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「ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環 20周年記念版」 とその関連商品

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ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環 20周年記念版
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ASIN:4826901259
白揚社(2005-10)
原著:Douglas R. Hofstadter翻訳:野崎 昭弘翻訳:柳瀬 尚紀翻訳:はやし はじめダグラス・R. ホフスタッター
売上順位:56007
¥ 6,090(中古:¥ 4,886)

レビュー総評点:89
これは世界中でよく読まれました。早熟に生まれた多才D. R. HofsutaderのFascinating Bookです。本当は、原著か20周年記念版ではない初版翻訳本が私は好いと思いますが、“This book applies Godel's seminal contribution to modern mathematics to the study of the human mind and the development of artificial intelligence.”なる内容じゃ文系関係者には無理というもの。それなら昔のクヤシサをというわけで。本著の宣伝文“「本当は何を書いた本なのか?」という多くの読者を悩ませ楽しませてきた問いに、著者自ら答える序文を収録する。”にひかれてお読みになるのも好い事です。しかし、著者は「わたしが十五歳の頃に興味をもっていたような事柄に関心のある、十五歳の頭のいい連中」に読んでもらいたいと答えている。初めてお読みになる方は夏休みの等の数日間に集中してお読みになってごらんなさい。きっと、未知の領域から得ることが多いでしょう。難しいけれども楽しい本です。文系、理系は問いません。翻訳は素晴らしい出来です(大先輩も訳者の一人)。これは、INVITATION TO “ GODEL, ESCHER, BACH “です。この本のレビューは野暮でしょう。私自身1979年、1985年にキチン読んだからこそお薦めするのです。これも脳力になる。

(Dr.Shigeharu Mutoh/2009-05-26)
現代版「生命とは何か」 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1989年のペンローズの「皇帝の新しい心」よりもちょっと前、1985年に出版された本の新版です。作者もはじめに書いているように、この本の内容を一口で説明することは出来ません。というのも、一口で説明できないから、こんなに長くてメタ構造の本になったと思われるからです。

全編を通じて、アキレスと亀の漫才とも禅問答ともいえるような対話とエッシャーの絵が挿入されています。
二部構成になっていて、第1部では、おもにゲーデルの不完全性定理を軸にさまざまな話がかかれています。といっても、バッハやエッシャーの話、それ以外のいろいろな話も登場します。
第二部は、心、意識、人工知能、コンピュータといった内容が中心になっています。ゲーデルの不完全性原理については、他の研究者の意見を紹介し、反論したりしながら、作者の考えが述べられていますが、これも一口ではどうとは言えない流れです。

不正確さを承知の上で敢えてまとめるならば:

低次の系は完全であることが可能だが出来ることが限られている。この低次の系を包括するより高次の系はこの低次の系で分からないことが分かるが、その系の高度さ故に不完全さを持つ。さらに「この高次の系」より高次の系は、「この高次の系」の不完全さを完全に出来るが、自身の不完全さがまた存在する・・・
と、複雑・高度な系は不完全にならざるを得ない。永遠に出てくるマトリョーシカの様に、終わりはない。

人工知能が本当に進歩して、考える力を持つようになったら、それはたぶんあまり役に立たない。なぜなら人間と同じで、気まぐれでミスを犯す存在だから。

というような感じを受けました。

ペンローズの「皇帝の新しい心」や「心の影」とあわせて読むと視点が異なっているので、相補的に見えてくる気がします。 (ガアタ/2006-06-28)
私はこの本を20年前に読み、
こんなすばらしい本が存在しえるのか!と
たいへんに強い衝撃を受けましましたが、
最近もう一度読み返してみました。

まずホフスタッターは、「この分は誤りである」という
有名なエピメニデスのパラドクスの
自己言及性からくる矛盾について説明します。

その後、形式システムとはどのようなものかを
簡単な例をあげて読者にわかりやすく説明し、
その実例について考えます。
ついで、それは数論でもおなじであることを示し、
ゲーデルの不完全性定理を納得させます。

ホフスタッターの主観では、バッハのカノンの主題の再帰性、
またエッシャーの絵に描かれるもつれた階層性についても
ゲーデルの定理と審美的に絡み合っているのです。

全編を通じて登場する、蟹とアキレス、アリクイなどの対話劇が
本書の芸術性を一層高めています。
特に対話劇「蟹のカノン」は、バッハのカノンを言語的に再構成したもので、
本書のなかでも特に美しいものです。

その後知性の本質について、またAI論について、
また意識の問題について、自己言及の立場から論じます。
なお、ホフスタッターはこの著作の後、
この意識の自己言及性の立場から
「Minds’ I」 や「I am a strange Loop」 などを書いています。

この点、無理に本書に難癖をつけるなら、
著者は人間知性が特殊だとは主張していないのですが、
AIの限界も強調するため、どっちの立場なのかあいまいな点でしょう。

この本を読まずしても、ゲーデルの定理を語ることは可能ですが、
それはゲーデルの定理を理解する人にとって、
たいへんもったいないことだと思います。
本書は哲学に興味のあるすべての現代人の必読書といえるでしょう。

(蔵研也/2008-01-03)
数学ネタの「フィネガンズ・ウェイク」。
だから、訳者に柳瀬尚紀がいるw
数学用語も駄洒落で二重表記する、
壮大な数学ギャグの世界だが、
真面目な演習問題が延々と続くページは、
文系にはキツイかもしれない。
章と章の間にゼノンのアキレスと亀との漫才が挟まっているので、
漫才部分は、ルイス・キャロルの小説のように楽に読めるが、
真剣に考えて、練習問題を解きながら読むと
時間かかって仕方がないので、
斜め読みで軽く理解出来るところだけを飛ばし読みして構わないと思う。
ゲーデルの不完全性定理を
音楽プレイヤーに例えるというナイスな説明もあるが、
私が一番感動したのは、超自然数の話である。
ユークリッド幾何学以外に、
存在しない時空の幾何学、
ヒルベルト幾何学、運動量幾何学、位相幾何学などがあるが、
我々の自然ではない別次元の自然に、
超自然数というのを仮定出来るのだ。
我々の自然数で表記すると、
(3、-5、7)などのように3つのインデックスの組み合わせ表記するしかない
超自然数が存在するのだ。
自然数に対するクォークみたいな数字、
それが超自然数である。
そんなもんが何の役に立つかと言うと、
無限の極限の極少や極大を計算する時に役立つらしい。
一番小さい超自然数も、我々の自然の中にあるとするのなら、
アレフ0の彼方に位置づけられるらしいw
超自然数がある世界にはもちろん、
超無理数、超虚数もアレフ1にあるらしい。
アレフ2の超越数は、超超越数と表記される事になるので、
語呂が悪いので存在しないかもしれないw
というか、この本が書かれた時点では、
アレフ2は発見されてなかった感じ。
あと、アラン・チューリングの天才性は、
ゲーデルにほとんど匹敵することがうかがわれて、
チューリングファンは必読の書。
チューリングもほとんど不完全性定理に到達してたと思われ。
ホフスタッターは自意識ある人工知能が作れるという立場だが、
公式には絶対存在出来ないと諦観してるのが面白い。
心の再現に機械が成功したとしても、
「再現出来た心は人間の心の重要な本質ではない」
と因縁付けて、機械の心を認めない勢力が必ず跋扈すると予測してます。
ホフスタッター自身は機械が心を持った時点で、
機械と呼んではダメポと言ってます。
心の考察で、認知科学の色々な話題も語られるが、
パターン認識の話題は無くてもよかったと思う。
鳥でもピカソの絵とモネの絵は見分けられるのだから、
人間知性の本質は画像解析能力ではないと思う。
やはり文字、言語能力が本質だと思う。
情報を読み取る能力というより、
人工的な情報があると認識する能力、
フレーム認識が鍵だと私は思う。
鳥はピカソとモネが区別出来ても、
絵という概念は持ってないということです。
(ゴルディアス/2008-10-20)
「知能」の本質を考察した本である。
といっても、知能とは何かはまだ分かっていない。
そこで、知能の周辺を記述することで、知能とは何かを浮き上がらせようとしているのか。
ところで、一部に、日本語訳オリジナルのジョークが含まれているようだ。
「このジョークは英語で何と言っているのだろう」と思って原書をあたったら、ジョークではなかった。
おそらく柳瀬尚紀氏の仕業だと思う。 (yokoyama/2006-12-02)
 この本は、無限に追いつけないパラドクスで有名なアキレスと亀の2人の対話を通して、科学と芸術における類似性や矛盾、再帰、ヒトゲノムなど様々なテーマが、「不思議な環」を形成することを綴ったエッセイであり自己言及であり、ああ、とにかくぐるぐるめっこなのだ。

 ゲーデルは数学の世界で不完全性定理を唱えた人物、エッシャーはだまし絵で有名、バッハは言わずとしれた大作曲家である。
 自己が自己に言及したり言語をその言語で記述するメタ言語は、巡り巡って矛盾を生み、元に戻ってくる。二次元の中で世界を記述する絵画では、登り続けた階段が同じ場所に戻る矛盾も生まれてしまう。聴いていて美しい音楽は数学的な美しさも持ち、親和性の高い調正に転調を繰り返しながらもいつの間にか元の調に戻ることも可能である。
 情報基礎科学とは数学と芸術と音楽と様々な関係があるのである。文句なしに面白かった。さらに、おそらく英語でのだじゃれを何とか日本語に訳した苦労も忍ばれるのである。全体論と還元論の比喩に、蟻のコロニーと蟻の個体を使い、エッシャーの絵「蟻のフーガ」を挿入し、フーガの技法をもじって「フーガの蟻法」と段落名が付いている。もう、楽しいやら苦しいやら。脳みそをぐーるぐるとかき回されたい方にお薦めです。 (じゃー/2009-05-23)
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メタマジック・ゲーム―科学と芸術のジグソーパズル
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ASIN:4826901267
白揚社(2005-10)
原著:Douglas R. Hofstadter翻訳:竹内 郁雄翻訳:片桐 恭弘翻訳:斉藤 康己ダグラス・R. ホフスタッター
売上順位:147339
¥ 6,510(中古:¥ 3,080)

レビュー総評点:12
単なる褒め殺しで終わってしまうのが残念だが、
私の読んだ知性の中で、ホフスタッターは世界随一の鬼才である。

ゲーデルやクワインなどを語る論理学的な厳密さ、
ショパンやバッハを語る芸術性、
各国語を理解し、その違いを楽しみつつ、
造語やキテレツな創作を行う言語的軽妙、
どれをとってもこの著者こそ知的な活動の具現物と呼ぶべき存在だ。

構造主義、ポストモダンなどが知性だと思って勘違いしている人には
あまり面白くないかもしれないが、英米的解析哲学や科学哲学を
愛する人にはまさに絶品、不可欠な一冊だと思う。 (蔵研也/2008-01-30)
やっぱりLISPか |||||||||||||
私はゲーデル・エッシャー・バッハよりも好きです。
人工知能は好きなのに、脳の話は苦手なので...
(ゲーデル・エッシャー・バッハの後半は脳神経の話)
人工知能系の話になると出てくるのは残念ながらPrologではなくて
LISPですね。
この本でLISPに目覚めましたが、やはり私はPrologが好き。 (まげ店長/2005-11-06)
 ゲーデル・エッシャー・バッハ(GEB)を書いたホフスタッター氏が雑誌に連載していた様々なコラムを再構成し、いくつかの章を補完することで1冊の新たな本にしたのが、このメタマジックゲームである。古典であっても、優れた本は息が長いのだと実感した。

 科学と芸術の様々な分野に興味のある彼が、こんどは様々な形のフォント(タイポグラフィー)に絡めながら、人工知能や自己言及、Lisp、生物と精神、認知、ショパンの数学的パターンなどを綴っている。
 元々がコラムであったことから、GEBより一貫性や複雑性は少なく、話が分散しがちである。ただし、それは複雑な構造のGEBよりも取っつきやすい利点もある。
 認知とフォントの関連で言えば、アルファベットをの「A」と漢字の「黒」を例として、これらを本当にめちゃくちゃな書き方で書き、それでも人間はA・黒と認知できることを示したり、TimesRoman似のフォントが少しずつサンセリフに変わっていく文章で、フォントの違いはどこにあるか境界を引けないような例を出したり、楽しいエピソードで溢れている。(漢字圏以外の読者が様々な形の黒という漢字を見て、これが同じ字と認識できたかどうかは楽しい疑問である) (じゃー/2009-05-23)
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ゲーデルは何を証明したか―数学から超数学へ
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ASIN:4826900872
白揚社(1999-03)
原著:Ernest Nagel原著:James Newman翻訳:林 一E. ナーゲル
売上順位:222229
¥ 2,310(中古:¥ 1,704)

レビュー総評点:81
いわゆる"ゲーデル本"
不完全性定理について素人にもわかりやすく解説している本はほかにもありますが、それはどれも分かっている人が読んで分かる本。
これは、(全くの背景なしでいいとは言えませんが)初めて不完全性定理に触れる人でも容易に理解できると思いますし、不完全性定理のエッセンスも良く伝わってきます。
無矛盾とは何か、なぜ数学は無矛盾でなければならないのか。数学と超数学と写像。リシャールのパラドックスとゲーデルの証明の仕方。この本を読むとだまされた感じでなんとなく分かるのではなく、不完全性定理とはどのようなものかよく理解できると思います。
やはり名著です。 (sire/2005-09-23)
訳者あとがきにも詳しく書かれていることですが、この本は、ゲーデルの行ったことが数学、ひいては演繹的公理系全体の歴史に於いてどの様な意味を持つものであるかを、専門的な細部には立ち入らず、きちんと論旨を追って行けば「高校生にも分かる」様に描き出してみせてくれます。昔はこの本からゲーデルのことについて知ったと云う方が多かったそうですが、今でも最高の入門書であると云っても全く差し支えないと思います。 (川流桃桜/2003-01-07)
アメリカでゲーデルの不完全性定理をはやらせた古典的名著です。
難しい論理学や数学の話は最低限にして(知っている人には参考になるように若干書いてありますが、初めに読むときは無視していいでしょう)、ゲーデルの不完全性定理とは何かをやさしく解説しています。

基本的に不完全性定理を19世紀後半の数学の流れに位置づけて、不完全性定理は非ユークリッド幾何学とともに出てくる無矛盾性の問題に対するアプローチ、と見ています(そのため、第二不完全性定理に重点が置かれます)。

全般的に以上の点、つまり幾何学における無矛盾性証明の流れとゲーデルの証明の要点を解説することに徹していて、不完全性定理がどんな帰結を持つのか(これについては結論部で少し触れられますが)、他の分野の成果とどのように関連するのか、ゲーデルはどんな人なのか、という点にはまったく触れられていません。

今から見れば計算論的視点や伝記も欲しいところなので、星4つです。 (ex-phenomenologist/2003-07-17)
集合論の素人にも、ゲーデルの不完全性定理が理解できるように書かれている本。
評判どおり、非常にわかりやすい。

無論、証明自体は厳密なものではないのだが、ゲーデルの証明のアウトラインはきちんとわかるようになっている。
論理記号の意味にまできちんと解説がついているぐらいだ。
これまでのゲーデル本は、1.わかるけどゲーデルの言ったこととは違う、2.わかる人にしかわからない、が多かったが、この本は初心者に分かり、かつゲーデルの論の核心を捉えている本だといえよう。

本書は基本的にわき道がない。
論理の完全性定理と、算術の不完全性定理のみが扱われており、ゲーデルの生涯とかは載っていない。
不完全性定理を知りたい人が、最短ルートで知ることができるようになっている。


さて、ゲーデルの不完全性定理には誤解も多い。
ナーゲルの、「それ(ゲーデルの分析)は、算術の無矛盾性に関する超数学的証明を一切排除するものではないのです。ゲーデルの結論が排除するのは、算術の公式的演繹によって写像できるような種類の、無矛盾性の証明なのです」(p129)という主張はきちんと聞いておくべきでしょう。

実際、「算術の無矛盾性の超数学的証明は、ヒルベルト学派のひとりであるゲルハルト・ゲンツェンによって1936年に、そして、それ以後なん人かの手によって、実際に遂行されてきたのです」(p129)から。

ですので、「ゲーデルの証明を絶望への誘い、あるいは神秘主義の擁護と受け取ってはなりません。形式的に証明できない算術的真理が存在するという発見は、永久に知ることのできない真理の存在とか、あるいは筋の通った証明を(中略)”神秘的"な直感で置き換えねばならぬとかいったことを意味しません。また、(中略)”人間の理性に説明不可能な限界"があることを意味するものでもありません。さらにまた、人間の才知の完全な形式化が不可能であること、そして証明の新しい原理が、いつまでも発明あるいは発見されずにいるという意味でもありません。(中略)超数学的議論によって確立された、形式的に証明不可能なこれらの真理が、直感に訴える以外にたしかな基礎を持たないと主張するのは無責任というものです。」(p134)


ゲーデルの不完全性定理を正しく、初心者でも理解するために、本書は非常によい本だといえるだろう。 (θ/2008-04-15)
 「不完全性定理」の仕組み(あくまでおおまかな、ですが)をその意義とともにギュッと押し込んでくれてます。一般に誤解されるように「数学それ自体が不完全」と言っているのではないこと、それゆえゲーデルが参考にした「リシャールのパラドクス」があからさまにメタ的なトリックなのに対して、しっかりと公理の土台の上に成り立たせようとしていることなど、分かりやすく教えてくれています。
 ただ、訳文がいかにも英語らしい言い回しをそのまま使っているので、内容より文章の理解に「うん?」と幾度もつっかえてしまいました。初めてこの定理に接しようという人は、野崎昭弘氏の「不完全性定理」(ちくま学芸文庫)を前もって読んでおくと、しっかり理解できると思います。 (ねこのつむじ団/2009-06-15)
頑張って不完全性定理の色々な本にアタックしては挫折を繰り返してきましたが、
確かにこの本はとても分かりやすい! 一番易しいです。
ですが、文系の方も挑める内容なのかは私には残念ながら保証できません...

数式は全く出ず、その代わりに論理式が出てきます。
ここを少しだけでも齧っておいた方が、読み進めた時に恐怖感が更に減ると思います。(「急がば回れ」です)
野矢氏の「論理学」とかどうでしょうか?
不完全性定理の内容が気に入れば「ゲーデル・エッシャー・バッハ」に挑むべきだと思います。

理系の私にとっては、対角線論法さえクリアーできれば野矢氏の「無限論の教室」が一番直感的に分かりやすかったです。
この本では、ラッセルのパラドックスも対角線論法で説明してくれました。
チャイティン氏の「数学の限界」「知の限界」などの不完全性定理についての説明を読んでいて思いますが、
ホフスタッター氏も「メタ・マジックゲーム」で指摘している様に、メタ数学っておもいきり「LISP」だと思います。
開発された経緯が数学向けではなかった筈なのですが(数学はFORTRAN)、メタ数学にはLISPが向いている...
数学は論理学を内包するのでしょうか?
論理学が数学を内包するのでしょうか? また分からなくなりました... (まげ店長/2007-02-02)
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w:15 h:21 536page
皇帝の新しい心―コンピュータ・心・物理法則
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ASIN:4622040964
みすず書房(1994-12)
原著:Roger Penrose翻訳:林 一ロジャー ペンローズ
売上順位:179406
¥ 7,770(中古:¥ 5,600)

レビュー総評点:32
AIは裸の王様? |||||||||||||||||||||||||||||||||
数ある人工知能の理論書の中でも、人間の精神の働きは直接アルゴリズムに 置き換えられないということを、初歩的な説明から高度な理論までおりまぜて詳しく解説 しています。著者のユーモア精神と明晰な解説により、難しい話を読み進むことが出来ます。AI論でプラトンのイデアに言及しているのは見事としかいいようがない。プロローグとエピローグにまたがって小話が一話のっていて、そのお話には人間と機械に対してたくさん意味が含まれており、私はすっかりとりこになってしまいました。 (Dent/2000-12-02)
現在最高の知の記述 |||||||||||||||||
「コンピュータは心をもちうるか?」という、AI論者だけではなく、全ての人々が興味を抱くであろう話題を、数学、物理学、脳科学の最新トピックを絡め、ペンローズのみが可能な理論を展開している。具体的には、テューリング機械、ゲーデルの定理、一般相対論、量子論、等を根拠に、前人未踏の意識の理論を構築しようとするその迫力には正に圧倒される。
7章までは、ほぼ認知されている理論の(それでも非常に興味をそそられる!)解説であるが、8章以降はペンローズの手探りが前面に押し出され、人間味を感じさせる内容で、それ以前との対比が面白い。9章は専門外なこともあり、記述が少し弱いのが残念である。しかし、それは他がすばらしすぎることによるものである。
翻訳も非常に満足すべき出来である。 (加納 裕/2002-12-19)
脳科学・意識から始まって、いろいろと関係する書籍を読み進めていくと、ほとんどの文献で、この本を参考にしていることから、(順序としては逆であったのかもしれないが)この本を手にとって見た。
内容は限りなく物理である。とはいえ、内容的に難しすぎる記述はなく、数式も平易なものばかりなので、本を手にして眺めただけで諦めてしまわないよう。
脳と心を物理現象として捉えるという気風は、もはや当たり前のものとなってきているように思う。それだけに、最近ではちょっと大学でかじった程度の物理の知識を使って、「稚拙な」意識論を展開する本が増えているように感じる。量子論というと、不確定性原理か何かの影響だろう、「厳密に一つの値に決定できない」という部分だけ一人歩きして、それを安直に自由意志などに結びつける著者が多すぎる。
そんな中で、ペンローズは500ページ以上もあるこの本の大半を、物理理論の話に裂いている。TV受けするような低俗な「意識論」を期待して読むには耐え切れないだろう。それだけに、そういった理論の背景にあるものをきちんと把握しておきたい(もちろんこの本は導入に過ぎないが)と欲する方にはぜひともお勧めしたい。
ただ、後半になってくるとこなれてくるとはいえ、訳が直訳調で味気ないのが惜しい。 (ぶれぐま/2005-02-17)
買って読んで見ました |||||||||||||||||
以下第8章までの話です。買って読んで見ましたが、やはり判らないです。宇宙創生の初期状態が "仏教的意味で完全無(つまり、物質も無し、電荷も無し、光子も無し、時空も無し、真空も無し、ゆらぎも無し、等々)" であると仮定して、物質がどのように生じ、電荷がどのように生じ、光子がどのように生じ、等々に付いて、全く判りません。一歩譲って (本当は、一歩譲りたく無いのですが)、これらが存在していて、宇宙創生のビッグバンの話に繋がったとしても、それでは、ビッグバンの "火の玉" が何故・どのように形成されたのか、全く判りません。と云う訳で、物理学は、43年前の学生時代に勉強した事以上には、究極的本質の解明では、あまり進歩していないのだな、と感じました(現象の説明だけは、旨くなったようですが)。 (数学太郎/2006-02-15)
AIについて考える ||||||||||||||||||
コンピュータは人間の脳にとって代わることができるのか。
それについての興味深い考察。
AIを学び始める人にお勧め。 (/2002-07-05)
 直観とイマジネーションが宇宙の初発から存在する生命進化の根源であるとポランニーはした。そしてその力の個々の応用がそれぞれの当該生命形態の身体の運用であり、人間においては言語の使用やその一環である科学的発見(自然科学における)にもあらわれているとした。
 この、「想像力が手探りし直観が集約する認知過程」は、ペンローズにおいては量子力学と一般相対性理論を結合した新たな時空幾何学によってあらわされるとしている。
 ペンローズは現在物理的世界の基盤となる相対論と量子論を結合した量子重力論が心=認知過程を説明するという。それは彼のツイスター理論なのだが、この書は基礎的な説明が豊富で肝心のツイスター理論には触れてない。私は専門家でないので、「新たな幾何学を必要とする」ツイスター理論まで到達できない。ここで私は引き返すことになる。 (amazon/2003-07-23)
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w:10 h:14 309page
ゲーデル 不完全性定理 (岩波文庫)
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ASIN:4003394410
岩波書店(2006-09)
翻訳:林 晋翻訳:八杉 満利子ゲーデル
売上順位:18053
¥ 735(中古:¥ 500)

レビュー総評点:215
不完全性定理のより良い理解のために ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
不完全性定理への入門的解説を期待して本書を手に取った方々は、
ある戸惑いを覚えるかも知れない。それはゲーデルの論文の翻訳・
解説と共に、数学基礎論の発生から終焉までの長大な数学史論が収
録されており、その史論の焦点がゲーデルではなく、ヒルベルトの
思想史に置かれているからである。この史論においては、ゲーデル
は最後の一瞬しか登場してこない。
このような構成にしたことについての著者達の意図は本書のまえが
きに繰り返して述べられている。不完全性定理を理解するための最
大の障害はこの定理の目的と意義を理解するところにあり、その困
難を克服するべく、最新の数学史の研究成果を駆使し、数学基礎論
の歴史的経緯を詳細に追うことによって不完全性定理登場の歴史的
意義を読者に明快な形で示そうとしているのである。
そして、その基礎論史の中核に位置するのが他でもないヒルベルト
の思想史であり、著者達はその全貌の解明に全力を尽くしている。
その数学史論の出来栄えだが、すばらしい力作であると思う。こと
にいわゆるヒルベルトの計画の萌芽はヒルベルトの数学的キャリア
初期からのものであり、その背景として、ヒルベルトの不変式論に
ついての有名な仕事が存在するという考察は見事である。そのよう
な小難しいことは抜きにしても、評者は本書を夢中になって読んだ。
よくできた歴史小説を読むような楽しさなのである。
これは数十年前初めて高木貞冶の近世数学史談を手にした時、評者
が抱いた興奮を思い起こさせるものであった。僭越ではあるが、評者
は本書に対して「21世紀の近世数学史談」の称号を送りたいと思う。
(数論ファンから非難を受けそうだが・・・)
このような高度かつ誠実さ溢れた研究成果を文庫本という形で公表さ
れたことについて、評者は著者達に対して最大限の敬意を表する
ものである。 (キモおやぢ/2006-09-30)
おすすめ ||||||||||||||||||||||||||||||||
すごい。原論文が日本語で。
解説は「なぜゲーデルはこんなコトを考えなければならなかった」のか
をヒルベルトを中心にした当時の数学の公理化(メタ数学化)の流れから懇切丁寧に解説してくれています。
文庫っていうのもすごい。ポケットにゲーデルを!

林八杉夫妻の著作としても良かったかも、附:K.ゲーデル「プリンピキア・マテマティカおよび関連した体系の形式的に決定不能な命題についてI」

竹内外史「新装版 集合とは何か」も合わせて読むと効果的。 (いほ/2007-02-27)
ヒルベルトの研究 ||||||||||||||||||||||
本書はゲーデルの不完全性定理が登場するまでのヒルベルト計画に焦点を絞って解説されています。
筆者らは10年余りに渡りヒルベルトの研究を再考し、その成果が本書になっています。

ヒルベルトは生涯 自身の研究をノートに記したようですが(本書ではヒルベルトノートと呼んでいる)、
このヒルベルトノート等を基にし、ヒルベルトがいつ頃 可解性思想を着想し始めたのか、そしてヒルベルト計画の実行に至り、不完全性定理の登場をもって否定的に終止符を打たれたのか、実に見事に記述されています。

通常、ヒルベルトの数学基礎論への関与は1901年のパリ講演と直後の幾何学研究から始まるとされているようです。
しかし本書ではその着想がヒルベルトのもっと若いときから始まることを示す為、まだ無名だった頃のヒルベルトを振り返り、不変式に関するゴルダン問題を無限的にも有限的にも解決してしまったことと可解性の思想をリンクさせています。またこの中で、筆者らがヒルベルトの可解性をゴールドバッハ問題に帰着させている点が面白いです。

いわゆる「ヒルベルト23の問題」はヒルベルトが国際数学者会議で発表した訳ではないこと、幾何学基礎論でよく言われる「“点”を“コップ”に置き換える」という言葉をヒルベルトがどんないきさつで発言したかなど、ちょっとした意外な点でも大変参考になりました。

ヒルベルトについてこれほど研究されている本は、他にないのではないでしょうか。是非一度手にとって読んでみることをお勧めします。
また、本書の題名と内容にはギャップがありますので(理由は前書き、後書きに十分記されています)、この点は事前に理解して読んだほうが読みやすいでしょう。 (sire/2006-10-09)
理解の一歩 ||||||||||||||||||
不完全性定理を完全に理解できれば、怖い物はないかもしれません。

論理的に証明できないことを、平気で科学的とか、論理的とか言ったり、
「正しい」とか「正しくない」とか断定する人たちが読んで欲しい。

ゲーテルの不完全性定理を再証明できるだけの力はないが、
なんとか理解できるように、何度も読み直している。
(kaizen/2008-01-17)
 本書によれば「相対性理論」を理解するには、高等学校までの数学や物理を習えばなんとかなる。しかし、この「不完全性定理」は無理であると言う。
 それは、「数理論」や「集合論」という、ほとんど大学でさえも教えられる機会がほとんどない数学に精通しなければならないという問題だけではない。
 それにもまして、この原理に対する問題意識は、ある種の精神的な成熟を必要としているらしいからである。
 それは数学的な天才と呼ばれた者でさえも、何故このようなことを考えるのか。という意図自体が理解できないからであるという。
 何故このようなことを考えるのか。
 それは「西洋文明が持つ過剰なまでの哲学的傾向」のせいだという。
 本書はそうした西洋文明がもつ問題意識に切り込んで、「何故そういうことを考えるのか」という目的や、それを研究する「意義」とは何か。それをヒルベルトの数学基礎論研究の動機に沿った形で、従来の数学基礎論史への視点に大きく変更を迫るものとして、解説している。もちろん、「不完全性定理」の翻訳も入っている。
 正直申し上げて素人なので、お手上げのはずなのだが、ヒルベルトの目的、ヒルベルトの夢はなんとなく本書から素人でもわかる。ゲーデルが歴史の最後の方で登場して来た事がわかり、ラッセルやヒルベルトの大きさが際立っている。また「認識論的問題」という言葉が何度も出てくるように、人間には許されている推論という認識の「有限」の立場がある(しかない)という哲学的問題が横たわっておりながら、数学には「無限」が必然的に登場していることが、この証明を難しく、数学の基礎づけを不完全であるものとしているのだろう。(もっとも、私がこうした理解をするのも、「フォン・ヴリグトの『論理分析哲学』講談社学術文庫」を読んでいて「代数函数」や、「対応関係」に関わる推論技術の妥当性は「論理からは求められない」ということに関心があったからかもしれない。)
 ここから突き詰めると、結局数学は何かをはかる「ものさし」であって、さらには「構成」や「対応」というものに基礎があるものであり、結局数学によって立つ「人口知能」のような問題においては、人間と同じように思考する不確定な心をもつロボットはあり得ないのではないか。ロボット内部の回路のみでは、人の思考は完成しえないのではないかと思えてくるし、ではなぜ、人間は推論可能なのかが疑問となる。もちろん、そうした論調の書物もあるはずだろう。脳内のシナプスにおける電子の不確定性原理が不完全性定理を乗り越えて、人を心を持つものたらしためているのかもしれない。それは別書にあたることにしたい。 (シャムネコ37/2007-10-01)
ゲーデルの原論文に加え、専門研究者である林晋による目の覚めるような詳細な解説がついて、しかも文庫で真打登場。
不完全性定理はおおくのひとが理解しているようなものではない。とくに「不完全性」の意味について。つまるところ、当時の数学史的状況を把握していないと、この定理の意味も意義もまったく理解できない。そのような前提のもと、解説のほとんどは、数学の形式化を挙行しようとしたヒルベルトを再評価しつつ、当時の数学認識論的布置を再構築することに費やしている。それによって見えてくることは、不完全性定理が形式化を破壊したという側面よりも、むしろあるレベルにおいて形式化を完成したという面である。この定理の出現によって、明らかに(特に集合論の分野での)公理化の流れは加速した。
人文系によく見られる不完全性定理の利用の仕方は、数学のような最も厳密で確実と思われた学問すら「不完全」なのだから、ましてや他の学問云々・・というものだろう。こうした風潮を見越してか、林は次のように述べている。

「不完全性定理をめぐる歴史解説の最後に、比較的最近の数学基礎論的展開について触れておきたい。最近の展開を知っておくことは、いわゆるポストモダン系の議論に多い、ゲーデルの定理を「根拠」とする素朴な相対主義的・限界論的結論の解毒剤としても有効である。」p.265

以下、ゲーデル以降の数理論理学の分野における発展に触れ、ヒルベルトの企図した数学の形式化についてだけであっても、部分的には成功していることを明らかにしている。そして、そもそも不完全性定理の出現は、大部分の数学者にとっては「辺境」的な出来事に過ぎない。

「実は、多くの場合、数学のある部分が不完全性定理的な現象に感染していることが判ると「それは真の数学でない」とされて、「数学の本体」から切り離されてしまう。そういう摘出手術を痛痒に感じないほど、数学は豊かなのである。(・・・)
不完全性定理を真剣に受け止める数学者は極めて少ない。多くの数学者は、それを単なる周辺的な定理と理解している。(・・・)
数学基礎論に残された大きな問題は、数学の不完全性を声高に叫ぶことではなく、「ゲーデルの不完全性定理にもかかわらず、なぜ現実の数学はこうも完全なのか」という逆説的な経験的事実への問いかけであるように思えてならない。」pp.274-275

ポストモダン感染者なら、こうした見解を哲学的問題に対する鈍感と決めつけるのではないかと思う。しかし逆に、ある見解を一つの単なる解釈(そうでないものなどあろうか?)にしか過ぎないと見なして切り捨てる、そうした態度こそがポストモダンの不毛を生み出しているのではないだろうか。 (kanedaitsuki/2008-08-26)
論文の全訳は70P弱で、
残りの200P強は林先生の解説だが、
ゲーデルの「不完全性定理」が、
何故難しいのか、何故誤解されて流布されるかの分析が素晴らしい。
「不完全性定理」は形式的な数学の不完全性を証明したに過ぎないが、
全ての数学に通用する定理だと拡大解釈されて、
人間知性の限界を証明したという説まで現れてしまった、
数学史哲学史を最新の知識で紹介しているので、
知性に興味がある人は必読の本である。
数学の一ジャンルの定理でしかない「不完全性定理」を、
数学論として拡張した奴がいるから話はややこしくなるのだ。
「不完全性定理」が証明されて、
数学は完全ではないと証明されたが、
不完全でも、実は、数学者は別に困っていないという現状報告はとても面白いです。
正しい命題なのに証明出来ない命題が多数見つかるジャンルは、
研究者は見つけなかったことにして、
「不完全性定理」にひっかかからないジャンルを研究しているそうです。
いまだに数学は無尽蔵。
「不完全性定理」のパラドックスというものまで囁かれているそうです。
「ゲーデルの『不完全性定理』によれば、数学は不完全だが、現実は完全に近いように見えるのは何故か?」
「不完全性定理」にひっかかる研究などしなくても、
数学者のネタは尽きることはないという感じですな。
ゲーデル以後の面白いネタとしては、
構成的数学とか逆数学が最近のはやりらしい。
数学といえば、論理的帰納法は外せない筈だが、
その帰納法を制限して思考するという逆数学が、
面白そうですぞ!
ゲーデルでさえ、形式的帰納法の正しさを証明するのに、
超数学的帰納法を使わざるを得なかった。
超数学という凄い訳が一般的になっているが、
数学基礎論とか応用数学とか計算機科学とか数理哲学と同じように、
超数学も単なる数学の一ジャンルに過ぎない。
林先生は超数学に証明学という判り易い訳も提示してます。
(ゴルディアス/2006-12-23)
論文査読 |||||
本書の構成は、原論文の翻訳と解説から成る。2部構成のうちの1部に原論文の日本語訳を位置づけ、2部が数学史的背景の検証研究成果に基づいた主として数学基礎論研究との関連およびそれらとの位置づけについての解説に割付けられている。「まえがき」に示されている著者の意図と編集の構成とから明らかのように2部は、1部の内容の解説ではない。原論文の査読の任を担うことができるほどの知識背景を有する研究者が手にする学術論文のようである。少なくとも前原昭二著「数学基礎論入門」を読了し、帰納的関数を習得していることが必要であろう。 (Fourier/2008-08-12)
ゲーデルの不完全性定理の概要を知るだけでなく、理解するにはどうしたらよいかが書かれた本です。
私は数学に詳しくないので、読み進むのは簡単ではありませんでしたが、理解は深まりました。

ゲーデルの論文の構成、テクニカルな解説などは理解を深めるうえで役に立ちました。
初心者(?)が思いそうな誤解に対しても丁寧に解説してあり、ゲーデルの定理をより深く知ろうとする初心者&素人にはとても参考になる本と感じました。

ただし、概要だけ分かればよいという場合は、他の入門書(例えば野崎昭弘の不完全性定理)の方が良いと思います。 (ガアタ/2006-09-25)
日本語で♪ゲーデルの論文 |||||||||||||||||||||||||||||
ゲーデルの論文を判り易く翻訳しています。当然ながら読者が多くの行間を埋める必要があります。解説によれば、書かれた時にはホットで常識的なミニマムな知識や問題意識も現在の我々には多くが欠けているようですし、時代を経たことによる誤解や間違った定説も蔓延しているようです。翻訳者によってヒルベルトのノートを文献的に研究した結果、定説を覆す重要な発見がなされています。問題意識的な部分は解説によってずいぶん補われていますが、理解するための知識については、その道しるべが与えられている程度です。論文の構成は簡潔で見通しのよいものです。最初に証明の方針が示されています。この部分で言っていることは理解できると思います。実際の証明では記号論理の基礎知識があれば、何とか証明を追うことができそうです。でも46個もの原始再帰的な表現が個別にそして相互関連的に何を意味するかちゃんと理解するのは骨が折れそうです。証明は当然ながらそれらを使用しています。わたしは当然ながらちゃんと読みこなしてません。 (さるサル/2006-11-14)
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不完全性定理―数学的体系のあゆみ (ちくま学芸文庫)
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筑摩書房(2006-05)
野崎 昭弘
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¥ 1,155(中古:¥ 548)

レビュー総評点:136
本書は「ゲーデル、エッシャー、バッハ― あるいは不思議の環」の訳者でもある著者が1996年に著された「不完全性定理―数学的体系のあゆみ」(日本評論社)を文庫化したものです。文庫化に際し、改善すべき内容も気付いた範囲で修正されたそうです。 (例:円周率の桁数字において「9が10個以上続けて現れるところがあるか」という問いは、この10年で答えが得られています!)
「応用数学者が書いた超数学入門」ですので、専門外の人がつまづきやすいポイントがうまく説明されていると思いました。「形式的世界と実質的世界」「数学と超数学」「数学的体系の論理的構造」に関してうまく図解(イメージ化)して説明されているところに好感が持てました。とはいえ、最後の「不完全性定理」の説明は、まったく初めての人にはやや難しいのでは、とも思いました。(「対角線論法」や自己言及に関するパラドックスに慣れていないとチョット辛い?) そのような超初心者の方は、例えば「無限論の教室」(野矢茂樹)などの易しめの読み物でイメージを掴んでから本書に取り組まれると理解が深まるのではないかと思います。(その後、さらに興味をお持ちになられた方は、より本格的な書物(例えば「ゲーデルは何を証明したか―数学から超数学へ」(E. ナーゲル)や「ゲーデルの世界―完全性定理と不完全性定理」(広瀬 健, 横田 一正)など)に取り組まれるとよろしいのではないでしょうか) (ゴルゴ十三/2006-05-21)
まず、ゲーデルの不完全性定理の入門書として、質、コストパフォーマンス(安い!)ともにベストだと思います。わかりやすい上に、概念だけでなく、自分でも証明を追えるようになっています。

ゲーデルに限らず、集合論の大切さなど、数学の概念的な面白さや、数学者の意外な生涯(カントルの悲劇というか)などについての記述も充実していて、数学のおはなしとしても楽しめます。

ゲーデルの不完全性定理、チューリングマシーンをめぐるさまざまな
解釈についても触れてあり、自分で考えるきっかけにもなります。 (ガアタ/2007-01-09)
キモが解る ||||||||||||||||||||||||||
 「完全性」、「不完全性」、「無矛盾性」といった単語を辞書に載っている意味で捕らえると永久に理解できません。「完全」の反対語が「不完全」では無いからです。本書を読めばそこらへんが確実にわかります。
 また、ゲーデル数を構成する方法については触れていませんが、そのキモは解ります。ゲーデルのすごい着想が何十にも折り重なって完成された仕事であることがわかります。
 野崎さんの本は、わかりやすい上にキモがつかめる本が多いのですが、この本も例外ではありません。  (さるサル/2006-06-01)
不完全性定理の肝であるゲーデル数が、カントール対角線論法の応用であるということが明示されているという一点において、近年最良のゲーデル入門書だ。
ヴィトゲンシュタインのいう「見渡す」効果を最大限利用したということができる。
ゲーデル入門にはまず本書のカントール関連の記述から、と推薦しておきたい。 (yojisekimoto/2007-05-22)
古代史の中で数学がはじまってから、不完全性定理が見出だされる、現代までの数学の流れがわかりやすく書かれています。
 数学の込み入った予備知識がなくとも、数学自体を議論するために超数学が生まれ、その中で不完全性定理が現れた雰囲気はよく伝わってきました。証明に関しては、ある程度簡略化されてありますが、なんとなく納得できる論理の展開がなされています。
 肝心の不完全性定理は最終章のみで扱われているので、不完全性定理だけを特に知りたいという方には物足りないかもしれません。 (ちどり/2007-02-28)
 著者も書かれている通り「応用数学者が書いた超数学入門」なので、わかりやすく初心者向けに書かれています。ただ、あまり詳しく書かれていない箇所も多いので、概要を知るつもりで読むことをお勧めします。
 「できる範囲で修正を行った」とありますが、有限の立場の箇所など、誤りと思われる部分もあります。
 数学史、集合論、論理などもユーモラスに書かれているので、不完全性定理や数学史について大体どのようなものか知りたい方にはよいと思います。もっと深く勉強したい方は他の本を読んでみるとよいと思います。 (火曜日のねじまき鳥/2008-08-20)
「ゲーデル、エッシャー、バッハ」の訳者の方がゲーデルの超入門書を書いた、と裏表紙にあったので、今度こそと思って読んでみた。
「はじめに」にあるように1から3章は数学の歴史である。ユークリッドについて本当に平易に書いてあり飛ばして読める。超数学入門の後半の3章は著者のお勧めに従いかなり読み飛ばした。「6章 ゲーデル登場」で、よし真面目に読むぞと思った。

かなり平易に書いてあると思うが、とにかく証明部分が難しかった。わかったような気にはなる。が、よくよく考えると著者の噛み砕いた日本語の説明部分にうなずいている。数学を日常にしている人にはもっと判りやすいのかもしれない。

ゲーデルの不完全性定理は、普通の言葉に訳してよく引用される。「人間の知性の限界が示された」とか「完全ではない」とか文章では簡単に書かれるが、やはり数学的に数式とか論理式で証明を導けないと判ったとはいえないのではと思っていた。その意味で読んだ後も読む前と変わらず解っていないが、途中色々数学の興味深い話があり全体として面白かった。(眠いところも多かった。)ゲーデルの不完全性定理は、「新しい理論の始まり」になったという。漠然と、数学って破綻しているんじゃとずっと心配していたので、ここを読んだだけでも良かった。


(Hanako/2006-10-26)
肝心の不完全性定理について、ページ数が少なく、説明もあまりていねいとはいえず、なぜか、ものすごく細かい字で対角線論法の説明がされている。初心者というより、一般向けとしても、不親切な感じを受けた。 (よしひろ3/2006-09-23)
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心の社会
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産業図書(1990-07)
安西 祐一郎
売上順位:37189
¥ 4,515(中古:¥ 1,792)

レビュー総評点:28
心の捉え方 ||||||||||
心とは、個々では心をもたないエージェントと呼ばれるものが組み合わさり、社会のようなものを形成しているものであるという考え方を示した有名な本(の訳本)。本書は、専門書の形式ではなくエッセイ形式の読み物として書かれているので非常に読みすすめやすい。また、章の独立性が高いので前から順に読まなくても(ある程度)大丈夫である。専門家以外の人にもお薦めできる一冊。 (jonasan78/2002-06-13)
人工知能と聞いて、「難しそう」という人にもぜひ読んで欲しい一冊です。トピックは1ページ毎に書かれている為、英語でありながら非常に読みやすくなっています。しかし、その1ページが恐ろしい程深く、簡単に読み進めれるものではありません。人工知能を多角的にとらえた、歴史に残る作品だと思います。技術的な知識は特になくても、恐らく問題なく楽しめると思います。
著者のマービン・ミンスキー氏は、人工知能の父とも言われる研究者で、あのMITのAIラボを立ち上げた一人でもあります。人工知能に少しでも興味がある人、熱帯夜を忘れる程の刺激を求めている人、物思いにふけりたい人、「心」って何だろうと思っている人など、とにかく誰にでもお勧めの一冊です! (Senu/2004-08-04)
この本はすばらしい本です。人工知能をどう実現するかという目標に向けて、さまざまな分野の知見に支えられた統合的な心のアーキテクチャを提案しています。曖昧すぎるなどの批判もありますが、発想を妨げず、かつ正確に伝わるような抽象度で、ひとつひとつの節が非常によく考えられ洗練された文章で書かれています。あまりに深い内容が、あまりにさらっと書かれていることに感動すら覚えます。人工知能に興味を持つ人ならば、一読ならぬ二読、三読をお勧めします。 (pluto/2004-02-06)
チューリング賞(コンピュータのノーベル賞)受賞者でもある人工知能の大家が、自身の研究成果と仮説を一般向けに解説した書籍です。内容の素晴らしさについては、他の方もレビューしているので、改めて述べる必要はないでしょう。

本編の内容に加えて、安西教授による和訳も労作です。心理学用語やコンピュータ科学用語には、一つ一つ訳者による丁寧な解説が付いています。また、本書は英語圏の読者向けに書かれた書籍ですが、日本の読者でも理解できるように、人名等にも大量の訳注が付けられてあります。訳自体も、一般読者が理解できるように平易に訳されており、お薦めできます。 (/2009-02-10)
内容は簡単とはいえませんが、読むたびに考えさせられる本で、どこを変えれば何が変わるかを考えてみたくなる本です。各章単位で内容が別なので、どこからでも読めるので、興味のありそうなところから読んでいけば思考訓練ができる本と思います。 (/2007-07-07)
この本はすばらしい本です。人工知能をいかにして実現するかという目標に向かって、さまざまな分野からの知見に支えられた統合的な知能のアーキテクチャを提案しています。当たり前で曖昧すぎるという批判もあるかもしれませんが、1節1節が非常によく考えられ洗練された記述となっています。あまりに洗練されすぎていて、その内容の深さに気づかずに読んでしまうほどです。AIに興味を持つ人であれば、ぜひ一読ならぬ二読、三読をおすすめします。 (/2004-02-06)
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マインド―心の哲学
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朝日出版社(2006-03)
原著:John R. Searle翻訳:山本 貴光翻訳:吉川 浩満ジョン・R. サール
売上順位:92918
¥ 1,890(中古:¥ 1,020)

レビュー総評点:60
ベースは唯物論 ||||||||||||||||||||
本書は、心に関する主要な論点や学説を整理した上で著者自身の考えを提示する形式になっているが、全体的には唯物論(心脳同一説・機能主義)がベースになっていると思う。著者は唯物論について、哲学者などの専門家の間では「私たちの時代の宗教といってもいい」とまで言っているが(P73)著者自身も科学に対する信頼は信仰に近い。この点日本では(まず常識を疑えというような)懐疑論ベースの思考が哲学では広まっているので、例えば1章での独我論の軽い扱いや10章での素朴実在論の擁護などに対して、哲学的な?読者の不満が想像される。しかし私を含めた一般の人にとっては自然で読みやすい展開になっていると思う。
著者は、意識を含めた心的現象は脳過程と同一であると主張し、閉じた因果的システムの中で同じ因果的機能(位置・役割)を持つことをその根拠とする。脳の物理的記述に対し、心的用語による記述は機能に即した高レベルの記述である、という関係にある。こういった主張は、基本的に唯物論と言っていい。

ただし、現在の主流的唯物論に対する既存の批判にも正当性があると認めるのが著者の立場である。著者によると、主流的唯物論の欠陥は、心の重要な側面である「意識」と「志向性」、特に意識の質的性格・主観性を取りこぼしている、ということである。その原因は、物理的/心的という区別における排他的用語法の伝統にあり、既存の唯物論はこの伝統に引きずられて意識の強引な「還元」を試み、その結果意識概念の存在意義が抜け落ちてしまう。著者の示す処方箋は、伝統的語法を拒否し、質的・主観的性格を許容するように「物理的なもの」の概念を拡張することである(P157)。

私自身は、「科学」という活動や心的表現に対する見方において著者に不満はあるが、動物と人間を連続的に捉える自然主義には共感する。また、文章が良くて読んでいてとても楽しい。 (皿皿/2006-06-06)
哲学だけではなく、心理学や脳科学、生物学の知識も動員して書かれた「心の哲学」(心とは何か?)についての包括的な入門書です。
この分野で有名な争いと言えば、「心身問題」(ご存知無い方は、本書を読めば非常にわかりやすく書かれていますのでご安心を)についての二元論からのアプローチと唯物論からのアプローチですが、著者のサールはこれをどちらも誤りだとし、解決策として独自の「生物学的自然主義」を打ち出しています。
これで本当に「心身問題」が解決できているかどうかは、読者が判断するべきなのでしょう。


本書の一番の特長は、あまり哲学に触れたことの無い読者でも理解できるように、哲学的な専門用語を使用するのをできるだけ抑えて書かれてあることでしょう(わかりやすさの限界に挑戦しているかのごとき平易な文章です)。
また、訳が良いので文章がとても読みやすく、注釈も豊富です。

流石に哲学の知識を全く持たない方が読むのはかなりキツい部分もあるかと思いますが、それでもわかりやすい丁寧な説明でなんとかついていけるレベルではないでしょうか。

「心の哲学」という言葉にほんの少しでも「心」を動かされる人にとっては間違いない一冊です。 (哲学する河童/2008-02-28)
意識をめぐる諸学説についてデカルトやカントなど古典的な哲学者もとりあげられ
ポイントをふまえて流れが整理されている。意識を巡る学説の整理はさすがとしか
いいようがない。しかも、分かりやすく噛み砕いた表現なので「一般向けの入門書」
ともみえるが、それは早計です。実際は本書での議論の本質を理解するにはどうして
もそれまでの言語哲学の論点をふまえる必要があると思えました。

何故サールが「志向性」にこだわるのか。志向性を表現した記述は「内包性」を
帯びるのに、志向性そのものは内包性を含まないといわれるのか。心身問題を語
るときの議論における誤謬を「記述レベル」にあるみるのはどういう意味か。
そこで「一人称/三人称」という観点が出されることのになるのはなぜか・・・

これらは「指示性の問題」「内在主義/外在主義」など、クリプキやパトナム等の
言語哲学での意識の扱いをふまえた側面が多分にあるからだとおもいます。という
より、もはや意識についての議論は「語る権利」を度外視しては成り立たないから
です。かつ、クリプキやパトナムの議論では組みつくせない意識の、言語の側面が
あるというのが根本的にはサールの立場だからです。彼自身は本書で「生物学的自
然主義」とそれをよんでいます。

なのでいくら表現を易しくしても払拭できない問題自身がはらむ本質的な分かりつ
らさはやはり残ってしまいます。それでもやはり必読に値します。
(白頭/2007-11-03)
二十世紀初頭以来、英米分析哲学の関心の中心は一貫して言語であったが、著者によれば、近時は言語から心に主題がシフトしつつあるのだという。言語に関する問題は心を巡る問題の特殊例として理解される傾向にあるそうだ。本書はそうした「心の哲学」の入門書である。

本書が扱うのは、心身問題、自由意志、認識論、自己同一性といったデカルト以来のお馴染みの問題と、意識と無意識、志向性といった心の哲学特有の問題の両方である。各問題について、英米哲学ならではのシャープな論理展開が楽しめる上に、随所で援用される神経生物学の成果も興味深い。それでいて、評者のような門外漢にも分かるよう簡潔明瞭な筆致で書かれている。

もっとも、著者が展開する論理には必ずしも納得のいかないものもある。たとえば、認識論については独我論やセンサデータ論を三人称的視点から切って捨てているのに対し、心身問題については計算主義を一人称的視点の三人称的視点への還元不可能性を根拠に退けるのは、果たして一貫しているのだろうか。また、著者がかなりのページを割いて説明している心身二元論の論駁は、インターネットの仕組みを少しでも学んだことのある人なら誰でも知っているはずの、「レイヤー」という概念を使えばもっと簡単に説明できたのではないかとも思う。

とはいえ、本書が全体として良書であることには間違いない。翻訳は丁寧で読みやすく、訳注も行き届いている。 (world3/2006-07-26)
著者サールは、心の哲学という分野を牽引してきた主要な哲学者。第一線の人による入門書。学問分野の状況を単にまとめたものではない。サール自身の主張もふんだんに含まれる。それ自体が哲学書であるような、哲学入門書だ。筆致も非常に簡潔ながら、しっかりと確実に書いてある。信頼の置ける、素晴らしい本だ。

議論はまず、心の哲学の一般的なトピックを列挙することから始まる。そして、典型的な対応としてデカルトの回答が挙げられる。ここでのデカルトは、教科書的なデカルトである。分析哲学にはよくあることだが、その歴史的正否は気にしない方がよいだろう(例えば、デカルトは意識の内容の確実性について、意識の存在の確実性と同様に語っただろうか。狂気の想定は何を意味するのか。)

ついで、現在の議論状況を形作った様々な考えについて語られる。唯物論と二元論を中心に、行動主義、機能主義、消去主義など。ここの記述はとてもよくまとまっていると思った。ただし、消去主義の扱いに対してはやや簡単すぎる印象を受けた。機能主義については、当時の熱狂が伝えられる。当事者であったサールならでは、である。

それに続き、唯物論の批判とサール自身の見解を述べていく。ここは本書の最大の論点である。唯物論に対し、サールはそれがクオリアを一人称的に説明できないと批判する。そして、心的/物理的という二元論を廃す。物理的世界に一人称的存在論を組み込んで拡張するのである。この議論は入門書であることもあり、簡潔に書かれている。説明が足りないと感じたが、それはサールの専門的な論文を読んで検討するべきだろう。一つの独自の見解としては、十分に提示されていると思う。

ここまでが心に対する一般的な見解の検討。それ以降は個別のトピックの議論である。志向性、心的因果、自由意志、無意識、知覚、自己。これらは専門的であり、それ以前に比べてやや難しい。特に志向性の議論はかなり難しいのではないだろうか。分析哲学の他の知識が必要とされるため、一読では難しいだろう。だが、議論は丁寧になされている。折りに触れて読み返す価値のある部分である。また、すぐには納得できない議論も含まれていた(ヒュームの因果論批判への応答など)。

自己に関する最後の議論は興味深い。まず、その前の自由意志についての議論において、自由意志の存在も非存在も、確実な議論はないとされている。そして、自由意志に基づいて決定を行う行為者(agent)として、自己を要請する。その自己は、自己に関する直接的経験が存在しないため、実質的ではなく形式的である。この形式的自己の要請は、非常にスリリングで面白かった。心の哲学から社会哲学へとつなげていく、サール独自の議論であろう。

本書は何よりも、心の哲学の第一線の哲学者の手になるものとして貴重である。また、簡潔でまとまりよく書けている。もちろん、様々な見解の扱いに関しては、様々な意見があろう。しかし入門書として勧めることのできる、素晴らしい本である。心や脳に関する雑な議論が溢れる昨今、この本の知識くらいは共有されてほしいものだ。 (ex-phenomenologist/2008-11-29)
私は専門家ではなく、入門者の立場でこの本を購入しました。
やっぱり分かりにくいです。
おそらく哲学書というものは、このような話の展開をすることが「哲学」なんでしょうね。
私は哲学そのものが分かっていないのかもしれません。
文章は読みやすいと思います。しかし、長々と説得力のありそうな話が続いていきますが、
読んだ後、心について理解が深まったという気分にはなりませんでした。
本当の心の問題と全然違うところで、唯物論等と名づけられたもっともらしい理屈で議論を楽しんでいる、でも何か日常の問題の解決策が具体化される訳ではない、というのが正直な感想です。
そもそも私がこの本に求めたことがずれていたのかもしれませんが。。。 (ユータスロータス/2007-02-27)
心の哲学の第一人者、ジョン・サールによる心の哲学の入門書。
当然、サール自身の主張は色濃く反映されているが、心の哲学のトピックを広範に取り扱っている。
難解な哲学用語も最小限に抑えられており、よい入門書だといえよう。


サール自身の立場は、生物学的自然主義である。
彼は、意識とは、胃における消化などと同じで、脳によって生物学的に作られたものだとする。
しかし一方、意識とは一人称・主観的なものであり、客観的な方法では捕らえられないとして、唯物論を却下する。

サールは、心の哲学で多く見られる、言語の誤用による混乱を批判して、論点を整理している。
例えば、物的/心的のような対立は、その設定自体に問題があると指摘する。
これは、サールの師が、言語学者でもあり哲学者でもあるオースティンであることにもよるだろう。

論点の解体と、議論の場の設定が、ある意味で本書の行っていることだといえるかもしれない。 (θ/2008-05-19)
最初のまとめはよかったのだけど、サールがいったい意識について何がいいたいのかわからない。っていうか当たり前のこと言ってるようにしか思えない。つまり

「わからないものはわからない」

って。それをわかるような気がするとこが落とし穴なんだとか言ってるようなだけの気がする。

これ読んでも、意識が何かなんてさっぱりわからないと思うし、なんだか何も言ってないに等しいような本だったけど、僕がばかなんだろうな。

だけど、こんな本が「すげー」とか思われることがまずいんじゃないか?ってちょっと思ったりもしたけど。 (lem/2008-03-26)
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宗教の創造力 (講談社学術文庫)
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講談社(2001-09)
荒木 美智雄
売上順位:119052
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「宗教」を考える
比較宗教学関連文献
 
w:18 h:25 606page
コンピュータの数学
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共立出版(1993-08)
原著:Ronald L. Graham原著:Oren Patashnik原著:Donald E. Knuth翻訳:有沢 誠翻訳:萩野 達也翻訳:安村 通晃翻訳:石畑 清ロナルド・L. グレアム
売上順位:208859
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レビュー総評点:18
世界的な権威者による、組み合わせ数学の専門書である。原題はConcrete Mathematicsで、この題には、数学がこのような形であるべきだという、著者たちの主張が込められている。
日本語に直すことが難しいため、翻訳では、コンピュータの数学という題になっている。計算機にとって役に立つ数学であることは間違いないものの、原題からはかなりずれた印象を与える。
多くの話題が、十分な量の練習問題と共に掲載されている。ただし、この本を読み通すことは簡単ではない。まず600ページを越える分量。そして、独創的な著者たちによる、個性の強い証明も、読むことがやや難しい。
読破することを目指すより、興味があるテーマを選んで読むのが良いだろう。
原書に挑戦することも良いだろう。英文はとても明快であるから。
☆を4つにしたのは、読破が難しいことによる。本の価値としては、☆5つが適当だと考える。 (宮寺良平/2007-03-18)
ハノイの塔に始まり、漸近近似に終わる、コンピュータで使う可能性のある数学的な技術について問題と回答が掲載されている。
自分が使う可能性のない部分については、力が入らないのでまだ全部を解いていない。
大判で読みやすいが、絵が少しあると、数学の専門家以外でも、飽きずに読み進むことができるかもしれない。 (kaizen/2008-05-13)
本書は「Concrete Mathematics: A Foundation for Computer Science (ISBN: 0201142368)」の翻訳本です(注:第2版 ISBN: 0201558025 が出版されているが、翻訳本は第1版のもの)。サイエンティフィック・プログラムを作成する人は、この本に書いてある程度の事は基礎知識として身に着けておくべきと思います。なお、クヌース氏は、有名な「The Art of Computer Programming I, II, III (ISBN: 0201896834, 0201896842, 0201896850; I と II は第3版、III は第2版)、日本語版は I は ISBN: 475614411X, II は 4756145434」の著者です。彼氏の「The Art of Computer Programming」と会わせて「Concrete Mathematics: A Foundation for Computer Science」を、出来れば、原書で読む事をお勧めします(注:The Art of Computer Programming は努力しないと多少読みにくい所もあります)。 (数学太郎/2006-02-01)
これは原著 Concrete Mathematics (具象数学)の翻訳です。
連続系数学と離散系数学を混合した内容です。
共著のD.E.Knuthが「この本は、私が数学はこうあるべきだ、と思う形の
外形を示したもので、そのできばえは理性を超えてとても気に入っている」
と語っています。
640ページを320日間で書き上げたという。本当にすごい人ですね。
コンピュータサイエンス学科の人、自称プログラマーなら絶対読んで
おくべき本ですが、やはり、原著に挑戦して読むべきだと思います。 (bannaikaz/2004-09-26)
4件のレビューを表示しています。
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