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「環境問題はなぜウソがまかり通るのか (Yosensha Paperbacks)」 とその関連商品
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環境問題はなぜウソがまかり通るのか (Yosensha Paperbacks)
ASIN:4862481221洋泉社(2007-02) 武田 邦彦 売上順位:982 ¥ 1,000(中古:¥ 75) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
市場経済活動の縮小が環境問題の解決 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
著者は名古屋大学の教授を歴任された方である。以前からHPなどは知っていてたまに見ていたのであるが、それなりに過激な発言をされている。図表などは出典が書かれているものも多数あるが、無いものもあり、果たして本当なのか?という感じもする。言い換えれば筆者に都合の良い結論あり気ではないかと。リサイクル問題、温暖化問題、発ガン物質、環境ホルモン等に実は多くのウソがあるのだが、メディア等ではそれを取り上げないと指摘する。ダイオキシンは猛毒ではない。なるほどと思う。しかし猛毒でなくとも毒性はあるのではないかと誰もが心配する。その点の答えは無い。DTTも同じ論じ方である。ペットボトルは分別するだけ無駄であり、燃やした方が良いような記述しているが、果たして本当にそうなのだろうか?
もう少し感情的に成らずにデータの蓄積による説得力のある文書構成でも良いと思う。 根本的な環境問題の解決は市場経済活動を控える事であり消費を少なくすることであることは間違いない事は良く分かった。車を使わず、自給自足的な生活をする事がもっとも正しいウソの無い答えだろう。 (dream4ever/2007-11-13) 氏の著書『「リサイクル」してはいけない』は不毛な廃棄物リサイクルの正体と著者なりの建設的な意見が述べられた好著だったと思います。というわけで本書についても、実際読むまではペットボトル・リサイクルからダイオキシン、エネルギー問題までを同様の語り口で進めるのかと思って読みはじめました。一読したところ本書は、話題が環境問題全般であるためか、一つ一つの問題を掘り下げるよりむしろタイトル通り「環境問題のウソを煽る人々」への批判を中心に構成されているようです。
なるほど、環境を御旗に国民を欺き私腹を肥やす輩はけしからん。ウソを並べて人の良さにつけこむ、自治体、各種団体、マスコミに怒りがこみ上げてきます。環境報道やリサイクル運動に多少の胡散臭さは感じてはいましたが、捕鯨問題を「科学的ではない」、「盲目的な信者のようだ」と批判していた我々が同じような「環境宗教」に侵されていたとは..。 と、目からウロコが落ちる、刺激的な主張でありました。 ただ、この短い紙面で科学的な事実を掘り下げることは難しかったのかもしれませんが、本書面だけでは俗説を否定する根拠の説明が少なく、やや説得力に欠ける面があります。やもすれば作者の主張が愚痴っぽく聞こえてしまう部分もありました。 テーマがどんどん広がりを見せてきたところで続編に期待します。 (Adam12/2007-11-06) テレビ局・新聞社を中心としたセンセーショナルな報道に惑わされることなく、自分の頭のフィルターを通して物事を独自に考えることの大切さを教えてくれる本。
ただし、「ゴミを分別するからごみが増加する」という主張などに「学問として学問」の域を脱しきれない稚拙さを感じるところもある。 つまり、一定限の心理要素として「分別による安心感」→「配慮の低下によるごみ増加」という効果はあるかもわからないが、そういった説明はほぼなく、「消防車が出動するから火事になった」という主張を再三繰り返しており、読むに堪えない部分も。 しかしながらそれを補って余りある目新しい視点=大量排出されるマスコミ扇動の主張に真っ向から対立する視点は読んでいて天晴と言わざるを得ない。 自分の意見は本当に自分の意見なのか? 何かの受け売りで自らの検証を放棄してはいないか? そんなことを考えさせられる本です。 (mixup/2007-07-11)
究極の環境保護は自給自足しかない。 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ペットボトルを無くしても紙パックや缶が増えれば同じことではないか。
問題なのは消費者の過剰な便利志向にある。 容器はなくして自宅からびんや水筒を持ってきて詰めるのがいちばんいい。 昔のお豆腐屋さんがそうだった。しかし今のように大工場で大量に作るとなると 衛生上の問題がでてくる。コンビニの弁当に防腐剤がふりかけてあるのも同じ理屈。 日本の低い食料自給率。遠い国から食べ物を運べば飛行機や船に使われる燃料費が 多大にかかる。これがすでに環境を破壊している。日本は森の国なのにアマゾンの 森林を破壊してまでなぜ木材を輸入するのか?おかしいと思わないのか? 究極の環境保護は自給自足しかない。自宅の庭で野菜を栽培すれば農薬被害も防げる。 庭がない人は近くの農家から野菜を分けてもらえばいい。光熱費はソーラー発電でかなり まかなえるはずだ。こういったことが実現できない理由は、大資本の利権がからんで いるからに他ならない。国民が自給自足に走れば困る人たちがいるということ。 マスコミも国もすべてそれら大資本家に加担しているといっていいだろう。 (alcyone/2007-06-12)
正直わかりません(笑) |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
・リサイクルすることによって余計に資源がムダ になり、余計に費用がかかっている
・ダイオキシンの毒性は実は薄い ・温暖化してるようで実は大丈夫 などなど、環境問題についての常識を覆す本である。 が、読んでいて一番残念なことは、本書に書かれている内容が事実であるかどうか、一般人には確かめる術がないということだ。 正直正しいのか正しくないのかさっぱりわからん(笑) ただし書かれている内容から、著者も別にめんどくさいからリサイクルをやめよう!とか言ってるのではなくて、環境問題についての真剣さは、今まで「真面目に」リサイクルをしてきた人達と同じものだということが良くわかる。 この本が全面的に正しいかどうかは別として、この本の視点は大事だと思うので、環境問題について考えるのであれば、一度目を通しておいた方が良いかもしれない。 (哲学する河童/2007-06-07) この本は、「不都合な真実」や環境保護全てが無意味で嘘だと言っているのでは無いと思います。リサイクルは、資源の無駄使いで、地球温暖化を促進する行為で、無意味だから止めた方が良いという事を警告している本です。
リデュース、リユースは、地球温暖化防止のために有効だと思います。 (チサト/2007-04-08)
バランス材として ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
環境保護という絶対「善」に対して、
本書が暴露した事実の価値は高いと 思います。 このような類書が絶対的に不足している中で、 本書の果たす役割は高いと思います。 本書を読んだ上で、さらに 環境問題をどのように解決していくのか? それが読者に課された課題となるでしょう。 (金太郎/2007-03-28)
環境問題の嘘はどこから始まったのでしょうか。 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
中国で環境問題が深刻そうに見えます。
日本は風下の国で、食物がたくさん中国から来るので、座して待っているわけにはいきません。 中国からの食料品で、いろいろな報道もありますが、科学的な情報がなかなか伝わってきません。 日本の歴史の中でも、人体に有害なものは排出していませんといった会社が、有害なものを排出していたということはよくあったのではないでしょうか。有害なものは出していないという嘘はなぜ止まらないのでしょうか。 森永砒素ミルク事件の当時の赤ちゃんだったので、同級生に被害者の人たちがいました。自分も森永のミルクで育ったので、一度か2度は砒素ミルクを飲んでいたかもしれません。 嘘を暴き立てる人も、相手の嘘を見破るために、さまざまな嘘を並べて、相手の動揺を引き出し、本当の事を言わせる戦術に出ているのかもしれません。 大事なのは嘘か本当かではなく、自分達は何がしたいのかということをもっと明確に出せるようにすることではないでしょうか。 例えば、食品会社であれば、人の命を支えたいとか、人間の健康に貢献したいちおう目標を掲げるのであれば、おかしなことはしないはずです。 食品に興味がなくて、利益しか見ない人が経営者になったら、上から下まで嘘で固められた会社になっているかもしれません。 環境によいという謳い文句の商品や、環境のための施策も、その人が何のためにやろうとしているかを考えていけば、嘘がまかり通らない世の中にできるかもしれません。 「買ってはいけない」と「買ってはいけないを買ってはいけない」というような、水掛け論に陥らない道を、読んだ人が考えるきっかけになればよいかもしれません。 社会問題に本当はたくさんあります。自分の立場だけが本当で、それ以外の立場は嘘だという人の言っていることは、別の立場の人にとっては、嘘でしかないことがあります。 特定の会社の間違いを指摘するだけで、事故の真因の追究を妨げるような言動は、真因の追究をして再発して欲しくない人にとっては、嘘をついているように思われることがあるかもしれません。 科学的な情報にもとづいた議論をするのではだめなのでしょうか。 嘘かどうかを議論するのは、水掛け論になるか、立場の違いがを非難しているだけにはならいあのではないでしょうか? (kaizen/2008-04-21)
環境問題を多角的に捉える一助に ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
今まで環境問題にかかわらず疑ってものを見ようともしてこなかった自分を発見したような気がして、考えさせられた。
これまでテレビや新聞等メディア情報を鵜呑みにし踊らされていた部分も少なからずあったと思う。 過激で議論を呼ぶ内容だが、その真偽は別にして少なくとも環境問題を多角的に捉える一助になると感じた。 (Air/2008-01-15)
今度はこれを「教義」にしないようにしないと…。 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「環境問題」の胡散臭さをわかりやすく明かした、正に目からウロコ
の一冊です。テレビや週刊誌の書評で話題になりましたし、ブログで もさかんに取り上げられています。そうした評判を見聞きしてここに 来た方もいるでしょう。ただ、この本は反環境保護の教典というわけ ではありません。一部のマスコミでそのように持ち上げられているの が気になります。 たとえばあちこちのブログでも引用されている「アルキメデスの原理 で海面上昇は起きない」という説。武田先生は海面上昇はまったく起 きないなどとはおっしゃっていません。熱膨張や氷河などの融解でい くらか上昇するだろうし、問題となりうるとおっしゃっています。北 極の氷の融解など問題なし、ともおっしゃっていません。名大の教授 ともあろう人が、シロクマの生息地を奪うような状況を良しとするわ けはないでしょう。 この本は、環境問題の「是非」を問う本ではなく、「在り方」を問う 本です。特定の思想や政治的イデオロギーに立脚したものではありま せん。あちこちで噂を見聞きして今ここにいらした方、既に賛否が頭 にあるかとは思いますが、そうしたことは横に置いて、一から環境問 題を考え直すきっかけとして、この本を読んでいただきたいと思いま す。 (お茶がうまい/2007-04-15)
う〜ん |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
う〜ん。。。。どうなんでしょうか。にわかには信じ難いですが、すべてがウソでもなさそうですし逆にすべてが真実かどうかも素人の私にはわからず、とりあえずは調査の余地ありかな、と思いました。
この本を鵜呑みにしてしまわず「そういった考え方もあるんだなぁ」という新しい捉え方を得る機会にしたいと思います。もちろん政治側の考えを鵜呑みにするのはもってのほかですけどね。 (読書好き/2007-11-15)
“正論”を鵜呑みにしない視点も必要と教えてくれる ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「環境に優しい事をしましょう」という言葉に異を唱えるのは難しいでしょう。
そんな“正論”が果たして本当に“正しい”のかを、充分に考えさせてくれる本です。 分別回収やリサイクルなど、私達が日頃“良い行い”として実施していることについて、 自分として背景なりを深く考えた事がなかったということが、よくわかります。 “サーマルリサイクル”という、不思議な単語は、この本で初めて知りましたが、 読後、ある自治体のパンフを見ると、しっかりと使われていることに気づきました。 刺激的なタイトルではありますが、環境問題の視点を広く持つ為にも、一読をお勧めします。 (きょうパパ/2007-09-24)
何が嘘かは自分で判断すべし ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
例え話や、数字の捉え方が極端かなとも思えるが、
環境問題を取り巻く一方通行な情報とは違った、 別の視点を与えてくれて面白い。 元々の日本は高度な循環型社会であったものが、 官製リサイクルという錦の御旗の元に崩壊し、 税金が投入されることで利権が生まれた話や、 マスコミによって作り上げられた悪の虚像など。 まぁアレだ、金になるからクジラを守る、みたいな。 人は理想ではなく、金によって動機付けられ、 一度手にした利権は手放さなくなるんだよね。 環境問題も、また然り。 (ナカヤンJP/2007-06-11)
なぜウソがまかり通るのか? ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ペットボトルやプラスチックのトレーが焼却処分されても
リサイクルに分類されるというのは多くの人が共有している常識なのでしょうか? リサイクルでどのくらい資源を有効に利用できたのか? リサイクルでどのくらいゴミが減っているのか? リサイクルするためのコスト(お金や資源)は誰がどのくらい負担しているのか? リサイクルで誰が儲けているのか? そもそもリサイクル率はどのくらいなのか? そんなことは知らなかった、考えたこともなかった、 という私のような人が多数を占めているとすれば 「ウソ」は真偽すら問われないのだと思います。 本書に書いてあることが全て正しいかどうかは私にはわかりません。 けれども、本書に書いてあることが「ウソ」なのか、 それとも、自分たちが持っている環境問題への認識が「ウソ」だったのか、 その真偽を問うてみる価値はどうやらありそうです。 お昼に買ったお弁当・・・ ビニール袋に入れてまとめてポイ!って人も 箸・生ゴミ・プラスチック・ペットボトル、ちゃんと分別してるよ!って人も そんなの関係なく、みんなに読んでほしい一冊ですね。 (nikac/2007-06-01)
さらに加速する、日本の政策不況。その原点。 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
環境問題は、昨今問題化している日本の「政策不況」とでも言い得る状況の原点だったのですね。
118件のレビューうち参考になった順で15件までを表示しています。みなさんご存知の通り、貸金業法改正で消費者金融業者には上場会社ですら破綻に瀕するところが出現、建築基準法改正で新築住宅着工は激減、、、、関連業者達はどうやって生きていけばいいというのか?そして、金融商品取引法改正では「貯蓄から投資へ」というお国の施策までも捻じ曲げてしまう投資商品販売の低迷を読んでいる。 そういった、行政エラーないし政策不況とでも解釈できる状況の原点が、実は環境問題では多々あるようだということが、本書を通じて理解できる。 (mikeexpo/2007-12-08) [16件以降をamazonで見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.0 はてブコレクション数: |
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環境問題はなぜウソがまかり通るのか2 (Yosensha Paperbacks)
ASIN:4862481825洋泉社(2007-09-12) 武田邦彦 売上順位:6885 ¥ 1,000(中古:¥ 246) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
論点の整理 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
本書の論点を整理して見ました。ご参考にどうぞ。
1 過去の環境問題 ・1940年〜1970年半ばまでは、気温が低下し続け、寒冷化が問題とされていた。 この期間、二酸化炭素は増え続けている。なぜ、二酸化炭素が増えているのに寒冷化が 進んだのかは、明らかでない。 ・1980年代〜1990年代は「オゾン層の破壊」が問題とされていた。 今は、温度が低くなるとオゾン層が減るという説が有力になり、「オゾンホール」の 報道はすっかり影を潜めた。 =>過去の環境問題は誤りだった。 2.現在・将来の環境問題 IPCC=地球温暖化に関する政府間パネルによると ・1906年〜2005年で地球の気温は0.74度上昇した。 今後100年で2.8度の上昇を予想。(平均シナリオ) ・1961年〜2003年まで約40年で海面水位は7センチ上昇した。 今後30年では約11センチの上昇を予想。 =>過剰な悲観論は不要。 3.報道の問題 ・メディアは誇張的姿勢が強すぎる。 ・権威ある報道機関が、100年間で気温は6.4度上昇し、30年間で海面水位が 59センチ上昇という、極端なシナリオに基づくものを予想値として報道している。 ・南極の氷が解ける映像は南極の一部を撮ったにすぎない。 ・道路やスーパー、小学校が水浸しになる環境問題PRのCMがあったが、全く根拠がない。 ・ツバルの水没、ハリケーン・カトリーナは、地球温暖化との関連性は立証されていない =>メディアの偏った報道が環境問題への誤解を生んでいる。 4.リサイクルの問題 ・ペットボトルを焼却することは何の問題もない。 ペットボトルのリサイクルはかえってエネルギーを無駄に使っているだけ。 ・ゴミは焼却する方が良い。 ダイオキシンの毒性は今まで考えられていたより低く、危険なほどにはでない。 =>現在のリサイクルは、問題の解決の方向とは逆に向かっている。 本著は、環境問題への疑問提示が、うまく論理展開されていないため、一読して怪しい印象 を受ける。 重要な指摘事項は極めて多いが、残念ながら傑作とはなっていない。 著者の次作を大いに期待したい。 (至高の豚/2007-12-14)
マスコミの情報に流されやすい日本人に警鐘を鳴らす ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
第1章第1節から衝撃だ。
温室効果ガス排出量削減のための京都議定書は、EUが使ったトリックにより、基準年を1990年とすることでドイツとイギリスは1997年の会議の時点ですでに目標を達成済みで何の障害もなく批准、アメリカはそのことに加えて発展途上国が対象外という議定書の不公平を見抜いて批准せず、日本だけが1997年比で19%という達成不可能な約束をしてしまうという言わば不平等条約であったこと。そしてそれをまったく説明してこなかった政治家とマスコミ。 ロシアが批准したことで議定書が発行したことをマスコミはこぞって歓迎したが、全く喜ぶべきことではなかったのだ。 危機が叫ばれている地球温暖化の問題自体も、じつは環境問題ではなく作られた政治的問題なのではないかということ、ペットボトルのリサイクルは石油から作ったペットボトルをたったの1回余計に使いたいがために、石油から作るときの何倍ものエネルギー(要は石油)を使って再びペットボトルにして貴重な石油を浪費してしまっている、など我々の頭の中の常識・思い込みを気持ち良くぶち壊してくれる。 物事の本質を見抜くことができずに杜撰な政策を推し進める日本政府の分析能力のなさにも大きな失望感を感じさせられた。 (本格派/2007-11-22) 前著に続く本だが、色々と論争を巻き起こしているようだ。罵り合いでなく、健全な論争となるのなら、ある意味著者の意図は達成されていると言って良いだろう。
重要な点は、誰と誰のどちらが正しいとか、賛成・反対とか、どこのデータや説明が不足とか言う点ではないだろう。それは二の次である。「唯一の正しい事実」を誰も示していないからだ。例えば、著者が良く引き合いに出すペットボトルリサイクルについて言えば、関係者が、ペットボトルリサイクルの資源の使用実態やリサイクルPETの再資源化状況に関して、上手く行っていようがいまいが正直なデータと計算条件を説明すれば済んでしまう話である。もし原理的に破綻しているなら、推し進めるのは無謀だから、早いうちに修正した方が良い。現在は成り立たないのなら、一時中止しても良い。原油価格や人件費、流通量、技術、回収システムなど、条件次第ならそれを示せば良い。もちろん、上手く行っているのなら堂々とそれを示せば良い。 温暖化に関しては「気候変動やその結果起こることについては現在はまだ良く分かっていない」というところだろう。このこととは別に、倫理的な意味でも資源やエネルギーの節約は重要である。企業等は、組織体の維持や飯を食う心配が目の前にあるが、それに束縛されない国・公共機関・研究者は、「本当に資源・エネルギーの総量を減らしつつ、こころの豊かさを達成する社会の設計」という研究・検討テーマに、そろそろ心から没頭すべきと思えるのだが。また、経済活動やグローバリズムに捉われ過ぎずにしかも食って行く、という意味では、もっともっと農漁業が振興されてしかるべきと思う。 本当のところ日本においては、50〜100年スパンの温暖化よりも、20〜40年スパンの一部資源の枯渇よりも、政治や経済や学問や産業技術が空洞化してガクッと来ることの方が、私には実感として怖いと思うのだが。 (環境太郎/2008-01-07)
環境対策も利権撲滅も大事 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
私は科学者ではないので、
巷でよく云われる環境問題のデータと 著者が掲げるデータのどちらが正しいのか 残念ながら確認する術を持たない。 しかし公的な研究資金を、エコ推進派に すべてつぎ込んでしまうのではなく、 推進派に8割、反対派に2割出し バランスをとっていけばよいのではないか、 という対談での意見は利権撲滅などに 非常に効果があるように感じた。 環境対策はもちろん大事である。 しかしそれを隠れ蓑に反対意見を封殺し 利権をむさぼる勢力があることだけは確かであろうから。 (アジアの息吹/2007-11-06)
評価すべきは勇気 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
他のレビューや反論を見て、それを含めた感想です。
何よりも評価すべきは勇気です。 環境問題、環境問題と聞かされ続けてきた我々は、何が「環境」で、どういった過程が「問題」なのかを、いつの間にか「環境問題」「地球温暖化」という単語によって科学的根拠や論理を二の次に、思考停止(脳死)していたように思います。洗脳と言ってもいいかもしれません 本著に記載された論理的事実もさることながら、評価すべきは、一度「思考停止」してしまった環境問題から、再び「考える」機会を与えてくれたこと。 そして何よりも、その機会を提供するために、国家・報道レベル、大衆の常識という「反論」を恐れず、調査結果と持論を展開したことです。 重箱の隅をつつく様なレビューや心ない反論も少数ながらありますが、匿名だから出来るのではないでしょうか。 議論が起これば「リサイクル率などの数値・情報の真偽」が議題になっていますが、武田教授の言いたい事、それは情報がまず先に民に下りてくる真に日本人たる民主主義と、子孫のために環境を守りたい、その一心だと感じます。 未来のために、そのための議論をしましょう!! (太郎!太郎!/2007-11-14)
自信をもってススメられる一冊 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
大学でも工学などの理系の学部で環境問題のウソを教える授業が多くなっています。環境学科などもいかに非科学的な環境対策をしているかを説明するといった授業が多いと聞きました。こうした大学で習ったことについてより理解を深めさせてくれる本です。
入試の小論文や社会科など教育の中においても環境についてはウソが生徒、児童に刷り込まれています。もちろんメディアや科学知識をもたない教師、塾講師が助長したのは間違いないでしょう。真の環境を考えるならば正しい知識を教えなくてはいけない。 環境問題に矛盾が孕んでいると思っていたがいまいち理解できないという人にオススメです。 (リュータ/2007-11-19)
メディア・リテラシーの本 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1冊目に引き続き購入。1冊目と重複部分が多いのが気になりますが、しかたないか。2冊を通して読んでみて感じることは、この本は、環境問題の書籍ではなく、メディア・リテラシーを学ぶための本として読むのが正しいのではないでしょうか。環境問題は、各メディアのレベルと意識を測るのに最適な話題ということです。
(iima/2007-09-27)
クールビズ? レジ袋の廃止? それは本当に環境のためか ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「たかじんのそこまで言って委員会」で取り上げられて、ベストセラーになった前著の続編。前著でも触れられていた地球温暖化について、京都議定書に仕掛けられたトリックを明かしながら、それが本当は環境問題ではなく政治問題であることを明らかにしていく。
さらに、リサイクルをはじめとする様々な環境政策にメスを入れ、それが本当は環境のためではなく、様々な利権のために利用されていることに言及してゆく。 こと環境問題に関しては、人々の危機感をあおり、不安を駆り立て、よいことをしたいという良心につけこんで、疑問や反論を許さない風潮がある。しかし、私も身近に経験したことだが、地元自治体のゴミの回収に、指定のゴミ袋を使わなければならなくなったときには、「レジ袋をゴミ袋に使ったって、一緒じゃないの? むしろ、専用ゴミ袋の方がもったいないし」と思ったものだ。さらにプラスチックの分別が始まると、毎日のようになにがしかのゴミの回収日があり、これはちょっとヘンじゃないかと思ったりもした。 この本では、そういう普通の人が抱く「本当に環境のためになってるの?」という素朴な疑問が、実は意外に的を射ていることを教えてくれ、前著に引き続き、目から鱗の面白さがある。 では実際に、私たちには何ができるのか。環境問題で問われるのは、常にそのような個人の努力だ。しかし武田氏は、環境省が政策としてなすべきことを何もできないから、個人の努力におしつけているだけ、と看破する。それでもなお、「じゃあ私たちには何ができるの」と自分自身に問いかけることは、大切なことだろうと思う。環境が政治や利権に利用されている現状を打破して、本当に環境のためになることが行われるためには…。 (飛田カオル/2007-09-17)
メディア・バイアス |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
前作に続いて、今作も武田先生の説に賛成である。
どこかで利権が絡んでるとしか、言いようがない点が多すぎます。 特に、レジ袋の有料化、マイバック持参の促進に対して言える。 「環境」という言葉に踊らされ、逆に石油消費量が増加の一途を辿りそうである。 また、レジ袋の削減・有料化により、マイバックの使用者が大幅に増加したとする、 そうなったら、かなりの石油消費量になるであろう。 それよりも、最近の風潮である、スーパーの24時間営業などの方が、 電気の浪費など、環境面での配慮に欠けると言えるのではないか? ここに利権が絡んでるのではと、疑いたくなる。 なぜ、ディテールをメディアは問わないのか? また、京都議定書による削減目標に到達するために、 日本は排出権取引で他国から、排出権を購入も視野に入れているが、 一国の経済力に物を言わせてお金で解決するという、 単に削減目標さえクリアすれば良いというのは、 世界的側面から「環境」を考えた場合に間違いであろう。 他国に数兆円を支払い、一時を逃れても、 発展途上国の経済成長の際に生じる排出量を考えれば、意味のないことであろう。 他国から購入するよりも、中長期的な視点で考えた場合には、 その数兆円を途上国のインフラ整備費に使用した方が、良いのではないか? と、倫理観を問いたい。 (STZX/2007-09-16)
山本弘はこの本に対してどのように反論できるというのか(笑) |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
と学会の山本弘さんも大分もうろくしてきたようです。
前著をトンデモ本だとしてミランカで武田先生と討論していましたが、 見事に撃破されていました。 前回に懲りずに今回の本でもまた論争をふっかけて、 撃退されている姿を拝謁したいものです。 京都議定書は日本だけが著しく不利な条約だというのは、 各種公的数値を見ても明らかです。 イギリスとドイツは1990年の二酸化炭素排出量を基準とすることで 既にマイナス8%以上の目標を自動的に達成していたというのは常識です。 つまり、バカな日本はその経済的成長を抑制される足かせとして 喜んで京都議定書を批准したのであり、老練なEUの国際交渉の罠に はまったわけです。 こうした経緯を、信頼できるデータつきで明らかにしている本書は 多くの日本人に読まれる必要があるでしょう。 また、議論が沸騰しているリサイクルの是非についても わかりやすく書かれています。 「週刊ダイヤモンド」もその特集「リサイクルの罠」で明らかにしてくれましたが、 海外へのゴミ輸出を肯定する安井至氏のような「海外リサイクル」派の主張がおかしいことは もっと糾弾されるべきだと考えます。 生ゴミだけではカロリーが不足するために燃えず 重油をかけて燃やしている現実を知り、 そろそろ意味のないリサイクルを止めるきっかけになってくれれば と思います。 (DDT/2007-09-15) まさかとは思いました。が、もはや環境問題だけではないでしょう。
全てに通じる、人の上に立つ立場の人間の精神の問題。 景気低迷の中、こんな偽装も「消費が美徳」とされる世の末の姿でしょうか? 本当に国も世界も、一部の過剰な私利私欲のために、 その他大勢の弱者を消費奴隷の如く扱うような 心無い世の中になっていく様に思えてならない。 (↓本の内容とはずれますが、世相を考えさせられます) 企業の販売促進のための洗脳的な宣伝や偽装、 メディアの情報操作、年金問題、新興宗教、ホワイ○バンド?など。 景気の長期低迷やサブプライムは世界を不況に陥れて何か欺こうとでもしているのか? 世界のピラミッドの頂点に君臨する大本は一体何なのか? ・・・もはや作為を疑えば切りが無い状況。 そんな疑いを常に持ち続けなければ搾取されるだけなんて、 もう国は守ってはくれませんね。 本当の意味で大勢の人を目覚めさせ、教訓となる本ではないでしょうか。 世界規模でこんな事になっていると知ったら、 若い人は国や政治に対してどう希望を持てというのか。。 この本を発表した著者の勇気、すばらしいです!! (katu/2008-01-22)
自分の愚かさに気がついた ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ガソリンに変わる燃料としてバイオエタノールをどんどん作ればいいじゃないかと思っていたが
現在ではまだ食べ物で生産してる状況(研究はされてて将来的には変わるかもしれないが) 世界で食べ物が満足に取れない人々への影響を忘れてました そして、深くも考えずにリサイクルと言っていた自分が恥ずかしい 京都議定書=日本のM性を表してるような気がする 知ることの1冊としてはいいと思います (竹坊(百合に目覚めてしまった人/2007-11-14) 前著に引き続いて読ませていただきました。
今回は京都議定書も採り上げており、前著以上に興味深く読ませていただきました。京都議定書については以前からかなり疑問視しておりましたので大変参考になりました。 環境問題がなぜ正しく伝わらないのかということで第4章にまとめてくれています。政治家、専門家、メディアの問題点を述べておられますがこれは環境問題だけに限った話ではありませんね。政治・メディアの世界全般にわたるお話であると思いました。 政治・メディアの問題が大きいため仮に全国民が環境問題のウソを理解していたとしても日本は何も変わらない可能性も高いと予想します。環境問題としては武田氏の本が出ておりますがあらゆる分野でこのような問題提起の出版がなされることを望みます。 信憑性や論理展開など批判はあるでしょうが、前著に引き続いて世間に問題提起をしてくれているということで星5つとさせていただきました。 (読書好き/2008-01-11)
環境問題に興味のある日本人は避けて通らないで欲しい ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
武田氏の、この10年間の著作活動のまとめとも言えるべき、「熱書」である。
第一章では京都議定書の醜いからくりを暴き。 第二章ではバイオ燃料問題にメスを入れ、 第三章では、真の専門分野であるところのリサイクル問題について丁寧に再論し、 第四章では、官公庁/専門家/メディアをタタッキっている。 重い内容だが、ある意味フットワークは軽く、読後感は爽快ですらある。 ほとんどのレビューワーが正しく本書を読み、正当な評価を下しているのは、うれしいことである。 無駄な頁が全くなく、ペーパーバックとは思えない内容の濃さではあるが、特に共感を覚えたのは、p224以降の「環境対策を庶民に要求するすり替え」の節である。 そこで、二酸化炭素の排出量を減らすために最も効果的な政策は、「2000cc以上の自動車に高い税金をかけることであり、軽自動車の税金をゼロにすることであり、14インチより大きいテレビ、200リットルより大きな冷蔵庫に高い税金をかけることである。」とハッキリ述べている。 現在、行政側は、TVのCMを悪用し、お人好しの日本国民に、あたかもホッキョクグマ殺人事件の加害者一味であるかのように洗脳し、節電するように促しているが、それよりもたとえば、ペットボトルでの清涼飲料水の販売を禁止したらどうか? 農民に減反を押し付けるくらいなら、飲料水メーカーに、ペットボトルの減産を押し付けるくらい訳はないだろう! やれ地デジだなんだといって、バカでかくて高いプラズマTVなどを押し付けているのは誰なのだ? 今回のTV受像機の国民総動員的買い替えで、どれくらいの二酸化炭素が無駄に排出され、これからも排出されていくのだろう? ホッキョクグマの苦難を、ペットボトルのコーラを飲みながら、50インチのプラズマ・ディスプレイで、綺麗な画像、迫力のある音響で鑑賞しながら、「よし、あたしも今日から環境に良いことなにかしよう」などと胸を熱くさせている、「バカでマヌケな日本人」…にならないようにするために、本書を熟読しましょう!! (柴風/2008-01-25)
素人の私にもわかりやすい。 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
科学的なことについては全くのド素人の私でも十分に理解できるほど、非常にわかりやすく丁寧に専門的な説明をされている。
50件のレビューうち参考になった順で15件までを表示しています。議論が稚拙との評価もあるが、紙数との関係ゆえの簡略化もあるのでは。 問題提起は日本人必読だと思う。 読み手を専門家だけでなく、一般の人々も想定してくれているのだろう。 そこに学者の独りよがりではなく、「多くの人が知るべき事実」をより多くの人に提示する真摯な姿勢がうかがえる。 環境問題を語るときに、傍らに必要な一冊だ。 従来的な環境論に固執し、頭が固く、自分の意見を変えることができない人間たちにとってはこの本は「不都合な真実」だ。 とくにまだ染まっていない小中高生に読んでほしい。 自分の頭で判断することの大切さを痛感した。 (モジョ/2007-11-03) [16件以降をamazonで見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.0 はてブコレクション数: |
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環境問題はなぜウソがまかり通るのか3 (Yosensha Paperbacks)
ASIN:4862483321洋泉社(2008-10-02) 武田邦彦 売上順位:4502 ¥ 1,000 これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:125
ウソシリーズ1から読ませていただきました。ゴミの焼却、都市鉱山の形成、食糧生産の重要性など共感できる部分が多く、単なる温暖化論やダイオキシン問題(最近話題にもなりませんが)よりも教育現場で取り上げるべき問題が多い内容です。
日本はすでにかなりの成熟社会に入り、環境問題の元凶である人口増加も克服し、潜在的な環境技術(電気・水など)もあります。普及しないのは政策的・経済的理由からであり、やはり理系を中心とした環境科学を充実させるのが政治の役目ではないでしょうか。ダイオキシンより毒入冷凍食品、金融工学より材料工学が注目される社会をめざすべきです。 リサイクルよりもリユース・リデュースのほうが重要であることが理解できます。 (セルバ/2008-10-27) 私の住んでいる埼玉の町では、どんなものも燃えるゴミで出すことが出来 ます。 靴、ランドセル、ビデオテープ、ペットボトルすべて燃えるゴミです。はじめ はびっくりしますが、この本を読むとかえって環境のためにいいことをしてい るような気がしてきます。 スーパーのスーパーバックをもらわないことが本当に環境に対していいこと なのか、ペットボトルのリサイクルが本当にいいことなのか、自分たちは子孫 のために何をしたらいいのか考えさせられます。 環境を考えているあなたにお勧めの一冊です。 (河岸宏和/2008-10-27) 著者の「環ウソ」シリーズの第三弾であるが、
これで最後だと書かれている。 内容としては、これまでのリサイクルへの批判に加えて、 第一章にIPCCの結論として有名な、 「温暖化は人間の活動による可能性が高い」という見解への批判があるのが新しい。 その内容は他の多くの自然科学者の指摘と軌を一にしており、 地球の温暖化は太陽活動の変化ではないか、 二酸化炭素の増加はむしろ温暖化の結果であろう、 過去二千年の中でも、平安時代は現在よりも2度も温かかった、 さらに、カンブリア紀以降、6億年にさかのぼると、 もっと暖かな時代が多く、現在は第2大氷河期にある、 といったものである。 私は、この著者の指摘はおそらく正しいのではないかと考えている。 なお、著者の義憤はNHKという組織や役人(同じだが)に対して向けられており、 「なぜ日本人をだましているのか?」という。 それでは日本人の正直な精神に反してしまうだろう、という主張をするのである。 なるほど、その通りではあるだろうが、役人もNHKも「問題がある」ほうがいいのであって、 「問題がない」のであれば、その存在意義が問われてしまう。 著者も繰り返し指摘しているように、 科学の研究者でも、科研費をもらうのに「問題はない」と言ってはもらえないのと同じで、 問題がある方への自然なバイアスがかかるのは当然だろう。 全体として読みやすく、よくまとまっていて良い本であると感じる。 唯一、私が気になったことは、著者の大和魂的な愛国心と、 それに伴う、食料自給率の引き上げの提案だ。 それは私見によれば、エネルギー資源のない日本にとって 現代に大阪城を作ろうというほどの主張であると思う。 (蔵研也/2008-10-02) 環境問題に潜む闇に鋭く切り込んだ一種のアンチテーゼ。TV番組「たかじんのそこまで言って委員会」で取り上げられ,あまりにも今まで信じてきたことと異なる内容だったために話題となった前々作『環境問題はなぜウソがまかり通るのか (Yosensha Paperbacks (024))(洋泉社)』,および前作『環境問題はなぜウソがまかり通るのか2 (Yosensha Paperbacks (029))(洋泉社)』に続く第3巻。著者によるとこれでシリーズ完結であるらしい。本巻では
・最高気温更新はなんら不思議でも危機でもない。 ・ゴミ問題は本来起こるはずではなかった。 ・環境問題はメディアのでっちあげだ。 などについて,またもや衝撃的な事実(違う側面から見た提言と言った方が正確かもしれない)が白昼のもとにさらけだされる。それにしても,第1巻の後半ぐらいから感じたことだが,どうも著者の本はスラスラと読める割には,何故か頭に残らない感じがするのだ。色々な矛盾例を持ち出してくるのはいいが,どうも議論の道筋を1対1に対応させにくい。一度図解で端的に示してもらってスッキリしたいところである。しかしそれは著者がよく言うように,メディアの報道を鵜呑みにせず,自分自身で調査し考えようという観点から言えば,与えられるのを待たずに自分で試みてみないとダメだということになるのだろう。シリーズ完結だけあって,第2巻より全体的に熱意が感じられたため,第1巻の評価と同等の星4つ(★★★★)にした。 兎にも角にも,これを批判する関係者はちゃんと反論して欲しい。部分最適化ではなく全体最適化の考え方に基づき,正しい環境対策とは何かを考えなければならない。ほとんど毎日が何かの種類のゴミ出し日で,毎朝の通勤途中の道端に山積みのゴミを見ない日はない,まさしくゴミの街に住んでいる名古屋市民としては切実な思いである。 (櫻前線/2008-10-16) ツッコミ所満載で面白いです。本書は環境問題検定に最適です。『環ウソ』シリーズの最終巻である本書は、マスコミの出鱈目と対照的な内容になっていて、写真でいうところのポジとネガの関係ですね。この本はマスコミの報道の裏返しで、マスコミの姿勢に似すぎています。『環ウソ3』は、マスコミの出鱈目を否定しようと、大量のデータを未消化のまま動員し、つぎはぎたらけの欠陥建築みたいです、この本が本当に建物だったら怖くて誰も住めません。本書の前半のほとんどは、地球温暖化「騒動」に割かれています。しかも二酸化炭素「犯人説」の冤罪を晴らすために、多くの懐疑論者の本から都合のいい主張やデータ解釈を切り貼りしているため、あちこちに矛盾が生じていてます。山本弘の『環ウソのウソ』で明快に批判されている懐疑理論を平気で使う厚顔ぶりには、唖然とするしかないし。例えば、あるページでは「日本の田舎では温暖してない場所がある」と主張し、別のページでは「温暖の原因は太陽である」と主張する。「温暖化自体を否定する主張」と、「温暖化の犯人を二酸化炭素以外に押しつける主張」は両立しないのに・・・。またあるページでは「北極の急な気温変化のデータを自説の根拠にし」、別のページでは「日本の急な気温変化の原因を測定器変更疑惑を匂わせる」という二枚舌を平気で使う。また20世紀の二酸化炭素の増加が、自然現象では説明できないことは統計的に自明なのに、「温暖化が原因で二酸化炭素が増加したという屁理屈」を主張します。たぶん武田先生は、批判するマスコミと同じ確信犯でしょう。『環3』は、懐疑派の名著『地球と一緒に頭も冷やせ!』(ロンボルグ・著)や『正しく知る地球温暖化』(赤祖父俊一・著)を参考にした跡が随所に見えます。けれど武田先生は多忙のせいか理解が中途半端です。これでは専門家から失笑を買うだけです。
(Ookubo/2008-10-12) 第 1 章では地球温暖化への疑問を 100 ページ以上にわたってのべている.著者独自の見解であり,根拠はあやしいが,温暖化に関して「ウソ」も報道されているから,それを指摘することには意味がある.
第 2 章はリサイクルの問題点を指摘している.リサイクル費用は需給関係によってきめられているわけではないから,資源消費量に比例していると主張している.つまり,費用のかかるリサイクルは実は資源を浪費しているということだ.私も以前から高価な「エコ商品」は信用しないことにしているし,費用のかかる家電リサイクルからのがれたいとおもっている. 第 3 章ではこのシリーズ 1 〜 3 全体のまとめであり,さまざまな問題がとりあげられている.1990 年以降の (ウソの) 環境問題は一部の科学者がつくりだしたものだという.そして,シリーズ 1 では朝日新聞がヤリ玉にあげられていたが,この本ではあちこちで NHK が批判されている.著者は最近の子供は「科学技術は悪だ」という印象をもっているという.NHK がウソの環境問題をとりあげて悲観的な情報ばかりを報道して若者に悪影響をあたえているので,NHK をみることをすすめていないという. 1990 年以降,日本人は経済だけでなく科学や歴史など,さまざまな問題に対して自信をうしない,悲観的になっていた.自信と希望,そして著者のいう誠実さをもつことが環境問題のただしい解決のためになるということはたしかだろう. (Kana/2008-10-19) この著者は、アル・ゴアなどとは反対の意見を述べていますが、両者とも環境問題で得をする側の人間です。
全7件のレビューを表示しています。現在、日本全国で自治体を経営破綻に追い込み、買収しようという計画が進行中ですが、この著者もそういった権力側の人間です。 自治体が経営破綻し、外資系企業などに乗っ取られ、最終的に泣きをみるのは、やはりその土地で暮らす庶民だと思います。 (池田大作/2008-10-23) [amazonでレビューを見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.5 はてブコレクション数: |
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リサイクル幻想 (文春新書)
ASIN:4166601318文藝春秋(2000-10) 武田 邦彦 売上順位:73843 ¥ 693(中古:¥ 84) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
武田先生の原点というべき本です。今、読み返してみると
「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」及び「その2」よりも リサイクル問題については、遙かに丁寧に論じられていることに気がつきます。 リサイクルの矛盾については 使えば劣化する矛盾 「下位の用途」がない矛盾 国際分業を否定する矛盾 「月給」でなく「遺産」を使う矛盾 資源をかえって浪費する矛盾 正反対の価値観が両立する矛盾 毒物が混入する矛盾 等、7つに分け説明しています。すべてが完全に正しいというよりは、全体として リサイクルには大いに疑問あり。という姿勢は充分納得でます。 私は基本的に、武田先生の細かいミスをあげつらうのではなく、疑問について学識者の方々 メデイアの方々等に良く研究して頂き、議論を深めて欲しい。という立場から支持しています。 (至高の豚/2008-01-01) 「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」で有名になった著者の前作(H12)である。
循環型社会を実現していくためにはリサイクルが必須である。現在、リサイクル技術の開発や、リサイクルシステムの構築が試みられている。しかしながら、本書は「現在考えられているようなリサイクルシステムを有する将来社会というものが成立するのか」という本質的で根本的な問いかけに答えようとする本である。 一般的な感覚として、現在のリサイクル技術やリサイクルシステムではリサイクルは経済的に成立しない。しかし、リサイクル技術が開発されたり、リサイクルのシステムが一旦構築されれば、循環型社会は実現される、という期待を持っていると思う。 しかしながら、本書では、工学(有益な物質:資源の濃縮に用いられる分離工学)という客観的な手法を用いることで、リサイクルが本当に環境や資源問題に対する有効な手立てとなるのか?という問いに取り組んでいる。 分離工学による検討では、リサイクル技術やシステムは確立されているという理想的な状態を仮定した時でさえ、現在目指しているリサイクルシステム(資源ごみの中に希薄な濃度で含有されている有用資源を分離濃縮して取り出すこと)は成立しない。 一方で、著者は、4つの解決案を提示している。それぞれ、今までとは異なる発想や概念が含まれているため、直ぐには受入れ難い部分があるが、その中の一つの「人工鉱山」が一番実現性があろう。これは、まず、廃棄物を燃焼して有機物からエネルギーを取り出し、残った灰を埋め立てて人工鉱山にするものである。そして、金属資源が枯渇し始めたら、備蓄した人工鉱山から有用な金属資源を採掘する、というものである。 現在、PCや携帯の廃棄物から、金などの貴金属やレアメタルを取り出すことが行われているが、これは本書で著者が提言した、人工鉱山コンセプトと言えるのではないだろうか? (私撰 綜(市川聡:さとる)/2007-05-15) 現在行われてるリサイクルがいかに無理であるかを主張している。
空き缶をリサイクルすると回収、分離などで時間、金、そしてなにより石油等の別の資源を消費する。 これでは本末転倒である。 著者はまた分離の難しさについても述べている。 混ざってしまったものをひとつ残らず分離するのがどれだけ苦労するか。 新しく作ったほうが早いしコストもかからない、そして別の資源の使用を削減できる。 またリサイクルではなく現存の品を有効に長く使うことも主張している。 石油を燃やしてエネルギーを得るのではなく、使わなくなったプラスチック等を燃やしてエネルギーを得るというのは非常に納得できる。 ただ、著者はリサイクル自体を反対しているわけではない。 今の明らかな無理があるようなリサイクルを反対しているのだ。 ではこの矛盾だらけのリサイクルをどうすればよいのか? まず著者はリサイクルをどのようにとらえるべきかを述べている。 それは 現在の生活レベルを落とさないこと 今だけでない将来のことを考えること リサイクルは最終手段で、それよりも有効に、長く使うこと である。この3つは非常に考えさせられた。 これらを考慮した結果どうするかというと、 ひたすら燃やしてエネルギーを得るというのだw さすがに言いすぎかと思うが、詳細は読んでみて欲しい。 なお、そのときにでるダイオキシンについても詳しく述べており、 ダイオキシンについての誤解を知ることができる。 (( ^ω^)/2006-06-10) 著者は材料工学・分離工学の専門家の立場から今のリサイクルシステムが矛盾だらけであることを指摘し、循環型社会がどうあるべきであるかを提案している。例えば矛盾点として、今のリサイクルは資源を浪費する、毒物が混入する、材料劣化を考慮していないなど。著者が展望する循環型社会の方法は、人工鉱山の建設、長寿命設計、日本の風土と気候の利用、情報の物質削減効果の利用。
工学的裏付をもって議論を展開しているのだが、十分な検討をせずに結論が導かれているという印象をもった。例えば、リサイクルを続けるとリサイクルされる物質や食品に不純物が蓄積されるという主張をしているが、これを裏付けるモデルや事例は何も示されていない。不純物の濃度を一定以下に管理しながらリサイクルする方法もあるはずで、もっと議論が必要なのでは。紙のリサイクルは石油(「遺産型資源」)を使って紙(「月給型資源」)をリサイクルしているので無意味としているが、バージン原料から紙を作る場合とリサイクル原料から作る場合のエネルギー消費の比較など、キーとなるデータが示されていない。結局、著者のリサイクルに関する議論の多くが十分に検証されているとは言い難く、仮説であると考える。 全体としては、読みやすい構成になっている。非学術書にはありがちだが、データの出典が完全に明記されていない点は読者がさらなる検討をすることを難しくしており不親切である。 (Udom Rod/2004-08-02) 本書の内容は我々の常識に大いに反している。事実だとしたら、我々が行っていることは何だったのかと暗い気持ちにさせられてしまう。
現在のリサイクルを推進する行政当局や専門家には是非とも大いに反論して欲しい(実際にそのようなサイトもある。)。そうでなければ現行の政策を見直す必要があるだろう。 (hegelian/2007-06-10) 学校で化学を学んだことのある人間ならきっと覚えている「質量保存の法則」。これを久々に新鮮に思い出させてくれる。リサイクルだなんだと色々とやっているが、結局元々あるものの総量は変わらない。ものをそのまま捨てるより、「加工」であれ、「リサイクル」であれ、手を加えることでエネルギーを消費してしまっていることの方が問題なのだ。そう教える。
実際何をするにもエネルギーを消費する。例えばゴミを処理するとき、僕はゴミを一所にまとめる。そのとき僕の体は運動するので、いくらかのエネルギーを消費する。そして僕が出したゴミは回収業者の方が回収してくれる。そのときトラックを使えば、トラックはガソリンを消費する。 最後に筆者の提言があるが、僕はこう思った。余計なものは買わずに、シンプルに生きようと。 (jinya/2006-01-29) ちょっと前の本だが、その重要性は変わらない。
いや、当時よりもさらに「リサイクル」「エコ」などといった言葉が言われるようになっている今、ぜひ読んでおきたい本だ。 決して読みやすい本ではない。 専門用語は多いし、文章自体もそれほど平易とは言えない。 学術的な、結構マニアックな解説も多い。 しかし、「そもそも金属とは何か?」「石油から別の物質が作られるというのはどういうことか?」といったようなことはなかなか知る機会がないために、ちゃんと読み込めば読み込むほど、知的好奇心を満たしてくれる。 そして、そうした基礎知識を得た上で「リサイクル」というものの虚像について丹念に説かれているため、説得力は抜群だ。 本書の最後で著者の提示する解決方法が、本当に現実味のあるものなのかは、なにしろ専門知識がないからなんとも言えない。 だが、「ゴミを分別すればいい」「ペットボトルはもう一度ペットボトルとして再利用できる」といった我々の「常識」を打破してくれる、非常に刺激的な本である。 (チャックモール/2007-06-06) 科学的な、冷静な目でリサイクルを突き詰めて考えた本。
「リサイクルは環境に良い」という漠然とした社会通念に疑問を 投げかけます。 今言われているリサイクルがなぜまずいのか、 多くの例、矛盾点を上げて指摘しています。 「リサイクル」というものに対する考え方を大きく変えさせられました。 良書と言っていい部類に入ると思います。 しかし、全体を通して文章があまり上手ではなく、 なんとなく自分勝手な文章だと感じました。 出てくる用語や量の説明もわかりにくいと思います。 5章では、材料の性質が詳しく書かれてあるのですが、 果たしてここまで掘り下げる必要があったのか…? ちょっと疑問です。 ほかにも冗長だと思われる文が多いです。 内容は良いのに…惜しい! (asa/2006-07-05) 著者は過去にも、現在の日本のようなリサイクル活動がかえって資源を浪費しているという事実を指摘しているが、その延長戦にあるのが本書である。ちょっと知恵のある人は、リサイクルのために走り回るトラックや、分別の人間の労働、精神的な負担、さらには資源の再利用というものが、全体でどれだけの人間の無駄な活動を増やしているのかを疑っているだろう。
著者の結論は、分別もリサイクルもやめて、すべてを燃やして発電し、その残りの灰は未来への人口鉱山とせよ、というシンプルなものである。これはわかりやすい上に、エネルギー的に見てプラスチックの含むカロリーなどからしても、従来の石炭・火力発電に加えるものとして納得がいく重要な提言である。ドイツや日本でもゴミをペレットにして発電し始めているが、さらに大規模に行うべきだろう。 しかし、材料工学の専門家である著者は、地球に残存する化石エネルギーや金属の埋蔵量が有限であるという仮定に基づいて、将来世代のためのゴミ灰の人口鉱山の作るのが良いという。しかし、サイモンやロンボルグの著作を待つまでもなく、事実は資源は実質的・経済的にに無尽蔵に埋蔵されている。つまり、すべて燃やして、発電した後は、埋め立てにでも使うべきだということになるだろう。 あと、最終章で著者は、長く使う美学を推奨するが、そもそも人間の作る工業製品で30年前のものと現在のもので同じような価値を持ち続けるものがあるだろうか?技術の変革は速いので、10年でスクラップにするというのは、機能主義的な合理性を持っているのではないだろうか。 よって僕の納得する地球環境主義者は、リサイクルする人たちではなく、使わない・買わないという人たちだけである。 (蔵研也/2007-03-21) ãªãµã¤ã¯ã«ã®èãæ-¹èªä½"ã¯æªããªãã®ã ã'ã©ãä»ã®æ-¥æ¬ãé²ãã¦ãããªãµã¤ã¯ã«ã¯ãä½ã¨ãªãç'°å¢ã«è¯ããããªã¤ã¡ã¼ã¸ã ã'ä¸ãã¦ç¡çã»ã ãã ãã'ã§ãæ-©ãä»-ã®é¸æè¢ã'æ¤è¨ã-ãªãã¨ç 'ç¶»ããâ¦ã¨ããã®ãè'-è...ã®ä¸»å¼µã§ãããã¾ã-ã¾ãªãã¼ã¿ã'å...ã«ã大å¤ããããããã"ã®èãæ-¹ã'å±é-ã-ã¦ãã¾ããç¹ã«ãæçµç« ãæ¥ãã¹ã循ç'°å社ä¼ã'èãããã¯æ·±ãèããããããã¡ãã»ã¼ã¸ã¨ãªã£ã¦ãã¾ãã
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「石油は燃えにくい物質である」など特に文系の人間である私には「へ~」と思わされる事柄も数あって興味深く読み進むことができました。 (店長候補/2004-08-02) 自然科学的なものの見方の基本を確認しつつ、中学生や高校生でも問題意識がありさえすれば十分に内容が掴めるよう、著者は非常に心を砕いて下さっています。著者の主張は「世間常識」からは大変かけ離れたところにありますが、自己の主張を通すのに過激で扇情的な言葉を使うことをせず、冷静で暖かな筆運びに徹しているところも共感できます。先入観を排して環境問題を真剣に考えたい人たちには、ぜひ読んで頂きたい、お勧めの一冊です。
(参入者/2003-07-26)
世界の主要都市ではリサイクルによって、資源の有効利用に半ば成功していると言われています。
特にデンマークやスウェーデンでは、ガラスや紙包装といった国内の完全リサイクルに成功しており、 更には廃棄物を輸入してリサイクルをしているため、100%の率を超えていることが、 2008年1月号の「ナショナル ジオグラフィック」に記されています。 環境面を優先するので経済的には採算が取れないケースが多いようですが、商品に使われる原料の発掘や調達から製造のコスト、 また消費や廃棄までの流れ全体からすれば、環境負荷の削減に大いに役立っているそうです。 新しい原材料からではなく、廃棄物から作るのがリサイクルですから、天然資源の浪費を防ぐだけではなく、 ゴミの埋め立てや焼却の量を減らすのにも有効ですし、その分大気汚染を防ぐことができます。 しかし何にもまして解決への一番の近道は、私たちが無駄な買い物を控える事だと痛感させられました。 (flora/2008-01-21) というのは実は農業あるいは花つつくりでは
社会ではないがすでにあるわけです。 苗をそだて食欲にまわし少しだけとっておく 花がさき種ができまた、蒔くというはなし。 しかし、これの最後もあわれです。 やはり病原菌に連作は負けるのですね。 たしかにわたしも物をあまり持たない生活 に近い生活をしていますが 何にもかわないとリサイクルストレスになりかねません。 ひじょーにおもしろい本です、一読推薦。 (荒/2007-03-28) ゴミの分別は意味がない、プラスティックはどんどん燃やすべし、というのが著者の主張。え?と思うが読むと目から鱗。
(/2001-04-28)
17件のレビューうち参考になった順で15件までを表示しています。[16件以降をamazonで見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.0 はてブコレクション数: |
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“環境問題のウソ”のウソ
ASIN:490306316X楽工社(2007-12) 山本 弘 売上順位:99929 ¥ 1,260(中古:¥ 191) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:156
私も多くの方々と同じように武田氏の本を先に読んで、これまで平均以上にリサイクルやゴミ問題に関心を払ってきたつもりでいた人間として、少なからぬショックをうけていました。
この本はまず武田氏の本にある数字の怪しさを主に指摘しているのですが、最初の方はあまり説得力を感じませんでしたが、途中から徐々に何とも言えない打ちのめされたような気分になりました。確かに武田氏の論拠の「がさつ」な点は指摘の通りなのでしょう。でも、なんか完全に納得しきれない気持ちもあります。環境問題はつかれます。 ただ、この本では武田氏の批判ばかりなのですが、そうではなく、武田氏の本に書かれていたウソではない面、著者の山本氏が納得できる面についてももっと積極的に書いてほしかったと思います。賛成と反対に分かれて非難しあうのではベクトルが良い方向へ向かうとはとうてい思えません。 リサイクルの名の下に安心して(罪悪感なしに)ゴミを捨てている社会に冷や水を浴びせかけたという点では武田氏の本は、たとえ数字が間違っていても、大きな意義があったと思うし、それを踏まえた上で発展的に話をつなげていくべきなのではないでしょうか?ただ批判ばかりだと、なんかみんな環境問題から引いていってしまいそうな気がします。 もう一度賛成派と反対派というレッテルを張り合って相手をやり込めあうようなやり方ではなく、環境問題の問題点を探り合っていくような話し合いを望みます。この点で星一つ減点かなぁ。 (カッタルコフスキー/2008-10-27) 武田氏の本はデータの間違いや恣意的な解釈が多いという点は納得したし、と学会を代表する山本氏の「自分で徹底的にデータを調べる」という姿勢にはいつも頭が下がる。
ただ本書は、的確な間違いの指摘が多い反面、やたら細かい揚げ足取りも多く、またその言い方も、「おやおや、こんどは陰謀論になってきたぞ」とか、「えーと、何か違いがあるんでしょうか(笑)」とか、「〜と主張しているのは無知な素人だけだ」など、ネチネチとイヤミったらしく、主張の正しさ以前に、読んでいて不快感を感じる。本来、山本氏の高いメディアリテラシーが批判すべきは、「環境問題に潜む多くの欺瞞や不透明な暗部」であって、武田氏個人ではないはずだ。 山本氏本人も本書で言っているように、武田氏の「環ウソ」がすべて間違っている訳ではないし、正しい部分や納得できる指摘が多いのも事実。リサイクルには環境保全という美辞麗句によって覆い隠されていた「利権」という名の暗部があるのも事実だし、「非効率的なリサイクル」が環境を悪化させるのも事実だ。それまで宗教のように信じられていたリサイクル運動に疑義を呈した事は評価すべきだろう。 そもそも武田氏もリサイクル自体が悪いと言っている訳じゃないし、環境などどうでもいいと言っている訳でもない。その主張は、「とにかくリサイクルは正しいに決まっているんだ!」というような風潮や、「リサイクルされるならガンガン消費しても良いんじゃね?」といった、大量生産・大量消費社会に対するアンチテーゼの側面もあったはずだ。また山本氏の主張にしても「PETボトルリサイクル推進協議会の公式データが絶対に正しい」とする前提が必要だが、それをどう保障するのかなどの問題もある(今さら社保庁や農水省の例を出すまでもなかろう)。 間違いを指摘するのは良い。「何かを批判する場合は正しい論理と事実に基づくべき」とする主張もその通り。ただ、この本はそれが行き過ぎて、「環境問題の議論」よりも、武田氏の論を否定する事が目的化してしまっているように感じる。本当に批判すべき「敵」は武田氏個人なのだろうか?とかく日本人は自国民を非難するが、本当に地球環境を憂うなら、日本など比べ物にならない環境汚染大国であるロシアや中国を非難すべきだろう。 それにしても現在の科学レベルでは明日の天気予報さえ間違えるのに、五十年後、百年後の地球環境の現地点での予測など、どれだけ正しい解答と言えるのだろうか。環境問題は非常に複雑で流動的あり、常にその正しさは検証されていくべきだ。現在のヒステリックな環境問題も少しくらい懐疑的に見ておいた方がいい。だからこそ色々な意見を考慮すべきだし、「環ウソ」も「環ウソのウソ」も、各自のメディアリテラシーを鍛えるための叩き台としていけば良いだろう。著者もイヤミで挑発的な言い方は抑え、本当に環境のためになる建設的な議論を展開して欲しい。 (FSS/2009-02-20)
論点は『環ウソ』のデータの信憑性のみ、高評価レビューが消されるわけは? |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
と学会会長である山本弘氏の著書。武田邦彦氏の『環境問題はなぜウソがまかり通るのか(環ウソ)』および続編の『環ウソ2』の記述にいかにウソが多いかを丁寧な検証によって証明している。また、このウソが単なる勘違いなどではなく、意図的な捏造であることを示す証拠として、ウェブサイトで直接対談した内容や、武田氏とのメールを原文のまま掲載している。主としてペットボトルリサイクルに関する悪質な捏造の数々を紹介している。
山本氏の丁寧な検証に対し、武田氏は参考資料も明らかにせず、読者がそこまで調べないだろうとたかをくくっていると思われる部分が多い。本書では言及していないが、『環ウソ』にあるPitotのデータも捏造である(英文論文を読める者は確認せよ)。他にも多くの誤りが『環ウソ』『2』にある(小生のレビューを参照すべし)。言論の自由を盾に珍説を流布するのは勝手だが、武田氏は現役の中部大学教授であり『環ウソ』も講座の学生と作製している。北極の氷の説のように、中学生レベルの誤りならまだしも、捏造によって莫大な印税を手にしているのは社会問題と思う(こんなことで中部大学は大丈夫なのか?)。捏造で他者をウソつき呼ばわりするのは冤罪を肯定する行為であり、学者であれば超えてはいけない一線があると思う。武田氏を擁護するレビューアーは、武田氏の意見が正しいという前提で述べていると思うが、小生が調べた限りでもその前提自体誤りである(または本書をきちんと読んでいない)。信憑性のあるデータを付き合わせて事象の真偽を議論するのが望ましい論法であるのに、『環ウソ』はあまりにも誤りや捏造が多すぎて、データの信憑性そのものが議論になっている時点でレベルがしれている。本書の論点は『環ウソ』のデータが信頼できるかどうかの1点である。また、心意気が良ければ嘘をついて他人を陥れてもいいなどと考えるのは論外だ。さらに加えるならば、『環ウソ』の前に『詭弁論理学(野崎昭弘著)』を読んでメディアリテラシーよりももっと基本的な知識を身につけるべきだ。また、高評価のレビューは全て消される(本レビューは5回消された)理由として、誰かの指示による組織的な行動が疑われる。特定の著者に限ってこのような悪質な行動が観察されることにも注目すべきだ。 逆に、山本氏は、読者が誤った方向に行かないように気を遣い、けんか腰にもならず、性善説に近い解釈で対応している他、『環ウソ』で勉強する機会を得たと謙虚な姿勢を貫いている。武田氏が鬼の首を取ったように北極の氷についての珍説を流していることにも、山本氏は重箱の隅をつつくような些細なことと受け流している。人間としてどちらの格が上か、平均的な国語力のある読者は思考停止せずにきちんと読んでほしい。山本氏の姿勢に敬意を表し、星5つ。 (MM/2007-12-26)
高レビューが削除される原因は? ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
武田邦彦教授の「環境問題はなぜウソがまかり通るか」とその続編
および池田清彦教授の「環境問題のウソ」に関する「と学会」会長でもある山本さんの素直な疑問をまとめた一冊。 自分もこの3冊は読んでいて、非常に大きな違和感があった。 グラフがどうみても恣意的であったり、データを自分の都合の良いように解釈しすぎているように思えた訳です。 地球温暖化と言う環境問題はその詳細が分からないあるいは科学的に予測も付かない部分がある事を知らなければいけない。 武田教授の主張するリサイクルの無駄のデータがいかにデタラメかは本書で明らかである。科学者と言う権威が残念ながら地に落ちたようにも見える。 また池田氏は2度温度上昇しても日本は関係ないと言い放つが、日本だけの問題なのか? 重要な事は少なくともCO2を間違いなく増やしているのは人間の経済活動があるからである。もちろんCO2が地球温暖化にどの程度影響するかはさらなる解析が必要なのは言うまでもない。 小市民としては、科学は万能ではなく、科学者も色々いるんだということを認識してメディアからの情報を読み込まなければいけない時代なんだと再認識した本であった。まあいずれにしても消費は美徳ではないし、子孫にツケ(外部費用)を回さない努力をしなければならない。 (dream4ever/2008-04-10) 既に述べられている方もいるように著者の主張のミソは
「不都合な真実を擁護するために全体的に正しいことを主張するためなら多少の間違いは問題ない」 と言うところにある。この点著者が近年、自然科学(理系)だけでなく 政治問題や経済問題にも明確な解答があるかの如く発言していること とパラレルであろう。すなわち環境問題、環境運動という市民運動を 推進するために、あるいはそれに批判するものを打倒する為に 環境問題の矛盾に目をつぶろうというのが主題であるといえる。 だったら米を倒す為に、米が宇宙人や悪魔に乗っ取られているという主張を 認めてもいいのでは?という気がするが。その点著者は学者ではないため 明確に自分のスタンスをいまだ決めかねているということに問題があろう。 かつてのようなビシッとして切り口をもう1度みせてほしい。 (山耕一郎/2009-06-08) 武田氏の本と合わせて読み、自分で頭を使うことをお勧めします。
環ウソシリーズは確かに捏造も多く、極端です。 しかしながら、この本もまた同様の手口を使っており、どっちもどっちと言えます。 なお、リサイクルのくだりについては、正解は武田氏の方です。 実際ゴミ処理業界では当たり前の話です。 つまり、山本氏は山本氏で「資料は調べたものの」使った資料が悪いと言えます。 現実担当者にリサーチをかければ簡単に判明することです。 ちなみに、今回の本で山本氏は「不都合な真実」を擁護するために「全体的に正しいことを主張するためなら多少の間違いは問題ない」と言っています。 そっくり返す言葉だと思いますし、過去のトンデモ本ではそれすらあってはならないと言っていたので、かなりガッカリしました。 この本を熱烈に持ち上げている人は、それはそれで「家畜」だと思います。 (るーでぃー/2009-01-08) やり玉に挙がっている武田邦彦氏は、自著では高潔な理想を語ります。それと比較すると、著者の芸風はこき下ろしと嘲笑による啓蒙ですから、その語りにマイナス評価が多いのは当然かも知れません。環境問題に対する著者自身の把握とスタンスについても、多くは書かれません(見るべきものはあります)。
しかし本書の主題は、 専門家がいい加減なことを言って(無知モーマイな)大衆をあおり立てて良いのか? という批判であり、それを公に問題提起することではありますまいか。その理解で、評者は本書を支持します。 人の思想は様々ですが、特に科学者がその肩書きを用いて語るとき、依って立つのは事実でなくてはいけません。著者は武田氏のデータや引用について、かくかくしかじか、この部分がテキトーなのだ、と根拠を上げて攻撃していますから、そこは「科学的に礼儀正しい」突っ込みです。主張の根幹に係わる部分については、些細とは言えません。 その根拠や論旨について、武田氏や読者による検証が行われて、また然るべき反論が示されて、問題におけるコンセンサスが醸成されていく、というのが(科学の上では)理想的なパターンですね。 その過程を見られる者にも、得るものは大きいと信じます。 (abs/2008-06-10)
どっちもどっちかな |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
人格攻撃の目立ったのが感じが悪かった。
「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」「 同 2」のデータの間違いを指摘しているので、この2冊を読んだら比較に読んでみるのはいいかもしれない。 ただ、武田氏は、「はっきりしたデータがないので、推定した」ということで書いているので、もともとかなり無理があったのだろう。あら探しに価値があるのだろうか。 たとえば、リサイクルや代替エネルギーの、環境負荷のデータが不十分なので、金額的なコストで推定している。これを山本氏は批判しているが、それに代わる適切な計算方法を示しているわけではない。 武田氏は、「人件費」をエネルギーコストに計上しているが、山本氏はこれを不適切とする。その理由は、働かなくても生きていればエネルギーを使うから、ということだが、その仕事をしなければ同じ時間をもっと有効な仕事に使えたかもしれず、人件費を環境負荷ゼロとするのはいかがなものか。もっとも、山本氏の方が主流ではあるようだが、どうもごまかしに見える。総コストで考えれば、ペットボトルのリサイクルも、原子力発電所も、環境によいとはいえない。 武田氏が、「飛行機に乗れば金額分の資源・エネルギーを使う」と書いたのを批判して、「飛行機に一人余計に乗った時に余分に必要になる燃料」を計算しているが、適切とは思えない。一機の飛行に必要なすべての資源・エネルギーを乗った人数で割るのが普通ではないか。 武田氏は、環境対策の方向性を示そうとしているが、山本氏は「環境問題は宗教や占いと同じだ」という意見に賛同して、「あなたが決めること」と投げ出してしまっている。 (ken/2008-04-01)
武田氏への悪意のある攻撃 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
この本を読んでまず私は環境問題うんぬんのまえにひどい不快感を抱きました。
というのはこの本が環境問題のウソ を暴く以前に武田氏本人の人間性を非難している記述が目立つからです。 レビューに既に書かれていますが、意図的な武田氏の写真・武田氏に対して執拗に「ウソをつく」「はぐらかす」等のマイナスイメージの描写 が目立ちます。 テレビ出演の際の武田氏とのやり取りを乗せている部分があるのですがそこの記述もひどいです。 武田氏をひたすら「悪者」に仕立て上げ、何故かわかるはずのない他のコメンテーターの心情描写が 非常に山本氏に有利な解釈で書かれています。山本氏が勝手に考えて書いたものですから当たり前です。 そんなものを書いてなんの意味があるのでしょうか。 題名に環境問題のウソのウソ と書かれているのであれば、環境問題についての主張にのみ言及すればよい のであって、主張している人本人まで批判の対象にするのは完全に筋違いです。 もし、この本を買おうと思っている方がいましたら他の本を買うことをオススメします。 (だから/2008-02-22)
建設的な方向へ行くことを望む ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
まず、武田教授の提示したデータを丹念に検証した本著者に、敬意を表したい。たしかに、武田教授が恣意的なデータ抽出やこじつけなどを少なからず行ったことは認めざるを得ない。
ただ、次に望むことは問題点をあげつらうだけでなく、武田教授の正しかった部分の指摘も含め、どうすべきなのか、真の問題は何なのか、を明らかにすることである。 例えば、回収されたペットボトルや古紙が高値で買い取られていることを HNK も報道していたが、ゴミの分別を行った我々は一銭の報酬も受けていないこと、である。武田教授が『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』の第4章「チリ紙交換屋は街からなぜいなくなったのか」で、ゴミ分別の利益を自治体と大企業で独占してしまった構図を明らかにしたが、本書はこう言った視点が希薄であるように思う。 割りばしは使わない方がよいのか、レジ袋も使うべきでないのか、紙製品の古紙含有率は高くすべきなのか、もハッキリさせて欲しいし、そもそも地球の誕生から今日までを1年とすれば、12月31日の午後7:30 に登場した人類にとっての都合良いレベルで気温を固定してしまうこと自体に問題はないのか、と言った根本的問題の答えも導き出して欲しいものである。 (江口哲学/2008-05-05) 武田邦彦や槌田敦の主張を鵜呑みにせず、その論拠の信憑性を調べた上で、間違いを指摘している。さらには直接武田氏に論戦を挑み、その主張の矛盾点を指摘している。ともすれば個人攻撃になりがちなこのようなテーマを、「と学会」会長を務める著者が柔らかい語り口で解説している。
その上で、素人の印象に騙されるな、(科学的な結論に基づいた)専門家の言葉に耳を傾けろ、と説いている。 この本を読まれた方は、ろくに調べもせずに大声で科学的結論を否定する人々が居るのか、と驚かれるかも知れない。だが今はそういう世の中なのだ、と肝に銘じるにはまたとない本だろう。 (宇宙少年(もう宇宙オジサンか…)/2008-07-23) 文体に不快感を持つ人も多いようだけど、まあそれは置いといて・・・。
この本の著者自身が、学者であってもその道が専門でない者の主張には信憑性がないと言っているが、資源材料工学が専門の元ネタ本の著者に反論しているこの本の著者の専門は・・・? とは言え、私にはどちらが正しいとも間違っているとも言えない。 公表されている諸々のデータに疑問を持つ者が独自の理論で主張を展開し、公表されているデータを基に間違いを指摘する。という感じ。 実際に工場を見学して、その工場の人に取材したからと言って、必ずしも真実がわかるとも思えない。 ただ私が思うのは、人件費のくだりで、解雇された人でも環境負荷は変わらないと言っているが、解雇され収入が無くなるか減るかしたら、生活(消費)を切り詰めるから、やっぱり環境負荷は減るんじゃないかと思う。 それでも人件費を含めないというなら、燃料費や光熱費の中にも人件費は入っている。 装置の減価償却費だって、資材を人件費を使って加工・製造したから発生している訳だし、事務用品だって購入価格には人件費が含まれてる。また、それらの資材・原材料の仕入れ価格にも人件費が含まれる。そういった人件費も含めてはいけないのだろう。 しかし、こうして辿って行くと、果たしてこの世に人に支払われないお金があるんだろうか? (スローサイクルが一番だと思う/2008-07-24) 産経新聞を購読する1956年生まれのSF作家・と学会会長が、主として武田邦彦(一部は池田清彦・槌田敦)に対する反論を通じて、環境問題について冷静に考えることを提唱する2008年刊行の本。著者自身の立場は、191、265〜270、328頁に書かれており、私も同意見である。本書の武田批判を列挙すると、第一にデータの典拠を示さないことが多く、また不正確な引用で朝日新聞等を批判し、事実の前後関係が不正確で、独自の定義(分離作業量など)やアバウトな仮定を勝手に設定し、自身の理論計算も杜撰である上、普通の人にもわかりやすくという大義名分でそれを訂正しないこと、第二に3種類のリサイクルやその製品、LCAやアイエス法や省エネの意義についての理解に欠けること、第三にペットボトルの海外流出の問題性について適切に意義づけていないこと、第四に自説に不都合な事柄については知りつつ触れず、また著者による反論に正面から答えないこと、第五にコストとエネルギーを混同していること、第六にスチール缶やガラス瓶からアルミ缶(リサイクルが成功している)とペットボトルへの容器の移行を見ていないこと、第七に誤った日欧文化論に基づく発言をよく行うこと等である。また、北極の陸上の氷河等が解けたり、氷河の流れが加速すれば海水面は上がるが、今世紀中に海面は1メートルも上がらないこと、エクソンモービルが怪しげなものも含め、温暖化懐疑論者の団体に資金援助を行っていること、温暖化肯定論にも多くのトンデモ本があるが、温暖化は海岸浸食や気候激変に伴う収穫の不安定など、確かに多くの弊害をもたらすこと、未来は不確定だが、技術の有効活用と省エネには未だ期待がもてるため、「心の中の外部費用」に基づき、各自が行動すべきであること等の指摘も興味深い。素人の私には本書の指摘の是非は分からないが、説得的ではあった。
(モチヅキ/2008-05-31) アウトロー的な手法で困った言説をばらまく人に対して理知的な人は往々にして沈黙、シラケ、困惑といった態度を取る場合が多いけれど本書のように楽しみながら原則的立場から批判していく態度は見習うべき点が多いように思います。
しかし 本書はデザインが悪いです。 わざとなのかもしれませんが本書で批判しているエセ科学本の類の体裁を踏襲しているように見えます。こういうところは思いきりスマートにわかりやすく違いを見せるべきだと思います。 次に本文文字組が悪いです。 横組みは数字や表が多いからそうしたのだろうし理科系の本では珍しくないし教科書みたいなのもよしとしても。 かなりの部分を占めるタケダ本の引用部分が単に字下げになっているだけなので区別がつきにくく読みにくい、ここははっきりと書体を変えるべきでした。タイポスでもヘタ字でも。 (アマゾン三郎四郎/2008-10-02) 武田教授の思惑通りに良くぞ動いてくれた、としかいいようがない。
22件のレビューうち参考になった順で15件までを表示しています。そもそもPリだろうがなんだろうが自論を展開する武田教授に対し、Pリのデータと違うとかそんなものは批判にはなっていない。データとは収集した時点で十分恣意的(南極の氷床コアから採ったデータが妥当だと言い切れるのか?)で恣意的でなければ出版する意味もない。 人件費が環境負荷にならないに至っては噴飯ものの記述だ。タクシーの運転手の人件費のくだりがある。例えば5万2000円が人件費だったとしよう。これが環境負荷ではない?それではどうしてその額になるのか考えて頂きたい。それは日本だからではないのか?経済成長をしていく中の信用増大によってもたらされるその額を、環境負荷に含めないとは恐れ入る。どうしてこのおかしさに気づかないのだろうか? 武田教授の他書に対する批判、インターネット対談に後から調べてみたら〜といって自分の議論のみ補足、こんなものフェアとはいえない。 環境問題のうそのウソとタイトルにあるのだからそれに徹すればよいのに非常に残念だ。 (とらねこさん/2008-09-15) [16件以降をamazonで見る][amazonでレビューを書く] 平均点:3.5 はてブコレクション数: |
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環境にやさしい生活をするために「リサイクル」してはいけない (プレイブックス)
ASIN:4413017838青春出版社(2000-01) 武田 邦彦 売上順位:30521 ¥ 893(中古:¥ 34) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:96
リサイクルは資源を大切にすることだけが目的ではないわけで… ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
以前廃棄物関係の仕事をしていましたが、リサイクル関係は資源云々よりも
焼却施設の処理能力がこのまま一律に焼却していたらキャパシティを超えて しまうというのが行政がリサイクルを進める一番の理由なのではないかと 感じています。 この本がゴミ分別をしたくない人々の免罪符にさせられてしまわないことを祈っています。 ぜひとも、この本をを読んだとあとで自分の済む地域の焼却炉や廃棄物処理場の現状がどうなっているのか調べていただきたい気がします (environment/2003-11-02) 著者の主張の骨子となっているのは「コスト=環境負荷(エネルギー)」であり、リサイクルに多額のコストがかかっているということは環境負荷を与えているという論理である。もちろん、資本主義社会においては必ずしも当てはまらない場合もあるが、主張として理解できる内容となっている。著者の主張を裏返すと、コストのかからない(=環境負荷の低い)リサイクルが必要といったところだろうか。
しかし、その主張を支えるデータ部分がいかにも弱い。リサイクル推進派を納得させるためには、もう少し科学的に納得が出来るデータを提示するべきであろう。リサイクルを行うためにどれくらいのエネルギーが消費されているか数値で証明できない以上はただの思いつきにすぎない。 また、この本の後半部分は抽象的な概念の羅列にすぎなく冗漫である。 (Udom Rod/2004-07-31) 本書ではペットボトルや紙のリサイクルが環境を悪化させることを説き、本当に環境にやさしい生活とはどのようなものかを提示している。
ペットボトルのリサイクルが悪い理由として、コスト分析を行い、リサイクルボトルのコストが新品ボトルの3倍以上となることを挙げている。この議論にはライフサイクルアセスメントによる評価は避けて通れないと思うが、著者はこの手法は公平性を欠くという理由で採用していない。すでに多くの人が指摘している通り、コストが環境負荷に比例するという前提を置き、コストのみで環境負荷を評価する方法に関してはさらなる議論が必要だろう。他にもリサイクルや環境によいとされる活動が実際には環境を悪化させる例をいくつか挙げているが、いずれも著者の主張を支持するデータが十分でなく、結論付けが乱暴に見える。 後半は、様々なエピソードを混ぜ、「環境にやさしいとはこうあるべき」という著者の理想像を展開しているが、やはり議論が偏っており、精神論の色合いが強くなっているという感は拒めない。著者の主張は共感を得られるものではあると思うが、多面的な分析や主張を十分に支持するデータを提示して議論を展開すればもっと説得力が増していたのではないか。しかしながら、本書は、大学生等が研究活動の中で検証を試みるよい題材にはなり得るだろう。 (ブルーベ・リー/2007-12-27) なぜならリサイクルする事が悪いのではなく、行政や自治体、あるいはリサイクル業者に問題があるわけですから−。
それでも他の先進諸国(アメリカを除く)と比べて、国内のリサイクル事情は未だに発展途上で試行錯誤の段階にある事も、幾分考慮しなければならないでしょう。 デンマークでは少々見てくれが悪くても、ペットボトルを洗浄して何度も再利用しているそうです。 本書が良い意味での起爆剤として、役割を果たしてくれればと思います。 (タカさん/2000-12-31) 石油からペットボトルを一個つくるコストは7.4円、しかし、使用済みのペットボトルを回収し、分別、移送し、洗浄、樹脂化、再成形して再生ペットボトルを作るコストは27.4円だという。コストが高くとも、地球環境保護に役立っているならば、ペットボトルのリサイクルは奨励されるべきであるが、コストが高いということは、それだけ多くのエネルギーを使用しているということであり、何のことはない、人びとはリサイクルによって、地球を傷めつけていると本書は主張する。
紙のリサイクルも全く同様で、リサイクルに費やされる膨大なコストは、地球環境保護の為には、鉄とアルミといった少数の例外を除けば、全く無駄であるという。 未だ使える車や、家電製品を捨てることを、メーカーも消費者も抵抗なく行っているが、メーカーは現在の表示される使用耐用年数を二倍に伸ばす努力をし、消費者はさらにその二倍の期間、大切に製品を使用するという根本的な資源の有効活用を行うべきだとも本書は訴える。 表面的にいかにも「地球に優しい」ことのように見えて、実はトータルで考えると、とんでもなく地球を傷めつけている行為を我々が行っている可能性を、様々なデーターに基づいて警告している本書は、現在、良く売れているそうだが、警世の書として一読の価値があるといえる。 (/) 著者の主張は明快だ。 リサイクルは資源をかえって余計に使い、環境を汚すだけ。いま私たちがやらなければならないのは、ものを大切にし、壊れたら修理しながら、なるべく長いあいだ使うこと。ごみは分別せずに集め、市町村で燃やして電力にし、灰は人口鉱山として埋め、将来資源が枯渇したときに取り出せるようにするべき。
エネルギーをたらふく使った「快適な」生活に安住し、リサイクルにだけ協力して事足りると考えていたら大間違い。「環境にやさしいこと」は「自己犠牲」を伴わなければならない、と著者はいう。そして、「AはAである。非AはAではない」という三段論法で成り立っている西洋の論理では、これは不可能であり、「非AはAである」ということを許す東洋の論理でこそ可能になる、という。なぜなら、個人ができる限り文化的で快適な生活を送ることは正しいとされるのが西洋の論理だが、世界中の人々がそうした生活を求めると人類はあっという間に破滅してしまうからだ。 いま全世界の人間がアメリカ人並みの「豊かな」生活をしたとすれば、21世紀の初頭にも石油は枯渇するという。「資源を使う量を減らせ、環境を汚すな」と口でいうだけなら簡単だ。当たり前のことなのだが、それを実際にひとりひとりが自らの生活のなかで実行しない限り何も変わらないということを、改めて痛感させられた本だった。 (ア太郎/2000-12-02) 筆者は最近よくテレビにも出ては、「リサイクルをしてはいけない」と呼びかけている。
なるほど、最初のうちはリサイクルのもつ負の面がこんこんととかれている。しかし、後半になると、限りある資源を使い尽くしてしまわないようにするには、「節約」しかないというまっとうな意見が述べられている。大変常識的だ。環境問題に関する本は、関心のない人にこそ読んでもらわなければならないのに、そういう本を読んでいるのは関心の高い人である。本書のように、衝撃的なタイトルがつけられていれば、あまり環境問題に関心のない人も手にとって読もうと思うかもしれない。筆者はそこまで考えてこの書物を書いたのだろうか。 (aaa0042/2008-06-19) 環境保護に敏感で、環境のためにこれを行っているという民衆も多いはず。しかし、その行動が本当に環境にいいのか、目に見えない部分まで考えさせてくれる本です。環境を守るということは社会を守るということに深く関係しているのだと思いました。
この本を読んで環境のことで知識を増やし、研究をし、社会貢献できる仕事に就きたいと思いました。環境を保護するという形はいろいろな分野、業種でできるので、幅広い職業や学生に読んで欲しいです。 (アマゾン子/2001-03-06)
恣意的な数字遊びにゲンナリ ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
根本的な考えとしてゴミの減量をすべきであるという考えまでは否定しないが・・・
その結論を導き出すためにデタラメな屁理屈を並べ立て返って説得力の 薄い著書となっている。 タイトルだけは凄いかもw ペットボトルをリサイクルする際、回収コストにペットボトル一本あたり26円掛かるということだが、これをトン当たりに換算すると60万円ほどになる。 実際は、フレーク状に加工されたペットボトルの流通価格を回収破砕業者に聞いてみたところ、トンあたり4万〜5万程度とのことであった。 大きな開きである・・・・ 大先生と10倍も差が出てしまった・・・(ノ_<。) こんな感じでかなり恣意的に数字をいじっているので出てくる数字の殆どは疑ったほうがよさそうである。 (竹本淳一/2005-12-29) 良書。無意味なごみの分別作業を止めさせよう。
環境問題は、常に胡散臭さを放っています。見せ掛けだけ、地球環境に優しい事を やっていますとポーズをとれば特に女性・主婦の層から受けがいいから。 やたらと、環境!環境!という企業に限って、暴力団まがいの押し売り会社だったり、 いかがわしいネズミ講方式で健康食品を売っていたり。 古紙再生紙を使っていますといった名刺や年賀状も増えてきましたが 製紙会社ぐるみで、誤魔化してました!古紙を使うとかえってコスト高になるので! ということがバレました。 そのまま木を使って紙を新規に作るほうが、環境に良い。 古紙を回収したほうが石油エネルギーを余分に使うことになる。 コストが高いと言う事は、恐らくはた目には見えないエネルギーを使っている。 なーんて製紙会社も正々堂々と言えばいいのですが、環境オタクどもに 叩かれるのが怖いから言えない。 私たち日本人は、トータルで見る癖をつけよう。 55ページの表は良いです。 どういう形でアレ、石油を使う=親の遺産を食い潰しているボンボン。 木材など短期で再生が利くエネルギー利用=月給でつつましく生活してる でも結局は、一人一人が、物を購入したら出来るだけ長く長く使う癖をつけるのが いいんですよね。そんなこともきちんと書いてある。 中学生ぐらいからでも読めますので、ぜひ、お子様に! 竹本淳一 (/2008-03-11)
分別回収が嫌いな著者が編み出した「理論」 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
著者はリサイクルをせず、分別回収をせず紙もペットボトルも
すべて焼却し、灰は埋め立てることこそが環境に優しいと主張する。 この主張は分別回収など面倒でやりたくない人にとっては 願ってもない理論付けであろう。 著者の主張は独自に定義している「リサイクル増幅係数」なる 係数をもとにしている。「リサイクル増幅係数」は価格をもとに 算出されるが、価格を決定するのは「環境にやさしい」か ではなく「人件費と需要と供給」なのは自明の理であり、 前提自体が既に破綻している。 著者の説には同意するところも部分的にはある。だがくしくも タイトルを似せているように「買ってはいけない」と同じ類いの 「自説を通すためにはうそ、大げさ、紛らわしい、何でもあり」の 本になっていると思う。 (まるみみぞう/2002-11-19) 心意気はすばらしいのですが、とにかくデータの扱いと判断に「?」がつきます。
この本は、啓蒙書や教科書としてでなく、読者である皆さんが、武田さんを採点する立場でよまれると、その真価をもっとも発揮するとおもいます。リサイクルは、大事です。「どう」「なぜ」リサイクルするのか、それをデータそのものではなく、データの裏にあるファクトから考えるのに、よい題材です。 (flora/2002-05-23) 著者の考えとしては、ゴミは分類せず燃やすべきだという。この一見許しがたい意見にそれなりの論拠があることは、長年ゴミ収拾のルールに悩ませられた我々にとんでもない福音だろう。無論不精な人の擁護ではない。
ものごとにはいろんな視点があるわけで、あまり正しくない方針でも続けるとそれなりに成果はある。リサイクル幻想もそれで、これから環境を考えるきっかけにでもなればムダではない。石鹸と合成洗剤のどちらが真に環境に対してやさしいかは誰にも判らないが、そのようなことはひまつぶしになる。それこそが、わたくしは環境にもよいと思う。 (/2007-05-08) わたしは持ち物をなるべくすくなくしようと努力していた。
全14件のレビューを表示しています。ある本のレビューを書いたが、その人は少ないどころか 買わないのだ。めからうろこ。わたしもタンスのなかみを 着古しのこりは袋物やパッチワークそのたいろいろ その人と似たような生活をめざしたが、甘い。 まにあわないのだ。 その人はすでに環境の危機が5年後とよんでいたらしい。 ななんとそれよりもっと早いではないか。 もー地球規模本気にならなくてはいけない。 子孫なんて計画している暇はないぞ。阿部さん!! 一読推薦 てか すぐ読んでくれい!!みなさん。 (/) [amazonでレビューを見る][amazonでレビューを書く] 平均点:3.5 はてブコレクション数: |
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環境問題のウソ (ちくまプリマー新書)
ASIN:4480687300筑摩書房(2006-02) 池田 清彦 売上順位:20609 ¥ 798(中古:¥ 1) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:-32
「持続的な発展」「現在の日本の環境政策」の一貫性のなさ、本質にいかに遠ざかっているのかを痛感する書です。
環境問題というのは広くて深い問題なのですから、様々なアプローチがあります。 (法、化学、政治、社会学などから広告論まで) 当然この書1冊で満足して、意見に賛同あるいは批判するのではなく、多くの書に触れて自分の意見を確立すべきです。 と断り書きが必要なくらい、偏っているとは思います。 「行き過ぎ(と著者が感じる)環境懸念活動への批判」「日本政府の愚策(本質からずれていることが見受けられる)への批判」が主な内容です。 低い評価が多い中、この評価であるのは 「人間の集合体である社会の、生活に大きく影響を及ぼす『自然環境』なのであるから 多くの議論があるのは当然であるから、そのうちの一つを知る」 という上で読むならばよいということです。 くどいようですが念のため。 盲目的に賛成したり、批判するのには使用しないほうがよいと思います。 (お花。/2007-07-08) 著者自身があとがきで書いているように、この本の前半は著者の専門分野ではなく、そのネタの多くはネタ本からのコピーだ。それだけならいいのだが、所々に著者自身の問題のあるオリジナルな主張を織り交ぜてくる。例えば、「820年分のダイオキシンを摂取しなければ、半致死量には届かないということだ。普通の生活をしている限り、ダイオキシンで死ぬことはあり得ない。」(p56)など。もちろんこれは明らかに間違っている。
大した問題ではないのに「問題だ問題だ」と騒ぎ立てるのは問題だが、逆もまた然り。多少なりとも問題があるのに「なんの問題もない」と騒ぎ立てるのもやはり問題なのだ。 この本の内容全てが間違っているわけではないが、懐疑論に興味がある方はむしろネタ本の方を読むことをお勧めする。 (hechiko/2006-02-27) 「環境問題」って,まじめに考えるとかなり憂鬱で解決のためにはさまざまな我慢が要求されるので,そうした問題がウソならいいのに! と願っている人たちにとって,エライ先生が「ウソだよ」と断定的に囁いてくれる本書は甘美な誘惑なんだと思いました.
ただし,世間の常識を信じないようにするのは良いのですが,では,池田センセイが本書の中であまり根拠なく断定している事柄を丸ごと信じて絶賛するのはどうでしょうか・・・? W大のセンセイという権威を取り払って,本書の内容がどこまでしっかりした根拠に基づいているのかを相対化して読むくらいのことをするとおもしろいかと.(ネット上で有名な「詭弁の特徴15条」に本書の内容がどこまで該当するかをチェックするという読み方も興味深いです.何事も疑うように説く池田センセイならそういう読み方も許してくださるでしょう) (水辺の住人/2006-03-05) 地球温暖化・ダイオキシン・外来種・自然保護の4つのトピックから世間で広がっているような環境問題に関する知見は妥当であるかどうかを論じている。
地球温暖化などはもはや定説といってもよい話である。疑いを差し挟むことも許されない雰囲気もなくはない。 しかし、実際の所はどうなのであろうか。今わかることは過去の温度の変動だけである。実験する事も不可能であるし、計算することも現在の科学的知見では不可能に近い。詰まるところ、本当に人為的な原因で地球温暖化が進んでいるかは確かめることはできないと主張している。まあ、逆に言えば人為的な原因という説が当たっている可能性もあるのであるが。 個人的に強く賛成できる部分は京都議定書なんかに金を使うくらいなら途上国のインフラ整備を進めようという主張である。京都議定書はあくまでも政治の話であって、科学の話ではない。 ダイオキシンもあるよりはない方がいい。しかし、ここまで巨費を投じる必要があるのか。外来種と自然保護も同様に費用対効果と自然と人為の関係のバランスを論じている。 本書に上げられる主張やデータの扱いには少しく疑問があることは事実である。著者が世間の常識を疑うように我々もこの著者の主張が妥当でであるかを疑う必要がある(それが科学的な態度というものだ)。 私として著者と同調できる点は環境問題は「正義」であって「本当」であるかどうかとは別問題という所である。 現在の環境問題は政治問題である。主張の背後にある意図を読み取らねばならない。そんなことを改めて実感した。 (糸音/2006-05-20) おいらは科学論文は鵜呑みにしてはいけないと習ったので、疑って読むようにしているし、ましてや新聞や雑誌に出るような、これはこの病気に効くなんてのは殆ど信じない。多くのヒトは発表するヒトが教授とかいう肩書きを持っていると信じてしまうのではないかな?
ちなみにこの著者は元山梨大学の教授、早稲田教授と言う肩書きをお持ちである。 さて本題。 構成は下記のようになっている。 第1章 地球温暖化問題のウソとホント(地球温暖化は本当なのか温暖化は昔もあったほか) 第2章 ダイオキシン問題のウソとホント(ダイオキシンは危険なのかゴミ焼却とダイオキシンほか) 第3章 外来種問題のウソとホント(外来種悪玉論のいかがわしさ日本の中の外来種ほか) 第4章 自然保護のウソとホント(自然保護はなぜ必要か圏央道と昆虫採集禁止ほか) どれも専門分野でないので使われているデータが正しいのか、あるいはそのデータの使い方が正しいのかの判断は出来ない。またデータの解釈と言うのは研究者によって異なってもかまわないと思っているので著者の解釈を云々するつもりはない。 しかしである、この方は結局、メリットとデメリットを考え、メリットを取れと言っているようだが、じゃ今後我々はどうするべきかとか、著者自身が望む未来はどのようなものか?が何も書かれていない。 ブラックバスは放っておけば在来種を絶滅させる事なくやがて一定の密度で落ち着くと主張する(彼の進化論のようだ)。駆除を主張するのは利権がらみの連中だそうだ。じゃ、NZのブラウントラウトはどうなの?と聞きたくなります。都合の良いデータだけを引用するのが良い科学者なのでしょうか??と。 第4章ではご自身が原告になって圏央道のトンネル工事(高尾山)に反対していると言う。自然破壊はけしからん、昆虫採取禁止はけしからんと書かれています。逆に言うと高尾山でなければ良いらしい。昆虫採取するためには自然が必要である事は皆が知っている訳で、結局は自分さえよければ良いのか?と勘ぐりたくなる。 異端の科学者は居るべきであるが、この方は異端と言うより単なる屁理屈爺さんのように思う。もちろん、おいらはこの屁理屈爺さんより教養も知識も無いわけであるが。 (dream4ever/2008-04-10)
自然科学者の著書には思えない。 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
例えば,東京には最近台風は来なくなったと切り捨てられる異常気象問題は,今時,気象サイトでデータがとれるので検証すれば,発生地点の変化や,上陸地での台風統計見ても,全く根拠なし。彼の記憶の中心が70年代の東京にあるようだが,海面温度のパターンが変わることで発生地点がずれて行けば,どんなに台風が増えても東京には上陸しなくなる。
昆虫マニアのパワーに依存した種の保全施策は一見ユニークだが,残念ながら,乱獲は多くの種で絶滅の主原因だ。繁殖業者として危ない人たちも参入する。ネット・オークション全盛の時代,商品を作り出すため,繁殖集団を充実させようと野生の遺伝子プール確保に手を出すものもでるだろう。 種間雑種問題と人種間の混血問題を一緒にするという,今更ながらの話についても,「仔が出来るなら同種」なんて乱暴な前提もだが,人や物資の流通の結果,在来の環境に適合した遺伝子が薄くなり消滅リスクが上がることなどが問題だということを書かない。ナチスの民族浄化的屁理屈でいけば,人間の手で遭遇させたら次世代が出来るような近縁種の移入は,一種の同化政策的凶行では? 種や保全生態の問題を人種政策のアナロジーで語るのは確信犯である。 また,グリーンランドが中世期には緑の島だったという話,中世の温暖化終了後以降厚さ3kmもの氷河が形成されるのか。年代測定すると,底の方は最も古くても中世期以降の氷河が全域に分布しているのか調べて書いたら? 中世期でも入植可能だった地域は南部のごく一部で,入植者をアイスランドから引き連れていこうとした島の発見者が,入植者を集めるのに苦労したアイスランドのイメージ戦略の失敗から,どっかの「地上の楽園」と同様,付けた名前だという説もある。 机上の論理では歯が立たないフィールドに立って,悩みながらもデータ取って解析している人とは全て無縁の池田節。陥りやすいネタを披瀝してくれた部分で星一つ。 (猫王/2007-05-30) いろいろとご批判もあるようですが、こういう本のよい所は、
生物多様性ならぬ『情報』多様性を維持することに貢献する所だと思う。 『温暖化している、故に全世界が一致団結すべし』というような理想は、 一見素晴らしいが、世の中の流れがただひとつに集約され、 他の意見や主張を軽視する態度は、一種のファシズムではなかろうか。 昨今マスコミ―一昔前の地球寒冷化説ブームは何処吹く風で―が、 地球温暖化を自明の真理として一方的に情報を発信し、 異なる意見を殆ど取り上げない中、こういう本を一度読んでみるのも悪くないと思う。 生物の授業で、同じ種が近親交配を繰り返し、遺伝子情報を純系化させすぎると、 いざと言うとき、環境の変化に対応できず、その種は簡単に滅びてしまう、 というような事を教わった記憶がある。 同じように、(環境問題だけに限らないが)同じ意見や主張を自画自賛して、 考え方を硬直させすぎると、後々取り返しのつかないことにも繋がるのではなかろうか と私は感じる。 そういう観点から言えば、こういう本を一度読んでみるのも悪くはないだろう。 (アホ毛 2.0/2008-01-11) 著者は1、地球温暖化はむしろ太陽活動によるものであり、CO2とはおそらく無関係だろうという仮説、2、ダイオキシン汚染は健康被害に及ぶほどのレベルではなく、現行の焼却施設で十分に健康は維持できるという説、3、外来種絶滅は環境省の利権追及による「遺伝子汚染」を防ぐためのナチズムである、という主張をしています。
科学は多くの仮説によって成り立っているため、たしかに著者の言うことが正しいのか、あるいは正統派のマスコミの言う説が正しいのかは、はっきりしないかもしれません。しかし、茶者が指摘するように、ダイオキシン規制をしているのが、主に焼却炉の業者、分析業者と官僚であったりすれば、結論は怪しくなるでしょう。 一般的にいってもCO2の排出規制は費用の割りには、効果の少ない方法であり、それならば途上国民の直接援助をするべきでしょう。また外来種の根絶というのは、いま現在日本に住んでいるアライグマなどを殺すということであり、また私もナチスの集団主義に通底するものを感じる和歌山県のタイワンザルとニホンザルの雑種の駆除などを意味するのです。雑種とは人間で言えば、ハーフのことを意味するに過ぎません。これらのことに税金を使うのはまさに政治活動のもつ愚の骨頂だといえるでしょう。 漠然と社会主義が変化した環境主義への警告の書として、本書の意義はすべての自由主義者が知るべきバックグラウンドを提供しています。あえて惜しむらくは、どこまでがまじめな主張で、どこがオチャラケているのかがあまり判然としない部分もあることでしょうか。 (蔵研也/2006-12-04) 低評価のレビューを購入前に見ていたので、最初は眉にツバをつけて読みすすめていた。読み終えて評価が180度変わった。結論からいって、この本はたいへんな良書だと思う
理由は今のニッポンから無くなってしまった、モノの考え方に対する、何とも言えないバランスの良さである。著者自身は昆虫愛好家でありながら、まず環境保護ありきという昨今の風潮にはつよい疑念を示し、保護するしないは倫理・経済的なメリット・デメリットの兼ね合いで決まるべきとしている。 具体的には、棲息地に道やホテルができることも地域・経済的な社会メリットを生むなら認めようという態度を示しつつ、実体はそうでなく、省庁や一部業者の利権のみからすすめられ、社会的コストの浪費および環境破壊というダブルデメリットを生むから反対だ、という主張は、広い視野から世間を見ており、品格を感じる。 単に自然や野生動物は大事なものだから保護しましょう、というセンチメンタルな自然保護論とは異なるし、とにかく環境保護!という、結論が先に決まっている一部の環境論とも一線を画する。 いわゆるロンボルグ的主張を、一般の日本人向けに平易に書き下ろしてくれている。そもそもあの分厚くて文字の小さいロンボルグ本はなかなか人に勧められないが、この本なら代用になり得る。 その結果、読みおえたけど私は賛成しない、という人が現れるのは全く構わないと思う。主義主張はいろいろあるし、この本は口語調で書かれており、また何カ所かで筆がすべったというか、ドキッとするようなことも書かれている。それが一部の低評価につながっているのだろう。 ただしこの本のあそこがおかしい、ここが不正確だ、また掘り下げが浅いという批評は枝葉末節である。それなら専門書を読んだらよい。この本は一般書であり、何よりバランスが好ましい。そのような批評が、この本を読まずにダメと思いこむ人を増やすことを、残念に思う。 (二太郎3/2007-10-11) この本は、所謂「正論」と真っ向から反論している本です。
確かに納得させられましたが、断定的な口調に少し疑問が残ります。 しかし、対極する2つの意見を見比べる事で、環境問題を多面的に考える事が出来ると思います。 ただ一つ言っておきたい事は、現在言われている地球温暖化の原因の数々は全て「仮説」であるということです。 根拠があっても正しいとは限りません。(←は「国家の品格」(著・藤原正彦)あたりを読んでいただくと判ると思いますので序でに薦めておきます) (Mits/2006-08-07) 地球温暖化問題、ダイオキシン問題、外来種問題について、通説とは違った角度からスポットライトを当て、陰の部分をあぶりだす。
著者の主張は説得力があるが、問題の一部分しか捉えておらず、正統派の主張と併せて読み解く必要があるだろう。 著者の語り口は断定的で、主観に基づく所も多いが、 メディアによる情報の取捨選択におけるバイアスの存在や、外来種の自然伝播は認めるが人為伝播は認めないという姿勢をナチズムに例えた点など、なるほどと思わされる部分も多かった。 (ハナミズキ/2006-08-02)
あなたの「騙されやすさ」をテストしたい方にオススメ♪ ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
騙されやすい人が読むと、説得されてしまうかもしれませんね。しっかり数値データを示して論じていますから。でも、「なぜ他の研究者は、そのデータのことを取り上げないのだろう?」という質問ができる方なら、この文章のトリックが見破れます。
地球温暖化部分の記述だけを例にとってみます。例えば、著者は「人為的な影響で温暖化しているのではない」という主張で、それを説明するのに都合のよいデータばかりを取り上げています。 しかし、「人為的な影響で温暖化しているのではない」ことを科学的に証明するならば、本来は、地球温暖化研究の中枢であるIPCCのデータを挙げて、それに対して正々堂々と反論すべきです。 IPCCだけでなく世界の気候問題の研究者から、現在は本来ならば温度が下がるべき周期に入っている、つまり「温暖化」ではなく「寒冷化」の時期にあるという研究報告がなされています。 著者は、そのことに一切触れず、1970年代に一時的に温度が下がった事実を、鬼の首を取ったかのように挙げて、「人為的な影響で温暖化しているのではない」とおっしゃいます。 稚拙すぎる・・・本来なら下がって当たり前ですから〜ぁ!残念!! レビュワーの中には、だいぶこの先生に騙されちゃった方がいらっしゃるみたいですね。他にもこの手の記述が満載です。本屋で立ち読みして呆れちゃいました。 あなたの「騙されやすさ」をテストしたい方にオススメ♪ (tomophy/2006-04-03) 一般的な認識とはあまりにかけ離れた内容であり、にわかには受け入れられないような突拍子もない一冊。ただし、「いまだに論理的な反論意見・著作が見当たらない」という専門家の話から察するに、それほど信憑性のないとんでもないものでもなさそうだ。口語体の読みやすい文で分かりやすく書かれており、「読み物」としても面白いのでおすすめである。
(タヌキ/2007-03-22)
時勢に抗することは勇気の要る事である。増して、マスコミ的には正義が確定し、政府の政策の方向性も定まり、国連であったり、国際世論との装飾を施されると尚更である。前アメリカ副大統領のゴア氏の活動も、正義とインテリジェンスを感じさせる。
著者の池田清彦さんは、そこに敢えて切り込んでいる。 特に外来種問題、「遺伝子汚染」を語る著者の筆は、冴え渡っている。 科学論を武器に、時勢に抗する著者の論述をまずは読んで頂きたい。 (歯職人/2007-04-23) 先日、ゴア元副大統領とIPCCがノーベル平和賞を受賞しましたが温暖化について
38件のレビューうち参考になった順で15件までを表示しています。双方の意見が食い違っていることを知る人は少ないでしょう。ゴアが数年で低地が海没 すると主張するのに対してIPCCは50〜100年後・・・。 マスメディアはいつも嘘に満ちています。この本はそんな感情的エコロジーの処方箋 として役に立ちます。ダイオキシンに関してもニュ−スステーションの誤報が問題を 大きくしたことは当時の人には周知の事実ですがいまだにそれを知らない人もいます。 そもそもダイオキシンの問題性が指摘された90年代後半、科学者たちの統計によって ダイオキシン濃度が激減していることは新聞紙上ですら確認することができました。 そして多くの人が都会や田舎で目にしているように巨大な最新式の焼却場が全国に続々 と出来つつあります(ダイオキシンは発生しない)。とはいえその地域にすんでいる人に そのことを告げても初耳だ、という人が多いのですが・・。 ただ著者には、今中国からものすごい勢いで流れてくる排気ガスなどの越境汚染、についても もっと語ってほしかったです。 エコロジストたちが唯一口をつぐむのが、中国からの越境汚染なのですから。 (山耕一郎/2007-11-17) [16件以降をamazonで見る][amazonでレビューを書く] 平均点:3.5 はてブコレクション数: |
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暴走する「地球温暖化」論―洗脳・煽動・歪曲の数々
ASIN:4163698906文藝春秋(2007-12-12) 武田 邦彦 売上順位:78086 ¥ 1,600(中古:¥ 300) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
行き過ぎた環境問題を引き戻せ、ということですかね。 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
日本での環境問題のあり方を問う良書。著者らは、別の専門分野を持ちながら環境に関心を持った人達だが、それ故に「シンドローム」にかからずに冷静に分析できるのだろう。日本の行政や企業が、当事者の善意は兎も角、国益をしっかり踏まえた国家戦略、国際環境条約に秘められた他国の意図への洞察、科学的な考察を欠いたまま、余りにも性急に動いてしまう現状の危なさが説かれている。
例えばアル・ゴア氏の「不都合な真実」に書かれている主張、京都議定書の各国の意図や戦略に関する武田氏の記述は、同氏の意見ではなく単なる事実の整理に過ぎないが、同氏よりもはるかに「当事者」であるはずの政治家、官公庁、マスコミ、そしてこれらをかついで来た人々が、本当に何も知らなかったのだろうかと思うと、暗澹とした気持ちにさせられる。薬師院氏や渡辺氏の指摘する「全球温度の測定精度」の話も、素朴に考えれば当たり前の疑問だ。 確かに汚かった40年前の公害時代とは違い、地球規模で、感覚には希薄で、複雑系でトレードオフがあり、しかも時間スケールも長い環境問題を扱おうとするとき、環境分野自体がたかだか40年の若い学問であることに加え、人類はまだそれを十分に扱えるだけの手腕を持っていないようにも思える。 環境問題の殆どは、詰まるところ、省エネ・省資源と、適度に(極端は必ず、何かを犠牲にする)毒物を管理することに尽きるのではないか。それと同時に、右肩上がりを絶対善とする現在の仕組みに変わる、“足るを知る”新しい経済の仕組みを発明することが必要だろう。自虐的にならず、日本がトップランナーの省エネ・省資源の技術を、そしてこれだけの工業生産力を持ちながらも十分にきれいになった日本の空気や水を、もっと誇りにして良いだろう。日本が真の意味で、世界の環境のイニシアティブを取れる可能性をこの本は示唆している。 (環境太郎/2007-12-20)
冷ますのは頭-あくまで議論の土台として- ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
私は、二酸化炭素による地球温暖化は非常に怪しいと考えています。
しかし、そう考える人にも、そう考えない人にも、立論の土台として本書は 踏まえるべきかと。 薬師院仁志氏の『地球温暖化論への挑戦』は、データの検証過程が、ちと辛い。 ビョルン・ロンボルグの『環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実 態』は、分厚すぎるし網羅的すぎて、敷居が高い。 そういう場合は、簡便に論点が整理されているのでお奨めです。 対談の中で、一部不穏当な発言が「(笑)」付きで記載されているのは、やや本来 の主張を損ねるものかと思いますが、提示されている立論は非常に重要なものだと 考えています。 追記:引用されている原文を確認のうえで・・・、橋爪大三郎氏は、本当に社会学者 なのか非常に訝しみます。 (kogonil_35/2007-12-16)
環境問題に挑む七人の侍 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
環境問題に挑む七人の侍をご紹介しよう。
薬師院 仁志 帝塚山学院大学教授 社会学 地球は本当に温暖化しているのか、(20年ほど前は冷却化と言っていた。) 温暖化しているとすれば、人為的現象か、自然現象か(太陽活動との関係はどうなんだ) 二酸化炭素のせいなのか。(温暖化したから二酸化炭素が増えたという考えもある) 武田 邦彦 中部大学教授 日本アカデミー工学理事 ゴア氏の「不都合な真実」では、地球が温暖化するとメキシコ湾流が止まり、ヨーロッパが 寒帯になってしまう。と主張しているだけ、海面の水位が上昇するとは言っていない。 ゴミは燃やすに限る。リサイクルには余分なエネルギーが必要で意味がない。 伊藤 公紀 横浜国立大教授 環境回復科学 人類とコンピューターは正確な気候モデルを持っていないので、未来の予測は不能である。 ゴア氏があげている地球温暖化の証拠、事例には、吟味や補足が必要なものが多い。 (キリマンジャロの雪の消失、ハリケーンの増加、チャド湖の消失は自然が原因) 渡辺 正 東京大学教授 環境論 山形 浩生 評論家、翻訳家 池田 清彦 早稲田大学教授 構造主義生物学者 地球破滅論はエセ科学だ。ダイオキシンも、環境ホルモンも空騒ぎに終わった。 アスベストは危険だが、BSE(狂牛病)になる確率は少ない。 遺伝子組換食品の危険度は普通の食品と同程度。 岩瀬正則 京都大学教授 鉄鋼精錬プロセスの熱科学とセンサー 中国による地球破壊はありうる。 中国は資源を高値で買いあさり、技術も低いため無駄に浪費している。 中国は温暖化ガスを抑制する義務もなく、今後も資源の無駄使いを続ける。 以上、七人の侍の、主張を要約してみました。 (なお、職業、専門については、単なる市民団体ではなく、個別に活動していた知識人である ことを示すため載せました。) 本書は合作であるため、バランスの悪さ、矛盾もある。 しかし、個別に言論を行っていた人たちが、ゴア氏のノーベル賞受賞で、日本の環境問題が ますますおかしな方向に進む事を危惧し、結集した意義は大きい。 今後のこの人たちの動きが、それこそ「台風の目」となるだろう。 (至高の豚/2007-12-31) 地球温暖化論についてはほぼ満足ですが、伊藤氏による「不都合な真実」の"不都合な真実"に論文の出典がなかったことが唯一の不満点です。外国人の固有名はありますが、日本人にはそのカタカナの名前から出典を辿るのは難しいことです。ただ次のサイトには査読論文も多数掲載されており、およその出典の不足を補えます(http://feliscatus.web.fc2.com/)。
この本を読んで感じたのは、岩瀬氏が警告するいわゆる中国の「資源ブラックホール」の深刻さです。すでに中国の資源ブラックホール化が日本の製鉄業の深刻な資源不足をまねいており、その影響が製造業全体にまで波及する勢いとなっています。中国の製鉄業はエネルギー効率が非常に低く、限りある資源である石炭の膨大な消費と環境破壊の犠牲により成り立っており、むしろ排出権取引やCDMなどによって加速されているのが現状です。その暴走を止めることはもはや誰にもできないのかもしれません。 いまや鉄鉱石だけでなく、レアメタルや食料を含むあらゆる資源が中国に飲み込まれています。中国はダルフール紛争に武器を支援する見返りに石油の輸入を確保するなど、エネルギー確保のためになりふりかまいません(これはスピルバーグが北京五輪の芸術顧問を辞退した原因にもなっています)。最近ではチャイナ・リスクやチャイナ・フリーといった言葉も飛び交っていますが、食料に関しては、日本は米の自由化を行いましたが、一方のアメリカやフランスなどは膨大な補助金をつぎ込み、戦略物質として大量の穀物をアジアやアフリカに輸出しています。金属の窃盗事件なども報道されるようになり、金属や食料などの資源のほとんどを輸入に頼らざるを得ない日本の脆弱性が露呈されてきているのが現状です。 石油や天然ガスなどのエネルギーにしても、サハリン2の一時中断などによってロシアなどの資源大国による外交カードとなっています。これは資源大国による新たな「ブロック経済圏」の始まりかもしれません。第二次大戦中の日本やドイツは石炭の液化による人造石油の開発も行っており、エネルギー確保のための緊迫した状況に当時との幾ばくかの共通点を感じずにはいられません。温暖化を心配するよりも、日本は深刻な資源不足の問題や中国の環境破壊の影響にもっと目を向けるべきだと思いました。この本は日本の行く末を憂慮する慧眼の書となるでしょう。 (Rex Mundi/2008-02-07) 環境問題についてイデオロギー抜きで検証した本。
著者に「日本とフランス」という良書もある薬師院氏。 既に環境問題についての著書もある武田氏。 環境問題についての訳書もある山形氏。生物学者の池田氏。 ダイオキシンについての著書もある渡辺氏。 気温の測定の難しさを説いた本もある伊藤氏。 熱力学の岩瀬氏と実力のある論者をそろえています。 とはいえわかりやすく記述されておりおすすめです。 ゴア氏とIPCCがノーベル賞を受賞しましたが両者の論には 差があることも知っておくべきでしょう。 科学とは何かということについて真摯に考えたい人にもお勧めできます。 良書だと思います。 (きんぐ研究会/2008-01-12) あのまま「諸君」の1連載記事として埋もらせるにはあまりにも惜しかった、渡辺正×山形浩生、渡辺正×池田清彦対談がここに甦る。ほか、現在あまりにいきすぎた環境「問題」に勇気をもって水を差さんとする7人の勇者がここに集った。世界のどこからでもなく、日本のこの1冊からバランスの取れた環境論が始まるのではないかと思わせる。時節柄、星5つどころか星100個つけたいそのような一冊だ。
おそらく毎日、毎日古舘伊知郎などの煽りコメントを聞いて、洗脳されていたとしたらこの書籍内容は衝撃だろう。しかし、この書が単に温暖化ブームに便乗した商業的アンチ本でないことは、冒頭に寄せられた渡辺正教授の前書きを読めばわかる。 ポイントは環境論で言われるように資源の有限性の問題だ。日本の、そして世界の限りある資源(これは人であり、時間であり、そして何よりお金)を有意義に使うべきではないかという異議申し立てなのだ。そのために典型例として「温暖化」を取り上げ、対策と称してどれだけ資源が無駄に浪費されているか、あるいはこれからさらに浪費されようとしているかということに対する義憤を、科学的な分析でもって裏付けようとしている。 変な偏見抜きで、まずは書かれていることをそのまま読んで、自分で「環境問題」というものを考えるうえで必読の一冊といえるだろう。 (遊鬱/2008-01-18) 現在の地球温暖化論および環境問題対策に違和感を感じる論客達による論説集。色々な切り口から総合的に地球温暖化に疑問を投げかけ、その本質に鋭く迫る好著である。
まず、薬師院氏は、「温暖化が本当に異常気象を引き起こすのか?」「地球温暖化が人為的なものであるという証拠はあるのか?」「人為的活動がなかった十世紀から十三世紀頃にかけて、地球の気温が現在よりもかなり高かった時期があることをどう説明するのか?」「1970年代には寒冷化の危機が叫ばれていたのにいつの間にか温暖化に変わった。氷河期接近の危機はどこに行ったのか?」といった疑問を投げかける。しかし、地球温暖化論者は誰一人、この疑問に答えなかったと言う。 現在の地球温暖化論議は、科学を越えて「モラルの問題」(アル・ゴア氏)となっており、この理論が科学的に正しいかの検証を行なう気が全くないように見えるところに胡散臭さを感じるという。それは全くそのとおりであろう。 山形氏の「効果のほとんど期待できない二酸化炭素の削減に多大な費用を費やすなら、温暖化で被害を受けるであろう発展途上国への直接的援助に使った方がいいのではないかという議論があってしかるべき」という視点も新鮮だ。 一度、環境対策を業務とする組織が立ち上がると、仕事を確保するために環境ビジネスを維持しようとする力学が働くという指摘も納得させられた。 科学的裏付けなしに世界中が対策に突っ走っている地球温暖化問題を立ち止まって考え直すのには最適な1冊であろう。 (本格派/2008-02-25) Co2の排出削減を本気でやるなら、全国の電力会社が出力を下げるしかないのですね。誰かのお宅で冷房温度を28度に設定しても、作ってしまった電気はどこかで使われてしまいます。排気ガスを撒き散らす車は、ハイブリッドカーなど性能のよいものを作ってはいけません。なぜならみんなが余計に乗るから。燃費が1キロという乗用車を作れば、みんな乗らなくなりますよ。クールビズだって、新たにそういうファッションの誕生だからGDPは拡大します。Co2の削減は、つまるところ経済の縮小のはずなんですね。
リサイクルについても、ごみの分別など個人の環境問題参加意識をくすぐって、その先では同等の製品を新たにつくるより大きな手間隙・石油・資金を投入して再利用をしていると言う指摘。ECOはEGOか。 (yasubei6/2008-06-01) 現時点でCO2が温暖化の原因である根拠は
不明であるという事実を知る読者なら 全ての議論を肯定できるでしょうが、ほぼ 全ての国民は低炭素社会を達成しなければ 未来は訪れないと妄信しているのですから もう少し分かりやすい図などがあった方が よかった気がします、ビュルン・ロンボルグの 本を引用する方が多かったのは環境問題という 分野の専門家がいかに一方的なイデオロギーに 洗脳されているか良く分かる現象でした。 この本の著者は無論違いますよ! イラスト付きでお子さん向けにもう一冊 書いて欲しい良著でした。 (コンキチ&ナターシャの絵本ナビ/2008-06-23) これらの著者の主張が正しいのかどうかはわからない。というか、これまでリサイクルとかゴミの分別とかに平均以上に気を配ってきたつもりだったので、にわかに信じたくない気持ちもある。
だが、リサイクルの名の下に(というかこれを免罪符に)モノを捨てることに対して罪悪感が薄れていたことは確かだ。その他にも「資源をセーブする方向へ向かっていない」、あるいは「もともと使っていた資源よりさらに多くの資源をつぎ込んで」しまうリサイクル批判にはかなりの説得力がある。 しかし、環境保護の利権うんぬんという話は、こういう利権がらみで後戻りできなくなってしまったことって別の分野にだっていっぱいある。そういうものをすべてなしにしてしまえというのは、ちょっと日本社会の現実を見ていない、というか、理系人間が自分の専門の中で正義感を振り回しているような感じもなくはない。行政内部にはそんな無駄遣いは山ほどあると思う。むろんだからそれで良いと言うつもりはないのだが、これだけが突出しても問題だろうという気がする。 あと、どなたかが書いていたが、私も編集部による後書きにはものすごい違和感を感じた。これらの著者を保守的な陣営に強引に引っ張り込むようなものすごく嫌なものを感じた。ノーベル賞を贈った方が、あれは間違いだったと言っている佐藤栄作の日記の引用は、あまりに唐突で意味がわからない。あれはないだろう。 この後書きだけで星二つ減点。あの後書きがなければ星4つにしたところ。 (カッタルコフスキー/2008-10-09) 武田邦彦や池田清彦の「反環境保護運動本」はこれまで数冊読んできたが、文藝春秋が多数の著者によるアンソロジーを出した、ってんでむしろ彼ら(編者・出版者)のスタンスを知りたく思い読んだ。
結果、うん文春の反エコ保守化動機がよ〜く分って良かった。現在、環境保護運動(エコ)が所謂「サヨク」の牙城になっているからには、保守派としては是非「反エコ」を「反サヨク」に纏めたいんでしょうな。その辺、他のレビューにある通り、巻末の編集部によるブックガイド一読の価値あり。 薬師院さん、池田さん、武田さんの主張は既に了解済みの内容でしたが、意外にも岩瀬さんの鉄鋼業界事情解説が、これまで読んだ事の無い内容で新鮮でした。ただ直後の武田論文の中で「鉄鋼業界の失敗」(p.245)とまるで矛盾することを書かれているのが、いかにも痛い。 あ、それとタイトルはカヴァーする範囲が狭すぎてミスリーディング。扱われているのは「地球温暖化」だけではなく、リサイクルやダイオキシンも含む環境問題全般です。 (ビン・ラーディン/2009-04-06) 数人の筆者による執筆、対談編集本
肩書き(権威)から絡みとると東大京大早大などの教授が名を連ねている。 個々の方の主義主張は「なるほどな」と思わせる部分もあり、国を憂う気持ちも分からないではない。何冊かのこの手の本を読んで感じるのは、地球温暖化の根本的な原因がクリアーカットに示されていな現状(科学万能ではないので当たり前の話であるが)をある人は過激にCO2は悪の根源だと言い、またある人は、CO2などまったく関係ないと言い切る。 結局小市民的には「どっちなの?」となる。 科学論文の結論から導かれるディスカッションや示唆は時に未来を予測し、また未来において否定される。特に地球温暖化という未来予測は現在の科学技術でどこまで言い切れるのかが専門家の中でも意見が分かれているのであろう。また地球温暖化という問題は既に科学という文脈から政治経済の文脈にある種移行してしまった感もある。 小市民としては、悲観的データ解釈と楽観的データ解釈、さらには政治外交問題まで読み込まないといけないのだろうか。 また本書末尾に参考文献としてかなりの書籍をコメント付きで載せているが、編集者と出版社の何らかの意図的な構成が気にかかるのは自分だけだろうか。 (dream4ever/2008-04-12) 個々の執筆者の誠意を疑うものではない。しかし、出版社と編集者の姿勢には大いに疑問が残る。
本書の末尾には、「編集部」による、関連図書ガイドが付されている。それ自体は、様々な書籍を網羅して、大変参考になったのだが、その中の一冊、アラ・ヤロシンスカヤ『チェルノブイリ極秘』紹介の下りに、疑念を生じさせる箇所がある。 その本の訳者が、ソ連以外の国で起ったときも、情報が国民に公開されるのか、と疑念を表明している点に触れ、自由世界も共産世界も五十歩百歩とみなし、共産主義世界の公害や言論統制を軽視しようとする、日本の進歩的知識人によく見られる兆候を示している、などと決めつけている。 ブックガイドとして、それこそ、余計な言及であろう。そんなことは、その本を読んだ個々の読者が自分で判断すればいいことなのだ。 また、自由世界なら当局以外の物でも放射能探知機を持っている、などと書いているが、自由世界でも、ごく限られた者しか、そんな機械を所持していないだろう。 さらに、環境問題に何の関係もない、佐藤栄作の日記まで持ち出してきている。 本書に収録されている論考や対談は、ほとんど「諸君」に掲載された物だが、「編集部」の姿勢を見ていると、例えば、天皇の戦争責任や南京大虐殺を巡っての、岩波/朝日文化との政治的対立を彷彿とさせ、はなはだ気色が悪い。 もし、岩波/朝日勢が、地球温暖化に疑義を表明する立場を鮮明に取ったら、文芸春秋は、逆に、本書に収めれた著者たちを反動呼ばわりするのだろうか? なお、本書では、著者の一番上に武田邦彦氏の名前が冠せられていて、武田氏が主要著作者のような印象を受けるが、、武田氏が関わっている論考/対談は、9編のうち、2編にしか過ぎない。最近の武田氏の著作の売れ行きに便乗した商法だろうか? 武田氏の愛読者は、要注意だ。 (柴風/2008-03-22) 「反地球温暖化論」一派が結集して気勢を上げている本だ。本質的なところは最後に挙げてある他書を読むべきで、一緒に気勢を上げる気分の人以外が読んでも仕方ない。私も、すらすら読んで、ハイハイと思ったけども、特に残るものはなかった。どっちの立場の人にもあまりお薦めはできない。
(shibchin/2008-02-21)
米国の大統領選挙の現在の3人の候補者はいずれもが温暖化問題に痛切な関心をいだいていて次期政権で米国が方向転換するのは確実である。夏期の北極海は記録史上初めて割れ目をとおって船舶が南から北に通行できるようになった。今年の極観測年の人工衛星による観測でグリーンランドの氷床は予想より遙かに速い速度で質量を失いつつあることがわかった。陸地の氷が崩壊して海水中に入れば、生にに海面上昇をもたらす。南極の氷床も今まで重量が増加していたが、最近は減少しつつあるが、以前の真鍋らの予想の通りである。IPCCは早急にワークグループを開いて第4次報告書の海面上昇に関する数字を訂正するといわれていて今世紀中にも1.5m-6mの海面上昇が起こるという報告が予測される。かって英国の王立科学協会がエクソン・モビールに異例の手紙を送って科学を歪曲するための資金提供をやめるように促した。Newsweek 誌によると米国の石炭石油業界が” denial machine”を結成したがその目的は、科学者の間にコンセンサスがないと思わせるように御用科学者に資金を提供するためである。かってタバコ業界がとった作戦をまねたものといわれる。薬師寺のいう氷河化の問題は1970年代、シュナイダーらの論文が発端であるが彼自身がこの論文の翌年には計算間違いを認めて二酸化炭素の温室化効果が効きはじめて地球が温暖化に向かうと訂正している。この本で引用されるのは古いデータばかりで温暖化問題のように急速に膨大な観測データが集積され解析が進んでいる時代に時代錯誤を感じる。ロムボーグが引用されているが彼のだす数字はいつも?で、例えば、二酸化炭素削減のための費用もアメリカの著名なコンサルタント会社マッキンゼーの推定よりオーダー大きい。今年の冬はナニーニャがきていて寒いがまもなく去って元の暑さに戻ると予測されている。
(地球太郎/2008-02-17)
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ほんとうの環境問題
ASIN:4104231045新潮社(2008-03) 池田 清彦 売上順位:5513 ¥ 1,050(中古:¥ 112) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
ほんとうの環境問題とはなにか |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
本書を読んで強く印象に残った部分をまとめてみました。ご参考にどうぞ。
養老先生の主張 ・現代の文明というものはエネルギーに依存し、そのエネルギーを多量に使用して いるのはアメリカ。アメリカ人の石油の使用量を半減させるのが先。 ・環境問題について日本人の責任は60分の1。 (世界の人口が60億人、日本人が1億人として) 世界に対していい恰好しようとしても意味がない。 ・京都議定書は政治的問題。だまされてはいけない。日本は温暖化しても困らない。 池田先生の主張 ・地球は今までに何度も温暖化と寒冷化を繰り返している。 ・日本はロシアなどからCO2の排出権を買おうとしているが、2兆円ほどかかる。 実にムダ。 ・日本は毎年温暖化対策に1兆円を使っているが、今後100年間で100兆円使っても 問題は解決しない。問題が起きた後の対策を講じるべき。 両先生に共通するのは、問題を大きな視野で考えなさいということのようだ。 それができずにあらぬ方向に進んでいくことが「ほんとうの問題」なのかもしれない。 (至高の豚/2008-03-29)
本当の環境問題とは何かを考える契機に |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
池田さんが述べている”環境問題”にはトレンドがあるように思うは非常に良く理解できます。現在はゴア氏の影響で温暖化問題が叫ばれているが、10年前は「環境ホルモン」が問題視され、関連本がたくさん出た。トレンドに合わるかのようにマスコミはそれぞれの問題を大きくクローズアップするので、私たちは環境問題に対する視野が狭くなる。
本書は、どうしても視野が狭くなる我々に対して、環境問題の本質を教えてくれる。環境問題の第一はエネルギーの問題であり、温暖化問題も重要ではあるが問題の枝葉に過ぎないことを諭してくれる。 最終章の、養老さんと池田さんの対談では”今の環境問題”の問題点が語られている。対談式でかかれていることでとても分かりやすく、読みやすい。余談ですが、池田さんの突っ込みは相変わらず面白い。 (サトマン/2008-03-28) テレビなどで環境問題は「もっともらしく」情緒的に語られすぎだ。
エコはいまや、無敵の「善」のようである。 昨夜見た報道特集番組でも、 地球の各地で起きている自然災害の深刻さを伝える映像を これでもかこれでもかと流していた。 たしかに自然災害の被害は深刻だろうが、 それら全てを何の根拠の説明もなく「CO2排出による地球温暖化」 のせいにしてしまっているその思考停止ぶりはどうだろう? むしろ、「本気」じゃないから、何でも温暖化のせいにしてしまえるのだろう。 自分の頭でよく考えてみたらいい。 池田・養老両氏が言っている「問題」は何も 構造的には難しくない。 世間で言われている環境「問題」のおかしさを指摘する警句から リサイクルのことにせよ代替エネルギーのことにせよ 温暖化のことにせよ、自分でひとつひとつ 考えてみたらいいのだ。 ただ流行に流されることほどおそろしいことはない。 (ビネガライス/2008-04-03)
「専門家」に騙されないために |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「地球環境を守るためにCO2の排出量を減らしましょう」
ということを、今日も、テレビの情報番組で出演者が 放言している。 その番組の視聴率がわずか1%であっても、ざっと 100万人以上の人が、その言に触れることになる。 一方、 「CO2の排出量削減なんて意味が無い」 という言葉がTVの電波に乗ることはほとんどなく、 書籍で多少、そのような考えが表明されている本があるだけ。 しかもそういう「温暖化懐疑論」の類の本はどれも小難しい 反証データが並ぶばかりで、一般への訴求力が弱い。 そんななか、この本「ほんとうの環境問題」は、 万人にわかるような簡明な言葉で 昨今の環境政策のおかしさを説明してくれている。 そう。本質的な啓蒙をするには、これぐらい 解かりやすくなければ、ダメなんだ。 環境問題を利用しようとする 牽強付会な「専門家」にだまされないよう、 この本に書いてあることぐらいの認識は最低限 もっておくべきであろう。 環境問題を専門家たちの我田引水の道具にしておくべきではない。 環境問題(その本質は資源問題である)こそが 生活者にとっての最重要問題だからだ。 この本が仮に100万部売れようが、数の上では、 「地球温暖化防止」「CO2排出量削減」を無自覚に叫ぶ テレビ番組の1%の視聴率ほどにしか相当しない。 最低限この本に書いてあることぐらいの認識をもつ人が 増えて欲しいものだとは思うけれども、それでも、 おそらく、まだしばらくは、 「『CO2削減』教」という錯誤的な教義が、 この国の人たちの頭を覆い続けるのだろう。 (亜金ー李ー/2008-03-31) 養老氏はいつも専門家が見落としがちなことを述べるので、
読んでいてハッとさせられる。ものをマクロに見ている。 今回の環境問題についてもそうだ。 池田氏の章は、武田邦彦氏なども述べていることでもあり 新しい論ではないが、非常に分かりやすく書かれてある。 テレビが「温暖化」を異常なまでにまくしたてるのに比べて、 書籍の類いはまだ冷静なのだとほっとした。 (フランスパン/2008-03-26) 現在の「地球温暖化に」ついて、鋭い切口で、その温暖化を問題にすることこそが問題だと論じられている。確かに私の記憶でも、1980年代頃までは、これから地球が寒冷化するので大異変が起こるといわれていたものだ。なぜか今度は温暖化ばかりが叫ばれている。いま、地球が温暖化する、と言っていろいろ騒いでいる人は、そもそもそれが何のためなのかということをわかっているのだろうか。
炭酸ガス排出量を減らそうというのはどう考えても環境のためにもこの国のためにもならないこととしか思えないのだが、しかし、いまの流れを止めることはもはや難しいのか。最近のエコブームはなんだかおかしいぞ、と思っている人は、この本を読んで自分の頭で考えてみるべきだ。 (赤い炭酢/2008-03-24) 世の中で言われている環境問題の大半が大きく間違っている事に気付かされました。
仕事柄、企業の環境問題などに携わることが増え、近年ではやたらと関心が高まってきています。その中で多くの企業が自分たちのイメージ戦略の一部として環境への姿勢を表明していきます。そのやり方の大半は、巷で話題になっているCO2削減などのキーワードを取り扱うことです。 仕事はとはいえ、非常に矛盾を感じています。日本の企業としてやらなくてはいけないことは消費者への迎合ではなく先導だと思いました。確かに商品を売り上げるためには消費者に対してよい印象と分かりやすい説明は必要だと思いますが、この問題はいち企業の利益だけで解決される問題ではないはずです。っと思いながらも仕事上それの感情を隠しながら企業のイメージを保つことを進めなくてはならない状況がなんとも、、、 この本の内容が多くの人に理解されることを願っています。 (norizo/2008-11-03) 池田さんはすでに『環境問題のウソ』という本を著しているけれど、この『ほんとうの環境問題』で言っていることはよりわかりやすく明快になっている。
池田さん曰く──有史以前から地球は温暖化と寒冷化を繰り返してきた。そのなかで、たとえば恐竜が生息していた中生代白亜紀の地球はいまよりずっと温暖で、極地でも氷床が発達しないほどだった。地球温暖化によって色んな生物種が絶滅するということが言われているけれども、地球の歴史を見れば、地球は寒冷化するぐらいなら温暖化したほうがいいはずである。 気候変動の要因らしいと考えられるものとしては、太陽の黒点数、太陽の磁気活動、宇宙線の飛来など。しかし、本当のところはよくわからない。わからないはずなのに、多くの「専門家」がもっともらしい「データ」を出してきて一般人をだましている。それがいまの地球温暖化論なのだ──と。 環境問題はむずかしい問題である。しかし、環境問題についての大きな方向性としてどういう言説が信用に値するかを見極めるのはそれほど難しくはない。その大きな方向性をこの本から知るべきである。 (オウンゴール/2008-03-30) 最近流行っているエコのウソについてズバッと斬ってくれる一刀両断な書籍です。著者二人で文句を言い合っているだけの本のようにも思えますがきちんと根拠も出してますし政治家の話よりはよっぽど参考にできる本だと思います。
ちょっと理論が短絡的なところがありますのですべてを鵜呑みにするのも危険ですがかなり良いところをついていると感じますのでこれらを参考に自分自身で考えてみるきっかけにするのがベストな読み方だと思います。 ちなみにエコ製品をつくるのにエコ効果以上の経費がかかる件については「技術の発展とはそういうものだ」という意見であり著者とは対立します。最初の電卓だってばかでかくてものすごい作成費だったはずですが今や100円ショップでも売っているくらいですからエコ製品もそのうち進歩して制作費も安くなると思います。開発初期段階での費用を攻めていては何も生まれないと思います。 ということで一部気になった点があったので星マイナス1とさせていただきましたが基本的に参考になる良書だと思います。 (読書好き/2008-05-14) 本書の環境問題についての立場を全面的に受け入れる必要は無いが、マスコミと政府・行政により大量に流される情報攻勢、時勢に流されない脳をつくる思考訓練のための一冊として読めば価値のある著作である。
本書が、何か腑に落ちないモヤモヤを持ちながらも、あえて時勢に抗するとまでは言わないが、乗りきれない「正義・正論」の風潮に一矢ならぬ一つまみの毒消しとして作用することを願う。 (歯職人/2008-08-13) 現在、環境問題においてCO2削減、CO2削減とイタズラに騒いでいる日本の幼さを叱ると共に、本当に日本にとって必要な環境対策を論じた本。地球温暖化問題に棹差すような発言はタブー視されている中で小気味良い本である。
まず地球温暖化問題においてCO2の削減に反対しているアメリカ、排出量取引の駆け引きに走る欧州などが、この問題を外交・財政問題と捉えているのに対し、日本が生真面目にCO2削減に取り組んでいる姿を"幼い"として嘲笑する。温室効果ガスとしてCO2より水蒸気(人間の制御が効かない)の方が効果が遥かに高く、しかも温室効果ガスの97%は水蒸気が占めているのに、今更CO2削減は無いだろうと思っていた私は我が意を得たりと言う感じである。本書中でも、年6%の削減目標を50年間守っても、効果は殆どない事が数字で示されている。CO2削減に掛ける金があったら、新しいエネルギー生成方式の研究に費用を掛けた方が良いと言う意見にも賛成である。いつまでも石油や天然ガスを浪費する生活を送っていては、現在の資源国を利するだけで国益にも反する。日本を「資源のない国」から「資源を創造する国」へと転換する事が、国益にも通じ、ひいては地球環境の保護に繋がると思う。 ショック療法的に環境問題を採り上げ、今後の日本のエネルギー政策を提言した刺激溢れる書。 (紫陽花/2008-07-11) 「不都合な真実」をはじめとする「環境本」vs「環境問題のウソ本」さてどっちを信用したら良いのか。
なんて悩んでいた時にでてきたのが本書。 著者もよく知ってるし、出版社だって超メジャー。装丁だって地味だけど上品じゃん。これなら信用できるかも・・・・。(なんてブランドに弱いです僕も。) 内容的には「ウソ本」寄りのモノで、ゴアさんにとっては「不都合な」内容。論旨も整理されており、何となく信憑性がありそう。 「リサイクル」されると分別収集されるペットボトルの多くは、そのまま焼却処理されている。つまり、分別しないのと同じ処分がされている。しかも、熱量が大きいので、分別せずに生ゴミ等と一緒に燃やした方が、省エネ?になる。とか。 スーパーやコンビニで配られる袋は、廃油から作られるほとんどコストゼロのもの。それを廃止して、「マイバッグ」「エコバッグ」を持ちましょうなんてやってるけど、「マイバッグ」「エコバッグ」を作るのにどれほどのコスト(つまり環境への負荷)がかかっているか?とか。 京都議定書制定の裏舞台や批准した、していない各国の台所事情・・・・。等々。 環境問題がどうも一筋縄ではいかないことがわかってくる。 そして環境問題が、人口問題、食糧問題につながっていく、ということも。 正直言って現時点で僕は、環境問題に関する様々な(といってもホンの一部しか知らないのだけれど)主張について、どれに与したら良いのかよくわからない。 しかし少なくとも「資源の大事な使い方」もよほど注意しないと、別の側面から見たら逆に浪費してることにもなりかねないこと。 そして、少々飛躍するが食糧を安定的に無駄なく消費できる仕組をできれば国際的に構築することが、もしかしたら最も有効な環境対策なのかもしれない。 といった問題意識を持ちつつある。 こういった問題意識に至ったのは本書を読んだ結果であり、まぁそういった意味では環境本ブームも僕にとっては無駄ではなかったのかなぁ。と思ったりしている。 (羽後燦樹/2008-08-23) 新聞等ではあまり知られていない環境問題をずばずばとそしてわかり易く書かれています。
この本を読んでからペットボトル飲料はほとんど買わなくなりました。 この本では、ペットボトルの再利用はエネルギー効率が悪いため、エネルギーの節約として有効ではなく、むしろ可燃ゴミと一緒に燃やしたほうが焼却炉稼動上、省エネだと書かれています。ペットボトルの分別による回収は、実はほとんど再利用には結びつかず、回収業者は回収したペットボトルをほとんど燃やしており、複雑にからむ利権への警笛を鳴らしています。 有効な再利用も行われていると思いますが、重要な情報として認識するべきなのでしょうか。 (能登屋 督之/2008-06-17) よくぞ仰っていただきました、という思いがいたしました。昨今のなんでもかんでもエコというブームに警鐘を鳴らすものだと思います。レジ袋削減やエコバッグなどどこがエコなのかよくわからないようなものでも、一旦火がつけば突き進んでゆく社会とそれを煽りに煽るマスメディア、いつの間にか勧善懲悪のようになってしまっている今のエコブームはとんでもない方向に進み始めているように見えます。環境問題はほんとうにおきている問題に対しての警告が発せられているわけではなく、資本主義経済の下で商業ベースに乗りやすい地球温暖化、二酸化炭素の問題やリサイクル問題にすりかえられており、つまるところ、環境問題も資本主義経済の道具に陥ってしまっています。環境問題の本質は、石油依存のエネルギーと石油に依存した食糧生産の問題、化学物質汚染で、さらにその問題を引き起こしている原因は人口の急激な増加に由来するものです。人間が生きていくうえでエネルギーは絶対的に必要なわけですから人間が増え続ければ石油の使用量は減らないですし、食糧生産に石油を使っているわけで食べる為に石油が必要という構図ができあがっています。これこそが、真の環境問題として取り扱うべき問題ではないかというのが本書の主張です。今の、ビジネス化されすぎたエコブームは、本等に問題だと思います。単一的な今のエコブームを見直す契機になってほしい本だと思います。
(街道を行く/2008-08-10)
現代の環境問題、すなわち「地球温暖化対策のためのCO2削減」はまやかしだ!と怒る二人の「虫屋(昆虫愛好家)」が実証する「環境問題問題」の不都合な真実。
30件のレビューうち参考になった順で15件までを表示しています。曰く、「環境問題は排出権取引で儲けようとするEUの策略」「本当にCO2を減らしたいなら、(先進国が排出権を買うのではなく)石油や石炭を使わないようにすべき」「日本は既に世界有数の省エネを行っているので不利」などなど。 アル・ゴア元副大統領がスポークスマンとなって世界的に「CO2を削減することが温暖化を抑制し、地球を救うことになる」ことになってしまったが、オゾン層の破壊は太陽黒点の活動のせいであるとか、温暖化が原因でCO2が増えたのが真実でその逆ではないという説もある。実はまだよくわかっていないのである。 ただし、IPCCの意見がメディアで喧伝されることが主流となり、その他の意見はあまり流布されない。皮肉なことだが、ゴア氏の自宅は豪華な邸宅で、周囲の20倍もの電力を消費していると地元の市民に非難され、あわててエコハウス化したり「クリーンエネルギーを“買って”いるから」と言い訳しているのはなんとも皮肉だ。息子もプリウスで「暴走」して何度も警察に捕まったりしているが。 地球温暖化の「被害者代表」シロクマは、種としては10万年前くらいから存在している。その間には今より4−5°温暖な時期もあったのに生き残ってきた。シロクマが絶滅の危機に瀕しているとしたら、それは温暖化のせいとは限らない。実は温暖化した時期(当然CO2は今よりずっと多い)に滅びた生物はほとんどおらず、寒冷化した時にこそ、植物が枯れ、大型爬虫類が滅びた。 温暖化以外にも、「ゴミの分別が果たして合理的か」「外来種は本当に有害なのか」「エコ製品を作るのに、余計な石油が使われている」など、一般人が常識と信じ込まされていることが、実は利権屋と官僚が結託したプロパガンダである可能性があると教えてくれる。 養老先生は、太平洋戦争の起こった最初の原因は「石油確保」だと喝破し、それがいつのまにか「大東亜共栄圏=白人帝国主義からアジア人を解放する」というイデオロギーを掲げて無謀な戦争に発展した例を引き、現代の環境問題に対するマスコミの論調を非難する。二人の著者は環境問題の専門家ではないが、「虫屋は環境に敏感なんだ」と言って、一歩引いた冷静な視点で、日本の進むべき道を示唆している。 (blackstar/2009-02-04) [16件以降をamazonで見る][amazonでレビューを書く] 平均点:4.5 はてブコレクション数: |
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偽善エコロジー―「環境生活」が地球を破壊する (幻冬舎新書)
ASIN:4344980808幻冬舎(2008-05) 武田 邦彦 売上順位:7154 ¥ 777(中古:¥ 55) これを買った人はこれも買ったよ![一覧で見る] |
レビュー総評点:199
風評や雰囲気でなく批判的に考える材料に ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
世の中、あえて異論を申すことは非常に勇気のいる行動である。
それも、道義的にだたしいと思われることへの異議申し立てであればなおさらである。 最近は、リサイクルやエコロジーに対して疑念を呈することへのタブー視はなくなってきたが、それでもまだリサイクルとか環境といえばなかなか反論しづらい雰囲気は残っている。 著者の意見やデータには賛否両論あろうが、世間の大勢に逆らって自分の信念を貫く姿勢には素直に敬意を表したい。 結局、現在の環境問題とは金と政治の問題になってしまったようだ。 当初は純粋な信念の持ち主が地球のため、世界のためと頑張っていたのが、金につながるようになると信念を曲げてしまったり、金のためだけの人間が入り込んでくる。環境に限らず、福祉などでも同じことがあった。 ダイオキシン、環境ホルモンもあれだけさわがれたのに今ではほとんど聞かなくなった。ダイオキシン対策と称してゴミ処理施設に大量の税金が投入され、野焼きや焚き火の禁止も定着してしまった。今盛んなレジ袋もトレーやペットボトルのリサイクルも数年後にはどうなっているかわからない。科学的な見地でなく、不安や風評に基づくことにより、さまざまな弊害が生じている。環境問題に限らず、科学技術が進歩しすぎて一般の人々には理解しがたくなり、不安や風評が広まる下地となっている。著者のように科学者が一般の人々にわかりやすく、科学的知見を広めていくことは今後ますます重要になるであろう。 本書の内容を鵜呑みにしないことも重要である。著者の主張をそのまま受け入れてしまうのは風評や雰囲気に惑わされることと同じである。一つの論として、客観的・批判的に志向するための重要な材料であるが、まだまだわからないことの多い分野であるから、著者の意見が正しいとはまだ誰も保証できない。確実なことは金儲けが目的の環境運動にだまされないように注意しなければならないと言うことだけだ。 (糸音/2008-07-26)
データの古さと誤りの多い点が残念・・・ ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「うそまか1」「うそまか2」の内容を踏襲しながら、短く、読みやすくまとめた内容です。非常にとっつきやすいと思います。「リサイクルすることは全面的に良いことだ」といった風潮を否定しており、その点は全くそのとおりだと思います。リサイクルするにもコストやエネルギーを使うわけで、それを無視したリサイクルは問題有りです。また、リサイクルすることを免罪符に、大量生産・大量リサイクルの流れが定着し、ごみ減量に繋がっていないというのも大きな問題です。
しかし、残念ながらデータが古かったり、数値的な誤りが多かったり・・・。読む人が読んだら、「なんじゃこりゃ」といった点がたくさんあります。 例えば、私の住む市では、集めたペットボトルの95%はリサイクルに回っています。確かに数年前までは3割くらい残渣が出て、焼却されていましたが。 バイオエタノールについても、食料になるものをエタノールにすることが社会への悪影響が多いのは周知の事実では?廃食用油・食用にできない植物などから作るセルロース系のバイオ燃料の開発が実用化されている中で、それらを無視してバイオエタノールをひとくくりにダメ出しするのはいかがなものかと思います。 割りばしの大部分は、中国で成木を切って作られていますが、国内の間伐材の割りばしが使われないのは、マイ箸が進んだからではなく(マイ箸ってそんなに普及してませんよね?外食時にマイ箸を持参しているのを見たことありません)、単純にコスト(価格)の問題ですし。 その他、最新のリサイクル事情を調べていない、もしくは誤解されているところが随所にありました。 環境問題は様々な要素が絡まりあっており、一概に何が最善とは言えないところがあります。こういった本などを契機に、様々な議論が盛り上がるのは良いのですが、間違った内容を鵜呑みにしてしまい、環境への取り組みなんて無駄じゃないかと思われてしまうのが心配です。 あと、山本弘氏が『「偽善エコロジー」の偽善』を出されるのではないかと楽しみにしています。 (ケンゴリゴ/2008-08-01)
環境ヒステリーへのアンチテーゼは評価するけど、その根拠が・・・ |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
本書の主張(偽善エコロジーへの警告)ついてさまざまな批判を受けるのであろう、
著者は本書の「あとがき」の中で、主張の根拠となるデータについて、次のように 記述している。 『でも、本当は「独自」の数値で、しかも「公的に発表されているのとは異なる」 ということが、私が執筆する本のいわば「魂」に当たる』ことになり、(本書の 価値は)『「いかにして、公に発表されたデータと異なる情報を得て、それを 社会に発表するか」にかかっている』と主張している。 しかし、主張の「根拠」となるデータは本当に正しいであろうか? 次に著者の主張と、それに対する書評者の反論を述べる。 『レジ袋は石油の不必要な成分を活用した優れもの』 レジ袋の材質はポリエチレンであり、石油のナフサ留分(ガソリンに近い 沸点範囲をもつ)を原料として作られているのでは? ナフサは石油の中で もっとも利用価値の高いもので、決して「不必要な成分」ではない。 『焼き鳥でも囲炉裏でもダイオキシンは発生する』 ゴミ焼却でポリ塩化ビニル等の塩素を含む高分子から発生する ダイオキシン量と、焼き鳥にふりかけた塩(塩化ナトリウム) から発生するダイオキシン量は、そもそも単位質量 (たとえば1KG)当たりの発生量が何オーダーも異なる。 発生量を無視した議論はまったく意味がない。 上記の例のような首を傾げたくなるような「根拠」が随所に見られます。 (この人、本当に科学者?と疑ってしまうような根拠です。) ただ、テレビ等の家電リサイクルの矛盾について尤もと思われる主張も 混在してます。したがって、本書は、自分のエコ度を評価する試金石と して利用する価値はあります。著者の「判定」にどう反論するか、 あなたのエコ度が問われます。 (錆びたろう/2008-09-05) 本の全体を通して読むと、著者の主張の大部分は正しいだろうと思います。
しかし、ところどころ、明確に間違っているところもあります。 たとえば、、、、 156ページの「ペットボトルの円筒形は、資源節約の優等生」の項目で、 「中学校の時に習った、球や円筒の体積や表面積の出し方、長方形の面積の計算を思い出してください」とあります。 この本では、「ボールのような『球』を使ったときの表面積を基準に1.0としますと、ペットボトルのような円筒形では表面積が1.6倍、詰め替え容器のような四角い平面の形は8.3倍にもなります」と書いてあります。 私も、思い出して表面積の計算をしてみました。 球の表面積を1とすると、円筒形の表面積は1.6倍、正方体の表面積は約1.9倍です。著者がどのような直方体を想定しているかわかりませんが、8.3倍にはならないと思います。 この部分は、この本で唯一、すぐに検証できる部分です。それなのに、これほど簡単な計算が間違っています。 とすると、この本で計算している数字の全部が間違っている可能性もあります。 この本には、「もしペットボトルを資源のムダ使いというなら、中学校で何のために算数を勉強し、面積や体積の関係を学ぶのか、その意味がわかりません」と書いてあります。 私も、こんなに簡単な計算を間違えるとしたら、著者や著者の研究室の人たち、出版社の編集者や校正者たちは、どんな仕事をしているのかと疑います。 このような、小さな(しかし大きな)瑕疵が、この本の価値を貶めているのが残念です。 (200lx-user/2008-07-27)
環境バブルを見抜け ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
一般に「地球に優しい」といわれる21項目のエコ生活について考える。
「レジ袋を使わない」−ー>判定「ただのエゴ」等明確な評価を下してから 詳細な説明をしていく形式であり非常にわかり易い。 21項目のうち「アルミ缶のリサイクル」は環境によいが、それ以外は全く意味がないか 現時点では評価不明とのこと。 内容的には、「うそまか1」や「うそまか2」とかぶるところもあるが、理論的には よく整理されており、最初に読むならむしろこちらがお薦めできると思う。 (至高の豚/2008-05-31) といったら多少いいすぎな面があるかもしれません。
「環境保全」という言葉や、 「エコ」という言葉を聞くだけで無条件で交換を抱いてしまう方々にとっては、 本書はある意味で「トンデモ本」ともいえるでしょう。 それだけ、今までの私たちの「エコ」の常識を覆す意味合いを持っているのが本書ではないでしょうか。」タイトルからして衝撃ですよね?? 内容を簡単に俯瞰してみると、 主張している内容があまりにも極端すぎて、非常に深くうなづける部分がある一方で、 それは言い過ぎだろうと思える部分も多くあります。 前者の例としては、 「レジ袋削減は、ただのエゴ」 ―レジ袋のほとんどは、原油を精製する際に出る余分なモノ(原油は精製によっていろんな成分ーたとえばガソリンやナフサーに分かれる)を使っているので、基本的には原油を浪費することにはつながらない。 むしろ、丈夫に作られるため重要な成分を多く含む(他の製品の用途にも使える成分を使うので、全体として必要となる原油の量は↑)エコバッグの大量生産を推進する、 「NO!レジ袋、YES!エコバッグ」推進活動こそが環境を破壊する。 とする理論にはなるほど合点がいきます。 ※レジ袋に使われる原油の成分がほんとうにいらないものなのかどうかを裏付ける詳細なデータがないため、やや信ぴょう性に欠ける部分はあります。 もうひとつ 「バイオエタノールはただのエゴ」 ―成長の過程でCO2を吸収し、環境に良いとされるバイオエタノール。 しかしこれには重要な「隠し事」がある。 それは、バイオエタノールを精製する過程・輸送などで、普通の石油を使う、などといった点である。 また、現在せかいの最重要課題の一つと位置づけられる食糧問題の関係で、 「本来飢えた人々が食べるはずの食料を、クルマが食べている」 との強い思いがうかがえる主張には心をうごかされました。 同時に、「環境政策」に力を入れ始めたかのように見えるアメリカが、今バイオエタノールの大量生産に舵を切っているのかについて、なぜか妙に納得してしまいました。 やはり「偽善」だと。 ○その一方で・・・ ??という疑問符を付けざるを得ない主張も散見されました。 そのひとつが、 「キミタチ一般人がやっていることははっきりいってムダだよ」的な主張。 「エアコンを28℃に設定しても意味がない」 なぜなら、日本という国は世界のCO2排出量の5%しか排出していなくて、そこから仮に京都議定書の定める目標である「6%削減」が達成できても、世界規模でみれば[5%×6%=0.03%]にしかならない、と。 しかしこの主張に対し私は反発心を抱きます。 確かに、そのような数字をつきつけられると「意味ないのか・・・」という気持ちを若干なりとも抱いてしまいます。 だからといって、みんながみんな「意味ないならエコ生活をやめよう」となったら何が起こるでしょうか。 それほど怖いことはないような気がします。 CO2の排出量の上昇ももちろんですが、大事なのは「精神の崩壊」です。 著者は本書でさかんに「精神の大事さ」を訴えていますが。このような事態を想像するまでには及ばなかったのでしょうか? 疑問点その2はやや細かい話になりますが、 「あんたが支払っているリサイクル料はそのまま環境省や家電量販店、大手メーカーの利益になっている」というような趣旨の主張です。 しかしながら、経済産業省は、メーカー各社・家電量販店などを巻き込んであるキャンペーンをやっており、そのポスターを某電気屋さんでみかけました。 その内容は、 「私どもが回収した電化製品については、いまリサイクルのプロセスの中でどんな状態にあるかは、回収時にお渡しする引き換え券から、すべて追跡ができる」という、いわゆるトレーサビリティを保証しています、 ポスターの作成元は「経済産業省」すなわち」政府です。 政府が大手メーカー、家電量販店と協力してわざわざこんなことまで行っているのです。 本書にはこんなこと一言も書かれていませんでしたが、 ここまで大胆な本を書くなら、もう少し勉強すべきだったのでは?? と、後半はだいぶ批判をしてしまいましたが、 「メディアや政府の言うことをうのみにせず、その行動がどういう意味を持つのか、自分で考え、わからなければ自分で調べなさい」という本筋については本当にそのとおりだと思います。 そういった意味では、「環境にやさしい」「エコ」というワードが存在しさえすればすなわち「善」として認識してしまう、 「環境教」「エコ教」 にはまってしまっている方の目を覚ますにはちょうどいいくらいの刺激なのかもしれません。 (そーた/2008-07-20) 筆者はテレビにもよく出演しており、さまざまな番組で「リサイクルをしてはいけない」と力説している。本書を読むと、リサイクルすることが却って環境に悪影響を及ぼすことがよくわかる。が、すべて本当なのだろうか。すべてを信じるのは危険だと思うが、筆者の、「地球規模で資源の節約をしていかなければならない」という見解は紛れもない真実である。
(aaa0042/2008-06-20)
最近、エコロジーという言葉をあちこちで聞きますが、「地球のため」というよりも、「地球のため」と称してお金を使わせているだけの印象が否めない活動が多いことに疑問を感じたため、この本を読んでみることにしました。
しかしまず思ったのが、引用されているデータが非常に古いです。長い期間研究調査してきたのはわかりますが、90年代のデータだけを引っ張り出して提示されても説得力はありません。 おまけに「日本は実は質素倹約を好む」と書かれているのを見ると、「いつの時代の話だ?」と思わずにはいられません。 また、「日本だけやっても世界がやらないのだったら意味はない」という考え方も私は好きになれません。 そして、こういう本の場合、一番大切なのは「では環境に本当に優しい生活とは何か」という部分であり、該当するのが一番最後の章のようなのですが、表題がそうでありながら内容は他の章とほとんど変わらず現代のエコ活動へのダメ出しであり、時々「物を大切に使おう」という言葉が見られる程度。 書かれているほとんどが、国へのダメ出しなため、読んでいる個人のレベルで何をすべきかというヒントが深く突っ込んで書かれている印象がありません。 これでは「単にケチつけたいだけの本」と思われてもやむを得ないと思います。 ペットボトルのリサイクルの現状が不透明な点など、うなずかせられる部分もあるだけに、非常に残念です。 (buono_buono/2008-11-26)
人の行く裏に花の道あり。まさに目からウロコです。 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
以前、私が国立大学の「環境教育課程」に在籍中に、同氏の著書『リサイクルしてはいけない』を読みました。リサイクルが当然と考えていた自分の考えが180度変わりました。あれから5年が経ち、ますます世の中がエコで騒がしくなる中、再びこの本を手にしました。
地球温暖化問題にはじまり、いくつものトピックについて著者独自の主張を展開されていますが、科学者である同氏の研究に基いたその主張は、論理的で、かつ素人にも分かりやすく述べられています。環境問題に関心のある人も無い人も、少なくとも「話のタネ」になることは間違いありません。 しかし、私個人が圧倒的に好感を持つのは、この「エコロジー万々歳」の世の中にあって、正しいと思っていることを正しいと主張できる著者の姿勢です。文章の端々に込められた社会への思い、その強い使命感が、読み進めるうちに痛いほど心に伝わってきます。まさに「人の行く裏に花の道あり」。一読者として、応援せずにはいられません。 一人でも多くの方にこの本を読んでもらえればと思い、投稿します。 (good-ground41/2008-06-11) 武田氏にとっての「不都合な真実」はペットボトルリサイクルのデータや「レジ袋は石油の有効利用」論、割り箸擁護論、森林の炭酸ガス吸収の役割についての主張ほか、さまざまな面で明らかになりつつあり、批判精神を持った読者なら氏の言説をそのまま信じる人は確実に減っていると思います。
氏の主張の科学的問題点については他の方の評に譲るとしても、武田氏の言説姿勢は、別の意味で問題が多々あります。もともと環境問題に深い関心があるわけでもないのに、バッシングができる機会ともなれば加担する。ほとんど武田氏の本だけを読んでエコ・バッシングを行う人たちが周囲でも、またWEB上でもたくさん見られる事情を考えると、そもそも武田氏の言説というのはそのプロパガンダ色の強い姿勢ゆえに、そういう「偽善者」を生み出す役割を果たしてきた、という負の面があります。氏自身の提示する「事実」に間違いが多すぎる分、それ自体は大切な論点である「正確な事実認識を踏まえた環境問題への取り組みの大切さ」ということも、メッセージとしては説得力を欠きかねません。 (並木道/2009-04-28) 武田邦彦センセイは、正論を織り交ぜながら、データを積み上げて素人を丸め込むテクニックにかけてはピカ一です。
武田センセイは、環境問題が深刻だという事実を受け止めたくない消費者ニーズをよく理解しておいでで、「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」ですっかりツボを押さえていらっしゃいます。 武田センセイの正論は、「環境政策に対する批判」の部分です。日本の環境政策は利権のしがらみだらけで本質的なところはアンタッチャブルなため、利権も薄いが効果も薄い「クールビズ」だの「レジ袋」だのというところをアピールしているのは事実です。 ただ、それらを裏付けるデータがいけません。ところどころ公表されている数値を使っているのですが、数値の解釈に我田引水なところが多すぎます。理系の心得のある方が読むと、「どこの学生の卒論かよ!?」と突っ込みたくなるようなレベルです。 (tomophy/2008-09-18) 著者の一連の著書の中で,数々の環境政策が槍玉に上げられてきたが,本書もその延長である.本書に挙げられているような一つ一つの活動に関し,武田氏の著作で初めて「目から鱗」となった方々が多いだろうが,そのような状況について憂慮している者を代表して氏は述している.
何が本当のエコかという点について,盲目的に信じてはいけないというテーゼだろうが,氏の著書とて対象外ではない.例えば,検証1に出てくるポリエチのレジ袋については,エチレンが石油化学の不必要な成分を利用しているから使うべきとの主張だが,エチレンが不必要な成分と言われていたのは,昭和30年代の話.現在では,燃料に使えるナフサをクラッキング(熱分解)して得ているのがほとんどである.エチレンを作るために設備を増設しているのであり,ポリエチレンを使用することにより原油の消費量は増える. 検証2では,割り箸追放運動で日本国内での割り箸製造が無くなったように書かれているが,そんなことではなく,ただ単に割り箸を簡単に使うようになったので安価な外国産になっていっただけではないか. このように各章には,重大な誤りが数多く見つかるのだが,同じような誤りが行政や環境保護運動にも見られる.都合の良いデータのみを恣意的に使用して結論を導き出す危険性を指摘していながら,自らも同じ過ちに陥っている.それを氏はわかっていながら,確信犯としてやっているのではないかとさえ思ってしまうほどである. (yorozuya/2008-08-14) 新聞・テレビ・企業がそろいも揃って偽善エコロジーに突き進む中、
新聞やテレビにはできないこうした偽善やカラクリを暴くのが、 本来の週刊誌の役割のはず。 それができていないところに昨今の週刊誌の低迷の原因がありそうです。 日本は一方に振れるとき、失敗するという傾向があります。 誰かが違った視点を提供する役割を担う必要があると思います。 (rakutentarou/2008-06-12) 読んで思ったことは、この著者の自分の専門分野以外への知識が
高校生以下レベルにあること。 その程度のレベルで「ただのエゴ」と書き切る勇気と愚かさ。 私は「買ってはいけない」という世間が信じている常識をターゲットに、 (そういう書き方が一番目を引くからだと思うが) 専門知識を一部織り交ぜ、独自の理論を売り込むトンデモ本が一番嫌いだが、 この本もその域を出るものではない。 特に第2章は全く読むべきところが無い。 生物学的な知識も、化合物が毒性を発揮する機序も全く記載がなく、 安全性に関しては独自の理論を展開しているところがお粗末。 狂牛病では「人はどこの国の牛を食べても狂牛病にはならない」 と書いているが、(人が感染したら狂牛病という病名でないのだから、 当たり前といえば当たり前w) 発症機序や感染の機序が未だ確定していない病気に関して、 何故「安全」と言い切れるのか、根拠が不明だ。 この分野は専門外なのだから、もっともらしいことを書かず、 大人しくしていればもっと良い本だったのにと思う。 ちなみに、この本の最初に出てくる割り箸については、 割り箸は端材から作られていたものでエコロジーだという理論が 展開されているが、かつて日本の割り箸の7割以上を生産していた、 北海道の某所では、すでに割り箸を作る工場がほとんど無い。 現在の割り箸のほとんどは中国からの輸入であり、 いつの時代の話をしているのかとくびを傾げたくなる。 他にも多数あるが、きりがないのでやめておく。 学者たるもの、根拠が不明瞭なものを断言するべきではない。 政治家にでもなりたかったのだろうか (c-buffer/2008-11-27) 両論併記は自分の主張を隠す臆病者の態度といわれるかもしれませんが、
61件のレビューうち参考になった順で15件までを表示しています。その点はご勘弁ください。 ≪この本のなるほどなと思ったところ≫ 科学的なのです。この筆者のデータは、筆者自身が計算して出したものが多く、 公式(=その多くはお国がよしとした)データと異なる数値だそうで、 学会その他の場では叩かれることも多いようなのですが、議論がその数値に基づいた 論理的なものなのです。そこから導かれた結論なので最初に“環境は善”も “環境団体の言ってることは全部ウソ”もありません。 その点潔いです。たとえば、 ・レジ袋を使わない⇒ただのエゴ ・アルミ管のリサイクル⇒地球に優しい ・ペットボトルを使うより水道水を飲む⇒悩ましい といった具合に。 さらに一貫しているのは“政策として”見たとき 「反欧米」でもなければ「反日」でもないというところ。 この点も一貫して科学的なのです。いいものはいい、だめなものはだめ、とバッサリです。 ≪この本を読んで??と思ったところ≫ マーケティングでいうところの「ロングテール」的な環境への配慮、 つまり「各人ができることをやればいい」という小さな努力の積み重ねを 基本的に否定する態度なのです。経済学でいうところの「パレートの法則」に則っています。 「本当に問題になっていることに、全員が取り組まないと意味がない」という意見なのです。 これは少しでも環境のことを気にかけた生活をしている人には「お前のやってることなんか 自己満足でしかないよー」と響くでしょう。ややショックですね。本当にそうなのか、 筆者もこの本を手に取る人も全員死んだ頃に結論が出ることなのでわからないですが、 僕は僕が心がけている環境対策をやめようとは思わないし、彼の言うことにも耳を貸し 「本当にやるべきこと」も見極めたいと思います。 先に“政策として”の国家に対する批判は客観的だと述べましたが “人種・民族として”見たときの欧米人批判、日本人称揚の態度は、 この世代(筆者は1943年生まれ)特有のものなのだろうか、鼻につきました。 『国家の品格』という品格のない本ほどではないですが、 「昔の日本人の生活は見習うべきものが多い」とか 「工業化以前の日本人の精神性を見直そう」といったような記述は、 せっかくの他の科学的・論理的論考の価値を下げるように思いました。 総合的には、一般人レベルの科学的誤謬に対して正しい知識を与えてくれる良書であると思いました。 (hontaka/2008-07-15) [16件以降をamazonで見る][amazonでレビューを書く] 平均点:3.5 はてブコレクション数: |
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