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「「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ (文春新書)」 とその関連商品
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「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ (文春新書)
ASIN:4166601105文藝春秋(2000-06) 谷岡 一郎 売上順位:9621 ¥ 725(中古:¥ 255) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
「客観的に説明して」「数値で示して」といわれることがある。
数値化するということは、物事をより正確に認識できるということ が前提にある。 それは正しい。しかし、そこで示された数値データは本当に正しく 実態を示しているかということについて、意欲的に解析した本です。 データを正しく読むための批判的なスタンス、バイアスのかかり方 などについて具体例を示しながら平易に解説している。 生きていく中でこういった情報を身につけておくことは必要だ。 (ny/2004-12-23) 社会調査の過半数は「ゴミ」である(本書p23)。
一見極論のようだが、後に展開される様々な社会調査への客観的かつ的確な指摘ないし批判により決して極論でないことが分かる。 新聞記事をズバズバ論破していくのは読んでいて気持ちがいい。その上読者に新聞記事の論理的に、客観的におかしな部分を考察させる機会が(最後の5章の3問以外にも)数多くあり、なかなか頭を使う。 社会調査のみならず文章展開の論理性の考察もできる。 素直に「良著」といえるだろう。できれば社会人になる前に読んでおきたい本である。 (black bird/2007-02-09) この本は一橋大学大学院MBAコースの「理論構築の方法」で使用されている。研究者・実務家・学生を問わず、広く社会人として、必要なリサーチ・リテラシーの必要性を問うている。
各新聞社や中央省庁のあまりのおそまつなデータの使用の仕方から、この本を読んだ後は、簡単にはこれらのデータを信用できなくなるだろう。 さらには、自分も人を説得する際のデータの取り扱いに注意することによって、正確な事実に基づいた意見をいえるような始めの一歩となる。 素晴らしい本です。オススメです。 (林縦勝/2007-03-20) 本書を推薦するか否か、小生迷っていた。内容は抜群である。特に、前付けに載せられている【調査・検証プロセスと本書に登場する「バイアス」】と題された表は、これだけでも十分に、情報吟味に役立つ。本書の内容を要約すると『1世の中のいわゆる「社会調査」は過半数がゴミである。2始末が悪いことに、ゴミは(引用されたり参考にされたりして)新たなゴミを生み、さらに増殖を続ける。3ゴミが作られる理由はいろいろあり、調査のすべてのプロセスにわたる(いろいろと例示するつもりである)。4ゴミを作らないための正しい方法論を学ぶ。5ゴミを見分ける方法(リサーチ・リテラシー/research literacy)を学ぶ。」(p9-p10より)となっている。
著者谷岡一郎氏は、執筆時40代の若さにして大阪商業大学教授・学長を務めていた人物である。想像どうり切れ味は鋭い。この鋭い切れ味が―思い余ったのか、それとも計算された戦略と戦術なのか、はたまた学業を修めた米国の一般向け啓発書の特徴を持ち込んだのか判らないが―、勢い余って過激に大暴れしている。この点が、小生推薦するか否か迷ったところである。良質の内容を知るべき人々が、「単に感情的反発」によって、理解から遠のくのでは、もったいないことである。 しかし、「タテマエ社会」の「ファンタジー」に生きたいとする「妄想家」ではなく、「ホンネ社会」の「リアリティ」に生きる、「当たり前の人間」であらんとするならば、丁度目覚し時計が、けたたましく不快であるにも関わらず有用であるのと等しく、本書も有用なのではないか、このように思ったわけです。 ただし、著者の言を借りれば『もう一度お断りしておくが、過激な内容につき、ずさんな調査(すなわち「ゴミ」)をまき散らしている人々のうち、血圧の高い人は読まないほうが無難である。」(p7より)とのことである。ご注意を。 (cam/2006-12-28) 新聞を日常的に読む普通の大人であればぜひとも読んでおくべき必読書であると感じました。
もっともらしい数字で飾られた嘘っぱちの社会調査の記事がいかに多いかが、 素人や入門者でも非常に読みやすく、分かりやすく解説されています。 様々なウソのパターンが万遍なく紹介されているので一回さらっと読んだだけではそれを見破る力が十分に身に付くとは思いませんが、 少なくとも記事のデータを鵜呑みにすることなく「これは怪しいのでは?」と疑う姿勢を身に付けることはできるようになるはずです。 この本を読む前でも「これは変だ」と感じる社会調査の記事はたまにありましたが 他にも普通に読み流して信じていた嘘っぱちの記事、あるいは説明が不十分で社会調査の体を成していない記事が如何に多かったかが実際に確認できました。 本書を読んだ後では新聞の見方が変わることは間違いないと思います。 (/) 中学生レベルで理解できるかどうか疑問ですが、本来はデータの理解の仕方を義務教育において提供し、国民のリサーチ・リテラシーを向上することが必要と思います。調査会社、シンクタンクには、社会科学的に誠実であろうとする調査マンは実は多くいるのですが、依頼者との「契約」において、泣く泣く依頼者の都合のよい調査を設計せざるを得ない現実もあります。身近なところでは市町村のアンケート調査等は結論ありきで、それを担保するような結果を出せと求められたりします。
最近の話題では、N○KがRDDという手法を用いて靖国神社参拝を是非を調査し反対派が多いと発表していましたが、私としては質問文自体が誘導的であったり、RDDを含めた標本抽出の手続きが呈示されていなかったので、そのまま信じることはできませんでした。 8/14の靖国討論番組で、司会者も有識者も誰も調査の信頼性について疑問を示さなかったのが残念でした。重要なデータであるが故に、調査担当者を同席させるべきだと思いました。そして、この著者のような方が、リサーチ・オンブズマンのような立場で参加されたらよかったのにと感じた次第です。 (choros/2005-08-15) 「渋谷で100人に聞きました」といったアンケートの結果を真に受けるかと言われればNoだが、新聞・テレビも同じようなことをやっているのに、こちらは意外と信じてしまっていることに気付きます。この本を読んでから、新聞の見出しに踊るパーセントを見たら、調査手法の間違い、データの曲解はないか、これを鵜呑みにしていいかなど自問するよい習慣がつきました。
(Farout/2007-06-15)
本書では面白くかつ有益な事例をたくさん出して、どれほどいい加減なデータが世に出回っているかを示している。「ジャンクフードと非行には関連性がある」「畳の数が多い家ほど子供も多い」「コーヒーを多く飲む人は飲まない人に比べて、心臓病で死ぬ確率が三倍以上になる」などといった笑って済ますことのできるレベルのゴミ調査から、「国旗・国家法案の是非」「自衛隊は必要か」などといった硬いテーマにまつわるデータ操作に至るまで、周りはとんでもない情報操作のトリックに溢れているのである。
巻末には読者のリサーチ・リテラシーをためすテストがついていて面白い。自分は大丈夫と思っていても、意外とバイアスに簡単に騙されているものである。 (雑読すん/2003-06-21) 仕事がら、調査やマス分析にかかわるため非常に参考になった。
データを出す者として、本書に書かれていることは日頃から 注意していきたいと思う。 それにしても最近のマスコミがいかに自社のイデオロギーに誘導 しようとしているかよく理解できた。確かにデータを示されれば、 多くの大衆はそれに引っ張られる。 恐らくこの本を批判する中心はそういったマスコミ関係の仕事を している方々であろう。少なくとも人気ニュースキャスターや 大手新聞社は影響力があるのにまったく良心的ではない。 (武蔵野/2001-11-20) 本書は社会調査がいかにいい加減になされているかを指摘し,どうすれば
改善されるのか提言している本である。一般的に,量的調査をするときには, 方法論に裏付けられたルールを守らねばならない。しかし,それをどこまで 厳密にやっているかは,多くの調査の場合疑問である。本の中でも触れられ ているが,量的調査をする場合に回収率やアタック数すら書かないものがあ る。調査を一般化するには,データの代表性が命である。そうでなければ, 偏った結果しかでない。 また,因果関係を推論する際に,第3の影響(変数)の検証が無い場合や あってもいい加減なものがあるとの指摘もある。確かに,日々目にする調査 報告などにも誤謬ともとれる推論がある。 著者はあとがきで,社会調査では意図さえあればその通りの結果が出るよ うに簡単に操作できると言っている。だからこそ,科学的方法論を学びデータ を吟味する眼を養うことが重要なのだろう。 (/) 政府官公庁、学者、社会運動団体、メディア等が行うアンケートや各種調査の結果と公表、それを受けてのメディアの報道の仕方に対し、漠然と「バイアスがかかっていそうだし、なんか変だな」と感じつつも、「ここがおかしいのではないか」と明確にはその問題点を指摘できずにモヤモヤしていた私にとって、論理的な解答を与えてくれる、よくできた参考書のような一冊だった。
9条を中心とする憲法改正問題や北朝鮮、韓国、中国問題といった立場が違えば主張も全く異なるというデリケートで問題が多い昨今、それに対するアンケートや調査とその結果に対する報道も多い。 報道の受け手にしかなることができない大多数の人たちが、「社会調査」と「報道」の妥当性を検証できる大事な手段の一つが、著者のいう「リサーチ・リテラシー」であるのは間違いない。 非常に真面目な本だが、ストレートな言葉遣い(その代表が「ゴミ」)で書かれた文章は歯切れがよく、読み物としてもかなりオモシロイ。著者のことを知ったのは、西原理恵子の漫画(たしか銀玉親方山崎一夫との共著だったと思うが忘れてしまった)なのだが、そこで描かれている著者はギャンブル好きのただの冴えない大学教授だったので、その姿と本書での鋭い筆法のギャップにかなり驚いてしまった。 (Taro/2007-05-23) 新聞などで公表される数字を鵜呑みにしてはいけませんよ,間違った方法で調査されているかもしれませんし,あるいは,主催者側の欲しい結果を得るために計画された調査かもしれませんよという本です.カーター,レーガン,ニクソン,フォードの4人の元大統領の人気投票を行ったら,その結果はやる前からわかっているという話をつかみとして,どんどん引き込まれていき,一気に読むことができます.また,大手新聞の記事などをバッサ,バッサを斬っていく様は,「まあまあ抑えて」と言いたくなるくらい痛快で,ヘタな小説の何倍も楽しめます.
私の会社でも時々社内制度などに関するアンケートがあるのですが,どうも答えにくい質問が多かったり,ひょっとして誘導されているのではないかと思われるような質問があったりと気になっていました.最近はWebでこれをやらされますので,未回答ができないので一層始末に困ります.本書を読めば,なぜこのような質の悪いアンケートができあがるのかという疑問が一気に解けます. また,本書は社会科学に関する本ですが,自然科学や工学に携わる人にも是非読んでもらいたい一冊です.例えば,対象としない変数はコントロールする必要があるという話は,小学生が理科の実験をするときに,「温度,光,水分,酸素の条件を変えて発芽の様子を観察しましょう.そのとき,2つの条件を同時に変えてはいけませんよ」というのと同じ話です.ただし,社会科学は人間が相手だけに,忘れたり,ウソをついたり,学習したりするところが難しいところのようですが,幸いにも自然科学にはそれはありませんね. まずは,なにより本書は楽しく読めるというのが一番です.研究などに携わらない人でも知っておいて損はない内容ですし,本書を読むと新聞の読み方がきっと変わると思います.ただし,あまりのめり込むと意地悪な性格になってしまうかもしれませんが. (wave115/2006-06-07)
データに騙されない思考力をつける |||
「社会調査の過半数はゴミ」等の攻撃的な記述が随所にある。しかしその中に「ゴミ調査を減らしたい」「リサーチ・リテラシーをつけてもらいたい」という著者の良識が垣間見えるため、読んでいて気持ち良い。
受け身でニュースや記事を読んでいると気がつかないことや違和感を持ちながらも読み流していたことをはっきりと気づかせてくれる良書である。データを重視する姿勢とともに、データに騙されない思考力は身につけておきたい。 (amethyst/2008-08-09) もっともらしい社会調査の見極め能力テストが、3問載っている。広くは真実を知ろうとする能力やリサーチが正しいといえるかを見分けるリテラシーが、どの程度養えたかを試すことができる。本書を読む前と読んだ後でどれくらい変化したであろうか。
社会調査あるいはサーベイといわれる測定結果をよく見かける。表やグラフとして提示してあることが多い。人の言うことを信ずるのは、それはそれで大事なことだ。しかし、人を惑わせてはいけない。 自分がものを言うときはどうであろうか。(1)モデル構築、(2)リサーチ・デザイン、(3)プレゼンテーションに対し、疑問文を呈することができるだろうか。言うことは聞くことである。聞くということと見抜くということは、ひとつである。それは、真実を見る目こそが、虚心になることの根底にあるのではないか。読後に、そのような感慨を持った次第である。 「モデル構築」における相関と因果、社会科学における検証プロセスが演繹的であること、論理構成がアプリオリにできていなければならないこと、「リサーチ・デザイン」における勝手な思いつきによるトレンドの偽装工作が発生されがちであること、これらについて詳しく実例の記事や放送をとりあげ、泥棒の始まりを明らかにしてくれる。だまされやすい方は、必読。 新書本なので、あまりおまけは期待できないが、参考文献あり。リサーチ・リテラシー訓練不足の読者向け紹介文献あり。索引なし。ひもなし。 (空也 苦惑子/2006-06-14) 新聞や行政機関のアンケートや社会調査の中にはアンケート調査の基本(リサーチリテラシー)をわからずに行っているものや、わかっていて意図的にあらかじめ導きたい結論を誘導するために行われるものがある。本書はこういった事実無根の情報(著者はゴミと称する)がどのようにして生み出されるかを理論的に説明すると同時に、こういった業務に関わる人が気をつけなければならない事柄をわかりやすく説明してくれる。実際に社会調査を行う際の方法論は参考文献を当たらなければならないが、新聞やテレビの報道は基本的に正しいと鵜呑みにしていた私にとっては目から鱗の良書である。
(たかさん/2006-03-11)
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データはウソをつく―科学的な社会調査の方法 (ちくまプリマー新書)
ASIN:4480687599筑摩書房(2007-05) 谷岡 一郎 売上順位:14382 ¥ 798(中古:¥ 695) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:108
新書界の大ヒットとなった『「社会調査」のウソ』(文春新書)の著者による「社会調査入門」。
内容は、マスコミによる社会調査を取り上げた叩き斬りまくった前作に比べ、力点が「科学」、そして「社会科学とは」なんぞや!?に置かれている点が特徴。 今回は、「社会調査」ではなく、「非科学」を相手に戦っておられる、という印象。 特に、第1章「社会科学における「事実」認定プロセス」に書かれているような内容は、これは社会科学を学ぶすべての学生にとって必須の習得事項だ。 これらを踏まえていない卒論は、おおよそ科学的とは言えない(極限すれば、エッセイにすぎない)、ということは覚えていて損はない。 第5章の「リサーチ・リテラシーとセレンディピティ」には、著者の主張が凝縮されており、内容はまっとうだが、 本書が若者向けのシリーズであるからか、 学長というお立場もあってか、いささか、説教臭いビジネス書を彷彿させるあたりが好みの分かれるところかも。 それにしても、著者の文章は、あいかわらず、実にスパイスが聞いていて読み飽きない。 また、随所に登場するいしいひさいち氏の4コマ漫画の配置も的確。巧い。 似たような内容を扱う社会科学研究の入門書と比較すると、新書である本書はもちろん内容は浅い。 でも、読み手に実際に何が伝わるか、ということにどれだけ配慮されているかという点を、高く評価したい。 (misora/2007-05-21) 最近「新書を売るのは刺激的で面白いタイトルだ」って感じだが、この本は中身も濃い。 タイトルは「データはウソをつく」だが、内容は「正しい社会調査の方法」で、社会学系の学生の心得を一般向けに噛み砕いて説明した内容。
その上で「誤った方法」「悪質な方法」としてデータでウソをつく例が紹介されている。 マスコミはTVであれ大新聞であれ、結局のところ送り手に「客観的事実」は無く、全てのデータは「報道姿勢」のフィルタで歪められている。社会科学のデータで客観的に正しいといえるのは至難だと思ったほうが良いくらいだということだ。 しかし、受け手である我々が正しいデータの取りかたや、歪曲の方法を知っていれば、真実に近づく手がかりになる。 この本では、意図した結論を引き出す設問の立て方のテクニックから、金銭・人間関係が真実を隠蔽してしまうケースまでマスコミの問題を幅広く扱っている。 私たちが受け取るあらゆる情報が、この本が指摘する歪曲と無縁でないのは確かだと思うが、ちょっと勉強すれば、その情報が「真実」からどのくらいの距離にあるか、どちらの方向にバイアスがかかっているかを推定できる。 送り手の意図とは別に、受け手が歪んでいる場合も多い。 人間は自分にプラスになる情報ばかり集め、都合の悪い真実には目をつぶることが多い。 例えば何か新製品が買いたいとき、webで絶賛しているページばかり検索してしまうとか。 覚えがあるある。 (からから!/2007-06-05) サブタイトルの「科学的な社会調査の方法」の方が、この本の性格をより正確に表しているのではなかろうか。若い人(学生?)向けの新書とのことだが、社会調査についてのよくできた入門書だと思う。わかりやすくおもしろい授業を聴いているような感じがした。
門外漢の私(中年)でも、教科書的な第1章:社会科学における「事実」の認定プロセス、第3章:実際にデータを分析してみよう、第4章:質問票作りのむずかしさ、の3つの章は非常に興味深く読むことができた。 なかでも第3章はなんだか手品を見ているような気がした…ということは、自分は騙される側の人間なのか? 著者と同じく、私も、いしいひさいちのファンなので引用されたマンガはすべて知っていたが、著者のような視点で読んだことなどなかったので、読む人が読めばそうなるのか、と感心することしきりであった。 この本は2000年に発売された「「社会調査」のウソ」の続編とのことだ。「ウソ」の実例をあげ筆法鋭い解説をみせた前作に比べ、本作はサブタイトルどおり「(正しい)方法」を教えることに力点が置かれているので、多少趣を異にしている。読み物としては、前作の方がおもしろいが(まじめな本だが本当におもしろい)、本作には学問的なおもしろさがある。 (Taro/2007-05-25)
何も考えない人間にならないための本 ||||||
『「社会調査」のウソ』という実際のアンケートなどの問題点を指摘した本の著者が、今度はどのように調査すれば良いのか、どのような落とし穴に注意すべきか、どのように分析・解釈すれば良いのかを表した本です。また世の中にあふれる情報のうち、大切なもののみを見分ける為の努力の必要性とその方法にも言及しています。
大学生あるいは新社会人には『「社会調査」のウソ』とともに是非とも読んでもらいたい本です。 ネットで調べた結果だけで「わかりません」というような、何も考えない人間が増えてほしくはありませんから。 なお、本書で例示されたt-検定の使い方には疑問があります。順序尺度として扱うべきデータに対し、使用すべきではないと考えます。 (vatmideo/2007-05-19)
新聞やテレビに踊らされないように |||||
前作の『「社会調査」のウソ』(文春新書)では,大手新聞の記事をバッサバッサと斬りまくって非常に痛快でしたが,本書は,データ分析の仕方や質問票の作り方など,少し学問的です.しかし楽しめます.
また,人を惑わすグラフについての解説がありますが,プレゼンなどでは自分の言いたいことを分かりやすくするためにグラフを使うわけですので,ある程度の誇張は許されます.そんな時,本書で指摘されているような事は逆にプレゼンテクニックとして使えるかもしれません. 各章にいしいひさいち氏の4コマ漫画が登場します.本書を読む前は単に笑って読んでいましたが,本文の内容としっかりリンクしており,同じ漫画でもリサーチ・リテラシーを持って読むとそういう解釈になるのかと驚いてしまいました.非常に示唆に富んだ漫画だったんですね. 報道や世間に惑わされない判断力を養うために是非どうぞ. (wave115/2007-08-15) アメリカ人の47%が天地創造を信じているそうです。
つまり、神様が天地を作り、アダムとイブも実在し、進化論を全否定し、神様が化石を作ったからそこに化石が有ると、マジで信じているそうです。 そっち系の私学では、マジでそれに沿った教育が施されているとは。おーこわ。 こんな一大宗教国家が世界の経済と武力を牛耳っている訳ですな。 さて。この本で目立ったナイスなフレーズは ・この本から何か学ぼうとする青少年は、あらゆるオカルト(占いとか超能力とか)への信仰を捨て去りなさい。 ・およそ新聞に載っている数字なんてものは、スポーツ欄以外信用してはいけない 辺りですか。 例えばです。 ネットゲームの普及率と少年犯罪の増加率は相関関係に有る、と、朝日新聞辺りにグラフ付きで載っていたとしましょう。 さて、相関関係は本当に有るのでしょうか? 携帯電話普及率だって、地デジ普及率だって、右肩上がりですよねえ。 何故ネットゲームのみ、少年犯罪の増加に相関関係が有ると、朝日新聞は断じたのでしょうか。 何故地デジと少年犯罪の増加には相関関係は無いのでしょうか? 要は、先に記事が有り、データは作為的に作られていると言う事です。 というか、新聞に出てくる棒グラフの類は、大抵下の方が恐ろしく省略されています。 この様な事例が、この本にはごまんと紹介されています。 数値を鵜呑みにするな。自分の頭で考えろ。 人生の先輩である著者より、青少年へ向けての、愛に溢れたメッセージです。いや、実に。 と、ここで、冒頭の、47%と言う数値に戻ってみましょう。 そもそも、この47%と言う数値は誰がどうやってまとめた統計を、どのルートで著者は持ってきたのでしょうか。 各種の統計の中で、一番ハデな数値のものを、恣意的に選んだのではないのでしょうか。 そう、著者の言う事すら、鵜呑みにしてはいけないのです。考える事です。 青少年よ。我々の様なバカな大人になりなさんな。この本で早めに耐性を付けましょう。 年頃のお子さんの居る方。是非読ませてあげてください。ほんと。 ここまで青少年の為になる本は、そう無いと思います。 是非に、是非に。 (hman/2008-03-14) 本書では、「誤った方法」「悪質な方法」としてデータでウソをつく例が紹介されている。
マスコミはテレビであれ新聞であれ、結局のところ送り手に「客観的事実」は無く、全てのデータは「報道姿勢」のフィルタで歪められているという。社会科学のデータで客観的に正しいといえるのは至難だと思ったほうが良いくらいだとさえ言う。 実際、内閣支持率の数字にしても、マスコミによって偏向とも言える特徴があることは、よく知られえいるし、各種世論調査も設問の仕方によって結果は大きく違うことがよくわかる。 また、グラフや見出しやイラストによってもマスコミは読者を自らの思う方向に誘導しようとしていることもよくわかる。 本書は、私の好きないしいひさいち氏の四コマ漫画もうまく使って読みやすくしようという工夫もしている。 ただし、タイトルから受ける印象と比較すれば内容が社会調査のある一定部分に限られていることは非常に残念であった。学生が専攻している分野の参考にするには良いであろうが、忙しい社会人がわざわざ読む価値があるかどうかは疑問がある。 (21世紀のケインジアン/2008-12-30) ときどき新聞を見ていてつっこみたくなりませんか?
「ちゃうやろ!!!!」 って。 この本は社会調査データからの新聞の見出しに、つっこみをするための情報満載です。 因果と結果 と 相関 は違うと言うことはまだまだ世間の常識になっていないのですね。 そのことを懇々と教えてくれます。 最近の報道だと 「勤務日と休日の起床時間に差が大きいと鬱になる」 なんや、ちゃうやろそれ! 鬱だから平日は無理くり起きだしても休日だと布団の中なのだ。 や、 「早起きの子供は、学校が楽しい」 違うだろ、学校が嫌だから、なかなか起き出さないんじゃ、などの事例がすぐに思い浮かびます。 統計の使い方については、言及が甘すぎなのでそういう数値を扱ったことある人には物足りないかもしれませんが、著者の如何にマスコミの言葉をそのままに納得しないかのための説明は多くの人を「啓蒙」すると思います。 (kokodokodoko/2007-06-13) 直接、本書に関係するわけではないが、学長でもある著者は入学式でこんなことを学生に問う。「将来あなた方はマニュアルを作る人になりたいか、一生マニュアルに従う人生がいいか」と。けだし名言。本書の中には、厳しいオカルト批判があるが、通底するのは、「何も考えない(より詳しく言えば批判的検討ができない)人間になるな」ということ。ネット、テレビ、新聞のいうことを鵜呑みにしてたら、その情報が誤りでも無批判な、発信側に都合のよい受け手になってしまう。ぶっちゃけ、社会調査のテクニカルな方法を論じた3,4章なんて、読まなくてもいい。だが、5章はぜひ読んでほしい。ネット・マスコミにだまされない心の持ち方をアドバイスしてくれる。
(革命人士/2007-06-06)
社会調査で騙さないように、騙されないように気をつける点を挙げている本です。
騙さないようにするために、データ変数の取り方やアンケート項目の作りこみ方が 紹介されています。例えば、2つの変数に相関があるときは… ・調査方法に問題がある ・2つが確かに因果関係になっている ・が、相互に影響している ・いや、他の因果関係も含んでいる(原因から結果までが長く多い) ・2つが他の変数の結果(だから、結果的に因果関係が有るように見える) これらのことに留意する必要がある、と。確かになぁ、短絡的に結論に持っていって しまってはいけないと考えさせられました。 騙されないようにするために、考える癖をつける・育てることが紹介されています。 パッと見せられて、それを考えず受け入れることのないようにすれば騙されない、と。 これまで、自分がこだわるところ以外はすんなり受け入れてきているので、今後は 意識して(少しだけでも?)考えてみる癖をつけたいですね。 (中/2008-06-09) 『「社会調査」のウソ』の続編。情報が溢れる現代の中で、どうやって
本物と偽物とを見分けて、どういう態度が必要かについて語る本です。 「マニュアルに従う人ではなく、作る人になって欲しい」いう若い世代 への著者の思いが伝わってきます。 第1章で「事実の認定プロセス」について語った上で、第2章でマスコミ へ検証の目が向けられます(タイトルからして「マスコミはいかに事実 をねじ曲げるか」と厳しい)。この2つの章だけでも読む価値は十分ある と感じました。 第5章では、現代に必要な能力として、1)教養、2)リサーチ・リテラシー、 3)セレンディピティ(本物を嗅ぎ分ける能力)をあげ、「自分の頭で考 え、決断し、それを実行して欲しい」と訴えます。 「多くの例において、テクストが理解ひ不能に見えるのは、他でもない、 中身がないという見事な理由のためだ」というアラン・ソーカルの言葉 の引用に、著者の強い反骨心を感じました。自分で考える、この当たり 前の行動の必要性を再認識することができる本です。 (食いしん坊/2008-12-07) 「社会調査のウソ」と内容がかなり重複。どちらか一冊で十分だと思う。
全12件のレビューを表示しています。本書より、「社会調査のウソ」の方が、丁寧・辛辣・痛快な気がするのは私だけだろうか? ただユニークなのは「いしいひさいち」氏の4コマ漫画を事例に使っていることだ。 4コマ漫画に込められた「いしい」氏の「凄さ」が本書の内容より印象に残ってしまった。 (BBQ Bob/2008-09-19) [amazonでレビューを見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.0 はてブコレクション数: |
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統計でウソをつく法―数式を使わない統計学入門 (ブルーバックス 120)
ASIN:4061177206講談社(1968-07) 翻訳:高木 秀玄/ダレル・ハフ 売上順位:19668 ¥ 924(中古:¥ 279) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:187
著者は社会心理学・統計学を専門としており、本書は「統計学の概念への」入門書・啓発書として、1968年以来スタンダードの地位を保っているものである。
多くの人に強く推薦する訳には、いくつか強調しておきたい美点があるからだ。というのはまず、「数式を使わない」というサブタイトルが本当であること (x=yというような式は、分数を小数にする際に2・3個所で使うのみ)。さらに「数式を使わない」ために、類書に見られるような、理解不能なむつかしい文章になってはいないことである。むつかしさとは無縁で、むしろ、軽妙洒脱な文章とレトロチックなイラストで満ち溢れ、キーポイントが楽しく理解できる。特に10章は日常生活レベルでは、ハンドブック代わりにもなるほどで良い。 「サイエンス」専門シリーズである「ブルーバックス」に収められているからといって、理系アレルギーを持つ方も、ビビることはこれっぽっちもない。著者の意図からすれば、ビビりがちな人にこそ手にしてもらいたいのではなかろうか。 ともかく、「統計データ」への信頼と依存が、過去にも増して重要性を帯びている昨今、リテラシーをはぐくむ良書である。 ちなみに、悪用はダメよ。 (林縦勝/2006-01-20)
統計によるインチキを解説する古典的名著 |||||
統計といえば、解析やデータの抽出などの役に立ち、心理学を初め、諸科学において必須にして基礎となる重要な道具である。
だがしかし、科学のあるところ疑似科学あり。 統計は、ちょちょいと小細工を弄すれば、厳密にはウソではないものの、実質ウソ、というデータをつくる最上の道具にもなる。 近年でいえば「増加する少年犯罪」のグラフなど、警視庁白書から本書の方法を使うことで出来上がる典型的な統計的ウソの好例である。 本書は、その手の統計的まやかしの手法を、これでもかこれでもかと紹介していく古典的名著である。 原著発売から、既に半世紀近く経つが、古い社会観の項はあれど、質的には通用するレベルであり、全体として解説がわかりやすくてよい。おすすめの一冊。 (ワカシム/2007-06-17) この本は数式をほとんど使わないで、身の回りの統計を利用したウソを紹介している。統計を知らないと騙される事があるから、「気をつけなさい」と注意を促すような本だ。統計初心者が読むには最適な本だと思う。
しかし、以下のような問題点もあったと思う。 ①日本語訳に問題があり理解できない記述が多少ある。 ②事例として紹介されている事のほとんどが1900年代前半のアメリカで起こった事である。そのため時代背景がつかめない。 ただし、これらの問題点があっても一読の価値がある本だと思う。 (toto丸/2005-02-01) 日常生活において、世論調査、アンケートなど統計を目にする機会は多い。
テレビ、新聞などで、統計数字を目にしない日はないといっても過言ではない。 しかし、その統計がウソだったとしたら。。。 統計学の専門家である著者が、いろいろなおかしな社会調査・統計を例にしながら、なぜその統計はウソなのか、ウソをつくために主にどういった方法が使われているのか、そしてウソを見破るためにはどうすればいいか、をわかりやすく紹介しているのが本書である。 内容自体は統計学の入門書であるのだが、扱っている対象が「統計のウソ」という具体的で、かつ興味深いものであり、また数式などは一切使われていないため、誰でも簡単に読み進められるであろう。 ただ、初版が出版されたのが1968年と言うこともあり、紹介されている数字がいまいちピンときにくい。時代背景が違うため、統計数字に関して著者と考えが一致せず、わかりにくい文章がいくつかあったのが気になる。 また、統計学を少しでも学んだことがある人なら、知っていることも多いと思われる。副題にもあるとおり、あくまで入門書であり、高度な技法は紹介されていない。逆に、それがために誰にでも読める内容になっている。 (the_world/2005-08-13) 統計の分野でよく推薦されている本ですし、確かに内容は面白く
統計を用いた表現にだまされないために役に立ちますが、 翻訳がまるでなってません。中学生でもわかる誤訳があるし、 日本語の体をなしていない文章がある。 英語が少しできる方なら原書を読んだほうがいいと思います。 それにしてもブルーバックスの翻訳本はなんでこういいかげんな翻訳が多いんでしょうね。編集部がチェックしないのかなあ。 (/) 浪人中にはじめて読んだ時は、衝撃的な面白さを感じました。古典的な初心者向けの統計本です。
「みんなが言ってるよ」という話の「みんな」はその人の知人2〜3人程度って話があります。 この本は、さまざまな情報操作の構造を「ありがちなパターン」をきっちりおさえて解説しています。日常よく目にするパターンの「数字のウソ」も多いと思うので、「あるある!」って楽しく読めると思う。 ブルーバックスだけど、入門書なので予備の知識がなくてもすらすら読めます。 (Kagura250/2006-11-02) 例えば、テレビ番組等で恐ろしいほど日本の治安は悪化したように伝えられている。しかし、その統計の採り方に大きな変化があったことには一言も触れられることはない。(詳しくは河合幹雄著安全神話崩壊のパラドックス等を読んで下さい。)
ある程度数学の知識があれば重要犯罪の推移のグラフなどを見ればある年を境にその数が変わっていることに疑問を感じるはずだ。しかし、ここ数年で重要犯罪が倍増したと信じている人の方が多い様に思う。 このように統計の取り方をちょっといじられただけで認識を誤らされる人が特別な意図をを持って操作された統計を示された場合正しい判断が下せるだろうか。私は疑わしいと思う。 この本を読んで統計が信頼できる前提がそろっているかどうかを見極める知識をすべての人に持ってほしいと思う。 (yamppv/2004-12-24) çµ±è¨ãªã"ã¦é-¢ä¿ãªãã¨æã£ã¦ããããªããããªãã®ããã®æ¬ã§ãã
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ただし、この本で終わってしまったらダメ。この本を読んだ方は統計学の入門書(『はじめての統計学』など定評のある教科書、あるいはクリティカルシンキングの本でも良いかもしれない)にステップアップしたほうが理解が深まる。 (world3/2005-01-12) ユニークなタイトルの本書は、裏から見た統計入門であり、統計に騙されないための実践的手引書である。叙述はユーモアに溢れ、思わずニヤリとさせられる。予備知識なしで気楽に読める。本書を読むと、新聞や雑誌に掲載されている統計の多くがいかにいい加減なものかが分かる。半世紀前に出版されたロングセラーだが、実用性は今日でも変わらない。それは裏を返せば世間での統計の使われ方がちっとも進歩していないということでもあるのだが。翻訳がやや硬いのが玉にキズ。
(/)
統計に関して関心のあるものは(あるいは無いものも)一度くらい本書の名前を耳にしたことがあるだろう。本書はしがきにも有るとおり、「だまされないためにだます方法を知ることのすすめ」の本なのだ。取り上げている事例がかなり古く、かつ表現的な妥当性で気になる箇所が散見されるが、それでもこの本の存在意義はいまだにある。統計の知識を全く前提としていないし、数式も全くといっていいほど出てこないので、数学アレルギーを持っている読者には最適だろう。とりあえず、新聞やテレビで垂れ流される社会統計、アンケート調査のカラクリがなんとなく分かれば占めたものだ。もっと言ってしまうと、本書の8章にある、相関関係は因果関係を意味しないという重要なポイントだけでも押さえておこう。統計学で重要なことはいろいろあるが、これこそが「基本中の基本」なのだ。ただ、新聞を読んで違和感を感じる、というレベルを超えて統計を学びたい人は本書ではいささか役不足(仮説検定に関することが言及されていないので)かもしれない。いずれにせよ、テクニカルなことを一切要求しないでリサーチ・リテラシーのなんたるかを手っ取り早く掴みたい読者向けの本といえるだろう。
(itv/2002-08-23)
統計は現代社会のあらゆる方面で使用されているが、世の中にあふれている「統計データ」がいかにいい加減なものであるかを本書はズバリと解き明かしている。
『1924年度のエール大学卒業生の年間平均所得は、2万5111ドルである』 本書にいい加減な数字の実例として、示された数字である。ここで問題となるのは、1924年という古いデータであることではなく、「2万5111ドル」が「びっくりするほどくわしい数字」であることだと述べられている点である。この数字の算出方法は、実は卒業後25年経過した卒業生のうち住所の判明している者だけに調査を実施して、自己申告により自発的に回答した者だけの所得の平均を取ったものだった。 この数字の信憑性については、議論を待たない。明らかにサンプルに偏りがある、申告の数字にはウソの可能性がある、等々。このようなデータから得られた結果からは、何も分からないというのが結論である。 このように本書は古いデータではあるが、統計というものの本質を鋭くえぐりだしている。全て実例に基づいて、それぞれの問題点を挙げており、数式などに関する特別な知識なしに読み解くことができる。世の中にあふれる「ウソのデータ」に惑わされないために、是非、一読をお勧めする。 (ことち/2006-06-10) 古い本です。そのため書かれている実例もかなり古い。
そこが難点ですが内容は確かです。 大切なのは数字(統計)は客観的であり主観的なものではないなというヒトの思い込み。 そしてそれを意識的に操作し特定のヒトに有利に働かせようとしている事実。 誰がその数字(統計)を作り、誰がその数字(統計)によって得をするのか。 社会の数字には常に意味がある。 (沢口 良輔/2006-05-08)
「ゆがみ」を探す ||
めちゃめちゃ面白かったです。
今まで統計学に抱いていたイメージが根本から覆りました。 この本を読むと、統計を使って人を騙すことができるようになります、、、というのはあながち冗談でもなくて、身の回りに溢れている統計データを盲信することで犯してしまうであろう大きな過ちと、その危険性が指摘されています。 「先ず、母集団のサンプリングから疑え」と書かれていますが、統計のデータをそのまま鵜呑みにするのではなく、いつ、誰が、何処で、どのような条件下で、どのような性質をもった集団を対象にサンプリングが行われたのか等を考えることが大切なんですね。 また、正しい数字が使われていても、表やグラフや図などの表記の仕方を工夫すれば、いくらでも自分の意図に適った表記をすることができてしまいます。いくらでもヴィジュアルで誤魔化すことができるのです。 統計データの中から「ゆがみ」を意識的に探し出すこと、そして真実を知ろうとする姿勢が大切なのだということを知りました。 (ゆみっちょん♪/2008-04-20)
すごく重版されています. ||
つまり昔から読まれていてこのような本があまりなかったことだと思います.
25件のレビューうち参考になった順で15件までを表示しています。現在は恵まれていることに,漫画で統計学を説明している本や 統計学の歴史をたどるような本が出ています. この本の使命である統計学と呼べないようなものの排除はそれらの 本の方が新しいだけに簡潔でわかりやすいかもしれません. 最後の章に述べてある,統計にだまされないための方策が 当然と理解できる人にはこの本は既に古いと思われます. 但し,各章の例示はとてもわかりやすいので, 統計にアレルギーが起きた人には良いかもしれません. (親カッパ/2007-08-30) [16件以降をamazonで見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.0 はてブコレクション数: |
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議論のウソ (講談社現代新書)
ASIN:4061498061講談社(2005-09) 小笠原 喜康 売上順位:7113 ¥ 756(中古:¥ 100) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:111
「メディア・リテラシー」という言葉があります。「リテラシー」とは「読み書きの能力」のことです。
テレビ・新聞・雑誌・書籍・ネット等々、我々はこれらのメディアから、毎日、大量の情報を受け取ります。それら膨大な言説とどう向き合うべきか。 本書では、主に統計のトリックを考察して、メディアの言説における、安易な因果関係の導出、ムードに基づく主義主張の虚偽、などに警鐘を鳴らしています。 その解体作業を読むだけでも、十分に勉強になるのですが、 著者の本当の狙いは、「メディア・リテラシー」の向上にとどまりません。 「考える」とはどういうことか、「考えること」が「幸せ」へどう結びつくのか。 メディアの言説に対する揚げ足取りが目的ではなく、議論によって「幸せ」の形を探求しようという願いが込められています。 その意味で、「幸せ」とは無縁な土俵で繰り広げらる「議論」は「ウソ」である、と言えるのだと思いました。 (たけぞう/2006-11-25) 非常に読みやすく解りやすい本である。全体を4章に分かち、1章目は少年非行の統計からの結論の読み取りの誤謬、2章目はもはやトンデモ本として有名になってしまった「ゲーム脳の恐怖」の論理展開の誤謬、3章目はペースメーカーと携帯電話の問題点について、4章目は「ゆとり教育」と学力低下の相関について、を例に挙げて述べている。一見、単にメディアリテラシーの本のように見えるが、最後の5章においてはそこにとどまらず、果たして「正答を求める」ことが妥当なのかどうか、という考え方の根幹に行き着く、一種哲学的な書物になっている。
当否はともかくとして、読書の質を高める役にたつ。多くの人は、自分のもつ意見と近い方向性の本を読みたがり、「やっぱりそうなんだ」と安心するのが好きである。統計がウソをつくということでけであれば、これまでも多く指摘され、それについての書物もたくさん出版されている。本書は、統計や議論の前に意図が存在すること、それに対して我々はどのように自分を持つのかという問いかけをしている点で、考えさせられるものがある。筆者の考えと私の考えは、いくつかの点で乖離しているが、それより上の次元で星5つで推薦できる本である。 (荒野の偏微分/2005-10-26) 「ウソ」として引用されている少年非行やゲーム脳、ゆとり教育批判等に対する著者の議論はそのまま独
立して扱ってもよいぐらいの内容。 この本で扱われている「ウソ」は以下の4つ。 ・統計のウソ:議論の送り手側に問題がある ・権威のウソ:議論の受け手側に問題がある ・時間が作るウソ:ある時期には妥当でも、情勢が変わると不適切となるのにそのままにしてしまうこと ・ムード先行のウソ:問題設定そのものが妥当か検討されずに議論がなされること この本は、ウソを暴いてこれが真実だ!!とするものではなく、妥当で生産的な議論を行うためにはまず こういうポイントを明確にし、クリアーにする必要があるというのスタンスで書かれており、だから、何がホント で何がウソかを暴くことや見分けることがこの本の主旨ではなく、何が問題かを見極め、自分自身の見方 や立場なりに自覚的になることを啓蒙するものとなっている。 (エパメイノンダス/2006-10-11) タイトルからは本の内容が想像しにくいが、結局はメディアリテラシーの本といえる。
最近の話題(少年犯罪、「ゲーム脳の恐怖」(アマゾンのレビューも引用)、携帯電話の医療機器への影響、ゆとり教育批判)を題材に、統計のウソ、権威・肩書きのウソ、時間とともにデータは変化すること、根拠のないデータの結びつけといった実例を詳しく示している。 ここでは書かないが、手っ取り早く主旨を知るなら「あとがき」をお読みください。 最後に著者が述べた「正答主義はやめよう」というのには大賛成。学校のテストと違って、実社会では正解がないことが多く、妥当解か選択肢を見出すことが必要なのだから。 (vatmideo/2005-09-24) 私たちを取り巻くもっともらしい「ウソ」。声の大きさをを争うかの様な出来損ないの「朝まで生テレビ」モドキの様な議論。予断に心地良い「学力低下・ゆとり教育批判」。
本書は、ややもすれば取り込まれてしまう世に浮遊する「議論のウソ」を、あくまで誠実に、一見すると地味とも思える手法で解体し、論証の骨格の在り様・論証の手法の在り様を読者に提示します。 第1章「統計のウソ―ある朝の少年非行のニュース評論から」では、新聞・テレビ・雑誌の時折現れる読者の情緒と予断に迎合する少年犯罪急増論に、統計の魔力(統計を利用したデマ)を読み解くことにより少年非行の実態を正確に読み解く道を示します。 第2章「権威のウソ―『ゲーム脳の恐怖』から」では、一見科学的よそおいを持ち権威を利用した虚偽を、静かに説得力を持って粉砕します。 第3章「時間が作るウソ」では、携帯電話の利用をめぐって、電車の中や病院内での利用に関する、世間のムードと総務省の調査報告とその報告から導き出された「方針」の吟味を通して、時間差により情報とその評価に乖離が生じること、導き出された結論の利用に責任を持ちたくないことから生じる「不便の強要」が解明される。 第4章「ムード先行のウソ―「ゆとり教育」批判から」では、国際比較での学力低下情報の吟味を詳細に行い、その上で「ゆとり教育」をムードではなく対象として捉えた把握を行い、「学力」と呼ばれているものを吟味し、更には「上がること、下がること」の意味を考察している。 第5章「ウソとホントの境」では、これまでの議論を整理しウソを分類した上で、予め正答「ホント」の無い時代を生き抜く在り方を提起します。 著者には、 他の著作に『大学生のためのレポート・論文術』等がありますが、またしても学生・読者に対する著者なりの愛情を確認できる著作に仕上がっています。 (歯職人/2007-02-25) メディアリテラシーを身につけるための格好の良書です。
本書を読むことによって、一見、最もな正論に思える意見が、実はトンデモナイ認識の過ちや 意図的な情報操作によって導きだされていたことが分かるでしょう。 扱われる議論の内容も、ゲーム脳の恐怖や、少年非行の増加、ゆとり教育の学力低下といった 馴染み深い題材だったため、とても読みやすかったです。 メディアに流されるのではなく、自分の頭で物事を考える際の基準に こうした優れた洞察の知識を身につけることは、一生の財産になると思います。 メディアからの情報を鵜呑みにするのではなく、事実を疑う観察眼を養うためには こうした本は、一度は、読んでおきたいものです。 (アルフの狼/2006-11-22)
概念の整理がいまいち ||
たしかに読みやすいとは思います。そのぶん具体例がだらだら続いている感が否めません。疑うべき対象が本当にこの本に述べられているものだけなのかといった体系性の面で少し納得できませんでした。もっともこれは私の勉強不足からくるものなので著者には責任はありません。子供にメディアリテラシーというものを教えるときに役に立つ資料がいっぱい収録されているとは思います。
(たこたこ屋/2007-10-25)
忙しくなっているせいか、仕事ではわかりすさや素早さが最近、とみに求められてきているような気がします。著者のいう「立ち止まって本当のところはどうなんだろうと考えてみる」こと、「愚鈍なくらい判断を躊躇してみる」ことの必要性を僕も感じます。この著書は考えるために必要な議論のあり方を論じた本、といっていいと思います。
権威を持ち出す虚偽、人間の観察力の限界をわきまえず安易に結論を導いたり、ごくわずかな事実から軽率に原因を特定してしまう研究方法に関する虚偽、こうしたことにはまず十分な吟味が必要、とされます。さらに学力を論じることを例に、本当に学力は低下しているのか・学力とは何か・ゆとり教育はどう関わっているのかの視点から、将来の社会、そこで必要とされる学力とは何かを論じないと、簡単に白黒・ウソかホントかを論じることはできない、その判断は留保されるべきものであるし、人はその曖昧で限界ある立場に自覚的であるべき、と著者は説きます。この辺の議論は面白くって、考えることはこういうことのかと思え、なかなか説得的。 「社会はすぐに正解を求める。しかし世の中のことはそう簡単に白黒つけられない」一部の安易な議論を除いて、すぱっと割り切れないことは当然世の中にはあります。無自覚に割り切ってしまうことへの警告がこの本の結論なのだと思います。 (omr/2006-08-13) 本書を手にとった際、谷岡一郎氏の著書、文春新書『「社会調査」のウソ』が真っ先に浮かんだ。様々な形態の社会調査(新聞記事やマスコミの報道、各種研究報告など)の脆弱性、曖昧さ、論理の非一貫性を指摘し、現代社会を生きる私たちに警告を発した書である。それを読んでいたので、この『議論のウソ』も楽しく読めた。谷岡氏とは少しちがい、小笠原氏は調査それ自体の問題とともに、それを受け取る私たちの問題も指摘する。つまり、調査者の権威、社会的雰囲気、固定観念など、意識すれば乗り越えられる障壁を乗り越えることなく、無批判に調査結果を迎合し、その流れに飲まれていると言うのである。その意味で、表題は『議論のウソ』だが、実は議論すべき議論を無批判に飲み込んでしまう私たちの、「ウソ」に対する感覚、つまり批判精神を呼び覚まそうというものである。久々に良書に出会った感じがした。
(コミー/2005-12-29) この「タイトル」と「サブタイトル」では内容の把握が
最初はよできなかった。 しかし、内容は実は非常にわかりやすく、また興味深いものであった。 メディアのつたえる「議論」の真偽とその創造過程の妥当性 を問う本である。マスコミにお勤めの方は、たまにはこういう 書物を冷静に読むことも大切ではないだろうか? 世論形成がやり方を間違えると事実と異なった報道となり、また ピントがずれた内容となることは多々あるからだ。 一旦形成された世論や議論はともすれば一国の運命や 個人の人生をも変えてしまうものだ。 (クリエイティブFMKTG田作健一/2005-11-13) 私たちの視覚や、直覚、脳、思考に及ぶすべてのものは案外フシアナである。
この本では、最初に統計の使われているその背景にこそ注目すべきであると指摘する。 というのは、新聞や本で採用されている実際のデータ、それ自身には裏はない。事実として、受け止め、自分なりに考察するのであれば、それはそれで結構なものであろう。 けれど、私たち人間はわかりやすさや、答えを求める。 実際は答えのでないことなど多くこの世にあるというのに―。 統計や、データが記載されているところにはそのデータを使用している著者や筆者の思惑がある。 こうこうこういう結論に持っていきたいのでこのデータを使用しよう!という思惑が。 その背景を理解し、着目していかなければ、簡単に思惑にのってしまうのである。 (真冬はキライヤー/2005-12-13) 最近はさすがに「少年犯罪の凶悪化が進んでいる」と言う人をテレビで見かけなくなったが、「日本人の学力が低下している」はいまだに定説のようである。
マスコミに携わる言わば情報の読み手のプロたちでさえ、本書が取り上げているウソを単純に信じ込んでしまう(と言うより何の検証もしないというべきか)訳だから、我々のような素人がこの手のウソを見破るのは簡単ではない。本書などの手助けが必要である。 最近、『〜のウソ』とか『〜を疑う』と言ったタイトルの出版物を目にする機会が多くなったのは、マスコミによる報道やそれらによって作られた定説を単純に信じ込むべきでないと思う人が増えてきたせいだろうか? (3.14カラットのダイアモンド/2008-05-24) 世に氾濫する報道やネット上の情報に隠された、様々な「ウソ」のメカニズムを、4つのパターンに代表させて解説している。著者も言っているように、「ウソ」は簡単に見抜けないし、最初からウソでない情報が、ウソに変質する場合もあるから、本書をヒントにウソ発見器を作ろうとしても(そんなことする人はいないと思うけど)、無理な話であるが、少なくともウソへの対応法について、学ぶべきことは見つかるだろう。
ひとつはウソに「騙されない」こと。これは本書が掲げる警鐘でもあるのだが、物事全てのことに答えがあると思っていると、そもそも複数の答えがある場合に、一番分かりやすい答えを、正解だと信じてしまう。特にマスコミの報道など、与えられる情報をそのまま受け入れる姿勢が強いと、大衆はすぐに騙される。これはぜひ気をつけたい。 もうひとつはウソで「騙さない」こと。本当はいけないのだが、人間しばしばウソをつく。嘘も方便などという言葉もあるくらいだが、嘘の上塗りという言葉もあり、こちらのほうが圧倒的に怖い。ビジネスでは嘘は言ってはいけない。たとえそれで、その場をしのぐことができても、しっぺ返しは必ず来るのだ。 (六等星/2006-06-18) あることの報道について、ある論調で書いてあることが、事実ではあっても必ずしも真実ではなく、流行のようなもの、人の心に訴えやすいものであることがある。我々はそういう傾向が強いように思う。自分で考えたつもりでも実は新聞やテレビの論調をそのまま言っていることが多い。また権威に弱く、その道の権威者のいうことなら本当だろうと信じる。なかなか、疑問を持つことは難しい。そういうことに鉄槌を加えて、疑問を持てと言っている。大変勉強になりました。
(ミステリ好き/2006-02-07)
こああの本はレポートの課題図書として読みました。だから自主的に読んではいないのですが、とても読みやすく、今後の自分の学習にもためになるものだったのでよかったです。この本を読み、社会の情報への無防備さにはっとさせられました。
(☆56☆/2006-01-20)
17件のレビューうち参考になった順で15件までを表示しています。[16件以降をamazonで見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.5 はてブコレクション数: |
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データの罠―世論はこうしてつくられる (集英社新書)
ASIN:4087203603集英社(2006-09) 田村 秀 売上順位:55606 ¥ 714(中古:¥ 99) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:25
一般的に、新聞などで統計調査の結果により定量的なデータが示されると、それを鵜呑みにしてしまいがちだが、そのような行動のあり方に警鐘を鳴らしている。サンプリングの仕方、質問設定の仕方、回答の解釈の仕方、他のデータとの比較の仕方などにより、調査結果は比較的簡単に誘導できるものであり、すべてを真に受けてはいけないというのが筆者の主張であり、その主張の根拠が分かりやすく書かれている。なお、この本の最後の方には、ページが余ったのか、なぜかあまり統計調査とは関係ない、耐震偽装や粉飾決算などのコンプライアンスの問題や郵政民営化など官業の民営化問題に対する筆者の考え方が示されているが、まあこれはこれでまっとうなご意見。
(海援隊/2006-11-24)
昨今はやりのリサーチリテラシーの本。ダレル・ハフの「統計でウソをつく法」が大元です。特に目新しい論点はないです。
いろいろな調査結果を事例として、それぞれにコメント付けているのは、リテラシーの実演としては面白いかも知れません。 批判するのはいいのですが、その解決策がない。 例えば、都道府県ランキングなどを批判しています。評価に入れる項目の単純平均をとるのか、加重平均をとるのか、で単純平均はだめらしい。ではどんな加重平均ならランキングに載る自治体が納得できるのか?そういうことは全く考慮されていません。 視聴率については、ビデオリサーチのwebサイトの視聴率コーナーを見た方がよっぽどためになります。 (nankichi/2007-01-09) 様々な数値データが如何に恣意的なものであるか 実例を数多く採り上げ、看破していく点は納得。 我々がそうしたデータ加工の結果、出てきた結論に 左右されてはいけない、という教訓も判る。 欲を言えば「だからこうすべきだ」的な 前向きの意見・理想論も欲しいところだ。 (アジアの息吹/2007-03-12) 「ダメな議論」(飯田泰之著,ちくま新書)という本では,ダメな議論を見分けるためにはまず,単純なデータ観察で否定されないかをチェックしましょうと述べられています.一方,この「データの罠」では,そもそもデータからして怪しいものがあるということが述べられています.世の中すべて疑ってかからなければならないのかとちょっと寂しくなります.
ところで,本書では選挙速報の精度などをテレビ局毎に比較したり,都道府県ランキングを種々の調査会社で比較したりしているのですが,なかなか興味深いですね.調査の結果を鵜呑みにできないということがよく分かります. 比較的最近の時事問題を例題としており,これらの問題の背景もある程度知っていることが多いので,自分の情報リテラシーのレベルを測るのに非常に良い例題だと思います.他の類書に比べると,個々の話題の落ち着き先がまじめですので,シニカルにつっこみを入れたい人には少し物足りないかも. (wave115/2007-05-01) 著者のいう「視聴率の限界」を自分なりに考えてみた。今『木更津キャッツアイ』というdvdが、バカ売れしてる。V6岡田がガン告知を受け、限られた青春を楽しめというドラマだが。実はこのドラマ初回時の視聴率は低く、その後の映画化などロングヒットを予想できなかった。
著者がいうには、広告業界が目くじら立てる視聴率に「0.1%」の意味は無いと。なぜなら調査コスト面でサンプル数に限界があり、どうしても現行調査では「5%」の誤差が出るから。■例えばキムタクのドラマが25%、長瀬ドラマ22%と測定でた。ジャニーズ対決!本当にキムタク勝ち?か断定できない。実はキムタク20%で「5%の真実が漏れ」てるかも。長瀬は27%〜17%可能性もある。■またデータは調査手順・対象や有効回答率いかんによって大きく変動するので。調査側の恣意的操作の危険性もある。だから読む側は疑う必要がある。比較前に果たしてそのデータが、同じ基準同士のデータなのか?■例えば視聴率だと、奈良の企業がCMを選ぶ時、関東圏の数字は当てにならない。こうゆう実は違う基準同士データを、同じ土俵で不当に比べてる調査が他にもあるらしい。 『木更津〜』に話を戻す、調査会社が依頼をかけてる世帯に偏りがあったのか。たぶん不安定に転居する身軽な独身若者層の嗜好を、視聴率は捕捉できないのだろう。なぜなら彼らは、お年寄りに比べ新製品に飛びつき易いから。例えばウチの母親は、ビデオ予約録画操作できない。ハードディスク録画やdvd、ネットTV、携帯TV…使いこなすユーザーは若者の方が多い。この経済効果を視聴率は予測できない。それにアパート賃借人が代わる度に、調査会社が同意交渉をするのは困難だ。だから独身若者層の視聴率は漏れ易い。■改めて「グーグル」キーワード広告の凄さを思い知った。TVCMは今後試練だろう… (ブリキ男/2006-11-03) 数字を挙げて説明されると、説得力があるように感じる。でも、ここで出てくる視聴率のように、あやふやな数字が一人歩きしてしまう現状と、母集団の偏りがあるデータの数字がなぜおかしいのかを解説した。そこには、マジックの種明かしにも似た面白さがある。それは、我々がいかに普段、データの数字に信じて疑わない信頼感を持っているかの証ではないかと思う。
著者は元自治官僚で、公共政策を研究しているため、後段は政府など公的部門の縮小に強い危惧を抱いてる。役人に甘くないかという気もするが、根拠自体は、(データ批判をしている以上当たり前だが)しっかりしたものだ。最近出ている新書(城繁幸「若者はなぜ3年で辞めるのか」など)は、数値目標を設定して公務員削減をすることなど公的部門の縮小を批判している物が多い。1つのトレンドと言えるのかも知れない。 (革命人士/2006-10-01) 面白い。新聞とかで発表される調査が、いかに信用できない(意図を持って、世論を誘導しようとして使われている)かが、その調査手法、調査対象等の点から検証されている。インターネット調査の危険さについても、触れられている。
本書を読むと、世論調査や意識調査、国別ランキング、都道府県ランキングなどがいかに「変」か、また「TOEICの平均点が低い日本人は、英語力が低い」、「日本人は、英語の文法は強いが、リスニングは弱い」、「愛知万博の経済効果は7兆円」、「省庁再編で公務員が削減された」、「日本の公務員は多すぎる」、「日本の公務員の給与は民間より高い」、「世帯の平均貯蓄額は1273万円」等の論議が、いかに鵜呑みに出来ないかが、よく理解できる。 また、データの話だけではなく、最後の省を使って、弁護士や公認会計士などの「サムライ」としてのコンプライアンス改善、日本の住宅事情の改善、民営化を無為に推進することの問題、等にも(紙面は圧倒的に足りないが)触れていることも、好感が持てる。筆者は、本当はこういう「意見」を言いたかったのでは、と感じた。 日本人ががデータに対して冷静な目を養うために、是非読むべき良書だけど、調査の手法とか調査パネルの話で若干専門的な部分が出てくるので、☆は4つのみ。 同類に、「『社会調査』のウソ リサーチ・リテラシーのすすめ」という、これまた素晴らしい本がある。こちらは、疑問の余地無く、☆5つ。 (Ray/2006-09-26) データは、いろんな角度から見ないと本 |


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