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読書術 (岩波現代文庫)
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ASIN:400603024X
岩波書店(2000-11)
加藤 周一
売上順位:5039
¥ 945(中古:¥ 720)

レビュー総評点:223
読書の愉しみ方 |||||||||||||||||||||||||||||
 我々が持っている人生の時間は無限ではありません。したがって、一生の内に読むことのできる書物の数は限られています。本書では、限られた時間を有効に使う読書術、愉しむための読書術を説いています。

 「遅く読む精読術」「本を読まない読書術」「難しい本を読む読破術」など、一見、論点から外れた読書術のように受け取れますが、全て一理ある読書術でした。

 自分が必要とする書物を選び、書物ごとの特性を知り、その書物に合った読み方をすることが著者の勧める読書術です。

 本書のおかげで時間を有効活用する手段は速読だけでないことに気が付きました。この味のある読書術は、今後の読書を愉しくしてくれそうです。 (イッパン人/2006-02-13)
かなり一押し! |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
 加藤周一氏による読書の解説本です。
 具体的には
①どこで読むか
②どう読むか(精読術、速読術、本を読まない読書術、海外書の読み方、新聞雑誌の読み方、難読書の読み方)
という構成になっています。
 私は以前、斎藤孝氏の「読書力」を読んだのですが、読書力の方は読書の重要性と具体的な方法が約半々という印象を持ちましたが、本書はべったり方法論という感じです。
 本を読むのは苦でないけどなんだかうまく知識が積みあがっていかない、無駄な時間が多い気がすると感じる方にはぜひ。読書の効率化が図れると思います。
 
  (fuji君/2004-10-10)
真の「読書術」 ||||||||||||||
本書は、膨大な数の文献を読破してきた「知の巨人」加藤周一氏が「読書術」というテーマの下に読書の楽しみ方を語るものである。「おそく読む「精読術」」、「はやく読む「速読術」」、「本を読まない「読書術」」、「外国語の本を読む「解読術」」、「新聞・雑誌を読む「看破術」」、「むずかしい本を読む「読破術」」などなど、読む対象の種類や必要性に応じて読むコツやスタンスを教えてくれる。現代にあっては「読書術」というと安易な「速読」ばかりがもてはやされる風潮があるが、本書は、まさに「急がば回れ」であり、正統派の知の体系を築き上げることが実はもっとも着実な「速読術」なのであることを改めて教えてくれる。

多数の文献を読んできた者にとっては決して目新しいことは書かれていない。しかし、著者のこれまでの読書人生の回顧を交えて、こうして系統立てて語られると、「ほう」とか「ああそうだよなあ。」とか、読書のスタンスについて色々と諭されるところがある。読書も数をこなしていくと、ある意味「垢がたまってくる」ものだが、本書は、そんな「垢」を洗い落としてくれるような本だと感じた。
(小僧/2007-09-16)
「なにを読んだらよいかは、一般論としては成りたたない」けれども、「どう読んだらよいかは、一般論としても成りた」つ、ということから書かれた、読書の方法論を記した、優れた一冊。
元々は、口述筆記を基にして高校生向けに書かれたものであるので、誰もが困難なく読むことができるだろう。もっとも、加藤周一氏の文章は読みやすく、且つ、わかりやすいのであるが・・・。
話は古典から現代の書物、教科書、新聞・雑誌、外国語の書物と、非常に多岐にわたる。それぞれについて、加藤氏の考える「読書術」が述べられているので、それらを忠実に実行するかどうかは別としても、大いに参考になるはずである。
余談だが、読書の技術を述べる本書の中にあって、第8章(むずかしい本を読む「読破術」)は、裏側から「書き方」も示唆していると私には思える。論文やレポートを書かなくてはならない学生などにも得るものは多いだろう。 (超高速粒子/2005-10-09)
豊かな経験から出た読む方策のいろいろ |||||||||||||||||||||||||||||||||||
 本書の初刊は1962年。ベストセラーとなり、1993年の岩波同時代ライブラリー版を経て、2000年に岩波現代文庫版が誕生した。初刊から40年近くが経過している。同時代ライブラリー版への「あとがき」で著者は、「そもそも『読書術』なるものが、30年やそこらで簡単に変るはずもない」と述べている。しかし、本書は読書術を論じているだけでなく、出版文化の優れた批評にもなっており、それがいまなお新鮮に感じられるのは、著者の分析力の透徹性を示すものであろう。高校生向けに書かれたものとのことであるが、医師から文芸評論家・作家となった著者の豊かな経験に基づく読書のための方策論は、自然科学者や人文科学者をも含む幅広い層の社会人にとっても、得るところのきわめて多い内容になっている。前半の文章に、やや英文の直訳にも似た口調を帯びたところが多いにもかかわらず、軽妙な調子は保たれており、ある種のユーモアを感じながら楽しく読める。「必要な本はむずかしくない」と言い切っているが、いささかのむずかしさを乗り越えながら読む必要というものもなくはないのではないかと、少し気になる。 (tttabata/2001-03-17)
本を読む人のために |||||||||||||||||||||||||
 æ-¥æœ¬ã‚'代表する知識人である加è-¤å'¨ä¸€æ°ãŒã€ã€Œæœ¬ã‚'どう読むか」について自らの経é¨"ã‚'基礎にã-て分かりやすくお書きになられたものです。
 です・ます調のæ-‡ä½"なのでとても親ã-みが持てる記述であるのに加え、言è'‰ã‚'巧みにæ"ã‚ŠãªãŒã‚‰ã€å«è"„に富ã‚"だ事柄ã‚'噛ã‚"でふくめるように説明されている。è'-è€...と本の、å¹...の広く奥行きの深いé-¢ä¿‚が、そうã-た良質の明晰性ã‚'æ"¯ãˆã¦ã„るのだと思います。
 また、æ''脱なæ-‡ç« ã®ãŠæ‰‹æœ¬ã®ã‚ˆã†ãªã™ã°ã‚‰ã-いæ-¥æœ¬èªžã§ã™ã‹ã‚‰ã€èª­æ›¸è¡"ã‚'学ぶだã'ではなく、言è'‰ã®é¢ç™½ã•や奥ゆかã-さも十分に感じå-るã"とができるでã-ょう。
 本ã‚'読むã"とにé-¢å¿ƒã‚'持つ人すべてにおè-¦ã‚ã§ã™ãŒã€ã"れから多くの本と格é-˜ã™ã‚‹ã"とã‚'迫られるæ-°å...¥å­¦ç"Ÿã«ç‰¹ã«ãŠè-¦ã‚ã-ておきたいと思います。図書館ã!®è†¨å¤§ãªæ›¸ç‰©ã«åœ§å€'されて、とても読みきれないと泣きそうになった時は、本書の「本ã‚'読まない『読書è¡"』」と題する箇所ã‚'読ã‚"でみてはいかがでã-ょうか。 (自在(じざい)/2003-04-05)

 今から25年ほど前、学生時代に出ていた同著者の『読書術―頭の回転をよくする (カッパ・ブックス)』を手にしたことを良く覚えています。先ごろの著者の訃報に接して、久しぶりに同書を手にしたいと探したところ、現在はこの岩波現代文庫版として出されていることを知りました。

 思うにこのおよそ25年というもの、私はこの本の教えに導かれるように読書を続けてきた気がします。

 開巻一番、著者は「どこで読むか」と題して、かつて理想とされた端座書見を否定して、寝転がって読書をすることを推奨しています。
 「正座の姿勢が、不便・不自然であることはあきらかです。人間の身体の整理・解剖学的な条件によって、この姿勢では当然疲れやすい。」
 こんな風に医師でもあった著者が説く言葉を、私も実践してきました。

 また著者がかつて1日1冊を実践してみたくだりを読んで、学生時代に私も少し目標値をさげて、一年に100冊を目指して真似をしてみたことがあります。
 実際には80冊あまり読んだところで挫折してしまいましたが、それでもそれ以前は読書らしい読書をしたことがなかった私が読書好きに変わるきっかけになったのは事実です。

 さらには、難しい本を無理して読む必要はない、難しいと思うのは「私にとって少なくとも、いまは、その本は必要でないという点に帰着する」という言葉にも励まされた気がします。
 事実、手にした本をすべて欠かさず読了することはなくなりました。私が今求めているという、確かな心の声が聞こえないときには書を途中で閉じる勇気をもつことも大切だと思う自分がいます。

 そしてもうひとつ、「およそ本を読むときには、だれでもその本のなかに自分を読むものだ」(52頁)という言葉は、25年前の私のように、読書の喜びをまだ知らない今の若い読者には贈り物といえるものでしょう。
 高校生にはぜひ一度手にしてもらいたい一冊です。
(yukkiebeer/2008-12-28)
いろいろな読書術が載っている。
速読、精読は当然として、読まずに済ます術、外国語の本を読む術、雑誌を読む術、難しい本を読破する術などなど。

読まずに済ますなんていうのは「読書じゃないじゃん」とも思うが、これがなかなか面白い。
アマゾンのようにネットの書評が増えているので、ますますこの術は応用できそうだ。

難しい本の読破術で、難しい本が読めないのはあなたのせいではない、と書いてあるのは凡人にはうれしい。
書いている側が下手だ、ともすると書き手がわかっていない、というのは、ソーカル事件で暴露されたものでもあるけど、昔からそういう本は多いんだな、と思わされる。

本を読む場所は、机でなくてもいい、とばっさり。

速読と精読はお互いに必要な関係同士というのもなるほど。


本を読む前に是非。 (θ/2007-12-10)
ひとくちに読書といってもいろいろな方法が
あるのだなと感じました。
読んでおくべき世界4大書物。雑誌や新聞の読み方。
そして英語の本の読み方を伝授してくれています。
新約聖書だけでも読んでみようかな?という気に
させられました。
本当は通勤などの電車の中が本当にいい読書空間なのですが、
今は田舎暮らしで、自動車通勤なのがとても残念。
電車の中でも読書がしたい。そんな羨ましい気分にも
させられました。 (mitsugi/2007-09-06)
エッセイのような読書論。
独特な品のある文体で、さらさら読み進むことが出来る。
自身の体験を踏まえた上で、様々な読書法が網羅されてある。
多読・速読を指南する読書論は多いが、
古典を精読する方法に触れてある点は評価できる。

ただ、もう少し踏み込んでほしいと感じる部分もある。
例えば、あとがきのマクルーハンへの言及。
清水幾太郎『本はどう読むか』も読んでみると、
両著者の思索の深さが比較できるだろう。

多読・速読⇔精読を批判したものとしては、
ショウペンハウエル『読書について』。
「読書の毒」について語っているものとしては、
吉本隆明『読書の方法』なども併せて読みたい。 (sonzai/2008-09-04)
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w:10 h:14 265page
本を読む本 (講談社学術文庫)
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ASIN:4061592998
講談社(1997-10)
原著:Mortimer J. Adler原著:Charles Van Doren翻訳:外山 滋比古翻訳:槇 未知子モーティマー・J. アドラー
売上順位:115
¥ 945(中古:¥ 596)

レビュー総評点:545総評点300以上の注目商品
意欲的な読書のために |||||||||||||||||||||||||||||||||
この本は、読むに値する良い本を知的かつ積極的に読むためのの心得を述べたものです。
読書には段階があり、それは初級読書、点検読書、分析読書、シントピカル読書とだんだんと高度な読み方になるということです。
この本を読んで、納得したのは以下の部分です。
意欲的な読書のためには「読んでいるあいだに質問すること。その質問にはさらに読書を続けているあいだに、自分自身で回答するように努力すること。」という約束事を守らなければなりません。そしてその質問とは、全体として何に関する本か、何がどのように詳しく述べられているか、その本は全体として真実か、あるいはどの部分が真実か、それにはどんな意義があるのか、という4つの質問です。
最後に、この本にこの4つの質問を適用してレビューを終わりたいと思います。
この本は教養書や解説書をどのように読んだらいいかという本です。
読書には段階があり、ひとつひとつの段階の読み方について、どのようにして読んだらいいのかという実際の方法が述べられています。
この本にかかれていることは全体として真実です。(と思いました。)
この本を読めば、今までよりも有意義な読書をする方法がわかります。 (佐藤円裕/2003-07-25)
本質を読む・・欧米式読書技術 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
欧米には、学校教育の中で読書技術を指導する伝統がある。物語を語り聞かせて自分の言葉で語らせるところから始め、要約、分析、解釈、批判の技術などが段階的に指導され、高校生ともなれば、全ての技術を駆使して難解な哲学論文や言語学関係の論文、高度な内容の文学作品を本当の意味で「読める」ようにカリキュラムが組まれている。さらには、歴史、社会学、経済学、政治学などあらゆる教科で必要な情報分析の技術にも応用される。芸術分野ですら読書技術教育の中で培われた技術が適用されるのである。欧米各国で名称は異なるが、読書のための技術はほぼ同じである。さらに欧米の読書技術教育では、ただ「読む」だけでなく、読後に必ず作文(小論文)を科せられ、最終的に自分自身で本に向き合い、自分の考えをまとめ上げることを要求される。アドラーの「本を読む本」は、日本の国語教育の中で実施されていない欧米式の読書技術教育の本質を、非常に分かりやすく説明している。本書は、教養人の必読書にとどめるべきではなく、日本の国語教育をどのような方向へ持って行くべきかについての、有効な資料として活用すべき本である。 (アームストロング/2008-03-12)
本の読み方を解説している本です。

読書を
1.初級読書
2.点検読書
3.分析読書
4.シントピカル読書
の4段階に定義して、それぞれのノウハウを解説しています。

私なりの理解では、
本を読む際は、まず本に何が書かれているかを、タイトルや帯、目次、はじめになどを読んで、
・作者が何を伝えたいのか?
・自分はこの本を読んで何を得たいのか?
を考えてから読書を始め、作者の解説する結論とその根拠を明確にして批判することにより、知識を深めることが出来る。
そして、これらの技術の集大成として、複数の本を読書し、自分の求めるテーマの導きだしていくことが重要だと
述べている。

良書です。

ただ、翻訳のせいなのか、言い回しなどが理解しにくいところがあり読むのに根気がいります。
その点を差し引いて星四つ
(コンシステンシー/2007-03-15)
この本は「読む」ことによって知識を得、理解を深め、すぐれた読書家になりたい
と思う人のために書かれた本である。

積極性の高い読書ほど、良い読書だということをとくに指摘し、
読書にはらう努力が大きいほど良い読み手であり、読み手自身が浅い読み
から深い理解へと読み手自身を引き上げていく方法を解説している。

「高度な読者を相手に書かれた難解な本こそ、積極的な読みかたが必要
であり、また、そのような読み方に値する。」と本書に述べている通り
本書自体、部分的に積極的な読みを必要としている。

構成は読書レベルを段階に分けて、そのレベルごとに解説されている。

第一レベルは初級(小学校レベル)「その文は何を述べているのか」

第二レベルは点検読書「その本は何について書いたものであるのか」
短時間内に出来るだけ内容をしっかり把握する。「拾い読み」「下読み」
などの解説。

第三レベルは分析読書「理解を深めるためのもの」
徹底的に読むことについての解説。

第四レベルはシントピカル読書「一つの主題について複数の本を相互に関連
づけて読むこと」について解説されている。

全般的に実用書であるにも関わらず哲学書的な硬さに違和感を感じた。
そして翻訳本であるためか文体にぎこちなさを感じ、和訳に不信感を持つ
箇所もあった。ので、少し辛口になってしまうが星3つ。 (りとるぐりーんめん/2008-03-05)
 まず、題名が面白い。『本を読む本』。原著は、”How to Read a Book”という名前である。
 内容は、読書という行為を、4レベルに分け、字を読み始めた頃の幼い子がする浅いものから、研究者がすると考えられるような深いものまで説明している。
 中でも、『点検読書』と『分析読書』については、とても参考になった。本が持っているポテンシャルを点検読書によって効率的に見きわめ、その中でも読むに値する良書については、分析読書によってポテンシャルを最大限に引き出す読書法が紹介されている。
 「本を読んで効率的に知識などを得たい」「本を読んで人間力を高めたい」というような、成長のための読書を、これから本格的に行おうと考えている人、また、すでに行っている人は、一度読んでみるといいだろう。
(/)
大変参考になる技術論 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
 読書の「技術論」です。こんな本が1960年代に書かれてたこと
が純粋な驚きでした。
 「楽しいからする」読書は、読み方も自由だ。しかし、効率的に書か
れていることを読み取ったり、いろいろな意見や主張を比較しながら読
み進める読書というのはそれなりに「技術論」を押さえておくというの
は重要。
 本書は、そんなニーズをお持ちの方に一読をお薦めします。この通り
にやる必要は必ずしも必要ありませんが、本というのはすべからく1ページ
から順に読んでいくという読み方に何の疑問を持たずにきた人もぜひ
一読を。
 「フォトリーディング」の講座を受講した人は、講座の中で聞いたと
思いますが、この本は何を隠そう「フォトリーディングホールマインド
システム」のネタ本なのです。
(ny/2004-11-14)
もっと早く出会いたかった本です。
主にノンフィクション・良書といわれる本をいかに読み解くかの本を読む技術を初級か学究活動まで
段階を追って理論整然と解説されていて、大変読みやすい本にまとまってます。 また、書かれてい
るスキルが実践的で実用性が高いのも魅力です。 僕の場合、タイトルに曳かれて買ってはみたもの
の読んでみて失敗したと思ったことがありますが、本屋での短時間の立ち読みで本の良し悪しを判断
するのに、点検読書のスキルがすぐに使えます。
 欧米では、本書が学校教育に使われてそうですが、日本でも採用して欲しいと思いますし、自分の
子供に対しての読書力を着けさせる上での指標になると考えます。
非常にお勧めの本です。 (本が好き/2006-09-26)
本や通信講座で速読をマスターしようと四苦八苦し、「やはり速読などマヤカシだったのか?」とあきらめかけていたところに、書評でこの本を見つけました。

まだ半分しか読んでいませんが,ここに書いてある「点検読書」は,「右脳を使う」という表現が無いことを除けば、まさに昨日まで読んでいたフォトリーデイングなどの速読の本に書いてあることそのものですし、「シントピカル読書」は、「レバレッジ・・・」等のビジネス書などにも良く書かれている、「多読の勧め」に相当するものとだと思います。

私は、速読を習得しようとしていろいろ本を読んだり、通信講座にまで手を出したけれども成果が上がらず、「もしかして自分が悪いのか?」と、速読のセミナー受講まで考えていたのですが、この本に出会うことができたおかげで、右脳やら潜在意識やらを持ち出さなくても、自分でも理屈が十分納得できる、実用的な速読法的読書法を習得できそうです。

この本を読めて本当に良かったです。高額の速読セミナーを申し込まなくてもよさそうですから。 (とっぴ〜/2008-02-10)
積極的な読書とは? |||||||||||||||||||||||||||
まず、こんな本がある事も知らずに
本を読んでいた自分は何? という思い。。
次に、本書を読んだ後、自身の本に対する接し方に変化が現れた
と感じられるので、レビューにあげます。
いつものように、これで全てが解決というものではないが、
大いなるヒントではと感じる。
書き手の精神を理解するための読書とは? 
受身ではなく積極的な読書をするためには?
著者と議論するためには?
古典らしいが、良い本であった。 (kensan23/2005-05-02)
本書は『正しいプロセスで適切な質問をし、自分で回答を見つける』がコンセプトの積極的読書術について書かれた本である。

著者は「大半の読者は初級レベルの読書術しか教わっていない。良書から真の学びを得るためには、もっと高度な技術を習得する必要がある。」と課題を提起している。そして、その課題に対して『概略→解釈→批評』というプロセスとプロセスごとの『質問セット』で構成された分析読書を提示している。

この『全体像の把握→詳細の理解→〇△×の判断』というプロセスには違和感や不足感はなく、多ジャンルの本を安定的に読みこなせる読書の型として十分に評価できる。さらに、インプットだけでなく批評という形でアウトプットするスキルも習得できたことは意義深い。今後は概略と解釈をしっかり行った上で、積極的にレビューを書いてみようと思う。 (ほんじん/2008-03-07)
本の読み方がいまさらながら、
よくわかりました。
読むという行為が真剣であればあるほど、
読まれる本もそれに耐えうる良書でなければ
なりませんね。
読むということをいい加減にやっていると、
結構、読まなくてもいいような本を読んでしまいます。
そんな反省をしながら、
「点検読書」の位置づけと技法は参考になりました。
分析読書は、ロジックツリーで構造化をするみたいな感じですね。
最後の比較する読書法では、
主体が「読み手」におかれていて、
ものの見方が主客転倒するような感覚におそわれました。
読書人にはオススメの本です。 (フジオ/2008-02-27)
読んだらわかるのだが、決して読みやすい本ではない。
原因は、まず筆者が哲学者であり、論理性を重視したこと。 
そして第二に、日本人にとってはこれが主な理由だと思う、
例として取り上げられる書籍の内容に親しみがないことだと思う。
ギボンの「ローマ帝国衰亡史」を読んで、例として挙げられる内容をふむふむと納得して読める人にはこの本を読む必要はないだろう。

この書籍については、いろいろとレビューが出ているので、
今までにコメントされていないことを記述しようと思います。

それは、原書(How to read a book)の第13章及び19章を
ぜひ読んでいただきたいということです。 

なぜか? 

まず、13章及び19章は翻訳されていないこと。

そして、本を読む本のような実用書の読み方が13章に述べられている。
実用書は、理論書と違って著者が取り上げた問題は読者の実践によってのみ解決されるなど。

また19章では、シントピカル読書をする前提である、
ひとつの課題に対してなぜ複数の本を読まなければならないのかが、
提示されているからです。

原書の13章及び19章を読むことによって、
著者の論理の流れがよどみないことに気付かされるでしょう。 (○○/2008-02-12)
・論理的に構成されている
・著者の真剣さを感じる
・学校教育書として利用されないのが不思議
・中高年者でも目からウロコ落ちる
・人生哲学書としても通用する
 (本、読書を○○に変えても不思議に意味通じるのは・・)
・成長への真理が簡潔に述べられている
 単なる読書技術を得る以上のものが含まれている 超おすすめ!  (suiny/2004-06-11)
内容としては題名通りに、本を読むための知識の本。

要点としては
「必要な本は時間を取ってちゃんと読みこめ、つまらない本は捨てろ」です。
必要な個所や本を見つけ出す方法を説明しており、また
つまらない記述や本に時間を割くだけ無駄と理解できる本です。

作者のやり方を理解したからと言って
劇的に本の読み方が早くなったり理解できるようになるものではありません。
しかし、巷に氾濫しているどんな本も同じように
早く読めると唄う速読本より誠実に読書について語っていますし
きちんと読んだ本が自分の血肉となる方法を説明しており参考になります。

自分なりの読書方法が見つかっていない人には参考になる本です。

私もどんな本も平等に読んで、速読したいと考えていた時期に出会えば
その読書方法が間違いだと教えてくれたと星5だったのですが出会うのが遅かった。 (明日天気にな〜れ/2008-02-08)
読後の率直な感想は、『もっと早く出会っていたかった・・・』でした。

この本に載っているように読書をするのは大変だと思う。

だけど、
  【本から多くのことを学びとりたいっ】・【得たモノを自分の血肉にしたいっ】
と思うなら、
この本を参考に『本を読む』ことがベストに近い選択だと思いましたッッ

※この本は『暇つぶし』目的の読書には必要ないと思われます。


【訳者あとがき】的な部分にあるが、
  ざっと目を通すだけでよい本、じっくり腰を落ちつけて精読すべき本、
 一部はていねいに一部は流し読みすればよい本、とさまざまである。
 それを有効に読み分けるためにも読書の技術を身につけておかなくてはならない。
 ↑
 納得。
(いいいい/2007-07-17)
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学ぶこと思うこと (岩波ブックレット)
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ASIN:4000092863
岩波書店(2003-01)
加藤 周一
売上順位:5119
¥ 504(中古:¥ 998)

レビュー総評点:30
学びて思わざればくらし ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
02年6月に東京大学教養学部学生自治会が新歓企画で加藤周一を迎えて行った講演会の記録である。東大生を相手にしているためか、わりと堅苦しい話から始める。すなわち『学びて思わざればくらし、思いて学ばざればあやうし』これは『論語』の中の言葉である。更には『学ぶためには何が必要か』という話に発展させる。
しかし加藤が一般的な『学問の心得』の話で終らすはずが無い。それはつまり『学びて思わざればくらし』にも通じる。加藤は自分自身が持つ『問題意識』を学生にぶつける。「若者にも歴史に対する責任はあるか」「個人と組織の関係をどう考えるか」。
ここでは歴史的に見て現代日本を強烈に批判しています。若者一般に対する加藤の『願い』が色濃く出ているブックレットでした。 (くま/2003-06-13)
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w:10 h:17 224page
羊の歌―わが回想 (岩波新書 青版 689)
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ASIN:4004150965
岩波書店(1968-08)
加藤 周一
売上順位:1335
¥ 777(中古:¥ 500)

レビュー総評点:68
 2008年12月5日、加藤周一氏は89歳で生涯を終えました。12月7日付の朝日新聞1面のコラム天声人語に本書が取り上げられています。そこで、天声人語が触れなかった本書にある戦時中の新聞に関する部分を少し。
 1945年、長野の療養所に疎開していた加藤氏は、8月10日頃を境として、新聞が「決戦・玉砕・焦土戦術」の代りに、「国体護持」を強調しはじめたのを見逃さず、降伏が近いことを推測する場面があります。終戦間際の新聞はおそらく紙一枚、内容は全部検閲済みでしょう。そんな量・質共に最低レベルのものでも、読み方によっては情勢判断に役立つというよい例ではないかと思います。
(Thor02/2008-12-07)
「祖父の家」から「審議未了」まで、その歴史的時間の中で、加藤周一は日本国の激動の時代と変容を描いている。それは、単に時間的な羅列ではなく、また純粋な客観というものでもなく、「常に観察する心」というフィルターを通して、書かれ、語られている。冷静で、分析的で、知的な想像力を持つ文章は、読む度に、曇った頭の中を清明にしてくれる。

日本人の自伝の中で、この様な硬質な情緒を感じさせる自伝は、そう滅多にない。

自伝は、幾らも時を置かず、岩波新書の一冊として出版された。この新書が出たとき、投稿者は高校生であったが、夏の陽は西に傾き、一日を読み続けた、家の周りの森からは、煩いほどのヒグラシの鳴声がしていた中に、この新書を手にしていた自分を思い起こす。三十数年も昔の事だが、本は、時間がもたらす経年変化を起こす事なく、実に新鮮なまま、新しい。この様な文章を書ける様になりたい、と、高校生はその時、切実に思った。「高原牧歌」「縮図」「ある晴れた日に」「仏文研究室」等は特に記憶に残る。何か、加藤氏の文章には、芥川龍之介の様な読後感があるのは、投稿者の思い違いかも知れないが、その辺は、定かでない。

加藤先生は、今もご健在で居られるので、読者として「審議未了」以後を、是非とも、お書きになられる事を希望しています。 (時代錯誤/2004-03-04)
強い羊の歌 |||||||||||||||||||
加藤氏は「二・二六事件」の章において「『われわれは何も知らされていなかった』
という国民は、みずから最も自由だと信じていたとき、
もっとも不自由であった」そして「駒場」では
「『精神』とは『必勝』と結び易く、修辞上の正確さとは結ぶつき
にくい何ものかであった」と述べています。
いわゆるワン・フレーズが社会を動かす最近のご時世、
昨今の日本人は熟慮することを厭う傾向にあります。
最後に「仕方なかった」と言わないためにも
日本人は本書を手に取り、じっくり考え
権力を批判=限界を把握しなければ愚かにも不幸の歴史を繰り返すことでしょう。 (カナブンとスズメ/2005-10-14)
諸外国語に精通し、歴史と文化および科学を理解している人物は、たいていが独断的で権威主義的なのに対して、知的に誠実で謙虚な人物はごく稀です。自分の立場を相対化して認識できる人が書いた文章というのは、読む側に一定の態度が要求されますが、氏の書かれた文章はどれも、読者に問題を提起する知的随想がほとんどです。なかでも、本書は、戦中戦後どれだけ距離をおいて時代というものを認識できるかを実験した書物のように読めます。丸山真男の「戦中と戦後の間」とをあわせて読み進めると、加藤周一という人物の生き様の基本的形が見えると思います。
(中村塾zen/2001-12-19)
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inspiring books
私の大好きな加藤周一の著作
 
w:10 h:15 158page
読書について 他二篇 (岩波文庫)
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ASIN:4003363221
岩波書店(1983-01)
原著:Arthur Schopenhauer翻訳:斎藤 忍随ショウペンハウエル
売上順位:4916
¥ 525(中古:¥ 129)

レビュー総評点:466総評点300以上の注目商品
読書と思索のバランス ||||||||||||||||||||||||||||||||||
本屋で何気なく買った本だが、翻訳も読みやすく100年以上前に書かれたものとは思えないほど現代にも当てはまる。
「思索」、「著作と文体」、「読書について」の3部作で構成されている。

「思索」、では、多読が精神から弾力性をことごとく奪い去り、自ら思考することを抑制することを述べ、真に物事をながめること(例えば旅をすること)は思索する多くの機会を与えることを指摘している。かと言って普通の時間は読書に宛てるべきと決して読書を否定はしていない。何時も思索できるとは限らない。思索したことを書き留めておくことも少しそれとなく書かれている。要は読書で他人の知識・力を頼るだけでなく、自らの頭で物事を考えよということである。

「著作と文体」では、国語(ドイツ語)の乱れを指摘すると共に、最近の発言であれば、常により正しく、後から書かれたものならば、いかなるものでも前に書かれたものを改善していると思い込み新刊をむさぼり読む民衆の愚かさを憂いている。。。まるで今の日本と状況は似ているのではと思わせるもの。生き残っている古書はそれだけ世の人に認められた内容であり、読む価値はあると指摘している。ブームとなって飛びついた本がどれほど本屋の棚に残っているか。。。見れば納得する。

「読書について」では「思索」の裏表であり、自分で思索する仕事をやめて読書に移る時、ほっとした気持ちになるのは、読書はものを考える苦労がないからである。読書の後にさらに考えることの大切さ、二度読みの効用も記載されている。

あくまでも自分が主役となって主体的に良書を選択し、読書と思索をバランスよく行うことが大切だと気づく。(薄く!)読みやく、ためになる、一読の価値はある。 (ロバート_レッド_カード/2006-05-07)
 多くの本を読んで楽しい、感動する時間を過ごすことは至福の時間と思っていた。それゆえ、多読をすることに意義を感じていたが本書を読んで自分の浅はかな考えに気づかされた。
 表題「読書について」は一読すると辛口な語りであるものの真実を突いている事柄、現象に思い当たりはっとされた。表紙には「読書とは他人にものを考えてもらうことである。一日を多読に費やす勤勉な人間はしだいに自分でものを考える力を失ってゆく。」と紹介され、それは自分が多読することに単に憧れ、自負さえしいてることをこなごなに砕いてくれた。
 また他の文中に「・・・読まずにすます技術が非常に重要である。」ともある。この一見、不可解な文章はその後、その技術の具体的な内容、良書の説明と続き、「人生は短く、時間と力に限りがあるからである。」と結ばれる。つい書籍の新刊を目にすると購買意欲をそそられ読まないて置かれている本が増えていく自分を戒める内容であった。また、とても1850年代に書かれた内容とは思えない古さを感じさせない鋭さが随所に散りばめられているようだった。
 本書は他に「思索」、「著作と文体」について書かれていて、興味深く読めた。
 今後も読書は楽しみたい。多くの面白い、感動する、または思索を豊かにする本に巡り会いたいとは願うが、多読にこだわらず良い本は繰り返し読みたい。本書は自分のこれからの読書人生に参考にしていきたい考えに多く触れることが出来た良書でした。 (すみん/2004-10-31)
私の魂の一冊 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
大学に入学したての頃、生協で何気なく手に取り、そのタイトルに惹かれるものがあって購入し、その内容が私自身ずっと考えてきたことに酷似していることに驚き、貪るように読んだものでした…。
読書家で博識な人ほど頭が良いのか、なぜいわゆる「知識人」であるにも関らずおかしなことを言う人が存外多いのか、<読書>と<思索>の決定的な違いは何か…。ショーペンハウエルが持ち前の毒舌(?)で読書の弊害を指摘し、思索の何たるかを説き、当時のドイツ語の過剰なまでの修飾表現・大言壮語、文法の乱れ、出版界の体たらくなどを一刀両断します。
解説者も指摘している通り、ショーペンハウエルには確かに天才主義的な所もありますが、彼の指摘している所はかなり鋭いと思います。
単なる博識ではない知を求める人、読書家を自負する人、現代の情報・出版の洪水の中で喘いでいる人に是非おすすめします。 (モリブンドゥス/2004-09-11)
「読書」という行為に対して深い思索を喚起させられます。
速読や多読が注目を浴びる最近の傾向とは、一線を画しています。
生きること、考えることに対する読書の位置づけを改めて考えさせてくれる一冊です。
(渡邉輝/2007-07-07)
今から200年ほど前のドイツに生きた思想家、ショウペンハウエルが、読書や執筆について記した小編です。
新刊書の洪水に流される民衆を憂い、母国語(ドイツ語)の乱れを叱り、日銭を稼ぐために書く「非良心的な三文文筆家」を批判するというオヤジっぽい内容ですが、簡潔でインパクトのある文章や巧みな比喩表現は、さすがに他人を喝破するだけのことはあり、ぐっと引き込まれます。
思索に関しては、「読書は思索の代用品にすぎない」。著作に関しては、「考えぬいた明瞭な思想」を過不足のない「平明な言葉」で精緻に書け。そして、読書に関しては、「悪書は精神の毒薬」、「あらゆる時代、あらゆる民族の生んだ天才の作品だけを熟読すべき」、「重要な書物はいかなるものでも、続けて二度読むべき」など、至極真っ当な主張。
文筆や出版を生業としている方は必読かもしれませんが、そうでなくとも、“たまには大御所に気持ちよく叱られて背筋を伸ばしたい”という方にはオススメです。
近年日本では、年間7万点の新刊書が発行されるという。一日あたり約200冊。ショウペンハウエルの言うように、悪書を読んでいる時間などない。 (お散歩職人/2008-02-03)
読書にまつわる名言 |||||||||||||||
本は他人の思考の結果であること、多読は精神から弾力性を奪うこと、自身で思索することの重要性をくり返し説く。

100年も前に書かれたものだが、情報に溢れる現代を予見していたかのごとき意見に溢れている。痛烈な彼の言葉は、はじめ耳に痛く、やがて僕の中で偉大な財産へと変わった。斎藤忍随による良質で読みやすい訳、あとがきも含め、自信を持ってお薦めできる名著。この本を丸ごと、読書にまつわる名言としたいほどである。 (マサミチ/2006-11-21)
読書、思索、作文の手引き。 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(1)
この本のレビューを書くこと自体困難だ。なぜならば、この本の著者は悪文雑文の類に痛烈な罵声を浴びせるからだ。考えなしにこの本にレビューを書くことはできない。
(2)
悪書を避け良書を読むことは誰もが大事だと思うことだが、それを実践するのは難しい。しかしそれは、何が悪い書物かを見分ける術がわからないうちは、である。悪い書物とは何かについて、著者は自分の生きている時代の状況から割り出す。そしてそのショーペンハウエルの時代の状況というのは、現代の日本にもほぼ当てはまることなのだ。
(3)
著者は自分の時代になされている国語の破壊をひどく嘆いている。ドイツ語の文法や語彙が、新聞や学者によって歪められていることを滔々と述べる。ドイツ語の知識のない人には幾分退屈かもしれないが、それでも読む価値があると私は言いたい。よい文章を書く参考になる。
(4)
この本は毒舌に溢れているが、このような批判精神は見習いたいものだ。ただし、自分で考え抜いた上での批判であるべきで、批判のための批判に陥ってはならないことはこの本からも伺える。
(5)
翻訳の拙さを訳者は謙遜しているが、読みやすい本として成り立っている。ただ、原著を読んでいないので、私は原著の文意が翻訳によって色褪せていないと信じるばかりだ。
(6)
しかしながら、このレビューは用をなさないだろう。著者は匿名の文章には価値がないと言っているからだ。 (屋上幽作/2005-02-14)
学習と成果 |||||||||||||
 多くの優れた思想家は本を読むだけではダメで考えろと言います。本書はなぜ考えなければいけないのかを説得力をもって教えてくれます。書籍から知識を得て成果に結びつけるためにはどのような本を読み、またどのように読めばよいかが分かります。ただ多くを知っている人となるか、それとも知識や経験、高い意識を基礎として優れた成果を上げるか...、後者になりたいと願う人には本書は良薬になると思います。 (t-tatsumi/2004-06-09)
読書家の方に |||||||||||||||||||
この本には、ショウペンハウエルの著作、「思索」、「著作と文体」、「読書について」が収められている。「著作と文体について」は、ドイツ語文法のみだれだかが書かれていたので斜め読みしてしまったが、他二作は非常にシゲキ的。彼の本を読んでいるとよくよくカントが顔を出す。「思索」を見ていても、その発想の根底にカントの哲学が見て取れる気がする。ショウペンハウエルもカントと同じく、孤独な(?)一生を過ごした人。彼の毒舌ぶりはなかなか爽快である。また、一種の天才崇拝のようなものをも感じてしまった。
ショウペンハウエルは、古典の偉大な著者について、あれやこれやと解説した新刊を買わず、古典それ自体に親しめというが、カントやハイデッガーなどの著作は、哲学知識の少ない者が読むには非常に難解で、解説書で理解を助けながら読み解くのもよろしいかと思う。
彼は中々恐ろしい事を言う、世の「読書をすれば頭が良くなる」という主張に反して、「読書は思索の代用品に過ぎない」だとか、「読書とは他人にものを考えてもらう事である。一日を多読に費やす勤勉な人間はしだいにじぶんでものを考える力を失ってゆく」だとか言う。
確かに、本を読むと言ってもその本で著者が言っている事に迎合しているだけでは、ショウペンハウエルの言ったような恐ろしい結果になるかもしれないが、読みながら考え、時には作者の意見に反論しながら読んでいく、批判的読書ならば、ものを考える力を失ってしまうという事も無いのではないかと思う。それに、発想をする為にはある程度の知識が必要だ。無から有は生じない。自分が読んだ様々な本から得た知識を動員して、新たな知を生み出すという事も十分ある。< (読書家志望/2008-03-21)
 現代は出版物濫発の時代である。読書経験の少ない者は、書店でただうろたえるだけである。そこで「読書に際しての心がけとしては、読まずにすます技術が非常に重要である」「良書を読むための条件は、悪書を読まぬことである」という著者の主張は、出版物濫発の現代にこそピタリとあてはまる。

 では何が読むに値する書物なのだろうか。ヒントとなりうるのが次の箇所である。
「ある人の頭脳に正しい思想が浮かぶと、その人はただちにその明瞭化につとめ、やがてそれに成功する。だから一度考え抜いた明瞭な思想には、ぴたりとした表現辞句も容易に見つかる。人間の力で考えられることは、いついかなる時でも、明瞭平明な言葉、曖昧さをおよそ断ち切った言葉で表現される」

すなわち、考え抜かれた思想は曖昧さがなく簡潔であるということだ。すると逆に、難解な書物というのはその思想自体が難しい、という場合と著者自身も主張が曖昧なまま筆を執った可能性もあると考えられる。

 現在は出版物の濫発によって、玉石混交の状態だ。自分が良書だと思える本を読んでも、周りの人が読んでいるとは限らない。そこで、まず古典は敬遠される。そういった読書は、他人と共有されることなく極めて個人的な経験になってしまう。

 すると、これから読書を始めようと意気込んだ人はまず何に飛びつくか。周りの人が読んでいる「ベストセラー」だ。私は、出版物の濫発こそが日本の読書文化をおとしめた諸悪の根源ではないかと思う。やはり、良書の基準を満たし、目を養うには古典を読むのが一番ではないか。

 時代の淘汰の中で残された「古いもの」は、少なくとも「悪いもの」ではないはずである。まして、古典が到底時代遅れだとは思えない。100年前の書物の内容が現在の文脈にしっくりとくるのはなぜか。十年後、現代の書物が何冊残るだろうか非常に楽しみである。
(/)
まさに毒舌全開!
現代の毒舌評論家も真っ青の辛辣さ。
こういう本が岩波書店というお堅い出版社から出ていることが驚きだ。
ショウペンハウエルは哲学者ということだが、この本に収められているのはどちらかといえばエッセイのようなもの。
容易に読み進められる。
週刊誌(週刊文春とか)の連載エッセイを読んでいる感じ。
ややもすると高踏的な表現に反感を持ったりもするが、冷静に書かれていることを吟味すると、目から鱗というか、なるほどそうだよね、と納得する部分も多い。
多読は自分の頭で思考することを邪魔する、という指摘など、思い当たるところもあり、どきっとさせられる。
スポーツの本ばかり読んでいてもスポーツが上手にはならないように、本ばかり読んでいても自分で考えないと著者の借り物の知識を詰め込んだ薄っぺらい物知りになるだけなのだ。 (冬の暖かな鎌倉の海岸で/2004-03-08)
 重要なことは自分自身で世界を観察し、考え抜き、そこに不変の法則をみつけることだということである。このように自分自身で見つけた知識だけが本当の意味で自分のものになるのだ。そのようにして初めて世界は部分的にではあるが、理解されうるのだ。いかなる優れた人間でも他人に教えることはできない。なぜなら、結局のところ世界をただの記号であらわしたものを提示できるに過ぎないからだ。世界そのものと、世界を支配する法則自体を直接的に提示することはできないからだ。記号は我々の精神にすでに存在するものを想起させ、組み立てたりさせるだけなのである。だから、言葉によって表現されていることを言葉の上でだけでなく、直感的に理解するには、その表現されていることを既に知覚していなければならない。たとえば、『りんご』という言葉を含んだ文が表現しているものは、りんごを実際のところ知っている人間でないと、よくわからない。生まれつき盲目の人には『空は青い』っていったいなんなことなのかよくわからないだろう。結局のところ、なんにしろ自分で体験しないことにはよくわからないということである。言葉で全部わからせることができるなら、みんな高い金払って旅行したりしないだろう。ターミネ―ター3の出来は実際のところ見てみないとわかりはしないだろう。男には生理痛はいつまでたってもわからないだろう。要するに言葉なんてのは非体験者には通じないのである。思考もまた感覚と同様である。言葉で考えを表現して見せたところでそれを考えたことのない人間には通じないのである、といっても聞いた時点で言葉を手がかりにして、考えることが出来れば伝わるわけですが。つまり考えた事を表現した文は考えを伝達するのではなく、その考えを知っている人間に対してはその考えを想起させ、知らない人間に対してはそれを考えるきっかけを与えるに過ぎないのである。だからショーペンハウアーはですね、世界を自ら体験し、それについて考えなきゃ、いつまでたってもわかりませんよと言っているんです。本ばっか読んで世界を考察しないでいるとアホになりますよということです。これからの日本では、だんだん機械的な仕事が減っていく、したがって創造性のあるなしが重要になってくる。創造性は暗記的勉強で身に付くものでは決してありません。世界を感じ、観察し、考察することが重要であると思います。
一言で言えば、この素晴らしい本は学習の心得を教えてくれているものだと言えるでしょう。 (ポリル/2003-01-04)
「思索について」「著作と文体」「読書について」の三篇を収録。
本書のタイトル「読書について」は単に読書に留まらず、現代風には「情
報の分析と認知について」というタイトルがつけられるかもしれない。
情報のあふれ返った時代である。必要な情報をどう選び何を捨てるのか、
というノウハウを教授する本も多い。
しかし基本的なエッセンスはこの薄い本に余すところなく込められてい
る。
=============
<以下引用>
「著作と文体」より
「大切なのは普通の語で非凡なことを言うことである。」P69
「倦怠を覚えさせる秘訣、そはすべてあますところなく語ることなり。」
P74
「読書について」より
「紙に書かれた思想は砂に残った歩行者の足跡以上のものではないのである。歩行者のた!どった道は見える。だが歩行者がその途上で何を見たかを知るには、自分の目を用いなければならない。」P129 (詠人1人/2003-09-04)
「読書とは他人にものを考えてもらうことである。一日を多読に費やす勤勉な人間はしだいに自分でものを考える力を失ってゆく。」表紙にも引用されている言葉です。

ただ本を読むのではなく、自分で考えることの大切さが説かれた本です。知識を実際に身に付けるために必要な過程がわかりやすく書かれています。それは物を考え、分析し、常識にとらわれず物事の本質をとらえるために、大きな財産になるはずです。

それなしに本を読み続ければ、鵜呑みにした知識を積み上げることにしかなりません。知識と知識を互いに比較する。対立する知識のどちらが合理的か、様々なことに適用しながら分析する。一見したところ全く異なる知識でも、どちらかが間違っているのではなく、視点とアプローチの仕方が違うだけで、どちらも正しい場合もあります。異なった方法それぞれの枠組みの中では正しく、優劣をつけるものではない場合があります。さらに、現在の自分にとって一見非合理で信じられないような知識が、実は正しいと仮定して検証すると、幅広い分野に適用してみても、そちらの方が高い整合性を持っている場合もあります。

新しく学んだ知識と、これまで身に付けた知識とが、どうつながるのかを考える。様々な分野を横断して使ってみる。それぞれの知識を実践して確認してみる。実践して正しいと思えることも本当にそうとは限らず、飽くまで今のところそれが正しいという可能性が高いものとしておく。とても正しいと思えなくとも、自分の知識を反証する可能性のある知識に触れたときには、謙虚に、自分が間違っている可能性を仮定して検証する余裕を持つ。それがなければ凝り固まってしまい、バランスをとることが困難になります。

知識は凝り固まるために学ぶものではなく、柔軟になるため、より広い視野を得て、その中でのバランスをとるためのもの。完全に理解したと思ったらそこで成長は止まります。自分の世界観の中で、知識を組み立てなおし、新たに仕入れた知識の、全体の中での位置づけを考える。物事の理解には無限の段階があり、これで終りという段階は決してきません。偏るためではなく、バランス感覚を追求する読書のためにお奨めしたい本です。

(パウダースノー/2007-06-23)
本ã‚'よく読む人はã"の本ã‚'æ-©ã‚ã«èª­ã‚"だæ-¹ãŒã‚ˆã„。è'-è€...は読書、学ç¿'する上で、思ç'¢ã‚'重要è¦-する。æƒ...報が読書によって頭の中にたえずå...¥ã£ã¦ãã‚‹ã€‚そã-てそれはæˆ'ã€...のæ'žå¯ŸåŠ›ã‚'失わせる。それæ•...è'-è€...は思ç'¢ã‚'怠ってはいã'ないと主張する。
現代は知識の詰め込みが問題になっているが、私はã"の忙ã-いä¸-の中、心の亡くなったä¸-の中、思ç'¢ã‚'する時é-"、ç'°å¢ƒã‚'作るというã"とが大事であるとおもった。独創的な思考はそã"からç"Ÿã¾ã‚Œã‚‹ã€‚
私は不明瞭で長ã€...続くæ-‡ç« ã¯å¥½ãã§ãªã„。皆さã‚"もそうだとおもう。è'-è€...は言è'‰ã€æ-‡ä½"の乱れã‚'つくる無知な三æ-‡æ-‡è±ªå®¶ã‚'ç-›çƒˆã"の上なく批判する。
私が思うに言語の乱れはいつの時代にもある。それは今でもå½"てはまる。だからã"そè'-è€...のç-›çƒˆãªæ‰¹åˆ¤ã‚'聞いておくべきだ。
ã"の本ã!¯!非常にお勧め。
ä»-の2冊も読むつもりです。
かã-ã" (慧心/2002-09-26)
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続 羊の歌—わが回想 岩波新書 青版 690
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岩波書店(1968-09)
加藤 周一
売上順位:2494
¥ 735(中古:¥ 720)

レビュー総評点:28
東京の裕福な家庭に生まれ、古典的な教養を幼い頃から身につけ、東大医学部卒の医師であり、美男子でありまた才能豊かな加藤周一の、成年以後の自伝である。そこには、表題からは意外なまでに、女性関係の話が出てくる。京都にいる女と恋をしていた加藤青年は、イタリアで出会ったオーストリア人女性と恋におち、遂には京都の女に別れを告げる。しかもこれを綴る文章は、時おり西洋語的なジョークの口調を混じえ、高尚な教養を滲ませ、気障ととられても仕方がないのに、全体が静かな響きをもって、厭味である、として本書を一蹴させることがない。それは今日に至るまで、国家的褒賞を一切受けない加藤の高潔な魂が本書に流露しているからであろう。 (小谷野敦/2008-08-12)
第一級の日本語 |||||||||||||||||
生前、渡辺一夫が「日本語の散文のなかで最も美しい文章」といい、吉田秀和が現在、「知性と感性の絶妙な文章」と評し、各国語に翻訳されている(英語版を小生は読んだ)名文。
弊塾は、高校生や大学生が通う私塾ですが、かれらに何時もすすめる教養書兼「日本語作文テキスト」は本書です。これを用いて、たとえば「審議未了」の箇所を輪読すると、その音声リズムと思想的内容の盛り上がり、そして言葉のリズムと思考の緻密性とがひとつの音楽として聞くものの心に深く染み入ります。これは英文では経験できません。小生の英語は覚束ない。

小生が、本書を強くおすすめいたす理由は、上記のとおり、昨今の乱れた日本語と,「作家」と称する物書き連中らのいい加減な日本語で綴られた本を、高いお金を出して読まれることへの反省を持っていただきたいからです。こういう本を、是非お読みいただき、物事を正確に考えること(日本語で)、その本当の形を体験していただきたいと、思います。 (中村塾zen/2007-08-06)
加藤周一の若き日々をつづった自叙伝である。

日本を代表する知識人の土台がいかにして作られたか。

彼の交友関係はどれほどの広がりを持っているのか。

続編とあわせてに読みたい1冊である。 (浦坂/2007-05-22)
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私の大好きな加藤周一の著作
 
w:10 h:16 256page
20世紀の自画像 (ちくま新書)
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筑摩書房(2005-09-05)
加藤 周一
売上順位:58127
¥ 819

レビュー総評点:165
原則に生きるということ |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
自覚的に生きる、自己選択による原則に従って生きる。人生における出来事は偶然であることが多い、とはいいながら、しかし、加藤氏の生き方は日本人には珍しく?一貫しているように見える。ずるずると現状肯定していく日本人の弱点は現代日本にも明瞭なかたちで観察される。だからこそ加藤氏の生き方がいつまでも新鮮に感じられるのだろう。
本書は、そんな加藤氏の戦後の主要著書の書かれた目的や背景、方法論が語られる。例えば大作「日本文学史序説」は850余りにも及ぶ作品が論じられているという。しかもすべて自身で原作を読んだ上で論じることを原則とする。原作を読まずに研究書を読んでその作品を論じない、という。ここにも加藤氏の原則に生きる例をみることができる。
また、自由を獲得するためには、代価を支払わなければだめだ。自由というものは、ただでは手にはいらない。経済的だけでなく社会的影響力など高い代価を支払って「自由」を選択した、という。
ともあれ、私は20世紀とともに生きてきた加藤氏の「ことば」に感動する。現代の政治家のことばの軽さに辟易としている人びとにとっては精神の健康によいだろう。 (kazekozoh/2005-09-10)
「プロローグ」は「私の20世紀」と題した加藤氏の論考。続く「第一部「戦後」とは何だったのか」は、成田龍一氏による加藤氏へのインタビュー。そして最後に成田氏による論考「第二部 戦後思想史の中の加藤周一」が配されるという構成。

プロローグ及び第一部において、加藤周一氏が生きた20世紀の日本と世界を振り返り、どんな時代だったのか、どう時代と向き合ったのか、どんな問題意識を持ち、一連の言論活動をなしてきたのかが語られる。「知の巨人」、という表現以外に加藤氏を形容するフレーズが見つからない。加藤氏の本を読んだことのない者でもそう慨嘆させられてしまう圧倒的迫力がある。

20世紀を生きた「知の巨人」加藤周一。彼の言葉・思想にもっと耳を傾けて、日本は、そして世界はどこから来てどこへ向かうのか考えたい。
(小僧/2007-03-23)
加藤周一入門 ||||||||||||||
 『羊の歌』、『日本文学史序説』などの主著と
 それが書かれた時代背景そして加藤氏の思想を
 初心者でも分かりやすく説明されていると思います。
 加藤氏の著書を初めて手に取る人は参考になる新書だと思いました。
 個人的には加藤さんには死ぬまで評論活動を行い、
 戦争未体験世代を啓蒙し続けて欲しいです。 (カナブンとスズメ/2005-09-24)
著者の自筆の論考は20Pほどで、本書の大半を占めるのは、成田龍一氏による著者へのインタビュー及び同氏による著者の筆歴である。主著「日本文学史序説」や「雑種文化」「羊の歌」などが次々と取り上げられており、加藤氏の著作を概観するのに適している。題名の通り「20世紀の『加藤』像」と概括して差し支えないと思う。高齢にも関わらず政治に対する笑いを含んだ批判的発言には、未だ社会への関心を失わない幅広い知性を感じさせる。ただし成田氏の論考は、加藤氏を肯定するだけで次世代の役割を果たし得るのか疑問を感じた。特に歴史教科書問題を右傾化として批判する方法は、あまりに紋切り型である。次世代を形成する者は、加藤氏から学び同時に批判的に乗り越えていく力強さも必要ではないか。 (ヨーゼフ・K/2005-09-23)
とっとと引退しろ |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
加藤氏の昔の本を読むと圧倒される。すごく頭は良いし、教養がある。 碩学とはこの人の為にある言葉だと感じさせられる。
『日本文学史序説』を超える日本文学論はなかなか無いと思う。
しかし、現在の加藤周一の(思想的な)存在意義はあると言えるのか?
状況は刻々と変わっているのに、いつまで経っても変わらない言説。
新しい状況に成っても、それについて新しく考えようとしているように見えない。 大昔の知識や既に作られた思考の型に当て嵌めて、議論しているように見える。
残滓としての型に無理矢理当て嵌めた議論から生まれる結論とは何か? (/)
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20世紀論
 
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読書力 (岩波新書)
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岩波書店(2002-09)
斎藤 孝
売上順位:7217
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 読書好きの私にとって、自分の読書に対する姿勢を、