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「夕凪の街桜の国」 とその関連商品
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夕凪の街桜の国
ASIN:4575297445双葉社(2004-10) こうの 史代 売上順位:12140 ¥ 840(中古:¥ 54) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
世の中に差し出してくれてありがとう ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
コンビニでふと手にとって立ち読みを始めたら動けなくなってしまい
その場で泣いてしまう前に慌てて本を買って帰りました。 物語については、多くは語れません。 いつまでもひっそりと自分の胸の中で育んでいたい… そんな気持ちになりました。 でも出来るだけたくさんの人に読んでもらいたい物語です。 こうの史代さんと同じ頃に広島(市外ですが)に生まれた私、 「あとがき」に書かれていた思いには共感しきりでした。 広島で平和教育を受けつつ、できれば避けて通ろうとしていた事、 「うしろめたさのようなもの」(=原爆のこと)を こんなにも切なく哀しく、でもゆるぎなく強くやさしい物語に変えて 世の中に(こんな今の世の中に)差し出してくれるなんて… こうのさんの力量や努力や誠実さに拍手です。そして感謝します。 ただちょっと口惜しさもアリ…かも(笑) 同時代の広島人として、私も私なりに 「うしろめたさのようなもの」に落とし前をつけないと いけないなあ…と、思ったりもしたのでした。 あと蛇足ですが 広島弁の女性がこんなにかわいらしく感じられたのは初めてでした。 (kafun/2004-11-09) 「夕凪の街」では、原爆の惨禍の中で生き残った被爆者の苦悩や思い、「桜の国」では、自分のルーツや社会的立場を見つめ直す被爆二世を中心に描かれている。被爆二世と言っても健康状態や置かれている立場、考え方等は様々であり、偏見を与えることなく描写することは大変難しいと思われるが、この作品では、多くの被爆二世に共通するであろう悩みや問題が、主人公 七波の様々な思いや心のゆれを中心に的確に描かれている。物語は被爆二世が受ける結婚差別にも触れている。描き方によっては差別の助長につながりかねないが、そこは、被爆二世である凪生の恋人 東子を含め、問題にきちんと向き合い、乗り越えていく主人公達の姿を描くことで、しっかりフォローされている。
東子は両親に凪生との交際を反対されるが、広島の平和資料館を訪れ、被爆者問題への理解を深め、認識を新たにしながら、凪生への愛を貫く決意を固めていく。 21年前(結婚する前)、妻と広島を旅し、平和資料館も訪れた。被爆者、被爆二世の問題を理解し、納得した上で結婚してほしかったから…。この作品を読んでいたら、その時の記憶が鮮やかによみがえってきた。あの時の妻は、きっとこの作品の中の東子そのものだったのだろうと思う。 一般の人にとっても、被爆二世にとっても、被爆者、被爆二世の問題、…核、核兵器の問題を改めて見つめ直し、向き合っていくきっかけになる、大変すぐれた作品だ。 (男53歳 被爆二世/2007-06-30) 私は広島生まれなので、小さなころから、8月になると
戦争映画や被爆者の方の講演会・劇団のお芝居等、 原爆の恐ろしさを知る教育を、有無をいわさず叩き込まれてきたように 思います。 子供ながらにそれが悲惨だ、というのは理解していたのですが、 しかし、自分が見た事のない次元での恐ろしさというのは 結局小さなトラウマになってしまい、義務教育・高校過程を終えてからは、 自らその機会をつくることはありませんでした。 今回、この本を買ったのは、ずばり表紙買い。 淡い感じの彩色、上を見上げ歩く主人公がとても印象的で、 思わずレジへと足を進めました。 しかし、内容を見ずに買ってしまった私は購入後パラパラっと 見た中身に読む事を放棄。 それから数カ月後ー… 電車広告等でこの本が騒がれているのを知り、再びページを 開いてみることに。。。 すると私がこれまで見た映画や演劇・聞いたお話のどれよりも 印象に残る『ヒロシマ』の物語に、思わず涙がこぼれました。 感動だとか、悲しいだとか、それはどの感情にも あてはまることない涙だと思います。 小さい頃、耳を塞ぎ、目を背け、なるべく早く忘れようと 家路を急いだ事も、その後原爆という一つの歴史を敬遠して来た事も 何て浅はかだったんだ…という深い後悔が生まれました。 是非多くの人に読んでほしい1冊です。 戦争を経験した事のない世代には特に。 おススメです。 (えんえ/2005-05-22) 全てのシーン、エピソードに意味が有り作品全体と謎解きの様に濃密に繋がっている。
どの登場人物の視点から物語を読んでも感情が理解でき、 登場人物一人々が作者の手を離れて本当に生きている様に感じられ不自然さが全く無い。 第一話の夕凪の街だけでも完成された素晴らしい作品だが、 桜の国(一)(二)を読み進むとそれすら前説に過ぎなかった事に気付かされる。 完成度の非常に高いファンタジーだとも思えるが、足元はしっかりと現実に根付いている。 「反戦」の物語として捉えられがちだが、テーマの一つはは過去に受けた心の傷と向き合い、 それを受け入れる事によって未来への希望を見い出す心の回復にあると思う。 だからこそ読後に悲しみでも、怒りでも、哀れみでも無く、歓びにも似た感覚を伴なった涙が流れる、何度読み返しても。 恥ずかしながら、これ程緻密に構成され、普遍的かつ重層的なテーマを持った作品にこの10年程出合った事が無い。 目次のページ、着れなかった半袖のワンピースを着て橋の欄干に座り、星空を眺める皆実の姿が儚くも美しい。 (ヘリオガバルス/2007-08-01) 買う前からこの本の存在は知っていました。あるテレビ番組で取り上げられていたからです。いまさらこういう話かあ・・と思っただけでしばらく忘れていましたが、新宿の書店で見かけ、数ページ読んでから買い求めることにしました。
『夕凪の街』を最初に読み終わったときの感想は、周到に描かれた秀作だけれど、さほどのインパクトはない、というものです。作品のせいではなくて、おそらく私に耐性ができていたためです。三十代後半の私がまだ若かったころは、様々な戦争体験を語る大人がまだ身近に存在しており(若い頃、シベリア送りになった先生などもいました・・)、毎年八月になれば戦争の悲惨さを訴えるドラマや映画が次々と放映されました。戦争についての絵本も小説も、たくさん読みました。広島の平和資料館にも、鹿児島の特攻平和会館(軍部の暴挙により、人間爆弾となって死んだ若い特攻隊員の遺書がたくさんあるところです)にも足を運んだことがあります。 この三連作は、用心深く残酷描写を避けており、ごく静かに語られるために、私にとってインパクトこそありませんでしたが、何度でも読み返したくなる磁力がありました。『夕凪の街』の、昭和三十年の描写の細やかさは素晴らしいです。リアルな広島弁、生活する人々の姿、川を渡る風の匂い、細密に描かれた街の息吹が、肌に迫ってくるようです。 貧しいけれど明るい娘、腕の火傷のあとを隠し、夏に長袖のブラウスを着る娘。倹約のために靴を脱ぎ、夕暮れの街を裸足で帰宅する皆美は、本来ならば好きな人のもとに嫁ぎ、やがては優しいお母さんになるはずでした。凄惨な死を遂げた人たちに、生き残った者としての罪悪感を抱えながらも、きっとそうするはずでした。そんな彼女の存在が、どのようにこの世から奪われていったか、どうか読んでいただきたいと思います。何度か読み返す頃には、彼女は架空の存在ではなく、あなたの友達になり、恋人になり、家族になるはずです。 『桜の国』は、原爆の余波は現代においても残っていることを、私たちに教えてくれます。ナナメ読みしただけでは、『夕凪の街』との繋がりはよくわかりません。この物語は、ごく普通に生活する人々の話ですから、長々と状況説明などはしません。細部までじっくりと読むたびに、私は新しい発見に胸をつかれました。広島の古い墓石に彫られた死者たちの名前と死亡年月日。皆美の母親が、老齢で亡くなる寸前にも、あの原爆に心を引き戻されていたこと。広島の川のほとりに佇む皆美の弟、旭の姿。まぎれもない差別が残っていること。現代っ子の主人公・七海(彼女は皆美の姪です)の母親は、三十七の歳に(おそらく)原爆症で亡くなったのですが、七海はトラウマを抱えながらも、ラストでそれを昇華させてゆきます。その爽快さに、私たちは救いのときを迎えます。 あなたが次に手に取る本が、どうかこの本でありますように。 原爆を含め、60年前に終結した戦争が引き起こした惨劇を、もしあなたがよく知らないのであれば、どうかこの哀しく優しい物語を知っただけで満足せず、眼を塞がず、知ろうとしてくださいますように。名もない彼らの無数の死の上に、私たちは生かされているのだと、思います。 (otama69/2005-09-17) ほんわかした画や日常の風景。
残酷な表現は一つも、何もないのに、その中にある前向きな登場人物達のそれぞれが抱える残酷ともいえる暗い影。 この一見さわやかな作品が自分に与える下っ腹を突き上げる重い感情をなんと表現したら良いのやら分からない。 この作品は是非読んで欲しい。 いままで平和記念や「火垂るの墓」や「裸足のゲン」などは一度みたら何も語りたくは無かった。あまりにも凄惨なのは分っているから。 でも、それは熱線で焼かれただけの肉体的問題だけではでない事を強く思い知らされる。 この1000円に満たない厚みのない本が、分厚い感情を思い出させてくれたことは、最近のどのメディアにも触れられない貴重な時間を得たと感じている。 (まろやか和尚/2005-07-17)
おすすめします |||||||
私は被爆者の子孫ではないですが広島育ちです。
「8月6日の場面から衝撃的な展開を見せる映画」は 小学生から散々見てきました。 それで、原爆は悪い、怖いというトラウマをしっかり 植えつけられて、それでも、やっぱり表面上「原爆、戦争は悲惨」と 頭で理解しているだけだったと思います。 だから、最近はネットやニュースで情報の溢れている中、 自分が戦争反対なのか賛成なのかすらよく分からなくなっていました。 この作品は、いろいろと考えさせられる作品だと思います。 私と同じように広島や東京で、同じように普通の生活を送ろうとしている 人々をほのぼのと描いた作品ですが、原爆を体験していない私達にはない ものが、終始影を落としています。 レビューで言いたいことはひとつだけ、 読む価値のある作品であることは間違いないと思います。 何を感じ取るかは人それぞれですが。。 最近上京して、東京出身の会社の同僚に「広島出身なら残留放射能で禿げるかもね」 などと冗談で言われましたが、知らないことは罪ですね。。 出来る限り多くの人に読んでいただきたいですが、作品の重い/軽いや暗い/明るい、 泣ける/泣けないなどを価値判断にしている人に薦めたいとは思いません。 (leopon/2008-10-11) この本にははだしのゲンのような原爆の表現はありません。しかし、原爆の傷痕が生々しく描かれています。戦後、六十数年の今、被爆者たちは今も後遺症に苦しんでいます。皆実さんの「十年経ったけど原爆を落とした人は私を見て…」の台詞は悲しくなりました。是非、英文に翻訳してアメリカの人に読んでもらいたい。
(バリカン/2007-08-09)
正直、薄っぺらでこれでこの価格?て感じでした。
作者の言葉にもあったけれど(ような気がした、出版社の宣伝の方か?)戦争を書かないで戦争を描いている。凄惨な場面を書かないで原爆の恐ろしさを描いている。ほのぼのしたタッチ、戦争をやめようなんて言葉も、原爆反対なんて言葉も一言も出てこないのに、今の平和の世の中で生活できていることに感謝しないでいられない何とも言えない気持ちが生まれてくる。 漫画アクションに掲載されていたというのにはびっくり。軟派の男性週刊漫画誌のイメージが強いがこういうストーリーの漫画がなんのてらいもなく載っている、漫画アクションおそるべし、双葉社懐深し。 (ナオミ/2005-12-22) ~2003年夏、双葉社「週刊漫画アクション」の休刊が発表されました。9月30日の休刊号までレームダック状態になりながらも雑誌は出続けました。誰もが「もう終わり」と思っていた9月16日売り号に、ひっそりと「夕凪の街」は掲載されたのです。
休刊に向けた寂しいカウントダウンだけがされていた2ちゃんねる「漫画」掲示板・「週刊アクション」スレッドで突如お祭~~りが発生しました。熱狂的な祭りではなく、作品を読んだこの気持ちを、衝撃を、誰かと語り合いたくてこのスレッドに集まった…という自然発生的な。たった30ページの短編ですが、読後感を誰かと共有せずにはいられない、そんな奇跡のようなマンガだったのです。ネットの祭りはやがて新聞など他メディアにも(ひっそりとですが)飛び火してゆきました。 原爆~~を取り上げた作品というと井伏鱒二「黒い雨」や原民喜「夏の花」、マンガだと中沢啓治「はだしのゲン」、マイナーですが山岸凉子「夏の寓話」とかが思い浮かびます。こうの史代は、これら偉大な先行作とはちょっと違うアプローチで、この重いテーマに挑んでいます。今まで見たこともないイメージ。既成のイデオロギーとは無縁。ともかく手にとってみてくださ~~い。読んでみてください。お願いします。 この単行本には書き下ろしを含む後日談も収録されています。おトクです。~ (不審な言動/2004-10-15) 私は鈍感な人間だ。
某大臣の発言にに対する広島・長崎市民の皆さんの反応を『いまさらそんなに怒らなくても…単なる失言じゃないの』とか思っていました。 あの時の被害だけじゃなく、ずっと続いている痛みがあるのだと知りました。 読んで欲しいです。私のように思った方。 そして、他のレビューも読んでみて下さい。肯定的な意見も、否定的な意見も。 自分がどう思ったのか、ばかりではなく、他人の反応も知る必要のある本だと思うのです。 (な〜/2007-07-24) ~原爆投下10年後のヒロシマを舞台にした「夕凪の街」と
ゆるやかなつながりを持つ後日談である現代のお話「桜の国」との2つの物語。 (「桜の国」は前後編のため、実際には3編) 原子力兵器が通常兵器と大きく異なる点に「後遺症」があります。 戦争も終わり、穏やかな生活が送られる広島の中に、 静かにヒロシマが影響をおよぼしていること。 そし~~て日本の他の都市にあっても、時代を経た現代においても その力を薄めつつも存在していることを実感させられます。 幼少期に読んだ『はだしのゲン』(これはこれでいいのですが)にいるような 典型的悪役は登場せず、普通の人の普通の生活が描かれているところが いかにも現代の作品だなあという感じで、すごいところでもあります。 普通の生活なん~~だけれど、ヒロシマ。 けれども過度にこだわってもいないようなさりげなさがまたすごい。 絶妙の距離感です。 特に「夕凪の街」のラスト数ページ。 生まれて初めて原爆の威力を「体験」した気になりました。 お薦めです。~ (Yotsume/2005-05-25) マンガ家にして、ご自身がマンガ通であられる、みなもと太郎氏が「マンガ界、この十年の最大の収穫」と評する作品です。
被爆から10年経った広島から話は始まります。 だから、「ヒロシマ」の話ですが、被爆直後の凄惨な描写は「ありません」。 原爆の悲劇に関心があり、でも正直なところ目をそらしていたいと言う人にとっても「安心して読める」話です。 その後の広島の日常生活が、淡々と、しかし作者の丹念な取材と構成によって、一コマ一コマの隅々まで丁寧に描かれています。 悲惨なシーンは慎重に控えられています。 その後の日常を描き、原爆や戦争を直接語らないことで、恐ろしさや哀しさが伝わってくる。そんな話です。 作者の誠実な人柄のなせる技でしょうが、話は美しかったり哀しかったりで終わっていません。もちろん教訓めいたまとめなどはありません。 作者は、読者の誠実さや良心を信じて、あえて話をまとめてしまわなかったのだと思います。 読み終わった後で、静かな、それでいて居ても立ってもいられなくなるようなせつない感動が残りました。 傑作だと思います。 (エンジェルバニー/2007-08-21) 私的な話ですが13年前に亡くなった私の祖母は、自分が今まさに死んで行こうと
するその時まで、沖縄戦で戦死した長男の死を悼んでいました。 遺骨すら戻らなかった事をずっと気にしていて、沖縄の土を取って来てもらい、それを 抱きしめて号泣していたのは、亡くなる数ヶ月前だったでしょうか… (体が悪く動けなかった祖母は、自分の年金を何年もかけて貯め、それを使って人に 頼んで代わりに沖縄に行ってもらったのです) 祖母の命日は8月16日。終戦記念日の翌日です。 終戦の日に長男や全ての戦没者に祈った祖母は、その翌日、やっと自分の終戦を 迎えたわけです。平成6年のことでした。 50年以上経っても癒えない哀しみに、母親の愛の深さと戦争が奪うものの大きさを つくづくと感じたものでした。 この作品を読んだ時、皆実の母に祖母の姿が重なりました。 死んで行くものの哀しみ、遺されるものの哀しみ。 50年経とうが60年経とうが癒されずにそこにある戦争の傷跡。 痛みを抱えながら、その中で懸命に生きる普通の人々。 この作品はそれらを淡々と、等身大の目線で描いた傑作だと思います。 哀しみを抱えながらも逞しくユーモアを持って生きる登場人物達の姿に、読後にも 希望を持って本を閉じることができます。 最近の子供は原爆の日も終戦記念日も知らないそうですが、この作品を読んで、今でも 終わらない哀しみがあること、だからこそ新たな哀しみを生み出してはいけないことを、 知って考えるきっかけにしてほしいです。 (/2005-01-18) 広島出身者として、電車の中で見た広告を見て「ヒロシマ」をこんなに柔らかい印象で描いている本とはどんなものかと気になり、さっそく手に入れました。広島市内、爆心地から程近い場所に住んでいた祖母は被爆者、その時祖母のお腹にいた父も間接的ではありますが被爆者です。私はその被爆二世になります。毎年のようにある平和学習、8月6日の追悼式の参加、原爆が及ぼした惨状を広島人として誰よりも学んできたつもりです。しかし広島でも原爆の話をタブー視する傾向は見られます。祖母からその当時の話を聞くと「あれはほんまに地獄じゃった」と涙ぐんでとても気の毒で聞ける雰囲気ではありませんでした。被爆二世の私は原爆の後遺症などちっとも頭にありません。父も健在です。一昨年80歳で亡くなった祖母も、有難い事に後遺症に蝕まれずに済みました。しかし当時はその後遺症で、せっかく生き残った人でも明日の命も分からないという状況でした。そんな今では考えられないような風化されつつある不幸を、誰にでも分かりやすい漫画というメディアを通して世に出してくれた作者さんに感謝します。被爆から60年です。もう60年ではなく、まだ60年なんです。こんな時代があったことを、今後もずっと伝え続けていかなくてはならない被爆国の使命だと考えて欲しいと思います。この本をきっかけにみんなに受け止めてもらいたいという意味を込めて星4つにしました。自分の国に本当にあった出来事です。
(/)
252件のレビューうち参考になった順で15件までを表示しています。[16件以降をamazonで見る][amazonでレビューを書く] 平均点:5.0 はてブコレクション数: |
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長い道 (Action comics)
ASIN:4575939625双葉社(2005-07-28) こうの 史代 売上順位: ¥ 900(中古:¥ 398) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
不思議な夫婦のほのぼの物語 ||||||||||||||||||
なりゆきで夫婦生活を送ることになった、甲斐性無しの旦那さんと能天気な奥さんのどこか不思議な、しかしどこかほのぼのとさせられるマンガです。
文字通り女房を質屋に入れようとしたり、はした金で奥さんをレンタルさせようとしたり、「一℃たりとも勃つかあ!」なんて台詞が出てきたり・・・・。割とブラックなギャグも本書では多数ありますが、それが読み手の嫌悪感につながらず、楽しく読ませる力量は流石はこうの史代さんだなと感心させられました。 この「長い道」に限ったことではないのですが、こうのさんの著書はどれも読後感が爽やかなんですよね。 優しく、何となく郷愁を誘う(しかし古臭いわけでは決してない)独特の画風も何とも言えず魅力的です。 (レイン。/2005-09-20) たまたま寄った本屋さんで、おすすめ漫画コーナーに置いてあったこのまんが。
気の抜けた絵で、コーナーの一角でひとつだけ異彩を放っていた。思わず手にとってしまう。完全なジャケット買いだ。 ページを開いて読んだととたん分かった。ああ、買ってよかったぁ、と。その本屋のセンスに感謝している。 あらすじは・・・ 十難くらいかかえている典型ダメ男"荘介どの"(でも時折みせるやさしさや淋しさがたまらない)と、ある秘め事をかかえている、のんびりそうに見えて芯の強い女"道"(この名前がぴったり)の送る、何とでもない日常のお話。 この二人、夫婦だけれど、お互い愛し合っているわけではない。ただ、夫婦という枠にはまって、一緒にいるだけだった。荘介どのからしてみれば、道は家政婦がわりみたいなもので、自分の好みとは全く違うから、当然夫婦生活もないし、いつでも他の女を追いかけているという始末。 道はそれを知っているけれど、顔には不満も何も出さない。ただ、ゆったり、暮らしている。昔、愛した人の思い出を心の隅において・・・。 夫婦のようで、夫婦ではない二人が繰り出す日常は、とてもふしぎだ。 けれど、二人が、ほんのふとした瞬間、一線を越え心を通わせようとする時、読者は物語に目を見張り、とてもあたたかい気持ちになる。 「愛鳥週間」のお話が特によろしい。荘介どのと道が道端で鳥を見つけて飼うお話。何だ、あの鳥は。えさをやるとベロベロ〜って舌を出すし、目がかわいくないし、のど元をなでてやると「うっとり・・・」てなるし。変な鳥を可愛がる二人。鳥の巣立ちのときの、哀愁じみた荘介どの。面白かったなあ。何度でも読んでしまう。 買って、本当に得した、という一冊。こうのさんの本をこれから少しづつ集めていきたいなと思う。 (pommier_pomme/2006-07-17) 『夕凪の街 桜の国』が話題になり、ふとこの『長い道』を手に取った。読み終わったあと、何を期待してこうの氏の漫画を再び手に取ったのかと考えて、それは余韻なのだと思った。
ふつうであって、ふつうでない人々の日常。 ちょっと変わりものな妻と、甲斐性なしの夫。ギャグ漫画のように夫婦になったふたりの、ちょっとおかしく、ちょっとせつなく、かっこいいわけではない時間。なのにどうしてかその世界に憧れてしまう、不思議な感触を味わった。夕日や午後の光がぼんやりと漫画からにじみ出てくるような、とても懐かしい遠い時間を眺めているような、そんな気持ちで読み終えた。 こうの史代氏が何となく残していくものに、私は期待してしまうのだなと思った。 (タチバナハルヒ/2005-09-26) ひょんなことから結婚してしまった夫婦の、愉快で賑やかな毎日。
奥さんの道さんがとてもチャーミングで可愛らしく、旦那さん荘介氏のダメ夫具合も良い味を出しています。 全54話の短篇が収録されており、読み応え十分です。 ドキッとしたりヒヤヒヤしたり、笑い転げたりと何度も読み返したくなる漫画です。読み終わるころにはこの夫婦が大好きになっている筈。 著者の様々な試みも感じられる、工夫に満ちた一冊です。 (yuhki_vorm/2005-07-30) 一つの話が3頁から4頁で収められています。
ほとんどセリフのない話もあるのですが、一つ一つの話に短さを感じない。 そこが不思議でならないのです。 読み終わった後、温かい気持ちになります。 気になった方は是非読んでみてください。 (koko/2006-07-16)
う〜ん、宝石箱! ||||
3〜4ページの短編がぎっしり詰まった1冊。どれも1話完結で、ほのぼのとした、荘介・道(みち)夫婦の日常がつづられています。
ところで、この本を読んで気がついたのですが、こうのさんは、大変な才覚の持ち主です。笑いのツボを本当に心得ていらっしゃる。 それに、スクリーントーンをほとんどつかってなく、中には筆のみで描かれた作品もあります。どの作品も、とても凝ったつくりになっています。ストーリー、絵とも、とても楽しめる作品です。オススメです。 「桜の国・・・」も良かったのですが、この作品で、好きな漫画家さんが増えました。 (ローズおっとっと/2006-05-17) 人間、と書くと、ちゃんと 間 があるのに、なかなか気づかず暮らすことは、よくあることかもしれません。
川や道にもあちらとこちらとがあって、あいだに橋があって往き来できるのですが、このへだたりとつながりとが、いい塩梅に描かれていると思います。 ただ、表紙に描かれている風景には、橋どころか横断歩道すらもなく、彼岸は道どころか藪の中・・・。 (its9/2005-09-14) 「迅速で機知に富み、洞察力があり、古典的でさりげなく、洗練されていてエレガントである。コミックでありながらシーリアスであり、見え透いていながら名状しがたい。作り物めいているが現実的であり、不道徳でありながら意味深長な道徳性を持ち、ふざけたものでありながら、あわれを感じさせるものである」(モーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》を評した文章より)
全く違う作品ですが、こうのさんの『長い道』にも、この評があてはまる気がします。互いを求めず、密かに別な人を想いつつ、それでもなぜか離れず結ばれている、道と荘介という夫婦の不思議なお話。現実にはあり得ないような設定。しかしそれは逆説的ながら、この作品に人と人との繋がりについての真実の一端をあらわしているように思えます。 なぜなら人と人との繋がりというものは、程度の差こそあれ、こういうものではないのかと私には思われるからです。大方は特別な愛情や宿命などという大それたものでなく、それこそ偶然と思えるようなごく小さな出来事によって結ばれ(あるいは離れ)ていくものではないでしょうか。作者のこうのさんは、この作品の要所で、そうした小さな出来事を、登場人物たちにとってかけがえのないものとして、一つ一つ丁寧に描き出し、読者はそれにはっとさせられます。それは作者の深い洞察力と繊細な筆致が、普段の私たちが見過ごしている日常の小さな出来事に、人と人とが生きる上での大切な真実を見いだし、それらに淡くしかしこの上なく美しい輝きをあたえ、それを通して、一見どうしようもない作中人物たちにも(そして私たちにも)、人としての崇高さと美しさが潜んでいることを教えてくれるからなのです。この美しさを見いだすことは、読む人にとって至福というべき体験をもたらしてくれることでしょう。 異なる角度から見ると、まったく新しい発見がある、そんな驚くほど豊かで広がりのある作品でもあります。この本を手にした方たちは、ぜひその豊かさをじっくりと味わってください。 (叔夜/2006-06-09) 仕事もせず、派手な女性を追い掛け回すダンナと、黙ってそれに耐える(?)奥さんの話、というとなんだか暗い話になりそうなものだが、それがこんなにほんわかと、あったかい話になってしまうのだから、まさにこうのワールドの真骨頂、といった感じ。暇さえあれば何度も読み返しては、のほほんとした気分に浸っています。
ファンには、他の作品のキャラがゲスト出演していたりするのも楽しい。 こんなふうに、こうのさんの作品世界が重層的に広がっていって欲しいものです。 (チャックモール/2005-08-02) ひょんなことで「結婚させられてしまった」無職でカイショなしの荘介と、能天気でありながらしっかりものの道との、不思議な結婚生活を、ほのぼのとした懐かしさをこめて描かれた漫画である。
これはほとんど現代の「三丁目の夕日」だ。 読んだ方は、この現代に失われた懐かしさとぬくもりに魅了されると思う。 こうの史代さんの絵も、凄い。 コマ間の見事な取り方の、力量… スクリーントーンを、ほとんど使わない独特な画風に、驚くのは私だけではないだろう。 漫画の勉強をしている人にも、お勧めします。 (金さん/2006-03-19) 女性のお尻を追い回す甲斐性なしの夫、荘介
親の酔った勢いで結婚を決められ、なぜかそれを受け入れてしまった妻、道 二人の関係を言葉にするのなら、まるで「夫婦のような夫婦」。 そんな二人の1話4,5ページで表される、ちょっとおかしく、 ちょっと切ない54のストーリーが収められています。 描かれる二人の日常を通してノスタルジックな気分にさせられ、 全ての話を読み終わった後に、自分の中に眠る、まるで今までずっと 忘れていたような感情を呼び起こされます。 緻密さとはまた違う、絵柄、決して世界観を壊さない背景描写 に作者の力量を感じずにはいられません。 友人に勧められるまで、この作品をまったく知りえなかった 自分のアンテナの狭さに思わず反省です。 文句なしでお勧めします。 (laingirl/2005-10-16) あんまりカバーの絵が印象的なもので、つい買ってしまいました。
そしたらめちゃくちゃ当たりでした!すげー良かったです。 昨今、とくに少年誌、青年誌の腐れマンガの数々にうんざりしてましたが、 『本物』のマンガを書く人、ちゃんといるじゃないの! 「ほのぼの」とか「コミカル」とか言いつつ、実はものすごく深くて鋭いテーマを突きつけられた気がしてます。とても基本的で、だからこそ難しい「夫婦」「男と女の暮らし」の妙が、笑いの中に隠されているようなマンガです。「暮らしをわかちあう」というのがどういうことか、誰かを愛しいと思うのはどんな時か、ふっと思い出させてくれます。 男としては、女にだらしない夫の荘介が徐々にヒロイン・道に惹かれていく過程がいじらしくて好きです。夫婦なのに、恋してるんだよ。すごいよね。 そして、道の「女」の部分が垣間見れる雨の日のエピソード『けんか傘』。 ぞくぞくするくらい、いいです。 一話ごとにいろんな実験的なことをやってるので一冊の本としての統一感はイマイチ(というか全然)ないですが、そんなことをものともしない絵の素晴らしさと演出と素朴な台詞に心打たれました。 (かりおか/2006-05-27) この世界にこういう人はいます。
ごく稀に僕も出会ったりしてきました。 主人公の道さんの事です。 (本当は、道さんの性格を説明する所から入ろうと思ったのですが、 表現するのが少し難しくて・・・。) 色々な要素が重なり合うのですが、敢えて表現するなら、 ほのぼのした不思議な人、でしょうか。 とても素敵な人です。その心も行動も。 そんな人が創り出す日常がとても愛しくて。 (つまりは主人公が生きてるんですよね、とても。) 何気ない日常の大切さをさりげなく気付かせてくれるそんな作品だと思います。 とても良かったです。 (何かまとまりがなくてすみません。。。) (taka999/2005-08-06) 私は、この「長い道」で
こうの先生を知りました。 そして1話目のあの説明のない 絵で物事をわからせてしまうテクニックに すごく感動してしまいました。 でも‥あんな旦那さんは欲しくないです。 (^^ゞ (ishida77/2005-07-28) 美しい国というのは、勇ましい連中が憧れる統制国家ではなく、善良な人がまっとうに生活すれば幸せであることのできる国である。私は、現実にはありえない理想的な妻であるはずの「道」のような人が、優しいところもあるけれど基本的には社会の落伍者と言わざるを得ない「荘介」の配偶者であり、しかも決して大事にされていないことに、最後まで腹立たしさを感じ続けた。現実の世界では、道のような女性を賛美すると、「女性観が貧困」「男尊女卑」と批判されるはずである。しかし、道のどこかに卑屈なところがあるだろうか。「損な役回り」であることをあっさりと受容している姿勢を、世の女性は歯がゆく感じるのだろうけれど、道は自身の生活を、損得の勘定で見ているだろうか。
26件のレビューうち参考になった順で15件までを表示しています。失われた世界をノスタルジックに描いた作品と見ることもできる。たぶん、道のような「寂しい女性」は、だいぶん前に絶滅したのだろう。そしてそれはそのほうが、きっと女性にとっていいことに違いない。しかしそれで、誰かがより幸せになっただろうか。現代という時代は、われわれ全員が、何かに浮かされているのではないだろうか。 (kewpie/2007-04-21) [16件以降をamazonで見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.5 はてブコレクション数:この商品をリストに入れている人:
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この世界の片隅に 上 (1) (アクションコミックス)
ASIN:4575941468双葉社(2008-01-12) こうの 史代 売上順位: ¥ 680(中古:¥ 280) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:170
舞台は戦中の広島。
昭和19年2月、昭和19年3月――というふうに ほぼ月単位で、こうの史代さんのあたたかなタッチで淡々と日常が描かれる。 スクリーントーンを使わず、ペンだけで描いていくこうのさんの絵柄は どこまでもあたたかい。 絵が好きな「すず」は軍都・呉に嫁いでいき、 そして少しずつ状況は重苦しくなっていく……。 とくに反戦を強調するでもない。説教臭くも押しつけがましくもない。 極端な政治的バイアスがかかっているわけでもない。 ヒステリックに反戦平和を叫ぶでもない。 登場人物はおおむねみんな大らかで明るい。 しかし、今から60数年前にこういう時代があったことを 私たちはきちんと認識しなければならないと思う。 明るく健気に生きる主人公たちだが、おそらくこれから下巻にはいると 空襲や原爆なども描かれるのだろうと思う。 「夕凪の街 桜の国」で高く評価されたこうのさんのタッチが いま平和に生きる私たちに「戦争」というものの意味を語りかける。 著者はそこまで意識してないかもしれないが、 やはり戦争は避けるべきものだし、起こってはならないものだと私は思う。 もちろん、戦争論はそういう情緒的なひと言で片づけられるものではないと わかっている。だがしかし、果たして戦争の是非を論じることに意味はあるのだろうか。 戦争は、この本で描かれているような、貧しくとも平和な日常を破壊するものなのだ。 世界では各地で戦争が起こっている。虐げられて立ち上がった戦争もあるが、 大国がバックについている戦争もある。 それらをここで論じようとは思わない。 ただ、世界の片隅で起こっていることでも、その痛みを私たちは自分のものとして 感じる努力をしなければならない――と、この本を読んで改めて思う。 (辰巳/2008-02-23) わたしはこうの史代さんを「夕凪の街 桜の国」で知りました。
こうのさんの漫画はトーンをつかわず淡々と話が進みます。 まるで日本昔話のような感じ、と言えばいいのか。 説明しにくい独特ですばらしい空気感を醸し出しています。 ゆったりと時間をかけて読むのが合う漫画でしょう。 (焦茶丸/2008-01-14) 戦前戦中、広島から呉に嫁いだ主人公の日常の物語。
1話につき半月ないし1ヶ月程度の時間経過で物語は静かに進んで行き(その出来事が あった月が「19年2月」「19年3月」とサブタイトルになっている)、幸せも苦労もある 普通の暮らしの中に戦争がゆっくりと溶け込んで来てしまう様を丁寧に描く。 けして明るいものでないだろう結末の想像を常に頭の片隅に置きながら、 世界のあちこちのわたしたちは物語を楽しむ。 第9話「19年5月」の話の中で嫁ぎ先の義母が昭和6年に義父が失業したときのことを 「大ごとじゃったよ 大ごとじゃ思うとったあの頃は 大ごとじゃ思えたころがなつかしいわ」 と振り返るシーンがある。 その19年5月もすぐに過去になるのだろう。 「20年8月」がゆっくりと近づいてきている。 今に続く悲劇と警告。 「夕凪の街 桜の国」から「さんさん録」をへて新たに挑む新境地。 (yom_sky/2008-02-02) こうの史代さんの作品を最近読み出したのですが、ジワジワ来ます。
派手さはないけれど時間が空いたとき、ペラペラとめくってしまいます。 この作品は戦時下の広島県呉市にお嫁に行った、すずさんが主人公です。 のんびりした彼女とやさしい夫、そのほか優しい人たちに囲まれている生活漫画です。 …でも直接的な描写はありませんが、やはり戦時下という空気を描いています。 説教くささなど微塵もない作品です。 そのぶん読み終えた後に、楽しさに満足した気持ちと寂しさが混じる良い作品です。 (俺は何もかも失ったんじゃない、やっと自由になれたんだ/2008-01-23) こうのさん独特の柔らかな絵柄で、戦時中の人々の営みが描かれています。
祖父母から昔の話として聞いていたことを、画を通して見せてもらっているような気持ちがしました。 配給、建物疎開、灯火管制、息子の徴兵……。 あの時代、日本では当たり前のように営まれていた暮らしは、現在の私たちの暮らしに比べると何と違うことでしょうか。 このお話には「非国民」は出てきません。声高に反戦を唱える人はいないのに、登場する人々のさりげない台詞に、戦時下の非常さが感じられます。 作者は、穏やかに日常を描きながら、反戦を込めておられるのではないかと思いました。 主人公のすずや、その周囲の人たちは、明るく魅力的です。 続きが読みたいと思うと同時に、これから呉や広島にやってくる悲劇を思うと読むのがつらくなるのではないかとも思います。 こうのさんがどうお話を紡いでいかれるのか、とても楽しみにしています。 (mie3385/2008-04-27) 「夕凪の街 桜の国」の作者による
戦時中の廣島が舞台のコミック …と書いたら 皆さんは 暗い漫画を想像されるかも知れない 今のところ 作品の主題は すず という女性が送る日常 「戦中の暮らし日記」だろうか この上巻には 昭和9年1月から 19年7月までを収録 幼少時の不可思議な体験 少女の胸の内に芽生えた ほのかな恋 十年後 晴着に身を包み 呉へ嫁いで そっと愛が育まれていく日々… では 明るいだけの漫画なのか、と問われると 答えは否である 「海軍」「物々交換」「配給」 「千人針」「挺身隊」「建物疎開」ほか 軍縮条約による海軍工廠での人員削減 呉では初の「空襲警報」などの言葉から 物語の背景も見えてくる 登場人物たちは 日本が敗戦国になる事を 呉の町が焼き尽くされてしまう事を まだ誰も知らない 暗さだけでなく 明るさもあって当然なのだ 誰しも 未来への希望が胸にあるのだろう おっちょこちょいだが笑顔を絶やさず 健気に生きている主人公も 続刊では戦禍に巻かれてしまうのだろうか? 歴史に基づいて考えても尚 私は彼女に 笑顔でいて欲しいと願う (kesu0220/2008-03-04) 広島でのりの養殖をなりわいとする浦野家の長女すず。彼女が少女時代の昭和9年から、呉へと嫁いだ新妻時代の昭和19年7月までを描く上巻です。
こうの史代作というだけで内容については何の予備知識もないまま手にしたのですが、これはあの夕凪の街桜の国の姉妹編ともいえる作品のようです。それを思うと、これに続く中下巻の展開を想像して心に重いものを感じざるをえません。 ここに描かれる浦野家の人々、そして婚家の北条家の人々は、ささやかな日々を静かに生きています。2008年の世界に暮らす私の目から見るとはるかにモノのないあの時代に、多くを求めず、いたわりの心を忘れずに生きる彼らの姿は、清々しい思いを抱かせます。 多少のいさかいはあるものの、立ち直れないほどに相手を打ち負かす言葉の応酬はありません。あの時代なりの平たく凪(な)いだ毎日の連なりの中に、物語の大きな起伏はありません。そのありがたさに主人公たちも、そして読む私までもが、感謝したくなります。 そうした人生が壊れていく様をいやがおうにも目の当たりにせざるを得ないであろう中下巻へと進むことに、私は今大いに逡巡しているのです。 (yukkiebeer/2008-09-13) 連載開始にあたって「戦時中、広島から呉に嫁いだ女性の話」という情報だけ耳に入っていて、「なんかいかにも『夕凪の街 桜の国』の柳の下狙いっぽい企画だなー」と、警戒していた。でも、実際に作品になってみると、まったくの杞憂で、ちゃんとこうの史代作品になっている。
戦時中の話だというから、暗い話が多くなるのかと思いきや、連載の前日談となる短編がのっけからファンタジーなわけ。やってくれる。絵を描くのが好きな、おっちょこちょいの少女が主人公なので、この導入が実にいい。これらの短編の雰囲気は『こっこさん』に近い。 その後につづく嫁ぎ先を舞台にした連載では、家事の話は『さんさん録』で培った経験がいきているし、夫婦の話も『長い道』から感じるようなほっこり感に満ちている(あんなひどい旦那じゃないけど)。そしてもちろん、『夕凪〜』のように、戦争の暗い影がじわじわと忍び込む。 なんというか、こうの作品の集大成のようなおもむきがあるね。これは買いですよ。 (ただただし/2008-03-26) 漫画アクションでの連載時から、単行本化を楽しみにしていました。
広島に住む一人の女性「すず」が、軍都の呉に嫁いでいくところから物語は始まります。 すずの愛嬌たっぷりの大らかな雰囲気が、戦中という時代背景との対比になっています。 ほのぼのしたキャラクターを通じて戦争を語るという絶妙な構成。 激しい描写がないことが、かえって「戦争がいかに愚かなものか」を際立たせています。 一方、すずと周作のぎこちなくも想いを通わせる夫婦ぶりも見ていて微笑ましいです。 そういった温かさがこうの史代さんらしく、好きな作品です。 漫画アクションの巻末掲載ながら、編集の良心が感じられる作品です。 (ごんのすけ/2008-06-12) こうの史代が描く女性主人公は、小さなことに喜びや幸せを感じることができる、古風で優しい、穏和な女性である。この作品は名作「夕凪の街、桜の国」後に描かれたもので、一枚一枚の絵が芸術的に完成され、古き良き日本の生活感にあふれた、これもまた名作と言ってよい仕上がりになっている。大正の後期から昭和の初期に生まれた、私たちの両親の世代の物語であるが、昭和30年代にも、まだこうした生活の名残があった。すでに失われた、穏やかな庶民の生活。
現代は昭和を懐かしむことが流行のようになっており、また、復古調の世相もあって、こうした作品が受け入れられる土壌は整っている。それゆえ、天邪鬼である私には、諾々と本作を受け入れることに若干の忸怩たる思いがある。しかしそうと知りながら、この懐かしさには抗いがたい。さらに大方の女性の反感を承知でいえば、主人公「すず」の如き本当の「大和撫子」がいなくなって、日本は久しいのである。雑誌連載が男性誌であったことは、日本の男性が如何に厳しく寂しい思いで毎日を生きているか、という一つの現実を示唆しているようにも思われる。 (kewpie/2008-02-21) こうの史代さんの名作「夕凪の街 桜の国」に続く本作、何のためらいもなく購入して、予想通り期待を裏切りませんでした。
30年以上前の高校の日本史では確か「満州事変」あたりで時間切れになって、その後はいろいろな情報が断片的にしか入ってこず、特に国家総動員法下の国民の「銃後」の生活がどのようなものであったか、今まで読んだどの資料よりもずっと説得力がありました。 「聖戦」の美名の下、如何に一般庶民が国家の歯車にされていくか、そしてその国家が如何に理不尽なものであるかを、時系列に刻まれるさりげない日常の中でうすうすと感じていくすず達。その一方では日々の暮らしに追われ、信じるものは戦艦「大和」に象徴される「負けるはずのない日本」しかなかったすず達。 いつの時代においてもこうの史代さんの、市民の目線から淡々と日常生活を描きつつ、その根底にある力強いメッセージが伝わる作風には感服させられます。しかも作者の正確な時代考証に基づいた本作は、一年後には無謀な海上特攻により撃沈される「大和」をはじめとする当時の軍艦の名称や原爆投下前の広島県産業奨励館(原爆ドーム)、紙屋町交差点付近の広電の描写などデティールへのこだわり、そして何よりもすずと周作の祝言の夜や防空壕完成後の雨の中の純愛シーン、思わず涙が溢れてきました。 今後、数次に渡る呉市への空襲、そして運命の20年8月6日に向かって物語は「喪失」へのベクトルが伸びていくことは想像がつきますが、こうの史代さんの一ファンである私は「夕凪〜」の結末のようにすず達の希望と再生を感じさせるエンディングを願って止みません。 ただし、60数年後の現在で「大和ミュージアム」の前に佇むすずの姿は観たくはありませんが。 余談ですが、物語を読みながら、戦前から教員をしてまもなく90才になる母から聴いた、戦時中に伊丹市(多分、伊丹製作所で航空機の部品を作っていたらしい。)で、勤労動員の生徒引率中に米軍艦載機の機銃掃射を受けたときの話を思い出しました。いつの時代も戦争の記憶は誰かが語り継がなければならないものですね。この平和をただ享受だけすることなく恒久のものとするためにも。 (M.L.L.H.20/2008-06-15) わたしは、一瞬にして消え去ってしまった、もう一つの街を思いながら、よく広島市中心部の街並を歩きます。それは、どこにでもあるような、近所の駅前商店街などとそれほど大きな違いはない、庶民が行きかい、子供たちの楽しそうなはしゃぎ声がどこからか聞こえてきそうな、普通の日本の町並みであったことだと思います。「冬の記憶」、これは、そんな以前の広島市の中心街(中島本町、材木町など)が、舞台となっています。考証等もよく行き届き、繊細な筆致が当時の雰囲気をよく醸しています。とくに、戦時中に取り壊されたという、木製の相生橋が、とても印象深く描かれています。
全12件のレビューを表示しています。ところが、「中」巻に入ると、このような、ノスタルジックで素敵な町並み・生活は一変し、暗く沈んだ、陰鬱なものに変わってゆきます。これが少し残念です。(表向きは、あっさり流しているようにみせてますが、わたしは、かなりひっかかるもの、不自然なものを感じました。) 戦時下の世の中を描くのに、よくそのような表現は使われがちですが、一般には、解釈を迫るような、極端な例が多いかと思います。実際は、この本に出てくるすずさん一家のように、銃後の生活に右往左往しながらも、暮らしはなんとか維持され、人間の営みもどうにか続けられていたようです。それが一変してしまうのは、敗戦直後ですね。これは混乱のきわみだったようです。ですから、「中」巻での戦時下の暮らし、町並みも、もう少し明るく(すずさんたちだけではなく、それ以外の世界も)描いてほしかったように思います。もちろん、原爆投下、東京大空襲、沖縄戦など、みわたせば悲惨なことはたくさんありました。要は、戦争のどの部分に、スポットをあてるか、の問題です。あらゆる面を一緒くたにして描こうとすると、偏った、いびつなものになってしまいがちです。 何よりこの「中」に関しては、著者独自の時代感覚とでもいうような、非常に主観性の強い解釈によって戦時下が描かれており、抑圧性、ネガティブ感覚などのマイナス性が少し強すぎる、やや、ゆがんだ日常(主人公たち以外の世界観について)になってしまっているのには、少し違和感を感じました。また、そのような時代設定に相対するかなりアンバランスでマイペース、視点がさだまらない(現代人の視点で世の中を見ている場面など、とくにすず、水原、周作たちのそれは甚だしい)主人公たちの浮遊した存在感が、とてもへんてこな、としかいいようがない世界をかたちづくっていて、一言で言えば、とても不思議な世界(けなげに生きている、というのにはかなり違和感あり)。これは著者自身が意図したものかどうなのか聞いてみたい気がします。また、セリフの感じから察するに(とくに、水原や周作)、映画化を前提に描かれているようですが?。 わたしは、こうのさんにはあまり政治的な世界には踏み込んでほしくないと思っています。もちろん、「夕凪・・・」のように、普遍性のある、特別な作品は別ですが・・・。あえていわせてもらえば、国民に支持されずに始まった戦争など、これまで存在しなかったし、戦時下の抑圧性なども、どの国であろうが同じようなものであった、ということです。国が豊かだったか、貧しかったか、の違いがあるだけです。(戦争は、もちろん支持しませんが、国民にだってその責任はあったと思います。この作品に片手落ちがあるとすれば、それは昭和16年12月が描かれなかったことです。あの作戦の成功で、国民のほとんどが「溜飲が下がった!」と、拍手喝采したではありませんか?また、日露戦争で賠償金が取れなかったことに対する国民の不満も、後の戦争に大きく作用しました。当初の国民の支持さえなかったら軍部はメンツを保つ必要がなくなり、戦争は早くても昭和17年には終わっていたかもしれません。組織など、概ねそんなものです。日本という国は、歴史的にも国内・国民の世論というものにはとても敏感だった国で、変わり目などには大揺れに揺れてきました。西洋型ではない、独特としかいいようがない民主主義的社会を歴史的に培ってきた国です。十七条憲法や五箇条の御誓文などがそのよい例でしょう。そして、国の国民に対する圧制・弾圧なども、たとえば同じ東アジア諸国やヨーロッパの国々などに比べたら雲泥の差があったと思います。一つ足りないものがあるとすれば、そういったことなどに対する国民自身の自覚でしょうか。これは教育のあり方やマス・メディアなどに内在する問題ともかかわりがあることなのですが。) これから先も、「冬の記憶」や「大潮の頃」、「波のうさぎ」のような作品を、もっともっとたくさん描いてほしい、と願っています。(これらの作品こそ、本当に平和の尊さを訴えるものです。) (ケイイチ/2008-08-01) [amazonでレビューを見る][amazonでレビューを書く] 平均点:5.0 はてブコレクション数: |
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この世界の片隅に 中 (2) (アクションコミックス)
ASIN:4575941794双葉社(2008-07-11) こうの 史代 売上順位: ¥ 680(中古:¥ 918) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:82
呉に嫁いで半年……すずの日常にも少しずつ「戦争」の色が濃くなり始める。
闇市、防空壕……戦争という暗闇がじわじわと日常を染めていくなか すずはあくまで健気だ。 本書は連載12回目(昭和19年7月)から、連載28回目(昭和20年4月)まで。 上巻と同様、とりたてて反戦平和を叫ぶわけでもない。 しかし、あたたかなペンのタッチとやわらかい広島弁で語られるさりげない日常が ページをめくるごとに、徐々に壊れていく。 その様子が切ない。 だからこそよけいに、今平和で生きている私たちに「戦争」というものの重さを 突きつけられているように思う。 たしかに「あの戦争」から60余年が過ぎた。現在の価値観であの戦争の是非を論じるのは ナンセンスなのかもしれないと私も思う。 しかし、それでもやはり戦争は起こってはならない。 そう思うことにこそ意味があると思う。 19年12月、幼なじみの水原が呉を訪ねる。すずが密かに思いを寄せていた男性だ。 夫の周作は水原を「申し訳ないが、わしはあんたをここに泊めるわけにはいかん」と 納屋の二階に泊まらせる。しかしすずに、 「あんかをつけた。もっていってあげんさい。そいで折角じゃしゆっくり話でもしたらええ」 と、水原のところに行かせる。 「もう会えんかもしれんけえのお……」と。 人類の歴史は戦争の歴史でもある。戦争が歴史をつくったともいえる。 だからといって、戦争は「是」なのだろうか。 戦争の影には、この本で描かれているような「ゆるやかに壊れていく日常」があることを 私たちは考えなければならないし、感じなければならない。 スクリーントーンをいっさい使わない、こうのさんのペンが、控えめにそう言っているように思える。 (辰巳/2008-07-23) 物語は昭和20年4月まで進む。8月まであと4ヶ月まで。
誰もが聖人でもなく。誰もが悪人でもない。 得もせず上手く行くこともあれば。どうにもならないこともある。 愛情も。嫉妬も。後悔も。 選ばなかった道に思いを馳せることもあり。 選んだ道の正しさを信じこむ必要もある。 普通の女性の、夫婦の、家族の人生を描いている物語。 しかし、戦争は色濃く影響を与えてきてしまっている。 完結の後は語り継がれることになるだろう作品を進行形で読める幸福。 早めの購読をお勧めいたします。 (yom_sky/2008-07-13) この世界の片隅に(中)では、お義姉さんの過去、すずさんの旦那さんの過去がわかってきます。
広島の呉にも、とうとうアメリカ軍の戦闘機が飛来し、物価は上がる一方。 市場で買い物をしたすずさん。 帰る途中、道に迷って出会った女性。 その人は・・・ 当時の結婚は、自分のためというより家のため、世間体のためのものでした。 手を取って駆け落ちしようにも、逃げ場のない時代。 悪化する戦況、旦那さんの嫉妬、すずさんの心の痛み。 もう一つあった選択肢、だけど今を否定しない、したくない。 今回はそんなお話でした。 気になった方、今回もお勧めです。 (俺は何もかも失ったんじゃない、やっと自由になれたんだ/2008-07-13) 上巻を読んだ時にも思いましたが、物語の舞台が、昭和20年、広島県であることをのぞけば、見合いで初めて出会って夫婦になり、家族になった人々の日常を描いた、ホノボノするいいお話なのです。
特にこの中巻は、上巻に出てきた主人公のほのかな恋の行く末と、旦那さんの結婚前の恋物語の描写が素晴らしく、恋愛漫画としてもとってもよい出来です! そんな調子なので、戦争映画に出てくるような、「非日常」の描写は意外なほど少なく、本当は戦争というのは、今の我々と変わらない日常の縁続きにあったのだということがよく伝わってきます。 戦争の恐ろしさを描く方法には色々あると思いますが、これだけ丁寧に日常生活を描くことで、逆に戦争の恐ろしさがにじみ出ています。 異常事態は映画のようにファンファーレが鳴って始まるものではなく、日常生活の隣に潜んでいて、気がつくと巻き込まれていたという方が正解なのかもしれませんね・・・ (u猫/2008-09-02) 日々の小さな出来事に一喜一憂しながらそこそこ楽しく暮らしてゆける、というのは、当たり前のようだがなかなか得難い幸福である。現代のように「欲」に旺盛な世相では、つつましい暮らしに幸せを見出せる人とくに若者は、そう多くないだろう。主人公である「すず」は、戦時下の厳しい制約の中で、ほんのわずかな幸せを抱きしめて生きてゆける健気な大和撫子である。鬼畜米英と狂乱していた時代の庶民の心情をイメージすることはもはや難しいが、恐らく大半は世相批判などと無縁に、こうして毎日を平穏に暮らしていたのだろう。しかしやがてあと数ヶ月で、未曾有の惨禍がすずの故郷・広島を襲う。
友人が昔、ある女性から望ましい女性のあり方を聞かれ、「かなしい女性」が好きだと答えたら、「女性観が貧困」とその場で一刀両断された由。友人はその女性とは決して近づきになりたくなかったから、わざとそう言ったらしいのだが、私は20数年経った今も、戦後の男女の縮図を見る思いでこのエピソードを思い出す。すずが聞いたら何と言うだろう?困ったような笑顔で、肯定も否定もしないのではないか。そして、それが品格というものである。 (kewpie/2008-07-23) こうの史代さんの作品は全て持っています。主人公には共通のひたむきさ、不器用さ、素直さがあり、作品にはどれも、とっても温かい何かが溢れています。
戦時中(原爆投下前?)が舞台ですが、そこには悲壮感も何もなく、人々はただひた向きに毎日を過ごしている。戦争とはあまり関係の無いところで、皆必死に明るく生きています。あまりのほのぼの感に、ふと、読者側も戦時中ということを忘れそうになりますが、船の絵を描いて憲兵に取り締まりを受けたり、空襲が度々起こり死体を目にしたりという場面で、あー、戦争だなあと思い知らされます。 でもそこには悲壮感さえないのです。 それゆえにこれから起こる、物語の舞台である広島での惨劇が予感されて、下巻を読みたいけど読みたくないような切ない気持ちになります(もちろん読みますが)。 戦争で実際、この主人公たちのようにただただ毎日を生きてささやかな幸せを見つけていた人々がたくさんたくさん犠牲になったんだ…と改めて思い知らされます。 (太陽/2008-09-05) このまんがのテーマとするものは・・・いったい、何なのだろう・・?
とても、不思議な世界、どうやら、戦時下の日本が舞台となっているようなのだが・・・?いや、闇市が登場するのは戦後のことだし・・・戦時中、というよりはむしろ終戦直後に近い感じ。・・・何となく虚無的で実体のない、閑散とした世界。 登場人物たちは、というと、なんというか、タイムマシンか何かに乗って、彷徨っているようにも見える、もしくは、彼らも何か、実体がないような・・・。 いや・・・すずだけは、確かに、この世界に、存在はしてるようなのだが・・・ 彼らはいったい、社会と繋がっているのだろうか?まったく独自の世界を築いていて、とてもマイペース、世の中を、まるで彼ら自身の尺度のようなもので、完全に無視しており、自分たちだけの世界・愛を守っているだけの、逆に、外の世界から見て、まるで実在感のない、幽霊のような感じで、かなり、不気味・・・。 突然現れた、水原も、すでに死んでいるのか、何なのか、死ぬ前に言い残したことを、わざわざ伝えに来たような・・・?とても、この世に、執着がある感じ・・・すずは、何か、ほんとに、霊魂と語り合ってるようにも、見える・・・。 周作は、若くして、殺されたんじゃないの?・・・自由恋愛を渇望する、左翼の政治犯か、なにかで・・・だから、「軍法会議所」なんて、近くを彷徨ってるんじゃないのかな?・・・だいいち、「空襲の相場・・・」なんていう冷めたセリフは、アカでもなければ、とても出てきやしない言葉。 とにかく、なんだろう、この世界は?・・・いくら考えても、やっぱり、わからない。 これって、やっぱり、原爆が落ちた後の、虚無の世界を現してるんじゃないだろうか。 そしてかれらは、霊魂になって、過去の世界を彷徨っているのではないだろうか? この漫画の主人公たちは、自分たちだけの世界、愛情、生活だけに関心があり、それ以外の外の世界とはなにひとつかかわりを持とうとはしていないように見える。(唯一の例外は「リン」という、遊郭に住む遊女だといえるかもしれないが、これは作者が物語の流れに都合がいいようにつくりあげた典型的なキャラであり、これだけではかなりの片手落ちだといえる。)それどころか、どこか別の世界からいきなりタイムスリップでもしてきたかのように世の中のことにピュアで、ただ流されているだけのようにみえるのがとても不自然で、違和感を感じてしまう。(特に、すずの世間を知らないかまととぶり、水原の倫理・道徳観までも完全に見失ってしまった、当時としては病的とまで思えるほどの激しい屈折のしかた、周作の時代にそぐわない、のほほんとしすぎたあまりにもリベラルな存在のしかたなど。この二人の男の性格は、時代的にはありえないと思う。)こんなものが本当に「健気に生きている」などといえるのだろうか?いったいこの作品は何のために描かれたものなのか。 以下に説明することは、作品の中に潜在的に流れる「意識」の問題をとりあげたもので、すべてが表面上のことを説明したものとは限らないということを、ことわっておきたい。 このまんがの繰り広げられる世界は、たとえば(壊れゆく日常)などという、ごたいそうなものではなく、だらだらとつづく「すずさん一家のお笑い戦時日記」と、時折顔をみせるあざといだけの単純なネガティブ史観に構築・説明された、主人公たちが接触しようとしない「外の世界」が存在するだけである。なぜかれらは外の世界とかかわりをもとうとはしないのか。それは、作者の表現上の未熟さゆえに、彼らが外の世界に関心を持ち接触するということは、せっかく築き上げたネガティブ世界が崩れ去る危険にさらされてしまうということにほかならないからである。「お笑い戦時日記」と「あざとい歴史観」とは、このようにして、きわどいバランスのうえに成り立っている。ただし、前述した登場人物たちのおかしなキャラ設定のせいで、すでにバランスはおかしくなっている。これは、作者の技術上の限界と編集部の思惑とのズレから生じたミスであり、「恐怖の時代に生きる、無垢な主人公たち」という、テーマ上の大きな使命を意識しすぎたゆえの、大失敗であろう。 そして何よりも、主人公たちが住むこの世界は、非常に閑散としていて寂しく、とても「内地(日本)」とは思えない。まるで当時、この国の人間たちが悪いことばかりしてきたとされる、「満州」あるいは「朝鮮」にでもいるかのようだ。たとえ戦時下でも日本人の性質からいってとてもありえないような、晒し者にされたおっさんの姿そのものが、それをよく象徴しているではないか?だからこそ(この世界であるがゆえに)このおっさんのエピソードが生きてくるわけだ!いや、なんというあざとさだろうか!!このような文脈の中にポツンとおかれた「愛国いろはかるた」なども、それがゆえに非常に陰惨なニュアンスがあたえられ、みていて胸が痛むばかりだ。こういったものも編集部の方針から生まれたアイデアに他ならないだろう。ただし、「闇市」というのは、あくまで戦後に生まれた社会現象であり、戦時下の舞台にこんなものを入れてきた関係者たちの良識・常識というものが疑われるばかりである。ひんぱんにコマ外にあらわれるよけいな「うんちく」も、読む側の想像力の広がりを抑えてしまうし、固定観念を押しつけるばかりで、まったくわずらわしいの一言。ほんとうに必要な情報だけ巻末に載せるべきだったろう。たとえば、笑えるトージョーさんのこととかね。 この本で、こうの作品に対する興味がまったくといっていいほど萎えてしまったことが、本当に残念なのだけれど、なぜこんな、時流に乗るだけの、底の浅いちんけなものになってしまったのだろうか。これまでの作品にくらべたら、らしくないの一言に尽きる。いちど世に送りだしたものは、二度と取り消しがきかないのに。 (ケイイチ/2008-07-21)
健気なすずの姿に胸うたれる |||
「この世界の片隅に 上 (1) (アクションコミックス)」に続く第2巻中編。 昭和19年7月から20年4月の広島に暮らす すずたちの生活が描かれます。 婚家でつつましく健気に生きるすずは、ふとしたきっかけで遊郭の女リンと知り合うことになります。そのリンとすずは出逢う前から縁浅からぬつながりがあったことが見えてきます。 そしてまた、幼馴染で今は海軍に身を置く水原哲が久しぶりに彼女のもとへやってきます。哲とすずとの間にも複雑な感情の往来が生まれます。 “あの日”までわずか4ヶ月というところまでやってきた すずたち登場人物の生活はこんな風にわずかに波を立てることになります。その静かな波立ちの描き方が実に見事です。 水原哲がすずを評してこう語るくだりが心に残りました。 「あーあー普通じゃのう。当たり前の事で怒って当たり前の事で謝りよる。 すず お前はほんまに普通の人じゃ」 「この世界の片隅に」静かに当たり前に生きるすずたち。夫婦のちょっとしたすれ違いや、家族の仲たがい、そうした当たり前であることがなにものにもかえがたいシアワセであるあの時代の空気とにおいをこの作品は現実感を伴ってみせてくれます。 さて、第3巻・最終編の出版は来年初めのころでしょうか。 楽しみでもあり、おそれてもいる自分が今ここにいます。 (yukkiebeer/2008-11-14)
世界の片隅 ||
やわらかいタッチの絵と穏やかに続く物語にこれから描かれるであろう悲劇が余計に重く響く。
(たろう/2008-08-03)
全9件のレビューを表示しています。[amazonでレビューを見る][amazonでレビューを書く] 平均点:5.0 はてブコレクション数:この商品をリストに入れている人:
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さんさん録 (1) (ACTION COMICS)
ASIN:4575940046双葉社(2006-03-11) こうの 史代 売上順位: ¥ 760(中古:¥ 150) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:234
いやぁ |||||||||||||||
土曜日の昼下がりに、この本を開いてアイロンのかけ方を見ながら、シャツにアイロンがけした私です。
ていねいに家事のできる人になりたい、きちんと生活していきたい、という気持ちをとってもくすぐる本です。 本の題名である「さんさん録」というのは、主人公の年老いた夫に向けて亡くなった妻が遺したよろずの書。掃除の仕方から孫へのことづて、料理の方法から裁縫のうまいやり方まで沢山のことを網羅しています。読者は、家事慣れしていないおやじと一緒にこの「さんさん録」をめくりながら、一から正しい、というか古風な(現代の便利な高い電化製品には頼らないやり方)家事を学ぶことができます。 若い女性読者は、おやじが主人公のお話なんて・・・とお思いでしょう。私も正直、あまり期待していませんでした。しかしいいんですよ、このおやじが。とっても不器用なのに、無愛想な孫に押し付けがましくない自然な愛情を注いでいたり、同居中の息子夫婦にさりげない気の遣い方をしたり、若いきれいな女性にけっこう粋な計らいをして好かれているのに、妻に操を立てていたりと・・・。 何かと女性心をくすぐる素敵なおやじです。甚平姿がなんとも似合う!! おやじのように、毎日、変化していく季節を感じながら、規則正しく、慎ましく、うつくしく暮らして生きたい。現代の贅沢すぎる時代、乱れきった日常生活を省みて、そんなふうに、リフレッシュする一冊。 (pommier_pomme/2006-08-18)
とてもこうの史代らしい作品 |||||||||||||||
『夕凪の街 桜の国』ばかりが有名になってしまったが、この『さんさん録』の方が「こうの史代らしい」作品である。基本的にのん気な登場人物たちによる、ほんわかした日常と、そこに持ち込まれる小さな波乱が実に良い。もちろん、こうの作品に共通するように、「読んで」楽しいだけでなく「見て」楽しい。特にセリフの少ない話には小さな遊びが多くて、ちょっとした宝探し気分。
(ただただし/2006-03-16)
方言の美しさ ||||||||||||
地方の言葉、の「方言」ではなく、「お国言葉」の美しさを感じる作品です。でもそれは関西圏の人間だからかもしれません。
「夕凪の街桜の国」で広島弁のざっくりとした温かさにやられた私。この作品でも広島弁、関西弁があちこちに使われています。どうも関西弁というとヤサグレたイメージで括られてしまいがちなのですが、こうの作品では訛りもまたほんわかとした味わいに変わってしまいます。 隠居したじいさんのささやかな日常を描いたマンガなのですが、読んでいて幸せを感じてしまう作品です。 (ドリフタ/2006-03-13)
黄昏に染まる或る家族の風景 |||||||
先に『夕凪の街桜の国』を読んで、他のこうの作品を読んでみたくなり、
衝動的に買ってしまいました。 本屋さん、中古屋さんとかいろいろ回ったのですが、なかなか見当たらないもので、 合計7店舗回って買い集め、早速読ませてもらいました。 爆笑しました。 じじいとゆかいな仲間達による遅咲きの青春群像に何故か励まされた感覚を覚えました。 最近、品格とか倫理とか再評価されてますけど、なんのことはない、 現実の幸せなんてこんなもんでしょう。 (香斐 祥一/2006-09-01) 「この世でわたしの愛したすべてが、どうかあなたに力を貸してくれますように」
この素敵な言葉と1冊のノートが、妻に先立たれた初老の主人公を魔法のような暖かさで包みます。知っていながらもつい忘れていた妻の優しさに再び触れ、助けられながらも、良い意味で妻を忘れ新しい人生を踏み出そうとする主人公。これ以上ないぐらい優しく心温まるお話です。最近心に余裕がないなと感じる人がいたら今すぐ買ってください。 (しんのすけ/2006-08-05) 漫画アクション連載中のこうの史代さんの新作です。新刊コーナーに置いてあったので思わず購入してしまいました。内容にはまったく文句なし、です。相変わらずほのぼのゆったり、なんだか幸せで時にウィットが利いてるこうのワールドが描かれています。
『長い道』が若い二人の物語だとしたら、これは年配の二人(紛れもなくそうでしょう、きっと)の物語と言ってもいいでしょう。ある意味、ドラ○もんのポケット(むしろキ○レツ大百科?)にもおばあちゃんの知恵袋にも似た『記録』には、思わず微笑まされてしまいます。こうしたものを使って話を作るという発想が、こうのさんの数多き持ち味の一つなのでしょう。 こうのさんの漫画を好む方は、続刊がすぐにでも読みたくなること必至です。 (しんく/2006-03-14)
気がつけばこうの作品のファン |||||
「桜の国」を読んでから、次々とアマゾンの箱に入って届くこうの作品。もうどこにレビューを書いたらいいのかわからないくらい、どの作品も好きです。
さんさん録での、あのじいさんの不器用で器用な心の内、虫好きの小学生の女の子、すばらしい嫁、どの人物をとっても味があります。「やーい、小説じゃ、書けないだろー」っ |


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