リスト:おすすめ小説 その4 を表示しています。(全 25 件)

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No.1-1
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火車 (新潮文庫) / レビュー総評点:111
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ASIN:4101369186 / 売上順位:2291
新潮社(1998-01)
宮部 みゆき
¥ 900(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
111
哀しい名作
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哀しい名作。 休職中の刑事が、親戚の若者から頼まれたのは、失踪した婚約者を探すことだった。苦労して婚約者の知り合いを見つけ出して話を聞き、最後に写真を見せると…「別人です。あなたは別人の話をしている」。もはやただの失踪事件ではなくなっていた… カードやサラ金地獄を背景に描かれる、現代の人間の悲劇。 読み終った時、言葉に出来ない割り切れなさを感じた。哀しいようないらだち。それは何だったのか。 本当に悪いのは、罪を犯した犯人ではなく、その人を犯罪へと追い込んだものたち。しかし裁かれるのはいつもその人だけで、犯罪へと追い込んだものたちは、その後も、何も変わらずに続いていく。 一体、誰が彼女を責められるのか。誰も彼女を救えなかったのに。 ちょっと冗舌なのが気になったが、おすすめです。(kaze / 2005-10-17)
始めて読んだ宮部みゆきさんの本が「理由」だった。そして正直面白くなかった。もう宮部みゆきさんの本は読まないつもりだった。しかし「火車」を多くの人が勧めているのでしかたなくといった気持ちで読んでみた。面白かった。本当に面白かった。失踪した女性を捜すという小さな事件が少しずつ大きな事件へと発展していく。長い長い物語なのに飽きる事なく読み進めた。最後の数ページの勢いのすごさ。ゆったりと進んでいた物語が急展開する。このあたりは脱帽。長い物語を読んできたからこそ感じられるクライマックス。素晴らしい。この本は読んでおきましょう。(オガワ / 2007-09-19)
社会派ミステリには2つの要素がある。 一つは純粋にミステリとしての謎解きの面白さ。 そしてもう一つは社会の影を映し出す鏡の役割。 宮部みゆきはこの二つの要素を兼ね備えた秀作を 世に多く送り出してきている現代を代表する作家だが、 僕は彼女の作品の中でも「火車」が一番だと思っている。 物語は一人の女性の謎めいた失踪から始まる。 そしてそれを追う主人公は彼女の過去を探るうちに、 一つの信じられないような真実に辿り着く。 カード破産、戸籍、家族の形・・・ いくつものテーマが織り込まれながら、 謎解きに向かって進むストーリー。 必読の一言に尽きる。(たなからけむし / 2006-09-19)
宮部ミステリーの良さは、「量は重いけど苦にならず、読んだ後に充実感がある」ところにあり、本作品もその一つ。「借金」から逃げる為、「別人」になることを決意した犯人の人物像を、本人を最後まで登場させずに描ききるあたりはさすが宮部みゆきといった感じ。おすすめ。(チャコフ / 2006-09-01)
最高傑作!
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名作の多い宮部作品のなかでも、私はこの「火車」が最高傑作だと思います。 物語の進め方、一つ謎が解けていくたびにはっきりとしてくる事件の輪郭。そしてなによりあのラストシーン!・・・流石宮部みゆき、と言ったところでしょうか。 犯人の人を殺す理由がとても切なく、思いっきり非難できないのも良いと思います。私は一度も姿を現さない犯人の女性に、とても感情移入してしまいました。(ぎっぷる / 2002-09-02)
レビュー数 224
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平均点:4.0
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No.1-2
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鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫) / レビュー総評点:-18
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ASIN:410100515X / 売上順位:6419
新潮社(1968-10)
谷崎 潤一郎
¥ 620(中古:¥ 48)
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レビュー総評点:
-18
テーマとしては痴人の愛と同じような方向性ですが、 この本の2編のほうが、短くまとまっていて読みやすく面白かったです。 いわゆる「インパクト」でいえば、こちらの2編のほうが強かったし、 読み応えがありました、私には。 息子の嫁って、魅惑的ですね。しかし。(佐々木かなえ / 2003-09-01)
「鍵」:病をおしても郁子との喜びを優先する自虐的な老人。 瘋癲老人日記:死んでからも颯子(嫁)の足の下にいることを妄想して恍惚となる老人。 「鍵・瘋癲老人日記」は、「痴人の愛」「春琴抄」「お国と五平」の延長にある、女主人に仕え、踏みつけられることにある種の喜びを感じる男の痴情の世界。(tess / 2005-02-21)
レビュー数 2
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平均点:5.0
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No.1-3
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半七捕物帳〈1〉 (光文社時代小説文庫) / レビュー総評点:100
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ASIN:4334732291 / 売上順位:42207
光文社(2001-11)
岡本 綺堂
¥ 680(中古:¥ 269)
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レビュー総評点:
100
文章も平易で、あっさりした印象でありながら、何度読み返しても味わい深く、その江戸情緒が郷愁を呼ぶ。 昔、小林信彦さんがフォード監督の「リバテイバランスを撃った男」の映画評で「額縁に入った昔の絵」という表現を使われていたが、この作品もまさにそうである。半七老人が語る事件は彼の若き日の回想であり、それを聞いた当時駆け出しの新聞記者であった筆者が、往時の老人との交友を懐かしく回顧しながら記すという二重構造が郷愁を呼ぶ仕組だろう。 このシリーズを読んだ後に読むと、あの「鬼平犯科帖」なども、ひどくあざとい物語に感じられてしまう。 第一作の「お文の魂」で記される「半七はだれに対しても親切な男であった」という主人公のさわやかな印象がシリーズ全編を通じて感じられ、それも心地良い。( / )
舞台は明治。新聞記者の「わたし」が元岡っ引の半七老人に昔あつかった面白い事件を聞かせてもらう。そして、舞台が転換して江戸時代に。半七が主人公の捕物帳が始まる。そして、明治に戻り、老人から顛末を聞く。 これが本作の基本的なスタイルだ。作者である岡本綺堂が生きていた時代はまだ「江戸」が色濃く残っていたのであろう。江戸の描写が非常にリアルだ。コナン・ドイルの影響も強く、エンターテイメント性にも優れる。 不粋な評価はやめよう。ただ一言、粋だねぇ。(赤枕十庵 / 2004-11-12)
「半七捕物帳」の第1作「お文の魂」が初めて掲載されたのが大正六年(1917年)ですから、今からざっと90年近く前に執筆されたことになります。江戸幕末に岡っ引として活躍した神田三河町の半七親分が、その手柄話を、明治30年頃に「わたし」に語って聞かせる。その事件の顛末を、「わたし」がメモ帳に記して世に発表したのがそれぞれの話であると、そうした聞き語り形式の連作短編集です。 淡々と抑えた綺堂の筆致がまず素晴らしい。そして、行間から立ち上ってくる江戸の風情の粋なこと。ぼおっと霞むような光と闇の世界がそこには広がっていて、ふっとなつかしい気持ちにさえなります。雅趣に富んだ話の味わいがいいんですねぇ。江戸時代にタイムトラベルしていたみたいな、そんなここ数日間でした。 本巻で一番気に入った話は、「奥女中」でした。 茶店を出している母親が、娘の身に最近妙なことが起きて心配であると、半七親分にその謎を調べてくれるよう頼みに来ます。お蝶という美しい娘が時々に姿を隠す不思議の話が、母親から半七親分に語られていきます。怪しい夢のような話に耳を傾けていると、やがて話に動きがあって、そこからすっと解決の光が射し込んでくる。不可解な謎に筋道がついて、そこからさらに、静かな調べを湛えた話が流れて行く。しみじみと心に染みてくる話の風情に魅了されました。 江戸幕末の空気に触れながら、半七親分や子分とともに江戸の町をめぐる楽しみ。江戸の不思議や怪異の雰囲気に浸りつつ、推理小説の謎とからくりの趣向が堪能できる面白さ。そんな妙味を湛えた岡本綺堂の「半七捕物帳」のシリーズ。いいですよ!(風(kaze) / 2004-12-05)
江戸幕末に岡っ引として活躍した神田三河町の半七親分が、その手柄話を、明治30年頃に「わたし」に語って聞かせる。その事件の顛末を、「わたし」がメモ帳に記して世に発表したのがそれぞれの話であると、そうした聞き語り形式の連作短編集ですね。半七老人と「わたし」が会って、時候の挨拶を交わす話の枕の部分。その話がきっかけとなって、「そう言えば、こんな話がありましたよ」と、半七老人が手柄話を語り出す。あわててメモの手帳を取りだして、事件の顛末を書き記していく「わたし」。事件の真相が半七老人の口から明かされると、舞台は江戸から明治の今に立ち戻り、話はささっと閉じられる。 ワンパターンの話ですが、淡々と抑えた綺堂の筆致がまず素晴らしい。そして、行間から立ち上ってくる江戸の風情の粋なこと。ぼおっと霞むような光と闇の世界がそこには広がっていて、ふっとなつかしい気持ちにさえなります。雅趣に富んだ話の味わいがいいんですよ。 本書で一番気に入った話は、「奥女中」でした。 文久二年(1862年)八月、茶店を出している母親が、娘の身に最近妙なことが起きて心配であると、半七親分にその謎を調べてくれるよう頼みに来ます。そして、お蝶という美しい娘が時々に姿を隠す不思議の話が、母親から半七親分に語られていきます。怪しい夢のような話に耳を傾けていると、やがて話に動きがあって、そこからすっと解決の光が射し込んでくる。不可解な謎に筋道がついて、そこからさらに、静かな調べを湛えた話が流れて行く。しみじみと心に染みてくる話の風情に魅了されました。(風(kaze) / 2004-12-17)
はっきり言ってこの本を読むまでは時代ものが苦手でした。 しかし、これ、本当に精緻な本格ミステリとして面白く読めてしまうんです! 宮部みゆきさんの江戸ものが好きな方には特にお勧めです。 なんといっても江戸情緒を感じさせる季節や食べ物の描写が秀逸で、日本語の美しさを再認識してしまいます。(lily / 2003-10-07)
レビュー数 8
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平均点:5.0
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No.1-4
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すばらしい新世界 (講談社文庫) / レビュー総評点:119
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ASIN:4061370014 / 売上順位:6718
講談社(1974-11-27)
ハックスリー/原著:Aldous Huxley/翻訳:松村 達雄
¥ 650(中古:¥ 350)
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レビュー総評点:
119
人間は受精卵の段階から培養ビンの中で「製造」され「選別」され、幼年時代から受けた巧妙な洗脳により、自らの「階級」と「環境」に全く疑問を持たず、生活に完全に満足している。親子関係もなく、家族関係もなく、夫婦関係もなく、性交渉は完全に自由である。全ての欲望は満たされ、不満や不安を抱く要素は全くない。万が一、ストレスが溜まった場合は「ソーマ」なる薬によって副作用なしに快楽を味わえる。人々は激情に駆られることなく常に安定した精神状態であるため、社会は完全に安定している。まさに楽園であり、「すばらしい世界」である・・・・・・一見したところでは。 しかし鼻持ちならぬ階級意識と人間の尊厳性を踏みにじる管理統制によって作られた楽園の欺瞞は、保存地区=<野蛮>からの来訪者、ジョン青年によって暴かれるのであった・・・・・ 背筋の凍り付くような戦慄のユートピア社会を描き、救いのない結末を提示することで圧倒的な迫力と衝撃を持たせることに成功した反ユートピア小説の金字塔。実兄ジュリアン・ハックスリイらの優生学思想の危険性に警鐘を鳴らすに留まらず、人間社会の進路をも鋭く問うた問題作。T型フォードの大量生産で名を馳せた自動車王フォードが神様になっているという皮肉はちょっと笑える。(yjisan / 2006-03-29)
全体主義的な社会を描いたジョージ・オーウェルの「1984年」や、 ザミャーチンの「われら」と比べると、 イギリス人の書いたこの作品は、大衆消費文化の行き着く先、 という感じで、より、身につまされます。 というか、よく考えると、確かに、そういう社会制度にも、 一理あるような気がしてきて、結局、みんなが幸せになれるんなら、 それで良いジャン、と思っている自分に気づき、ショックを受けます。 何が正解か分からない世の中で、問題意識を持って、色々なことを、 考え続けるために、読み継がれて欲しい一冊です。(palemoon / 2002-11-01)
子どもが壜で製造され、フリーセックスが奨励され、全ての人間が条件反射的教育により統制される階級社会。文明化された人間達は、与えられた状況に何の疑問ももたないで生きていた。そんな社会の申し子のような女性・レーニナと、彼女をめぐる男性達を軸に話が展開する。独裁者の登場など、1932年という時代を反映している部分もあれば、1932年に書かれたとは思えない、まるで今の社会を予見したかのようなSF小説。「ありえない話」という意味ではオーウェルの「1984年」とは似て非なる内容だけど、ラストには同じくらいショックを受けた。( / )
階級ごとに体格も知能も発生時期の条件で決定され、壜から出た(生まれた)後も、睡眠時教育で条件反射になるようにいろいろなことが教え込まれ、完全に「生産」を制御された人たちの社会。不快な気分になったときは「ソーマ」と呼ばれる薬で「楽しい気分」になればよい。壜から出てくるので、家族はなく、男女の結びつきも「その時の楽しみ」である。社会は順調に廻っているようにみえるが、野心を抱いたり、ちょっと他人とは違うことに悩む人間はいる。そんな世界に、隔離された「蛮人保存地区」から連れ帰られた「母から生まれた」一人の青年を通して、文明のありかたを考えさせる。 数年に一度ぐらい、読み返す小説である。描かれた「空想された未来社会」は読み返す度に怖くなる。現在の世界と照らし合わせてみる。シャーレの中で受精卵から発生を進める技術も進んできた。発生のどの時期にどんなホルモンが出ることが適切か、などということもかなりわかってきた。「うつ」の治療に役立つ薬も実用化され、感情のメカニズムも随分と解明されてきた。年を追うごとに、この小説の中で描かれている技術はその当時予想されていたことを忠実に延長して考えられたものだということ、そしてその方向に科学技術は「順調に」進んできているのだ、と確認させられる。このお話の世界の展開が怖いだけに、現実の怖さも増してくる。 青年とこの社会の総帥が文明についての対話をする場面があるが、文化や宗教について、今も変わらない議論を我々は続けていることに気付かされる。「なぜ古い、良いものを与えないのですか」と問う青年に総統は云う、「われわれは人びとが古いものに惹きつけられることを好まないのだ。われわれは人びとが新しいものを好むことを望んでいる。」日々、流行に、新しいニュースに惹きつけられては、すぐに少し前のものにさえ関心を失ってしまいがちな今のわたしたちはこの世界の人達とどれほど違うのだろうか。同じように新しいものを好むことを望まれ、引き回されているのではないだろうか。 「(あなたたちは)辛抱することをおぼえる代わりに、不愉快なものはなんでもなくしてしまうんですね。・・・耐え忍びもしなければ戦いもしない。」と言い残してこの社会に背を向け、独り昔の原始的生活を始めた青年を、それでもまだこの社会は離さない。青年を追いかけてきたテレビカメラマンの言葉は「そりゃ、もちろん、わたしのほうの読者がとても興味をもつだろうと思うんですが。」。明日、この言葉が私にかけられてもおかしくないと思う世界に今生きているのが怖い。こうやって、幾つの物が追いかけられ、忘れ去られただろう。大事なものも忘れてしまったかもしれない。 1932年にこの「未来社会を空想した」小説は書かれた。ヒトラーが、ムッソリーニが大統領になった年、満州国建国宣言がされた年。 (patella / 2006-09-21)
1930年代に書かれたとは思えないほど、作者の未来への危惧が感じられる。現在の私たちにとっては現実的な問題が多く描かれている。なにもかもが統制され、安定化された社会、そしてその統制に入りきれない人々の感じる矛盾と孤独感は、まさに現在社会の若者が抱えるものであろう。今だからこそ、もう一度読み返さなければならない一冊であると考える。( / 2004-07-17)
レビュー数 14
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平均点:4.5
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No.1-5
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ヴィヨンの妻 (新潮文庫) / レビュー総評点:37
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ASIN:4101006032 / 売上順位:38265
新潮社(1950-12)
太宰 治
¥ 380(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
37
~表題作「ヴィヨンの妻」の前半は、中央線「三鷹駅」の郵便局の斜め向かいに借りていた仕事部屋で綴られたと言います。ここは「人間失格」が書かれた仕事部屋「千草」や「斜陽」が書かれた肉屋の離れとは少し離れています。太宰は三鷹駅周辺に5箇所ほど仕事部屋を移り歩いていた様です。三鷹でも井の頭公園寄りの本宅から三鷹駅まで通い、仕事を終えると駅前の~~呑み屋で一杯やるのが太宰治の日課だった様です。駅前の喫茶店「山の音」は、太宰が愛用した呑み屋「喜久屋」の跡、「鴎」に出てくる太宰贔屓の「美登里屋鮨」も駅の近くに健在です。 ~~ 入水自殺の相手となる愛人・山崎富英の下宿跡が現在「葬儀屋」であるのは皮肉な因縁を感じます。はす向かい太宰が仕事部屋を借りていた料亭「千草」が在りましたが、最近取り壊されマンションが建ちました。 ~~ 本作では太宰の実生活の苦悩が私小説的に綴られています。私が読んだのは随分昔の事ですが特に印象に残っているのが「トカトントン」戦後の庶民の空虚な心情が見事に語られ、こうした強迫神経症のモチーフを文学作品にもちこんだのは、私の知る限りにおいて太宰のこの作品が初めてではないでしょうか。 ~~ 一旦は幸せな家庭を築いたものの、愛人との入水自殺に走ってしまった太宰の、「家庭は諸悪の根源」と逆説的に言う哀れな苦悩が痛々しく胸に迫ってきます。太宰の人間愛と行動は裏腹で、天才として生まれた者の宿命、繊細過敏ゆえの苦悩と慚愧の念が行間に呻いております。私はまだ独身ですが父親・母親として家族をもっている方とではおのずと読み取る物が違~~ってくるでしょう。 「人間失格」や「斜陽」といった長編が代表作とされますが、私は太宰文学の神髄と醍醐味は短編にあると感じております。若い頃に一度は読んで太宰文学のハシカに罹っておくのもよいかもしれません。負の部分に憧れては危険ですが、麻疹と一緒で大人になってから罹ると症状が重いと言いますから。~(silver・apples / 2004-04-11)
この「ヴィヨンの妻」は、8つの短編からなっています。なかでも、「トカトントン」の話は、常に溜息まじりの無学無能の男が、平凡な生活をおくっていく中で、何をやろうとしても聞こえてくるあの音、誰でも一度は経験したであろうトカトントン...現代人の思想の空虚さを、最後に別の男が皮肉たっぷりに、“不尽”にまとめているところが面白いです。もしも“人生がつまらない。”と歎きぼやいているなら、この「トカトントン」をちょっと読んでみては? まさに“霹靂”?!?!ものです。( / 2001-04-09)
今からこれを読む人がうらやましい。最後の主人公の一言が、この小説の要です。 前半はその一言のための準備です。絶対にそこを先に読んではいけません。 死ぬ直前に、この一言が言えたら良いのになあとか、遺言状の最後に書き足せたら 面白いだろうなあとか、人類が滅亡する前に神様が出てきて言うと面白いのになあ とか、某国の独裁者が引退する時に人民に向かって言うと(以下同文)、某大国の 指導者が戦争に勝って負けた方に(以下同文)、この小説で色々妄想できます。 普段使うと人間失格になるので使いません。 (よしゆき / 2008-06-14)
この本は、「親友交歓」「トカトントン」「父」「母」「ヴィヨンの妻」「おさん」「家庭の幸福」「桜桃」と、終戦後に書かれた8編の短編から成っています。 従って、死の直前の3年間の作品群と言うことで、彼の死が予感される作品が多くなっています。 ただ、それだけではなく、非常にユーモアに富んだ作品も多く含まれています。 表題作の「ヴィヨンの妻」は、その素晴らしい表現力によって、夫妻の微妙な心情の動きが見事に表現されています。 どうしようもないところまで精神的に追い詰められている夫の弱さと、どうしようもない家庭状況にも平然と立ち向か妻の強さが、非常に対照的に描かれています。 妻の突飛な思いつきによる生活の変化が、この夫婦の生活を一変させてくれればいいなあと思います。 そう思わせるのが太宰の作品なのでしょう。 「家庭の幸福」は、官僚について書かれた作品ですが、実に皮肉でユーモアに富んだ作品になっています。 先日の衆院選で民主党が官僚支配の打破を訴えていましたが、太宰はすでに作品で官僚批判をしています。 太宰作品については、「暗い」と言うイメージが強かったのですが、今回この短編集を読んでみて、そればかりではないと言うことを実感しました。(ringmoo / 2009-09-05)
学生時代に読んだ太宰はさっぱりその良さが分からず、あまり好きな作家ではなかったものの、書店で太宰治フェアをしていたため、20年振りに読んでみた。 各短編ともその良さが理解できる年になったのか、夢中で読み終えた。 人生の苦悩や家庭を維持する苦労を経験した大人にこそ太宰の良さは理解できるといった印象の作品が多かった。 学生時代に太宰の本を投げ出してしまった経験を持つ人は久しぶりに手にとってはいかがだろうか。(たか / 2009-06-12)
レビュー数 17
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平均点:4.5
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No.1-6
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二十四の瞳 (新潮文庫) / レビュー総評点:97
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ASIN:4101102015 / 売上順位:93485
新潮社(2005-04)
壺井 栄
¥ 420(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
97
大石先生を主人公とし、それを取り巻く12人の子供たちの離合集散の運命と戦争という当時の暗い時代を背景にとらえた物語。先生を含め、12人の子ども全部が主人公であるとも言える。戦争中の庶民の日常生活がすみずみまで描き出され、戦争が個人の生活に及ぼした具体的な姿と、その時代的な意味とが重ねて描かれている。壺井栄の文学は、庶民に味方する文学で、人間的で温かい。戦争を知らない人の方が多くなっていく時、未来に読まれ継がれるべき名作である(雅)(鈴屋飯依比古 / 2006-06-23)
女学校を卒業した大石先生は、瀬戸内海沿いの岬の分教場に赴任する。そこで、新入生12人の教師となる。大石先生と12人の子供達との交流を、戦前、戦中、戦後の二十数年間を通して書かれた物語です。 私は、読む前に舞台背景に戦争があるのを知っていました。そこから、貧しさや、暗さや、苦しみを前面に押し出した話を予想していました。読んでみると、予想していた様に、貧しさや、暗さや、苦しみが書かれている部分が多くありました。けど、読んでいて気が滅入る事はありませんでした。むしろ頁をめくるのが楽しかったです。 貧しさや、暗さや、苦しみが無理に強調されてなく淡々と書かれているので、気構えなく読めたのだと思います。 読んでいると、別れの場面には悲しみが、再会の場面には喜びが、子供達の成長には活き活きした姿が、規則の中での教育の難しさやが、戦後には生き残った命を肯定して生きる事のすばらしさが伝わってきました。 (アジ / 2004-07-19)
いいですねえ
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戦中、戦後を舞台にした話は幾つも読みましたが『二十四の瞳』にはみなさんもご存知のとおり偉い人は出てきません。瀬戸内海の片田舎に生活していた子供たちと彼らの大石先生のお話です。大石先生との出会い、先生の怪我による別れ、本校での再会、思想統制に反発する先生の退職、終戦、末っ子の死、教え子の早苗の尽力による教職への復帰、成長した教え子達との再会と話は淡々としていますが反戦思想に貫かれています。この話が書かれた当時には新鮮なテーマだったんでしょうね。でも今これをあらためて読んでも陳腐化していません。世間の右傾化が懸念される昨今には見直されていいストーリーだと思います。( / )
すげえ
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「なんだこれは。ここで描かれている日本は、 本当にほんの数十年前の現実か。 オレのおじいちゃんおばあちゃん達が生きた時代なのか」 そう考えると妙にリアルで、心に響きました。 登場人物たちの純朴さが、さらに物語を悲しくしていました。 教室で無邪気にはしゃいでいた少年少女にとって 唯一無二の未来が当時の国際情勢の現実によって決められる。 受け入れる筋合いのない“運命”を無理矢理受け入れさせられ、 そんな中でも必死に生きる彼らの様子。 「こんなにも簡単に人々の暮らしは壊されてしまうものなのか」 と思うととても怖くなりました。国が暴走するって本当に怖いですね。 “何でもあり”になりつつある時代に生きる僕たち。 それに比べて、自分を抑えて生きていた昔の人たち。 だってそれが美徳とされていた時代でしょ?ってわかっていても、 やっぱりひたむきに生きる人間の姿は尊ぶべきものだと思います。 やたらと過去を振り返るのは嫌いですが、 こういう作品って現代日本に生きる僕たちにとって かけがえの無い財産だと思います。(hisa13 / 2004-02-28)
無邪気な子供たちと、聡明な担任の女性教師。のどかな風景。 一転・・・時が流れ戦争が始まり、様々な傷を、癒えない傷をつけていく。そして戦争終結。 悲しみの中にも救いがあってホッとする。それにしてものどかな反戦小説。(ゆり子 / 2005-01-11)
レビュー数 16
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平均点:4.0
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No.1-7
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功名が辻〈1〉 (文春文庫) / レビュー総評点:87
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ASIN:4167663155 / 売上順位:127818
文藝春秋(2005-02)
司馬 遼太郎
¥ 570(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
87
以前から読みたいと思っていたのですが、他の歴史上の英雄を扱った作品に比べるとどうも地味なので後回しにしてしまっていました。が、2006年度のNHK大河ドラマになるということで順番を繰り上げて読んでみました。 まず結論から。月並みな表現ですが、最高におもしろいです。 内容は、凡庸だが律儀者の一豊と美しく聡明な千代。この一見不釣合いな夫婦が二人三脚で元亀天正戦国の世を生き、功名の坂を駆け上がり、ついには国持大名になる。というサクセスストーリーです。 凡庸な人物の成功譚なので、凡庸な自分にとってはいろいろと学べることが多かったです。特に夫婦を描いているため、男とは、女とは、夫とは、妻とは。。。といった具合の処世訓的が多く盛り込まれており、読んでいてうんうんとうなづくことが何度もありました。 そして、本作品は何よりもドラマ性が強烈です。 一介の足軽から国持大名へのステップアップの途中で、幾多のドラマが登場します。顔面に矢が刺さりながらも功名への執念から敵将の首級を手に入れたり、黄金十枚の名馬唐獅子や来国俊の槍を手に入れるエピソード。創業からの譜代家臣吉兵衛の戦死など。。。また、土佐の国主となってからの意外な結末にも驚かされました。 司馬作品の中でもドラマ性の高さは最高クラスです。読んでいてジーンと来る場面も多々ありました。それだけに大河ドラマには最適だと思います。NHKにはぜひ後々まで語り継がれるような名作ドラマを作ってもらいたいです。(勝昭&秀平 / 2005-05-25)
誠実・純真で愛すべき人間 伊右衛門。 その裏のなさを侮るものも多いが、人を無防備にさせる稀有な魅力を持つ男。 その妻は、一で十を知ることができる鋭い洞察力の持ち主 千代。 しかも千里眼(笑)。 身の回りのことしか見えない“ド近眼”の女性が多い中、遠近両用のバランス眼はすばらしい! 千代のたてた戦略を、忠実に勇気を持って実現しようとする伊右衛門。 生まれ持った才能で華々しく生きる物語と違って、とっても人間臭いところが面白い。 後天的に生み出した知恵と度胸で、どれだけのことが出来るのか・・・魅せられる物語です。(kaori.y / 2005-04-14)
名人 司馬遼太郎の見事な筆さばき。一見凡庸としていてじつは人間的な面白みに溢れている・・こんな人物を描かせたら司馬遼太郎は本当に、殆ど芸術的に、上手い。 主人公の一人、山内一豊は、同時代の傑物、信長や秀吉と比べると足元にも及ばぬほど、小さい。それがもう一人の主人公、妻千代の助けにより、戦国の巨人達の間で生き抜いてゆく。 信長や秀吉とは違い、自分の身の丈をわきまえながら歩いていく。そんな姿が、実に爽やかで、誠実な物語を生んでいる。(レフトドラゴン / 2005-05-07)
1963年から連載された作品で、司馬さんの作品では比較的初期のものです。同じ時期に「国盗り物語」や「関ケ原」などが執筆されていますから、体一つの取材の中から生み出された作品だと思います。面白いのは、斉藤道三や織田信長、徳川家康や石田三成などシリアスな人物を中心にした作品を書かれながら、一方では山内一豊という、少し滑稽ではあるが、武士として一途な生き方をする人物と、その主人を陰で支える妻の生き様をモチーフにした作品を書かれるところに、司馬さんの器用さを感じます。 多面的に時代の動力を描こうとされた、司馬さんの姿勢を感じることができる作品です。(とし坊 / 2005-03-07)
まさに痛快という言葉がふさわしい、歴史小説だと思います。
凡庸な武士、山内一豊が、妻の千代やよき郎党に支えられ、おかしな幸運に恵まれ出世して行く様は、まさに戦国時代のプロジェクトXといえるでしょう(武田鉄也いわく)。
この第1巻は、山内家のわずかな知行から、必死の形相で功名を勝ち取ろうとする、涙ぐましい努力とともに、堅物といわれた一豊の色んな意味での男らしさが輝くのが特徴だと思われます。ドラマとあまりにもイメージが違うのでびっくりしました(この後の巻は、イメージどおりでしたが)。
いずれにしても、ドラマとはかなり違う感じなので、テレビと小説を比較してみても楽しいと思います。(かしま / 2006-01-27)
レビュー数 27
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平均点:4.5
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No.1-8
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功名が辻〈2〉 (文春文庫) / レビュー総評点:41
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ASIN:4167663163 / 売上順位:196980
文藝春秋(2005-02)
司馬 遼太郎
¥ 570(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
41
二巻でも千代は相変わらず賢いところを随所に出しております。一方、一豊は上司の評価と自部門の経費を気にして仕事をしている中間管理職と言ったところでしょうか。 ただ、この二巻では秀吉と家康の話が主体になっており、一豊と千代にも忘れられない出来事が幾つか起こっているのですが、影が薄くなっています。この時代はやはり、この方々を抜きにしては語れないのでしょう。(イッパン人 / 2005-08-18)
最下級の侍から関ヶ原後には土佐24万石を得た山内一豊とその奥方千代が主人公.才能に恵まれている訳ではないが小物でもなく,その律儀さが幸運を呼び,千代と二人三脚で功名を得ていくという話. 第二巻は,秀吉に従って中国毛利攻めから山崎で明智光秀を倒し,伊勢長島で滝川一益を倒し,賎ヶ岳で柴田勝家を倒し,小牧長久手で家康と対峙し,秀吉がようやく天下を手中に収めるまでが前半.この間で一豊は二千石から二万石までの出世を果たし一城の主に.出世街道を進む過程も面白いが,下級侍や小大名の財政面,大軍団の中での立場,そしてどういう心持や野心で戦に向かっているか,などがありありと分かるのは新鮮だった. 後半は,小田原で北条と戦い,その後は秀吉の治世で一豊と千代が様々な政治的荒波をかいくぐった姿が描かれる.特に関白秀次への対応に苦慮しつつ千代の助言を活かしながら,秀次切腹の際には政治的に無傷でいられたのはあっぱれ.この巻の最後ではついに掛川六万石の小大名に格上げされることに.話の本筋以外にもあちこちに小粒ながらも興味深いエピソードがまぶされているのであっという間に読みきった.(鈴木純一 / 2005-08-07)
第二巻では本能寺の変がおこり、山崎天王山の戦い、賎ヶ岳の戦いそして小牧長久手の戦いがおこり秀吉の天下統一が完成します。 この巻ではどうしても秀吉、家康の話が多くなってしまいますが、この時代のこの時期にこの二人の話しを抜きには語れないし、この二人の動向によって一豊の出世にも関わってくるのでいいと思います。また、千代の天下観や一豊の政治教育を読むと「太閤記」や「関ヶ原」などとは違う天下観も見れます。 第二巻の終わりでは豊臣家の天下がぐらついてくるので今後の展開が気になります。第三巻以降も目が離せません。(久保田真史 / 2006-01-12)
例えば、信長や秀吉、または義経などがなにか大きな事を成し遂げたとしても... 彼らは天才なのだから、という理由で中々自分の行動の手本としては当てはめにくい。 ところがこの物語りの主人公山内一豊。これは凡人である。 それが出世していく様は、現代に生きる我々に置き換えてもかなりピタリとくる。 歴史物が苦手でも大変読みやすい。(レフトドラゴン / 2005-08-09)
歴史的に最も面白いストーリーが展開してゆきます なにせ「秀吉の出世劇」ですから でもテンション下がります 理由は 第一巻で登場した「忍び」が影を潜めてしまうからです エロティックな描写もまったくありません (それがめあてかよー!) だからドキドキしません ドキドキしない小説なんて読むに値しない! ところが 司馬さんの小説はそんなものではありません 秀吉によって追い込まれてゆく太閤秀次(たいこうひでつぐ) の話が冴え渡っているのです その人間的な異常さ 運命の残酷さ 秀吉の「崩壊」とともに描かれる物語は 前巻にはなかった「ハイテンション」ぶりです(カリスマ・アキンド / 2005-05-05)
レビュー数 7
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平均点:4.0
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No.1-9
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功名が辻〈3〉 (文春文庫) / レビュー総評点:41
『功名が辻〈3〉 』で画像検索
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ASIN:4167663171 / 売上順位:201309
文藝春秋(2005-03)
司馬 遼太郎
¥ 570(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
41
さて、第3巻は関ヶ原の合戦前夜の政治情勢が背景になっています。 司馬遼太郎といえば名作「関ヶ原」があまりにも有名ですが、この巻はさしずめ関ヶ原の裏面を描いているとでもいえますでしょうか。 自家の存亡を家康に託す一豊と千代、家康も味方を増やそうと一豊たち秀吉ゆかりに大名に取り入ろうとする。そのあたりの政治的機微を千代の機転に絡めて、描いていくあたりはさすがといえます。 (hoge2 / 2006-02-20)
ついに秀吉が死んでしまった。秀吉の息子秀頼につくか、家康につくか悩む諸大名。家康と共に上杉討伐に行くも妻を人質に取られた大名のは豊臣側につきたがっている。みなが悩む中、伊右衛門が土地、城すべてを賭けた勝負にでる。関が原激闘までの苦悩を描く第3巻。 いままでの巻と違い、戦はなく面白みに欠けるが当時の大名の内側が分かるのでおもしろいです。。最終巻がすぐに読みたくなります。(カジヤ / 2005-03-21)
秀吉の生前は秀吉に、秀吉の死後は家康にと周りの各大名は振り回されていますが、山内家は上手く世渡りをしています。それも、千代の才覚があってのことですが、千代の賢さが世渡りだけにしか活かされていないのが残念です。戦国時代に6万石の一大名が生き延びていくのは大変だというのは解りましたが、まことに残念です。 世間が派閥争いで騒いではいたものの、千代と一豊の生活は上杉討伐を除けば平穏な生活が多く、一巻に比べ三巻は少々物足りませんでしたが、戦国時代の一大名の生活が詳細に表現されていましたので、勉強にはなりました。(イッパン人 / 2005-08-20)
第三巻の見所は、秀吉の死と関ヶ原直前の話です。 秀吉の死で徳川家康が人が変わったように豊臣家潰しをはじめます。天下の諸大名が家康につくか秀頼側につくか注目でしたが、一豊は家康側につくことを決めます。最終的な決定理由が北政所が家康についていたからと言うのが、なんだかなーと言う感じがしますが、加藤清正にしても福島正則にしてもその理由だから北政所の影響力は強かったんだな、またそれを利用した家康はあくどいというか上手いと思いました。 やはり三巻も家康、秀吉の話が多いですが、そうしながら一豊夫婦の話もすすめていく所は司馬先生の上手さだと思います。 さあいよいよ最終巻、一豊千代の功名の集大成を見届けましょう。(久保田真史 / 2006-01-15)
最下級の侍から関ヶ原後には土佐24万石を得た山内一豊とその奥方千代が主人公.才能に恵まれている訳ではないが小物でもなく,その律儀さが幸運を呼び,千代と二人三脚で功名を得ていくという話. 第三巻は,秀次切腹から秀吉の死,そして関ヶ原前夜まで.戦がない期間なので盛り上がりはいまいちだが,見どころは千代の活躍.淀殿一派の取り込み工作をかわして北政所と関係を保ち,大阪の奉行側勢力から(人質として)大阪城へ来いとの催促をあの手この手で防ぎ,奉行側決起の手紙を封を切らずに家康へ渡せと一豊に託すなど,さながら一豊の参謀のよう.(鈴木純一 / 2005-08-10)
レビュー数 6
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平均点:4.5
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No.1-10
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功名が辻〈4〉 (文春文庫) / レビュー総評点:55
『功名が辻〈4〉 』で画像検索
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ASIN:416766318X / 売上順位:191565
文藝春秋(2005-03)
司馬 遼太郎
¥ 570(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
55
豊臣方につくか徳川方につくか悩む伊右衛門。千代の名案によって伊右衛門は救われる。関ヶ原の戦いが起こり、功名を得ようとする伊右衛門だが大してなにもできなかった。小早川の裏切りにより勝利する徳川家康。だが、千代の案などによりなんと第一功を得る。ついに土佐二十四万石の国持になった伊右衛門だが領民はなかなか受け入れてくれない。苦しみながらもある決断をする。 律儀ぎさのみが売りの伊右衛門と、賢く夫を支える妻千代の力によって出世していく様を描いた戦国物語。 大河ドラマ「利家とまつ」以来、久々の女性(千代)が主人公になっています。すごくおすすめの一冊です。(カジヤ / 2005-04-07)
土佐24万石、山内一豊の妻、千代の内助の功の話らしい、ということと来年の大河ドラマの原作ということ、この二つだけしか知らずに読み進めました。長編だと少なからず「挫折」してしまうことがあるのですが、かなり短期間で読みきってしまいました。 千代の機転や頭の良さよりもむしろ山内一豊って謙虚で素直で誠実で夫の鑑、という気がします。このバランス感覚が夫婦には大切なのだなあと思いますが。実際の大河ドラマでこの絶妙な感覚がどのように描かれるのか、期待もありますし、不安でもあります。視点のバランスがうまく取れてないと千代の嫌味なところだけが出てしまいそうで、嫌味なオンナ、という感じを持ってしまいそうです。 所々に出てくる現代にも通用しそうな哲学や教訓。ラストシーンに「功名が功名たることがいかに難しいか」、考えさせられます。 「他に手はなかったのだろうか」、「やはり考え抜いて下した決断なら間違いはなかったのではないだろうか」、「本当に手を尽くしたといえるのだろうか」・・・いつの時代にも変わらない悩みはあるものなのだと深く考えさせられました。名作です。(チャンチキチ / 2005-07-18)
このレビューは、作品全体に対する評価です。 大河ドラマの題材に選ばれたときから興味を持っていたので、新装版が発売されたことをきっかけに読んでみました。 一言でいえば、「魅せられる」ドラマです。前半から、大物大名傘下の一武将に過ぎない伊右衛門 (後に山内一豊) が妻千代の力を借りながら、「功名」を立てるために戦場を駆け回る姿が軽やかに描かれます。後半は、織田信長→豊臣秀吉→徳川家康と支配権が動いていく動乱のなかで、時代の波を見事に読んでいく千代のバランス感覚の巧さ、そして不器用ながら自分の生き方を貫こうとする一豊の無骨さにスポットが当てられます。 ドラマの流れにも感動しますが、私がこの作品で最も評価したいのは、「山口一豊は、幾多の困難を乗り越え、土佐の主になりました。めでたしめでたし」という結末で終わらなかったことです。土佐入城後に実際に彼が巻き起こしてしまった事件による千代の虚無感。「成功」や「功名」とは、一体何なのか。この一抹の淋しさを感じさせるエンディングに考えさせられることは多いと思います。(sycamores / 2005-07-04)
山内伊右衛門一豊は彼自体はたいした男ではないが、彼の妻千代が彼を土佐の太守にまでした。これは千代の話だ。 ときいて読んでみたのですが、千代は確かに才覚があり、男だったらすごい武将になったかもしれないけれど、これは夫婦の話だなというのが感想です。千代は別段伊右衛門を操縦したわけでもない。伊右衛門の考えで動いている。けれどそこには千代という存在がやはり不可欠なのであり、千代の思惑がその影に後ろにちらちらとすると。 皮肉なのはそれまで千代の言うことを決して蔑ろにしなかった伊右衛門が、千代の約束が実り、土佐の太守になると決まると彼女のことをやはり女だと思うようになることです。 果たせない約束は果たそうとするときが素晴らしいのでしょうか。(甚太郎 / 2005-07-08)
この最終巻で一豊千代夫婦の功名の集大成が完成します。 関ヶ原の論功行賞で土佐24万石を与えられます。これでこの夫婦が幸せになって終わりかなと思いましたが、長曾我部侍の激しい抵抗にあい最後は無残な方法で収めてしまいます。 たぶん、土佐24万石を与えられたことが一豊にとっての人生最後の不幸だったのではないかと思います。人間誰でも分不相応なものを持ってはいけないんだと思いました。 今年の大河ドラマ原作本です。大河ドラマを見る前に原作を読むことをお勧めしましす。(久保田真史 / 2006-01-18)
レビュー数 19
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平均点:4.5
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No.1-11
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義経〈上〉 (文春文庫) / レビュー総評点:52
『義経〈上〉 』で画像検索
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ASIN:4167663112 / 売上順位:100697
文藝春秋(2004-02)
司馬 遼太郎
¥ 700(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
52
歴史上の人物には「人間」が見えにくいのですが、司馬文学には必ずその時代背景の中で行動した「人間」が描かれています。この本には義経が弁慶と戦うシーンがありませんし、義経八艘飛びも出てきません。言い伝えの義経をイメージしていた方にとっては、物足りなさを感じるかもしれません。しかし、苦労して開墾した土地の所有権を保護する政策を打ち出し、土地の所有権に新たな価値観を見出す国家の誕生をいち早く感じ取っていた頼朝と、これを理解し得ない京都育ちの義経との間に生じた確執が描かれています。 義経をとおして、安定した伝統の中で「血」を重んじてきた平家(京都)の終焉と、開墾で土地を得て生きてきた「実」を重んじる関東(鎌倉)の新国家誕生を描いた力作です。(masa / 2005-01-30)
本書の義経は、わたしたちがよく知っている義経の物語とはずいぶん、色合いが違う。 義経は、童話や時代劇では悲劇のヒーローのイメージが強く、弁慶との出逢い、静御前との恋など、数多くの有名なエピソードで彩られているが、本書ではそうした人口に膾炙したエピソードをほとんど取り上げない。なんと、頼朝の追討を受けて京を逃げ出し衣川で自害するまでは、たった3行である。これにはおどろいた。 もちろん、人間を書いている。人間の泣き笑いを描いている。だから史書ではなくて紛れもなく小説である。しかし、情緒の捕らえ方が普通のふうではない。個々の人間の行動や考え方、価値観は、時代を離れては存在しない、という観点から出発している。 この物語の時代は、公家の世から武士の世に、に大きな舵が切られた時代である。このあと、徳川の世が終わるまで実に700年間、武士の世が続く。そういう大きな時代の転換があった。 だから、この物語は人間を描いてはいるが、その視点は、人間からみたものではなく、いわば時代がみた人間、である。 義経と頼朝を、時代からみると、また、この兄弟の悲劇への理解が深まる。義経は天才的な戦略家だったが、しかし、時代からみれば、ただの愚か者であった。頼朝は、この悍馬の如く荒れ狂う時代にしがみつき、必死で乗り切って武家の世を開いたが、義経は己が愚かさのために振り落とされてしまった。頼朝が義経と初めて対面したときの喜びは本物だったろう。しかし、頼朝には落馬しそうな義経を助けあげるだけの余裕がなかった。司馬はそういっているように思える。 頼朝が時代を乗りこなし、義経が振り落とされたことが決まったあと、それ以上の物語は単なる惰性でしかない。だから、3行だったのかも知れない。 ともあれ、司馬の書く義経は、やはり、司馬版としかいいようのない義経であった。 いつの世も、時代の気分から、人は逃れられるものではないのであろう。(丁三 / 2005-04-27)
これはなかなか面白かった。 義経が偏屈なまでに、そして性善説かつブラコン ぶりが見事にかきあげらています。 さらに、なぜ義経は時代の舞台から消えることに なったのか?源頼朝はなぜ大きな戦の大将をして いないのに覇を手にいれることができたのかが 司馬さん一流の踊るような文章で描かれています。( / 2004-06-12)
軍事的には直感冴え渡る天才,但し政治的には哀れなほど無能。特に後者が強調されて語られた義経。 司馬さんの歴史物は大好きで,学生時代貪るように読んだ。今回本書を読んで,あの頃のような興奮は味わえなかった。筆者が主人公を愛して書いたようには,どうしても受け取れなかった。歴史上の敗北者として,冷淡に突き放された義経。本書で描かれる彼は,悲劇のヒーローではない。 星2つとしたのは感情の葛藤による。すなわち,義経への同情と司馬さんへの敬意との。(五番街 / 2005-01-19)
司馬版義経では等身大の人間としての義経が描かれている。 伝説的な内容は一切なく、弁慶もほとんど出てこない。 司馬さんは全編を通じて兄である頼朝と義経の確執を主題に据えている。 北条氏の後ろ盾を得ている鎌倉幕府の脆弱さと頼朝、義経の関係が非常にわかりやすく描かれており、これを読んでいれば、その後の北条氏による「執権政治」とは何ぞや、を確実に理解する事が出来る。 それほど鎌倉幕府が脆弱な基盤に成り立っているなど高校時代は知る由ももなかった。(john / 2007-06-16)
レビュー数 21
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平均点:4.0
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No.1-12
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山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫) / レビュー総評点:125
『山月記・李陵 他九篇 』で画像検索
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ASIN:4003114515 / 売上順位:59811
岩波書店(1994-07)
中島 敦
¥ 735(中古:¥ 267)
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レビュー総評点:
125
最強の文体
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高校生の時読みました。山月記の華麗な文体は今でも空で暗記しているほど引きつけられました。これ以上無駄がなく、流麗にして、深い教養に溢れた文体を書ける人物は他にいないと思います。 彼の文章を読んでいる時が一番「日本語というのは美しいなあ」と感じます。(voodootalk / 2003-08-18)
文体は一目見た印象は読みにくそうだが、読み始めると言葉の奥深いリズムに酔いつつ読めた。名作「山月記」は学生時代、教科書に掲載されていて知っていたが30代を迎えて読むと人生の哀切、はかなさなど想いをはせてしまう。知人が好きだと語っていた「悟浄嘆異」もなんとも楽しい。「西遊記」に材を取っていた内容とあって嬉しくなる。それが活字で漢文を底流とする言葉で散りばめられた文体でファンタジーを楽しめるとは出会えてよかった作品だ。悟空、三蔵法師などについての語り、描写も面白い。「名人伝」「文字禍」「弟子」とにかく楽しめた。人間への洞察、漢学に由来するエピソードそれぞれに奥が深く、どきっとする部分もあった。(すみん / 2003-03-07)
私が気に入っているのは『悟浄出世』です。形而上の悩みに取り付かれている悟浄が、様々な妖怪の思想家を訪ね歩く話です。作者本人をモデルにしているので切実な苦悩が伝わってくるし、それを古い伝説と融合させたのは見事だと思います。(景欧ボーイ / 2007-03-19)
作者は今のこの時代を、つまり未来を予測していたのでしょうか? 「文字禍」や「悟浄歎異」における悟空の人柄の描写などは 現代の学問に対する痛烈な皮肉のように感じられました。 「知識」と「知恵」は違うのだと、私達はどれだけ理解しているのでしょう。 字の書き方を知って記憶力を失うように、知識を得るために一体どれだけのものを犠牲にしているのでしょう。 「山月記」の李徴の閉ざされた心の描写も恐ろしく洗練されていました。 何も(自分さえも)も信じられず、矛盾した心によって全てを拒絶し、孤独となり、ついには異形のものとなってしまう。 その事実を嘆く李徴の姿はあまりに哀れで、思わず涙ぐんでしまうほどでした。 心を開いたが故に何かによって傷つけられてしまうのと、心を閉ざして孤独となるのではどちらがより辛いのでしょう?(レーベン / 2004-07-02)
天才の薫につつまれた文章群。書店で手にとって、本書のどこでもよいから一部をサラリとよんで見て欲しい。もしもそこで何かを感じたら、多分、買ってよい一冊。好みに合うひとには好みに合いまくる本。(コンタナトス / 2006-09-28)
レビュー数 21
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平均点:5.0
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No.1-13
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恐るべき子供たち (岩波文庫) / レビュー総評点:71
『恐るべき子供たち 』で画像検索
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ASIN:4003256611 / 売上順位:35646
岩波書店(1957-01)
翻訳:鈴木 力衛/コクトー
¥ 420(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
71
社会とうまく適応できず、孤立し「自分たちの部屋」に閉じこもる姉と弟。彼らは互いに愛し合うも互いに傷つけ合う。特にこれをしたいといったこともない彼らの享楽的な生活。彼らの残酷な行動は無邪気といった言葉で片付けて良いのだろうか?そしてこれらは病んだ子供達のみに起こる出来事なのだろうか? 思わず彼らの閉じられた部屋が羨ましいと感じたのは、果たして自分だけであろうか。( / )
世間から離れた状態で生活し続ける姉弟の話。 彼女たちは、まるで夢の中で暮らしているかのよう。 無秩序ともいえる部屋の中で、姉と弟が互いを愛し合い、傷つけあいながら、暮らしている。 愛するあまり、悲劇的な最後を迎えてしまう。 不思議な雰囲気のある作品。 子供の世界を描いている。(丸いウサギ / 2005-09-12)
タイトルがイカス。内容は、やはり詩的文章。表現が良い。原語で読まねば。 「美の特権はすばらしいものである。美は美を求めないものにさえも働きかけるのだ」 なんだか太宰を喚起するのは私だけか。 子供は残酷である、目を背けてはいけない事実のように思う。(ぽこぺん / 2004-02-16)
残酷さ、心変わりと出来心、そしてかぎりなく無邪気な「子供」の恐ろしさ・・萩尾望都の同名漫画の原作にもなった、名作です。( / )
わからん
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約に問題があるのか、コクトーの文章自体に問題があるのか、はたまた私なのか、小説の描こうとするものがまったく理解できなかった。 4人の「子供たち」の思考や行動に共感もできなければ反発もできない上に、いったい何らかの意味があるのかどうかさえわからないのだ。 心理小説といわれる割には、その心理が描けていないのではないかと思う。出版当時には斬新であったのかも知れない状況設定も今では古臭く感じてしまう。(まるこぶた / 2006-01-31)
レビュー数 7
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平均点:3.5
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No.1-14
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高丘親王航海記 (文春文庫) / レビュー総評点:82
『高丘親王航海記 』で画像検索
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ASIN:4167140020 / 売上順位:24911
文藝春秋(1990-10)
渋澤 龍彦
¥ 500(中古:¥ 136)
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レビュー総評点:
82
夢幻の彼方へ
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病床に臥しながらも執筆された澁澤龍彦の遺作であり、その思想を総括する最高傑作。物語の半分以上が高丘親王の夢であり、アンチポデス、アナクロニズム等が存分に発揮されている、まさに幻想文学の手法の全てがつまっていると言っていい作品。「黒魔術の手帖」やサドの翻訳など、西洋(裏)文化の紹介者としての活動も積極的であった筆者の最終的に選んだテーマが輪廻転生であり、東洋思想であった点は我々日本人としても考えてみる余地があるのではないかと思う。幻想文学というと色目で見る方がいるかもしれないが、この本のテーマは普遍的な実存の意味にまで昇華されており、一生涯を通じての愛読書となる事は間違いないであろう。( / 2001-04-25)
澁澤龍彦さんの遺作となった本書には、著者の紡いだ夢まぼろしが軽やかに、 自由に飛翔している趣がありました。時間と空間を越えてのびのびと羽ばたいて いる想像力のきらめき。話の底を流れている透明感と清々しい風韻。 おおらかで屈託のないほがらかさ。素晴らしい夢幻譚の数々に酔いしれました。 航海の途中で親王が体験する不思議な話のいくつかを読むうちに、このまま 天竺に着かずに南海諸国をうろうろしててくれたらいいなと、そんなことも 思ったりして。高丘親王、今回の話ではどんな夢を見せてくれるのかなと、 それがとても楽しみで頁をめくっていきました。 「そうれ、天竺まで飛んでゆけ」という魔法の呪文めいた言葉が素敵です。 登場人物にパタリヤ・パタタ姫なんてのが出てくる。ネーミングがいいなあと、 にこにこしちゃいました。 透明感に包まれた美しい夢幻譚にめぐり会えて本当に良かった。 折に触れてひもとき、読み返したい一冊になりました。(風(kaze) / 2004-05-28)
夢と現実のあわいを行き来しているうちに、一体どちらが夢でどちらが現実なのか分からなくなってくる、そうした味わいにするすると引き込まれてゆく連作短篇集。そこには、モーツァルトの20番以降の「ピアノ協奏曲」を彷彿させる調べがあり、自由の境地に遊ぶ清澄な美しさに魅了されました。 六十七歳というのに童子のように天真爛漫な御子(みこ)こと高丘親王が、数人の従者とともに天竺へと向かう道中の、不可思議な話を記したファンタジー。「そうれ、天竺まで飛んでゆけ。」の言葉をモチーフにして、夢のエッセンスのような幻想譚が展開されていくのですね。久しぶりに再読したのですが、これはやっぱり素敵な幻想綺譚だなあと酔わされましたね。 さらに、妖しい感じが、ドラコニア王国の主・澁澤龍彦の面目躍如たるもの。江戸時代の絵師・伊藤若冲(じゃくちゅう)の、鳳凰を描いた「老松白鳳図」という絵に漂うエキゾチックな妖艶美と気脈通じる味わいに、うっとりとさせられました。 澁澤龍彦の小説では、『唐草物語』『ねむり姫』『うつろ舟』もそれぞれに珠玉の短篇集だけれど、ただ一冊だけとなれば、この遺作を選びます。はるか天の蒼穹へと融け入るが如き、七つの夢幻譚の香り高き調べ。絶品、と言うしかありません。(東の風 / 2007-10-24)
作者の小説の中で、一番純粋で美しい小説だと思っています。 そして色気があって慈しみに満ちていて。 人生は旅のようなもの、という言葉があるけれど、少し俗っぽくて好きではありませんでした。しかし、この小説を読み終えて、再び頭をよぎりました。今度は、この言葉が浄化され神聖なものとして。 愛おしい物語です。(ポカラ / 2005-03-17)
実際に旅先で読んでみました。ただし、東南アジアではなく、北ヨーロッパ旅行の際に。 薬子が親王の夢に繰り返しでてきて、自由奔放な夢を展開するところが印象的。性器をもてあそぶ年増の薬子、夢幻の遊廓で見た不可思議な光景、不思議な動物たち、道中引き連れたメンバーのユニークさ・・・ どこまでが史実で、どこからがフィクションか、そこら辺が混沌と、しかしながら平易な文章で綴られている点が圧倒的である。親王の最後へと向かうくだりも、結末へ向かっていることは読者にもはっきり感じられるのであるが、幻想の夢幻の雰囲気が昇華する、とでもいうのか、この作品全体の構築がなされている点を改めて感じさせられ、その点でも感銘を受けた(☆☆☆☆☆ / 2003-07-24)
レビュー数 12
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平均点:5.0
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No.1-15
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ヴェニスに死す (岩波文庫) / レビュー総評点:118
『ヴェニスに死す 』で画像検索
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ASIN:4003243412 / 売上順位:208909
岩波書店(2000-05)
トオマス マン/原著:Thomas Mann/翻訳:実吉 捷郎
¥ 420(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
118
ヴェニスのゴンドラ
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「およそだれでも、はじめて、または久しくのらなかったあとで、ヴェニスのゴンドラにのらねばならなかったとき、あるかるいおののき、あるひそかなおじけと不安を、おさえずにいられた人があるだろうか。譚詩的な時代から全くそのままに伝わっていて、ほかのあらゆるものの中で棺だけが似ているほど、一種異様に黒い、このふしぎなのりものーこれは波のささやく夜の、音もない、犯罪的な冒険を思いおこさせる。それ以上に死そのものを、棺台と陰惨な葬式と、最後の無言の車行とを思いおこさせる。そしてこういう小舟の座席ー棺のように黒くニスをにってある、うす黒いクッションのついたあのひじかけいすは、この世で最もやわらかな、最もごうしゃな、最も人をだらけさせる座席であることに、人は気づいたことがあるだろうか。」 マンの「イタリア紀行」です。アッシェンバッハという老作家。タッジオという美少年。作家がこの少年を真夏の炎天下、正にストーカーとなって追いかける物語。ああ、恋とは、そして情熱とはこのように滑稽で悲惨なものである。黒いゴンドラの座席に身を沈めた作家は、棺の中に横たわった死人のように、現実の生活から離れて一息つき、心も体も十二分に安らいでいる。 ヴェニスの風景が美しい。ヴィスコンテイの映画も美しいけれど、多分このオリジナルの言葉の芸術に勝るものはありません。(オハラ翔子 / 2006-07-16)
地位も名誉も手にした年老いた作家が、少年タッジオという神の作り出した美に魅せられ、狂い、死へ突き進んでいく物語です。しかし、果たしてこれは俗に言われるような破滅の物語なのでしょうか。タッジオに出会ってからのわずか数日は、栄光に包まれたそれまでの彼の生涯より、はるかに幸福なものであったはず。美を解する者が、完璧な美へ出会うこと以上の至福があるでしょうか。さらに、ヴェネチアという東方の香り漂う妖げな舞台まで用意されれば、愛に狂っていくのは必然のように思えます。 本の構成そのものに話を移せば、難解かつ遠回しな表現は多数あるものの、文学のたしなみの浅い私でも十分読み進むことができました。「理解する」というより、むしろ「感じる」作品と言えるのではないでしょうか。「ドイツ文学」という言葉からは取っ付きにくそうなイメージが醸し出されていますが、思い切ってチャレンジすれば、意外と取っ付けてしまえるものです。是非、この名作を幅広い方に読んで頂きたいと思います。 読み終わった後、ビスコンティ監督の映画「ベニスに死す」をもう一度観たくなりました。(koz19 / 2003-03-03)
読むことをお薦めします。 映画の方は、ただ観る分には少しわかりにくいのですが、先に原作を読んでおけば、美しい映像の何気ないシーン、何気ない会話やしぐさなどが、アッシェンバッハの心情を読むにあたって、いろいろな意味を帯びてくると思います。 この作品を読んでて感じるのは「陶酔」でしょうか。アッシェンバッハが美童タッジオに心から心酔させられたように、読者はこの作品の持つ雰囲気やらに心酔させられてしまうことと思います。この陶酔感に関して言えば、映画よりも原作のほうが勝るといっていいです。 映画を観る前に読むことをお薦めしていますが、既に映画を観たことがある人や映画なんて知らないという人にも是非ともお薦めします。素晴らしい文学作品です。(常春の国から / 2004-08-03)
第一・二章を読む限りは-解説者の絶賛にかかわらず-私はこの翻訳が「名文」だとは信じられなかった。というのも、一文がいかにも長く-こんな風に差し込み文が多用されてあって-哲学の文章みたいに難解であったからである。 しかし、老学者アッシェンバッハがヴェニスに旅にでると文体がらりと変わる。修辞的な文は無くなり、俗な会話が多くなる。簡潔で美しい「名文」になるのである。そしてそういうときに彼は美少年タッジオに出会うのだ。長い間、理性を保ち、理論の世界で生きてきた彼は、目の前の「美」に触れてその感情(恋)に振りまわされる。 初めて美少年に微笑をもらったとき彼は「奇妙に憤怒」するのである。「きみはそんなふうに微笑してはいけない。いいかね。誰にだって、そんなふうに微笑して見せるものではないのだよ。」やがて彼は「認識」の世界に別れを告げ、自滅する。 マンは自戒の意味をこめてこの小説を書いたのかもしれない。しかし世の多くの読者はこの老人の死を否定的には思わなかったはずだ。私もむしろ賞賛したい気持ちがある。世に認められ、子供も成人している初老の芸術学者が出会ったのは、若者には分からない最も純粋な形の恋であったかもしれないし、それ以上の「人間が人間としてあるための秘密の扉」の1部だったのかもしれない。そう思わせるような雰囲気がこの名文のなかにはある。(くま / 2002-04-21)
初老の作家グスタフ・アッシェンバッハは、ある日散歩に出かけ、ふと見た旅人の姿に旅情を掻き立てられて日常のわずらわしい規制から離れるべく旅に出た。旅先のヴェニスのホテルで美少年、ダッジオに心奪われ、自らを失い、破滅の道へと突き進んでゆく・・・。物語が醸す耽美な世界にぐいぐいとひきこまれてしまいました。トオマス・マンの最高傑作だと思います。( / 2001-08-14)
レビュー数 11
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平均点:4.5
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No.1-16
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真夏の死―自選短編集 (新潮文庫) / レビュー総評点:64
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ASIN:410105018X / 売上順位:141893
新潮社(1970-07)
三島 由紀夫
¥ 500(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
64
「夏の豪華な真盛の間には、われらはより深く死に動かされる」というボオドレエルのアフォリズムを副題とする「真夏の死」は、海難事故という悲劇から出発している点に特徴がある。解説で作者も述べている通り、通常の小説では悲劇は最後に起こり、その必然性としての宿命がそれまでに描かれる。「真夏の死」はそれと反対を描き、なんの暗示もなく突如悲劇が起こるために、後に残された者がその必然性を疑う展開をみせる。 予め示されない必然性を埋めるかのように朝子は「悲し」む。「悲しみ」が癒えてしまえば、その悲劇は何事もなかったかのような偶然のある出来事に変わってしまうからである。そのため、「何事も天命」であると捉えるには至らず、深い悲しみを固持しようとするのだが、悲しみの程度、実質というものが曖昧である故に、どれだけ悲しんでも悲しみが足りないように感じてしまう。しかし、結局は悲劇の必然性を見出せないまま、悲劇を日常生活の中へ、すなわち偶然性の中へ溶かし込んでいく成行になってしまう。そこから、別の必然性を待つようになる。つまり悲劇の、あるいは悲劇に対する悲しみの物語化である。さらに、新しい子の懐胎は別の必然性を待つ覚悟の証とも思えなくもない。 「運命」を必然性として捉えるか、それとも「虚構」を描き、必然性を確保するか。この両者の間で揺れ動く様を描いた傑作である。(けんたま / 2007-05-22)
満足です。 『真夏の死』は実際に起きた事件を題材に書いた小説です。 二人の子供と義妹を失った朝子が、その悲劇から克服する過程を描いた作品であります。あと、心理描写が巧みです。三島由紀夫の代表短編です。(名無し / 2003-02-02)
三島由紀夫の自選短編集。 全作品を通して人間の感情の描写が非常によくなされていると思います。特に表題作真夏の死では、息子や親戚の死を経験し、神経過敏になってちょっとした出来事に登場人物たちの心情が揺れ動く所に、人間の弱さがよく描写されています。面白いと言うよりは正直にうまいと感じました。 最後の作品、つきあっている彼女に『別れよう』という言葉だけを言うためだけにつきあってきたという所は、意外なようで人間らしい感情だなぁと感心したりしました。 初めて読んだ三島由紀夫の作品でしたが、十分満足できました。近代文学でもわりと最近で、文体もあっさりした方だと思います。(ninetails / 2006-11-24)
一つ一つが、濃厚で深い短編です。 特に、タイトルになっている「真夏の死」は印象深い。普通の人にも、普通に悲劇は訪れる。その悲劇をその人がどう整理していくか、人間観察の小説である。それぞれの短編を読むと、人間の奥深い思想世界に引き込まれて行く。味わい深い。まさに近代文学。 (Cafe Red Sky / 2007-11-10)
この自選短編集のあとがきの中で、三島由紀夫は、こんな事を書いて居る。(以下引用)−−旧作を読み返しておどろかされるのは、少年時代、幼年時代の思い出、その追憶の感覚的真実、幾多の小さなエピソードの記憶等が、少なくとも二十代の終り近くまでは実によく保たれていたということである。それらを一切失わせたのは、一つには年齢と、一つには社会生活の繁忙さとであろう。きめこまやかな過去の感覚的記憶を玩弄(がんろう)していられるには、肉体的不健康が必要であり、(プルウストを見よ!)、健康体はそのような記憶に適しないのであろう。私が幼少年時の柔らかな甘い思い出を失う時期が、正(まさ)に、私の肉体が完全な健康へ向う時期と符合しているのである。(本書289〜290ページ)−− 三島由紀夫の作品を読んで居ると、彼が、幼少年時代の記憶を、或る時はそのまま、又別の時には、歴史上の情景に見立てて、作品に散りばめて居ると思ふ時が少なくない。(『春の雪』や『海と夕焼』には特にそれを感じる)しかし、その幼少年期の記憶を失って行く過程を、三島由紀夫が、上の様に回想して居るのは、このあとがきが書かれたのが、昭和45年(1970年)6月と、彼の死の数ヶ月前であるだけに、予言的である。彼が、自分の幼少年期の記憶をこれほど醒めた言葉で語る様に成った時、彼は、既に自分の人生の前半を否定して居た様に思はれる。−−幼少年期の記憶を良く保って居る事を肉体的不健康と見なして−−それはともかく、この短編集の中で、私は、『サーカス』が一番好きである。 (西岡昌紀・内科医)(西岡昌紀 / 2006-07-05)
レビュー数 7
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平均点:4.5
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No.1-17
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悪童日記 (ハヤカワepi文庫) / レビュー総評点:104
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ASIN:4151200029 / 売上順位:2755
早川書房(2001-05)
アゴタ クリストフ/翻訳:堀 茂樹/原著:Agota Kristof
¥ 693(中古:¥ 139)
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レビュー総評点:
104
第二次世界大戦のさなか、都市から田舎の小村に疎開した双子の男の子が、祖母である老婆と暮らすことになる。そして老婆と子供の心の交流が始まる、などというありがちな展開は全くなく、双子は性悪の老婆に奴隷のようにこき使われ、村人達からも冷たい扱いを受ける。生き延びるために強くなることを強いられる生活の中で、二人は自分たちに起きたことをノートにつづることにした。そのノートがこの本である、という設定になっています。 文章をつづる際、双子は自分たちに一つのルールを課します。それは、主観や感情を排して事実のみを記載すること。だから、この本の中で人々の思いは一切説明されません。なぜ彼らはそんな行動をとったのか、なにが起きたのか、どう思ったのか、それは書かれている事実をもとに、読み手が想像していくしかありません。読解力を試される小説です。ある人にとってはただのエログロ、ある人にとっては痛切な反戦の書と、読者の感性によっても印象が違うと思います。 簡潔な文章なのに、いや簡潔だからこそ、想像力が刺激され情景が強烈にイメージされる。魔力のような文章に圧倒されました。 本書には続編の「ふたりの証拠」と「第三の嘘」があり、それらを読むと違う世界が現れてくる仕掛けになっています。そちらはそちらでお勧めなのですが、この1冊だけ独立した小説として心の中に取っておきたいとも思ってしまいます。あえて続編を読まないという手も・・・などと言ったら作者のファンに叱られそうですが。 ラストの衝撃がいつまでも胸に残りました。(留吉 / 2008-08-14)
私が『悪童日記』を初めて読んだのは小6の時。 あまりの衝撃に、2晩ほどずっとこの本の事を考えていました。 戦争の中、淡々と語る何のモザイクのない「ぼくら」が見た世界。 その中で生き延びるための術。 読み終わったとき、何かが心に残りました。 今でも読み返す事が度々あります。 読んで良かったと思うと同時に、この本を買ってきた姉には本当に感謝してます。 読まなきゃ損。といっても個人的には過言ではありません。(もしゅら / 2006-01-24)
簡潔な文体。簡潔な章立。衝撃的な結末。本書読了後の正直な感想は「びっくりした」です。主人公の双子の少年達は大人たちの行動を冷静な目で見つめている。その冷静な目は怒り、悲しみ、憎しみ、異常さ、死を問わず、いつも変わることのない目線である。自分達を鍛え上げ、自分達で生きる術を身に付け、成長していく。そして衝撃のラスト。 気分を害する読者もいるかもしれませんが、現実とはこんなものなんですね。美化したり、言葉で誤魔化したりする場面が、生きていると一杯ありますが、事実を書き連ねると本書のようになってしまうんですね。そして我々はその現実を見つめる「練習」をしないと、ちょっと気を許すと「お花畑の住人」になってしまう危機があることを理解しなければなりません。本書はその練習にもってこいです。現実から目を離してはいけないことを、我々に強烈に教えてくれます。 (hiraku / 2007-03-24)
「ぼくらはどんなことも絶対に忘れないよ」(本文より) 彼らは自分たちのことを「ぼくら」と呼び、二人が別のことをする時は「ぼくらのうちの一人ともう一人」という言い方をする。 お互いを分けるための名前は必要ないのだと思うと、なんとも不思議で、そして少し不気味でもある。 彼らの環境に慣れるための「練習」には、物言わぬ批判を感じる。 おそらく戦争下では、痛みや悲しみや、略奪や殺しといったことに対して、心を麻痺させないとやっていけない。 人々は知らずのうちに、心に麻酔を打ち込み、忘れようとする。 それは、忘れたほうが楽だからに他ならない。 対して、「ぼくら」は「絶対に忘れない」という。 痛みを知り、そして忘れない。 それは、麻痺したことを認識せずに、何もかもを忘れようとすることよりも、ずっとシビアな選択だと思う。 人の欺瞞や忘却、人間の持つ闇に対して、目をそらさない子供たち。 20世紀、多くの人々は傷ついたのに、すでに私たちは多くのことを忘れてしまっている。 いろいろなことを、はっと思い出させられる一冊。(ビイハヴ / 2007-04-27)
解説の中で文体について「無駄をそぎ落とした裸体」のようだというような表現があったが、 まさにそのような感じ。 何の装飾もない、覆うものもない、しかし骨はごつくしっかりしている、そんな感じ。 ナイスな言い回しや描写は排除。爽快なほどであった。 内容はとてもダークなはずなのに、その重さをあまり感じさせない、考えさせないところも爽快。 かと言って軽いわけではない。断じてない。 ラストに驚かされて続編の「ふたりの証拠」「第三の嘘」を読むことにしたが、 続編を読んでみるとこの「悪童日記」の違う面が現れてくる。 違う面があるなんて微塵も思わず読み、それはそれで面白かったが、やはり3部すべて読むと物語の奥深さを味わえるのでおすすめする。(青海カモメ / 2009-11-05)
レビュー数 50
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平均点:4.5
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No.1-18
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ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫) / レビュー総評点:48
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ASIN:4151200126 / 売上順位:8243
早川書房(2001-11)
アゴタ クリストフ/翻訳:堀 茂樹/原著:Agota Kristof
¥ 693(中古:¥ 199)
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レビュー総評点:
48
前作、悪童日記の続編。前作では固有名詞は一切出てこなかったのだが、話は一転、(一見すると)かなり普通の小説になっていく。 だが、前作の無駄な修飾や感性を一切排除した文体は続く。すごいことに、この話一切感情を地の文で書いてないんです。悲しいとか、嬉しいとか、誰々がどのように感じたかがまったく書いていない。それなのい、行動や言葉の端々から感情と残酷さが溢れ出てきて、ある意味とても刹那的なその感情に惹かれたりする。 まぎれもない傑作。前作で衝撃のラストだったが、今作でのラストもさらに衝撃的。感情を押し殺した文体にこのラストはもはや神業としか言いようがない。 前作で双子のアイデンティティは揺らぐことはなかった。それは世界が双子の内部だけで完結していたからにほかならないから、明らかに同意の上で分離したふたり。その片割れ、リュカの生き方を是非見てください。 続きもすぐ読まねば。(するめいか / 2006-01-18)
「悪童日記」の続編。前作の最後で別れた双子の「ぼくら」。その片割れであるリュカが主人公となって、話は進められる。 今作は前作のような日記形式ではなく、普通の、いささか普通すぎるような文章構造です。しかし、文体は前作のように無駄を省いた簡潔なもの。慣れないうちは読みにくいかもしれませんが、リズムをつかむとスラスラ読めます。内容は前作よりも重層的になっていて、読み応えもあります。 気になるのが、リュカ(LUCAS)とクラウス(CLAUS)という双子の名前。アナグラムになっています。そして、主要な登場人物が全員、何かを失っている、あるいは失うということです。続編への物語の伏線であると思います。 そして、最後の報告書の体裁をとったエピローグ。今まで語られてきたことと明らかな矛盾点があります。 これは続編を読まなければ分かりません。完結編に期待です。(パンタロン / 2005-09-15)
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やめられないとまらない 一作目の「悪童日記」を読了して 速攻で古本屋をハシゴして(新刊書店に在庫はなかった) 二作目「ふたりの証拠」と三作目「第三の嘘」を購入してきました。 悪童日記のラストもすごいが ふたりの証拠のラストはもっとすごい。 なんで?どうなってんの?リュカは? わからない事だらけで続きがもの凄く気になります。 簡素な文体はそのままで 今回は人物に名前がつけられました。 悪童日記のラストで頭に浮かんだのは ツインじゃなくてダブルだとしたら。。。。 確認する為に「第三の嘘」にとりかかります。 支離滅裂のレビューで失礼を申し上げます。 読み終えた後なので少なからず動揺しております故。 ひとつだけ言える確かな事は 三部作全てを手元に置いてから読み始めるべき ということです。(しかばねさん / 2008-04-11)
著者の前作「悪童日記」の結末の直後から始まる正に続編。訪る人も限られた活気のない国境の町で、淡く静かな物語が綴られていきます。 戦争は終ったが結局支配者が入れ替わっただけ、さらに混乱期にあった密かな自由もここにはない。街中ひっそりと息をひそめて何事も起きないように生きるだけの毎日。 主人公リュカは、不幸な境遇の果てに命を絶とうとした若い母と幼子に偶然出会い、3人によるかりそめの家庭、そしてもうひとつの愛を求め彷徨い続けます。そして、この片田舎の静かな生活の中に更なる悲しみが次々押し寄せて来ます。 「悪童日記」で悲惨な境遇を跳ね返していたのとは真逆に歯車が周りだしたかのような印象がありました。そして、またもやあっと驚く衝撃の結末。 「悪童日記」を愛したすべての読者が同じ満足を得られるというものでもないとは思いますし、感動を安売りするような物語でもないとは思いますが、前作に続いて、感情表現を極力排した文章によって、心の奥につき刺さるようなしんしんと降る雪のような悲しみが印象的な作品だと思いました。 そして、数奇な運命の双子の物語は更に意外な展開を見せて、次作「第三の嘘」に続いていきます。(Adam12 / 2008-05-24)
レビュー数 15
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平均点:4.5
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No.1-19
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第三の嘘 (ハヤカワepi文庫) / レビュー総評点:62
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ASIN:4151200169 / 売上順位:9183
早川書房(2006-06)
翻訳:堀 茂樹/アゴタ・クリストフ
¥ 693(中古:¥ 265)
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レビュー総評点:
62
『悪童日記』、『ふたりの証拠』に続いて一気に読んだ。 三冊が三冊ともにスタイルが異なっていて、つど鮮やかに裏切られる。 双子の物語は単純に陰と陽に分けて考えがちだが、真の闇の中では それも意味をなさないだろう。 作者が描こうとしたのは、まさにその闇の暗さ、そして暗さの中にも なお浮かび上がるコントラストなのだろうか? この物語はハンガリーから亡命した作者自身の自伝的要素が、かなり 込められていると聞く。 物語には何らかの帰結を、そして、苦しみの中にも救いを、つい求めて しまうが、作者はただ、精神と肉体の隅々にたまった澱を吐き出さずには いられなかったのかもしれない。 巻末に転載されている作者のインタビュー記事の抜粋を読むと、作品世界が みごとに完結する。(Justin / 2007-06-06)
ずっと待っていた’悪童日記’’ふたりの証拠’に続く完結編の文庫版。これまでの話では、話の展開に疑問がたくさんありましたが、この作品で納得しました。そういうことだったのか・・と。戦争や国家やイデオロギーが人間の運命をいかに翻弄してしまうのか考えてしまいました。そんな時代にこうしてしか生きていくことができなかった主人公の姿は、そのまま残酷な時代を象徴しているかのようにも映りました。(タイスケ / 2002-03-16)
「悪童日記」「ふたりの証拠」と続く三部作の完結です。 前半はリュカの、後半はクラウスの半生というふうに二部構成になっています。 やはり特筆すべきは文章スタイルでしょう。一貫した簡潔な文体。そして、今作には今までにはなかった。幻想性のようなものが感じられます。「悪童日記」では淡々とした事実を述べるもの。「ふたりの証拠」は小説の王道を行く、リアリズムな表現。そして、「第三のうそ」ではそれらに加えて、幻想的な表現により、より文学的な作品となっています。 この作品って一体なんだったんだろう?というのが正直な感想でした。 「悪童日記」「ふたりの証拠」はリュカの希望を込めた嘘の物語でした。しかし、創作したリュカはクラウスの人生をまったく知らなかったにもかかわらず、この二作にはクラウスの人生を想起させるモチーフがあまりにも多く出てきます。 この三部作、結局は同じコトを言っているのではないでしょうか?戦争、冷戦、統一。これらの第二次大戦においての作者の経験をそれぞれ書き分けたものなのでしょう。そこにある悲しさ、どうしようもなさが強く溢れている気がします。「三つの嘘」とはすべて嘘だったということなのでしょうか? この三部作は奥が深いです。一読しただけでは掴みきれない要素がたくさん隠されているような気がします。(パンタロン / 2005-09-15)
時は流れる。天使のようにうつくしかった主人公も年老いていく。 戦争のなかを生き抜いた自分自身の存在をかけて、最後の戦いをいどんでいるようにも見える。私が私であることのあやうさ。そして唯一存在したことの証しでもある「名前」さえもが、真実味を失ってゆく。。。 〔人間の存在〕を根本からくつがえさせるような衝撃をのこし、3部作は幕をとじていく。(みしか / 2001-11-23)
「悪童日記」の襲撃的なラストから、「ふたりの証拠」の驚愕の結末を経て、辿り着いてしまった三部作の完結編。 「悪童日記」「ふたりの証拠」の背景をたどっていくこの物語は、やはり期待を裏切らない。 何が真実で、何が嘘なのか。全てが真実で、全てが嘘かもしれない。物語の世界観に引き込まれ、道を見失う。簡潔に、言葉少なに語られたこの世界に、自ら進んで迷い込んで欲しい。( / )
レビュー数 16
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平均点:5.0
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No.1-20
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海市 (新潮文庫) / レビュー総評点:24
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ASIN:4101115117 / 売上順位:256687
新潮社(1981-10)
福永 武彦
-(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
24
福永武彦は、常に斬新な小説技法を切り開き、しかも成功した人だった。作品に実験臭さはなく、スマートな出来映えだった。(同じような方法意識をもって執筆していた盟友の中村真一郎と比較すれば、一目瞭然です。中村真一郎は「四季」4部作で熟成するまで、本領を発揮できなかった。)中でも、この「海市」は、余人の真似のできない方法で書かれた作品です。この作品がなかったら、今日の村上春樹もいなかっただろうと、ちょっと大袈裟に言っておきましょうか。 もう少し、具体的に書きます。この作品は、主要な4人の登場人物の内部独白を短い断片に分け、連想の糸によって並び替え、つなぎ直されています。しかも、誰の独白か判らないように、わざと三人称の表示にされていたりして、慣れるまで大変かもしれません。しかし、作者にも何らかの意図があっての作品構成なのですから、ここは無心になって読み進めるのみです。すると、不思議なことに、バイオリンのテーマをヴィオラやチェロが受けて、変奏していく弦楽四重奏曲のような味わいがあることに気づきます。しかも、三人称表示の部分が、誰の心にも共通している部分のように感じられ、通奏低音のような役割を果たしていることに気づきます。読了後、メビウスの輪のように不思議な円環を閉じる、まるで生き物のような時間の流れを感じることができたら、多分最高の読書をされたことになると思います。 他のレビュアの方で、愛についての記述についていけないという感想がありましたが、それは、私にもよく解ります。でも、発言はあくまでも作中人物のものであり、作者のものではありません。福永さんは、作中の男性からちょっと距離をおくことがあるので、要注意です。 (風流亭無芸居士 / 2003-12-06)
画家の息子として生まれ、自らも画家として確固たる自我のある作風を持ち、妻子を顧みることはない芸術家として生きることに矜持を持った主人公。片やミューズなのか単なる奔放な女性なのか分からない謎の女性・安見子。この二人が繰り広げる恋愛作品で、今読んでも非常にエロチックな作品だ。登場人物の設定や舞台となる風景、各章の語り手が入れ替わるところなど、かなり映像的だ。(映画やドラマ化はされていないようだが)主人公・安見子の性格設定はよく言えば無垢、悪く言えば曖昧で掴みきれない。存在そのものが海市(蜃気楼)のごとく、実は手に入らない物であったということで、男たちは振り回されるばかり。しかしそれだからこそ魅了されるのだという男たちが右往左往する様がよく描かれている。 (まる・ち / 2004-02-29)
「妻のある画家・渋太吉は旅先の伊豆の南端の海村で蜃気楼のように現れた若い女性を愛しはじめる。渋はかつて一緒に死ぬ約束をした女性を裏切り、現在の妻とは離婚寸前の状況にある。やがて伊豆で逢った女性は親友の妻安見子であることが判明するが、渋の安見子への思慕はやみがたく肉体関係を続ける。恋愛のいつくかの相を捉えて、退廃と絶望の時代における愛の運命を追求する。」 「人間は意識的に生きているつもりでいる無意識的な存在なのだ。」・・・「お前がそれを忘れたとしたら、それはお前が無意識に忘れることを望んでいたからだ。」・・・この作品を読み返すたびに、「運命」や「偶然」といった単語だけでは説明できない、我々の無意識の深さとその結果が織りなす現実世界について改めて考えさせられる。 愛に疲れたあなたに、この一冊をぜひお勧めします。(佐原礼 / 2000-11-21)
レビュー数 3
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平均点:4.5
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No.1-21
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冗談 (Lettres) / レビュー総評点:28
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ASIN:4622048671 / 売上順位:344814
みすず書房(2002-05)
翻訳:中村 猛/翻訳:関根 日出男/原著:Milan Kundera/ミラン クンデラ
-(中古:¥ 2,500)
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レビュー総評点:
28
感動といっても、涙がポロポロ落ちるような、そんなものではありません。政治にのめり込み、参加し、その思想に、その歴史に振り回された小さな個人の運命が、そのそれぞれの視点から描かれ、いろいろな角度から人間というものに光を当てられることにより、人間の立体的な姿が見えるように注意深く物語が描かれ、人間とは何なのか、その一筋縄ではいかない心の、人生の、運命の複雑さがユーモアの中に表現されていることに心を奪われたのです。読み終わった後、しみじみとしたものが感じられますよ。(かほり / 2003-11-29)
20世紀文学の傑作。この本を読んだのは、2,3年程前かな。読んでみておっかなびっくり。こんな小説があるのか、って。世界には、こんなに力強い文学が存在するんだな、って。ほんとうに驚いてしまった。なんか、ぞくぞくする感覚が読む間中、僕を取り巻いてて、なんか、半端な物語体験ではなかった。きっと、まだまだ僕は若すぎて、この小説をもっと深く読みこなせるようになるには、もっともっと実生活でいろいろ経験し、迷い傷つき、人を愛して生きることが必要なんだろうな、と思った。クンデラの作品は、あと『存在の耐えられない軽さ』を読んだ。僕は『冗談』のほうが好きだ、と思う。でも、またいつか読み直さなくちゃ。クンデラの本は他にも読んでないのたくさんあるし、これからひとつひとつ大切に、じっくり読んで行きたいな。 軽い気分で手にとって、気軽な読書、ってな感じでは読めないけど、こういうじわじわと身にしみるような物語を、僕は、これからも読んで行きたいな。世界には、まだまだいっぱいそういう物語が伝わってるだろうから。 (いつてん / 2006-05-04)
時代と、そのなかに形成されえる自己と、それが残すことのできる軌跡とは、なんと不条理な、意味をもたせることの出来ぬかなしさなのだろう。それでも、すべての事物は「無実」であって、「罪は別のところにある」と著者の分身は述べる。 恨むことでも愛することでもバランスなどとれなかった静かな崩壊、そこでも、音楽によってその悲しみを想い、また喜びを懐かしむことができるルドヴィーク(とわたしたち)は、一体どこへ行くのだろう。 政治的観点からの批判に対し著者は、「これはラヴ・ストーリー」だと述べた。そう、まったく、これはラヴ・ストーリーなのであった。(s_mondo / 2004-06-18)
クンデラの作品はほとんど読み、現在は卒業研究にしている。「存在の耐えられない軽さ」「不滅」などはもちろん素晴らしい傑作だが、ぼくはやはり、この「冗談」が一番好きだ。これだけ日常レベルでチェコでの時代体験を書いた小説は、クンデラノのなかでこれが最後だろう。身近な素材を使っているからというだけではなく、どこまでも人間や出来事が生々しい。しかし、これは私小説などではない。ここには、気まぐれな歴史に翻弄される自我が、その彷徨いが、ときには惨酷に、ときには滑稽に、そして最後には静かな憂愁をもって語られている。「なにがほんとうの悪か?」そんなこと考えてはダメだ。誰もが正しくない、そして間違ってさえいないのだ。それがクンデラにとっての道徳なのだ。 (天秤座の男 / 2005-11-23)
この小説を読んだのはもう20年も前のことだが、読み終わった時の圧倒的な感銘はいまだに忘れることができない。その後クンデラの小説はすべて読んだが、これを超えるものにはついに出会うことがなかった。人の運命の不思議さ―自らの意志や巡り合う人々や時代・国の状況などが複雑に絡み合い形成され、愛したり、傷ついたりしながら、年をとっていく。それをユーモアたっぷりに豊かに表現したクンデラの才気あふれる筆さばきに脱帽だ。この小説が発表された1967年は、ガルシア=マルケス『百年の孤独』、大江健三郎『万延元年のフットボール』、ピンチョン『競売ナンバー49の叫び』なども出版され、世界文学史上の当たり年であった。(デ・グリュー / 2010-01-29)
レビュー数 6
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平均点:5.0
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No.1-22
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嫌われ松子の一生 (上) (幻冬舎文庫) / レビュー総評点:58
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ASIN:4344405617 / 売上順位:154135
幻冬舎(2004-08)
山田 宗樹
¥ 600(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
58
最初にタイトルを見たとき、どんな性格ブスの物語なのだろう思った。確かに教師時代は体裁と自己の評価を保つことだけに支配された高慢な女だった。 ところが窃盗事件に端を欲し家を飛び出したところから愛を希求する対象が父親から男へ変わる。セックス・ドラッグ・バイオレンス、揚げ句の果てには男を殺して服役する。 転落し続ける松子の人生。殴られても裏切られても引きずられても愛を乞う女。女であれば共感できる部分もあるのではないだろうか。それ以外の方法論を知らないというところに人格の歪みを感じるが、それがまた松子の魅力でもある。 著者が描きたかったのは打算や理性で幸福を掴み取る女ではない。まるで幼い子供のように泣きながら盲目的に愛を乞う女だ。例えバカだと言われようが、松子をそうさせるのは大人たちが失ってしまった純真な魂に他ならないからだ。 一方で松子の生涯を紐解いていくうちに大人へと成長を遂げる笙と明日香の視点も、若い世代に向けたメッセージを含んでいて素晴らしい。松子の視点で描写される過去、笙の視点で綴られる現在。ページをめくるごとに時間軸が近づけていく手法が読者をどんどん物語の中に引き釣り込んでいく。 (ゆき / 2006-05-17)
松子は愚か、松子は自堕落、松子は短絡的、松子は哀れ、松子は運がない・・・なのに、松子に共感を覚えてしまう部分が否めないのは、私が女だからか、それとも松子と同じような要素が自分にあるからなのか。 これは負のおとぎ話です。 めくるめくシンデレラストーリーなんて滅多にないように、この物語のような不幸で悲惨な人生もそうそうあるものではありません。そういう意味でこの小説は、登場人物も含め、とても「空想物語然」としているとも言えるので、安心して読むことができます。映画がファンタジックな発想で作られているらしい点もわかるような気がします。 しかし、男性作家の作品であるのに、ときおりぎょっとするほど女性の心理が巧みに描かれている点には少し感心しました。とくに松子の、父親と妹に対する思いや葛藤には、同じ経験があるわけでもないのに妙に感情移入してしまえるから不思議です。 冗長にならず、先を読ませる勢いがあるのはミステリ作家らしい著者の力量なんでしょうか。
(真琴 / 2006-04-24)
タイトルと映画化にあたっての中谷美紀のコメントを見て思わず購入した。だって、あの中谷美紀が『松子を演じるために女優になったのかも・・』と、言わしめているのだから。どんな話が待ち受けているのかと読み進むうち、『こりゃ!下巻も買わなきゃ』と、慌てて本屋に走ったほどだ。この本に書かれてる話は今を生きている人達みんなの中にいる人格の一つだと思う。あなたは今に満足していますか?誰かを愛した事がありますか?誰かに愛された事がありますか?正直に生きてますか?人はみな同じように産声を上げて生まれてきても 一つ、たった一つの歯車が合わなくなった時から思いもよらない方向へ行くものです。 輪廻も運命もあるかもしれないけれど、変えるも自分、落ちるも自分 。何に幸せを見出せるかだけで生き方は変えられるものだと思う。 松子があなたの反面教師になってくれるはずです。 ( / 2005-08-26)
昨日上下巻をまとめて購入し、一気に読んでしまいました。 松子というごく普通の女性が歩んで行った転落人生のおはなし。。。 おかしいくらいに安易な異性に対する松子の愛情は同性としては賛同し兼ねるけど。。 松子と同じような女性は沢山いると思う。 私の隣に居てもおかしくない女性、松子の生涯は面白いように悪い方へ悪い方へと進んでいくのですが、 恐ろしい位にプラス思考な所がまた憎めない。 過去と現在が交差して進んで行くし、程よいスピード感があって面白かったです。 特に女性が見るべきだと思う。 これを見て「普通じゃん!」と思う女性は危険だよ!(若松泰蔵 / 2006-06-13)
中谷美紀主演でミュージカル仕立ての映画になったことにより、’03年に書かれた本書が、原作として一躍ブレイクした。 川尻松子の、23才の新任中学教師時代から53才で孤独な死を迎える、昭和45年から現在までの波乱の生涯を描いている。 この小説は、映画とは異なり、松子の存在すら知らなかった甥が、彼女の辿った人生を追跡してゆく章と、松子自身が実際の出来事を語る章とが交互に交錯して展開してゆく。彼がつかんだ事実から謎が広がり、それを松子の一人称が明らかにしてゆく。 さすがはミステリーの新人賞で世に出た著者ならではの、読み手の関心を先へ先へとどんどん進ませ、ページを繰る手を休ませない叙述スタイルである。 一般に本書は「転落の人生」、「男運のない女」、「流転の生涯」の物語として受け止められるのだろうが、私は読み終えてまた別の印象も受けた。 松子は、最初と最後の事件を除いて、情熱的で激情的な性格ゆえ、「今はこれしかない」、「思い込んだら命がけ」とばかりに、自ら過酷な状況に飛び込んで、いずれも裏目に出て幸せにはつながらないのだが、その時その時を精一杯生きたといえるのではないだろうか。 能天気で軽薄大学生だった甥は、はじめは興味本位だったが、次第に松子の人生の軌跡を追うことに没頭し、ついには裁判所の傍聴席で激情するまでになる。彼は単に松子の生涯の悲運に同情したのではなく、彼女の生き様の凄まじい迫力とか情念といったものに心を突き動かされたのだと思う。 本書では、松子の41才から50才までがわずか1ページで記されているだけだが、彼女は40代の10年間分をそれだけで済ませられるほど、それまでの20年弱を“激しく”、 “濃く”生きてきたのである。 (Wakaba-Mark / 2006-06-10)
レビュー数 64
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平均点:3.5
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No.1-23
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嫌われ松子の一生 (下) (幻冬舎文庫) / レビュー総評点:40
『嫌われ松子の一生 』で画像検索
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ASIN:4344405625 / 売上順位:153940
幻冬舎(2004-08)
山田 宗樹
¥ 630(中古:¥ 1)
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レビュー総評点:
40
愛され松子
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松子の不幸はますます容赦がなくなってきます。 私はこの小説は「負のおとぎ話」だと思っています。シンデレラストーリーに幸福のゴールがあるように、この物語にもちゃんと不幸のゴールがあります。こうなるより他ないんです。これはそういう物語なのです。しかし、それは決して映画「ダンサーインザダーク」や「フランダースの犬」のような、外的環境に翻弄される「弱いものいじめ」ではなく、すべては松子自身の責任において堕ちていくところが熱いのです。 ミステリー小説などでは、しばしば賢明な若い女性の登場人物が、一条の光を投げかける存在として描かれますが、ここでは、松子の甥の笙の彼女である明日香という女の子がその役割をしているように思います。 おそらく松子とは正反対の明るい人生を送るであろう明日香に、本来真面目で努力家な一面をもっている松子が歩めなかった人生を重ねてしまいました。 「嫌われ松子」は一生を終えることで、「愛され松子」になったのでしょうか。 松子が実家に帰ったとき、子供だった甥っ子の笙に出会う場面と(笙はそれを覚えていない)、松子の最期の場面は、少しせつないです。 賢く生きるって実は簡単なことで、体と情で生きることのほうがずっとずっと大変なのかもしれませんね。 それにしても、この文庫、解説がよくないです。こんな視点で解釈してしまったら、読後のテンションがぐ〜んと下がってしまいますよ。
(真琴 / 2006-04-24)
下巻に入って、ほとんどnon-stopで読み切りました。なのにこの後味の悪さ。これほどまでに激しい転落の人生の結末、そんな女性がどうしてこんなどうってことない人に殺されてしまったのでしょう。ただ愛し愛されることだけを望んで生きてきたのに、どこをどうくぐっても彼女には女神が微笑んでくれない。二巻を通して、松子がぐんと身近なものになりました。途中龍洋一と聖書の出会いが、なんとなく不自然なものに思えたんだけれど。(julietomato / 2004-10-20)
本の表題からは想像がつかぬほど、シリアスな話。。。松子の転落人生が甥の「笙」の調査と交互に描かれ、最後に一つにまとまる。松子のその最期はあまりのむなしさに絶句してしまう。終盤は生気を失った彼女がやる気を取り戻した矢先だっただけに悲しい。 でもこの出来事を通じて「笙」が成長する様子や、松子自身の一生懸命に何かを信じて、すがって生きていく姿は心を打つ。 決してスカッとする本ではないが、読んで損はない。(jinya / 2006-10-01)
小説中にも太宰の話がでてきますが、私は「人間失格」と通ずるものを強く感じました。それは「人間のどうしようもなさ」とか「弱さ」というものを描いているところです。人間ってどうしようもないものです(中には物凄く強い人もいるのでしょうけど)。とことんまで弱いものです。何かに縋りたくなるし、多分、何か縋るものが必要なのですが、何に縋ればいいのかはよく解らない。この小説ではキリスト教に縋って救われた、とする龍一が出てきますが、人間失格の葉蔵も松子も、最後まで何に縋っていいのか解らず、縋れそうなものからは全て裏切られて死んでいきます。(宙ぶらり / 2006-08-21)
ソープ嬢として働いたり、覚醒剤を使用したり、殺人を犯したりした松子ですが、そんな彼女が、普通の夢を描く場面も幾度か出てきます。 親友の遺志を継いで、恋人と小料理屋を開くこと。 美容師の資格を取って、プロポーズをしてくれた理容師の男性と、仲良くお店をやっていくこと。 カットコンテストに出場し、元恋人に自分が立ち直ったことを伝えること。 恋人が出所したら、二人で肩を寄せ合って人生をやり直すこと。 家族に許してもらい、温かく迎えてもらうこと。 彼女の不幸は、それらのささやかな希望がすべて他人に関わることであり、彼女自身の努力だけで報われるものではなかったことでしょう。希望を持っている間は一生懸命努力していた松子も、希望が次々と消えていく理由に気づけないまま、自堕落な生活を送るようになります。 そんな彼女も、最後の最後で自分自身の可能性にかすかな希望を見出し、自分のことを心配し、愛してくれていた人たちがいたことに気がつきます。また、死後に至っては、一度しか会ったことのない甥が自分の生涯に興味を持ち、その結果人間として成長し、自分のために悔し涙まで流してくれた。彼女にとって、救いになったと思います。 明日香の部分が多少物足りないというかちょっと浮いているような感じがしましたが、自分の人生に指針を持つことの大切さを教えられました。(夢ふうりん / 2006-08-20)
レビュー数 38
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平均点:3.5
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No.1-24
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わたしを離さないで / レビュー総評点:240
『わたしを離さないで』で画像検索
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ASIN:4152087196 / 売上順位:41540
早川書房(2006-04-22)
カズオ イシグロ
¥ 1,890(中古:¥ 173)
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レビュー総評点:
240
静かだが揺るぎない感情の交錯
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「事態の全貌が明らかになった時、読者は血も凍るような恐怖感を覚えることになる。魂の奥底にまで届くような衝撃がある」。脳科学者の茂木健一郎は、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』の書評でこのように書きました。あらすじに注目した書評としては、あながち的外れでもないのでしょうが、私個人がこの作品に抱いた印象は大きく異なります。 運命を強制された人々の心の中にあっても、静かでも途絶えることのない感情の動き、それらをイシグロならではの抑制された文体で静謐に描き出した作品。私はそのような印象を受けました。三人の主人公、キャシー、ルース、トミーが共に過ごしたヘールシャムという施設、自らの手で選び取ることのできない運命、これらはあくまで舞台背景であって、この作品の本質を成すものではないように思われます。 他者の手で強いられた運命の中においてさえ、三人の心の内では、喜び、怒り、悲しみ、あらゆる感情が揺れ動きます。それは、三滴の雫が静かな水面に発生させた同心円の波が広がり、交錯して増幅し、すれ違い、そして去っていく様子が想起されます。 海辺の町クローマ(イングランドのLost Corner:遺失物置き場)は、この作品において極めて重要な土地ではないでしょうか。トミーがキャシーのために”Never Let Me Go”が収録されたカセットを探す町、ルースが自らの母親を探す町、ヘールシャムで育った者達が異なる未来を探す町。そこには何も見つからないかもしれない、私達の運命は既に決定されているのだから、それでもそこを訪れない訳にはいかない。 この作品でのイシグロは、これまでの執筆活動の頂点に達したように見受けられます。今後彼は、技術的にも内容のうえでも新しい試みを始めることになるのでしょうか。不安と共に期待をもって待ちたいと思います。(Yaginuma / 2007-07-21)
この本を読んだのはもう数年前。 でも、未だに消えることのない、心の中に漂う悲しみや切なさや絶望。 つい最近、もう一度読み返してみる。 誰しも生まれる自由はない。 親を、環境を選んで生まれることは、出来ない。 この作品における極端に特殊なシチュエーションはメタファーに過ぎないと思う。 恐らく私たちすべてに言えること。 生まれ持った宿命を許容するとは、どういうことなのか・・・。 不幸な、あるいは自分が望まない「環境」を努力で変えていける人も確かにいるだろう。 しかし、多くの人は生まれた環境、両親、家業や立場(長男だとか一人っ子だとか片親だとか孤児だとか)の中でもがき苦しみながらも、許容して生きているのではないだろうか。 この作品を読み終えて私の中に、「許容とは何なのか?」 という疑問がずっと停滞したままだ。 もしかしてその答えは、一生かけて見つけていくようなものなのかも知れない。 そのテーマを得ただけでも、私にとってこの作品は、カズオ・イシグロという作家は、マイベスト、だと思う。 他の、「日の名残り」、「私たちが孤児だった頃」、「浮き世の画家」なども、 基本的にこの作家が投げかけているテーマは同じ、だと思うので、そちらもお勧めしたい。 日本が産んだ、世界で読まれている偉大な作家だと思う。 (mana / 2009-01-15)
衝撃☆
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どこかミステリアスに描かれていて、読むに連れてこの小説の中の世界が段々と見えてくるようになっています。 それは私達の住む世界と異なる世界ですが、同時にその世界は私達の世界に重ねられるべきものであり、登場人物達は私達と同じなんだと思いました。SF的でありながらも、登場人物達の姿は何よりも現実感を持って訴えかけてきます。そこから私達の何気ない日常に繋がるメッセージが透けて見えるような気がしました。これは登場人物達が、(極端に言えば私達と同じように)限られていて、抜け出せない現実があり、でもその中に何かを見出そうとしているからこそではないでしょうか。 そしてこの小説を支えるひとつに文章の良さあると思います。描写や洞察力も素晴らしいのです。その繊細かつ静かな語り口で綴られるエピソード群は、確かな生を感じる事ができ、引き込まれます。特にラストシーンにかけてのそれは本当に、本当に痛切なるもので、思わず言葉を失ってしまいました。心の一番奥で渦巻くような気持ちです。大袈裟ではなく、読み終わってもずっと胸がヒリヒリしたまま、何も出来ないでいたほどでした。 今思い出しても、自分が何かを感じてるのがよくわかります。凄く「残る」作品です。 読んでよかったです。(ファミリーアフェア / 2007-05-09)
SF的な形式をとりながら、人間のエゴイズムについて掘りさげた小説だなあと、私は思いました。『日の名残り』にも共通する、知り合いの思い出話を聞くような文章で、すんなり読み進んでいけますが、数ページでその異常さに気づき、それは章がひとつ進むごとに増していきます。「人間」でありながら人間ではないキャシーHたちと一緒に、彼らを生み出した「人間」の善良さに期待していくと・・。人間の善良さとはいったい何なのか。実は私たちも形を変えた「提供者」ではないのか。読み終わったあとも、読者にいろいろ考えさせる力を持った作品です。実は私も読み終わった夜、心がざわざわして、よく眠れませんでした。カズオ・イシグロの作品のなかでも、最も読みやすく、また、翻訳の土屋政雄さんの日本語が、私はとても好きでした。(よむよむ / 2006-11-22)
奇抜な単語はほとんど使われておらず、誰もが知っている語彙の組み合わせで、これほど特殊な、しかも心を打つ世界が作り出されていることにびっくりします。 よく理解できない状態から読み始めることになると思います。謎が気になって終盤までほぼ一気に読み進み、最後は私自身、この小説の世界をすべて受け入れる気持ちになりました。基本的には、切ない内容です。人を泣かせようとするような大げさな表現は一つも使われていないのに、最後は涙が止まりませんでした。 読書からこういった感情や、生きることに対するある種の思いを得られたことは、素晴らしかったと思います。多分この本を手放すことはなく、ずっと手元に置く一冊になりそうです。(牧田まき / 2009-03-11)
レビュー数 96
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平均点:4.5
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No.1-25
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カフカ寓話集 (岩波文庫) / レビュー総評点:61
『カフカ寓話集 』で画像検索
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ASIN:4003243846 / 売上順位:49969
岩波書店(1998-01)
カフカ/翻訳:池内 紀
¥ 630(中古:¥ 99)
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レビュー総評点:
61
(1)経営学者ドラッカーの『ネクスト・ソサエティ』によれば、工事現場などで使われる安全ヘルメットの発明者はカフカであるという。その功績に対してアメリカ安全協会から1912年にゴールドメダルをもらったとのこと。「ところでフランツ・カフカという名前を知っておられるか?オーストリアの偉大な作家だ。実は安全ヘルメットを発明したのがカフカだった。(中略)彼の安全ヘルメットのおかげで、チェコ地方の製鉄所の年間の労災死亡者がはじめて1000人当り25人を割った(『ネクスト・ソサエティ』より)」 (2)学生時代に社会主義に接近した(新潮文庫『変身』の解説より)カフカだが、ロシア革命には批判的だった。「洪水が拡がるほど、水は浅く濁ってゆきます。革命の洪水が干上がる。と、後に残るものは新しい官僚主義の泥濘にすぎないのです(『カフカとの対話』より)」 (3)カフカの恋人たちは別れた後も、(カフカからの手紙を保存し守り続けたように)カフカに対して独特の感情を抱いていたらしい。「彼の作品は驚くべきものです。彼自身はもっとはるかに驚くべき人です……(カフカと別れた直後にミレナがブロートに送った手紙より)」 (4)同時代にはほとんど評価されなかったカフカだが、後の世代ははかりしれない衝撃を受けた。例えばマルケスは『変身』を初めて読んだとき「あやうくベッドから落ちそうになるほど」驚いたという。ベンヤミンはのちのちまで、カフカと会っておかなかったことを後悔し続けた。オースターはカフカを「生まれながらの書き手(『空腹の技法』より)」と評している。 (5)カフカの生前最後の(臨終の際の)言葉は、「書いた物を全て焼却処分してくれ。私が作家であったとう証拠は、もう存在しない(そうすれば、私が作家だったという証拠がなくなる)」だったという(『世にも奇妙な遺言集』などより)。(ポートす / 2006-06-12)
訳が素晴らしい。訳者はカフカの作品を、読んで楽しい「大人のおとぎ話」と考える研究者だが、直訳ではなく、作品の大意に合わせた訳文を心がけたのだろう、本当に読みやすい。中でも『断食芸人』は、同じ岩波文庫の「変身他1編」に収められているものとの違いに驚いた。 だからといって、この作品に収められた短篇が全て理解できるわけではないのが、カフカのカフカたる所以なのだが…。読むたびに解釈が異なってしまう作品もあるし、何度読んでも意味がわからない作品もある。文学的な表現も殆どなく、どちらかといえば事務的と言えそうな簡潔な文章にも拘らず、そうなってしまう。 全30編(中には1ページに満たない作品もある)、イソップ寓話のように擬人化された動物を扱った作品も多い。イソップは誰が読んでも同じ解釈のものが多い(実際最後に寓意が記されている)が、カフカの作品には答えがないばかりか、明確な問いもないものもある。 “難しいのに何故か不思議と面白い”、私にとってカフカとはそういう作家である。 この作品集には、カフカの描いた戯画風の絵が何点か収められている。当たり前なのだろうが、小説にピッタリと合っている不思議な味の絵である。 (TaroTaro / 2006-05-18)
類稀な密度
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カフカのアフォリズム(?)に「一滴も溢れることなく、これ以上一滴も入れる余地がない」というものがありますが、これはまたカフカ作品のもっとも的確な表現のように思えます。彼の作品(特に短篇)の簡潔さや類稀な密度は驚くべきものです(例えば『皇帝の使者』や『ちいさな寓話』に見られるような)。カフカの言葉との付き合い方・使い方には、安易な文学的表現に走らない慎重さと、饒舌によらずに表現する的確さ、そして物事の様々な面を鋭く切り取る鮮やかさとが感じられます。文学における言葉の在りようの、理想の一つではないでしょうか。(とぎ / 2003-06-24)
訳者の解説によると「寓話集」にとくに強い意味はないとのことだが、動物を擬人化し、なんらかのメッセージや皮肉を込めた短編を集めていることは間違いない。全部で30編が200ページちょっとに収められている。最も短い「アレクサンドロス大王」に至っては注を含めてもわずか6行しかない。どう解釈すれば悩むような作品が多いが、どれもが不思議な味を感じるのがカフカの真髄か。「巣穴」のいらいらするような思考の螺旋ともいえる文章にも引き込まれる。(レバンネン / 2008-06-01)
カフカに出会ったのは私が高校生のときでした。カフカの魅力はやはり短編の簡潔な表現でしょう。現代社会にも通じる皮肉や不条理は今の小説よりも優れているとさえ思います。下手な恋愛小説より、こちらのほうがずっと有益。(ノリィ / 2004-06-30)
レビュー数 8
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平均点:5.0
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