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「ダメな議論―論理思考で見抜く (ちくま新書)」 とその関連商品
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ダメな議論―論理思考で見抜く (ちくま新書)
ASIN:4480063323筑摩書房(2006-11) 飯田 泰之 売上順位:19263 ¥ 714(中古:¥ 1) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:149
新聞、雑誌などのマスコミから会議の席上などで行われる"一見偉そうで説得的な発言"の仮面をはがすための本。ダメな議論を取り扱った本は多いが、多くは実例を中心とするのに対し、本書ではダメな議論への理論的アプローチが重視されている。一番の特徴は無意味な話や無根拠な主張が流通する構造に対してメスが入れられ、その類型化を通して対策が導かれている点である。
本書を素直に読むならば、ダメな議論のネガティブチェックリストを用いてダメな議論を見分け、さらに自分がそれに陥らないよう注意するというものになる。しかし、読み進むうちに(特に第3章で)"この本はむしろダメなのに偉そうな発言"をするためのマニュアルにもなるのではないかと感じた。どちらの用途にも使える不思議な本でもあるのではないだろうか。 (あじーる/2006-11-11) メディア言説に対するリテラシーの必要性、論理思考に関する新しい指摘や観点はとくになく、
アリストテレス以来の虚偽論でおなじみの論理的矛盾の域を出ないと思われるが、恐らくこの 著者は経済学者であって論理学の虚偽論を学んだとは思えないことから、独力でここまで曖昧な 議論の論難を整理し得たその分析力と作業努力は買いたいと感じた。 とりわけ本著の中心は筆者が挙げている議論のリテラシーにとって必要な以下の 「5つのチェックポイント」である。 1.定義の誤解・失敗はないか 2.無内容または反証不可能な言説 3.難解な理論の不安定な結論 4.単純なデータ観察で否定されないか 5.比喩と例話に支えられた主張 (念のため以上のうち、 1.は虚偽論で「先決問題要求の虚偽 petitio principii」 2.は同じく「語彙曖昧の虚偽 fallacia equivocatio」 3.は「不当理由の虚偽 fallacia propter non causam」 4.は「一般化の虚偽」もしくは「論証不足の虚偽 non sequitur」 5.は「比喩の虚偽 fallacia figura dictionis」と呼ばれるものに相当する。) 以上の他にも著者は、日本人同士の議論によく見られる、 *『真の幸福』論法:「真の〜は」「本当の〜は」という表現による批判 *虚無論法:「それがすべて正しいというわけではない」という反論 *通常は〜である、〜するのが自然だ、という一般化による反論 *属人論法:「〜に属していない(経験のない)人間に何がわかる」「自分は〜のくせに」という批判 といった「まやかし論法」の例を挙げるなど、ユニークさで読者の的を射ることに成功している。 筆者の挙げている「ダメな議論」のいずれもが典型的な新聞の社説風の文章を題材にしている だけに、普段新聞紙面の論評を有難く読んでいる読者にとってはまさに苦笑ものといえよう。 (いましゅう/2006-12-17) 世の中には、正しくない議論が横行している。そうした議論の組み立ては、人間心理を巧みにつくものだけに、ついついそんなものかなと思ってしまうことがよくある。議論が発展すると世論が形成され、そうした考え方に基づいて実際に世の中が動いていく。そんなことが繰り返されていては大変だというのが著者の問題意識。
もっともらしく聞こえる議論をいかに見破るかというテクニックを簡単に身に付けることが出来ますよというのが本書のセールスポイント。基本的な論理学の知見をベースとしながら、専門の経済学を例に分かり易く説明している。 著者の指摘を待つまでもなく、日本はどんどんおかしくなっているように思われる。こうした状況から抜け出すには、だまされない論理力を身につけることが必要かと思った。そうした意味で、この本の狙いは非常に的を得たものである。 (教育学者/2006-11-07) 本書をお勧めする理由は、読者にとっての効率性への配慮が行き届いている点。研究者ではないズブの素人が限られた時間の中で正確な経済学的知識を修得するのは難しい。だったら、眉唾ものの議論をチェックする項目を立てて振い落として行けばいいんじゃないの、と「定義に誤解がないかまたは定義に失敗してないか」など計5つのチェックリストを伝授してもらえる大変ありがたい本になっています。「『正しく有用』を示すのは手に余るので『ダメで無用』の判断基準を挙げた」という発想に立っている点、この本自体が社会工学的・経済学的思考の産物であることを印象付けます。
自戒をこめて一言。最近、情報・言説をチェックする技術を教えてくれたり、「ダメな議論」を作り出す人間の本性を解説してくれる本が毎月のように出版されるのはうれしい限りです。ただそれらの本を読み続けるだけでは、本書でも揶揄されているように、自分の耳に心地よい情報を再確認するだけの無意味な読書に陥りかねません。そこで得られた知見を自らのフィールドで活用し周囲に向け「良い」影響力を発揮すること。そうすることがそれらの本の著者・訳者達の心意気に応えることと思うこの頃です。 (射手座/2006-11-09) まず、自分の嗜好と合う議論以外受け入れる必要はないと考えている場合、本書を読む
必要性は薄い。また「ダメな議論」を捨てれば、必ず「良い議論」に到達することを保 証するものでもないことに注意が必要だ。 さて、本書は「良い議論」の提示という困難にあえて踏み込まず、先にゴミを捨てる方 が機械的で効率的だと説明している。この理屈に納得することができれば、本書を読む 価値はある。後半で気がつくだろうが、世の社会評論は「ダメな議論」がかなり幅を利 かせていることが分かる。だから人によっては、押さえなきゃならない正統(そう)な 議論は、そんなに多くはないというコスト的安心感(失望感?)や展望がもたらされる かもしれない。常識に照らせば目からウロコな話もあるので、著者の分析に納得するな らば、知的満足感も得られるだろう。それ以上に重要なのは、新しく触れる議論が果た してダメな議論なのか、そうじゃないのか、専門的知識が十分なくとも、早い段階であ る程度峻別できそうだという点である。 しかし実際にはどうだろう。本書を漫然と読んだだけでは、この方法は簡単そうにみえ て意外に身に付かないかもしれない。論争であるとか、なんらかの克服すべき状況など の機会でもないと、インセンティブが働かないからである。読者の多くは、飯田さん鋭 いねえで終わってしまう可能性もある。また、幸か不幸か上記のような契機であって も、ディシプリンの重要性も忘れてはならないだろう。 後半の様々な「ダメな議論」(しかもこれは著者のよく出来た作文)を切っていく様子 は、小気味よくかつ面白いのだが、そこには系統だった豊富な知識やスキルも同時に援 用されているのだ。当たり前だが、著者自身「ダメな議論」を見抜く技術だけで、この 域に達しているわけではないのである。 (ori_pupa/2007-02-23) 一章、二章の理論編は大変ためになる卓見が多く、なるほどなるほどと思いながら読んでいたのだけれど、三章以降の具体的なテーマを選んでの実践編になると途端に雲行きが怪しくなって来る。
そこで作者は実例として自分で作った「悪文」に突っ込みを入れるというマッチポンプを行う。しかし、わざわざ自作したにも関わらず(自在に適切な「悪文」を作れるはずだったのに)、「現代の若者は、自分自身の将来像としての夢を形成することが非常に困難な状況にある。」というどう考えてもはっきりと「夢」という言葉が定義されている文章に対して「「夢」とはいったい何でしょうか。「夢」に厳密な定義はありません。」と批判する。 また一方では、日本の食糧自給率の低さを天ぷらそばの原料のほとんどが輸入品であることを例に論じた例文に対して、天ぷらそばを店で食べるための人件費、輸送費、加工費などは「国産」だと、訳の判らない「批判」をしてみせる。 基本的には作者の主張には頷けるし、恐らく正しいのだろうとは思う(「若者には夢がない」といった紋切り型の文章に対する批判、自給率問題がいたずらに危機意識を煽るための空論であるなど)。しかしだからといって反論の論拠自体が大変に疑わしいのでは、特に本書のタイトルがタイトルだけに致命的だろう。 ひょっとして突っ込み待ちで「ダメな議論」を自ら提示して見せてるの? それともオレが経済に無知だから、何かとんでもない勘違いをしてるだけ? (悩める男/2007-04-20) 読書とは危険なものである。書物は読者の独善をたしなめてはくれない。しかも、
正確な言葉の定義も、主張を裏付けるデータもなく、比喩と例え話で構成され、 それらを耳ざわりの良い言葉で飾っただけの本も多い。それがベストセラーになることも珍しくない。だからこそ、読書力の向上が必要となる。 本書では、そのようなダメ議論(書物)に気付くための5つの技術が述べられている。読後、 1ヶ月ほど前に読んだ「国家の品格」を読み直した。最初に読んだときのモヤモヤした不快感の 原因が、本書で提示されている5つの技術によって、炙り出され非常にすっきりした。 情報過多の時代だからこそ、読む価値のある本である。 (BOB/2006-12-27) あなたが常識と思っていることは本当に正しいでしょうか?
「常識」とは、正しい事ではなく、「多くの人が正しいと思っていること」であると。 では、その多くの思い込みはどこから生まれるのでしょうか。 メディアを通じて流される多くの言説。それらは、実しやかに、学者や政治家が語っているわけですが、語られるだけなら問題ないが、それが常識となり、本当に正しい事が言いにくい世の中や、政策の決定に使われてしまうと実害になるわけです。 しかし、素人にその正否を確認するのは困難で時間がかかります。そこで、本書では簡単にダメな議論を見破る分析的思考方法を提唱しています。 具体的には ・単純なデータで否定されないか ・定義の誤解・失敗はないか ・無内容または反証不可能な内容ではないか ・難解な理論の不安定な結論となっていないか ・比喩と例え話に支えられた主張ではないか この5つのチェックポイントを用いて、ダメな議論を省いていく事で、より正しいと思われるものに近づけるというわけです。 ロジカルシンキングやディベートが好きな方にもお勧めです。 (shut_row/2007-01-21) タイトルを「ダメな議論」ではなく「経済論戦におけるダメな議論」と
すべきだったのではないのだろうか。 本書自体が、著者が述べる「定義の誤解」を生じさせている。 著者自身が「おわりに」で述べているとおり、 本書のセールスポイントは、社会・経済問題に的を絞った議論の消化法。 ところが「ダメな議論」全般の本だと思い込んでいる読んでいる自分がいる。 読み進めるうちに、そのギャップが拡がり独特の違和感を覚えることになる。 「おわりに」まで読み進めれば「社会・経済問題に的を絞った本」だと わかるようになっていたが、途中で挫折した読者も多いのではなかろうか。 本のタイトルは出版社が付けたものであろうし仕方がない面もあるが、 誤解を受けるようであればもったいない。 (sonson/2009-03-02) 本書は、世の中に流布している社会・経済に関する解釈や提言のうち、ダメな議論を見分ける簡便な実践方法を紹介する技術書であるという。そして、ダメな議論とは「読んでもいいことがない、無用あるいは有害な議論」だとしている。
本書を通読してみて、得られるところは多く、しかも実践的であると感じた。社会に流布する言説の中から、「正しく、有用なもの」を選び出す方法論が、類書に比し、特にユニークで実際的と思われる。すなわち、「正しく、有益な議論」を真正面から考察するのではなく、予め対極にある「ダメな議論」の特徴を探り出し、これを道具に「ダメな議論」を除外することで相対的に「正しさ」に近接するという方法論である。さらに、著者の指摘する、「ダメな議論」のチェックポイントや情緒的批判の類型化された特徴も具体的で有用である。構造がよく分析され、特徴が簡潔に抽出しされており、常識や場に醸成された空気にマッタをかける強力な武器に成りうると思われるからだ。ただし簡便で機械的なものとするためには、日常的な追加訓練・独習が必須と感じた。 日頃から、著者の指摘する点を念頭に、世に流布する言説を眺めれば、今までとは一味違った意見が持てるのではないだろうか。常識に馴染みその場の空気に流されやすい、私のような「へたれ中年」にお薦めする。 (フクロウ探検隊/2008-02-24) 多くのレビュアーさんが述べておられるように、ダメな議論に気付くための5つのチェックポイントを示し、事例をあげながら解説した本。 著者の提示するチェックポイントは、マスコミ情報などを読む上で、メディアリテラシーの観点から重要な視点であり、参考になる。 また、経済学者の著者だけあって、「ダメな議論」の具体例の多くは経済事象をとりあげており、日常なんとなく思い込んでいる経済観が必ずしも妥当でないことがわかる。エコノミスト的な観点からみてもなかなかおもしろい。 しかし、その反面、著者の主張はまじめ(すぎる?)であって、経済分析や経済政策の議論ではともかく、分野によっては、そこまでの厳密さは必要ない場合もあるのではないか、という感じもした。また、私は経済に興味があるので興味深く読んだが、そうでない人は実例としての経済解説がたいくつなのではいかとも思う。 (mfhty/2007-02-11) どうしても、
「否定をして解決策を語らない論文」の域を出ていないと思います。 情報の受け取り方を誤らないために、この本の書いていることは非常に重要だと思います。 ただ、『ダメな議論』の羅列になってしまっていて勿体無い。 もう少し読み手側の立場で、ダメな議論の例と対照的な書き方をして欲しかったです。 (悩めるマーケター/2007-02-21) 日頃、新聞やテレビの報道を鵜呑みにしたり、「なんとなく」信じてしまう。そんな兆候に警鐘を鳴らすのが本書だ。良い議論を見極めるための方法を紹介し、「ニート増加論」や「日本経済停滞論」など実際にありそうな実例も使って、「ダメな議論」の問題点を具体的に示している。
昨今増えているマスコミのスキャンダラスなスクープ類は、視聴率競争、発行数競争というマスコミの宿命に、残念ながら起因している。そのような表面的で浅い議論や報道に辟易している向きにとっては、溜飲を下げさせてくれる一冊である。 ただし、著者が主張するチェックポイントの一つである「定義の誤解は無いか」に照らすと、「スキャンダラスな議論が増えている」などと決め付けているこの書評も「ダメな議論」といわれるかもしれないが・・・ (六等星/2007-02-17) 少々読みづらい本です。
でも、内容は精読に値するのではないかと思います。 ダメな議論を見抜くこつを伝授することが目的なのか、ダメな議論の事例をあげて啓蒙することが目的なのか、読んでいてちょっと混乱したが、多分両方なんだろう。 (冬の暖かな鎌倉の海岸で/2007-01-29) 現在、半分まで読んだところで中断したままです。期待した内容と違っていたからです。「商品の説明」欄の「内容(「BOOK」データベースより)」と「内容(「MARC」データベースより)」を読んで私が期待していたのは、具体的社会問題に関する議論の問題点や指摘でした。しかし、半分まで読んだところでは、この本は、当たり前のことをわざわざ難解な方法で説明しているとしか思えません。例えば、「常識」についての説明など、別に筆者に説明されなくても、よく考えてみれば誰もがわかっていることです。「議論」というものについて、学問的に考察してみたい方にはいいかもしれませんが、そんなことより実際の社会問題を考えたい私にはついていけない1冊でした。
32件のレビューうち参考になった順で15件までを表示しています。(兄/2007-02-10) [16件以降をamazonで見る][amazonでレビューを書く] 平均点:3.5 はてブコレクション数: |
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議論のウソ (講談社現代新書)
ASIN:4061498061講談社(2005-09) 小笠原 喜康 売上順位:47265 ¥ 756(中古:¥ 283) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:122
非常に読みやすく解りやすい本である。全体を4章に分かち、1章目は少年非行の統計からの結論の読み取りの誤謬、2章目はもはやトンデモ本として有名になってしまった「ゲーム脳の恐怖」の論理展開の誤謬、3章目はペースメーカーと携帯電話の問題点について、4章目は「ゆとり教育」と学力低下の相関について、を例に挙げて述べている。一見、単にメディアリテラシーの本のように見えるが、最後の5章においてはそこにとどまらず、果たして「正答を求める」ことが妥当なのかどうか、という考え方の根幹に行き着く、一種哲学的な書物になっている。
当否はともかくとして、読書の質を高める役にたつ。多くの人は、自分のもつ意見と近い方向性の本を読みたがり、「やっぱりそうなんだ」と安心するのが好きである。統計がウソをつくということでけであれば、これまでも多く指摘され、それについての書物もたくさん出版されている。本書は、統計や議論の前に意図が存在すること、それに対して我々はどのように自分を持つのかという問いかけをしている点で、考えさせられるものがある。筆者の考えと私の考えは、いくつかの点で乖離しているが、それより上の次元で星5つで推薦できる本である。 (荒野の偏微分/2005-10-26) 「メディア・リテラシー」という言葉があります。「リテラシー」とは「読み書きの能力」のことです。
テレビ・新聞・雑誌・書籍・ネット等々、我々はこれらのメディアから、毎日、大量の情報を受け取ります。それら膨大な言説とどう向き合うべきか。 本書では、主に統計のトリックを考察して、メディアの言説における、安易な因果関係の導出、ムードに基づく主義主張の虚偽、などに警鐘を鳴らしています。 その解体作業を読むだけでも、十分に勉強になるのですが、 著者の本当の狙いは、「メディア・リテラシー」の向上にとどまりません。 「考える」とはどういうことか、「考えること」が「幸せ」へどう結びつくのか。 メディアの言説に対する揚げ足取りが目的ではなく、議論によって「幸せ」の形を探求しようという願いが込められています。 その意味で、「幸せ」とは無縁な土俵で繰り広げらる「議論」は「ウソ」である、と言えるのだと思いました。 (たけぞう/2006-11-25) 「ウソ」として引用されている少年非行やゲーム脳、ゆとり教育批判等に対する著者の議論はそのまま独
立して扱ってもよいぐらいの内容。 この本で扱われている「ウソ」は以下の4つ。 ・統計のウソ:議論の送り手側に問題がある ・権威のウソ:議論の受け手側に問題がある ・時間が作るウソ:ある時期には妥当でも、情勢が変わると不適切となるのにそのままにしてしまうこと ・ムード先行のウソ:問題設定そのものが妥当か検討されずに議論がなされること この本は、ウソを暴いてこれが真実だ!!とするものではなく、妥当で生産的な議論を行うためにはまず こういうポイントを明確にし、クリアーにする必要があるというのスタンスで書かれており、だから、何がホント で何がウソかを暴くことや見分けることがこの本の主旨ではなく、何が問題かを見極め、自分自身の見方 や立場なりに自覚的になることを啓蒙するものとなっている。 (エパメイノンダス/2006-10-11)
概念の整理がいまいち |||
たしかに読みやすいとは思います。そのぶん具体例がだらだら続いている感が否めません。疑うべき対象が本当にこの本に述べられているものだけなのかといった体系性の面で少し納得できませんでした。もっともこれは私の勉強不足からくるものなので著者には責任はありません。子供にメディアリテラシーというものを教えるときに役に立つ資料がいっぱい収録されているとは思います。
(たこたこ屋/2007-10-25)
タイトルからは本の内容が想像しにくいが、結局はメディアリテラシーの本といえる。
最近の話題(少年犯罪、「ゲーム脳の恐怖」(アマゾンのレビューも引用)、携帯電話の医療機器への影響、ゆとり教育批判)を題材に、統計のウソ、権威・肩書きのウソ、時間とともにデータは変化すること、根拠のないデータの結びつけといった実例を詳しく示している。 ここでは書かないが、手っ取り早く主旨を知るなら「あとがき」をお読みください。 最後に著者が述べた「正答主義はやめよう」というのには大賛成。学校のテストと違って、実社会では正解がないことが多く、妥当解か選択肢を見出すことが必要なのだから。 (vatmideo/2005-09-24) 私たちを取り巻くもっともらしい「ウソ」。声の大きさをを争うかの様な出来損ないの「朝まで生テレビ」モドキの様な議論。予断に心地良い「学力低下・ゆとり教育批判」。
本書は、ややもすれば取り込まれてしまう世に浮遊する「議論のウソ」を、あくまで誠実に、一見すると地味とも思える手法で解体し、論証の骨格の在り様・論証の手法の在り様を読者に提示します。 第1章「統計のウソ―ある朝の少年非行のニュース評論から」では、新聞・テレビ・雑誌の時折現れる読者の情緒と予断に迎合する少年犯罪急増論に、統計の魔力(統計を利用したデマ)を読み解くことにより少年非行の実態を正確に読み解く道を示します。 第2章「権威のウソ―『ゲーム脳の恐怖』から」では、一見科学的よそおいを持ち権威を利用した虚偽を、静かに説得力を持って粉砕します。 第3章「時間が作るウソ」では、携帯電話の利用をめぐって、電車の中や病院内での利用に関する、世間のムードと総務省の調査報告とその報告から導き出された「方針」の吟味を通して、時間差により情報とその評価に乖離が生じること、導き出された結論の利用に責任を持ちたくないことから生じる「不便の強要」が解明される。 第4章「ムード先行のウソ―「ゆとり教育」批判から」では、国際比較での学力低下情報の吟味を詳細に行い、その上で「ゆとり教育」をムードではなく対象として捉えた把握を行い、「学力」と呼ばれているものを吟味し、更には「上がること、下がること」の意味を考察している。 第5章「ウソとホントの境」では、これまでの議論を整理しウソを分類した上で、予め正答「ホント」の無い時代を生き抜く在り方を提起します。 著者には、 他の著作に『大学生のためのレポート・論文術』等がありますが、またしても学生・読者に対する著者なりの愛情を確認できる著作に仕上がっています。 (歯職人/2007-02-25) メディアリテラシーを身につけるための格好の良書です。
本書を読むことによって、一見、最もな正論に思える意見が、実はトンデモナイ認識の過ちや 意図的な情報操作によって導きだされていたことが分かるでしょう。 扱われる議論の内容も、ゲーム脳の恐怖や、少年非行の増加、ゆとり教育の学力低下といった 馴染み深い題材だったため、とても読みやすかったです。 メディアに流されるのではなく、自分の頭で物事を考える際の基準に こうした優れた洞察の知識を身につけることは、一生の財産になると思います。 メディアからの情報を鵜呑みにするのではなく、事実を疑う観察眼を養うためには こうした本は、一度は、読んでおきたいものです。 (アルフの狼/2006-11-22) 忙しくなっているせいか、仕事ではわかりすさや素早さが最近、とみに求められてきているような気がします。著者のいう「立ち止まって本当のところはどうなんだろうと考えてみる」こと、「愚鈍なくらい判断を躊躇してみる」ことの必要性を僕も感じます。この著書は考えるために必要な議論のあり方を論じた本、といっていいと思います。
権威を持ち出す虚偽、人間の観察力の限界をわきまえず安易に結論を導いたり、ごくわずかな事実から軽率に原因を特定してしまう研究方法に関する虚偽、こうしたことにはまず十分な吟味が必要、とされます。さらに学力を論じることを例に、本当に学力は低下しているのか・学力とは何か・ゆとり教育はどう関わっているのかの視点から、将来の社会、そこで必要とされる学力とは何かを論じないと、簡単に白黒・ウソかホントかを論じることはできない、その判断は留保されるべきものであるし、人はその曖昧で限界ある立場に自覚的であるべき、と著者は説きます。この辺の議論は面白くって、考えることはこういうことのかと思え、なかなか説得的。 「社会はすぐに正解を求める。しかし世の中のことはそう簡単に白黒つけられない」一部の安易な議論を除いて、すぱっと割り切れないことは当然世の中にはあります。無自覚に割り切ってしまうことへの警告がこの本の結論なのだと思います。 (omr/2006-08-13) 最近はさすがに「少年犯罪の凶悪化が進んでいる」と言う人をテレビで見かけなくなったが、「日本人の学力が低下している」はいまだに定説のようである。
マスコミに携わる言わば情報の読み手のプロたちでさえ、本書が取り上げているウソを単純に信じ込んでしまう(と言うより何の検証もしないというべきか)訳だから、我々のような素人がこの手のウソを見破るのは簡単ではない。本書などの手助けが必要である。 最近、『〜のウソ』とか『〜を疑う』と言ったタイトルの出版物を目にする機会が多くなったのは、マスコミによる報道やそれらによって作られた定説を単純に信じ込むべきでないと思う人が増えてきたせいだろうか? (江口哲学/2008-05-24) 本書を手にとった際、谷岡一郎氏の著書、文春新書『「社会調査」のウソ』が真っ先に浮かんだ。様々な形態の社会調査(新聞記事やマスコミの報道、各種研究報告など)の脆弱性、曖昧さ、論理の非一貫性を指摘し、現代社会を生きる私たちに警告を発した書である。それを読んでいたので、この『議論のウソ』も楽しく読めた。谷岡氏とは少しちがい、小笠原氏は調査それ自体の問題とともに、それを受け取る私たちの問題も指摘する。つまり、調査者の権威、社会的雰囲気、固定観念など、意識すれば乗り越えられる障壁を乗り越えることなく、無批判に調査結果を迎合し、その流れに飲まれていると言うのである。その意味で、表題は『議論のウソ』だが、実は議論すべき議論を無批判に飲み込んでしまう私たちの、「ウソ」に対する感覚、つまり批判精神を呼び覚まそうというものである。久々に良書に出会った感じがした。
(コミー/2005-12-29) この「タイトル」と「サブタイトル」では内容の把握が
最初はよできなかった。 しかし、内容は実は非常にわかりやすく、また興味深いものであった。 メディアのつたえる「議論」の真偽とその創造過程の妥当性 を問う本である。マスコミにお勤めの方は、たまにはこういう 書物を冷静に読むことも大切ではないだろうか? 世論形成がやり方を間違えると事実と異なった報道となり、また ピントがずれた内容となることは多々あるからだ。 一旦形成された世論や議論はともすれば一国の運命や 個人の人生をも変えてしまうものだ。 (クリエイティブFMKTG田作健一/2005-11-13) 私たちの視覚や、直覚、脳、思考に及ぶすべてのものは案外フシアナである。
この本では、最初に統計の使われているその背景にこそ注目すべきであると指摘する。 というのは、新聞や本で採用されている実際のデータ、それ自身には裏はない。事実として、受け止め、自分なりに考察するのであれば、それはそれで結構なものであろう。 けれど、私たち人間はわかりやすさや、答えを求める。 実際は答えのでないことなど多くこの世にあるというのに―。 統計や、データが記載されているところにはそのデータを使用している著者や筆者の思惑がある。 こうこうこういう結論に持っていきたいのでこのデータを使用しよう!という思惑が。 その背景を理解し、着目していかなければ、簡単に思惑にのってしまうのである。 (真冬はキライヤー/2005-12-13) 巷に流れる言説、特に統計などの数値を元にその正当性をアピールする言説の間違いを
「少年非行」や、もはやネタの域にある「ゲーム脳の恐怖」を例に論じている。 私として目新しかったのは第三章、時間の作るウソの章だ。 電車内のペースメイカーや、病院内での医療機器への配慮で ケータイなどの電磁波を発する機器の使用が制限されているが 2003年の再調査でほとんど問題ないことが判明した。にもかかわらず、既存の制度が顕在しているのだ。 病院や政府は万が一の場合の責任を恐れているのだろうが、不便な思いをさせられているのは彼らではなく ケータイ使用者やペースメイカーをつけた高齢者である。筆者はこれを「時間の作るウソ」として論じている。 なんのことはない。これはダウンタウン松本人志が日ごろ、テレビの、ラジオ等で言っている 「おかしなとこがあったら言うていこ」の精神ではないか。 しかし、今までこのことを論じる知識人は、あまりいなかったと思う。 最後にゆとり教育について割かれた章が、めちゃ長い。おそらく筆者が一番言いたかったのがこれなのだろう。 たしかに情報をゼロから創造する産業が重要になる今からの時代 ゆとり教育のようなそれぞれがそれぞれのいいところと伸ばす手法のほうが重要なのかもしれない。 しかし、そこには大きな前提条件があるのを忘れてはいないだろうか。 それは「どの子にも何らかの才能がある」という条件である。 もしそこに「何の才能もない子がいるかもしれない」という仮定が織り込まれていないのであれば それは筆者自身が言うとおりオプティミスティック過ぎるだろう。 ゆとり教育は何も、画一的に子供を「栽培」する従来の教育と正反対ではない。むしろそれと表裏一体の関係をなしているのだ。 そもそも全国一律の教育システムとゆとり教育とは馬が合わない。 本当にゆとり教育をするのだとすれば、内田樹が言うようにシャレではなく寺子屋を復活させなければならないだろう。 (倒錯委員長/2007-10-28) 世に氾濫する報道やネット上の情報に隠された、様々な「ウソ」のメカニズムを、4つのパターンに代表させて解説している。著者も言っているように、「ウソ」は簡単に見抜けないし、最初からウソでない情報が、ウソに変質する場合もあるから、本書をヒントにウソ発見器を作ろうとしても(そんなことする人はいないと思うけど)、無理な話であるが、少なくともウソへの対応法について、学ぶべきことは見つかるだろう。
ひとつはウソに「騙されない」こと。これは本書が掲げる警鐘でもあるのだが、物事全てのことに答えがあると思っていると、そもそも複数の答えがある場合に、一番分かりやすい答えを、正解だと信じてしまう。特にマスコミの報道など、与えられる情報をそのまま受け入れる姿勢が強いと、大衆はすぐに騙される。これはぜひ気をつけたい。 もうひとつはウソで「騙さない」こと。本当はいけないのだが、人間しばしばウソをつく。嘘も方便などという言葉もあるくらいだが、嘘の上塗りという言葉もあり、こちらのほうが圧倒的に怖い。ビジネスでは嘘は言ってはいけない。たとえそれで、その場をしのぐことができても、しっぺ返しは必ず来るのだ。 (六等星/2006-06-18) あることの報道について、ある論調で書いてあることが、事実ではあっても必ずしも真実ではなく、流行のようなもの、人の心に訴えやすいものであることがある。我々はそういう傾向が強いように思う。自分で考えたつもりでも実は新聞やテレビの論調をそのまま言っていることが多い。また権威に弱く、その道の権威者のいうことなら本当だろうと信じる。なかなか、疑問を持つことは難しい。そういうことに鉄槌を加えて、疑問を持てと言っている。大変勉強になりました。
(ミステリ好き/2006-02-07)
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だまされない〈議論力〉 (講談社現代新書)
ASIN:406149855X講談社(2006-08-18) 吉岡 友治 売上順位:125395 ¥ 756(中古:¥ 209) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:151
学生の頃小論文を書いて、「論理が一貫していない」という点についてさんざん指摘する教員がいた。全体の流れを読んで彼を思い出した。
職を持って働き始めて、「人を説得するときには、データが重要。人の説得の妥当性を見極めるときには、そのデータの妥当性を見極める目が重要」と教えてくれた先輩がいた、内容を読んでいて彼を思い出した。 自分自身の考えから極端に離れた主張を持つ人とともに仕事をしなければならない状況にある私にとって、どのように「個人的な主義主張」と「判断としての妥当性」とを切り分けつつ、話を詰めてゆくかということは日常的な問題だ。 そんなこんなで、この本はとても楽しんで読むことができた。ポイントを絞った例題や、それに対するコンパクトな「例解」が刺激的。まだまだ私も論理の一貫性に寛容すぎることに気づかされた。 どんな専門的議論においても、このような議論のルールやポイントをわきまえることは重要だと再認識した。良著。 (pooh bear/2006-10-18) 世に出回る言説について、おかしいと思ってもどこをどう批判していいか分からず、結局なんとなく受容してしまう。これが当たり前になると発信者も受け手も、言葉に対して無気力になっていくだけだ。それなのに、議論の方法は教えられたことがない。国語力低下の本質はそこにある。
他人ときちんと出会うためにも、問題点をはっきりさせ、どうすべきか自分の考えをのべ、説得できる根拠を出す、という議論の方法は有効だ。小論文指導という現場で鍛えられた筆者の、控えめだが志の高い仕事に今後も注目したい。 (ワシオ/2006-09-09) 現代日本は議論が面倒で感情的対立が生じるのでなんとなく決まることがよいとされ避けられる。しっかりルールに従って行えば、問題の本質が見えてくる。そこで、議論の構造の基本に立ち戻って、それを解明すること。つまり議論の妥当性を吟味するための方法論を確認するというが本書である。
議論は、決まり文句という「マジック・ワード」を排して行わなければならない。という提言から始まり、統計データの読み方、相対主義の弊害、ヴィジュアルを解釈する際の注意、と多様な問題解釈についての解説が行われる。 これらを土台として、議論は基本的に「問題-解決-根拠」という要素からなっているとし、最近話題になった「なぜ人を殺してはいけないのか」という命題を、二人の文章を比較し優劣を語り、弁証法の有用さを論じる。 日本のアジア外交における問題になっている歴史認識について、語る者の世界観の反映だとし、それを自覚せねばならぬという。 まとめとして議論の基底部に位置する言語能力について、日本の国語教育は論理教育にはなっていないことを批判し、「問題-解決-根拠」という議論の構造こそ言語的リテラシーつまり「国語力」だとしている。 総括すれば、日本で議論が盛り上がらないのは、日本人の国語力が議論という論理的ゲームに対応していないからであり、言語的リテラシーを身に付けることが必要であるということである。 僕個人としても、本書が論理的に書かれており、じっくり読めば読むほどその味わいが沁みてくるような、現代日本への示唆に満ちた良書であると思う。 (ひな/2006-10-09) 論理的思考、統計の正しい使い方を身に着けた修士相当の技能を持つ人間が市井にあふれる最近ですら、一見科学的であることを装ってはいるが、まともな根拠と言える根拠に乏しい意見を述べる”識者”の先生がたくさんいらっしゃる。
この本は、そのような輩の書いた文章を例として扱い、いかにして論理をすり替え事実を捻じ曲げるのかを明快に解説している。そのため、 1)きちんとした根拠を持たずに言われている風説に踊らされない判断力を身につけたい人 2)ひょっとしたら自分もいい加減な判断で物事を判断しているのではないかという不安をもっている人 には、『着眼点の提供』と言う意味で大きく貢献するだろう。但し、以下の点で少し不満が残るので、そのため星4つとした。 A)『演習問題がない』(法科大学院適性検査の『論理』の問題を扱った問題集が演習問題として使える) B)『0から議論を構成する場合の方法論が見えない』(西村克己氏の論理的な文章の書き方が面白いほど身につく本 が参考になる) C)『インチキ統計を見破る方法』(ダレル・ハフ氏の統計で嘘をつく方法が有効)『データから正しい判断する方法』(正鵠を得た本を知らないが、国家公務員用の資料解釈の問題が少し役立つかもしれない)については例[注]が少ない [注]この本は、正しく統計を使う必要性を『統計データの捻じ曲げをしている記事』を挙げ正しく批判しているが、捻じ曲げかたのパターンが少ない。尤も統計の本ではないので、そこまで要求するのは酷な話だが。 (おの/2006-12-25) 付和雷同しがちな日本人に足りない、問題解決のための議論をルールから説き明かし、もっともらしい意見も批判的に見つめ、建設的な議論をできるようになるための本。
実質何も言っていないのにそれらしく聞こえるマジックワードや統計のカラクリ、バイアスのかかった資料解釈、「人それぞれ」という考え方の誤り、意見の要約や根拠の評価の仕方、対立する意見の弁証法(共通の前提を覆す)、正解は決してないという限界など。 議論は必ずしも戦いではなく、協力している面もある。仲良く喧嘩することが、意見を批判されただけで全人格を否定されたようになってしまう日本人には何と難しいことだろう。 「議論に負けても、それは相手に負けたことにはならない。真理に負けた、いや従っているのである。悔しがるより、自分がより心理に近づいたと満足すべきなのだ。」 「議論の場とは、対立しあっているように見えるが、実はたった一つの点では共通している。それは、「私とあなたは同じ問題に関わっている」という信頼である。」 しかし、自分の意見を理解してもらうという努力は放棄するべきではない。主張と理由だけで分かってもらえなかったら、例示、説明、引用、対比、比喩を多用しよう。 「もちろん、理屈がうまく通じない相手もいる。偏見が強かったり必要な知識を持っていなかったり論理が苦手だったり、そういう場合は必要な知識を補い、論理のつながりを丁寧に言い換え、解きほぐす必要が出てくる。」 有名人、専門家だからといってしっかりした意見を持っているとは限らない。批判的に見る・疑ってみるということは、決してひねくれてみるということではなく、問題の本質に迫っていく大切なことなのだと考えさせられた。 もっと議論のルールが学校教育などを通して共有されたらよいと思う。 (/) 議論時に陥りやすい盲点について、また巻末には参考文献も多々挙げられており、論理的に物事考えるに際して、どこに気をつければよいかが判りやすく書かれている。
これで日本でもルールにのっとった議論が期待できる・・・・が日本で議論が盛んに行なわれないのは、具体的ルールの合意がなされていないだけではないように私は思う。 会議の席で反対意見を述べた者を、終了後も疎んじてみたりといった、議論の場とその他の場といった使い分けができない者が多いことこそその最大理由ではないだろうか? 意見の相違を感情的に捉え、その結びつけを払拭できない人には、理解できるが実践できない本であるかもしれない。 (ぽるじはど/2006-10-16) 日本人は議論に弱い、議論を戦わせることを好まないとよく言われる。
最近ではディベートなども盛んになってきて、議論をする機会も増えてはいる。 しかし、そんなことをしていても本当の意味で議論に強くなれるのか。 議論には基本形があり、それにしたがって、相手/自分の議論を分解し、 ポイントごとに評価を行うことが重要である。 議論の基本形とは、問題−解決−根拠ということである。 問題意識を相手と共有し、自分独自の解決策を示す。 さらに言い放しではいけないからあらゆる策を使って自分が正しいと主張する。 こうした段階を追って、議論は組み立てられていくものである。 議論は「する」ものではなく、「作る」ものではないかと思った。 (教育学者/2006-08-26)
実行は難しい ||
本書には議論する力を磨くための様々な方法が書かれている。どの方法も参考にはなる。だからと言って、本書を読めばすぐに議論力が高まるとは思わない方が良い。
例えば、「統計データを性格に読み解く」ためには時間をかけてデータを丹念に検証する必要があるし、「弁証法を活用する」のも相当の訓練を積まないと出来ないことのように思える。 議論力を身に付けると言うより、議論と言うものの基本構造を掴んだり、議論の難しさを再認識すると言うスタンスで本書に臨むのがよいだろう。 (江口哲学/2008-07-06) 近年、日本語がブームです。
全9件のレビューを表示しています。さまざまな日本語に関する書籍が出版され、 知識を問うクイズ形式のTV番組も増えました。 文学作品が見直されたり、言語感覚を 磨こうと向上心を持つのは、結構なことです。 しかし、そのような文脈で「由々しき問題」と されるのは、あくまで接客業におけるマニュアル敬語の 不自然さであったり、文豪の作品が教科書に収録されなかった ことというような、本質的とは言い難い、瑣末な事柄ばかりです。 本書の著者は、こうした現状を深く憂えています。 なぜなら、そこでは言語が見知らぬ者同士が意思を通じ合わせる ための道具ではなく、同質の者を確認し、異質な者を排除する 選別のためのフィルターとしてしか機能していないからです。 言語能力の基本は、まず第一に論理的に 議論を構成することであるはずなのに― 日本人の「議論下手」は古くから 指摘されてきたのに、一向に改善 される気配がありません。 そのことは、文化的正しさの押しつけだけを 志向する国語教育に淵源すると著者は主張します。 日本人としての同質性を高めることよりも、他者と客観的かつ論理的に コミュニケーションできる能力を育成する言語教育の整備が急務です。 (あかね/2008-02-17) [amazonでレビューを見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.5 はてブコレクション数: |
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考える技術としての統計学―生活・ビジネス・投資に生かす (NHKブックス)
ASIN:4140911018日本放送出版協会(2007-12) 飯田 泰之 売上順位:57009 ¥ 966(中古:¥ 409) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:1
統計的思考が身につくかも |||||
論理的な思考、意思決定に果たす統計の役割を平易に解説した本です。著者は限られたデータだけでも重要な結論を導出できる、統計的な思考を使うと意思決定の改善をはかることができることを言いたいのです。帰納法と演繹法といった初歩的な論理学の方法を援用しながら統計的方法のメリットについて、「統計学はああるときは私たちの主観的な思い込みを抑制する解毒剤として、またあるときはリスクと成果のバランスを明確にすることを通じて合理的な意思決定を導く基礎資料として、とても役立つ思考支援ツールなのです」(p.37)と要約しています。
記述統計を解説する章では、「統計学=情報集約ツール」という観点から平均、偏差、寄与度、指数といった用語を扱い、統計的分析、予測を解説する章では、限られたデータにもとづく予測と行動のノウハウという観点から、回帰分析、時系列解析(自己回帰モデル、移動平均モデル、ARMAモデル)を取り上げています。前者でもそうですが、後者ではマンション利回り、勉強時間と得点との関係、ダイエットサプリメントと肥満度との関係、居酒屋の来店者数などの身近な具体的例での説明に工夫が見られます。中心極限定理、統計的検定、決定係数、t値、外値の処理の仕方なども類書にない分かりやすさで記述されています。以上のような要約でもなお「難しそう」と思うかも知れませんが、実に分かりやすく書かれていて、その点は保証できます。一読あれ。 (読書子/2008-02-20) 新進気鋭の経済学者による統計学入門書。文章のはしばしに明晰さが顔を出し、優秀な著者であろうことはわかるが、1冊の本としては中途半端な出来である。
本書は統計的思考(概論)、平均、検定、回帰分析について扱っているが、それぞれについてさらっと解説を書いており、お互いの連関があまり感じられない。とくに、1章の統計的思考がほかと全く別物であることは瑕疵として小さくないのではないだろうか。 また、1度出た用語・項目については知っていることを前提としているため、統計学に不慣れな人(つまり本書の読者の大部分)はその箇所に戻って確認しなければならないが、クロスレファレンスも索引もついてはない。これから統計学を学ぼうと考えている人への配慮があまり感じられない。厳しいかもしれないが、本の作り手としては良心的とは言えないだろう(著者・編集者とも)。 著者は「文系の文系による文系のための統計入門」を書こうとしたとあとがきに書いているが、本当にそうなら成功したとは言いがたい。大学から数学を離れ、そのまま働いている人が本書を読んでも、専門用語に配慮されず、説明を端折っているところが多く、本当にこれで理解できる人がいるのだろうかと疑問を持った。全体的に、自分が他書で理解したことを自分の言葉で言い直したような印象で、「こう説明すればわかってもらえる!」という自分の頭で考えた説明があまりないような気がする。 また、著者は実地のビジネスのことはさほど詳しくないようで、副題で「生活・ビジネス・投資に生かす」としているわりに、ビジネスパーソンが統計を生かせそうな例は皆無である。たんに統計学をなぞっているだけの印象しかない。ビジネスパーソンに買わせたいなら、彼らがどんなことで本当に統計学の知識をほしがっているのか調べるなり、考えるなりすべきであったと思う。 ただし、良心的だと思ったのは、あとがきで自分が参考にした本、読者に役立ちそうな本をきちんと紹介して点である。その誠実さは評価できる。ここでは酷評したが、才能溢れる著者のようなので、執筆にあたってはぜひもっと研究して、良書を出していただきたい。今後のご活躍を期待する。 統計学について知りたい人は、たとえば、早稲田大学の向後千春先生がウェブで公開なさっている「ハンバーガー統計学」を読むのもいいのではないか。エクセルを使う人には本当に役に立つ親切な講座となっているし、まだ使いこなせていない人にも配慮している。無料公開している点もありがたい。 (所沢白猫/2008-04-16)
きっかけにいいかも |||
正直なところ、私にはまだまだ難しかったです。
しかし、参考文献も豊富に紹介されており、がんばって統計学と向き合って取り組んでいけば、「使える」になるのではないかという方向性を示してくれる本でした。 「統計は、データの中から『ふつう』と『ふつうじゃない』を区別し、発見するツールとして有効に機能します。」ということが著者の一番言いたかったことかと思います。 (そんちん/2008-03-18) 飯田泰之の本は読みやすい。1975年生まれで年齢もあんまり変わらないが、よく整理された文章を書くのでいつも感心する。
全4件のレビューを表示しています。最近『リスク』(バーンスタイン)という本を読んで統計の世界のおもしろさにふれ、これを読んでみた。 今まで「統計的に有意」の意味がよく分からなかったが、これを読んでよく分かった。中心極限定理、というのがあって、「「母集団がいかなる分布をしているとしても、サンプルの平均値は母平均を中心とした正規分布に従う」そうだ。「母集団がいかなる分布をしているとしても」というのがポイントで、このために様々な世論調査(いろいろな分布が想定される対象を調査する)などが誤差数パーセントの範囲で「有意」だと結論付けることができるそうだ。昔何かの教科書で読んだ気もするが、そのときは意味がよく分からなかったみたい。。昔、会社で全員のアンケートを取る、みたいな仕事をしたけど、そういう仕事する前に読んでおきたかったよ。この本が出たのが2007年12月だから遅かった。 貸してくれたのはAG君。ありがとう。 (唐沢 大/2008-04-27) [amazonでレビューを見る][amazonでレビューを書く] 平均点:3.0 はてブコレクション数:この商品をリストに入れている人:
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経済学思考の技術 ― 論理・経済理論・データを使って考える
ASIN:4478210489ダイヤモンド社(2003-12-11) 飯田 泰之 売上順位:27006 ¥ 2,100(中古:¥ 750) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:206
本書は、経済学を学ぶにあたって演繹法や帰納法の解説から入り、著者の言う「論理的な思考法」を身につけるトレーニングから始める。このことは、経済学の教科書としては異例のことである。しかしこの方法は、一見迂遠なように見えてそうではない。現在大学で教えられている「経済学」とされるものには様々なものがあり、立場、または見方によっては、結論が大きく異なってしまうということも少なくない。そこで経済学という知識の泉で、またさらに亡羊とした現実の経済で、正確な理解を得るために「論理的な思考法」は不可欠な道具であり、同時に様々な「経済学」の可否を判断する基準を提供するのである。従って著者が強調するように、これは「どんな問題にも応用できる」重要な基礎なのであるが、それが既存の標準的なテキストでは見落とされていたことに気づかされる。そしてさらに本書に驚かされるのは、「論理的な思考法」と、もう一つのテーマである「データによる確認」が、わかりやすく必要最小限の労力で習得できるようにまとめられている点である。その点で初学者が独学で経済学を学ぶ最初の一冊としても適しているだろうし、経済に興味はあるが通勤電車の中でしか本を読む時間をとれないというような多忙なビジネスマンにもぜひ薦めたい。ただ、若干憂慮する点は、本書のタイトル『経済学思考の技術』は、その内容に反して、過度に抽象的なイメージを与えてしまわないかということである。補論「日本経済への処方箋」を読めばわかるが、本書は上記の道具立てをそろえた上で、日本経済の現状を手際よく整理し問題点を明らかにする、すぐれた実践の書でもある。この点はもっと強調されていても良かったように思われる。
(ケインズ/2003-12-15)
某メガ・ベストセラーが図らずも示したように、議論がなかなか通じないという経験をしたことがある人は多い。その最大の理由は、そもそも議論とは何か、何を目的としているのかが共有されていないことにあるのだろう。
この本の画期的なところは第1章にある。まずそもそも議論とは何か、論理的思考とは何か、をかみくだいて論じているところだ。その説明は1章分、わずか数十頁にすぎない。しかし、その効果は絶大だ。経済学をかじる、あるいは復習する前に、まずは基本中の基本をおさらいしようという試みは心憎いかぎりだ。その経済学の説明も、理論だけでなく、データの読み方や表現方法も同じくらい重視しているところはとてもいい。理屈としてどうか、ではなく、証拠と照らしてどうかが大事なのだから。その説明のしかたも、概念図を多用してわかりやすい。 経済学の部分については、本当に簡単な道具だけで多くのことを説明しているのはじつにうまい。最後の第4章は結構、高度なことをやっていると思うけれど、すんなりと説明されている。 注文をつけるとしたら、本書のルール(手際よく10にまとめられている)を使ってトンデモない議論を解剖した部分がもっとあればよかった。そういう例題や演習問題がついていれば、この本の価値はさらに増しただろう。もっともそれは続編のためにとってあるのかもしれない。 ロジカル・シンキングといった本だけではでは現実の経済にどう応用するか心もとないと考える人、経済学を学ぶ前に議論の基本を確認しようという人にぜひ薦めたい。 (文月渉/2003-12-16) ロジカル・シンキングに関する著作はこれまでに幾冊
も読んできたが、いずれも挙げられている事例が極度に 単純化されたものばかりで、現実的な問題を考える際の 手がかりにするには物足りなさを感じるばかりだった。 その点において、本書は1990年代以降の日本経済という 生の事例を、複雑かつ巨視的な形を保ったまま示すこと で、現実からの乖離を感じさせないよう配慮しつつ、ロ ジカル・シンキングとは何かを修得できる構成となって いる。 筆者のいう「経済学思考」を簡潔にまとめれば、ロジ カル・シンキングにデータ実証と経済理論をマッチさせ たもの、となるだろうか。経済学を専門として学んだこ とがないため、いわゆる経済書を読んでいるとどこに根 拠の確実性を求め、どこまでをもっともらしい説として 受けとめるべきか判断に困り、ストレスを感じることが 多い。しかし本書に関していえば、前半における解説に 基づくことを確認しながら後半で日本経済の分析を行う、 というフレームが堅牢に構築されているため、胡散臭さ を感じることなく読了することができた。理論的根拠を 明らかにしているところが「予想屋」の描いてみせる煽 り(安易な楽観論、あるいは悲観論)との質的な違いで あろう。この点を高く評価したい。 終章の金融政策を重視する姿勢には少々疑問が残るが、 なぜ自分がそのような疑問を持つのかについても、改め て認識を深める契機をもらったように思っている。著者 の説に対する賛否を問わず、経済学に関する読者の思考 を鍛えてくれる本来的な意味での入門書と呼んでいい一 冊である。 (tonny_/2003-12-20) 経済学に馴染めない理由としてよく聞かれるのが「非現実的」「所詮は机上の空論だYO!」という声。そもそも経済学とは、複雑怪奇な現実世界の事象を「単純化して突き詰める」学問であるため、単純化したモデルを「現実と違う」と罵倒するのは、子供に向かって「オマエはなんて幼稚なんだ」と諭すくらい無意味なもの。そんな、経済学の世界と現実世界とのギャップを埋めるのに最適なのが本書。経済学における幾つかの前提条件や基本ルールの解説に特化した書籍はおそらく本書が初めて。いきなり経済学の基本書から入るよりも、本書をクッションにするとその後の理解が早まること必至。時間が無い向きは、せめて第1・2章および第3章補講だけでも目を通しておきたい。本書を読んだ後で、日経新聞の記事やテレビの似非エコノミストどもの戯言を笑い飛ばせるようになれば、まずは合格。速やかに経済学の入門書に移られたし。
(メネラウス奥平/2006-06-09)
本書の目的は、「単純化して突き詰め、データによる確認をする思考」(=経済学思考)を身につけ、
それに基づく非常に基本的な経済原則を知り、自分の手で現実の経済・ビジネスを考える実践力を身につける、 というものである。 結論から言うと、本書の価値は第一章及び第二章に集約されており、それ以後の内容に関しては初学者が完全にモノにするにはやや難しいだろう。ある程度経済学を専門に学んだ身からすると、本書は全体を通して経済学思考及び基礎的な経済理論の大事なエッセンスがコンパクトにまとめられていると思う。ただし、これはおそらく一度経済学を学んでいるからこそ分かることであり、初学者がこの本でそれを感じるのには中々ハードルが高いかもしれない。 本書には、ほとんど数学は使われていない。これは経済学の初心者向けの本といえども珍しい。特に第2章までには、経済理論すらほぼ使わずに経済学思考のエッセンスを見事に説明している。ただし第3章以降は「極めて単純化」された経済理論が概念的にしか説明されていない。この点に関して分かりやすいと感じるか、何か腑に落ちない感じのするモヤモヤとした理解に感じるかは人によるだろう。 おそらく致命的なのは本書の校正の甘さである。特に第3章以降にかけては、それまで説明されなかった経済学の専門用語が説明なしに登場していたり、図が出てきてもその説明が省かれたりといったことが多い。 また、基本的に既に説明されたことは理解されたこととして記述されるため、初学者にとっては通読はなかなか大変だろう。本書の売りであるシンプルで簡潔な説明も、書き方によっては説明不足で投げやりに感じられる部分も多々ある。 参照もやや不親切であり、例えば「第3章の何ページで述べたように」のような丁寧な形ではなく「第3章で説明したように」といった省略が度々ある。本書は4章構成と大まかな構成であることを踏まえると、この参照スタイルでは少し読者にとっては酷だろう。 以上より、第2章までは読者層を問わず秀逸な本である一方、第3章以降は経済学初学者にとって通読は困難に感じられるだろう。その点が非常に惜しいので星3つとさせていただいた。 (/2008-11-12) まず本書は経済学的知識を得るための本ではなくて、経済的な考え方を
身につけるための本です。それ故まず経済的な考え方を知識よりも優先して 得たい方には必読書となることでしょう。この手の本は実は意外に少ない! 基本方針は 1.単純化して突き詰める 2.データによる確認 を最重要ポイントに置いています。 またマスコミにおけるいい加減な経済的記述の罠にかからない方法を伝授しています。 第一章はロジカルシンキングの手法を身につけていきます。(演繹、帰納法、 必要十分条件など) 第二章からいよいよ経済的思考を指南されます。 経済的知識は本書では得るものではないと書きましたが、ここから経済的思考と 同時に基本的な経済的知識も導入されています。 そしてそれは一般的な経済新書レベルはあります。 むしろ一般的に言われる「株価と金利は相反する方向へ動く」を数式を用いて 他の基本経済学書よりも解かりやすく書かれています。 そして需要曲線と供給曲線との関係から総余剰(消費者余剰と生産者余剰)は 需給両方の満足の和であるを説明したグラフは目から鱗の思いをしました。 私自身初心者向けの経済学書を数十冊読んできて、その解かりやすさと 経済的な思考を身につけることに置いて本書は群を抜いています。 (フジキセキ/2008-07-19) ロジカル・シンキングに関する著作はこれまでに幾冊も読んだが、
従来、挙げられてあった「事例」と称するものは、いずれも極度に 単純化されたものばかりで、より複雑かつ大きな問題を考える演習 としては現実離れしているとの感が否めず、物足りなさを感じてい た。その点で、本書は90年代以降の日本経済という、途方もなく大 きく複雑な問題を具体例に採用しつつ、ロジカル・シンキングを修 得できるよう、巧みに企画されている。 筆者の意図はロジカル・シンキングにデータ実証と経済理論を加 えたものを経済学思考と捉えることにあると思われる。私は経済学 を学的な専門としたことがないため、いわゆる経済書を読むたびに、 どこに確かな根拠があり、どこが胡散臭い話なのか判断に困ること も多く、しばしばストレスを溜め込んだものであった。しかし、本 書においては前半で解説した内容に基づき後半の日本経済分析へと 展開する明快なフレームが設定されているため、従来付きものであ ったストレスを感じずに読了することができた。 一点、終章において金融政策を重視する姿勢には疑問を覚えたが、 なぜ自分がそのような疑問を持つに至るのかについても、改めて理 解できたような気がする。著者の説に対する賛否以前に、現状の経 済を考える上で安易な「福音書」による救済の夢を語らず、読者自 身の思考力を鍛えてくれる本来的な入門書としての役割を果たす一 冊として挙げておきたい。 (文月渉/2003-12-19) ミクロ経済とマクロ経済の入門的な内容をピックアップして「きちんと」説明した本.書名から想像するほどのインパクトはないが,この「きちんと」の部分が本書の真骨頂となっている.経済学は勉強したけど数学や論理は苦手という人にとっては本書の真っ当な論理立て・説明の仕方から得るものが大きいだろう.冗長な記述や論理の穴の極めて少ない説明がいかにわかりやすくて短く済むかを知ることができる(とくにマクロ経済の話題に関して).一方で,数学や論理は得意だけど経済を勉強したことはないという人にとっては本書の無駄や飛躍の極めて少ない説明は短時間で経済学の初歩の様々な題材を理解するのに大いに役立つだろう.
もう少し細かく見ると,1章の「ロジカルシンキング」は,当たり前過ぎると感じる人も多いだろうし「矛盾」「∀」「∃」の説明が抜けていたりはするものの,経済の本としては意欲的な内容だと思う.学問以前におさえておくべきことを読者に意識させる内容である.2章,3章,3章補論は経済学の様々な概念の行儀の良い説明.「簡潔で明解な説明とはこういうものさ」という感じ.4章と4章補論はマクロ経済の考えを説明しながら,それを用いて日本経済を分析する内容.この部分の話題はニュースで耳にすることがやたら多く,かつ,本書の1章で批判されている議論(戯れ言?)が目立つことは本書を手にとるような人にとっては周知の事実.同じ話題を非専門家向けに誤魔化しなく説明するとこのようになるというお手本といってもよいと思う. (ま2007/2007-09-27) 『経済学思考』のテキストとして、デフレに陥った現在の日本経済を題材にその実践例を示す試みは、意欲的でとても良いです。しっかりした構成で書かれており、『デフレ期待の自己実現』による大停滞論にもかなりの説得力があります。ただ説明がデフォルメされすぎて論理のつながりが見えにくい箇所が複数あり、キャピタルフライト不況論の否定はストックとフローの混同?のようにも思えました。
ところでGDPの三面等価を分配面でみると、GDP≡雇用者所得(労働者の取り分)+営業余剰(資本家の取り分)とのこと。この2003〜2007年の景気拡大で名目GDPの成長は僅かに年率1.3%。しかし企業利益(営業余剰)が過去最大級に躍進したってことは、その分国民から企業へ所得が移転された訳です。「成長を実感に!」なんて叫んでた総理もいましたが、GDP成長無き企業繁栄とは一体何を意味するのか、理解しておられたのでしょうか?? (コマンチ/2008-12-26) GDP統計(国民所得)の3面等価の説明が良かったので、
経常収支と財政収支、資本収支の関係をすんなり呑みこむことができました。 誤)貯蓄以上に投資を行っている(p156 6行目) 正)投資以上に貯蓄を行っている 「中学や高校の教科書にすら載っている、 オイルショックが原因で、高度成長は終焉を告げた(p52−53)」という誤解や、 木村剛著『キャピタル・フライト』の誤解(p160)も納得できました。 政策面での不況レジーム(p204〜)に至る一連の過程を教えていただいたことで、 通貨当局に対する怒りがこみ上げてきた次第。 「流動性の罠(ヒモは引っ張ることはできるが押すことはできない)」 ⇒「政府・日銀の拡張的貨幣供給は、必ずインフレを引き起こす (経済学思考の技術 ― 論理・経済理論・データを使って考える)」 > おわりに > 私にとって初の単著であり、初の啓蒙書でもあるという点で、不慣れな部分も多いと思います。 > さらに、この種の啓蒙書を駆け出しのエコノミストが書くことにも抵抗があるという人が多いことでしょう。 とありますが、この若さでこれだけの内容(特に4章)を物すことができる才能に、シビレる他ありませんでした。 (沈思黙考/2009-05-25) 第一章において、論理的思考がどのようなものかを説き、
第二章において、経済学の基本的に前提について述べ、 第三章において、経済学の基本的理論、概念について説明し、 第四章において、90年以降の「失われた10年」について論証している。 が、そのそれぞれが中途半端であるように思われる。 第一章の論理的思考については、 定評のあるロジカルシンキングの本を非常に薄めたような内容であり、 第二章、第三章、第四章は駆け足であり、初学者にとってはわかりづらく、 上級者にとっては論証が足りないものと思われるだろう。 また、著者が提唱する、 1.論理的に語られなければならない 2.データに裏付けられた論理で語らなければならない 3.人はインセンティブに従って行動する 4.個人がアクセスできるフリーランチはない 5.市場均衡は非常によい性質をもっている ・ ・ ・ 10 正しい「単純化・論理構成・データ確認」から導いた結論は常識に勝る という、「経済学思考10のルール」も、 構造化されてはいない(ダブりがある、同じ分類のものではない)。エレガントでない。 著者の専門的研究の中身は私は存じ上げないが、 本書は、啓蒙書としては、少し足腰が弱く、また丁寧ではない、と思う。 ただ、経済学的思考の意義を強調し、 世の中の「トンデモ」な議論に一石を投じようとする、その姿勢は素晴らしいと思う。 (dsk/2009-05-03) 他のレビュワーの方も指摘されていることですが、説明が簡潔化されすぎて逆に論理の繋がりが見えにくい部分が散見されます(特に3章)。著者の中ではあまりにも当たり前な事であるが故に、初学者がそれを理解できるかどうかについての配慮が甘いのではないでしょうか。それは著者の努力不足というよりも、むしろ編集者の側の問題なのかもしれませんが。
全12件のレビューを表示しています。個人的には、初学者が本書で経済学のエッセンスをつかむのは困難で、いわゆる教科書で一通り基礎を学んだ人が「戻ってくる」ための本ではないかと思います。現在は、翻訳物(マンキューやスティグリッツなど)を含めて親切な教科書が多く出版されていますから、近道をしようとせずにそういう本に挑んだ方がいいように思います。 (ならず者/2009-03-13) [amazonでレビューを見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.5 はてブコレクション数: |
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歴史が教えるマネーの理論
ASIN:4478001634ダイヤモンド社(2007-07-27) 飯田 泰之 売上順位:33796 ¥ 2,100(中古:¥ 1,640) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:24
1粒で2度おいしい本です。おいしいところ1、基本的なマクロ金融論の教科書的な知識が身につく。おいしいところ2、歴史における経済的なイベント(昭和恐慌、江戸時代の各改革、幕末期の金流出な、第一次大戦後のハイパーインフレなど)の意味を1の基礎知識をベースに理解可能となる。
この2のうち、昭和恐慌に関してはすでに、いわゆるリフレ派(本書の著者も含む)の面々の類書でさんざん書かれていることなので、特に目新らしさはない。一方、江戸時代のほうは、大岡越前の改鋳は武士からも特に批判されることはなかったのに、その後の改鋳はことごとく批判されており、その理由と必ずしも商人にとってはマイナスでない(批判を書くのはもっぱら知識階級である武士なので、なんとなくすべて悪いと考えてしまう。)ことなど、目から鱗の話が書いてあります。 という具合に間違いなくいい本なのですが、雑誌連載が元になっているため、(つまり1回ごとにそれなりのまとまりをもたないといけない制約がある。)おいしいところ1と2が同時進行になっていて、1についての理解のすっきり感に欠けるところ。(各章末のまとめがそれを補ってはいるが)また、歴史と経済の両方に興味があり、かつかなりまじめに金融論を勉強したいと考える読者層がどれくらいいるのかという点での本の販売戦略に疑問があるので、1つ星を減らしました。でも、値段の分の価値はあるので、みんなに読んでほしいと思う本です。 (怪力乱神/2007-08-15) 積極的に執筆活動を行う若手経済学者の新刊である。著者は、日経・経済図書文化賞を受賞して話題になった「昭和恐慌の研究」(岩田規久男編)の共著者でもある。同書でなされた、近代経済学の立場から日本経済史を捉えなおすという視点を保ちつつ、テーマを貨幣理論に絞り、対象を入門者に絞った好著である。
明示はされていないが、基本的にはケインズ経済学を軸として、マネタリズム、マルクス経済学の貨幣観の基礎的な部分は網羅するよう配慮がなされている。その上で、貨幣数量説、為替レート、金融政策の3点を説明している。 各テーマについて説明された後、それを主として江戸時代から昭和初期の日本経済に当てはめるという構成になっているため、結果として各史実については時代が前後する。その為、日本史の知識が十分でないとやや頭がついていかない部分があった。但し、このような難しいテーマを入門者にも分かりやすく説明する著者の力量は相当なものであり、感心させられる。高校などで日本史をしっかりと勉強し、経済学の第一歩に踏み入れたい方などには特にお薦めである。 (公認会計士P/2007-08-05) 興味深い歴史的事象を取っ掛かりに
初心者でもすらすら読めるよう書いてはあるが なかなかどうして、無駄を削ぎ落とされ ハードな内容の詰まった良書である。 きちんと読みこなすには、経済学史や金融史の 基礎的な知識があった方がいいのだが、 本当に系統だった論理展開がされているので 丁寧に納得しながら読み進めていけば これ一冊で貨幣理論の考え方の基礎が 身についてしまうのではないだろうか。 (アジアの息吹/2008-01-30) 非常に面白い本で、経済学に疎い私でも一気に読めた。
この本は、マネーから見た物価、為替レート、金融政策を歴史の流れで説明しています。マネーをただ数字で認識していた私に再度お金とはと考えさせられた良書だと思います。 ただ著者は、この本で暗に規制緩和政策と自由経済を薦めているようで、格差問題などで批判された小泉政権のことを意識して書かれているように感じるのは深読みでしょうか? しかし外国為替を行なっている人にとっては、為替の別の切り口が見えるかもしれません。 (屋島たぬき/2007-11-16) 本書では、歴史を題材として、貨幣と物価、為替、金融政策に関する標準的・実践的な経済学をベースに解説する。論理的にかつスッキリと整理されているので、読みやすい。歴史も、こうした見方ができるようになると、興味をかき立てる素材となるだろう。
最後の佐藤雅美氏との対談では、田沼意次の先進性について語られる。 (ラスカル/2009-03-07) 筆者は大学の准教授だから、おそらく大学1年生でも判るようにと意識して、マネー、価格、金融の基礎的な原理を判りやすく説いているのだろう。それでいて単なる入門テキストを超えた面白さが盛り込まれている点で秀逸な内容。何ごとも基礎は本質でもある。経済の分野でマネー、金融問題ほどジャンクなデマゴギーが世に溢れている分野はなかろう。マネーを理解することが私達にとってどうしてちょっと難しいのかについても、示唆的な洞察が語られている。現下の金融危機の中で、マネーと金融をスケープゴートに仕立て上げ、「利子を生み出す現在のマネーは搾取の道具だ」とか「そういう搾取の仕組みはロスチャイルドが作った」とかいうトンデモ論がやけに売れている今日、本書のようなきちんとした本を読んで目からうろこを落としてもらいたいものだ。トンデモ論に感化されて「目からうろこが落ちました」なんて言っている人々は、ますます分厚いうろこを装着しているだけなのだから。
(Max-T/2009-02-14)
原始的貨幣数量説(貨幣の量がインフレ率を決める)、新古典派の貨幣数量説(貨幣の量と経済成長がインフレ率を決める)、から動学モデル(「期待」がインフレ率を決める)までを簡単に説明するのが第一部。そのモデルを為替取引に拡大するのが第二部。それで第三部は金融政策の歴史を扱う。全体を通じ、理論によらずに歴史的な事実から経済現象の原理を説き明かしているので、分かりやすい。歴史に興味のある人もおもしろく読めるでしょう。特に、第三部では菅仲(諸子百家の偉い人)なんかも出てきて雰囲気を盛り上げております。菅仲は2500年以上前に、「売りオペ」「買いオペ」をやっていたそうな。中国ってすごい。っていうか、金融政策は、それからあまりにも進歩していないのではないかと思える。仕方のないことなのだろうか。
(唐沢 大/2009-01-12)
「第一次世界大戦景気で沸いた日本経済は、
全8件のレビューを表示しています。その終戦に伴うバブル崩壊(1920年恐慌)により深刻な不況に陥ります。 同時に日本経済は長期のデフレ状態に突入しました。・・・ 日本企業の問題点に不良債権処理、中国デフレ論など……当時の議論を追うと、 あたかも今週号の『週間ダイヤモンド』を読んでいるかのような錯覚にとらわれます」 政策レジームの「認識」がデフレを生む過程を学ばせていただきました。 「原始的な数量説が考える「マネーの量と物価間の比例的な関係」は、 近代社会に入り持続的な経済成長が始まるとその魅力を大きく減少させます。・・・ 現在の経済学が考えるマネーと物価の関係は・・・ 「現在から将来にかけてのマネーの量の予測が現在を決める」という理解に着地します」 原始的な貨幣数量説「物価はマネーの量に比例する」 =「現在の所得・マネーの量」が現在の物価を決める =「将来のことがわからない」という「将来予想(将来も現在と同じ)」を考慮したモデル 「投機アタックは本当に批判されるべき行為なのでしょうか? 私はそうは思いません。・・・自由主義経済が人々の自由な経済活動を基本とする限り、 「人々が儲けるチャンスをみすみす見逃すこと」を前提にした制度には欠陥がある……、 つまりは、「投機的アタックを起こすような状況を作り出す、政府の責任こそを問うべきである」と考えられます」 (沈思黙考/2009-06-01) [amazonでレビューを見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.5 はてブコレクション数:この商品をリストに入れている人:
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哲学思考トレーニング (ちくま新書 (545))
ASIN:4480062459筑摩書房(2005-07-06) 伊勢田 哲治 売上順位:80779 ¥ 819(中古:¥ 276) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:79
「ほどよい懐疑主義」と「文脈主義」へ 懐疑論的クリシンの道 ||||||||||
懐疑論的クリティカルシンキングを、認知心理学や科学的方法から見て構築するのではなく、哲学の視点から構築する鮮度の高い一冊。
実際に著者が落ち着くところは「ほどよい懐疑主義」と「文脈主義」であり、ラッセルのいう「穏健な懐疑主義とゆるやかな経験主義が結びついたもの」やカール・セーガンや菊池聡が述べている、認知心理学と科学的方法を実生活で活用するようなタイプの懐疑主義の同種である。 はじめに哲学に対する世間の誤解を払拭し、次に著者が非合理に思っているであろうタイプの哲学の徒とは別な立場であることを述べている。そしていよいよ解説に入っていくが、これまた判り易く有益である。「ほどよい懐疑主義」に到達する解説の構成もよく、デカルトが提案した「方法としての懐疑」の紹介と、その弱点の解説もあれば、「論理的に妥当(演繹的に妥当)」なことと「主張の真偽・正誤」は別ものであるという、意外なほど見逃されている指摘をしている。論理的誤謬への警戒も抜群だ。本書の平易さは入門書のレベルであり、理解するための敷居はかなり低く、読者のために手間と頭を使っている配慮が伝わる。個人的には、懐疑主義的要素がやや薄いことが(余計な期待だが)ちょい残念。前著のようにそういう面を表に出してもよいと思った。いずれにせよ懐疑論的クリィテカルシンキングに関心を持つ者は、一読を推奨する。 (ワカシム/2007-05-14) 私はクリティカルシンキング本そのものに懐疑的である。思考の方法を本で説明されてそれを有効利用できるような人はもともとかなりの程度の思考力がある人であって、クリシン本というのはそういう人がふだん無意識のうちに利用している思考の技法について、文脈を捨象して定式化したものにすぎないからだ。つまり、クリシン本とは批判的思考ができる人が確認のために読んで更なる向上を目指すためのものであって、できない人ができるようになる本でない。そして、本当に必要なのは、批判的思考の習慣がない人(ex.平均的大学生)にも読まれることができ、彼らの思考力を涵養できるような本である。私はそう思う。
しかし、気鋭の哲学者の手になる本書には、一般のクリシン本には回収されない興味深い要素があった。それは、第4章の、価値判断についての議論の紹介である。著者はこの章で、価値判断に関わるテーマの一例として「人生の意義」をとりあげ、それについて合理的に論じるデモンストレーションをしてみせる。世の中には、「人生の意義なんて人によって違うものだから答えなんてないよ」と当たり前のように言う人が(哲学科の学生にさえ)多いが、本章を読めばそれが単なる思考の怠慢だということが分かるだろう。もちろん、そういった議論において事実判断と同じ様なクリアーな答えを出すことは難しいが、そもそも、クリアーな答えが出そうもないことについて執拗に合理的な思考を展開するのが哲学である(少なくとも、哲学と呼ばれている営みのうちの小さくない部分である)。その意味で、価値についての議論を(ひいては哲学を)非合理的なものにならざるをえないと誤解している人に、本書をお勧めしたい。(ただし、著者自身も認めている通り、ここでの著者の議論が「人生の意義」についての議論として充分であるというはわけではない。) (misora/2007-07-26)
巻末が、充実! ||||
この哲学者はこう考えたんだよ、という「哲学史」ではなく、
哲学って、こうやって考えるんだよ、という「クリティカル・シンキング」の本です。 たびたび登場する野矢茂樹さんの「論理学」のテキストと併用すると効果が高いと思われます! こういったことは、大学1、2年生の間に、身につくまできっちりとやっておくんだったなあ、と 逡巡しながら。社会科学を基礎からきちんと学びたい人は、通っておいた方がいいですよね。 巻末の『「結局、何がどうだったの?」というひとのためのガイド』がお役立ちでした。 ブックガイドも、解説がついていて、これを読むだけでも初学者には価値があると思いましたよ。 (vrio228/2005-07-14) 心理学は人の心が読める、と勘違いしている方は多いです。哲学も役に立たない、と考える方が同様に多いでしょう。本書は、哲学は思考力のトレーニングとして大変に使えると主張し、クリティカルシンキング(以下クリシン)入門として仕上げております。情報を批判的に捕らえ、限られた条件化の元、より良い答えを出す。とても読みやすく、面白い一冊です。
大学の勉強は役に立たないと考える人は多いですが、方法論を知らないこと、そして使うと効果的な環境が少ないこともあるでしょう。こうした新しい試み、哲学は使い方次第である、という著者の主張は、大変に評価できると思います。 クリシン入門として大変すぐれており、本来なら☆5つ。ですが問題が一つ。肝心の『哲学は役に立つ』という著者の主張が、どこに出てくるのか分かりませんでした。一貫してクリシン方法論の話です。また、とつぜん文章が難解になったり、主張が柔らかすぎて『一般にこういわれてるが、私は知らない』という、参考文献丸写し? 的な印象を受けてしまいました。☆ひとつ減とします。 なお、本格的にクリシンを知りたい方には、ゼックミスタ&ジョンソンのものをお勧めします。 (清高/2008-05-08) 著者の言う「哲学的クリティカルシンキング」の入門書だが(p11〜によれば、「人間の思考はどういう間違いを犯しやすいかを学び、その間違いを避ける方法」の伝授(修復的・心理学的)ではなく、「どういうルールに従って思考すると正しい結論につながるか、という基礎の部分」を考える方法の伝授(改築的・哲学的)である)、それのみならず、西洋の古典的、並びに新しい哲学を紹介している本だ。
論理的な本だからか、読むのに少々疲れるが、クリティカルシンキングと哲学のさわりを教われること、ブックガイドが充実していること(心理学クリティカルシンキングの本も載っている。もっとも、ゼックミスタ=ジョンソンの本は、「実践篇」も紹介してほしかった(2冊で1冊))、値段が安くてコンパクトなわりには内容が充実していること、以上3点より、星5つとする。 (/) 社会問題がテレビ等のメディアで「娯楽化」しています。
イメージ先行の扇情的な情報を生産するのに夢中で、 実態の検証がおろそかになっていないでしょうか。 また、我々は、扇情的な情報を大量消費するだけでよいのでしょうか。 本書で紹介される「クリテキカル・シンキング」は、情報を鵜呑みにしない批判的な思考法です。 その思考法の利点と限界は何か。 極端に懐疑主義に走ったり、逆に、極端に全てを信じてしまう、この両極端の間でどう折り合いをつけるか。 筆者は「ほどよい懐疑主義」「文脈主義」を提唱します。 哲学は日常生活でこそ試され磨かれていきます。 本書は、クリテキカル・シンキングを軸に、哲学のエッセンスを探求します。 イメージ先行の情報に踊らされてしまうのは危険です。 ある程度の思考トレーニングは現代において必須だと思います。 (たけぞう/2006-12-05) 哲学的な思考を薦める本です。
クリティカルシンキングという手法を用いて、 ものごとを批判的に見るということを考えさせられます。 科学と疑似科学の違い、論理学、倫理学といった、 哲学思考のトピックに関わるものを幾つか紹介しながら進んでいきます。 情報の取捨選択や、議論において、 科学に基づいた判断を下していくということは、 自分の知識をより確実なものにするとともに自らを鍛えることにもなり、 非常に知的に面白いものであります。 日常で常に考えるというのは大変なことかもしれませんが、 無意識的にこのようなことが出来るようになると、 科学的な思考を保つことができるかもしれません。 (pacman/2007-02-04) 著者の伊勢田氏の旧著『疑似科学と科学の哲学』(名古屋大学出版会)が面白そうで、読もうと思ったが、かなり大きめ(重め)の本で、通勤電車の中で読みづらそうなので、代わりにこの新書を(通勤時に)読むことにした。通勤電車乗車時間往復約1時間×3〜4日で読了。文体が語り口調で殆どスラスラ読める。特に本文中折々挿入される( )内に入った注釈に作者の本音が垣間見れて微笑ましい。でも内容的には「哲学」というよりも「クリティカル・シンキング入門」といった趣向で、ビジネス書、ハウツー本のジャンルになるのでは?こちらが期待していた「疑似科学」についての話題も「今西進化論」についてのみでやや物足りなかった。最大の収穫は著者の哲学観をごくコンパクトにまとめた16〜17ページの「「哲学的」考え方のいろいろ」の節。このページだけは哲学入門を志す全ての人が読むべきだと思った。
(ビン・ラーディン/2006-10-21)
本書は、分析哲学の「思いやりの原理」「反証主義」「文脈主義」など約30個の諸概念を、実用的な思考のツールとして紹介する本である。ビジネス書としても通用する哲学の本として、良くできた本である。
ただし哲学寄りの読者からは、3章を中心として当然異論があると思う。一番大きいのは「疑うこと」と「疑わないこと」の優先順位についてである。 この本では、1章の「まずは疑う習慣から。疑ってみなければ話は始まらない」が原則で、3章の「文脈に応じて(または文脈を選択して)何を疑わないか、という意識的決定をする」が補足となっている。「疑うこと」が先に来るのは、クリティカルシンキングの本としては当然かもしれない。しかしそういう限定なしでは全然当然ではない。 著者は、デカルトの方法的懐疑の基本方針自体は高く評価し、不毛な極端を回避するために「文脈主義」で修正する。しかし、文脈を考慮しなければ、何でも疑おうと思えば疑えるものか?いくら日常の文脈と切り離された方法的懐疑だからといって、「デーモン仮説」さえあれば論理だって疑えるだろうか。 「徹底した疑い」という表現は、例えば刑事が容疑者のアリバイについて疑うような場合に使うのはいい(その場合の「疑う」という行為は、例えば自然法則について全く疑わないことを前提に成り立つ)。しかしデカルト懐疑的に「1+2=3だって間違っているかもしれない」と言う人には、自分が何を言っているか分かっている?と聞きたくなる。つまりこの種の「疑い」は、普通に言う「疑い」とは全然違うゲームであり、疑い以前に数・真偽・判断などの概念が機能停止するし、疑いとしての内容がないので、本人がいくら真剣に懐疑しているつもりでも結果的には「懐疑するふり」しかできないのである。 まあ、そのような邪道な読み方も含めて、面白く読めます。 (皿皿/2005-07-17) 「哲学ってなんか小難しくて、しかも不毛な結果に終わっちゃう」。
一般にはそんな印象が往々にしてあるんじゃないでしょうか。 自分もなんとなく敬遠してました。 しかし著者の噛み砕いて平易な文章はさくさく読めるので、 机の上で格闘せずに通勤・通学の電車でいけます。 ターゲット読者を考えれば 細かい議論を避けたかなりの簡略化も気になりませんでした。 (モルモ/2006-04-27) 私事から書かせてもらうと、以前大学の講義でキザに決めた教官が壇上からこんなことを語り始めた。「お前たち、現代思想ってのはフーコーとかドゥルーズとか勉強することだと思っちゃいないか?」。そこで少し間を取り、「現代の問題について思索することこそ現代思想だ!」。いきなり何いってんだ?とその当時思わなくもなかったが、今考えてみればそれは全くその通り。哲学の意味を問われるとすれば、今実際に起こっている身近な問題、常識を「批判的に検討する」=クリティカルシンキングすることなのである(おそらくそこには80年代ニューアカへの彼の私怨も幾分かは込められてはいたと思うが)。
全11件のレビューを表示しています。本書は論理的に疑うそのクリティカルシンキングを紹介する本。著者はおそらく本書を入口程度に措定していると思うが、この本一冊でも、十二分にそのエッセンスはつかめると思われる良書。 本書の存在はしかし、このインターネットの時代だけにその意義も、より深くなると思う。万人が万人に意見できる、少なくともその可能性の整った今の時代、それはネットを介せば誰もが何らかの論争に巻き込まれる可能性をも、意味している。そんな時、相手の提示する「科学的」な「論証」にひれ伏す前に、―たとえそれが結果的に正しかったとしても―一度「批判的に検討する」というプロセスがあっても、それはけっして無駄ではないだろう。 新書にしては太いが、ページをめくる手は滞らない。クリシンの精神(?)で書かれた文章がこうも読みやすいということの、これは証明だろう。 (倒錯委員長/2009-06-28) [amazonでレビューを見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.5 はてブコレクション数:この商品をリストに入れている人:
知的思考コンサルタント文庫 クリティカル・シンキング 入門書色々 懐疑論的良書 読みたい新書 絶対おすすめ新書20選 複眼的知性 購入予定:その他パート3編 購入予定:その他編 パズル1 |
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コンパクトマクロ経済学 (コンパクト経済学ライブラリ)
ASIN:4883841251新世社(2008-06) 飯田 泰之 売上順位:72897 ¥ 1,890 これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:51
文字通り、コンパクトなマクロ経済学の本。なんだかんだ言って、まずはIS-LMをきちんと押さえなきゃだめよ、ということでIS-LM, 45度線分析、AD-ASモデルを明確に(でも無用にこびてレベルを落とすことなく)説明し、そこからマクロ経済学の近年の進展を実に簡潔にまとめていてお見事。IS-LMの変形版、金融政策の説明もしっかりおさえ、最後はそれまでの概念を使った日本経済分析と、理論の実地応用も欠かしていない。
コンパクトな解説書は、くだらないたとえ話を乱用してわかったような気分になれるけれどまったく使い物にならないものや、逆に簡潔にしすぎてすでに知っている人しか理解できなくなってしまっているものが多いけれど、そのどちらの罠にも陥らず、素人の本当の入門にも使える一方で半可通のアンチョコにも使える一冊となっている。近年のマクロ教科書ではやりの成長理論などはカットしているけれど、このレベルではよい判断でしょう。試験前の一夜漬けや、いまさら聞けない事項の復習にも最適。場所もとらないし、手元にあって絶対損にならない、よい参考書。 (h.yamagata/2008-07-29) 僕は専門的な勉強をきちんとしたわけじゃないけど,僕が今まで何冊か読んだマクロ経済学の教科書の中で最も分かりやすい.入門的教科書ではあるが,超初歩に限定した内容ではない.こんなに短く簡潔にまとまるもんだと感心した(200ページ足らず,本のサイズ小さめ).10年前にこんな本が欲しかった.
「数学をつかうと難しいので(著者がわかっていないので)ごまかして…」なんて書き方はしておらず,「ちゃんと説明できないなら,それは著者のせい」「コアの部分は一次関数+αで表現できる」「一次関数+αの範囲限定できっちりやる」という書き方である.文章も簡潔で明瞭.仮定の妥当性の検証などの横道部分はほとんどないが,これはコンパクトさを売りにした本ではしかたないことでしょう. (ま2007/2008-09-03) 経済初心者でもわかりやすい内容となっている上、通勤中にも読みやすいサイズ。筆者のきめ細かな配慮が感じられる。本棚の真ん中にいつも何かにつけて参照するために、置いています。
(Romanee/2008-10-01)
学部の一年生のときに経済の授業をとった。確か松原隆一郎が先生で大教室に500人くらい集まって講義を受けていた。松原先生は、(まあ大人数相手だから仕方ないのかもしれないが)淡々と黒板になんちゃら曲線とかを書き付けていて、全くおもしろくなかった。それで文学部に移った。
全4件のレビューを表示しています。で、最近ようやくこのジャンルに興味が出てきて、勉強しなおす気になった。学生のときに飯田先生の授業を受けたかったな。薄いが、エッセンスが詰まっている。財市場の均衡(IS曲線の導出)、金融市場の均衡(LM曲線の導出)、労働市場の均衡(AD-ASモデルとフィリップス曲線に関する議論)などざっとさらっている。ビギナーには読みやすい一冊。田中秀臣さんも勧めていた。 (唐沢 大/2008-12-28) [amazonでレビューを見る][amazonでレビューを書く] 平均点:5.0 はてブコレクション数: |
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データの罠―世論はこうしてつくられる (集英社新書)
ASIN:4087203603集英社(2006-09) 田村 秀 売上順位:86670 ¥ 714(中古:¥ 131) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:25
一般的に、新聞などで統計調査の結果により定量的なデータが示されると、それを鵜呑みにしてしまいがちだが、そのような行動のあり方に警鐘を鳴らしている。サンプリングの仕方、質問設定の仕方、回答の解釈の仕方、他のデータとの比較の仕方などにより、調査結果は比較的簡単に誘導できるものであり、すべてを真に受けてはいけないというのが筆者の主張であり、その主張の根拠が分かりやすく書かれている。なお、この本の最後の方には、ページが余ったのか、なぜかあまり統計調査とは関係ない、耐震偽装や粉飾決算などのコンプライアンスの問題や郵政民営化など官業の民営化問題に対する筆者の考え方が示されているが、まあこれはこれでまっとうなご意見。
(海援隊/2006-11-24)
昨今はやりのリサーチリテラシーの本。ダレル・ハフの「統計でウソをつく法」が大元です。特に目新しい論点はないです。
いろいろな調査結果を事例として、それぞれにコメント付けているのは、リテラシーの実演としては面白いかも知れません。 批判するのはいいのですが、その解決策がない。 例えば、都道府県ランキングなどを批判しています。評価に入れる項目の単純平均をとるのか、加重平均をとるのか、で単純平均はだめらしい。ではどんな加重平均ならランキングに載る自治体が納得できるのか?そういうことは全く考慮されていません。 視聴率については、ビデオリサーチのwebサイトの視聴率コーナーを見た方がよっぽどためになります。 (nankichi/2007-01-09) 様々な数値データが如何に恣意的なものであるか 実例を数多く採り上げ、看破していく点は納得。 我々がそうしたデータ加工の結果、出てきた結論に 左右されてはいけない、という教訓も判る。 欲を言えば「だからこうすべきだ」的な 前向きの意見・理想論も欲しいところだ。 (アジアの息吹/2007-03-12) 「ダメな議論」(飯田泰之著,ちくま新書)という本では,ダメな議論を見分けるためにはまず,単純なデータ観察で否定されないかをチェックしましょうと述べられています.一方,この「データの罠」では,そもそもデータからして怪しいものがあるということが述べられています.世の中すべて疑ってかからなければならないのかとちょっと寂しくなります.
ところで,本書では選挙速報の精度などをテレビ局毎に比較したり,都道府県ランキングを種々の調査会社で比較したりしているのですが,なかなか興味深いですね.調査の結果を鵜呑みにできないということがよく分かります. 比較的最近の時事問題を例題としており,これらの問題の背景もある程度知っていることが多いので,自分の情報リテラシーのレベルを測るのに非常に良い例題だと思います.他の類書に比べると,個々の話題の落ち着き先がまじめですので,シニカルにつっこみを入れたい人には少し物足りないかも. (wave115/2007-05-01) 著者のいう「視聴率の限界」を自分なりに考えてみた。今『木更津キャッツアイ』というdvdが、バカ売れしてる。V6岡田がガン告知を受け、限られた青春を楽しめというドラマだが。実はこのドラマ初回時の視聴率は低く、その後の映画化などロングヒットを予想できなかった。
著者がいうには、広告業界が目くじら立てる視聴率に「0.1%」の意味は無いと。なぜなら調査コスト面でサンプル数に限界があり、どうしても現行調査では「5%」の誤差が出るから。■例えばキムタクのドラマが25%、長瀬ドラマ22%と測定でた。ジャニーズ対決!本当にキムタク勝ち?か断定できない。実はキムタク20%で「5%の真実が漏れ」てるかも。長瀬は27%〜17%可能性もある。■またデータは調査手順・対象や有効回答率いかんによって大きく変動するので。調査側の恣意的操作の危険性もある。だから読む側は疑う必要がある。比較前に果たしてそのデータが、同じ基準同士のデータなのか?■例えば視聴率だと、奈良の企業がCMを選ぶ時、関東圏の数字は当てにならない。こうゆう実は違う基準同士データを、同じ土俵で不当に比べてる調査が他にもあるらしい。 『木更津〜』に話を戻す、調査会社が依頼をかけてる世帯に偏りがあったのか。たぶん不安定に転居する身軽な独身若者層の嗜好を、視聴率は捕捉できないのだろう。なぜなら彼らは、お年寄りに比べ新製品に飛びつき易いから。例えばウチの母親は、ビデオ予約録画操作できない。ハードディスク録画やdvd、ネットTV、携帯TV…使いこなすユーザーは若者の方が多い。この経済効果を視聴率は予測できない。それにアパート賃借人が代わる度に、調査会社が同意交渉をするのは困難だ。だから独身若者層の視聴率は漏れ易い。■改めて「グーグル」キーワード広告の凄さを思い知った。TVCMは今後試練だろう… (ブリキ男/2006-11-03) 数字を挙げて説明されると、説得力があるように感じる。でも、ここで出てくる視聴率のように、あやふやな数字が一人歩きしてしまう現状と、母集団の偏りがあるデータの数字がなぜおかしいのかを解説した。そこには、マジックの種明かしにも似た面白さがある。それは、我々がいかに普段、データの数字に信じて疑わない信頼感を持っているかの証ではないかと思う。
著者は元自治官僚で、公共政策を研究しているため、後段は政府など公的部門の縮小に強い危惧を抱いてる。役人に甘くないかという気もするが、根拠自体は、(データ批判をしている以上当たり前だが)しっかりしたものだ。最近出ている新書(城繁幸「若者はなぜ3年で辞めるのか」など)は、数値目標を設定して公務員削減をすることなど公的部門の縮小を批判している物が多い。1つのトレンドと言えるのかも知れない。 (革命人士/2006-10-01) 面白い。新聞とかで発表される調査が、いかに信用できない(意図を持って、世論を誘導しようとして使われている)かが、その調査手法、調査対象等の点から検証されている。インターネット調査の危険さについても、触れられている。
本書を読むと、世論調査や意識調査、国別ランキング、都道府県ランキングなどがいかに「変」か、また「TOEICの平均点が低い日本人は、英語力が低い」、「日本人は、英語の文法は強いが、リスニングは弱い」、「愛知万博の経済効果は7兆円」、「省庁再編で公務員が削減された」、「日本の公務員は多すぎる」、「日本の公務員の給与は民間より高い」、「世帯の平均貯蓄額は1273万円」等の論議が、いかに鵜呑みに出来ないかが、よく理解できる。 また、データの話だけではなく、最後の省を使って、弁護士や公認会計士などの「サムライ」としてのコンプライアンス改善、日本の住宅事情の改善、民営化を無為に推進することの問題、等にも(紙面は圧倒的に足りないが)触れていることも、好感が持てる。筆者は、本当はこういう「意見」を言いたかったのでは、と感じた。 日本人ががデータに対して冷静な目を養うために、是非読むべき良書だけど、調査の手法とか調査パネルの話で若干専門的な部分が出てくるので、☆は4つのみ。 同類に、「『社会調査』のウソ リサーチ・リテラシーのすすめ」という、これまた素晴らしい本がある。こちらは、疑問の余地無く、☆5つ。 (Ray/2006-09-26) データは、いろんな角度から見ないと本質を見えないものにする、と言うのが本書。
作為によって加工されたデータは、良い方にも悪い方にも世論を引っ張れる力がある。 何も知らないでデータを見せられ上手に語られる(鵜呑みに信じると)騙される、と言うこと。 それを新書なので「視聴率調査」や「世論調査」などを題材にしてわかりやすく説明している。 ちょろっと読みには、とても良い本です。 後半第四章では、著者の主観も書かれており、なるほどと思わせる反面、市民運動側に立つ著者だとすれば、これも罠の一つかもと勘ぐってしまうところが惜しい。 なので星四つ。 (長曾我部晃親/2007-01-24) 書名と内容が乖離していないという理由で星5個。書名は、読む本を見つけるうえで大切な指標である。書名によって、「読む本」と「読まない本」を無意識に分類している人は多いはず。本書は、その書名を見て、「読みたい」と思った人が望む情報は記載されている本。その意味で良書。
本書の内容は、当該領域における読み手の知識や意識によって、斬新にもなりえるし陳腐にもなりえる。知っている人にとっては既に知られた事実の羅列に過ぎない。しかし、本書によって、新しい見方を獲得できる読み手も確実に存在すると私は思う。 (コンタナトス/2007-01-23) 調査結果は鵜呑みにしないで!
本書を読むことで、正しく統計を読み取る力が得られます。 チェックポイントは、サンプル抽出方法と回収率。 統計学上では、無作為抽出を行えば、一定の誤差がある前提で 全体の傾向を推測することができます。誤差5%なら400程度( 384程度)のサンプルで良いようですね。ただ、これはあくまで 「選ばれた全員が回答してくれた場合」です。このため、 サンプル数のみならず、回収率(有効回答数)が高いことも 確認しましょう。 平均を絶対視せずばらつきを見ることや、作為をつけやすい データの重み付けの有無を見ることも注意すべきでしょうね。 また、国家統計の調査方法についても助言があります。 家計調査はサンプル抽出が偏っているとか、下水道普及率が 60%台と低いのは国交省管轄のものだけで農水省の処理浄化槽 が普及する地方をふまえて汚水処理人口普及率をみるとか。 (中/2009-02-05) 世の中にあふれているランキングやデータが、信頼できるかどうかは分からないことは知っていましたが、
実際、どういう観点から情報を疑ってかかるべきか、または信憑性を得ることができるのかということを、この本は教えてくれます。 この本より、例えどんなに大きな調査機関でも100%信用できることはありえないことが分かります。 個人的に、インターネットでの調査結果も信用できるものではないということについて、とても驚きました。 全部を疑ってかからないといけないということは少しさびしい気もしますが、 それによって、ほんの些細な数字からもいろいろな情報が得られるようになると思います。 (青年ヤング/2008-03-15) 世論調査やインターネット調査や選挙の出口調査などのデータの罠をいかに見破って、正しい読み方を行うかということがポイントになるだろう。本来は、本書のようなことをマスコミ諸君が理解しなければならないのだが、マスコミがそれを理解しているとは思えない。私たちはマスコミのデータの結果を信じるのではなくて、もっとデータの作成方法にも関心を持ったほうがいいだろう。
インターネット調査については、調査するコストが安いのがのが魅力なのだろう。しかし、あくまでも特定の意見を持つグループを対象にしたものに過ぎない。商品開発などで利用するときには有効なのだろうが、世論調査にはふさわしくないことがいえよう。 日本人の英語力の調査についても、記載されている。TOEFLの国別比較を参考にすると、日本のランキングが低いことがわかる。確かに低いのだが、これが他の国に比べて日本の平均が劣っているわけではない。単なる、TOEFLの受験者による国別平均点の比較に過ぎない。なぜなら、TOEFLの国別比較で、国の平均的な英語力を表しているわけではないからである。 (itchy1976/2007-08-13) 統計に対して、それを絶対視していか、無知であるか、どちらかでなければ、あまり得るものはないのではないだろうか?
実は、導入の一章で期待した。どこまで踏み込んでくれるのかと。が、それ以降は全て裏切られた。事例紹介、それも「え、そんなの一章読めば分かるでしょ?」くらいのもの。それも同じ観点としか思えないのが続くと、嫌になってくる。 著者はもっといろんな知見を持っているはずである。それを遺憾なく発揮したものを読んでみたいと思う。 (空星/2007-03-13) 誘導尋問によって得られたデータに信憑性はない。
どんなデータがあるのか、その手口はどんなものなのか。 報道を鵜呑みにしがちな善良な市民の皆さんはぜひ、一読あれ。 (osm10/2006-12-28) 「官庁が使うコンサルタントは『いかようにも結論を出します』と豪語している」って言葉が紹介されてるけど、まぁこの言葉、正義感気取って100%否定することも出来ないよなぁ。シンクタンクだってコンサルティングファームだって調査会社だって、どこかしらからお金もらっておまんま食ってる訳で。おまんま食わしてもらってる人の主観が、調査結果って客観の裏側に張り付いている訳で。もちろん“豪語”するのはどうかと思うけど。これはもう、受け手の問題だよね。「調査なんて“客観性”という名の商品である」とか、「“第三者機関”なんて単なる名義貸し屋である」くらいの穿った見方しないと。著者も言うように身に着けるべきはデータリテラシーだよね。「数字」とか「ランキング」とか「グラフ」ってビジュアルだけでそこには「客観性」というアトモスフィアが芽生える。中味の信憑性を判断できる人なんて稀だ。企画書だろうが記事だろうが報告書だろうがテレビ番組のフリップだろうが、そこにグラフが一発入っただけでドーンと“客観性指数”は上がる。
18件のレビューうち参考になった順で15件までを表示しています。この本に例示されている世論調査、視聴率、都道府県ランキング、経済効果...といった調査、統計データの詐術については、割と知ってる人は知っている類のことなので新鮮味は無いけれど、免疫の無い人には、この本ひと通り読むことをお奨めする。統計や調査の学術的な知識が無くても、この本に書かれている、詐術を見極めるポイントを把握しとけば、役立つこと間違いなし。皆さん、知らないくせに、知らないからこそ、ランキングとかデータとか大好きなんだよね。特に日本人は平均とか客観とか大好きなんだよ絶対。俺も数学出来ないから数字には弱い。太刀打ちできない。頭っから信じちゃう。そういう人、きっと、多いんじゃないかなぁ... (盥アットマーク/2006-12-19) [16件以降をamazonで見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.0 はてブコレクション数:この商品をリストに入れている人:
マスメディア+社会+α なんなんだ社会調査! 情報分析参考文献:統計学関連 この新書が面白い 共演ふたたび◆◇◆日本編24点 もっともらしい数字に騙されないために 新書など なんとなく読書 |
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ネット時代の反論術 (文春新書)
ASIN:4166605313文藝春秋(2006-10) 仲正 昌樹 売上順位:249212 ¥ 767(中古:¥ 158) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:24
相手からの一方的な、かつ言われのない誹謗中傷、批判にどう向き合うかを論じた本。ブログが普及し、誰でも書き込みが出来るようになったから、個人でも論争に巻き込まれることが今後増えるだろう。そうしたときにどう振舞うか、心構えを作るための本と考えてもいい。
逆説的になるが、本書の鍵は、いかにまともには反論しないか、ということではないかと思う。相手がまともでない場合には、決してまともに応戦してはならない。それでも、まともでない人はそもそも粘着質であることが多いから、絡んでくる。そうした場合の撃退法を伝授してくれる本でもある。 俺はブログなどやらないから、他人から攻撃されることはないなどと思っていても、いつ何時、職場などで抗争に巻き込まれないとも限らない。腕でやる喧嘩はまさに腕っぷしの勝負であるが、頭でやる喧嘩は勝ち方がいろいろだ。備えあれば憂いなしである。 (教育学者/2006-10-19) システマティックな論考ではなく、どちらかといえばエッセイに近い
雑駁な文章で、著者自身が後書きで解説しているように、本書は 反論術というより、反論の応酬がいかに莫迦らしいか、そのために 労力を費やすことがいかに無駄であるかを知るべく「アイロニカルに 距離を置いて見る」、いわば反・反論術といった内容になっている。 まともな議論が進行するためには(1)不当な野次が飛ばない「場」で (2)時間の制約を受けず(3)結論を導ける明確な論点をはっきりさせ (4)これらに合意できる冷静沈着なジャッジやオーディエンスの存在が 欠かせない。だが、ネットというメディアにおける議論では、 こうした必要条件がひとつも成立しないのだ。 本来なら邪道にあたる「見せかけだけの論争」「人格攻撃」といった 言葉=論理の扱い方が「ネット時代の反論術」としては最も実用的で 有効性をもちうるというアイロニー。著者が本書を世に問うたのは そのアイロニーの徹底か、それともアイロニーの転覆が狙いだろうか。 (芦原銀次郎/2006-11-12) しまった! うかつにも最後まで読んでしまった。著者によれば、このような本を読んで論争に勝とうとするような輩は既に‘人間のクズ’らしい。その上、一番良いことは論争をしないということだそうだ。ということは、この本の読者である私は踏んだり蹴ったりではないか! アイロニーを込めて星5つ。
(POST MODERN LOVERS/2006-11-13)
相手の意見をよく読まず、文中に使われている単語を見て「脊髄反射」的に批判・反論をされることが多くなったブログ時代に、そういったものにどう対処していくかをフランクに書き綴った本。
著者はまず反論を3種類に分類し、それぞれに合った技術を紹介する。 1.見せかけの論争―論争自体に関心はないがギャラリーからよく見られることを目的にして論争のふりをすること。八方美人ではなく味方になるターゲットを決めて訴えることが必要。 2.論理詰め―理詰めで自分の主張を相手に受け入れてもらうこと。真理はひとつではなく、力関係によって決まること、また外野を排して同じ土俵に立つことが必要。 3.人格攻撃―反論というかたちで相手を潰すこと 。自分も汚れ役となる覚悟(ここ重要)が必要。 一般に議論・論争といえば2を指すが、筆者は「ほんとうに論争をしたいという動機をもっている人は、世の中、そんなに多くありません」という。学者などでさえ、専門をちょっとでも離れると1か3にずれる。全くその通り。 であるので1と3に習熟して、状況に応じて使い分けたり、相手の動機を察知して対処したりするのが賢いやり方になるだろう。 右翼左翼やフェミニストとの論争を繰り広げてきた筆者の具体例はとても分かりやすく、突き放したような書き方に思わず笑ってしまうこともあって、マニュアル的な要素だけでなく読み物として十分愉しめた。 (おの/2006-12-25) (1)「答えはひとつ?」
意見が対立した時、どちらかが正しいはず。自分の方が正しいと主張する。問題の正しい答はひとつしかないからだ。 ところが、答はひとつではない。と本書が教えてくれた。そもそも正しい答があるかどうかも疑わしいのが現実だという。 このことにショックを受けた。今までの人生、間違った生き方をしていた。オレの方が正しい。オマエはまちごうとる、といつもそんな態度だったのじゃ。意見が対立した時は、ケンカするんじゃなく、お互いの違いを理解するのが大事なんやなあ。 (2)「トラウマの移譲=スライド」 悪口を言うときの内容は、その人がふだん気にしていることである。自分が言われて、気になっていること、自信がないことを、逆に他人に言いたくなる。自分のトラウマを他人に押し付けようとする心理がある。 よくある悪口:アイツは頭が悪い→そう言っている本人が、頭の善し悪しあしでコンプレックスを持っている。 同様の悪口:テレビに出ている人気タレントを見て、きれいじゃない。ぶさいくだ→そう言ってる本人が、容貌についてコンプレックスを持っている。 うわぁ、悪口大好きだったけど、下手に言えんなあ。見抜かれてしまう。 ネットによくある悪口のオンパレード。みんないろんなトラウマ、コンプレックスを抱えているんやなあ。 (3)「やらなくてはならない論争なんて、この世にはほとんどない」 司馬遼太郎の「竜馬がゆく」に書いてあったことを思いだした。 竜馬は議論しない。もし議論に勝ったとせよ。相手の名誉をうばうだけのことである。人は議論に負けても自分の生き方を変えぬ。負けた恨みだけである。 行動せずに、うだうだ人の足を引っ張ってる連中が論争・議論を好むようである。反省します。はい。 この本は大変勉強になりました。 (ミルタス/2008-03-07) 議論というものを、論理とその感情を解きほぐしながら解説した良書。
著者の具体的経験を基にしながら、どのように考え反論していけばいいかがわかります。 実際、著者のいうように『朝生』のような物言いは増えてきており、考えさせられます。 ブログにおいては失礼な言い方が目立つという指摘にも頷けるところがあります。 自民党や民主党の「お芝居」にうんざりしている人にもおすすめします。 一番考えさせられたのは、かなりの学者が「あなたは私の敵なのか味方なのか」という風に考えつつあることかもしれません。 特に近年は増加傾向にあるのではないでしょうか。 非常に良質な研究書を書く著者ならではの著作といえると思います (きんぐ研究会/2006-12-23) 「始めに」で著者は、これはやっつけ仕事の語り下ろしで構成も雑だ、「反論術」を習得したい人には強く勧めないと書いている。また「終わりに」には、反論することに本質的意味があると思う人は頑張って欲しい、「私はもう疲れたので、本気でお付き合いしたくはないけれど」、とも。
こんなことを書かれて喜ぶ版元はないだろうから、これは「旬のナカマサの原稿なら、手抜きでも何でもいい」という下心ミエミエの編集者への嫌味でもあるんだろう。しかしそんな「お断り」を掲げるくらいなら、そもそもこんな本、出さなければよかったんじゃないか? あるいはそれは著者一流の反語であって、実は反論術というものが失効してしまっている現代というものについて論じたかった、ということか? 確かに著者は、「『言葉の力』なるものを、信用しきっていないし、人間はどんな冷静ぶった人でも、結局は、非理性的な感情で動かされていると思っている」(p215)と言ってる。「論理詰めのパターン」の論争法を扱った第3章でも構築主義的な視点などを持ち出し、論争ソノモノを相対化するのだから、的ハズレな受け止め方ではないだろう。しかしだとしても、著者の露悪的な議論には、暇つぶしで楽しむ以上の値打ちはないと思う。 それにしても、特にweb上での匿名の言葉を口を極めて罵倒する本書が、ココで高い評価を受けているのが、何とも解せない。 (モワノンプリュ/2006-12-31) 振り返って、何ら得るものの無い論争。価値を創造しない議論。
「無理問答」との話芸の修練方法があるそうであるが、そこにも至らない問答が横行している。 「朝生」から始まり、ネットで普及したかと思われる、「議論」もどき、「論争」もどきの時代に、本書は、著者の体験を踏まえて、それなりの付き合い方を口述している。 本書は、やや楽屋話的な色合いもあるが、やや一歩退きつつ、必要な場合にタッチアンドゴーすべき時に、するための心構え他の構成です。 著者のやや暴露趣味的な癖を不快に感じない方にお勧めです。 (歯職人/2007-02-12) 仲正はこういう「被害妄想」が強くて「自意識過剰」な「イタイ」人達に対しての切り返し方を、ここでは例を抽出しながら挙げつつ切り崩していく形で縷々述べています。
この本は、該当箇所に対し成程と頷くものも居れば、 我こそは優秀なるぞと思い込んでいる人(こういう人こそ本物の馬鹿)にとっては、またも恰好の反論材料となりましょう。 しかし、態々ゴシックで強調せねば本書を読み解けないとは、知的レベルの広範化と平板化と漫然化による低下を象徴しているんだなと、思う。 (くさむら衛生/2007-01-12) 怨嗟の塊のような本である。
あらぬ中傷を受けたときにどう反論すべきかについて連ねられていくのだか、その方法論に留まらず如何に相手が理不尽であるか、これでもかと非難の限りを尽くす。屑とか蛆虫とか躊躇うところがないので流石に反発を感じないわけでもないが、この本を読むと朝まで生テレビのやりとりがどういうものなのか見えてくるし、ネットにおけるバッシングがそもそも反論に値しない類のものであることもよく分かる。口述で著された本書であるが、これがプラスに働いているのではないか。主張がストレートで逆に無駄がない。著者は謙遜されているが御一読をお薦めします。 (たぬきのしっぽ/2009-04-04) ネットで論争するのは俺は知らないが、
まぁ大変なんだね。と作者が可哀想に思えたが、 作者の性格がひねくれているのかな? それはわからないが、読者に向かって、 この本を手に取る人は変わってるとか クズとかいう所が面白い。 文章は読んでいて面白い。 日頃、論争することがあったりして、 話が平行線をたどったり、言い返せなくて、 むかついていたから、この本をとった。 技術とかを期待したが、 まぁ半分技術があって参考になったけど、 全てが技術ってかんじではなかったので、 やや期待はずれだった。 結論として、論争しなければいいのだ。 そんな器量の大きな人間になれ!かな? (暇爺/2008-03-30) 第2章 見せかけの論争
全12件のレビューを表示しています。における分析は、テレビや国会の論戦などで、政治家・官僚の言ってることが何で、 こんなにも雲をつかむようなのか、と感じることが多い向きには益するところが大きい。彼らは眼前の相手と論争しているのではなく、実は味方に語りかけているのである、といわれればなるほど腑に落ちる。 第3章 論理詰めのパターン では結構疑問が湧いた。大変ベタな言い方になるが、 例えば、仲正氏は「答は力関係によって決まる」という、これ自体論争の余地がある命題を提示しているが、これは「絶対的真理」「正しい答え」のつもりで出しているのではないのだろうか? それとも、場合によって正しかったり正しくなかったりするつもりなのだろうか? であれば、力関係によって決まるのではない答が存在することになるのではないだろうか。 もちろん社会構築主義者と自称する人々がどうも「絶対的真理」に寄りかかっているようなのはおかしい、というのはその通りであろうが。 (/) [amazonでレビューを見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.0 はてブコレクション数: |
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