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99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方
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ASIN:4334033415
光文社(2006-02-16)
竹内 薫
売上順位:3573
¥ 735(中古:¥ 1)

レビュー総評点:-98
科学好きでも、仮説に関して論じた著作を元々何冊も読んでいるという人は世の中には少ないだろう。ましてや、BlueBacksやNewtonすら普段あまり読まない世の中の多くの人にとって、本書は読みやすく、わかりやすい、という意味で、とっかかりとしては良いのではないか。反証可能であることが科学的に扱うことができる対象であることかどうか見極める時の重要なポイントひとつという点だけでも、参考になるという方は多いと思われる。普段、多くの人が興味を持っていなかった分野に関心をひきつけることに成功したという点については、本書を高く評価したい。

ただ、仮説の分類に踏み込んで詳しく説明してはいない。また、ところどころ著者独自の見解が幅を利かせ過ぎていて、読者に対して誤まった理解を植えつける可能性がある。よって、科学の本としては十分な内容とはいえない。この点が残念である。

タイトルの付け方は上手い。本書がベストセラーになった大きな理由のひとつが、タイトルであることは疑いない。結果として、科学に普段関心のない人たちも読んでいるのだから、これはこれでよいのではないか。

仮説に対する読者の関心をより高めるためには、有名な「世界5分前仮説」も、ぜひ取り上げるべきだった。 (FreshAir/2008-07-23)
求められる思考方法 ||||||||||||||||||||||
99.9パーセントは仮説・・・0.1パーセントは何?

本書は、全体を通して一つの主張がなされています。それは科学を例に
とった、あり得べき一つの思考方法ー相対的なものの考え方です。ふと考
えてみると、すべての物事は私たちが‘勝手に’判断しているのであっ
て、その物事には本質的な価値判断は含まれていないですよね?女性は、
美しいから美しいと感じるのではなく、私たちがいたって恣意的に美しい
と判断しているではありませんか?要するに、絶対的な基準は無いので
す。
(詳しくはぜひ読んでみることを進めます)

本書に加えて、著者の「世界が変わる現代物理学」を読むと、科学的な理
解が深まります。同著は、本書でも触れられている相対性理論・量子論が
分かりやすく説明されています。

しかし注意しておきたいのは、科学自体はこの世を支配する何かを求めて
いるということです。科学自体が現場において、すべては仮説であって何
でもありになっているのではありません。相対性理論であっても、何でも
相対的でいいとしているのではないし、アインシュタイン自身この命名を
嫌っていました。

科学について興味がある方は、本書でその一端に触れると更に興味がわく
でしょう。そして、本書の最後には参考文献も充実しており、本が本を呼
び、科学についての教養が深まると思います。

最後に、本書で相対的なものの考え方を理解した後、私たちは自らの価値
判断基準を設定する必要があると思います。相対的な枠組みの中で、自ら
の座標軸がなくては話になりません。

本書は思考方法に対する安易な処方箋ではありません。 (或る平和的市民/2006-03-14)
 もう少し物理学大家のわかりやすい説明に期待したが、ちょっぴり手抜きかと。著者の本をもう一冊読みたくなる。ここまで先を読んでの出版なら脱帽だが。多くの科学的説明が仮説であり、絶対ではないことは説明尽くしているが、その根底に、ときどき宗教観の記述が出てくるとき、氏はカトリック信者を標榜する。本文中の「インテリジェントデザイン論」への肯定的に思える記述には、違和感を感じた。たまたま、キリスト教異端派のことを記述した「ダビンチコード」が話題になっているから、よけい気になったのか、それこそ頭が硬くなっているのか。早速、氏の本をもう一冊読むことにした。(笑) (A・佃崎/2006-05-06)
間違いではないが、読者の誤解を懸念 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
タイトルにあるように、世間で言われていることのほとんどは真実であるとは限らない、という教訓を、例を挙げて示した一冊。

比較的平易な文章で読みやすく、広い読者層をターゲットにしている。

『99.9%は仮説』は誇張としても、大まかには頷ける。しかしながら、このように科学の根幹に関わる前提を否定的に述べる場合は、非常に注意しないときわめて重大な誤解を読者に与える可能性がある。本書を読んで、科学データの99.9%がインチキであるかのように読者が誤解する可能性を危惧する。そもそも、『真実を明らかにする』という究極の目標に対し、どれだけ客観性の高い実証方法を示すかが科学研究の目的である。したがって、無数にある客観性の高いデータから低いデータまで検証された結果、より客観性の高く、実際の現象に沿ったデータが採用され、現代社会を支えているのである。99.9%が真実でない可能性もあるが誤りであるともいえない。さらにはどこから正しくてどこから誤りであるという境界線も示すことは不可能である。

本書を読んで『飛行機が浮く原因は未だ不明である』と勘違いする読者も多いであろうが、『翼に前方から風があたると揚力が発生する』という大きな仮定についてはは疑いようのない事実であり、それについての詳細な部分にいくつかの仮説が存在しているにすぎない。したがって、いい加減なデータや議論にもとづいて飛行機を製造している訳ではないし、現実にこの仮定が覆ったことなどはただの一度もない。

また、科学的仮説が覆された例を挙げるべき部分で『倒産しないはずの会社が倒産した』という全く説得力のない例を挙げているなど、論理的にずさんな展開が多すぎる。おそらく、日々の新聞記事などをウェブで検索し、思いついたことを文章にしてまとめたのだろうが、このような手法で教養書を構成して一貫性を保てないのは、もとの発想に問題があるためと感じる。

著者の言っていることが、99.9%の側に含まれるのか、0.1%の側に含まれるのか興味深いが、書の最後に、それ自体が単なる仮説にすぎないことをほのめかす文章があり、そうであれば本書はただの茶番であり無責任きわまりない。そうであれば単なるパラドックスとなってしまうが、本書を読んで、科学に対する屁理屈の口実が広まらないことを祈る。 (MM/2007-09-29)
混乱していないか ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
文章に一貫性が無く、内容が薄い上に偏っている。

たとえば科学論について論じた段で、最後にファイヤアーベントの「科学は神話
である」で締めている。これでは読者はどう感じるだろうか。科学は神話と同じ
で、曖昧でいい加減な物だと考えるのではないか。ニセ科学を批判していながら、
科学もニセ科学と同じような物だと言外に匂わせているような物ではないだろう
か。しかしファイヤアーベントは「どの仮説も等価値で何でもありだ」という極端
な相対主義に走り、科学哲学者側からも思考停止だとか反科学だと言われるような人物だ。

進化論にしてもしかり。科学的仮説である進化論と、神学的仮説である創造論やID
論を同列に語るのはどういうつもりだろうか。すべて教えろという主張は、まさに
創造論者が用いる布教戦略「議論を教えろ」説と全く同じ物だ。

「すべての仮説は将来反証される運命にある」という彼の主張はポパーの「反証可能性」とは全く別の物だ。
科学理論はすべて近似にすぎないという引用はその通りだが、飛行機を成田からヒースローまで飛ばす
「精度の高い近似」と、手作りハングライダーが墜落してしまうような
「精度の低い近似」があることを無視している。
などなど、いくら一般向けとはいえ、作りがずさんすぎる。 (げるやん/2007-08-21)
とっても内容の薄い科学論入門書です。内容が薄くても入門的な部分を的確に書いているなら評価できるが記述がちっとも的確ではない。だいたいさ、科学論の入門書なのに紹介されている文献ほとんどが他の入門書ってのはどういうことだろう。同じ入門書ならば、チャルマーズが書いた「科学論の展開」の最初の方が読みやすさも中身の濃さも正確さも遥かに上である。知的な面の謙虚さを訴えるなら古典中の古典である「ソクラテスの弁明」の方が上である。他人に教えるという立場で本を書くのであれば最低限の勉強はしてほしいものだ。出版社の側にもキャッチーなタイトルを考える前に本の中身を確認してほしいものだ。飛行機が飛ぶメカニズムって通常の意味でもわかってないんですか、初めて知りました(皮肉)。質量とエネルギーが等価だという式が原爆開発の必要条件だったんですか、初めて知りました(皮肉)。「仮説」「わかっている」ってそういう意味だったんですか、初めて知りました(皮肉)。

入門書を何冊か軽く読んだ素人が適当に書いた本以上の評価を本書に与えることはできない。「サンタクロースって本当はいないんだよ!お兄ちゃんが言ってた。」って小学生が友達に自分の知識をひけらかしている姿と重なってしまう。この人はファイヤアーベントの「方法への挑戦」を本当に読んだんだろうか。東大の物理ってこんなレベルで卒業できるんだろうか。そんなことまで考えてしまう。 (ま2007/2007-11-29)
平気に併記するの? |||||||||||||||||||||||||
最近の新書はタイトルのつけ方がうまい、とつくづく実感。

内容としては、「思い込みを極力排除しろ」という至極当たり前のもので、それを科学という確定的に見える分野でも「意外と・・・」という展開。

ただ、途中から「思い込み」の対象範囲を拡大してしまって、話を混乱させてしまっている。例えばガリレオの例などは、科学的根拠の妥当性ではなく、宗教面からの価値観の問題であって、飛行機が飛ぶ例の根拠の妥当性とは質的にもレベル的にも異なる。こうしたものを平気で混在してしまっている点は問題視されるべきだろう。

また、タイトルで併記されている「仮説」と「思い込み」は違うだろう。そこも混在して平気なのはどんなものか。

ということで、平気に質的に違うものを併記しているので星二つ。 (mayaya/2007-11-10)
著者の哲学のなさ、そして文体の卑俗さと押し付けがましさにあきれ返りました。
ぱっと見は新書的には引きがあります。光文社の最近の手法です。
しかし読むと実になかみがない。理系科学論としても整理されてない雑さが所見されますが、
共産主義云々を言及したした箇所は蛇足でしかありません。この著者の無知と浅薄さを露呈しているだけで、
著者がややあわれになりましたといわれたくなければ、せめてマルクスの「賃労働と資本」くらいは読んでから言及しなさい。
似非科学を批判していますが、著者自身が似非科学を具現しているいい見本に見えてしまいます。
そしてとにかく大袈裟な言い回しが鼻につきます。光文社はこういうラインの「作家」で今後も本作りをするのでしょうか。
本を殺すことになりかねないのでは、と危惧します。といいつつ、この私についうっかり購入させた手腕は評価しておきましょう。
ということで星2つというところでしょうか。(しかし光文社、本屋として生きるのなら、そろそろ脱皮しろ!) (まるく/2008-01-05)
「飛行機はなぜ飛ぶのか? 実はよくわかっていない」というプロローグで
始まっていたのでトンデモ本かと思っていたら、「ガリレオの望遠鏡」「コペル
ニクスの地動説」「エーテル宇宙」「冥王星の惑星定義」「アインシュタインの
宇宙論」「ホーキングの宇宙論」「超ひも理論」と科学史を摘み食い。
 疑似科学を否定するようでいて、一部肯定するように読める部分もあり、読ん
でいて不安。
 読みやすかったが、物足りなさ一杯。
(TAKE/2008-04-25)
科学的な記述は相当面白いと思うが、
(へーそうなのか、という科学的興味)

『理屈的には筋が通っていても、そうとは思えないことを屁理屈
という』、といった概念が忘れられている気がしてならない。

読者に訴えかける場合の記述の仕方を間違っていると思う。
主観と科学的記述は違う。売れる本を目指すのなら、
読者に納得させる書き方を心がけるべきだと感ずる。

なんで、どの歴史文献も正しいとは限らないと書いておきながら、
忠臣蔵を怪しいと決め付けたような書き方をするのか。
しかも祖父の話側に寄っているではないですか。

著者の仮説により書かれたものだと理屈上は理解できるのだが、
どうも偏っている気がする。つまり読んでて反発を覚えるんです。

宗教上の意見を述べた上でカトリックであると言っておきながら
偏見はないです、てそりゃ無理があるだろ、言い逃れですわ。
宗教を選び、属している時点で狭義の偏見ではあるわけでしょ。

どうも何もかも上から見ているような書き方なので、
正直読んでいていい気がしない。「実は〜なんです」
とボールド体で記述されたとしても、どうして断言口調なんだ、と
もう少し婉曲的に書かないと、歴史の上で、そう分かってきたことなのだから、読者は動かせないのではないか?

また、『天才でないわたしたちは』みたいな書き方、これもある意味、
読者を冒涜するようなものだと思う。(学者の著作にたまに見られるが。)どうして読者の中に天才がいないと断言できるんですか。

難しいテーマで本を書かれたと思うが、この本は、冒頭だけでなく、全部が『つかみ』な気がする。 (shabby53/2006-07-28)
話題は盛り沢山なのだが...。 |||||||||||||||||||||||||||||
 「理科離れ」が叫ばれる中、「科学的なものの見方」を解説した本が売れていると聞き、期待して読んでみた。取り上げられている話題自体は「飛行機はなぜ飛ぶか」から地球温暖化、フラクタルまでと豊富なのだが、個々の記述が断片的な上、「科学」という大きな枠組みの中で互いがどう関連するのかも不明確で、分かっている人には「今さら」、分かっていない人にはやはり分からないままではないかという、まとまりのない印象が残った。仮説に対する「検証」の重要性をなおざりにしたまま「全ては仮説」を繰り返すだけでは、それは単なる思考停止に過ぎない。
 「科学」に対するスタンス自体にも疑問符が付く。大手家電メーカーが大まじめで「マイナスイオン」を謳った商品を売り出すことを笑い(これについては私も異存はない)、「素粒子を作ったのはアラーの神」というアルジェリア人留学生の発言を「科学をやっていたのではなかったのですね」と切り捨てる一方、近年米国で勢力を拡大し、理科教育に持ち込まれることの是非が論議を呼んでいるインテリジェント・デザイン論(主にキリスト教保守派が主張する、宇宙や生命は「何らかの知性」の意志によって生み出されたという説。むろん科学的な根拠はなく、形を変えた創造論にすぎないという批判が科学者を中心に強い)に対しては、「ぜんぶ教えればいいだけの問題」という乱暴な議論で、学校教育への導入を肯定している。キリスト教徒としてはともかく(著者はカトリックらしい)科学者の態度としては、はっきり言ってバランスを欠いているのではないか。
 雑談のネタ元としては役立つかも知れないが、「科学」の手法や考え方に触れる本としては、残念ながらお勧めとは言えない。少なくとも、この本1冊を読んだだけで「科学」が分かったつもりにはならない方が良いだろう。 (時事無斎/2007-07-29)
 科学はまず仮説から始まります。そこで仮説を定説になったとしても
新たに発見があればそこで補正されます。

本書は科学者としては当たり前の事と思われる事象を一般向けに
書いたもの。
しかし科学は普遍と思われる方には驚きの本となることでしょう。

例えば神経細胞は1度死んだら2度と再生しないと10年前までは
定説でしたが、現在は再生するものもあります。
万有引力の法則は定説でしたが、光にはその法則性が適さないと
解かって相対性理論が生まれました。

本書には他にロボトミーの実験がノーベル賞を受賞したなど
現在からみると恐ろしい科学の過去を紹介しています。
しかし科学を万能を思う事自体誤りであって、科学も
時代と共に進歩していくと説いた本です。

やはり科学も時代によって大きな誤りを犯している
事を明示した1冊と言えるでしょう。
(フジキセキ/2007-06-06)
売れているみたいだったので、買ってみた。はじめに「飛行機はなぜとぶのか?」からはじまり、そういえば、大学の物理で習ったベルヌーイの定理かなんかじゃなかったかと思っていたけど、実際はウソで、専門家による渦理論も微妙に問題が残るらしい。すっかり、騙されてました。改めて、思い込みの恐ろしさを認識した。 (ヤゴゾー/2008-09-07)

タイトルを見て、ロジカルシンキング等の
思考法を学びたいビジネスマン向けの本かと思い
読んでみました。

しかし、筆者は科学について記事を書く作家
ということで、例のほとんどは科学についてであった。

科学に興味がある方にはお薦めするが
思考法について学びたいという方には別の本を薦めたい。
(tamkiunraom/2007-05-27)
世の中には仮説でないこともある |||||||||||||||||||||||||||||
ノーベル賞をもらったサイモンがその著で、科学には自然科学と人工科学があるとして、両者はちがった原理にしたがっているとした。前者は自然現象の合理的な説明であるのに対し、後者は、機能の人為的な説明をもとにしている。
この本の仮説は、両者の仮説が混同されている。「飛行機が何故、とぶか」の仮説は前者の問題である。「どのようにすれば飛ぶか」の人工科学(あるいは技術)は、仮説ではない。何故なら、今、多くの飛行機がそれに基づいて作られ、飛んでいるからであり、仮説で飛んではいない。
また、自然現象である「人は必ず死ぬ」は仮説なのだろうか。その理由はいろいろあり仮説であるかもしれないが、「死」は仮説でないだろう。
「思い込みは判断するときに危険」ということだけのために、何か都合のよい事例を著者の得意の分野の自然科学から寄せ集めた気がする。 (Ryu/2006-04-21)
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世界が変わる現代物理学 (ちくま新書)
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ASIN:4480061932
筑摩書房(2004-09-07)
竹内 薫
売上順位:56522
¥ 756(中古:¥ 400)

レビュー総評点:-22
理系の人間の世界が変わる |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
この本は現代物理学の歴史的な説を含めて、とてもわかりやすく書いてある。著者は文系の人にでもわかるようにと述べているが、近頃はベクトルの概念がわからない文系も多いので、ちょっと難しいかとも思う。私は理系で、多次元ベクトルはわかるがテンソルは解らないというレベルなのでちょうど良いレベルだった。
私は工学系であるが現代物理は好きで相対性原理、量子論などの通俗入門書はそれなりに読んでいるが、この本はそれらの相互関係、世界の根源にまで話が及んでおり、極めて興味深かった。
私は趣味で仏教哲学の入門書を少し読んだが、この本の結論とある学派の説があまりにも一致しているのに驚いた。つまりどちらも世界は関係(因縁)によってしか説明できないというものである。
現代物理学が古代インドの哲学と同じ結論に達するのは・・著者の述べている通り・・きっとニューロンのせいなのだろう。
この本は理系の人間に哲学に興味を持たせるのにとてもよい本だと思う。まちがいなく理系の人間の世界観が変わると思う。
著者が宗教哲学と現代物理学の接点についてさらに研究してくれれば幸いである。 (山本凖太/2004-09-22)
タイトルに偽りアリ |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
 タイトルから、最新の物理学の近況を教えてくれるものと思ったが、実際は、「相対性理論と量子力学により、身近に実感として感じる世界観は変わり、世界観自体がSF化している」というやや哲学的な主張がメイン。従って、紹介されている物理の内容は初歩の初歩であり、現代どころか、20世紀初頭の相対論と量子力学のみに留まっている。この程度なら、物理にほんの少しでも興味のある人なら全員知っていることであり、本書が刊行される意義を感じない。また、その哲学的な主張も、我田引水的なものを感じ、特に作者の創作した小説が書いてあるのは意義も曖昧であり、押し付けがましく不快ですらある。
 基本的に物理学畑の人の哲学論は、一部の人を除き稚拙で狭いものが多い。本書の作者も、自身の書の意義をしっかり考えて、狭い世界から這い出てみては?と思った。 (karenina/2007-01-08)
これまでにない、現代物理学の分かりやすい解説書 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
これまでにも、多くの、初学者あるいは文系人間向けの現代物理学の解説書があった。なかには優れたものも少なくなかったが、本書は、きわめて秀逸である。相対論と量子論が柱になっていることは周知のこととして、本書の特徴は、物理学の進歩によって、「モノ」あるいは「世界」の見方が根本的に変化してきていることを明らかにしている点であろう。このことは、文系人間にとって、ちょっとした驚きである。なぜなら、ニーチェやフッサールやハイデガーを嚆矢とする、いわゆる「ポスト実証主義」の流れと、相通じるものがあるからである。本書が、現代物理学の「思想」を明らかにしてくれたことで、文理の区別が相対化されているように思う。その意味で、非常にスリリングな著作であると思う。 (mtanaka7/2004-11-01)
文系にとってはありがたい |||||||||||||||||||||||
 複雑な数式を「翻訳」しています。
 数理をよく解さない人でも、
 現代「事」理学の思想に足を踏み入れる
 ことを可能にしてくれます。 (カナブンとスズメ/2004-10-05)
スピンネットワークの解説アリ ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
 竹内さんは多分、日本版のデビッド・ピートか
デビット・ボームを目指しているんだと思います。
 理論物理学の最先端から精神世界や、東洋の宗教の
研究に深く足を踏み入れた人は少なくありません。
 色即是空、空即是色・・・これって物理や数学で言う
双対性でしょ。
 この本が
なんか宗教本みたいですが、竹内さん流の最新トピック
の採用方法により、物理の最新手法の具体的メモ書きの
ようになっているんです。今話題になっている、量子重力理論をスピンネットワークで
実現しようとする方法ですが、肝心のスピンネットワークの
具体的手法が簡単に書かれた和書が殆どありません。
この本にはサイエンティフィックアメリカンに載った
リー スモーリンの解説をベースに概略が説明されて
います。
 マイケルグリーンさんの本を読まれた方は、何か
おかしいと気付かれたはず。
 マイケルグリーンさんはプランク長以下の時空は
カラビ・ヤウ多様体で表現できるとして自論を展開して
います。そうすると、スピンネットワークの話と全然違う
ように見えるわけです。
 同じものを別の数学的手法で見ている可能性というのが
ここでも考えられるわけです。
 サイエンティフィックアメリカンを読みそこなった
人は是非この本を見て下さい。
  (appleman/2005-05-14)
5件のレビューを表示しています。
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「あたりまえ」を疑う社会学 質的調査のセンス (光文社新書)
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ASIN:4334033431
光文社(2006-02-16)
好井 裕明
売上順位:62855
¥ 777(中古:¥ 233)

レビュー総評点:148
基本的にはフィールドワークの本なのだが、
題名にもなっている6章と7章はかなりの迫力がある。

あたりまえだと思っていることはいったい何なのか。
普通って言ってしまう、思ってしまうことの
鋭利な暴力。

調査手法、社会学手法、リアルをつかむフィールドワークに
触れながら、世の中を見る「視点」について語る良書。

たいてい調査に関連する本はテクニカルに終始しがちだが、
本文にもあるとおり「マインド」や「考え方」を教えてくれる。

調査関係者は必読、
世の中の見方に興味がある人なら、読んで損はない。 ( /2006-02-24)
久しぶりに感動する本だった。こんなにやさしく、こんなに優秀な研究者は滅多にいないだろう。フィールドワークの対象になる人との交流とその分析が、下手な社会学者、人類学者のような「既成の理論に当てはめた解釈」ではなく、生きられたものとしてどうすくいだすかを考えさせる良書。調査対象の人への調査を通して、自分がいかに変われるか、いかに支配的社会・文化の囚われている「自分」を変革し、新しい関係を構築できるかという試行錯誤の道筋が述べられている。それはマニュアル本的な「新しい自分に出会う」方法とは違い、おそろしくまわりくどく、おそろしくバタクサイものだろうが、しかしもっとも生きられた、もっとも大切なものをくみ上げることができる学問的営みだとぼくには思えた。あまりにも簡単に「変化」できるマニュアルにひかれる人が多いなか、漢方薬のように効果が現れるのには時間がかかるし、はっきりとはわからないのだが、でも確実かつ根本的に社会全体を覆っている「息苦しさ」を解決するためには必要な一冊だと思う。カルチュラル・スタディーズとか読んでないで、この本を読んでほしい。 (えんじゅの樹/2007-02-22)
現在の社会学がどこまで科学なのかは私は知らない。
ただ、社会という複雑系を相手にしているだけに、かなりの困難が立ちはだかっているのだろう、という想像はつく。
「あるものになる」という切り口での質的調査の説明で大衆芸能の一座に入り込んだ調査事例を挙げているが、興味深く、共感し、またおかしくて吹き出してしまった。
社会というものに対する真摯な姿勢が感じられる良書です。 (冬の暖かな鎌倉の海岸で/2007-09-07)
社会調査には数量的なものと質的なものがある。前者はアンケートなどに代表されるが、これでは「個別の事情」が表に出にくい。それに対して後者は、全体は見えにくいかもしれないが「個別の事情」を明らかにする方法である。
しかし、個別の事情となると研究対象となる団体や個人が拒絶する事がある。上手く入り込んでも、当事者の視点にどっぷり浸かってしまい、何のために観察しているのか、何を明らかにしたかったのかを忘れてしまう事がある。誰もが落ちやすい穴なのである。これらについて、どのように対象に近づいていくのか、どうやって観察する事を忘れずに続けるかについて書かれている。
まさに、学部学生またはフィールドワークを必要とする職種の人には、一度は読んで欲しい本である。 (nobu2002/2006-10-13)
私たちは普段、無意識のうちに「あたりまえ」「普通」等の表現を多く使っています。
しかし、その「あたりまえ」「普通」は本当に誰にとってもあたりまえで普通なのでしょうか。
私にとっての「普通」と、あなたにとっての「普通」は違うかもしれません。

社会学に限らず、人文科学系の研究を行っていると、この問題によく突きあたります。
本書では、調査の障害となりうるこうした「普通」「あたりまえ」の意識についてうまくまとめられています。

見慣れないもの・聞きなれないものを無意識のうちによりわけてしまうのは、安心・安全を求める生物としての人間の本能のひとつかもしれません。
ですが、客観的に社会の多様な側面を見ていく際にはこうした意識が障害となることが多々あります。
本書で取り上げられているような、社会的マイノリティへの調査においてはなおさらそうでしょう。

特に、初めて社会調査に触れる方にとっては、本書のような本を通して、自分の中の「あたりまえ」の意識に気づいておくことはきっと有益だと思います。
進学・就職・転職等で全く未知の世界に飛び込んだ方も、本書を読むことでが自分の今までの人生での「あたりまえ」を見つめなおすいい機会になるかもしれません。
タイトルの硬さに躊躇せず、是非多くの方に読んでいただきたい一冊です。 (Jing*3/2006-07-26)
社会学とは生き方を調べること |||||||||||||||||||||||||||||||
質の高い様々なフィールドワークを紹介し、社会的な周辺にいる人たち(暴走族、旅芸人、同和地区、障害者)の世界に入り「どのように生きているか」を調べる社会調査のありかたを紹介した。著者の提示するフィールドワークはどれも面白く、本書の主題でもある調査する側とされる側の関係の機微を興味深く伝え、調査する側が上位に立つことを厳しく戒めた。

不満だったのが、我々は「普通であること」に呪縛されているとして、ジェンダーフリーや選択的夫婦別姓を批判することや、同性愛を外れたことと理解することなどが、平たく言って差別を生み出すと著者は指摘し、「普通」を相対化することが必要だ」という。いわゆる「保守」的な言説が嫌いなだけじゃないと穿った見方もしたくなる。それなら相対化はどこまで行くのか、「普通」が存在しなくなるまで続くのかと思う。著者の文脈を素直に追うと、姦通罪復活を主張する人たちは明らかにマイノリティだが、これらを批判する人たちは「普通」の呪縛にとらわれているのだろうか。

「普通」についての著者の考えには、強い疑問を感じたが、本書の魅力を決して減じさせるものではない。著者の社会の周縁へいる人たちへの強い思いでもある。社会学とは人の生き方を知り、学ぶのかと感じさせられた。本書は社会学を学ぶ学生向きと言うことだが、人と接する技術を学べる本でもある。 (革命人士/2006-03-07)
質の評価は難しい |||||||||||||||
世の中を質的に調べるのが社会学。
しかしその元となるフィールドワークでは、その信頼性を妨げる様々な要因がある。調査対象のコミュニティから信頼を得られるまでの苦労や正確な情報を得ることの難しさと、信頼できない報告が多いことがよくわかった。
また「普通とは何か」という考察も面白かった。
単に「普通」といっても定義は難しいし、あるものごとを「普通」とすることで「普通でない」ものを見る目がかわってしまう。さらにニュースなどで異常な事件が起きると犯人の「普通でない」側面や背景が強調されて報道されているなどの指摘は新鮮だった。 (vatmideo/2006-03-03)
本書は質的調査を行なう者、社会学の質的調査を今現在学んでいる学生のみ
ならず、マス・メディアなどの報道に関わる人間でもいいし、自分の興味か
らいろいろと調べて歩くという趣味を持った人でもいい、またマーケティン
グ調査などで実践的な関心から調査に取り組んでいる者も含めて、このよう
な人にとって非常に参考となる1冊といえる。

本書「はじめに」の言葉を引用する。
  「調査技法や方法論でもない。質的なデータの収集方法や加工法でもない。
   (中略)<ひと>が生きていることへ向かう“まなざし”。それが何なのか
   を考え、問い直し、自分なりの“まなざし”を創造できるような感覚。」
これを育てるあるいは鍛えるための助けとなるように本書は書かれている。

前半は「はいりこむ」「あるものになる」「聞き取る」「語りだす」といった
調査過程別(またはフィールドの性格別)に具体的な例を出しながら「調査者
とは」といった点に焦点が当たる。ここは、フィールドワークという実践を行
なう上で、調査者の困難や苦悩が描かれる。どのように被調査者に近づくか、
いかに被調査者と向き合うかといったことである。質的データの収集方法や加
工法、調査技法や方法論を解説している本ではなかなかみることのない内容で
ある。質的調査の現場感覚をリアリティのある形で感じることができた。

そして、後半の「『あたりまえ』を疑う」「『普通である』ことに居直らない」
では、質的調査を行なう上でどのような点が「気付き」となりうるのか解説し
てくれている。「気付き」というのは質的調査のなかで問題意識に「気付く」
ことを指し、既存の枠組みを当てはめるわけではない質的調査には欠くべから
ざるものだ。様々な「気付き」の紹介を通して読者のセンスを刺激するという
狙いがあったように思う。

本書は体系的に質的調査を学ぶためのテキストとはいえない。しかし、質的調
査を学ぶものにとって大切な1冊であることは間違いない。「質的調査」のノ
ウハウともいえる部分をなんとか伝えようとした実践の書である。
著者をはじめとする研究者が被調査者と関わっていくなかでどのような苦悩を
感じてきたのか、被調査者への共感や感情移入のなかでなぜ心を揺さぶられた
のか、読んでいると引き込まれた。 (梵太/2008-05-12)
社会学ではフィールドワークが欠かせないが,社会学や社会調査などの本は調査の技術にかたよりがちである.著者がこの本でつたえたいのは技術でなく,フィールドワークのこころがまえやかんがえかたである.社会学者でなくてもフィールドワークやアンケートなどの調査が必要になる機会があるだろう.そういうとき,この本が参考になるのではないだろうか.また,これは「おもてなし」のこころにも通じているようにおもう.
(Kana/2008-05-07)
あたりまえって… ||||||||||||||||||||||
社会学の門外漢だけれど、
タイトルに惹かれて読みました。
フィールドワークで入り込み、その世界の人になりきり、
聞き取る努力をしてはじめて語られる真実。
それはまっすぐにひとと向き合い、自分がトータルな存在として
ひとと出会えるセンス=世の中を質的に調べること。

あたりまえを常に疑い、普通であることに居直らない
ものの見方が自分を心地よい存在に変えてくれる、と
筆者は述べている。

たまたま人権啓発のセミナーをうけていた時期だったので
言葉の1つ1つがよく理解できた。
各自があたりまえって思っていることにどれほど大きく差が
あるかを実感しています。

みんなが自分らしく生きていける社会が一番素晴らしい。
そのためにもう1度自分の中の
「あたりまえ」を考えてみよう、と思った。
社会学って深い。 (夢うさ/2006-03-22)
社会調査のフィールドワーク(訪問面接)の筆者の実体験をもとにそのノウハウを整理したものである。ひらたくいえば、調査対象者になりきるということになる。
ゲイスタディーズ、エスノメゾロジー、グラウンテディッド・セオリーなどあまり聞きなれない専門用語の解説もある。

私は、市場調査会社に勤めていますが、特にフィールドワーク部門のスタッフが読むには大変参考になりそうです。
(グリフォン/2006-06-04)
もしも、「量的調査」とは異なる「質的調査」の手法について分かりやすく説明した社会学のテキストを求めているのであれば、他の文献を探した方が良いと思う。エスノメソドロジーという手法に関心を持ち、それに基づく調査の現場を知りたいというのであれば話は別だが。私は前者だったので、読んでいて少々辛かった。著者の文章は分かりやすく面白かったけど、結局内容をまとめると、著者にとっての「質的調査」というのは、「社会的少数派」に属する人々の言説をすくい上げるための手法なのだということなのかなと思う。 (読書する主婦/2008-02-20)
私は本書をタイトルから、今まで「あたりまえ」とされていたことに疑義を挟む、と言った内容のものと思っていたのだが、そうではない。フィールドワークの方法についての著作である。

著者おすすめの文献がいくつか登場し、そこからの引用が非常に多い。おかげで、その文献の内容は大ざっぱに理解できてしまうが、著者がそれで何を指摘したかったのかが整理されていない。

著作のフィールドワーク実体験も結構紹介されているが、これもどこがポイントなのかよく判らない。

最後の方になって、ようやくタイトルにある「あたりまえ」が出てきて、いかに主題と関係ないことを読まされてきたかがわかる。

少なくとも、自分でフィールドワークをしない人にとっては、読む価値のない著作である。 (3.14カラットのダイアモンド/2008-11-02)
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99%は論理力 1%は直感力
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ビジネス社(2007-10-18)
竹内薫
売上順位:45946
¥ 1,260(中古:¥ 237)

レビュー総評点:3
第1章の
世の中のシステムを構成しているのは
論理である。
論理には瞬発力、持久力ある。
これらの言葉は印象に残りました。

筆者の著書からの引用や、
安部総理と小泉総理の対比、
ホリエモン、須藤元気さんらの
発言、行動などを見て、
論理的か、非論理的かを
意見してるのは誰もが納得するのではないでしょうか?

筆者は論理も必要だが、
最後には人間の感情や義理人情が
かかせないとも述べています。

この本はためになります。
論理力と直感力バランスよく鍛えましょう!!! (mugitea/2007-11-15)
ビジネス社会がますます進化していく中で、論理の重要性は高まる一方である。論理とは相手を説得するものであり、説得の技法を磨いていくことが、ビジネス社会で自らの存在感をアピールするための手段となる。説得の際には、まず相手に自分の意図をすっきりと伝える必要がある。その際に重要なのは接続詞を意識することであると著者は言う。確かに接続詞は文章の筋道を示すものであり論理的な文章には不可欠のものだ。しかし、私たちは、話し言葉の場合に接続詞をどれだけ意識しているだろうか。著者が出演しているニュースゼロを見ているが、あまり話し方としてはうまくないように思えるのだが、皆さんはどう感じるか。
(教育学者/2007-10-21)
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たけしのコマ大物理学科
 
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わかったつもり 読解力がつかない本当の原因 (光文社新書)
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光文社(2005-09-20)
西林 克彦
売上順位:3106
¥ 735(中古:¥ 120)

レビュー総評点:372総評点300以上の注目商品
自ら問題点を発見し対処する力を ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
著者は読解力がつかない本当の原因は、単に文章を理解できないことにあるのではなく、理解したつもりになっていることにあるとする。そして、より深い読解力をつけるためには、まず現段階では「わかったつもり」でしかないことを自覚し、その状態から「脱却」することが必要であると説く。

小学校の国語の教科書に掲載されている文章を題材にしながら、実際にその過程をなぞっていこうとする試みは実におもしろい。最終的には現在の国語教育に対する提言まで行っている。

読解の構造を認知心理学あるいは科学的な観点も踏まえて解き明かしている点で、現在受験を控えている学生ばかりでなく、広く大学生・社会人にとっても得ることの少なくない本である。読解力は何も国語の点数を取るためだけに必要なのではない。自ら問題点を発見し、日常生活や仕事の質をより高いレベルに持っていくためにも大切な力である。学校での国語学習はむしろ将来必要となるそうした読解力を養成することに重点を置くべきであり、試験問題もそれに沿った形で作成されるべきであるとする著者の考えには共感するところが多い。

何にせよ人間は思い込むと、その状態にロックオンしてしまって思考が停止してしまいがちである。そのことによって実生活で弊害が起きてしまうこともしばしばである。より高みに到達するには、まず正面から疑ってかかることであろう。現状に満足していたりあるいは現実に目をそむけていてはロックオンした状態からは抜け出せない。

本書は人生をよりよく生きる一つのきっかけを与えてくれる本である。 (represent/2006-04-17)
読解力が深まらない本当の原因は『わからない』ことよりも、不十分な読みや間違った読みをしているにもかかわらず『わかったつもり』になることである、という本書の主張には大いに賛成である。本書は読解において文脈(スキーマ・背景知識など)がいかに大きな役割を果たすかを強調しながらも、その文脈の誤用・乱用がいかに誤った読みを誘発し、しかも、読者に『なんとなくわかった』という感覚を与えうるかということを明快に説明している。第四章の結論となっている『部分を正確に読めていないから間違った『わかったつもり』が成立する』という主張はまさに正鵠を射たものであって、読解教育論において近年背景知識やスキーマの重要性がやたらと強調されているにもかかわらず、実は部分部分の不十分な、あるいは誤った理解こそ、読解教育が学習者に克服させるべき問題なのだということを改めて認識させてくれる。本書は我々の母語である日本語の読解を対象としたものであるが、その内容は英語の読解教育にも当然応用可能なものである。また、本書で説明されているような構造的な読みを習得することで、文章を書く技術も同時に向上することは疑いがないだろう。 (g-head/2005-09-21)
本書は「わかったつもり」に陥るメカニズムについて詳細に解説している。文章内での各部分の関連、読み手の発想を支配する文脈、などによって「よりよく読む」ことが如何に容易に妨げらるか、について深く掘り下げて説いているので、質の高い文章を読み書きしたい向きには、面白いだろう。

ただ文章の仔細な部分へのこだわりが強すぎる気もする。「わかったつもり」も必ずしも悪いわけではない。「わかったつもり」で終わっても、読むこと自体を楽しむ読み方もある。たとえば、本書で使われている正倉院の文章にしても、シルクロードから渡ってきた宝物の点数を読み取れなくても、商人達は何語で話したのか、価格はどのように決まったのか、など全く違う視点で遥か古の通商の様子に思いを馳せることが出来れば、それでも「よく読めた」ことになるのではないだろうか。文芸書には読み手側に読み方の自由があるのだと思う。

一方、ビジネスの世界では、読み手に読みとりかたを考えさせる文章は失格だ。誰が読んでも誤解の無い、簡潔な文章を書かなければならない。「わかったつもり」のレベルで読まれても、仕事が進むのに十分な文章を書くのが、書き手の責任である。

ところで本書から学べる事の一つは、読み手を「わかったつもり」にさせるテクニックが存在するということだ。教育や政治、宗教の世界でこのテクニックを意図的に使われると、これは怖い。そういう意味では、これらの分野では、読み手も気を抜いているわけにはいけないだろう。

この本を読んで、まさに「わかったつもり」のメカニズムを「わかったつもり」になってしまわず、文章の目的や内容によって読み方をコントロールできる自信のある人には、お勧めである。 (六等星/2007-02-04)
小学校6年生の息子へ |||||||||||||||||||||||
小学校6年生の息子にひごろ数学を教えているが、国語の重要性をも強く感じてきた。私も数学の文章問題に関しては、この本に書かれているものと似たような違和感を(子供心に)感じてきたが、この違和感に対してひとつの原因が明らかになった気がする。例文も小学校の教科書から取り上げられており子供と議論するにも良い題材となる。 (hirokoi/2005-10-04)
なにより怖さがよくわかります ||||||||||||||||||||||||||||||||||
何が原因で「わかったつもり」が起こり
それによりどのようなトラブルが起こるかを
くわしく説明した一冊。

それほど目新しいことは書いていないと思います。
それでも、なるほどと思う部分がたくさんありますし
きちんと対処法まで書かれているのはとても好感が持てます。

一冊を読み終わると
わかったつもりの怖さと、わかったつもりに陥らないように
注意をはらおうという気持ちになります。
そういう何より大切な意識をもたせてくれたということで
とても役に立つ本だと思います。
(雨宮二屋/2006-03-22)
 文章を読みほぼ理解できたと感じたが、他人に内容を十分に伝えることができないという思いを感じたことが過去に少なからずあった。また、他人の人の文章の批判的に読むこつを知りたいという思いもあった。
 その時に新聞の広告で見つけた本が本書であった。本書は、文章を読んでなんとなく「わかったつもり」になることを、主に小学校の教科書の文章を用いて具体的に解説しており、非常に納得できる部分が多かった。
 著者は、文脈とスキーマというキー概念を使って、「わかったつもり」になる構造を解説し、わかったつもりをいかに打開するかについても解説を加えている。入試の国語対策としても価値があると思われる. (shokizo/2005-09-17)
「わかったつもり」状態とはいかなる状態なのかということを読者に実際に体験させながら、その状態を打ち破り、深い理解に至る方法を教えてくれる。
方法というよりは、文章をより深く理解するための基本的態度といった方が適切かもしれない。

最後の国語のセンター試験を例題にもってきた部分、自己弁護的でセンター試験を批判する人たちをあまりに単純化してとらえすぎている感じがして、「筆者こそわかったつもりになっているんじゃないの?」と言いたくなったが、文章をより深く理解するための条件である「整合性」を浮き彫りにしてくれたので、まあ、納得。 (教育を真剣に考える/2006-06-12)
本書を一言で表せば…普段、文章を読んでいて「わかった!」と思うのは、実は「わかったつもり」だったのだと気が付かせてくれる本…といえる。
著者は、この「わかったつもり」という状態は、読み手自身が「わかった」と認識しているだけに、厄介な問題であると主張しているわけである。したがって、より深くわかるためには、この「わかったつもり」を自らの手で壊す必要があると説いているわけである。
さて、そんな本書の構成は大きく分けると…
・ 「わかったつもり」になってしまうメカニズムの解説
・ 「わかったつもり」を壊し「よりわかる」にする方法
の二つに分けることができる。
前半では、「わかったつもり」になるメカニズムを解説している。後半では、「わかったつもり」を壊して、「よりわかる」に昇華するにはどうすればよいか解説している。そして、最終的には、センター試験の国語を実例に挙げて、国語教育の問題点に触れて終わる。
本書を読んだからといって、今まで出来なかったことが出来るようになるというわけではないかもしれない。しかし、本書を読んだことで、今後文章を精読しようというときに、何らかの良い影響を与えることは間違いないであろう。読んだ本が知識に変わっていないと感じるならば、一読をお勧めしたい。
(toto丸/2006-10-09)
全く新しい観点の本 |||||||||||||||||
速読の本にはよく、「フレームワーク」の重要性が記述されています。フレームワークを持っていれば、類似の本は、飛ばし読みで早く読める、と書かれています。

しかし、この本を読むと、この「フレームワーク」が、時に正しく読むことを妨げてしまうことを、実例をあげて示して見せます。それ以外にも、「ステレオタイプ」での読み誤りとか、読解力を妨げる要素が記載されています。

ほんとに、今までにない視点を提供してもらいました。決して、読解力だけの話でなく、人の話を聞く時にも同じ問題がありそうです。

最近、一読の後(わかったつもり)に、マインドマップで本の内容を整理するため、再読することがあります。マインドマップで整理しながら読むと、自分が読み飛ばしていた(覚えていなかった)とか、誤解していたことに、よく出くわします。まさしく、この本に記載されている、罠にはまっていたのか、と気づかされました。

では、どうその罠から脱却するのか、その方法論は、筆者の他の著書を読むことになるのかもしれません。

読書の楽しみや効能は、その本を読んでの自分の感じたことや行動であり、著者の言わんとすることを正しく理解する必要はないのかもしれません。しかし、それは、自分の世界を広げるチャンスを逃している可能性もあるとおもいます。

この本をきっかけに、少しでも著者の思いを正しく受け止めることができれば、すばらしいとおもいます。 (進也/2006-07-28)
わかってみたい |||||||||||||||||||||
私は長い学生生活で、国語の成績が悪いことを「国語の答えは一つじゃないんだから」という理由で片付けていました。でもこの本を読み、実は国語の文章を「わかったつもり」で読んでいたのだという自覚が生まれました。深く読むこと、心がけていきたいですね。
これから受験を控えているのに「どうしても国語の点数が上がらない」という人にも、ぜひ読んでもらいたい一冊です。 (忍/2006-01-12)
目からウロコ ||||||||||||||||
 なぜ『わかったつもり』という状況に陥るか、私達が文章を認識する基本的なプロセスに沿って(必ずしも科学的ではありません)、考えていく本です。
 タイトルの通り、『わかったつもり』にとことん焦点を置いているので、
「読解とはこういうものである、すなわち読者はこういう方法で読んでいくべきなのである」
 的な押しつけがなく、自然にナルホドと納得しながら読んでいけます。方法で言えば、『わかったつもり』を研究、解明して、それを崩す事が目標というわけです。
 つまり、
「誤解とはこういう過程で生まれていくものなので、もう少しそのことについて意識しなさい」
 と著者は言っているのです。
 途中の練習問題にふれてみて痛感させられたのですが、正確に内容を把握するという事は非常に難しい事です。著者の指摘が見事に自分の練習問題に出した答えと一致していたのに非常に驚かされました。
 この本のように、正しい読解の方法に直接切り込むのではなくて、誤解や間違いを減らす、というやり方こそが、苦労もせず無理なく読解力を上げられるというものだ、と思います。 (ninetails/2007-04-29)
 文章を一読した段階では、いかに読みが浅いか、いかに既成のスキーマ(私たちの中にある既成の知識・枠組み)によって好き勝手に読んでしまっているかを気付かせてくれる本。著者は、まず、「わかったつもり」になると思考停止状態になってそれ以上読みが深まらないことに注意喚起する。
 さらに、ちゃんと読めない原因を類型に分けて整理するとともに、いくつもの例によって説得力をもって論旨展開している。
 しかしその反面、説得力を増そうとする余りか、説明が余りにもくどく、同じような例題が数多く出てくるので、後半になるとちょっとゲンナリした。 (mfhty/2006-09-26)
『「わかる」のしくみ―「わかったつもり」からの脱出』の続刊です。

本書は、「わかる」「わかったつもり」の定義を復習した後、「わかった
つもり」の状態を解消する(気付かせる)方法を具体的に紹介しています。

「わかる」の定義
 ・文脈があり、部分同士の関連がつく(規定でも、仮説でも)

「わかったつもり」の定義
 ・後から考えて不十分だというわかり方

「わかったつもり」の気付き方・気付かせ方
 ・関連の矛盾を指摘する
 ・文脈や関連について確認・質問する
 ・他の文脈を考えてみる

「わかったつもり」は自覚するのが一番良い。しかし、すべての物事で
「わかったつもり」とすると自信喪失してしまうかもしれません。
また、指摘や確認・質問も逃げ場が無いまで詰めてしまうと逆効果に
なる場合もあります。うまく気付かせたり、気付きたいものですね。 (中/2008-09-10)
小学校の国語の教科書にかかれている文書を読んで「わかった」と思ってしまうが、その「わかった」状態に著者はいろいろ文章を分析する道具を投げかけてくる。
疑問をもって再度読み直すと、その道具を使って見落としていた内容や見誤りを発見でき、あぁ「わかったつもり」だったのか...と納得させられてしまう。

論理的な「文脈」や「スキーマ」などの定義された道具を使って、「わかったつもり」のしくみと対処法、そして読解力をつけるツボを示す。と言った内容。
また、言い出したらきりのない「読みを深める」や文章の自由度についても論及しているところもよい。
主観的でない内容ですので、試験やビジネスなど実用的な場面で実力を発揮するのではないでしょうか。社会生活での正確な読解力はメリットですからね。
ただ、この枠組みを当てはめて読むスピードを何処まで訓練できるかと言うところがキモか。
(おっちょこちょい太郎/2008-06-12)
なぜ「わかったつもり」の状態になるのか?
自分の知識・勉強不足によるものの多いとは思いますが、本書を読む
と、その原因の分析が克明と書かれています。
「読み込む力」=読解力不足を認識させれました。
本書にある、小学生の教科書程度のもの(それも低学年)でも、自身の
読解力不足から、「わかったつもり」でいたかがわかります。
いかに今まで、流し読みをしていたかを痛感しました。
「もっと前に読んでいれば・・・」と言うのが正直な感想です。
でも、「わかったつもり」状態は、読書だけでなく、自分の生活や今ま
での人生にも当てはまるのかな?
複雑な心境です。
(ヒットマン/2006-01-24)
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仮説力
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日本実業出版社(2007-01-25)
竹内 薫
売上順位:138193
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レビュー総評点:-9
「仮説力」そのものについての考え方がほとんど示されていない。
科学ネタを使って強引に「教訓」を導き出している。

・コツコツ頑張ろう。
・いろんな角度から物事を捉えよう。
・論理的に考えよう。
等々の「教訓」は、仮説や科学に限った話ではない。

おおむね一般論として正論ではあるが、
一般論をわざわざ科学から学ぶ必要はない。
仮説もへったくれもない。

無理矢理ビジネスに結びつける論の展開に呆れるばかりだった。
科学の世界だっておそらくもっとシビアなはずだ。

社会人一年生がビジネスについて語りだしたらこんな内容になるだろうな。
そんな本でした。 (たけぞう/2008-02-26)
仮説力を説いた本です。
まず仮説とは著者によると理論であって、幾つかの理論があって
それを実証するために実験をするわけです。

これは全てに当てはまる数学の演繹法を使わず、今までの実験及び観察の
データから理論を導き出す帰納法を用います。

当然、データを使い仮説を立てて理論を導くわけですからそのために
情報収集能力及び情報処理能力を要求されるわけです。

仮説は科学的根拠のあるものだから反証可能でなければならないとの事。

ここからは竹内流ネタです。数学力、物理学的な例を用いて仮説をどう
すれば立てられて実証できるかの具体例です。スモールワールドネットワーク
などの最近のトピックスにも触れています。

全体的に一般科学書の内容です。ビジネス書とするならばもう少し
科学だけではなくて仮説とビジネスとをどう有効活用するかを具体例を
もう少し述べて欲しかった。

私自身の見解に過ぎませんが、やはり本書はビジネス書向けに
書かれた事は意義があると感じています。
というのはビジネス書という範疇はある程度固定観念があってそこから
はみ出さないように一般のビジネスマンは本を読むでしょう。
でも「仮説」という考えは科学だけではなくてビジネスにも応用が
効きますよというアプローチは良い発想と仮説します!? (フジキセキ/2007-08-06)
 小学生の時から算数、化学が好きだった私にとっては、待望の一冊です。理科の実験をしながらワクワク、ドキドキしていた頃に戻りました。テレビのニュースやクイズ番組を見ながら、ひとりであれこれと勝手に仮説をたてていた私にたくさんのエネルギーをいただきました。「鳥目と人間目」には「なるほど!」と「知識が広がる快感」を充分に味わいました。難しいことを解り易く、楽しく説明していて面白かった! (エルム/2007-03-05)
あらかじめ頭の中にシナリオをたくさん書いておくことが科学において重要ですが、
ビジネスにおいても同様であると著者は説いています。様々な科学の考え方から
ビジネスに通じるものを見出しており、なかなか参考になりますし、特に「不確定
性」、「間客観性」という考え方は、自分が常日頃考えていることと極めて近く、
共感性が持てる本です。物理や数学がいろいろ出てきますが、平易に書いてあるの
で分かりやすいです。著者の本当の狙いは理数の面白さを伝えたいのかなと思うほ
どです。 (シロウサ/2007-06-24)
4件のレビューを表示しています。
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w:10 h:16 240page
不勉強が身にしみる 学力・思考力・社会力とは何か (光文社新書)
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光文社(2005-12-13)
長山 靖生
売上順位:9224
¥ 756(中古:¥ 86)

レビュー総評点:195
勉強という視点から今の日本の現状を厳しくとらえている
"不勉強が身にしみる"というタイトルだが内容は多岐にわたっている
内容はとてもスラスラ読めて分かりやすいのですが、三章の倫理の話はけっこう難しいです

ただこの本を手にとって読む人は"不勉強"であってもそれに気付けた人か、頭のいい人であって、
勉強に関心のないままの人はこのような本は手にとらないのかなと思ってしまいました


最後に印象に残ったフレーズを1つ
"どこを探したって、「本当の自分」なんて見つかるはずはない。今ここにいる自分以外に、本当の自分も本当の幸せもありはしないのだから。" (Arthur Sonette/2007-04-21)
危機意識がベースにありながら、楽しい本 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
本書も、ベストセラー『下流社会』への回答の一つとして書かれた本のようです。「下流」の人には「自分の頭で考えない。だまされる」という特徴があるのかな? 自分の頭で考えられる人間になろうよ、一緒に勉強しようよ、というのが著者のスタンスのようです。

著者は自分の子供を見つめながら、「お勉強って何だろう」とじーっくり考えます。自分がしてきたこと(古典や小説の乱読)が反省を交えて語られ、微笑を誘う。かと思えば、「ゆとり教育」の性教育が「セックスと避妊」に偏っていることに怒りを露わにする。理科を減らしといてセックスしか教えないなんて、何のための勉強なんだ!という怒り。こういうところは私も強く共感しました。

それにしても、面白い本です。著者の姿勢や文体は基本的には謙虚なのですが、時々エッと驚くことを書く。「そういえば教育勅語に『〜』という文言があった」なんてサラッと書いたり。あんた何時代の人やねん。著者の大きな仕事の一つには漱石研究もありますから、思わず知らず教養がこぼれたりしてるのかな?

我が子の未来、私たちの社会の将来への真剣な危機意識がベースにあるのですが、お勉強するってやっぱり楽しい。豊かに生きるというのはこういうことなのかな、と思わせるものがありました。大満足。 (不審な言動/2005-12-16)
強くお勧め ||||||||||||||||||
本書は題名の通り勉強論を中心に話が展開するのだが、内容は勉強の方法論に止まらず、ゆとり教育の問題点や読書の功罪等々最近の教育について幅広い内容が網羅されている。

このため、子供の教育や自己啓発に関心の高い方には特にお勧めである。

文体も極めて平易で時々冗談めいた話題も折り込まれているため、一気に完読できるし、読後の心地よさも感じることができた。強くお勧めできる一冊。

著者の本は初読であったが、結構多くの著書を出版しているようなので併せて読んでみたい。 (たか/2006-04-11)
父であり、歯科医師である著者の書いた「勉強と社会の捉え方」本です。

前半部分は非常にドキュメントとして読みやすく、切り口も軽快だが、
各教科に落とし込んでからは一転、著者の主義主張が並んでいきます。
(文章の難易度レベルがかわるので注意が必要です。)

全体的にテー