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CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ (NT2X)
ASIN:4798114014翔泳社(2007-08-02) 小寺 信良 売上順位:114040 ¥ 2,205(中古:¥ 833) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:14
身も蓋もない言い方をすれば、売れるか売れないか、予算がつくかつかないかがコンテンツの優劣を決している。
市場主義の透徹した世の中だから、文化的価値なんてなかなか言っていられないのは、しょうがないことだ。 そのことを重々わかっていて求められる結果を出しつつも、でもそれだけじゃなくて未来を構想してやろうというギャンブラたちが本書のインタビュイたちである。 コンテンツは確かに商品だけど感動を扱うものでもあり、どれがあたるかは不確定。 そんなヒリヒリした感じと、コンテンツに向き合う真摯さが伝わってくるからこそ、各人の言葉に説得力があり、魅力となっている。 コンテンツビジネスは問題が山積だけど、解決の糸口は示されている。 私たちは製作の現場にすぐさま立てるのだし、コンテンツを消費するだけじゃなく、コンテンツの作り手の心意気も込みで消費することで、ちょっとした支持を表明できる。 何ができないか、ではなくて何ができそうか、を示してくれる良書。 (fumi/2007-08-20) レビューの書き方によって、レビュアーの知能レベルを見透かされるような気がするから、あまり込み入ったことは書かないでおきます。
コンテンツと著作権の将来について これほどまでに冷静な視座が存在することに驚き。 そして、メディアに関するさまざまな立場の人が、それぞれの立場のなかでぎりぎりの論戦を繰り広げている。 そうした複雑さを見据えて逃げないこと、それがこの本の存在意義を高めているのではないかと考えます。 メディアってどこに行くんだろう?ということ考える人にとって、必読書じゃないでしょうか? あと、テレビに携わる人はバカじゃないんだけど、 テレビって基本的に一生懸命見るメディアじゃないんだって 始めて知ったかもしれません。 (quantum/2007-08-15) 登場する9人のチョイスが秀逸で
全3件のレビューを表示しています。ネット時代の新しい論点が多数網羅されている。 触発された!買って良かった。 (アマゾニア一郎/2007-08-05) [amazonでレビューを見る][amazonでレビューを書く] 平均点:5.0 はてブコレクション数: |
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メディア進化社会 (Yosensha Paperbacks 28)
ASIN:4862481531洋泉社(2007-05) 小寺 信良 売上順位:237528 ¥ 1,000(中古:¥ 15) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:
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だれが「音楽」を殺すのか? (NT2X)
ASIN:4798107034翔泳社(2004-09-22) 津田 大介 売上順位:143449 ¥ 1,659(中古:¥ 445) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:162
アーティストとリスナーの新しい信頼関係を作るために ||||||||||||||||||
本書は(1)レコード輸入権-洋盤が聴けなくなる?(2)CCCD-コピーできないCDの悲劇(3)違法コピーとファイル交換(4)音楽配信サービス-埋まらない日米の格差(終章)音楽のこれから、という章で構成されている。音楽ファンなら誰でも関心あるテーマだろう。大昔、FM放送の黎明期に「エア・チェック」なるものが流行った。放送を録音するのである。ソースを買う費用が助かったし、専門雑誌は細かい番組表を競っていた。でも気にいったものは結局多くの人がレコードを買ったと想像される。やがて放送局は曲の途中に音声をかぶせて「邪魔」するようになったのだが、レコード会社の圧力があったのだろうか。次に携帯カセットデッキが現れた。音源はCDになり、コピーして持ち歩くようになった。「個人が使用する限り」ということで著作権の問題はクリアされていた。しかしパソコンでCDをコピーできるようになった辺りから様相は一変したようだ。MP3のような技術が音楽業界を不安に陥れ、そこで生まれたのがコピーできないCCCDだったようだ。しかしこのシステムは極めて評判が悪いようだ。音楽CD売れ行きの落ち込みの原因とみる向きもあるようだ。著作権を尊重することは当然のことだが、著作権保護という名目で音楽文化の発展が損なわれていないだろうか? 著者はアーティストとリスナーの新しい信頼関係について提言している。
(twin_lens/2004-12-19)
レコード輸入権、CCCD、ファイル交換ソフトなど、現代の音楽業界が抱えるさまざまな問題点を分かりやすくまとめた一冊。いち音楽ファンとしての視点から書かれてはいるものの客観性は損なわれておらず、単なる業界叩きに終わっていないところが秀逸。「いま音楽業界に何が起こっているのか?」を一通り抑えておきたい人にこれ以上の良書はないだろう。
(もょもと/2004-10-01)
ネットに音楽論壇のような世界があることは、一般にはあまり知られていません。本書はその中心的ウェブサイトである音楽配信メモの著者が、最近の主要な論点「レコード輸入権」「CCCD」「違法コピーとファイル交換」「音楽配信」についてまとめたものです。
本書が優れているのは、幅広い立場の意見をきちんと集めていることです。著者は一通り論点を書き出した上で、「私はこう思う」と述べています。意見に賛同するかどうかは別として、議論を俯瞰したい方には重宝します。また著者の提言はたいてい推量形か疑問形で結ばれます。消費者の権利拡大による音楽文化の発展は、業界の被害と同様に不明確だからです。これもまた著者の誠実さを示していると思います。 生産者と消費者では後者の方が圧倒的に多いので、ふつうは消費者寄りの発言が受けます。著者は消費者なので、当然本書も大筋で消費者寄りなのですが、無理筋の生産者批判への反論も多々織り込まれています。あとがきにも「業界を批判する前に勉強すべき」との主張がありますが、都合のいいところだけ拾い読みするのではなく、じっくり読み込むことを勧めます。 カセットテープは庶民の盛り場から生演奏を駆逐しました。音楽がパッケージを失いデータとして流通していく今後、生業としての音楽の道はいっそう狭まります。価格破壊で「市場」が縮小していく経済状況の中、音楽業界のサバイバルから目が離せません。 (徳保隆夫/2005-02-18) 音楽を愛する人は皆読んで欲しい内容です。偏見無くコンシューマとしての立場で書いている内容が共感持てます。CCCD、IPODの話題に関しては最も旬な話題です。
音楽業界の時代に変革を適切に飽きなくコメントして良書と言えます。 (kou2000/2004-09-28) だれが「音楽」を殺すのか?の書籍の内容は
1 輸入盤規制に関してのこと細かい政治の動き 2 CCCDに関しての記述 3 ナプスターなどの違法コピーに関する記述 4 音楽配信サービス(日本と米国との違いや現状) 最後に 音楽のこれからと題しての展望や筆者の願いで終わっている。 この書籍のキーワードとなる言葉は音楽ファンであるのなら興味があったり 知っているものばかりだろう。今音楽ファンを取り巻く現状の問題点を 整理し解り易く書かれており日頃分厚い本を手に取らない方々にも読んで おいてほしい。何故音楽を聴くという行為自体が窮屈になってしまったのだろう? 津田氏はあとがきで ----------------------------------------------------------------- きちんとした知識や事実認識なしに的外れなコメントしても、それは自己満足 のガス抜きにしかならない。今の音楽業界をクソだと思ってて、その状況を 何とか変えたいなら、ニュースの背景にどういう問題が横たわっているのか、 きちんと勉強するべきだ。 ----------------------------------------------------------------- 長い抜粋になってしまったが、(この前後の文章も読み応えあるのだが) 本当に氏の言うとおりである。短絡的にただ反対という看板を掲げれば いいと言う問題ではなく創造物に関しての著作権意識やユーザーの根本的な 意識をどうあるべきか?も深く考察してゆかねばならぬだろう。音楽は嗜好品の類かもしれない、消費物の側面もあろうしかし、音楽は 「文化」だということを享受する側も忘れないことが大切だと思う。 (/2004-09-28) 情報サイト「音楽配信メモ」主宰である筆者が、自分のテリトリーに関し知り得るもの考え得るもの全てを、惜しげもなく注ぎ込んだ渾身の一作。洋楽CD輸入権、CCCD、違法コピーとファイル交換、音楽配信等などについてわかりやすく著されています。むしろ「こんなに惜しげもなくブチ込んでしまったら筆者はもう丸裸で、知識の点で他者に対してイシニアチブが取れなくなってしまうのでは?」と心配になってしまうほどです。
分厚くて文字が多いのに、読み進めることがちっとも困難でない良書。曽我部恵一など著名人のインタビュー等がタイミング良く挿入されていて飽きません。事実を列記しただけでないオピニオンある作品になっているのは、筆者のロックスピリットによるものなのかも。 『誰が「音楽」を殺すのか?』の質問に対して、『○○が「音楽」を殺すのです』という答えを導き出さなかったところに感銘を受けました。 (1234/2004-09-27) 輸入権に対する消費側の問題、CCCDのふがいなさに対して音楽配信メモの威厳というか取り組まれてこられたことがぎゅっと詰まってる点や、音楽の違法コピーに関する見解、インターネットや情報技術の発達に対応するアーティスト側の実際の行動例など、音楽業界の現状が「そんなに書くなよー」と嘆かれかねないほど詳しく、そしてわかりやすく書きしたためてあります。
音楽を聞く全ての人に買って読んでほしい一冊です。 (シゲ氏/2005-02-05) レコード輸入権、CCCD、ファイル交換、音楽配信について熱く丹念に追われた本。勉強になります。文章のせいというより、音楽が置かれている複雑な状況のせいで読みにくい部分もありましたが...。課題多いですね、音楽業界。でも既得権にすがる状況、過去のしがらみにがんじがらめになる状況って、ふと横を見るとそこにも...。これから変わっていく時期なのかもしれないので、この本が過渡期の記念碑になることを、いち音楽ファンとして祈ってます。
(ウエケン/2005-04-13)
音楽配信メモで知られる津田大介さんによる音楽産業とテクノロジーについて書かれた本。内容は(1)レコード輸入権-洋盤が聴けなくなる?(2)CCCD-コピーできないCDの悲劇(3)違法コピーとファイル交換(4)音楽配信サービス-埋まらない日米の格差(終章)音楽のこれから、という章で構成されている。
音楽ファンとしての熱い視点と、ライターとしての冷静な視点が両立している点がすばらしい。 (カビゴン/2005-09-22) なぜライブドアが音楽サービス(エンコード・サービス現在は休止中)をはじめようとしたのか、その時代的背景。また、DRM(デジタル・ライツ・マネージメント)などのネットでの著作権保護がどのように変遷し今に至っているのかをわかりやすく教えてくれる。これからネットで音楽ビジネスを考えている方には必読本。
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ネットコンテンツ・ビジネスの行方 ~動画・音楽配信の最新トレンドを追う~
ASIN:4839922411毎日コミュニケーションズ(2007-04-20) 山崎 潤一郎 売上順位:109114 ¥ 1,575(中古:¥ 720) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:
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フラット革命
ASIN:4062136597講談社(2007-08-07) 佐々木 俊尚 売上順位:149803 ¥ 1,680(中古:¥ 40) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:116
既存メディアの権威が低下し、マスメディアの提供する情報と
一般ユーザーの価値が「フラット」になる世界を占った本。 といっても本書の語り口は決してオプティミズム一色というわけではない。 (もちろん、アンチネット本であるはずもないが) メディアの担い手にさせられた「ネットのあなた」に 突きつけられた重い課題を鋭くえぐっている。 これぞジャーナリストの仕事と言える一冊です。 フラットな世界に凡百の言論が生まれようと、 これだけの仕事は誰にでも出来るものではないと思う。 ネット嫌いな人もマスコミ嫌いな人も、 あるいはそれぞれ逆の人も、 この本は読んでおいた方がいい。 (どあーず/2007-08-20) 筆者の格子は
(1)インターネットの出現により、マスメディアには「匿名言論の登場」「取材プロセスの可視化」「プログ論断の出現という危機の発生 (2)マスコミは総質社会ではないのに総中流を代弁する「われわれ」が記事を書いている。 (3)インターネット社会では「われわれ」でなく「わたし」という個人が枠組みを超えている。 (4)共同体構造は消滅し、社会に対してシビアになっている。 (5)マスメディアの「公」が消滅しつつある。 (6)ネット上の議論は誰でも見える。これが「わたし」が実質「公」となりつつある。 (7)以上から新たな民主主義が生まれつつある。 ということだと思う。将来、ラディカルな民主主義につながっていると思われる。 近未来予想として、面白く読めました。 (ハスキルfan/2007-10-09) 「ことのは」とか「出会い系嬢の憂鬱」のような
マニアックな事例を引いて、目の覚めるような 論考をやってのける切れ味の鋭さはさすが! ネット中毒の人はいざ知らず フツーに暮らしていたら死ぬまで気づかないような 問題提起がつまっていて、内容は充実している。 新書の倍の値段だけど十分元が取れる。 内容的には間違いなくこれまでの佐々木本の中で最高傑作といえよう。 惜しむらくはタイトル。 タイトルが某ベストセラーを連想させるもので なんか俗に媚びた感じがしたのでマイナス1。 まあ、内容に齟齬はないんだけどね。 (山田のキモチ/2007-08-22) ウェブの出現とインターネット・インフラの整備は社会に大きな変化をもたらした。それは、mixiなどのSNSや、2ちゃんねる、ブログなどによって起こった。それぞれ程度は違うがそれ以前とは圧倒的に違う点がある。発言者の地位や年収など立場に影響されず、発言内容のみに価値が見出されるということだ。これが本書のテーマであるフラット化した社会を構成する要素となっている。
大手メディアが流し続けてきた情報は以前は大雑把に「間違っていることもあるが、まぁたいていは正しいことを言っているんだろう(だって信頼できるメディアが流しているんだから)」というふうに見られていた。しかし、インターネットの出現で個人がさまざまな情報にアクセスできるようになり、また、才能のあるブロガーが自由に的確な批判を権威のある記事や人物にするようになり、以前、漠然と信頼していた媒体が相対化され価値が下がってくる。発言したものよりも、発言そのものが大事になってくる。 しかし、そうやってすべてがフラット化してしまうと、危険な言論が出現したときに以前は新聞やテレビという「公器」が果たしていた防波堤の役割は誰が担うことになるのか。そいういう疑問が提起される。この疑問に対し、著者は互いに批判しあい議論を戦わせることで公共性が立ち上がっているのではないかと書いている。 少し前に「『みんなの意見』は案外正しい」という本などによる「集合知」がネットの本質としてロングテールとともに流行ったが、これは実際に機能していると思う。互いに批判しあうことでおぼろげに立ち上がる議論の空間の雰囲気は案外皆が受け入れやすい妥当なところに落ち着くのではないかと思う。これは、安心できるけれど窮屈な、権力と服従が支配する以前の社会に比べて住みやすいものになるという感じがする。 たとえその新しい社会に参加する人々が以前に比べ分断されていて孤独な戦いを日々戦い続けなければいけないとしても、その戦いの中でセレンディピティという偶然で幸福な出会いを多く経験することができるならば、以前に比べて幸福度の総計という点で考えればそれは高まるのではないかと思う。 (mbookdiary/2007-10-10) 本書はおもにインターネットがもたらした変化,とくに言論のフラット化 (匿名でも権威があっても「何を言ったか」だけで判断される) と,ウィキペディアなどにおいて意見の集約が困難になっいること,セレンディピティによって人と人とが出会いやすくなったことについてのべている.しかし,それと同時に日本において 2000 年代前半に「戦後世界」のわくぐみとそれを象徴する共同体が完全に崩壊した崩壊したことによって人々がばらばらにされたこともフラット化のひとつであり,それが「出会い系」へののめりこみを生んでいることも指摘している.このようなネットだけにとらわれないはばひろい視野はまなぶ価値がある.
(Kana/2007-10-01) タイトルに魅かれもっとオプティミスティックなビジネス本だと思って読み始めたら良い意味で期待を裏切られた。
本書は既存メディアとネットメディア(メディア、と言い切れない部分もあるが…)の違い、お互いの嫌悪感を豊富な取材、実体験を通じて描いている。 インターネットメディアが登場した当初、大手マスコミ人はそれを軽んじ「便所の落書き」と侮るキャスターもいた。その一方、自らは「社会の木鐸」を任じ、「ネットに匿名で書いている奴らは責任感がない」ゆえに「公」ではない、と言い切る既存大手メディアは、放送法で縛られる許認可事業であったり、記者クラブ制度や、政府や公共機関からの情報提供をあてにする引き換えに報道に偏向がある部分もある。 ネットの普及に伴い、こうした偏向を嫌い、またそれぞれが高度な専門性を持った個人が(既存メディア記者はどうしても広く浅くになりがち)それぞれの知見を公開し、すなわちネットでは大手メディアにはない情報を与える理想の場になるかに思えたが… というのが前段で、しかしネットにもやはり欠陥があった、というのが特に著者の実体験にもとづく「ことのは事件」で顕著に描かれる。大物政治家、大手メディア、人気ブロガー、出会い系にハマった女性など、多くの取材に基づくレポートはやはり新聞記者出身とうならせる。事件と言っても何か犯罪が行われているわけではないが、まるで面白いミステリーのように一気に読んでしまった。 もちろん、大手メディアには優秀な記者が豊富な人的ネットワークを活かして取材する力があるし、ネットにはどんな個人も発言することができる、すなわち究極の民主主義が存在する。双方にいいところがあり、欠点もある。情報を受ける側はそれを取捨選択していくほかにはないのであるが。 (blackstar/2007-08-25) 今まではマスコミの権威による「誰が」書いたのかが重要であったのが匿名記事の増加に伴い「何を」書いたのかという内容重視になってきています。誰もがマスコミと同等の発言力を持つ可能性がありネット社会によりマスコミ権威が脅かされている現状をフラット革命と呼んでいます。
著者の膨大な取材により非常に内容の濃い1冊になっており楽しく読めました。結論としては失われた「公共性」が必要(しかしシステム化はほぼ不可能か)ということですが、問題提起としては有益な本であると思いました。ただしネット社会とは言っても本書ではあくまで日本国内のみ取り扱っていますので注意が必要です。 新聞は絶対だと考えておられる年配の方々に是非読んでいただきたい良書だと思いました。 (読書好き/2008-02-25) 氏はウエッブ2.0関連の著作が多く、少なからず私も読ませていただいたが、取材の濃さは本書が一番ではないだろうが。
自身が元マスコミであるということから来る使命感もあるのだろうが、冒頭の「元マスコミによるマスコミ批判」とでも言うべき某大手新聞社との対決劇は特に秀逸だ。 (mikeexpo/2008-02-07) 深みがあっていい本だと思います。
最近のインターネット関連の書籍のほとんどがビジネスサイドに関するものばっかりであったのに対して、この本は人間そのものがどう変わるのか?公共性はどうなるのか?社会はどうなるのか?といった問題意識を提起している。 一種のルポルタージュになっているので、サっと読めるものでもないが、読み通せば確実に、これは考えなければいけない問題だなという、宿題に似た感じを与える本である。 特に、匿名性が維持されるネット内において建設的な関係性・公共性をどう維持していくのか?という点は深く考えていかなければいけない問題だろう。 ネットビジネスの事例やチャンスを求める人にはフィットしませんが、一種の社会学上の重要な問題意識を提起することに成功していると思う。 (アマゾン太郎/2007-10-17) 「グーグルGoogle−既存のビジネスを破壊する」、「ネットvs.リアルの衝突−誰がウェブ2.0を制するか」などIT・ネット分野に関する著作で有名なフリージャーナリストの佐々木俊尚氏 の最新作。
「フラット」といえば、トーマス・フリードマン氏の「フラット化する世界」 を想起するが、まさにインターネットという新しいテクノロジーの出現で世界がフラット化する中で、マスメディアと個人の激しい相克が始まっており、フラット化とは何か、これからどういう革命が起こり、僕らの住む世界がどう変わっていくのかについて筆者のネットに関する深い知識に基づく興味深い知見が示されている一冊だ。 そのプロローグには私たちの世界に起こりつつある革命的な変化の象徴として、昨年のタイム誌の「パーソン・オブ・ザ・イヤー(今年の人)」としてその表紙にパソコンの画面にミラーを貼り付けた「You(あなた)」が引用されている。(YouTubeやブログ、SNSといったウェブ2.0の出現で今や個人が力を持ち、世界を変えようとしているという意味で今年の主役をパソコンの中の「あなた」としたもの。) 僕がこの本の中で最も興味を引かれたのは、インターネットにおける匿名性の問題だ。佐々木氏は、匿名だから信用できない、匿名だから無責任として、いまだにブログなどの個人のインターネットメディアに対して否定的、もしくは攻撃的な姿勢をとり続ける大手メディアや柳田氏などの一部知識人とは一線を画し、いまだ混沌の中にはあるもののインターネットという力を得た個人は匿名すなわち、肩書きや権威に頼ることなく、ロジックがしっかりしていれば大手メディアもかなわないような力を持ちえると力説している点だ。彼は言う。 「その世界では、匿名というだけで否定されることはない。情報源がきちんと提示され、そこから展開されたロジックが説得力を持っていれば、匿名言論であってもきちんと評価される。もちろん、16歳の高校生でも、小学生であろうと80歳の高齢者であろうと、あるいは会社経営者でもフリーターやニートでも、その属性や社会的地位によって評価は揺るがない。」(P.276) この事実は権威にすがる人達にとっては、とんでもなく不愉快な出来事だ。だからこそ、匿名性を攻撃しているとも見える。 かくいう僕もブログやMixiが生活の一部になっており、インターネット上での意見交換でそのことを痛切に実感している一人だ。これから何が起こるのか、そしてその革命的変化の中で自分をどう表現し、ふりかかってくるリスクをどう避けるか、いろいろな示唆を与えてくれる一冊だ。 ブログやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を楽しんでおられる方、インターネットでのやりとりに一抹の不安を感じておられる方、メディアの行く末に関心のある方、必見の書です。 (ラッキーメンタイ/2007-09-14) 著者のこれまでの本には刺激されることが多く、今回も大きな期待をもって手にしました。しかし本書は私には少々難しく、だからこそ"food for thought"ともいうべき事柄が数多くありました。私自身が考えるべき課題として以下の点を書き留めておきます。
1)難病の少女が米国で心臓移植を受けるための募金活動を、あるブログがこう批判したとあります。(20頁)「心臓移植を必要とする患者数は、提供される心臓の数を上回っており」、少女が「救われる確率が増える分、リスト入りしている他の患者が死ぬ確率が高くなるだけ」。だから「一人の命を救うためにとてつもない大金を集める」活動は「(臓器を横取りされて死にゆく患者)を殺すことを幇助している」。 ということは募金によって少女の渡米が実現すると誰かから臓器を横取りする事態が起きるということでしょうか。移植待ち患者の順番づけに(横取りを許さないような)厳格な規定はないのでしょうか。 仮に横取りが起こるとしても、批判すべきは募金活動ではなくて、横取りしないと救われない命があるという今の移植事情のほうではないのでしょうか。 2)「公共性」はこれまで、メディアに登場する知識人たちが担保してきたが、ブログの拡大によって今や無数の「わたし」が公共性を担保する新しい時代になるという見方が綴られています。(277頁) しかし、私や私の周囲にいるサラリーマンの多くは無数のブログに目を通す余裕はほとんどありません。ブログによって公共性が担保される時代が来ると、私のような時間のない者はその公共性から排除されてしまうのでしょうか。 また、書かれている内容に大きく頷けるようなすぐれたブログを書ける(公共性を担保できる)ブロガーと、ノイズしか書けないブロガーとの見分けは、私のような駄文しか書けない大衆にはかなりハードルの高いことです。どうしたらよいのでしょうか。 (yukkiebeer/2007-11-04) 通常、事実を積み重ねた上に意見を書かなければならない物だが、
結論有りきの意見の元に事実をよりわけていて残念です。 中でも毎日新聞の記者の項は、毎日新聞記者Iの私的な携帯番号を ばらまいたのは誰なのか、佐々木氏は知っているのに、 Gという男という記述をされておらず、逆に毎日新聞の記者の事をIとだけ表現している上、 GがIの番号をばらまいたり私的な携帯に電話をした事をわざと抜かして書いてあって残念。 全部イニシャルか、全部実名で書いた上、事実を書くべきだった本。 (アマゾニア一郎/2007-08-09) 「次世代ウェブ」という新書で気に入った、佐々木俊尚さん。この本では、ネット社会の流れを手放しで喜ぶばかりではなく、ネガティブな部分もあわせて紹介してあり、文章のキレもよく、すばらしい本でした。
この本の構成はおおむね4章に分かれるのですが、最初の章では、1999年に筆者が毎日新聞記者だったときのエピソードが紹介されています。 個人が事故現場の写真をネットに掲載し、それを毎日新聞が問題にした(つまり、責任あるマスコミならいいが、責任をともなわない個人がそんな報道まがいのことをしては良くない)というエピソードです。今なら普通のことですが、当時は筆者によれば「新聞社のインターネットに対する拒絶反応があった」ということで、ネット叩きが起こったようです。 そのようなエピソードから始まる本書は、いかにもネット礼賛に進みそうなのですが、そうではなく、ネットで起こっているリアルな問題にも触れているところが興味深かったです。 たとえば、Wikipediaの編集合戦や、「加藤の乱」について、加藤紘一がインターネットに乗せられてしまった面があること、そして最終章、筆者自身も巻き込まれたという「ことのは事件」の丁寧な紹介。そこでは可視化、が大きな論点となっていました。 これらをまとめると、第4章のタイトルにもあるように、「公共性を誰が保障するのか」という点が、筆者のもっとも関心のあるところなのかもしれません。 >世界で起きていることすべてがフィルタリングされ >しかし砂糖菓子のようにくるまれた安心社会に >戻るのか >それとも生々しい現実と相対することが可能で >しかし自分の頼る場所も見えなくなった浮遊社会 >へと歩みだすのか >つまるところわれわれは、この二つの世界観の >選択肢に迫られているのである。 本書で明らかに述べられているのは、既存の知識提供システムはもう終わっているということ。だけど、ではどうなってゆくのか、ということは、まだ誰にもわからないのでしょう。また数年後、この筆者の考えを読みたいなと思いました。 わたし自身はインターネットを楽しく使うだけの素人ですが、そんな素人にとっても面白い時代になったなあと感じています。これからの変化を興味深く見つめてゆきたいと思いました。 (miyama/2008-12-16) 「フラット革命」という威勢のいいタイトルとは裏腹に、本書のテーマは“フラット化が生み出す新たな難問”に収斂していく。これまでの著作では、元新聞記者ならでは手腕でグーグル、ウェブ2.0といったネットのリアルが客観的に整理、提示されていたが、本書では自らもネット上の事件の当事者として登場するなど、その趣き、肌合いを変えている。だが、この混沌、未整理、未決着こそが今のネットのリアルだろう。マスコミによる一面的な<われわれ>は崩壊し、ネットの<わたし>が増殖するという流れは誰しもが感じているはずだ。一方で人は自らの世界観の中だけでは生きていくことが出来ない。「どのようにして私は外の世界につながっていけばいいのか?」という欲望はネットの出現によって逆に強度を増している。大塚英志の言う「公民の民俗学」という一種の理想論が本書でも語られている。“つまりは個の確立こそが、公共性につながっていくという考え方”。ところがそれってやっぱ一筋縄ではいかないんだよな。“つまりはフラット化が過度に進行すれば、<公>が消滅してしまうのではないか”というアンチテーゼも著者は指摘している。
全14件のレビューを表示しています。もうひとつの、“リアルの人間関係と、オープンな情報共有”の折り合いって論点も難しい問題だ。著者は、“ネットの世界での評価が、そのままリアルの世界での評価とイコールになる時代は、まもなくやってこようとしている”って言うんだけど、僕はそれはちょっと?と思う。ネットとリアルの部分的な互換はあってもいいけど、まったく重なっちゃうのは勘弁だ。逆に、ネットにリアルが、リアルにネットが全面的に流入していかないようにする弁が必要であり、そのひとつの可能性が「匿名」だ。著者が原則認める「匿名」については僕も同じ考え方で、「匿名」はネット上で人格を持てばいい、つまり「通名」的「匿名」は絶対あって然るべきだと思うのだ。 (盥アットマーク/2007-12-15) [amazonでレビューを見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.0 はてブコレクション数: |
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アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか
ASIN:4757102453エヌティティ出版(2008-10-27) 濱野 智史 売上順位:9008 ¥ 1,995(中古:¥ 1,200) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:85
面白かったんですけど…… |||||||||||
この本を読んでる最中ちょっと机に投げ置いていたら、私の身近な人が覗き込んでケタケタ笑い出した。東浩紀が帯に寄せた言葉がおかしいと言う。「本書ぬきにニコニコ動画は、そして日本社会は語れない」って……ニコニコ動画と日本社会が同列なの? アハハ。
ニコニコ動画はそんなに重要なのか? 著者は〈一回性〉という経験に支えられた芸術作品の「アウラ」について語ったベンヤミンを持ち出し、「いささか大仰にいえば、ニコニコ動画の出現は、こうしたベンヤミン的な構図の前提そのものを崩してしまう」(p225)とする。「芸術作品(コンテンツ)が複製可能なのではなく、それを『いま・ここ』で体験するという〈経験の条件〉が複製可能であるということ」によって、ニコニコ動画は「百年単位のインパクトを持ったメディア史的事件」(p226)なのだそうだ。 しかしそれはやっぱり、「いささか大仰」ではないか? だいたいアウラ論そのものが、そういう風に理論的に展開できる話なのかという疑問だってある。 本書でも参照されている北田暁大の2ちゃんねる論もだけど、社会学にせよ民俗学にせよ、「社会」について語る言説は往々にして小さな一部分で全体を語ろうとする。神は細部に宿るっていうか、フラクタルな世界像にもとづく逆演算っていうか、集合の一要素が集合全体を含んでいるかのように論を進めるという意味で、論理階型の意図的な混同があるとも言える。 ま、それはそうでもいいんだけれど、しかし「社会」について論じようとする者がイケてるディテール探しの競争を繰り広げているような最近の風潮には、ちょっと食傷気味ではある。しかもそういうディテールって、決まってマーケティング的に重要そうなネタが多いって感じで、「社会」論が資本主義の婢女になっちゃったみたいなのね……え、今さら何をアタリマエのことをって? (モワノンプリュ/2009-05-19) この『アーキテクチャの生態系』はグーグルやWeb2.0に象徴されるゼロ年代のウェブ周辺の環境を明瞭に書きまとめた、まさに良書というべきものである。
インターネットの起源、またレッシグの「アーキテクチャ」やグーグルの「ページランク」といった今や多くの人々が知るところとなったものから、様々な文献を引用しつつ懇切丁寧に解説されている。 ウェブ入門書として「ネットのことはいまいち分からないんだけど…」という方には、是非新書を読むような気分で気軽に手を伸ばしてもらい。 ただしこの本の真の魅力は、ウェブ入門書としての側面ではない。 それはこの本が、アーキテクチャの生態系(≒環境管理型権力を用いた社会設計の進化のプロセス)という新しい観点でウェブを語ることによって、ネット賛歌あるいは、ネット断罪というこの手の本では定番化した結論を克服したことにある。 最初は、この二つの立場を限りなくフェアに解説している(ような素振りをする)彼のスタイルに対して、正直煙に巻かれている感を感じざるを得なかった。しかし、それは一つの結論として「日本社会論」や「若者論」に絡められ、日本のウェブサービスが如何に「ガラパゴス的」に進化して来たか、ということが鮮やかに紐解かれていくことになるのだ。 彼のバランス感覚は、2ちゃんねるやP2P、そしてケータイ小説といった意見が二分されるものを正しく読み取っていく上で非常に貴重な才能であると感じた(特に第7章の恋空に関する記述は今までに無いタイプの論調であり、彼の独自性が見て取れる)。 先に述べたように新書的明瞭さと、情報社会論としての確かな内容を両立させた極めて優れた本なので、より多くの方に読んでもらいたいと思う。 (tanakawabisuke/2008-11-21) グーグル、ブログ、2ちゃんねる、ミクシィ、ウィニー、ニコニコ動画、ケータイ小説、その他もろもろのウェブサービスを、一種の「生態」として把握し、それらがいかに「進化」してきたのかを実に興味深く分析してくれる作品である。ネット社会をできるだけ賢く楽しく生きようとしている私たちの自己認識を深めてくれる良書だと思う。
私的にとりわけ刺激的だったのは、「日本社会」の「特殊性」を強く意識した考察がなされていることである。日本における「2ちゃんねる」や「ミクシィ」の大人気の背景として、「日本人」の「集団主義」の影響を見て取る本書の議論は、前々から何となくそんな気がしていただけに、うなずけるところが大きい。高野陽太郎氏の『「集団主義」という錯覚』(新曜社)という著作により「日本人=集団主義」なんてデタラメ、という認識を獲得しつつも、ウェブにおけるこうしたあからさまな「証拠」をつきつけられてしまうと、やっぱそうなのかなあ、と考えこんでしまう。 また、日本の独創的なウェブサービスとして著者が大絶賛する「ニコニコ動画」に関する考察が、まったくもって斬新かつ説得的で非常におもしろかった。ニコ動が24時間エンドレスの擬似的なライブ感(「いつでも祭り」な状態)を維持する画期的なシステムを構築したという驚きの事実を、「時間」や「アウラ」などの論点によりながら、またセカンドライフや2ちゃんなどと比較しつつ分析する。あるいはそのインターフェイスが可能にした「客観的」なコンテンツ評価の意義を述べ、その成功の理由に迫るなど、次々に繰り出される新しい思索のあり方にうれしくなる。 こうした「生態」の考察だけでなく、『恋空』の内容を、携帯メディアの特性を存分に活かした新時代の文学として高く評価するなど、誰も言いそうもない目からウロコな指摘が満載である(従来のケータイ小説論はその「流行」の謎を解明するものが主で、文学表現としての技巧に関しては軽視されていたと思われる)。新時代の頼れそうな論客の登場を、素直に喜ばしく感じた。 (ソコツ/2008-11-30) 非常に面白い内容だった。
全4件のレビューを表示しています。Webの世界はアメリカが先行していて、その後を日本が追いかけるイメージが強かったが、日本独自の発展の形(2chや、ニコニコ動画、ケータイ小説など)がありうるということ、加えて国民性や社会のあり様が、それを規定しているという、当たり前のようだが指摘されて改めてその実態に気付かされた。 著者は、昨今のWeb世界の現象を記述するだけでなく、ゲゼルシャフト/ゲマインシャフトなど社会学の中で培われてきた概念を援用しつつ、構造的な捉え方を提示してくれるので、読み進める中で見通しが得られるので大変ありがたい。 個人的には、ニコニコ動画等は何が面白いのか判然としなかったので、解説してもらえてなんとなく掴めた気になった。 ともかく一読をお勧めしたい。 (hidemet/2009-01-11) [amazonでレビューを見る][amazonでレビューを書く] 平均点:5.0 はてブコレクション数:この商品をリストに入れている人:
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2ちゃんねるはなぜ潰れないのか? (扶桑社新書)
ASIN:4594053882扶桑社(2007-06-29) 西村 博之 売上順位:16968 ¥ 777(中古:¥ 1) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:130
タイトルの「なぜ潰れないのか」の理由に関しては巻頭で説明されまして、その後はほとんどそれに関する記述はありません。
ですのでタイトルにある「なぜ潰れないのか」を本当に知りたい人にとってはもの足りない本となってしまうでしょう。 そして、内容に関してはインターネットビジネス、Web2.0ビジネスに関して冷ややかに見ているひろゆきさんのコメントが随所にありますが、それらは冷静沈着で合理的で、読むものをう〜んとうならせます。(時々論理が飛躍する部分もありますが) 但し、あとがきでひろゆきさんは、 ・対談は自分が話していない内容も、話しているように編集されている ということを明らかにしており、何より驚愕の事実がこの本の最後の1行に書いてあり、 (以下ネタバレあり) 「そんなわけで、この本のほとんどを書いた杉原さんに感謝です。」 ということなのです。すなわち、どこからどこまでがひろゆきさんの意見、記述なのかは全く不明なのです。 そういう観点で思い出してみると確かに、本人が話した、もしくは書いたっぽい部分と ゴーストライターが書いた部分が何となく分かるような気がします。 なので、amazonで何人も本著を評価していますが、これをひろゆきさんの著書として評価すること自体がナンセンスなのかなと思っています。 (mosh/2008-02-23) 梅田望夫さんは『ウェブ進化論』や『フューチャリスト宣言』を通じてインターネットの希望に満ちた将来を語っていました。
逆に「インターネットは別にたいしたもんじゃない」「明るい未来は無い」と水を差している本が本書です。 梅田さんの熱い語り口と正反対で、クールに語るひろゆき氏の口調は決して「感動する」とか「心にしみる」ものではありません。しかし、同じインターネットについてこれだけ正反対の意見があるということ自体に興味を引かれました。 いつもと違って手放しで推薦できる本ではありませんが、ちょっと距離を置いて読んでみると、これほど「おもしろい」本は無いかもしれません。 著者のひろゆき氏は、巨大掲示板「2ちゃんねる」の作成者であり、管理者です。 2ちゃんねるは多くの民事訴訟や賠償請求裁判を抱えていて、最初はひろゆき氏も裁判に出ていました。しかし、あるとき裁判に欠席しても何も起こりませんでした。その結果「すべて相手の言うとおり」と解釈されて敗訴しても、何も困ったことにならなかった。 だから、裁判には出ないことにした、とひろゆき氏は本書で語っています。 こんな著者ですので、本書全体が人を食った色調にあふれています。 あまりの物言いに、けっこう辛口な論調の佐々木俊尚氏までもが、本書の対談で次のようにつぶやいていました。 「西村さんの言っていることは、身も蓋もなさすぎてついていけない」 「せっかくそうやって頑張っている人がいるのだから、そこまで言わなく てもいいかなって思うんだけど」 身も蓋もないひろゆき氏の論調は、最終章の小飼弾氏との対談で更に盛り上がります。正義感の強い人は、本書を壁に叩きつけないよう注意が必要です。 取り扱い注意です。 (くろやぎ/2008-05-03) この本は、もっとお気軽な内容と思って読み始めたら、深い内容を含んでいたので、ゆっくりと読んだ。本のタイトルは単に本を手に取らせる作戦のためで、ここだけを見て評価しても意味はあまりない。
ひろゆき氏のように、生活に困らず、しかも物欲のあまりない人間には、精神的にメディアや様々な既製組織(システム)からの(相当の)自由を獲得できうるのだと思う。 そこで、彼は社会を外から見る観察者となっている気がする。それゆえ、既成の組織に組み込まれているほとんどの人間から、うろんな目で見られ、時に反発を招いているのだろう。しかし、対談での発言を読むと、国家、貨幣制度、社会構造、法律などに対しての、素直で根源的な「なぜ?」が、将来のいつかの時点で、重要になってくる問いの幾つかではという気がしてきた。しかしあくまでも観察者としての立場を守っている気がする。 誰にもお勧めできる本ではなく、分かる人にのみお読みいただきたい、ちょっと危険な香りのする本である。 (サウンドボックス/2007-11-10) 本当に「2チャンネルが潰れない理由」を知りたければ、冒頭の結論だけを
読めば十分。社会的制裁も恐れず、何のしがらみもなく行っている 限りには、潰れない運営は十分可能なのでしょう。 それよりも、本書がおもしろいと感じたのは、ネットの未来像を把握したい と思うときに本書がその未来像の片方の極論を見事に言い当てている点に あると思う。反対側の理想論は、梅田望夫氏の「ウェブ進化論」。それに 対して、ひろゆき氏のスタンスはベタな現実なのだ。実際世の中は、その 理想論とベタな現実の間でせめぎ合っている中で、ネットの未来を考える 上ではぜひとも本書にも目を通してほしいと感じた。 本書では、CGMも、Web2.0も、バッサバッサと切り捨てられていますが、 中でも個人的にもっとも共感できたのは、APIの公開について「ユーザー にこんなに便利なものを提供している、でも俺らより儲けたら潰すぜ」 というサービスなんです、と言っているところ。また、googleの著名な 標語である「Don't be evil」は、いつか「evil(悪)」になることに気が ついていて、標語自体がエクスキューズや言い訳かもしれないと書かれて いる点にも共感できました。 「ウェブ進化論」がなんか違うと思ったら、意外と共感できるところが 多いと思います。 (けいたん2008/2007-09-30) インターネットに関する事柄の雑感と対談が載っている
本です。 ネットサーフィンなどを毎日している人には気軽に読めると 思いますが、そうでない人にはあまり面白くないと思います。 まあ、2チャンネルの管理人がどんな考え方をするかを知りたければ 読む価値があるかもしれません。 読みたい場合は、図書館で借りて読むことをお薦めします。 (てとり/2007-11-16) / \
/ ─ ─\ 今年もあと九ヶ月ちょっとだお・・・ / (●) (●) \ | (__人__) | ________ \  ̄ ./ .| | | ノ \ | | | /' | | | | l | | | ヽ -一ー_‾、⌒)^),-、 | |________| ヽ ____,ノγ⌒ヽ)ニニ- ̄ | | | / ̄ ̄ ̄\ / ─ ─ \ / (●) (●) \. 俺はこの三ヶ月何をしていたんだろう | (__人__) | 2chで浪費した莫大な時間を何か有意義なことに使っていたら・・・ \ ` ⌒' / / \ (黒珈琲/2008-03-28)
面白く、電車の中での読書などにお薦めです ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?」。どこかで聞いたタイトルだなと思い出してみると、ミリオンセラー新書「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」だった。
さおだけ屋がなぜ潰れないかというお話も興味を惹くが、それ以上に知りたいのが「2ちゃんねる」がなぜ色々と裁判沙汰になりながら生き残るのかだと思います。 なぜ「2ちゃんねるは潰れないのか」だけに絞ると、本書の中で始めの2ページだけで理由を述べている。あとは著者のひろゆき氏の対談などが主に紙面を割いている。タイトルの答えが、「これだけ?」と狐につままれるような感じをうけながらも、それ以降の話も面白く一気に読めた。電車の中での読書にお薦めです。 (サトマン/2007-07-03) Point1 2ちゃんねるの管理人西村博之さんが書いた本
Point2 2ちゃんねるが潰れない理由が最初の3分で分かる本。 Point3 Web2.0の謎・実はgoogelは凄くない?・インターネットの未来等、幅広い話題をカバー 2ちゃんねる管理人の西村博之さんが書いた本。 2ちゃんねるとは日本最大規模の電子掲示板(BBS)の集まりで、キャッチフレーズの通り「ハッキング」から「今晩のおかず」と幅広い話が投稿されているサイトです。 2ちゃんねる=悪…等、2ちゃんねる・著者へ良いイメージを思い浮かばない人が多いかもしれませんが、この本を読むと、著者へのイメージが変わると思います。 1章の1ページ目から「まずは結論」と、2ちゃんねるが潰れない原因を簡単に説明しています。 潰れる原因として… 1・金銭的な問題 2・社会的な問題 3・法的な問題 と筆者はいい、2ちゃんねるはある方法を使って上記の問題をクリアしています。 2ちゃんねるが潰れる原因だけを知りたい人は冒頭の8ページだけで理由が分かります。 ここから先は著者が思っていることをズバズバと書いています。 ・Web2.0の事実〜本当は何も変わっていない ・googelの技術って凄い?〜凄いのは企画力・営業力・サーバーメンテナンスの3つ。 優秀な技術力のある会社ではない ・Youtubeが皆に知られたきっかけ〜著作権違反の動画を見れるから ・インターネットの未来〜今後インターネット技術での発明は生まれてこない。 等、幅広くインターネットのことについて捉えているので、興味のある方は是非一読を。 (氷川涼介/2007-12-11) 2ちゃんねるの管理人、ひろゆきってどんな人?とても興味があるとおもいます。
いつも冷静そのもの。もの静かで現実的。技術的なことは見解を整然と説明 されるが、思想的、人間的についてはあまり多くはかたらない、というタイプです。 2ちゃんねるという、企業によっては事務所PCから閲覧禁止指定の注目 サイト群の管理人、といえばきこえは悪いが、人間的印象は好感すら感じますね。 「回線抜いちゃえば、ネット世界とは無関係になれるでしょ?」という意味の ご発言。いいこというじゃないですか。 (mickey_elephant/2007-09-24) ここのレビューに書かれていること、良い評価も悪い評価もどれも共感できる、めずらしいタイプの本。
「ウェブ進化論」がネットのプラス面にひたすら着目した本ならば、本書はマイナス面に着目した本。著者ふたりの人生観のちがいがそのまま現れているのだと思う。 でもだからこそ、「ウェブ進化論」で感動した人は、本書を読んで、少しバランスを修正するといいと思う。「ネット万歳」という価値観を10として、「ネットなんてこの程度」と考える価値観を1とすると、私は「進化論」を読んで9くらいになったが、本書を読んで7くらいに修正した。これが人によっては2や3になると思う。 「(梅田氏とひろゆき氏)2人は両極端なんじゃないかなと……理想と現実のせめぎ合いに生きている我々の気持ちを、2人とも理解していないな、という感じはちょっとするかもな」 対談で登場する佐々木俊尚氏の指摘は鋭いと感じた。 (モッケン/2008-03-11) 2ちゃんねるの管理人のひろゆきが書いてるから面白いかと思ったら
全然面白くなかった。幼稚じみた文章にやけに堅苦しい文章。 ITの専門用語など難しくて堅い話が多く読んでいて疲れた。 2ちゃんねるがつぶれない理由の冒頭の理由も、 なんか幼稚じみていてほんとにそんなんで潰れないのかと思ってしまう。 政府が圧力をかければそんな理由はあっという間に砕け散ってしまうのではないか。 しかし対談の中で人生を生きていく中での生き方などの 役に立つ言葉や話しもあり、その点は為になった。 (ヒスクウシ/2008-02-23) ウェブ世界・ウェブ時代の生き方については、やはり梅田望夫さんの「ウェブ時代をゆく」が現在日本で手に入る最高の教科書だと思いますが、梅田的オプティミズム(あるいはシリコンバレー的オプティミズムと呼ぶべきでしょうか)に毒されてしまった方、本書でスッキリと頭を冷やされることをオススメします(笑)。
ひろゆきが極めてシニカルに現実を突きつけてくれます。そして悲観的な将来を語ってくれます(笑)。 悪い意味ではなく、思考の偏りを正す意味で、バランスを取る意味で、この二人の本を両方まとめて読むことにはとても意味があると思います。 本書の中でひろゆきと佐々木俊尚さんとの対談があるのですが、そこで佐々木さんもまさに同じようなことを指摘されています。 たぶん普通一般の人が取るべき立場、思考の立脚点というは彼らの中間のどこかのポイントなんだと思います。 そういう意味で、梅田さんの本とひろゆきの本を一緒に読んでおくことは、自分自身の立ち位置を意識するうえでとても大事なことだと思います。 #梅田×ひろゆきの対談本なんかが出たらすぐに買うんだけどなあ。 (のいのい/2008-01-02) WEB2.0とか、セカンドライフとか、浮かれて、煽って、ネット礼賛だらけの本に対する痛烈な、身も蓋もない未来論。ネットに大きな変化なんてもうこないよ、という宣言がすがすがしい。
でも、人や技術は変わっていくから、今言われてるものが地に足がついてないからといって、次の未来はどうだかわからないんじゃないかなーとも思う。 けど、現場感があって、浮かれすぎてる思考にはちょうどいい冷却水だと思う。 (義信/2007-07-21) この本を読んで感じるのは、ひろゆき氏は高いメディアリテラシーを
持っている人なんだなという事です。 もし全ての2ちゃんねるユーザーが彼程の情報選別能力を持っていれば掲示板に 紛れ込む多くの流言や偽情報に踊らされる事なく、社会問題になる事案も殆ど 起こらないのでしょうが、現実にはその様にはなっておらず、インターネット というメディアを私達が使いこなせる様になるにはまだ時間がかかるのかも知れません。 しかし彼のWEB2.0やセカンドライフに対する疑問を読めばそのヒントが 得られる様にも思います。 タイトルの「2ちゃんねるが潰れない理由」については数頁で解説が終わってますが、 ひろゆき氏のメディアリテラシー論に多くが割かれている辺り、この本の正体は 「2ちゃんねるの利用指南書」なのかも知れません。 あと、小飼弾氏との対談は内容が難しく、プログラミング技術者でないと 理解しづらいと思います。ちなみに私はチンプンカンプンでした。 その分★1つマイナス、他は★4つの評価です。 (ミスターD/2007-08-04) たまに覗くだけで、書き込みしたこともないですが、
46件のレビューうち参考になった順で15件までを表示しています。対談のところを読むと普通の人より世の中のこと考えてる人なんだ〜 って思いました。 この本の前に梅田さんや佐々木さんの本も読んでいたので、 佐々木さんとの対談で話が繋った感じで納得しながら読んでました。 小飼さんとの対談は、ちょっと難しかったですが、 PCに今とは違うアプローチをしてみたくなりました。 (霧太郎/2007-09-17) [16件以降をamazonで見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.0 はてブコレクション数: |
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デジタル音楽の行方
ASIN:4798110035翔泳社(2005-12-06) 翻訳:yomoyomo/翻訳:津田 大介/David Kusek 売上順位:166113 ¥ 1,995(中古:¥ 490) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:15
「ITやデジタルネットワーク技術が音楽産業にどのような影響を与えるかをつまびらかにし、その影響をどのように捉えれば音楽産業にとってポジティブな状況に変えられるのかいくつかのプランを示し、止まらない流れに対して既存の音楽産業がいかに無駄な抵抗を行っているか指摘する。」
本書の要旨は上記の津田氏の解説が必要にして十分。ただ、上記の解説をして「あぁ、音楽業界本かぁ」と片付けるのはあまりに惜しい。 というのも、一歩引いてみると本書は素材があくまで音楽というだけで、新しい技術が生まれ、社会に影響を与え、エスタブリッシュメントがそれに抗い、最終的にはよりよい仕組に置き換わる、という「技術と変革の歴史」をつづる歴史書のような性格ももつからだ。 ラジオ・テレビの出現などを例にとり、新しい技術が如何に抵抗勢力と戦いながら世の中をよくしてきたのかが生々しく語らており、「抵抗勢力がいるのはいつものことだが、変化に抗えたためしなんかないんだ」というよう現代の挑戦者へのエールととらえることもできる。 そういう意味で「変化を志向する人を勇気付ける」というのが本書の一番の特徴という印象をうけた。 下記のような方には、是非お勧めの一冊。 ・音楽業界に身をおきデジタル技術の業界へ及ぼす影響を理解したい方 ・技術革新と既存の仕組の刷新の歴史を学びたい方 ・エスタブリッシュメントとの戦いに辟易とし疲れ気味で、勇気付けられたい方 (ktdisk/2006-06-03) この本の中では音楽は本来商品ではなく、体験を提供するサービスである、
ということが何度も述べられている。 それが、レコードが出現したことで、パッケージ化された「商品」になり、 また、レコード(CD)の製造と流通には莫大な金がかかるため、 資本力を持つレコード会社の力が非常に強くなった。 昨今のデジタル音楽革命?ではファイル共有などでレコード会社の(既得)権益が 脅かされており、レコード会社は必死である・・・ という流れを解説してくれている。 著者はファイル共有しているユーザーのほとんどは金儲けなどのためではなく、 今までのCDの価格が高すぎるから自己防衛的にファイル共有に向かっており、 また、ファイル共有などの新しいテクノロジーそのものを、 より柔軟にビジネスにしていくべきだと指摘している。 イメージは「水のような音楽」で、ISPに委託するなどして 広く浅く万人からお金を徴収し、アーティストなどの権利者に分配する代わりに、 音楽の配布、コピー、共有などは自由に認めていくべきだという思想である。 以上のような興味深い内容(ほかにもいろいろ書いてあるが)なのだが、和訳が翻訳調で少々 読みにくく、冗長なところも多いので、噛み砕いて読み通すのにはしばらく時間がかかるのが難点。 (空絵門/2006-05-20) 大雑把にいえば、
1.CD販売から、音楽配信に移行する。 2.レコード会社、小売店などの中間業者が排除され、アーティストとリスナーがダイレクトで結びつく時代が来る 3.ファイル交換ソフトはテクノロジーが生んだ時代の流れであり、目の敵にしても、意味はなく、レコード会社は環境の変化を受け入れるべき 大筋は正しいとは思うながら、さまざまな疑問も残る。 解説で津田大介氏が音楽配信ならではの成功例として、世界中でダウンロードされた布袋とBOOMをあげていたが、本書では、そういった事例紹介が少なく、CDの売上げや価格など、データも非常に少ない。 全般に著者の「こうあって欲しい」という希望論と未来予想が曖昧になっている。 大きな話の流れを知るには、いいのかもしれないが、抽象的で根拠が希薄に感じられる。 よって、☆☆☆。 (さすらいの旅人/2006-01-04) 自分の音楽・歌をやる諸君。特に、現時点において、自分の音楽・歌の活動において、経済的に失うモノを持たない諸君。ぼくもそのような諸君の一人だ。
全4件のレビューを表示しています。そのような諸君にとっての福音だ。その福音がしっかりと論理構成され、そして、様々な事例でバックアップ。 強引にまとめると以下のようになるだろうか。 ・音楽は、モノのやり方で扱われるべきではなく、コトであることが本質的で あり、本来の在り方。モノの経済性は、初期の持ち出し、高固定費を早期・着実に回収するため、短期間の大量生産、大量流通、大量広告、大量消費を必要とする。コトの経済性は、等身大、細く、長く、しぶとく、しつこくでも成り立つ。 ・ライブのプロモーションというかカタログとして、ディジタルフォーマット、ファイルとしての流通は歓迎するべき。 ・音楽制作のための損益分岐点はどんどん下がっている。テクノロジー、イノ ベーションは音楽やる人間にとっての福音。 ・音楽の消費のされ方も、人、タイミングにおいて、どんどん単位が小さくな る。むしろ、小さくしていく方が無理が無い。 この書物の展望を踏まえて、音楽活動を続けることだ。 自分に言い訳無く妥協ない音楽・歌の活動を展開し、 その音源・楽曲などはどんどんフリーで公開し、 濃く、長く続く出会いの確率を高め、 制作においても配信においてもコスト性能が上がるものは積極的に取り入れ、 しぶとく、しつこく、長期に亘って続ける。 コトの展開は速い。本書で予感として語られていたことが現実となり、その現実となったことが、かなりなペースで進展している。 未来の行方を示しているのではない。現在こういうことになっているのである。 (nakagawa/2006-01-17) [amazonでレビューを見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.0 はてブコレクション数: |
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「通信と放送の融合」のこれから コンテンツ本位の時代を迎えて法制度が変わる
ASIN:4798115800翔泳社(2008-01-24) 中村 伊知哉 売上順位:13542 ¥ 2,310(中古:¥ 1,084) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:4
マルチな人だ。
章によって、印象が違う。第一章はポップカルチャーの人、第二章は研究者、第三章は元官僚で審議会の委員、第四章は大学の仕掛け人。 これのどれによるかで、文体まで変わる。特に、第一章は極端に短文。第三章は役人的。 最近テレビにちょくちょく出ているようだが、本の表紙に顔写真が出るというのも、売り出し中な感じがしました。 総務省が検討中の情報通信法制がわかるというが、その記述はごく一部。そこに関心があるんだったら、この本を買うより、総務省のサイトを見て、研究会の報告書を無料でダウンロードして読む方がずっとよいでしょう。税金使って作っているんだから、ただなんだから。http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/tsushin_houseikikaku/index.html 政策論としては、ポップコンテンツが重要ですよと言っているにしか見えない。産業論としては、コンテンツ産業は衰退産業でしょう(どんどん無料化しますよ)。 (XP/2008-03-20) 情報通信法やデジタル著作権、コンテンツ取引市場、デジタルサイネージ、子どものデジタル教育など、いま日本が取り組むべき課題と対策が幅広く論じられている。それらはどれも、日本が迎えるデジタル社会への期待感や、世界ビジネスに乗り遅れた産業界への叱咤激励と合わさって、筆者自らがプロジェクトとして汗を流しているものばかりだ。この点で本書は、傍観者としての評論や学術書とは一線を画する。しかも、それを筆者の身上である「ポップ」や「パンク」のテイストで描いているところがユニークだ。途中、堅苦しいところもあるが、全体にスッキリと読める。情報通信、コンテンツ分野の将来を考えるにあたって、必読の書のひとつに数えることができるだろう。
(クマ/2008-04-01)
筆者の中村氏は、ロックバンドのプロデューサー、通信・放送行政の官僚、
MITメディアラボの客員教授など、不思議な経歴をもち、テレビや雑誌にも顔 を出す。メディアやコンテンツ、行政や学界といった多彩な現場経験からしぼ り出されたエキスが本書である。通信と放送の融合は、ずいぶん昔から耳にす る言葉であったが、それをライフワークとして追いかけてきた筆者が全体像を まとめて提示した。 個人的には第1章とあとがきが、筆者らしい(たぶん)感じがするが、現状を理解する 上でも教科書的な内容になっていると思う。 表紙のイラストもかわいい。 (かおたん/2008-03-21) 正直なところ第1章は「エッセイ集」なので軽く読み進み、第2集は「データ集」だから必要なところを重点的に。第3章は、あまり類を見ないほど熱い語り!最後の第4章はちょっと散漫な印象・・・。お急ぎの方は、第3章から取り急ぎ読むことをお勧めします。役人、学者らしからぬ熱い語り口は感動的!法制度、行政制度など裏面史的な記録としても貴重です。
(nikataro/2008-04-07)
これは,「通信と放送の融合」に関する本というよりは,コンテンツ政策に関する本である.日本特有のポップカルチャーがうみだすコンテンツに目をむけ,それをいかすコンテンツ政策を提言している.通信と放送との区分は日本特有の法制からくるものである.イギリスのコンテンツ配信事業者からは「伝送方式で制度の適用が異なり,著作権処理の扱いも異なる,という日本の事情が一笑に付された」(p. 192) という.つまり,「通信と放送の融合」というのは技術的な課題ではなくて,こういう法制をあるべきすがたになおしていくことだということだろう.
全5件のレビューを表示しています。(Kana/2008-04-12) [amazonでレビューを見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.0 はてブコレクション数: |
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Jポップとは何か―巨大化する音楽産業 (岩波新書)
ASIN:400430945X岩波書店(2005-04) 烏賀陽 弘道 売上順位:37308 ¥ 819(中古:¥ 310) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:-12
著者がアメリカから帰国して耳にしたJ-POPという新しい言葉。それについて、徹底した調査を行ない、それがJ-WAVEの企画において作られてことを突き止める。さらに、日本のポップがメディアやオーディオ機器の移り変わりに伴ってどのように変化してきたかということについて、厳密な資料に基づいて、その歴史を述べている。
しっかりした研究書として評価される本だと思う。 (もも/2005-11-21) 先に出版された『Jポップの心象風景』の姉妹編とみてよいが、どちらも傑作である。古臭い表現で申し訳ないが、前著がJポップの「上部構造(文化・宗教的な面)」をおもしろおかしく解釈した本であったのに対し、本書ではその「下部構造(社会・経済的な面)」が、ジャーナリズムの生命である豊富な取材に裏付けられながら、見事に分析されている。もっとも、書き方をちょっと固くすれば、Jポップをテーマにした現代社会学の力作、というのでも十分に通用する。すごい水準の高さである。
しかも、なんともたのもしく感じてしまうのが、著者の音楽に対する価値観である。昨今の肥大化しすぎてしまったJポップ産業のパワーは、「人々の心に響くうたをつくろう」という理想の芽が育つのを、阻害しているのではないか、と著者は一音楽ファンとして、憂えているのである。こういう誠実な思い、共感することのできる業界関係者ができるだけ多くいてくれることを、ひとりのJポップ好きとして、願いたい。 (ソコツ/2005-06-20) と言っても過言ではないかと。
前作の『Jポップの心象風景』(文春新書)は試論として妄想チックで興味深かったですが、今作はJ-POPを総合的に検証した本として、非常にできがヨイです。すごい! 前作でも感じた筆者の取材力も健在で、J-POPをここまでジャーナリスティックに極めた本はないのではないのではないでしょうか。ハードの進化がソフトを劇的に変えた、というくだりなどは、音楽およびオーディオマニアではない私でもなかなか興奮できました。 今の20代~40代はまさにJ-POPと共に成長した世代ですが、同時代史としても充分面白く読める、という点もポイント高いですよ。 (J-POPPER/2005-04-25) 「モノから文化へ」っていう資本主義の進展、それと呼応するかのような若者たちの「自己表現ブーム」って文脈の中にJポップ現象を位置づけた分析は的を射ていると思う。レコード→CD→カラオケ→着メロっていうハードの変遷や女子高生マーケティング、90年代のJポップ・バブルと新世紀に入ってからの凋落の兆しまで、この10数年のJポップに纏わる重要な事象、問題点はほぼ抜かりなく網羅している。「これ一冊で1つのテーマを概観」って新書のニーズには120%応えている内容だ。
ひとつ違和感を覚えたのは、“「日本のポピュラー音楽が外国と肩を並べた」というファンタジー”ってやつ。思うにそんなファンタジーは、Jポップの出現と軸を一にして消滅したのであって、今の状況って「外国」が意識の中に無いことこそが問題なんじゃないだろうか。つまり、Jポップが洋楽の代用品って感覚を持ってるのは30代以上のおじさん、おばさんであってさ。今や音楽に「洋楽」「邦楽」は無くて、極端に言えば、音楽=「Jポップ」なのであり。こうした傾向って音楽だけではなく、2006年は20数年ぶりに邦画の興行収入が洋画を上回った、なんて話題もあった。タカアンドトシに「欧米か!」ってツッこまれてはじめて、それが欧米由来のモノだって気づくくらい、今って一見、外国に対する「モノマネ意識」や「コンプレックス」ってないよね。本書でも、あまり厳密に捉えていないのが、「J-WAVE」vs「TOKYO-FM」や、「渋谷系」vs「ビーイング系」の対立構図で、前者には外国に対するコンプレックスの自覚があるのに対し、後者はある種の開き直りなんだよね。結局、Jポップ現象って言うのは「外国」を無いものとしてごまかした後者の開き直り組が中心に居た訳でさ。まぁ日本人は「外国には一切無関心。頭には自国しかない」って姿勢を何十年もかけてアメリカから学んだのかもしれないね。 (盥アットマーク/2007-02-13) 「Jポップって、日本製のポピュラー音楽でしょ」という単純な話ではない。
Jポップという言葉が生まれた背景と、実体を持つまでの過程、そして現状を、社会状況を交えながら、豊富なデータを基に分析している。 なるほど、これがJポップなのだ、と大いに納得した。 緻密な分析には多少疲れる部分もあったが、読後感は爽快だ。 (yokoyama/2005-04-27) 1963年生まれの、コロンビア大学に留学した(核戦略)元朝日新聞社記者が、日米におけるJポップ認識の落差をきっかけに、「グローバル対ローカル」という座標軸の好例として、日本のポピュラー音楽に現れた日本の社会構造の変化を解き明かそうとした、2005年刊行の新書本。Jポップという呼称は、未だ明確な定義も無く、それによって表されるような音楽上の動きすら無いまま、「日本の土俗的な要素と決別し、世界と肩を並べたという商品イメージ(ファンタジー)を、日本の音楽産業によって付与された雑多な音楽」の呼称であり、1990年代初頭に普及した。その背景として著者が挙げるのは、アナログからデジタルへの技術的な転換(CD等)、テレビとのタイアップ、インターネットという新メディアの登場、「モノから文化へ」と呼ばれた消費文化の転換である。デジタル化は演奏・作曲から手作業を激減させ、作り手と聴き手の範囲を拡大し、音楽を消耗品化・画一化した。テレビとのタイ・アップは企業の広告費を音楽産業へと流して後者の巨大産業化を助長し(Jポップ産業複合体)、またミュージック・ビデオなどを通じて音楽を視聴覚化し(踊りとのセット、ビジュアル系)、メディア・キャラクター型スターの輩出と自己検閲の増加と「メガ・ヒットか無名か」の二極構造を帰結した。また消費文化の転換は、カラオケ、バンドブーム等の形をとった強迫的な、商品化された自己表現ブームをもたらし、全国総渋谷化現象と連動して、Jポップの普及に大きな役割を果たした。しかし現実には、Jポップは世界第二位の音楽消費国日本の内部でしか通用しない音楽であり、また1999年以降、その繁栄にも翳りが見えている(販売不振、政治との癒着等)。著者は音楽の「製品内競争」の必要性を説いて筆を置いている。J回帰の背景を多角的に、その意義と限界を見据えつつ分析している本書は、非常に興味深い。
(モチヅキ/2005-05-23)
すでに指摘がある通り、技術革新が音楽の世界をどう変えたかを多様なファクターを考慮しつつ分析した内容で、「Jポップ」はその一挿話でしかない。その意味でタイトルの適切性は疑問だが、非常に興味深い本であるのは間違いない。
ただ根っこの部分で、私はこの本に物足りなさを感じる。 例えば第3章で、広告とのタイアップにより音楽は「その表現の自由のかなりのレンジを放棄しなくてはならない。広告が持つ表現上の制限を受け入れることを覚悟しなくてはならない」(p103)と論じられる。しかしその直前で「筆者は『音楽が企業の営利活動と手を結ぶことそのものが商業主義で許されない』というような原理主義的な芸術至上主義には、賛同しない」と留保を忘れていないし、直後のシメの言葉も「これは、広告が表現の自由に敵対するという意味ではない」「広告表現と音楽表現は、そもそも最終目的がまったく違う、というにすぎない」…しかし、これだけ言った後で「すぎない」はヌルすぎないか? 他にも「日本人が英語で歌うことの是非はここでは問わない」(p160)、「音楽家が政府行事に協力することの是非については、本稿では立ち入らない」(p218)などの言葉に、私は慎重さより、むしろ主題に対する熱のなさを感じる。 あとがきで著者は、Jポップは日本人である自分とは何者かを考えるための「ごくささやかな入り口」と述べている。これだけ広汎な分析を繰り広げながら、著者の視線は自分自身に向かっている。それが主題に対する切実さの欠如につながっているのではないか、と思う。 (モワノンプリュ/2006-07-15) 日本の音楽産業の構造とその問題点は非常によく分かるが、構造には必ず問題がくっつくものだ。
本書に「タイアップなどなくとも、人々の心に響くうたをつくろう」と書かれてあるが(P.228)、たぶん一般的にミュージシャンは人々の心に響くうたをつくったからタイアップをしてでも人に聴いてもらいたいと考えるのだと思う。 洋楽だけを聴いてプロになった‘渋谷系’と呼ばれるミュージシャンは日本どころか海外においてもそれほど売れていないのは何故なのか。海外のミュージシャンとのコラボレーションの多いコーネリアスはポップミュージックより現代音楽に接近しつつあるのは何故なのか。英語に流暢な宇多田ヒカルは間違いなく箔を付けるためではなく本気で全米ヒットを目指して「EXODUS」を制作したと思うが、結果が惨敗だった理由は何なのか。「ULTRABLUE」を聴くかぎり才能が枯れたとは思えない。日本のミュージシャンの英語歌詞に問題があると書かれている(P.158)。私は未だに「I can't get no satisfaction」というフレーズを聞く度に違和感を持つが、それはミック・ジャガーではなく私が悪いのか。著者に今後求められるものは、本書で展開したような構造から外れる部分に関する考察だろう。 正月のテレビのバラエティー番組を見ていて、日本人は本当に‘モノマネ’が好きで、‘モノマネ’こそが日本人にとって共感のツールなのではないかと私は思った。 (POST MODERN LOVERS/2007-01-04) 「Jポップとは何か」という問いは成立しない。
なぜなら、「Jポップ」に実体はないからだ。 今まで「歌謡曲」とか「ポップス」と呼んでいたものが、なんとなしに「Jポップ」に変化した。入れ物が変わっただけで中身は同じ。つまり、「Jポップとは何か」の問いに答えることは、「日本の音楽産業はどういうものか」に対する答えと同様となる。 したがって、本書の内容は「1990年代における日本の音楽産業の特徴および変遷」である。「Jポップとは何か」などという問いを立てる必要はなかった。 (miz999/2005-08-05) そしてこの本の分析した時代のあとに、オレンジレンジというJポップ界の救世主が出てくるわけで。
この本の中で「通用しなくなった」という手法を全て焼き直し、なおかつ「新しい音」(パクリがどうこうとか低次元な話ではなく)を作っている。 本書で最後に出てくる「心に届く音」というのは、あまりに曖昧なので言及するに値しないが、音楽業界は手を変え品を変え「心に届かせる音」をつくり続けていると思う。 それとこれも「通用しなくなった」と認定されてる、テレビとのタイアップだが、現在、アニメとのタイアップが有効的な手法と考えられ、熱い分野になっている。 (/) Jポップ……私が物心ついたときには既に定着していたので、あまり考えたことがなかったが、言われてみると不思議な言葉だ。
ジャンルではない。邦楽の新しい呼び名、とも単純には言えないようだ。では、いったい何を指しているのか? Jポップは自然にできた言葉ではなく、送り手側が意図をもって名付けたものだ、というのは、本書における重要な指摘の一つだが、そこに答えの一端が見える。 Jポップという言葉には、送り手側のある意志、願いが込められているのだ。 本書では、その秘められた意味を、当時の社会背景と併せて丁寧に分析していく。 Jポップの歴史が、客観的なデータを伴い非常にわかりやすくコンパクトにまとめられており、 その中で指摘される著者独特の視点からの見解はとても面白い。 面白いだけでなく、論理的で、なるほどと思わされる。 異論はあるかもしれないが、それでも自分の考えをまとめるうえで有意味な議論だろう。 最近、本書でも登場する小室哲哉が逮捕された。 なぜJポップの寵児はこんなことになったのか。本書を読むと、その理由の一端が分かる気がする。 そんなこともあって、読み終わった後、日本人にとっての音楽とはなんなんだろう?など、いろいろと考えさせられた。 ポピュラー音楽に興味のある人なら、読んで損は無い。 (ktua/2008-11-20) 先日から岩波文庫は2冊目。どちらも、構成やデータの収集、提示の部分はしっかりしている。さすがだ(結論が同意できるかどうかは別問題だが、この本はかなり同意できる方)。
全12件のレビューを表示しています。この本は「Jポップを産業として分析する本(あとがきより)」だ。全体に好悪の感情を出来るだけ抑えて、事実とその分析を淡々と書いている。内容はきわめて信頼できると感じた。音楽のような感性に訴えかけるテーマでこのように書くのは至難の業だったろうと推測する。 現状分析の面ではレコード売上げは90年代に大きなピークがあって、最近の売り上げ減はその前の驚異的な売上げ増の反動という側面が強いとか、最近の音楽業界の収入源の変遷とか、日本のポップスの海外での稼ぎはほとんどアニメ関連であるとか、面白い指摘があちらこちらにあって、「へ〜」を何回も言わされた。 私もJポップと言う言葉には多少の違和感を感じながらも、そこに分類されている音楽が結構気に入っていた。本書は音楽の方にはあまり踏み込んではないのが少しもの足らないと言えば無い物ねだりになるだろうから、例えば「宇多田ヒカルの作り方」などと併読すると面白いだろう。 (shibchin/2008-03-19) [amazonでレビューを見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.5 はてブコレクション数: |
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