に大きな差異をもたらしたのでは、と推察しています。このようなところに論争を超えた次元に活路を見出していく著者の積極的姿勢が感じられます。議論の封殺ではなく真実を以って人種差別の誤りを正そうとするのがドーキンスのやり方であり、また私もそれ以外に方法はないと思います。 本書の生物学的知識およびドーキンス先生の啓蒙的姿勢について、とりわけ若い世代、大学生だけではなく中高生にも広く読まれることを願います。(射手座 / 2006-11-06)
いやあ、下巻は苦戦した。登場する生物はどんどんなじみがなくなる。それを章立てで見てみると、 肺魚/シーラカンス/条鰭類/サメ類/ヤツメウナギ/ナメクジウオ/ホヤ類/ヒトデ/旧口動物/扁形動物/刺胞動物/有櫛動物/板形動物/カイメン類/襟鞭毛虫類/ドリップス/菌類/アメーバ動物/植物/古細菌/真正細菌 という具合だ。途中からドーセ虫やろ、と言いたくなる。それでも、少しでも面白くしようと、エピソードを持ってくるのはよく頑張っている。さすが、ドーキンス。 生命全体の祖先までたどり着いた後、かなり長いあとがきで、進化の本質について、ドーキンス節全開。この辺は好きだし、安心して読めた。グールドが提起した進化のテープの再現の可能性に付いて、平行進化を論拠に、進化の必然性を議論しているのは、なかなか説得的だった。具体的な生物が目に浮かばない部分は厳しかったが、最後が楽しく読めたのでよしとしましょう。(shibchin / 2008-03-10)
レビュー数 3
[amazonでレビューを書く]
平均点:4.5
|