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No.1-1
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脳のなかの幽霊 (角川21世紀叢書) / レビュー総評点:111
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ASIN:4047913200 / 売上順位:70959
角川書店(1999-08)
原著:Sandra Blakeslee/V.S. ラマチャンドラン/著:サンドラ ブレイクスリー/翻訳:山下 篤子/原著:V.S. Ramachandran
-(中古:¥ 800)
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レビュー総評点:
111
この本を読み終えて思ったことは、科学を突き詰めると最後は「自分=存在」という哲学的な難題に迷い込まずにはいられないのだな、ということでした。 著者は、「自分(意識)」という人間にとって最も基本的な前提さえ、脳という物質の制限の中で展開する一連の様式の一局面に過ぎないのだということを、いろいろな実例を交えて語っています。そして、過程の一部に瑕疵が生ずれば自分(意識)というものはもろくも崩壊してしまう。 著者は、もろくも崩壊しうる自分(意識)とは決して特別のものではない、宇宙という全体の一部なのだ、それを知ることによりかえって安心が生じるのだという趣旨の事を云っています。正直をいって僕は著者のように達観はできませんが、自分というものについて考える上で、この一冊はとても良い本だと思いました。 ただ、最終章の「クオリア」についての記述は僕にはちょっと難解でした。(赤々丸 / 2006-09-01)
医学者である著者の臨床経験をもとに脳に対する洞察を行っている。ここに書かれている患者、すなわち特定の症状を示す患者がいたということが、この洞察の根拠となっている。非常にユーモアのセンスのある人のようで面白く読める。人間の脳に対するアプローチはやはり病気になられた人の症状と損傷部位を突き詰めて考えていくしかないのであろう。 本の題名から考えるより科学的な本です。最近まで本著の存在を知らなかったことを恥じております。お勧めです。(neurologistsk / 2005-02-20)
ラマチャンドラン氏は、精神の様な抽象的問題であっても、答えだけではなく、その過程=方程式が欲しかったのだなぁと感じました。 感情はなぜ沸き起こるのか、フロイトの言っている心理は科学で証明できるのか等、私たちが曖昧に受け入れている事に科学的なメスを入れ、パズルを解くかのように実証しようとしているのです。凄いなぁ。怖いなぁ。 どきどきしながら読みました。 ラマチャンドラン氏は勉強家だなぁ。(あかぞこ / 2005-02-21)
何度も読み返してしまうほど面白い。著者は脳神経学者であり、幻肢治療のスペシャリストである。幻肢というのは切断した腕などが無いにもかかわらず、存在しているように感じる現象で、ひどい激痛を伴うこともあるが治療方法がなかったのだ。それを実に簡単な方法で治療した名医でもある。 また、本書のキモは、脳の局所的障害によって生じる異常な事例の紹介である。半側無視という症状を示す患者は、知性は普通なのだが世界から左が消えてしまい、お化粧も顔半分しかしなかったりと凄いことになる。他にも興味深い症例はわんさと出てくる。 似た内容の本では世界的にベストセラーになった『妻を帽子と間違えた男』があるが、私の所見ではこちらの方が5倍は面白い! これほど知的好奇心を刺激する本も珍しい。とにかくおすすめの一冊である。(ワカシム / 2007-05-13)
幻肢や相貌失認のような特殊な症例をもとに人間の主観的体験と脳の情報処理の仕組みとの関連をわかりやすく説明する良書です。読みやすいのでとくに神経系についての予備知識も必要としません(私もそんなものありませんでしたし……)。個々の症状とそのメカニズム自体が大変興味深いものですが、なんといっても本書の魅力は著者のユーモアあふれる文章です!「会議の時に網膜の盲点を使って学部長の頭を消して遊んでた」のようなおもわず噴出さずにはいられないエピソードがいたるところに散りばめられており、本を読んでる、というよりも、まるで講演を聴いているかのような気分になってしまいます。面白おかしく読めてかつ知識も深まるのだから、こんなにお得な本もあまりないでしょう。(マクシ / 2005-05-23)
レビュー数 24
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平均点:5.0
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No.1-2
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妻を帽子とまちがえた男 (サックス・コレクション) / レビュー総評点:260
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ASIN:4794925220 / 売上順位:100780
晶文社(1992-01-30)
翻訳:金沢 泰子/翻訳:高見 幸郎/オリバー サックス
¥ 2,982(中古:¥ 447)
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レビュー総評点:
260
思いやることも困難な病
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「見える」という概念を失ってしまえば「見えない」ことにも気付かない…初めて聞いたときはそんな奇妙なことがあるのかと思った。見えないことにすら気付かないことと、見えないことが分かっている人とどちらが幸福なのだろうか。 まさか、と信じられないような症状を抱えた人々。その苦痛を想像することすらできないような病。おそらく治癒することはないだろうと思われるが、それでもその中で当人たちは精一杯生きている。哀れまれるべき存在では決してない。そしてまた、社会からは「異常者」とレッテルを張られている精神病棟の人々が大統領の演説をテレビで見て示した反応を書いた「大統領の演説」の章には目から鱗が落ちる。(ロビンフッド / 2002-08-16)
側頭葉は記憶、頭頂葉は身体感覚…などのような、脳の機能分化という概念は非常にわかりやすいのであるが、本当にそれだけでは脳機能は説明できないと改めて気づかされる内容であった。 詳しくは本書をぜひ読んでいただきたいが、題名にあるように、人物の相貌と物体の弁別に障害を起こす「失認症」など、人間の脳が奇妙なのか、病気が奇妙なのかわからないが、こうも不思議な(という表現は患者に対して失礼に当たるかもしれないが)症状を呈するというのはどういったことなのであろうか。 神経外科の教科書をめくれば本書にあるような「興味深い」病気はたくさん紹介されているのだが、その患者が何を思い、そしてそこから何を感じ、「正常な」人間とはいかなる存在なのか、ということまでは語ってくれない。本書はそういった意味でも非常に意義深い臨床例を巧みな記述で記載しており、脳・人間について深く考えさせられる一冊になっていると思う。(ぶれぐま / 2005-03-22)
僕は医学部の学生です。 毎日病気について勉強しています。 頭は人並みです。 でもたまに忘れることがあります。 それは病気は人がなるものだということです。 毎日病気をパワーポイントの画面で習います。 次から次へと画面が変わります。 そこに人の気持ちは見つかりません。 妻と帽子を間違えた男。 この本は病気が人になるものでその人の人生の一部だということを気づかせてくれました。 何を当たり前のことを言ってるんだと思うかもしれませんが、悲しいかな患者さんに一切振れづに病気のことだけを習う医学生はこのような錯覚によく陥る。 この本には病気とともに悲しみがあった、病気とともに笑いがあった。 サックス先生の患者さんへの優しさもひしひしと伝わってきた。 来年からは臨床での実習になります。 その前にこの本に出合えて幸せです。 神経病学の分野の本ですが僕みたいに無味でカラカラな授業に飽きた学生は手にとってみてください。将来のあり方が少し見えてくると思いますよ。(ryo_456jp / 2006-12-29)
ショッキングなタイトルに惹かれて、この本を手にとった。いわゆる「健常者」から見れば、「障害」を負い、「異常」な感覚の中に生きている数々の人のエピソードを紹介している本なのだが、単なる興味本位には著されていない。登場する彼ら、彼女らの人生の一部に出会った一人として、著者のオリバー・サックスはこの本を書いている。 健常とは何か。異常とは何か。人間とは何か。自分の身体の感覚が無くなった女性が、それを視覚で補おうと闘う(まさにそのリハビリは闘いだ)エピソードが本書にはある。人間の尊厳は病気や異常によって決して冒されないこと。そして、驚くべき可能性をもって、失ったものをリカバーする存在であることを、この本は教えてくれたように思う。(laksa / 2003-04-14)
この本は、アメリカの精神科医が自分の患者について書いたものです。その患者達は脳のある特定の部分に障害を抱え苦しんでいるのですが、彼らにまつわるエピソードは、脳の不思議に迫る大変興味深い物です。タイトルにもなっている男性は、脳の「人の顔」を認識を司る部分に異常があり、人の顔だけ見ることが出来ません。つまり、妻の顔さえ認識することが出来ないのです。彼女の帽子は見えるのに。何もかも見えているのに、人間の顔を見ることが出来ない奇病に悩んでいるのです。つまり、目は正常なのにそこから得たその情報を脳が理解出来ないのです。他にも様々な症例がかかれています。私たちの脳は不思議に満ちています。驚くべき悩みや症状を抱える患者達のエピソード、読む価値大です。( / )
レビュー数 9
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平均点:5.0
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No.1-3
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進化しすぎた脳 (ブルーバックス) / レビュー総評点:208
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ASIN:4062575388 / 売上順位:2307
講談社(2007-01-19)
池谷 裕二
¥ 1,050(中古:¥ 262)
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レビュー総評点:
208
世界観を変える本
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大脳生理学者が、「脳の組成はどうなっているのか」「どのように機能しているのか」といった解剖学的な視点から、「脳とコンピュータの違いはなにか」「心とは何か、心がどこから生まれるか」「心がそもそも存在する意味は何なのか」といった、心理学や哲学の領域に至るまで、現在の脳研究の最新の成果を、高校生(理科系)レベルでも分かるように平易に解説する。 普段、あまり脳関連の書籍は読まないのですが、本書は本当に刺激的でした。しかも、専門的になりすぎず、「ロボットネズミ」の話や「視覚の偏見」の話など、専門外の人でも興味をかき立てられるお話がつまっています。お話の展開がうまいです。好奇心旺盛な高校生ならずとも、大人の自分でも知的興奮を覚えます。 僕が印象に残ったのは以下のような点です。(特に最後の点は非常に好感がもてました) ・脳は体をコントロールしているが、体も脳をコントロールしている。 ・「悲しい」といった感情は単に脳の副産物、脳の活動の結果にすぎない。 ・「見る」とはものを歪める行為である。 ・ヒトの脳は柔軟性を生むために発達した。 ・部分と全体は互いに不可分で、相互に影響を与えている。脳も複雑系。 ・人間の脳がそんな簡単にわかってたまるか 脳という器官についての知的好奇心をかき立てられると同時に、世界の見方を変える本。大脳生理学の入門として、また、認知心理学や哲学にも繋がる本として、高校生には是非読んでもらいたい。大人も今からでも遅くないですよ。(ぷりうす / 2007-03-04)
テンポよく語られる脳
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脳に関する本をちゃんと読んだのは本書が初めてです。 高校生向けのレクチャーということで、 殆ど予備知識なしに読めました。 テンポの良い語りは、読むものを飽きさせません。 内容的には、理系の人には少々物足りなさを 感じさせるかもしれません。 本書の内容そのものも、もちろん面白かったのですが、 あとがきに記されているこのレクチャーを行った当時を 振り返ったコメントが、同年代の者として、 共感をおぼえました。 しかし、ブルーバックスも高くなったものですね。 石浦「遺伝子が明かす脳と心のからくり」と 似たような価格ですから、買う前に見比べて 合う方を選ばれたほうが良いと思います。 神経細胞については本書の方が深く、脳機能 としては、「遺伝子…」の方が深いようです。(kaz-p / 2007-02-10)
ニューヨーク留学中の中高生8人を相手に、脳科学界の若き精鋭が4回にわたって行った特別講義を書籍化したもの。冒頭に「高校生レベルの知識層に説明して伝えることができなければ、その人は科学を理解しているとは言えない」という物理学者ファインマンの言葉を引用しているが、まさにその自負通り、最先端の脳科学の知見や実績、研究成果を実に判りやすく、親しみやすくレクチャーしている。糸井サンとの対談書「海馬」もかなり面白く読めたが、今回は次代を担う中高生相手ということもあって、最新の成果を“伝えたい・判らせたい”という思いと情熱が、手書きの資料等からもより強く伝わってきた。 著者自身あとがきで、今回(2007年1月)のブルーバックスでの増補刊行(初版は04年10月朝日出版社)を前に再読して「なにかこう、よい講義を受けたような、そんな得した気分になりました」と自画自賛しているが、その言葉が嫌みにならないほど知的刺激に満ちた本。(酒本舗 / 2008-05-01)
平易な会話形式で書かれており非常に読みやすい。一部非常に専門色が濃い箇所もあるのですが著者がわかりやすく伝えようと意識してくれているため最後まで一気に読了してしまえます。 すべてのトピックとは言いませんが約7割程度の内容は驚きに値するような興味深いものばかりで、周りの人に話して自慢したくなるような内容ばかりです。へたにトリビア系のテレビを観るよりも本書を読んでいる方が知的探求心を満たされます。 ブルーバックス版になる前にも発刊されていたとのことですが私は知りませんでした。こんなに面白い本を読むのが2年も遅れたと言うことで非常に残念です。もっと早く出会いたかったです。本当に面白い本で中学生以上の方に是非お薦めしたい良書だと思いました。(読書好き / 2008-03-10)
→久しぶりに出会いました 読みすすめていくうちに「怖い」と思った本に.. →その「怖さ」は、 脳が少々グロテスクであるというような「外見上の怖さ」ではありません 人間が最初に、そして最後に信じる「自分=脳が認識している自分」が ひどく不安定で、信じられなくなってしまうような「怖さ」です →脳とコンピュータの比較、イルカと人間の脳の大きさとシワの数の違い、 ミツバチの8の字ダンスの限界、あいまいな記憶がもたらす功罪・・ 誰でも思う「なぜ」に対し、簡易な言葉と豊富な事例で語ってくれています 膨大な知識と深い見識とともに.. →知的好奇心をこれだけ揺さぶられ、喚起させられたのは 本当に久しぶりです! (特に第1章〜第3章は 何回も読みなおしました)(よこはま こうたろう / 2007-04-17)
レビュー数 38
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平均点:5.0
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No.1-4
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生物から見た世界 (岩波文庫) / レビュー総評点:105
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ASIN:4003394313 / 売上順位:6121
岩波書店(2005-06)
原著:Jakob von Uexk¨ull/著:クリサート/ユクスキュル/翻訳:羽田 節子/翻訳:日高 敏隆
¥ 693(中古:¥ 441)
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レビュー総評点:
105
本書は、1933年に書かれ1934年に出版された、古典的名著である。さすがに個々の実験内容などは時代を感じさせるものがあるが、読み進めるにしたがって引き込まれてゆき、著者の熱意・説得力に感心させられる。 動物の行動を単に外から観察するのではなく、その心理世界ともいえる「環世界」を考えることで、動物の行動をより深く理解できるようになる、という主張は、動物の心理を直接知ることが原理的に不可能である以上、非科学的であるとみなされてもしかたがないともいえるが、環世界という考えが科学の進展に与えたものは決して少なくない。 今なお読む価値のある名著である。(tatchan / 2006-02-25)
それぞれの生き物のもつ感覚機能を説明し、その感覚機能によって広がるそれぞれの生物の生きる世界がどのようなものかを描く。その数々の検討は結局、視覚や聴覚の突出した人間種族が「世界」を真実にきわめて近いまま認識できるというのは思い上がりであり、世界とはそれと違った形で存在するというメッセージのように思う。他の種族をひとつひとつ丁寧に説明することで、哲学では陳腐でさえあるこのメッセージも新たな新鮮さと説得力をもって我々に迫る。またいくつかの含蓄の深い言葉もところどころにちりばめられる。「だが環世界のこの貧弱さはまさに行動の確実さの前提であり、確実さは豊かさよりは重要なのである」「環世界を観察する際、われわれは目的という幻想を捨てることがなにより大切である。それは、設計という観点から動物の生命現象を整理することによってのみ可能である。」実はこのような思考こそが求められているものなのではないだろうか。(クライストの悲劇 / 2006-03-06)
ごく幼いとき、アジサイの花にへばりついているカタツムリをみて、「かれらはなんて暇な一生をおくるのだろうか」と絶望的に悲しくなったことがあるひと。あるいは、黒沢清監督の『アカルイミライ』に登場するクラゲをみて、スクリーンのなかでそれをみつめるオダギリジョーにじぶんを投射しながら、優雅にさえみえる反復運動をひたすらくりかえすクラゲの生活の不思議さになんともいえない興味をおぼえたひと。そんなひとであれば、ふんだんに図もまじえながら、それぞれの生物がくりひろげる外見の単純さのうちに隠蔽されたドラマについて豊かに記述された本書を、きっと楽しむことができるだろう。また、現象学者たちにも多大な影響をあたえたとされる本書は、そのやさしい語り口にいざなわれながらこれまでの凝り固まったものの見方をおのずとときほぐしてくれるという意味で、最良の現象学入門書であるとさえ、いえるかもしれない。(nullepart / 2006-05-06)
誰しもが一度ならず耳にしたことがあるであろう童謡「手のひらを太陽に」。 太陽の下、「おけらだって、みみずだって、あめんぼだって」、そしてヒトだって、みんな みんな同じ世界を共に生き、そして同時に各々が全く別の世界を見出す。 全く別の世界、つまり各々の生物に固有の知覚と作用に基づいて構築される、各々の生物の 「環世界Umwelt」の多様性を開示すること、そしてすべての生物は一様に主観を免れえない、 との主張からして必然的に、客観的な自然とやらの認識の可能性は否定されねばならない、 それこそがこの『生物から見た世界』の主題。 この本の新しさの一つは、単に種の差異を遺伝的要因のみによって説明するのではなく、 その「環世界」の差異によって特徴づけようとする点にあるように思う。 実に驚くべきアプローチだ。 無論、こうしたユクスキュルの議論の背景にあるのは、かのエマニュエル・カント。 要は、「現象と物自体」や「コペルニクス的転回」の議論を、生物学の観察や実験の成果に 従って再構築したら、こうなりました、という話、と言って言えないこともない。 このテキストを読むにあたって『純粋理性批判』を参照するのは極めて正統な手法である ように思う。ただし、その整合性については私の知る限りではない。(しゅてんだる / 2008-04-25)
暫く見かけなくなっていたが、数十年前であればちょっと専門書を あつかっている書店の生物学コーナーでは必ずみかけた古典的著者。 生物がそれぞれの固有の世界性に宿命付けられているという(あた りまえといえばあたりまえの)考えを思弁的にならずに生物学的に 考察してみせたものだ。とりわけ「環境世界」という概念の与えた 影響は多大で、面白い事にそれにヴィヴィットに反応したのは哲学 だったようだ。超越的な視点を前提にしない限り、ヒトの「環境世 界」を問題にするとき必然的に認識論や意味の問題を引き寄せてし まうからだ。「世界内存在」や「生活世界」ヤ知覚の現象学がかな ずしも本書の範疇にあるとは言わないがそれらに興味のある方には 一読をお勧めする。現代文庫でなくやや安価の岩波文庫でリリース した見識を鑑みても買の一冊です。(白頭 / 2005-07-09)
レビュー数 16
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平均点:4.5
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No.1-5
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意識のなかの時間 / レビュー総評点:0
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EQ こころの知能指数 (講談社+α文庫) / レビュー総評点:54
『EQ こころの知能指数 』で画像検索
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ASIN:4062562928 / 売上順位:4332
講談社(1998-09-18)
翻訳:土屋 京子/ダニエル・ゴ-ルマン
¥ 1,029(中古:¥ 136)
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レビュー総評点:
54
たとえば、数世紀前に本書が出版されていたとしたら、ベストセラーに名を連ねただろうか。「あまりまえのことに、わざわざ難しい理屈をつけている」と評価されてしまったかもしれない。 本書のテーマは、かつては「あたりまえ(すぎる)」のことだったのではないかと思う。それが、IQ的なものを偏重する20世紀後半以降の価値観の中で、背後におしやられてしまったのだろう。皮肉なことに、科学の発達によって、その意味・価値が再発見され、EQの仕組みをIQ的言葉で表現可能になったとき、皆がその解釈を新鮮な思いで受け入れたというのが、本書が高く評価された理由なのだろうと思う。この本が面白く感じられるということは、私自身、ベースがIQよりになっている証拠なのではないかとも思える。 続編「EQリーダーシップ」を先に読んであまり面白く感じられなかったために、最初に話題になった本書を確認するために手に取りました。2冊の本は全く違うものだとおもったほうがいいでしょう。続編は、オリジナル本の成功を受け、(継続的なヒットを意識して)ビジネスマンの啓蒙を強く志向したがゆえに、純粋な面白さが薄れてしまったのだというのが私の結論です。(jimmy / 2003-05-31)
タイトルや書評だけを見て、この本を最近よく見かける海外発のセルフヘルプ本の一つではと思った方は実物を見ると驚くと思います。一言で言うと、「難しい!」 活字びっしりで 455ページという量もそうですが、問題は「中身」と「文体」だと思います。 専門的でかなり込み入った話が多く、また一般的でない心理学用語も頻繁に使われていて、アメリカの大学で心理学を専攻した私ですら読みとおすのに本当に苦労します。 文体については、原書のスタイルに忠実にという方針なのかもしれませんが、良書だけに、もう少しやさしく翻訳されていたら (可能なら「小さなことにくよくよするな」や「金持ち父さん」程度)、もっと多くの人に読まれたのではと思うと残念!( / )
EQって心理ゲームかなにかの流行りかと思ってました。 それで気にはなっていましたが、これまで手にとらなかった本の一つです。 今回、ふとしたところから必要になって読んでみましたら、 これは名著でした。3つの点で。 その1 EQについて科学的にとても分かりやすくかかれていること。 その2 EQを高めることによって自分の人生を好転させられる気にさせてくれること。 その3 EQは高めることができるんだ、という励ましがあること。 IQが高い人生もいいかもしれませんが、この本を読むと EQが高い人生のほうがより幸せになれる気になります。 自分のEQがどの程度なのか、この本ではわかりませんが、 ものすごく気になってきます。 今回、いくつかのEQの本を調べて、やはりこの本が一番優れている と感じました。いいかげんなEQ本もたくさん出ています。 最初に読むEQの本はこれにしましょう。(ちょっと長いけど)(わすれんぼ / 2005-07-01)
IQに対してよく使われる言葉になったEQですが、 実はこの著者はEQって言葉を使っていないんです。 雑誌「Time」の特集で初めて使われたのですが、 今ではEQの方が通るようになってますよね。 IQは先天的な物で生涯変わらないがEQは教育が可能なんですよ。 そして、この本の中で一番気になった言葉が 「子供たちが人生をより良く生きていくために大人は何をしてやれるのか。」 です。 心の教育がEQの考え方の中心なんですよね。 このEQの能力は昔の日本人には備わっていたものですよね。 (ところが、最近はキレル子供が増えてきたので その特質が失われてきていますけどね。) 共感とは感情が伝染していくことだ。 という考え方にも共感しました。 家庭での教育については非常に気になりました。 情動教育など、心理学について学びたくなりました。 何度も読んでるんですが、なかなか感想をうまくまとめられない一冊です。 でも、一度は読んでおくべき本ですよね。(内海透 / 2005-03-04)
まず内容は星5つに値すると思います。情動の働きとそのコントロール方法が、多くの挿話を例に挙げながら分かりやすく、それでいて詳しく説明されています。とても興味深い。 学業や仕事に対する心の働きの影響について、詳しく網羅的に知りたい人にお勧めします。 ほかのレビューで「訳が堅い」という意見がありましたが、私はそうは思いません。むしろ訳者の工夫と注力が感じられます。原作者がそこここにちりばめている興味深い挿話を、こなれた日本語に訳しています。この訳以上に柔らかく訳したら、原作のニュアンスが伝わらないでしょう。 Emotional Intelligence(情動の知性)を"EQ"と訳したのは、訳者の工夫は感じるものの、作者の意図を正しく翻訳できているとは思えず賛成できないので、その分だけ星を1つ減らしました。(konno / 2002-07-15)
レビュー数 42
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平均点:4.0
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No.1-7
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脳はいかにして“神”を見るか―宗教体験のブレイン・サイエンス / レビュー総評点:62
『脳はいかにして“神”を見るか―宗教体験のブレイン・サイエンス』で画像検索
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ASIN:4569626858 / 売上順位:54535
PHPエディターズグループ(2003-03)
原著:Eugene D’aquili/翻訳:茂木 健一郎/アンドリュー ニューバーグ/原著:Andrew Newberg/著:ユージーン ダギリ/著:ヴィンス ローズ/原著:Vince Rause
-(中古:¥ 1,500)
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レビュー総評点:
62
神秘体験
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「神とひとつになった」とか、神秘体験、なんて言うと一歩引いて眉をしかめ思考停止してしまいそうですが、著者たちは本書のタイトルどおり、「脳(人間)はいかにして神を見るか」、という疑問を持ち、解明しようとしています。1章~3章で脳の基本的な構造や機能について概観し、4章からは、人類がどのように神話や神、また宗教の儀式などを発見してきたのかを脳の神経学的側面から推測しています。 本書を読んで、ガチガチに特定の宗教にはまっている人なら怒りで言葉も出ないのでは?と心配したり、また科学一辺倒で神なんてない、と考えている人なら興味も示さないかもしれません。私は、どちらかというと科学寄りですが、最終章の「神はなぜ消えないのか」まで読み終えた時、(僕のたってる大地=考えがそんなにも頑丈だとは思えない、神秘体験をした人の方があっているのかも)という、ありきたりだけど自然にそんな感情になりました。著者たちが読者に、私が感じた気持ちを持ってもらうよう意図していたのならば、私の脳は著者の意図どおりになりました。 ちなみに個人的に面白かった箇所は、 4章、ネアンデルタール人の神話 5章、考えを行動に移せという指令 6章、求心路遮断 7章、「死の確実性への認識」という重荷 です。7章はビリビリきます。(yikezawa / 2003-04-19)
著者達は、最新の核医学測定装置(SPECT:単光子放出断層撮影)を使用して宗教的な神秘体験をしている瞬間(実は少しの時間的ずれがあるのですが)の脳の活動の測定結果に基づいて、神秘体験(「絶対的一者」との融合)と脳機能との関係を解き明かそうと試みます。特に最新の脳神経学の知見に基づいた「脳の機能」「神話の創造」「宗教儀式の発生」「宗教の起源」などの議論は非常に興味深く勉強になります。『瞑想あるいは宗教儀式を通して、方向定位連合野(自己の感覚を作り出し、それを空間内で位置づける機能を担う脳の部位)への情報が遮断され、自己と非自己との区別が無くなった神秘的合一の瞬間に、自己を超越するリアリティーの感覚に吸収されてしまったように感じる』との彼らの主張も説得力があります。そこに<神>を見るのですね。 ただし、彼らの考察は脳神経科学(neuroscience)では無く脳神経学(neurology)の立場からの考察なのでどうしても脳の巨視的活動しか見ていない上に、彼らの実験方法では外的擾乱の無い状態での脳機能の時々刻々の詳しい時間的経緯は測定できない等の欠点があります。そう言った欠点に対する彼ら自身の考察は一切ありません。また、最後の2章「現実よりもリアル」と「神はなぜ消えないのか」は、かなりの範囲で形而上学的仮説に基づいた議論であり、前半の章における脳神経学的考察と比べると説得力は格段に劣ります。また、アインシュタインやカール・セーガンなどの物理学者の言葉を、いかにも彼らの仮説の傍証のように引用しているあたりも感心できません。 その様な本書の欠点をあげつらえばきりがないですが、それでも彼らの真摯な試みおよび考察には敬意を表さざるを得ませんし、正直言って私は本書を読み終えてかなり心地よい知的満足感を覚えました。それ故、本書には5つ星を捧げたいと思います。脚注や参考文献もしっかりしており、監訳者がイギリス留学経験もある専門家であることから訳文も的確で読みやすい点も評価できます。(増田裕昭 / 2003-06-17)
二人の脳神経科医が宗教体験の仕組みを解き明かし、スリリングな謎解きが展開する。神秘体験から神話の創造、臨死体験まで、外界の刺激や生理学的な現象がどのように脳でプロセスされ、どのような認識・心の動きを生むか...。 特に瞑想の分析が秀逸だ。精神が最も集中した時点では時間・空間を認識させる外界の刺激が遮断され、自己と外界の境界線の認識が不可能になる。このため、永遠や無限なる宇宙との「一体感」が生まれる、というのだ。 最近"Why Christianity Must Change or Die"(John Shelby Spong),"Alone With Others"(Stephen Batchelor)など、西洋の宗教者達は科学的知識と合理主義の時代に、既成宗教に現代的意義はあるか、という問題を真剣に問い始めている。宗教者による思索と、科学者による分析の両面から、今後現代人にとっての宗教について議論が展開されると面白いだろう。 その意味でも本書の著者(共著者のD'Aquili氏は故人)にはより広範囲で多様な宗教体験・現象の分析を期待したい。発展途上の分野(Neurotheology)だけにまだ本書の内容にも不満は残るが、今後への期待がふくらむという点で、刺激的な本である。( / 2001-08-26)
これが原題です。私は文科系なので、どちらかと言うと後半二章が面白かったです。哲学的素養に裏付けられた、欧米の科学者の著作を読むのは、何のための研究かというベースを見失っていないので読み応えがあります。我々が寄って立つ限界を、脳神経学と言う切り口で解き明かした、これもひとつの宗教なのかもしれません。訳者の茂木氏は、ソニーのクオリア・プロジェクト立ち上げのきっかけとなった人のひとりです。この著作は、経済の先行きさえも占います。(エーコ / 2003-07-24)
人は変性意識状態になると自己を超越することができる。それは、音楽やリズミカルな動作によって誘発されるものである。-宗教と脳科学ががっちりと手を組んで21世紀の新しい「何か」がうまれることを私は真に期待する。同一と見られる脳の動きが、各宗教における神秘体験で見られる。解釈の問題として簡単に認められないところに、宗教戦争が終わらない理由が潜んでいるのであろう。価値観が時代の変遷とともにどんどんと変わっている。21世紀には脳科学の一層の進展と共にそこから生まれる新しい視点(言葉)が「何か」を生み出していくだろう。(shinshin94 / 2005-07-14)
レビュー数 6
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平均点:3.5
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No.1-8
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脳内復活―脳科学がたどりついた「幸福」の原点 / レビュー総評点:2
『脳内復活―脳科学がたどりついた「幸福」の原点』で画像検索
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ASIN:4569649351 / 売上順位:335160
PHP研究所(2006-03)
原著:Gregg D. Jacobs/グレッグ・D. ジェイコブス/翻訳:山下 篤子
-(中古:¥ 4)
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レビュー総評点:
2
脳科学は今世紀に花開く学問ですので、 未だ研究すべきことがたくさんあり、なかなか幸福についての研究はありませんでした。 本書は、幸福を扱った稀有な脳科学書です。 脳科学に基づく最新の実験に基づいた脳機能の知見を踏まえて、 幸福は如何なる脳機能が関与しているのか、 それをどのように活用すれば幸福になることができるのか、 ということを科学的に示しています。 幸福についての自己啓発書や心理学書は数多ありますが、 本書によって幸福が脳科学のターゲットに入りました。 今後、自己啓発書や心理学書で述べられてきた幸福について、 どんどんその正否が検証されていくでしょう。 また、脳科学の専門用語を知らなくてもわかるように易しく書いてありますし、 脳科学を学びたい方には、参考文献や補足を十分に活用できるようになっています。 なお、本書とは逆に恐怖について知りたい方には、 ジョセフ・ルドゥー「エモーショナル・ブレイン」をお薦めします。 本書と併せれば人間の情動についての知識は基本的に大丈夫だと思います。 (“脳と生命の科学を経営に活かす” / 2006-06-17)
世の中には、ポジティブシンキングの自己啓発本があふれています。 ところが、いくらポジティブに物事を考えようとしても、「考える心」が邪魔をして、結果は逆になるという人が大半でしょう。わたしはこの事実を、15年来行ってきた塩谷信男医学博士(104歳)の正心調息法によって確認しました。この簡単な丹田呼吸法で免疫力をアップさせれば花粉症など簡単に治ってしまいます。それから、延命十句観音経という日本古来のマントラの高速音読も「考える心」が、考える余地をなくしてしまうので、運気をアップさせるのに効果的であることを、友人たちと確認しました。 このような体験をもとに、著者が25年間研究された「太古の心」の働きの説明を読みまして、本当に腑に落ちた気がしました。そしていま、「考える心」ではなく、「太古の心」を活性化させることが本当に幸福な人生への鍵だと思っています。(ちくてつ / 2006-03-29)
レビュー数 2
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平均点:5.0
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No.1-9
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脳内不安物質 (ブルーバックス) / レビュー総評点:156
『脳内不安物質 』で画像検索
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ASIN:4062571846 / 売上順位:34685
講談社(1997-08-20)
貝谷 久宣
¥ 693(中古:¥ 119)
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レビュー総評点:
156
わたしもまだ治っていません
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私は今も高速道路が怖い。飛行機も、ジェットコースターも高いところもだめ。昔なら、根性なしとか、臆病者で終わらせられてしまっていた。でも、車酔いや船酔いとは違う。多分この本で多くの同じ悩みを持つ人々が社会の認知を受けたと思われる。また、こうした本を通して自分たちの苦しみを理解してもらえる機会ができたことが、本当にうれしかった。私の妻もまだ、本当に理解してくれているのか定かではない。まだまだ、一般の人には理解してはもらえない。精神科の医師は多少の理解はあるみたいではあるが、それを仕事としているはずなのに著者のような理解ができている医者は本当に少ない。現に私は通院しているときに半ば強引に高速道路に乗るように進められ、下手をすれば死んでいたかも知れない経験がある。もっと多くの人にこの苦しみを理解してもらいたい。私はまだ、この苦しみから解放されることを諦めつつも微かな期待を持っている。多分この苦しみを共有する人々しか仲間はいないかもしれない。でも、同じ苦しみを抱えている人々は大勢いることはこの本で分かる。いつかこの病気がこの本を通じて社会に認知されることを祈る。( / 2002-01-15)
不安というものの正体が少なからず理解できました。 今まで、この不安はどこから来るのだろう・・・という不安に悩まされていたことがあります。 それらが体調に影響を及ぼすという仕組みが理解できたおかげで、自分の生活習慣を見直そう、という気になりました。( / )
随分昔から、「パニック障害」という病名は、なかったにしろ、 不安・恐怖症は、何人にもあった。 「森田療法」など、心理学的見地、カウンセリングを 中心に治療が行われてきた様だが、 現在の医学では、「脳内物質」と「脳の機能障害」が 関係している事がわかり、治療法も日進月歩である。 この本は、『脳』の図解も有り、とてもわかりやすく 「ノルアドレナリン」や「セロトニン」などの 働きやしくみを説明してくれる。 見えない体(脳)のしくみが、わかると、 「パニック障害」の発作のしくみも見えてきて、 克服への一筋の光明を見出してくれる事を 私は信じて疑わない。(とも_元気 / 2005-08-20)
パニック症、不安・恐怖症について科学的に分析・解説がされています。また、医学的にも十分な解説がされており不安・恐怖症について向かい合い、それを克服する勇気を与えてくれる一冊です。症状別の症例と治療法も書かれており、パニック症、恐怖・不安症に悩んでる人には非常に参考になると思います。( / )
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レビュー数 9
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平均点:4.5
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No.1-10
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脳と心をあやつる物質 (ブルーバックス) / レビュー総評点:340
『脳と心をあやつる物質 』で画像検索
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ASIN:4062572699 / 売上順位:47236
講談社(1999-10-15)
生田 哲
¥ 840(中古:¥ 87)
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レビュー総評点:
340

脳をあやつる物質
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脳は数多くの物質によって有機的に構成され、情報を記憶・処理している。当然、特定の物質の多い少ないが、脳に影響を及ぼすこともある。それを丁寧に解説した一冊。例えば、以下のような具合だ。 ・眠りたくても寝つけないときは、メラトニンのもとになるトリプトファンを多く含んだ牛乳、ピーナッツ、アーモンドを食べるとよい。寝つきがよくなるはずだ。 ・やる気のもとになるチロシンを多く含むのが筍。チロシンが活用されるためには糖類も同時に摂取するこが必要で、タケノコご飯が最適。 ・ストレスを受けると血液中から亜鉛が減り、銅が増える。ストレス耐性を高めるには、亜鉛を多く含んだ「牛乳」「豆類」を取る。亜鉛は現在でもっとも不足しているミネラル。 また、ストレスで「血液・脳関門」の機能が100倍も弱くなる可能性がマウス実験で確認されたそうで、これも怖い話だ。強いストレスがあると、大切な脳を守る関所である「血液・脳関門」の機能が低下し、通常では絶対に侵入しない物質が脳内に入り込む可能性がある。その知識もこの本ではじめて知った。強烈なストレスがあると頭がうまく働かない経験が誰にでもあると思うが、脳関門が機能低下し、通常はない物質が脳内に侵入し、有機的な反応システムに影響を及ぼしているかも知れない。( / )
よく、うつ病や自律神経失調症に関する本で、神経細胞とシナプスの図が載っていますが、何で神経細胞で電気信号として伝わる情報が、シナプスで神経伝達物質(セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリン等)に役割が引き渡されて、また化学物質が神経細胞の受容体に取り込まれることによって電気信号に戻るのかという根本的な疑問(脳科学を知っている方には常識なのでしょうが)があったのですが、本書の前半部分を読んで氷解しました(要点は、食塩の組成物質であるナトリウムイオンと塩素イオンが絡んでいる、詳しくは本書を参照のこと)。 ざっと列挙すると、モノアミン、セロトニン、炭酸リチウム、ベンゾジアゼビン、ドーパミン、アセチルコリン、カフェイン、プロスタグランジン、アスピリン(ア!セチルサリチル酸)、メラトニンなどの脳内伝達物質や薬品や嗜好品に含まれている物質、アミノ酸、糖類、ミネラル、カプサイシンなどの栄養素が脳でどのようにふるまうのか詳しく解説されています。 同著者で同じくブルーバックスから出ている「脳の健康」と併読することをお勧めします。(簿記受験生 / 2003-06-28)
素人向けにわかりやすく書かれた、脳内の神経伝達物質に関する話。 前半において、心が脳のはたらきによって生み出されていること、脳神経細胞間の興奮伝達のしくみ、各種の神経伝達物質の量とバランスが重要であること、等が説明されている。神経伝達物質として主に取り上げられているのは、ノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミン、アセチルコリン。それらの過不足によって、躁鬱病、統合失調症、強迫神経症、不安、パーキンソン病、アルツハイマー病、等が引き起こされる仕組みと、治療薬がどのように作用するのかが簡潔に記述されている。後半では、日常的に口にする食物や飲料、カゼ薬・鎮痛剤、等に含まれている化学物質や、アミノ酸、糖類、ミネラル、等が取り上げられている。 脳内の神経伝達物質のバランスがとれていれば平常心が保たれる。心の病の原因はそのバランスが崩れたことだから、バランスを取り戻せば全て元通りになる・・・。こういった過度とも言える単純明快さが全編を貫いており、化学物質の知識をもたない一般読者にも理解しやすい本に仕上がっていると思う。どこで区切るのかわからないような長い化学名がいくつも登場するがあまり苦ではなかった。むしろ自宅にあったカゼ薬の成分表と見比べながら楽しく読んだ。シナプスでの興奮伝達の仕組み等、詳しく説明しようとすると複雑になりがちなところも、素人にもわかる程度に単純化してわかりやすく説明されていると思う。 全体として面白く読んだが、神経伝達物質のバランスさえ保たれていれば万事OKと言わんばかりの物言いには少々反発も感じた。神経伝達物質のバランスの重要性に著者がおいているウェイトがバランスを欠くほど大きいように感じたからだ。 (萩原 湖太郎 / 2006-10-02)
タイトルは良くない(心をあやつる→本を手に取りたくなくなるようなマイナスイメージ)が、脳内物質に関する素晴らしい入門書だと思う。脳内伝達物質については、半信半疑な気分にさせられるものだが、治療薬と絡めて説明されると、説得力が増す。ホフマンという化学者が、リューマチに苦しむ父を救うため、サリチル酸を改良する研究に没頭、アスピリンを開発し「副作用なしに激痛から解放された」と父が大喜びするエピソード、仮説・実験・検証、薬が効く理由の明示などしっかり描かれている。読むに値する科学本である。欲をいえば、化学に縁遠い読者のために、本書を読むのを助けるような化学知識の付録があるとなお良い。最新の研究成果を取り入れて、時々改訂版を出してもらいたい。タイトルは「心をつくる物質」とか、素直なものの方が良いのでは。(柳 / 2002-03-06)
自称公称メンヘラ必読の良著。 著者の主張は一貫しており、それは『ココロは脳が作り出す』である。 絶対ではないが、蓋然性は高いだろう。 脳の機能不全はココロの機能不全、『心の病』を意味する、と相成ろうか。 『心の病』の原因を、脳と脳を駆け巡る脳内物質に演繹し、『心の病』の対策を帰納する。平易な文体で誰にでも読みこなせるだろう。 出版からかなり時間が経過してしまっているが、 『自分の病気の仕組み』を理解しにくい精神疾患罹患者自身に、 己の脳の状態と、それに対処する『根拠に基づいた医療』の正体を知る手がかりとして欲しい一冊。(円蔵 / 2005-12-11)
レビュー数 9
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平均点:4.0
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No.1-11
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意識(サイクロン)の中心―内的空間の自叙伝 (mind books) / レビュー総評点:0
No.1-12
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生物と無生物のあいだ (講談社現代新書) / レビュー総評点:-219
『生物と無生物のあいだ 』で画像検索
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ASIN:4061498916 / 売上順位:557
講談社(2007-05-18)
福岡 伸一
¥ 777(中古:¥ 26)
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レビュー総評点:
-219

「生物と無生物のあいだ」についての深い考察は無い
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著者は分子生物学者です。分子生物学の視点から述べているということを念頭に置いておく必要があります。 一言で言うなら、著者は、「生命とは動的平衡である」と定義しています。 それを、「生命とは自己複製を行うシステムである」という著者とは別のひとつの定義に対抗するものとして、提示しています。 よって、「ウィルスは自己複製を行うが、生物ではない」と本書の最初の方で言っています。 ここで言う「動的平衡」とは、生物も当然分子レベルでのパーツの構成物ですが、その分子レベルでみれば、絶えず分子は入れ替わっている(食べたものが吸収されて生物の構成物となり、排泄等により生物の対外へ出て行く)という意味で「動的」であり、同時に「動的」でありながら、常にある個体としての生物を形作り、その中でその個体を生かすために協働している秩序のある状態という意味で「平衡(均衡)」ということです。 (著者は分子生物学の方ですから、分子的に動的平衡という事ですね) 簡単に言えば、帯に書いてある「生命とはなにか?」という問いに合う部分はこれだけです。 また、この主張自体は大昔にされているものです。 本書の他の部分は、 3分の1くらいは著者の叙情的な追想といったものです。 残りの3分の2は、著者の研究に関連してくる部分での分子生物学の歴史、といったものです。 DNAの話など、高校の生物レベルの内容+裏話で本書のかなりの部分が割かれてしまっています。本書を手に取る多くの人が既知の内容だと思うので、寧ろなかなか本題(生命とは何か?)に入らない感じでイライラすることでしょう。 周囲の風景描写や著者の知人などについての記述も、本書を手に取る人の目的に合わず、読み飛ばしたくなると思います。 著者自身に興味があるか、または、分子生物学にまつわるエピソードを読みたい方には良いと思います。 しかし、生物・無生物についての理系的な深い分析を期待される方には物足りないでしょう。(名前はまだ無い。 / 2007-07-31)
話が中途半端
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螺旋形をしているDNAの構造発見過程の人間関係等の紆余曲折辺りまでは、面白かったが、章を追うごとにそれぞれの論点が生物・無生物とどういう係わりを持ってくるのか、生物と無生物の差はどこにあるのか、だんだんずれてきている。 プロットの進め方はサイモン・シンの手法によく似ている、というより彼をパクっている。しかし、完全にパクりきれていないから、話がすべて中途半端なままに終わってしまっている。 一応最後まで読んだが、読後感が悪く、いっこうに内容が残っていないのだ。「科学者にしては文章が旨い」「余りにも面白くて、ページを繰る手がもどかしい」云々の賛辞が腰巻を飾るが、茂木、ばなな、最相、みんな最後まで読んでいるんだろうか。(ヒデボン / 2007-11-22)
タイトルが間違ってる
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「生物と無生物の間」という題名にひかれて読みましたが、全くの期待はずれでした。我々が明らかに無生物と判断できるものと、明らかに生物と判断できるものの間には、当然の事ながらあらゆる段階が見出されるわけですが、その境界を一意的に決めるという事はあくまでも定義の問題でしかありません。要は人それぞれに何とでも言えます。 掲げたような題名に適う内容とするならば、少なくとも、生命に関する哲学的な考察について、今までに無い科学的な論拠を与えてゆくような発見が必要です。「動的平衡」云々は、全く目新しい内容でもないし、ただ事実をその通りに言っているだけで、なんら哲学的問題に訴えるものがありません。 人によってはこういう内容の本を楽しめる方もいらっしゃると思いますが、とにかく題名が決定的に間違っています。 文学的表現、詩的表現に優れているという評もあるようですが、そちらも全く理解が出来ない。 優れた文学というものは、一つの言葉、一つの文章が、その全体に対して切り離せない関係を結び、一つの生きた世界として提示されるものです。そのような文学は、有限な文字数の中に様々な関係を発見できるような、とてもリアルなものです。 それに対してこの本で披露されている文学とは、局所的な技巧の足し算に過ぎず、そもそもが浅はかなカッコつけか、或いはレベルの低い通俗的読み物でしかない。テーマとも関係がないし、裏テーマがあるんじゃないかなんていう深読みさえできない。 これが文学として評価されるのであれば、理系の教育レベルだけでなく、文学的感性もかなり危機的状況にあるのかもしれません。 (こばやし / 2008-12-09)
科学者という生き方
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この本の賛否が分かれているのはわかる気がする。 帯に大書きされている「極上の科学ミステリー」という内容を期待すると、「そうかな」と思う読者が多いに違いない。私はこの本の科学的精度を論じる知識を持たないが、批判的な方々のレビューを読むと、なるほど、科学者にしては不用意な記述もあるのかなと思う。 しかし、結論から言えば、私はこの本を好ましく読んだ。 以前に読んだ立花隆・利根川進著『精神と物質 分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか』に印象が似ている。この本も「科学ミステリー」というより、「科学者という生き方」に興味をそそられたが、『生物と無生物の間』もそうだ。 分子生物学者の目に映る都市と自然、日常生活のすぐ隣にあるDNAの世界。また、野口英世やオズワルド・エイブリーといった「偉大なる先駆者」たちの功績と人柄も、この本からうかがい知ることができる。 科学者が書いたエッセイとして、読んで損はない本ではないだろうか。(heartland / 2007-09-07)
結局、何も書いていないのと同じ
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この本のタイトルについて何らかの示唆が得られると思ったら大間違いである。プロローグにおいて著者は、大学に入り立ての頃の生物学の講義で、生命とは何か皆さんは定義できますか?という教師の問いかけに期待したが、結局は生命がもついくつかの特徴を列挙するうちに講義日程が終わってしまったと述べているが、著者はこの本においてその教師とほとんど同じことを繰り返している。著者はただ単に、生命がもつ特徴を列挙することに加え、それらをいかにして科学者たち(および自分自身)が記述してきたかも述べているに過ぎない。 しかも、出だしからマンハッタンがどうのこうのと余計な記述で始まり、ずっとそのまま終わりまで余計な記述にページを割いているものだから、この小さな文庫本で述べられている内容は非常に中途半端なものである。中途半端な記述の例はたくさん挙げることができるが、ここでは一つだけ、これで本書の内容がいかに中途半端か分かるだろうものを挙げよう。著者はウイルスについての記述にたったの7ページを使い、ウイルス発見の経緯と一般的な性質を述べ、たったのそれだけで「私は、ウイルスを生物であるとは定義しない」と断じてしまっている。この本のタイトルは『生物と無生物のあいだ』であり、それを探るために非常に重要な位置づけとなるはずのウイルスをなぜそこまでぞんざいに扱えるのか、私には理解できない。余計なことは省いてタイトルに沿った肝心なことをきちんと述べるか、もしくはタイトルを内容に沿ったものに変更するか、どちらかにしていただきたかった。 この本で主張されている内容を端的に知りたければ、プロローグを読めばそれで良い。本文を読めば、科学的な研究の裏側について何らかの事を知ることができるかもしれないが、それだけである。生物がもつ特徴についてもDNA研究史についてもこれまでさんざん言われ続けてきたことが述べられているだけで、何ら目新しいことはない。プロローグの全文をここに掲載してしまって、これ以上の内容は何もないですよと言ってしまいたい衝動に駆られるが、それはできないので、ここでプロローグ中の一文を紹介しよう。「分子生物学的な生命観に立つと、生命体とはミクロなパーツからなる精巧なプラモデル、すなわち分子機械に過ぎないと言える」さて、この文が唯物論的だと反感を覚えるのではなく、きちんと論理的にこの文の誤りを指摘できる人は、この本から得られるものは本当に全く何もないと考えて良いだろう。そうでない人は、生物というものを考えるための入門書として読んでみるのもよいかもしれない。害になるほどの誤った解釈や記述は少ない(多くはないという意味)。一応、著者の名誉のために添えておくと、先の文は一つの仮定として記されているものであり、そのすぐ後に著者自身によって否定されている。(たこのすけ / 2007-08-07)
レビュー数 262
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平均点:4.0
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No.1-13
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神は妄想である―宗教との決別 / レビュー総評点:571
『神は妄想である―宗教との決別』で画像検索
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ASIN:4152088265 / 売上順位:6975
早川書房(2007-05-25)
翻訳:垂水 雄二/リチャード・ドーキンス
¥ 2,625(中古:¥ 1,500)
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レビュー総評点:
571

未読者の「レビュー」にコメント
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■ alcyonejunさんのレビューについて 「宇宙が何なのか、生命とは、意識とは何なのか、まだ何もわかっていない のです」というのは間違いです。少しは進化や天体について勉強してほしいも のです。「<すべてが分かっている>というわけではない」は本当です。しかし、 「何もわかっていない」というのは完全に勉強不足によるものです。 「神が存在しないことを証明するのは不可能」というのも、ドーキンス自身が 述べていることです。だからと言って、「不在を証明するのが不可能だから、 存在する」という議論(というよりは論理の飛躍)と、「(妖精のように) 人間が過去に勝手にでっちあげた概念なのだから、そんなものは存在しないと 仮定してもいい」という議論が同程度に正しいわけではない(そして科学の 発展は後者の議論を後押ししている)ということは理解したほうがよいでしょう。 汎神論的な神については、ドーキンスは否定していません。しかし、1章の ワインバーグの引用からもわかるように、「神」と言う言葉を一神教を信じる 人間が使う「神」と違う意味で使って混乱を招いて、無意味な議論に陥るという のがこの本について議論している人にありがちなので、気をつけたほうがいいで しょう。 1章を読まずに(あるいは、読むこともできずに)「タイトルが誤解を招く」と いうのも不当な評価です。こういう人達のためにドーキンスはわざわざ1章で 丁寧に「神」の定義について確認しているのに、本をタイトルと勝手な思い込み だけで判断する人にはやはり通じないのでしょうか。 ■ アブラさんのレビューについて 「著者は科学万能主義や、アメリカ的な自由・平等主義に関しては何も疑問を呈さ ずに絶対的な真実として語っています」とありますが、よく読んでください。そう いった価値観については、絶対的な言明は注意深く避けるような書き方になってい ます。 「しかし彼もまた(悪い意味で)アメリカ人である」という発言については一言だ け。 ドーキンスはイギリス人です。 (Bob / 2007-10-18)
レビュー、すごいですね。
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他の方の書いたレビューを見てみると、感想が真っ二つに割れていますね。 見ているだけでもおもしろいのですが、私はこの本を読んでチョー感動!した派の視点から、 レビューを書いてみようと思います。
本書の前半の議論は、「神がいるかどうか証明する事はできない(と思われる)けど、 その蓋然性はどうなの?」というところから始まります。 しかし、ないものは無い、ということを証明するのは困難です。 そこで、本書ではイエス/ノーで議論するのではなく、「神はいるっぽいのか、いないっぽいのか」の話をします。 もちろんタイトルからもわかるように、本書の主張は「いないっぽい」ということなのですが。 ということで、前半の内容だけにとらわれてしまうと、 「痛快!」だとか、「くだらねー!」といった感想を持ち、それで終ってしまう可能性があります。 しかし、これには注意しなくてはなりません。 なぜなら、これがドーキンスのもっとも主張したいことではない(と思われる)からです。 本書のオビには「あのドーキンスがなぜここまでむきになるのか」とあります。 ドーキンスがこのような大著を上梓した意義というのは、まさにここにあるのです。
科学が何らかの現象を数学的に記述しただけのものであるとするなら、それは一見したところ無機質に見えるかもしれません。 しかし、それはとても深遠で、まだわからないことだらけだから、人はそれをもっと知りたいなと思う。 論理的に記述された、自然現象の数々。人はそれを眺めているだけでも感動できるし、 十分満たされた気持ちになります。こうして人は科学を知り、自然を知り、やがて人間のことを知るようになるわけです。 ユネスコ憲章にもありますが、人は自分以外の人間、つまり相手のことをよく知ることで、 憎しみの根源すらも絶つことができるのではないでしょうか。そういった意味で、 子供達には宗教を教えるよりも、科学を教えるほうが、相互理解の点においても、よいことなのではないか。 ドーキンスの主張を聞いていて、私はそう思ったのです。
しかし、宗教が存在することで、文化的な衝突の種がまかれてしまったり、科学への好奇心が阻まれてしまうという実態がある。 阻むどころか、それを知ろうとする事自体が許されないという現実。 科学者であり、ダーウィニストのドーキンスは、特に批判の矢面に立っていたに違いありません。 この世界を、どうしたらもうちょっと良くできるのか。ドーキンスは、この答えを本書に綴っています。 読むべし。名著です。(nextlevel_man / 2008-02-02)
何かとお騒がせのドーキンス氏ですが、今回は生物学会ではなく、宗教全体を相手に回し、歯に衣着せぬ攻撃を繰り広げています。 もちろんこれは、彼が進化論を専門としているため、創造論などの教義と対立し攻撃を受けるからであり、すでに『悪魔に使える牧師』などで宗教批判を展開していました。 今回は邦訳で550ページになる大冊で、これでもかこれでもかと無神論の優位を主張し、相手がキリスト教、イスラム教に限らず、また原理主義だけを相手とせず中庸派、穏健派も含めて相手取っています。 その理由は<第8章 宗教のどこが悪いのか? なぜそんなに敵愾心を燃やすのか?>と<第9章 子供の虐待と、宗教からの逃走>に明言されています。 p448 「宗教上の信念は、それが宗教上の信念であるというだけの理由で尊重されなければならないという原則を受け入れているかぎり、私たちはオサマ・ビン・ラディンや自爆テロ犯が抱いている信念を尊重しないわけにはいかない。ではどうすればいいのか、といえば、こうして力説する必要もないほど自明なことだが、宗教上の信念というのものをフリーパスで尊重するという原則を放棄することである。それこそが、私がもてるかぎりの力をつくして、いわゆる「過激主義的な」信仰に対してだけでなく、信仰そのものに対して人々に警告を発する理由の一つなのである。」 もちろん、神の存在証明に対する反論や、道徳面からの宗教の必要性の有無など、宗教側からの攻撃(脅迫メールなどが掲載されていますが、信仰者からのものとは思えないほどグロテスクなものです)に対する緻密な反証にも多くのページが割かれており、最新の関係書籍からの引用も多いのでとても参考になります。 (この方面の引用では、バートランド・ラッセルのものは唸らされる秀逸ものがたくさんありました。アインシュタイン、カール・セーガンなどの言葉も深みがあり感動) "アンチ・トンデモ"の最強版のような一冊ですし、信仰を持つ人々からすればはらわたが煮えくり返るようなところがあるでしょうが、ドーキンス氏はけっして人間否定でも科学万能主義でもなく、蒙を啓き限界を押し上げて、人間の歴史をより豊かにすること、そのために子供たちの精神を大事にすることを、心から願っているのだと思います。 (Tack / 2007-10-24)
「利己的遺伝子」であまりにも有名なドーキンス。この本では、真っ向から神、宗教を取り上げる。進化や遺伝子という言葉で人間社会までも説明し続けてきた著者は、これまでもその説の中で神を否定する発言をしてきた。この本では、なぜここまでと思うほど執拗に、過激な言葉を使って宗教を否定する。なんだか著者の身の危険を心配してしまうほどの熱さをもった本である。 解説にも触れられているが、この熱さは、昨今の宗教が表に現われた世界的な戦いの危惧も念頭にあるからだろう。内容としては「創造主なしでこの世界が説明できるか」といった著者の専門、進化生物学に関係したものからはじめ、更に踏み込んで宗教や徳の起源「神がなくても人は善を行えるのか」といった問題まで進化から説明していく。「神なしでも徳はある」、「徳も進化で説明できる」という姿勢は、マット・リドレー「徳の起源 他人をおもいやる遺伝子」 やダニエル・C.デネット 「自由は進化する 」 と共通である。 取り上げられている反証のための例は主に一神教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)に関したものであるが、著者をはじめとする無神論者への罵倒などは、それこそスピノザの時代にもあったことなのだが、現代でもこれほどまでの「信じ方」があるのか、と思われるものがけっこうある。かなり最近のニュースなどもとりあげられている。一つの一神教が大勢を占めているところではそうなってしまうのか、とも感じる。 宗教に対してのかなり過激、執拗な書き方に、へきえきとする読者もでるとおもう。しかし最終章(第10章)を読むと、著者の言いたいことが少し冷静な形でみえてくる気がするので、とりあえず読み通せないようにおもったら、最終章にざっと目を通してみるとよいかもしれない。「巨大なブルカ」と題された最終章の最後の文章は、人間の今ある状況について、詩的とも言える厳しいが美しいイメージもくれるものだと思う。 人間が世界を理解し、社会を、思考を拡大してきたことに宗教は大きな役割を荷ってきたことは否定できない。しかし、そろそろ「神」なして理解できるところは神から離れてもいいのではないか。本書を読んで感じたのはそういうことである。神を信じていても、「神に頼らないで」きちんと生きればそれに越したことはないのではないか、とも言えるかもしれない。自分を頼らなくても立派にやっていく子供を喜ばない親はない。(そうでない親は子離れできていない)。人間は、そろそろ親元を離れてもいいころなのか。神からの親離れ。邦題には「宗教との決別」と厳しい言葉になっているが、この本はそんなメッセージである。 宗教家の冷静な反応を聞きたいと思う。 (patella / 2007-08-28)
信仰だの宗教だのは、なぜ、破格の特別待遇なのだろう。信仰とさえいえば例外的に兵役をまのがれ(平和主義者というだけでは却下されるのに!)、教義だからという理由でさえあれば「同性愛者を殺せ!」というプリントのTシャツを着て登校する権利が認められてしまう。 信教の自由というものは、それほど強力であって良いという正当な理由があるだろうか? 答えは決まってる。ノーだ。 ドーキンスは、信仰周辺の話題に対する社会全体の過剰な甘やかしや「尊重」は、実のところ「尊重」ではなく、非常に多くの人が、そうとは気がつかないまま、ただ腫れもの扱いしているだけなのではないかと考える。なぜ腫れ物扱いなのだろうか。それはつまり、その欺瞞性を指摘することが、厄介なことになることを薄々気がついているからではないのか。ならば、内心では、欺瞞性があることを無意識的に理解しているからこそ、信仰への疑義を自覚したり、声にすることを恐れているのではないか?もしそれが事実ならば、隠れ無神論者や、自覚していない潜在的な無神論者が大勢いるはずだ。 どうしたらいい?ドーキンスは考える。 せめて、各自が胸を張って無神論者であることを自認することで、苦悩している隠れ無神論者や、潜在的な無神論者が、苦しむことのない社会にしようではないか。それが可能な時代の空気になっているはずだ。 そんなドーキンスの呼びかけは温かい。信仰と現実の折り合いがつかないことで、あなたが苦しむことはないんだ。信仰を捨てても、人は善良でいられるんだ。あなたには、誇り高く健全な無神論という選択肢もあるんだ、と。それはもはや、王の裸を指摘する無邪気な子供ではなく、理性的な大人が、勇気と覚悟をもって「王様は素っ裸だ!」と叫ぶ、誇り高い正直者の姿である。 なんて生真面目で愚直で泥臭くて、不器用なやつなんだろう。 だが、それがいい。 知的勇気と知的誠実さ(それは事実への誠実さに他ならない)を建前だけにせず、真っ正直に歩む道のりは、生真面目で愚直でストイックな道なのだから。 なお、本書において興味深く、意義のある議論はたくさんあるが、ひとつ挙げるならば、信仰が道徳の根拠であるという考えが、いかに醜悪でグロテスクか、そして、実は誰もそんなことは信じていないのだ、という論証である。これは見事で強力なので、一読の価値がある。 そういうわけで、本書は、ただの有神論批判というよりも遥かに深みがあることを強調したい。客観的かつ冷静に読めば、知的好奇心を刺激する話題も多く、事実に誠実であることがどうことかを実感できる誇らしく美しい名著なのだ。(ワカシム / 2008-03-19)
レビュー数 48
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平均点:4.0
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No.1-14
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神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡 / レビュー総評点:158
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ASIN:4314009780 / 売上順位:16819
紀伊國屋書店(2005-04)
ジュリアン ジェインズ/原著:Julian Jaynes/翻訳:柴田 裕之
¥ 3,360(中古:¥ 2,497)
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レビュー総評点:
158
異色の一冊である。 動物行動学から出発して意識の根源を探った著者は 意識の原点をもとめて古典世界へ分け入った。 そのいわば旅路の果てに見た世界を世に問うたともいえる本書で、 意識とは人間の知性が構築してきたものであるという。 「意識」が登場しない「イーリアス」などの ギリシアの古典世界で神々の声に従う人々、 古代世界で広く見られる語る神のモチーフ、 神の言葉を聞き、それを伝える旧約聖書の預言者たち、 デルフォイの神託やトランス状態の巫女たち、 「使徒言行録」に現れる使徒たちの語る「異言」、 脳に直接電流を流したペンフィールドの有名な実験、 「神の声」を聞く現代世界の統合失調病の患者たち。 一見無関係なさまざまな破片がくみ上げられ、 「二分心」(Bicameral mind)というキーワードによって 完璧に統合されていく。 トンデモ本というのは簡単だが、私はむしろ納得することの 方が多かった。 意識からもう一度自由になってみよう。(mitsumata / 2005-09-15)
非常に興味深い、そして、最高に面白い本でした。 人間の意識の歴史を考古学見地、そして人類学的見地から分析し、大胆で、しかも確信に満ちた仮説をもとに研究され、書かれた本なのです。 人間の意識は3000年ぐらい前から現在の意識となったということなんですね。なんとその前までは人間は、神の声を右脳で聞き、その通りに動く自動人間だったというのです。その証拠に最古の文学「イーリアス」と「オデッセウス」を比較し、使われている言葉の意味を検証しています。そして、太古の人間は神々と一体となり、自分を意識することなく、神の声をそのままきいていたのですね。 そして、その後、意識の発生とともに、徐々に人間には、神の声は聞こえなくなってきてしまうのです。様々な文化の遺跡に残された証拠をあげ、徐々に神々の声が聞こえなくなってくるプロセスを論じてくれます。 神の声が徐々に聞こえなくなると同時期に、人間の意識は発達し、比喩によって自分たちの心の空間が現れ、物語化して自分を客観的に見ることができてきたと言うのです。しかし、本来人は神の声を聞く存在だったので、一部の人たちは、その名残としての分裂症があるということなのです。分裂症状のおこる人たちは、現在でも神々の声が聞こえている人たちではないかと。 長い本ですが、非常に面白く、神と人間の関係性を歴史的に説いてくれます。 とても納得のできるお話で、仮説といえども、これは事実はそうだったのではないかと感じられる十分説得力のある研究なのです。 ぜひともこの先が読みたいと思いましたが、残念ながら、この先生はこの本を書き上げられ、その後の研究発表の前に亡くなっています。とっても残念です。しかし様々な方々に影響を与え、今、脳の科学の最先端で意識の研究が続けられています。 人間の意識や脳の働きの研究で、この先、どんどんと人間の歴史は解明されるであろうと言われていますが、非常に興味深いですね。この不思議な、心や魂の問題に、科学はどのように迫っていくのでしょう! ぜひ次には「イーリアス」を読んでみたいと思います。
(遊女・asome / 2006-06-25)
原題はThe Origin of Consciousness in the Breakdown of the Bicameral Mind。邦題には工夫を感じるものの、原題の方がストレートに内容を伝えている。 the Bicameral Mindは「二分心」と訳されているが、まずcameraが語源的には「部屋」であり、bicameralの「二院制の」という語義に留意すれば、訳語としてやや物足りない。「二院制」は上院・下院のように、ある種の序列を連想させるが、まさに著者が述べているのもそういうこと。2つのcameraとは右脳・左脳のことで、右脳こそがかつて「神々の言葉の座」であった。そしてこの「二院制の心」の崩壊こそが、意識が生成する条件であった、と。 著者は、この崩壊の原因を、前2000年紀のメソポタミアからエーゲ海一帯に起こった諸民族の交流や移動、衝突に求めている。「相違を観察することが意識のアナログの空間の起源になるかもしれない」「私たちはまず、他人が意識を持っていることを無意識に想定し、その後それを一般化することで自分自身の意識の存在を推量しうる」(p259〜)、と。そして著者は文明の黎明期以来のさまざまな史料を、驚異的なまでの学識を動員して分析し、この崩壊と生成のプロセスを描き出していく。 もちろん、それらはほとんど状況証拠に留まる。検証の望みのない仮説の山とさえ言える。インドや中国については、どういう見通しを持っているのかも不明。76年の原著刊行という時代的制約の故か、脳の可塑性について楽観的過ぎるようにも感じる。それでも私は、この本の議論に大きな魅力を感じている。 ついでながら本書を読んでいる途中で、私はポール・ヴェーヌ『ギリシア人は神話を信じたか』(邦訳85年)を入手した。未読ながら、おそらくはフーコー流のエピステーメ論だと見込んでいる。読み比べてみたいと思っている。(モワノンプリュ / 2008-08-02)
意識の進化について、従来の常識を覆す大作。 脳の容量がハードウェア的に増え、知性とともに言語を獲得していった。と、普通はこのように書かれるだけだが、そこに、「なぜ?」と疑問を突きつけ、どこまでも細かく掘り下げていく。 その過程で生まれた二分心という仮説は、まさに驚くべきものだが、読み進めるにつれて妙に納得していく自分に気がつく。 それぞれの興味によって読み応えのある部分は違うだろうが、歴史文学を紐解き、意識の進化に当てはめていった部分は特に圧巻だった。 (ばんく / 2006-01-22)
映画「トロイ」を見たときに、ブラッド・ピッド演ずるアキレスの行動に強い違和感を覚えた。トロイとの戦争の最中に「女神○○がいうから、もうギリシアへ帰る」という。そういえば、ギリシア叙事詩「イリアス」を読んだときも、登場人物に似た違和感を覚えた。 この本を読んで初めて、そうした謎が解けた。彼らは「意識」を持っていなかったという。彼らは<二分心>の持ち主で右脳に囁かれる神々の声に従って行動していたというのだ。人類に意識が芽生えたのは、じつは今から3000年前のことにすぎないという。なぜこの著者がこれまで日本でほとんど紹介されてこなかったのか。全体の論旨はじつに説得的で、この著者の頭脳の明晰さは、名著『精神と自然』の著者ベイトソンのそれを思い起こした。 意識は後付けの理屈を作りだすだけで、人間の行動や思考に大した役割を果たしていないこと、そしてカール・マルクスの「資本主義が進んだ暁には宗教が大した役割を果たさない」という予言の誤りを再認識させてくれた。( / )
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平均点:4.5
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No.1-15
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マインド・タイム 脳と意識の時間 / レビュー総評点:222
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ASIN:400002163X / 売上順位:16915
岩波書店(2005-07-28)
翻訳:下條 信輔/ベンジャミン・リベット
¥ 2,835(中古:¥ 2,153)
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レビュー総評点:
222
世界の見え方が変わる
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著者の発見の概要は,すでに多くの類書で言及されています。しかし,それらを発見者自身のことばで語ってくれる成書で,日本語で読めるものは今までありませんでした。著者の研究をもっと知りたいと願っていた者にとって,待ち望んでいた本でした。 外界からの刺激に主観として「気付く」前に,脳はそれをとらえている。行動を起こそうと「思った」ときには,脳はすでに行動化に向けての活動を開始している。これらの「事実」を示されると,「私」という意識は,実は主体の座にいなかったのかと思われはじめ,「自分」という,あたりまえに感じられていたものが突然拠り所を失った感じがします。 著者の研究の過程では,実験結果が隙なく組み立てられ,見事な構築物を造り上げているようです。そのため,著者の主張は圧倒的な説得力をもって迫ってきます。読後に世界の見え方が一変してしまう。しかもそれは,われわれが日々最も身近に経験している主観的体験に関わる驚きです。 さらに著者は,「意識を伴う精神場理論」という仮説を提唱します。全てを事実に語らせてきた著者が,未知の「場」という仮定を,説明のために導入するのに面食らいました。しかし著者は,この仮説は実験的に検証可能であるとし,その計画まで提示しています。その評価は今後の研究を待たねばならないのでしょうが,大きなブレークスルーがあるのかもしれません。 主観的意識という,最もなじみのある,しかし最も謎に満ちた現象の理解が,新しい段階を迎えるかもしれない。本書を読了して,とても面白い時代に生きていると感じました。 (izumone / 2006-03-23)
意識・心を扱った書籍には、ほとんど間違いなくリベットの名が登場する。脳科学に興味のある方なら、どこかでリベットという研究者の名前を聞いたことがあるはずである。また、そのリベットが行った研究のうち、最も引用されるものが二つある。ひとつは、光の仮現運動の研究、そしてもうひとつが意識体験がニューロン発火の後に生じる、という研究である。 彼の研究内容はあまりにセンセーショナルな内容であったこともあり、多くの書籍や文献で引用されている。しかしながらそれだけに実際に原著に当たってみたという人はそれほど多くないのではあるまいか? たくさんの本を書いておられる大先生でも、実はリベットの研究の方法論など、詳しいところは読んだことがない、という人もいるくらいである。ましてや科学が好きな一般の人々は原著論文なんて・・・という感じであったろう。 そんな中、リベット自身による研究内容のまとめとも言うべき本書が翻訳されたのは非常に意義のあることである。内容はぜひとも読んでその面白さを味わっていただきたいが、まず何といっても研究者自らの執筆のため、記述にあいまいな点がなく、読み進めやすいのが良い。研究内容としてはかなり高度なことを行っているのであるが、一般科学書には珍しい「ですます調」で訳されていることも読みやすさに一役買っている。このあたりはさすがに訳者の力量が光っている。 また、ただの研究報告書に終わらず、リベット本人の考察が明快に述べられているのも興味深い。「意識と心」というある種あいまいな領域であるがゆえに、一般科学書といいながらも珍説愚説を書き並べた本が多い中で、リベットの大胆な、それでいて現在の研究結果から言えること以上のことを読者に押し付けない謙虚な科学者としての考察は好感が持てる。 専門的な知識が特に無くとも読み始めることができる。科学に興味のある方にぜひお勧めしたい一冊。(ぶれぐま / 2005-12-12)
本書では、 「感覚が脳で知覚されるまでには0.5秒かかる」 「私たちが行為をしようと決定したと思う瞬間よりもずっと早く無意識に意思決定している」 という、私たちの直感に反する驚くべき発見が、どのように実験で示されたのか、が述べられています。 この発見内容を、素直に受け入れられるなら、本書は読む必要ないかもしれません。 どうして、そんなことがわかるのか、聞かないと納得できない(皆、そう思うでしょう)、という人のための本のような気がします。
そういう、何を説明しようとしているのかがわからずに読むと、結構キツイかもしれませんね(私はキツかったです・・)。 しかし、この内容たるや、画期的なことであり、意識の問題を考える上で無視はできないでしょう。
あと、最後に「物質からどのように精神が起きるのか」という問題について筆者の仮説が述べられています。これも興味深いのですが、あくまで仮説(というか推測)ですし、「意識の遅れの発見」ほどのインパクトはないですね。蛇足でした。 (nonsense / 2007-01-30)
脳神経科学者であるベンジャミン・リベットが行った「感覚」「意識」に関する実験から得られた知見の紹介と、その知見に基づいた彼なりの「自由意志」に対する仮説の紹介がなされているのですが、同じ内容の繰り返しが多く、文章が冗長で論点がぼやけてしまっており読み通すのに苦労しました。 著者が実験から得た知見を簡単にまとめると 1.刺激感覚が意識されるのにある程度の時間がかかる 2.その遅れをさかのぼりあたかもその時間の遅れがなかったかの様に補うメカニズムが脳にそなわっている 3.刺激時間が短く意識されない感覚であっても脳としては認識している 4.「自由意志」で何か行為を始めようと決定したと本人が思った瞬間よりも前に実は脳で神経活動が始まっている の4つです。これらをどの様な実験によって確かめたかを延々と紹介しているのですが、その記述がいかにも冗長です。 後半で彼なりの「自由意志」に対する「精神場理論」と言う仮説の紹介がなされていますが、残念ながら彼が行った系統的ではあるがあくまでも限定された脳活動に対する実験から得られた知見にのみ基づいており、とうてい脳全体の理解に敷衍するには無理があると思われます。 カール・ポパー(科学的発見の論理 上、科学的発見の論理 下)の「反証可能である仮説のみが科学的仮説である」の立場から、推測や議論に立脚する形而上学的脳神経学ではなく、あくまでも実験によって仮説を一つ一つ証明することによって脳神経「科学」たらしめようという苦闘の物語とも読めますが、「自由意志」「意識」「魂」「自己」などに関して脳神経科学が答えを出すにはまだまだ果てしなく長い道のりが前途に横たわっているのだなと言うのが本書を読んだ実感です。(増田裕昭 / 2008-07-11)
リベットは、意識が気付くためにはその刺激が最低400ミリ秒の時間の持続がなければならないこと、結果的に人の認識は0.5秒遅れるというセンセーショナルな発見をしたことで有名です。本書でもその実験経緯などが専門家でなくてもわかるように平易に説明されています。 さらにリベットは、この「認識の遅れ」の発見から、本書で非常に示唆に富むいくつかの理論をあげています。その議論はスポーツ選手の身体を動かす自覚から、芸術家の創造性、哲学、宗教まで多面的で興味深いものです。大脳生理学の本ということにとどまらず、生物的な現実に基づく人間の思考に関する考察の書として読むことができます。彼の論点は非常に射程の長い興味深い議論です。一読をおすすめします。(アルルの男 / 2007-12-20)
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